吐息が感じられる虚構の現場、演劇界をリードしてきた男、鴻上尚史。常に人々の共感を呼ぶ舞台を演出してきた彼は、体・声・表情を使ったコミュニケーションのプロと言っても過言ではない。そんなプロの視点から、自分の体験を交えつつ、現在の性ついて語ってくれた。
僕はね、35歳の時にある女性と溺れるようなセックスを経験したんです。つまり、「もうこのまま死んでもいい。演出家、作家っていう仕事、何もかも全部棄ててもいい!」って思うぐらい。
性的な奥深さって、キャパシティーの大きさなんでしょうね。よく相性っていうけど、ああいう人は誰でも包み込めそうな気がしますね。僕だから相性が良かったというより、彼女のキャパシティーの大きさだと思う。だって彼女と今まで付き合った男は精神が狂ったり、自殺未遂したりしているんですよ。
それはつまり、性的なものがすごい良かったから、男が別れたくなくてそうなったんだと思う。彼女とのセックスは、そうだなー、なんて言えばいいんだろう…。んー、自我が解けていくって言ったらいいのかな。
初めてセックスする時なんて、お互いに気を遣ってるし、また照れているわけでしょ。どこまでセックスしたらいいのか分からないじゃないですか。でも、彼女はそうじゃなかった。
「全部OKよ!」っていうぐらい受け止めてくれる。彼女自身も受け止めているっていう意識はたぶんなくて、ただ単に気持ちよさを追求した結果だと思うんです。彼女は人間として生まれた以上、性の快楽をとことん追求しましょうっていうすごくおおらかな女性だったんですね。
普段は一緒に風呂に入るのもイヤっていうぐらい恥ずかしがり屋なのに、いざセックスが始まると、とことん楽しみましょう、気持ちよくなりましょうって。巻き込まれてホントに自我が解けるぐらい。
でも、僕は最終的に彼女から逃げた。「このままでは社会人として仕事ができんぞ」と思って。
「最終的に仕事をとるのか、セックスをとるのか、おまえはどっちなんだ」って言われたら…、やがてセックスに対しては飽きるかもしれない、でも、仕事は飽きないだろうなと思ったわけです。だから、もうこれ以上彼女とセックスを続けていてはダメだなと。
精神的にね、このままいくとどうなるんだろう?いくところまでいってやれ!っていうのはあったんですよ。それは怖くなかった。だから、その時期の仕事の水準はすごく下がってしまった(笑)。「ろくでもない仕事してるなー」って自分でも思ってた。
ちょうどその頃って彼女との熱病からちょっと冷め始めた時期だったんですね。精神がおかしくなった過去の男たちは熱病の最中、彼女に飽きられちゃったんだと思う。彼らが彼女を求めて彷徨い続けた気持ちっていうのは、なんか分かりますよね。