吐息が感じられる虚構の現場、演劇界をリードしてきた男、鴻上尚史。常に人々の共感を呼ぶ舞台を演出してきた彼は、体・声・表情を使ったコミュニケーションのプロと言っても過言ではない。そんなプロの視点から、自分の体験を交えつつ、現在の性ついて語ってくれた。
僕ね、98年に『ものがたり降る夜』って作品を書いたんです。それは性がテーマでした。
50歳前後の女性は旦那が20年ぐらい浮気していたことを知って、それ以来自分がどうしたらいいか分からなくなった。そこで主人公の女性が「オナニーをしましょう」って言うシーンがあるんですよ。
オナニーをすると自分が何を性的なものと捉えているか分かるじゃないですか。つまり、性というものは愛という精神性でごまかすんじゃなく、セックスそのものを考えなければならない。そのためにも「さあ、Let's オナニー!」っていうこと。
作品でここまで性をはっきり取り上げたのは初めてだったけど、それはそれは、ものすごい賛否両論がアンケートに表れてね。「恥を知れ!」「汚らわしい」って一行だけの意見もあれば、後からすごーく長い手紙をくれてね、「高校時代にレイプされ、それ以来、セックスに対してすごくトラウマがありました。でも、この芝居を観てすごく楽になった」って。「汚らわしい」なんていう感想をいただいたのは、芝居18年目にして初めてだった。
みんなさ、愛とか恋とかセックスに対して保証したがるんだよね。「愛してる」っていう理由はもちろん、全うな時だってあるけど、世の中で男が言ってる八割はヤルための嘘、言い訳でしょう(笑)。だったら、そんな言い訳なんかもうやめてさ、性とは?セックスって何なの?って言いたかったんです。
たぶん、性って語っているうちに他人事と割り切れない最後の、いや唯一の話題だと思う。60年代だったら、政治がそうだったんだよね。ベトナム戦争がどうのこうのと語っているうちに「じゃあ、おまえは明日のデモは行くの?高見で評論してるだけなの?」って。
性の話題にしても同じで、最初は客観的なふりして語ってるんだけど、結局は「で、あんたはどうなの?」っていう話になる。
この芝居を観て、「恥知らず」と思う人は「セックスはそういうものじゃないんだ。もっと自由にならなきゃダメなんだ」と心のどこかで感じてるんだと思う。でも、そうは思いながら性のことを封印しようとしてたのに突き詰められるから、怒るんじゃないかと。これこそが性のインパクトですね。