(まだこんな時間か。瑠璃さん、たまに飲み物とか持ってきてくれるし、もうちょっと待ったほうがいいよな。うう、我慢だ、我慢っ)
時計を見た大河は、手にしたティッシュの箱を再び畳へと戻す。瑠璃に触れた興奮をぐっと堪えたそのとき、襖の向こうから声がかけられた。
「大河さん、起きてますか?」
「瑠璃さん!? はっはい、起きてますけど!?」
自慰のオカズにしようとしていた後ろめたさに、声がひっくり返る。
「ごめんなさい、ちょっとお願いがあるんです」
「お願い?……え!?」
襖を開けた瑠璃の姿を見て、大河は目を見開いた。麗しの未亡人が、シルクと思しきスリップを着ていたせいだ。あまりにも妖艶な姿に、たっぷり数秒間、呼吸すら忘れてしまう。
(これって、下着? パジャマ? どっちにしろ、めちゃくちゃ色っぽい!)
そのくせ、瑠璃の観察に全神経を注ぐのは忘れない。自分のものだろう、ぎゅっと枕を抱き締める仕草が可愛らしい。
(色っぽい上に可愛いとか、最強……!)
枕のせいで胸元が隠れている点だけが、残念だったが。
「実は私の部屋のエアコン、壊れちゃったみたいなんです。それで……不躾だとは思ったんですけれど、今夜はここで……大河さんのお部屋で寝かせてもらえないかと。ほら、私、暑がりでしょう?」
台本でもあるかのようにすらすらと瑠璃は言った。若干、早口だった。
「そ、そそ、そうなんですかっ。た、確かにそれは困りましたねっ」
エアコンは居間や他の客間にもある。そんなことは瑠璃もわかっているはずだ。
(もしかして僕、誘われてる!? こんな素敵な歳上の美人に、僕なんかが!?)
つい二時間前の縁側でのことと合わせて考えると、当然、淫らな期待は膨らむ。あり得ないと諦めていた淡い希望に、胸が高鳴る。
「僕は……かまいません。あ、でも布団、持ってこないと」
「あ、それは大丈夫です。もう、持ってきてありますから」
廊下に出てみると、確かに敷き布団とタオルケットがそこにはあった。
(い、いつの間に? 音とか、全然聞こえなかったのに!)
もしも自慰をしている最中に瑠璃に来られていたらと、想像しただけで脂汗が出た。ティッシュに目を遣りつつ、大河は欲望を堪えた自分を褒め称える。
「じゃあ、布団、敷いちゃいますね。……えっと……」
瑠璃の布団を室内に運び入れた大河は、さて、どこに敷くべきか、と迷った。すでに自分の布団は部屋の中央に敷いてある。
(まさか、並べて敷くわけにはいかないし)
数秒考えた末、持っていた布団を部屋の真ん中付近に敷く。続いて、すぐ隣に敷いてあった自分の布団をずりずりと引っ張り、端へと寄せた。
(これくらい離せば、取り敢えずは……え!?)
ここで瑠璃が、予想外の行動に出た。たった今、大河が移動させた布団を、再び部屋の中央へと戻したのだ。しかも、今度は二つの布団には隙間もなく、ぴったりとくっついている。
「私が無理を言ってお邪魔しているんですもの、大河さんを端っこで寝かせるわけにはいかないでしょう?」
「うっ」
大河が呻いたのは、逃げ道を塞がれたと気づいたためだ。こんなふうに言われては、大河もまた、年長者で女性である瑠璃を端っこで寝かせるわけにはいかない。つまり、部屋の真ん中で、二人並んで寝ることが確定したのだ。
「いつもなら私はもう寝てる時間だけど……大河さんは、まだ起きてますか?」
自分の布団の上にちょこんと座った瑠璃が、枕を抱きかかえたまま、上目遣いに尋ねてきた。僅かに紅潮した頬、悩ましげに潤んだ瞳と、そしてまるで甘えるような、あるいは誘うような声に抗えるわけがなかった。
「……僕も、今日は早めに寝ます」
(ね、寝られるか、こんなん!)
布団に横たわったものの、眠気が訪れる気配は、欠片もなかった。普段に比べてだいぶ早い時間なのもあるが、最大の理由はやはり、すぐ隣で横たわる麗しき未亡人の存在だった。
(なんかいい匂いがする! 息する音が聞こえる! 無理! この状況下で眠れるわけがないよっ!)
眠くなるどころか、逆にどんどん意識が冴えていく。副交感神経が優位になる気配は皆無だ。
「……大河さん、眠れないんですか?」
「あっ、すみません」
何度も寝返りを打っていると、瑠璃から声をかけられた。
「いいえ、私こそごめんなさい。近くに他人がいると、落ち着かないですよね」
「瑠璃さんも、ですか?」
「私? いいえ、全然。だって大河さんは他人じゃありませんし」
「……!」
無論、瑠璃は親類という意味で言ったのだろうと大河は思う。けれど、それでも充分に嬉しかった。
(それに、いくら親戚でも、こうして一緒に寝てもいいと思ってくれる程度には、僕を信頼してくれてるんだ。今はそれで満足しておこう)
男として意識されている自信が薄れてきたが、幸い、まだ時間はある。この地で暮らす四年間で、なんとか瑠璃と親類以上の関係に進むんだ、と改めて決意したそのときだった。
「そうそう、伝えるのを忘れてました。私って、一度寝たら、なにがあっても起きないタイプなんです。だから大河さんも、私のことは気にしないでください」
妙に説明的なセリフだった。
「……わかりました」
他意はないのかしれない。だが、大河はそこになにか別の意味を感じてしまう。
「それと、私、どうやら寝言を言ったり、寝ぼけたりもするみたいなんです。そのときは、ごめんなさい。今のうちに謝っておきますね」
「……はい」
後家の言葉に込められた意図に想いを巡らせていると、いつしか、穏やかな寝息が聞こえてきた。
(瑠璃さん、寝ちゃった?)
背中を向けていた大河は静かに身体の向きを変え、瑠璃と正対する。室内は常夜灯のみのため薄暗いが、暗さに慣れた目は、はっきりと瑠璃の寝姿を捉えていた。
「……っ」
瑠璃は、仰向けに寝ていた。まとめられた黒髪、閉じられた目、長いまつげ、柔らかそうな唇、呼吸に合わせて上下する胸、白い肩、スリップから覗く肉感的な太腿、そのすべてに十九歳の童貞の目と心は奪われた。
(綺麗だ……こんなに綺麗な人が、この世にいるんだ……)
気づかぬうちに、大河は身体を起こしていた。そして、タオルケットを腹にかけただけの、スリップ姿の美熟女をじっと見下ろす。
(瑠璃さんって、いつもこの格好で寝てるの? セクシーすぎない?)
布団の上に正坐をした大河は、改めて憧れの女性を観察する。寝ているところをこっそり覗くなんて最低だとわかっていても、このチャンスを逃すことはできなかった。
(おっぱい、息をするたびに揺れてる……大きい……っ)
カップ付きなのか、残念ながら先端突起は透けて見えない。けれど、スリップでは覆い隠せない膨らみだけでもたまらなかった。剥き出しの肩や裾から覗く太腿の白さに、十九歳の肉欲が煽られる。
(もう、もう、無理だ……こんなの見せられたら、我慢なんてできないっ)
先程の瑠璃の「一度寝たら簡単には起きない」という言葉を信じて、大河は背徳の自慰を始めた。美しい未亡人をオカズに、恥知らずに隆起した己自身を激しくしごく。
(ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ、すぐ済ませますからっ)
心の中で何度も謝罪しつつ欲望のままに肉筒をいじっていると、すぐに射精感が込み上げてきた。
「んん……っ」
(!?)
しかし爆発の寸前、それまで穏やかに眠っていた瑠璃が突如として、寝返りを打った。まるでオナニーを咎めるかのようなタイミングだったため、大河は危うく声を上げるところだった。
(び、びっくりした……うあっ!?)
幸い、瑠璃は眠り続けている。大河の浅ましい行為は、まだ露呈していない。しかも横向きになったせいで、さらに扇情的な寝姿になっていた。
(おっぱいが……太腿が……!)
たわわな乳房が、柔らかく変形していた。また、寝返りを打った際に捲れたのか、スリップの裾はさらにずり上がり、股間を覆い隠すショーツがちらりと覗いていた。ベージュのシンプルな、けれど上品なデザインだった。
(ああ、パンツまで見えてる!)
もしもこのとき、大河が瑠璃の股ぐらを覗き込んでいたら、ショーツの底にうっすらと広がる濡れ染みを見つけただろう。そして、瑠璃の顔をもっとじっくり観察していれば、ときおり薄目を開けていたことにも気づいたはずだ。
「る、瑠璃さん?」
声を出したのは、本当に瑠璃が寝入っているか、目を覚まさないかを確認するためだった。
(反応は、ない。だ、だったら、少しくらいなら……!)
眠っている女性を相手にふしだらな真似をする。それは、普段の大河であれば、絶対にやらない行為だ。だが瑠璃には、真面目で誠実な青年の理性を狂わせるだけの魅力と色香があった。
「ごめんなさい……っ」
小声で謝りながら最初に触れたのは、胸だった。スリップの向こうにあった、想像以上に大きく、重く、柔らかいバストに、一瞬、大河の意識が飛ぶ。
(な、なんだ、これ!? 本物のおっぱいって、こんなに凄いの!?)
スリップとカップを挟んでいてもなお伝わる豊乳の感触に、指が勝手に動き出す。気づけば、両手で双つの膨らみを揉んでいた。
「ン……ふ……ぅん……」
瑠璃は艶めかしい吐息を漏らすのみで、目覚める気配はない。
(ホントに、一度寝たら起きない? だったら……!)
もしも瑠璃が目を覚ましたら、という恐怖よりも、憧れの人の女体への興味が上回った。極度の興奮で、判断力が麻痺していたのかもしれない。
「……ん……ふ……」
続いて大河が触れたのは、太腿だった。今回も瑠璃は小さく息を吐くのみで、その反応が大河をさらに大胆な行動に誘う。
(あああ、すべすべしてるっ)
いつまでも撫でていたくなる、そんな極上の肌触りだった。室内にはしっかりと冷房が効いているはずだが、うっすらと汗ばんでいるのもまた、たまらなかった。
(やっぱり暑がりなのかな? でも、汗をかいた肌って、こんなに色っぽいんだ……っ)
大河はここぞとばかりに、瑠璃の胸と太腿をじっくりと堪能する。しかし、その先、つまりスリップとショーツの奥には踏み込まない。否、踏み込めない。
(これ以上はさすがに無理、だよね。たとえ瑠璃さんが起きなくても、許されない行為だし……)
中途半端に残っていた良識にブレーキをかけられた大河が、名残惜しそうに瑠璃から手を離した瞬間、予想外のアクシデントが起きた。
「ああ、あなたぁ……ねえ、もっと、もっとしてぇ」
(!? 瑠璃さん、寝ぼけてる!? 僕を亡くなった旦那さんと勘違いしてる!?)
寝ていたはずの瑠璃が突然、大河に抱きついてきたのだ。
「会いたかったの、ずっと、ずっとぉ……寂しかったのよぉ……!」
今まで見たことのない瑠璃の姿に、僅かに生存していた大河の理性は消し飛んだ。いったんは離した手で、瑠璃を抱き締め返す。二人のあいだに挟まれた乳房の柔らかさに、十九歳の若い欲望が滾る。
「すみません、瑠璃さん」
そうつぶやくと、大河は焦がれ続けた未亡人を布団に押し倒した。
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