(虫は多いし交通の便も悪いしお店も全然ない。この地区に住んでるのは今は僕だけ。ちょっとした陸の孤島だけど……案外悪くないな、田舎の生活も)
実家のマンションにはなかった縁側に座り、オレンジ色に染まる景色を眺めるのが、最近の大河のお気に入りだった。
「いい……ずっと見ていられる……」
大河が下宿しているのは、親戚が所有している古い一軒家だ。山の中腹に建てられているため見晴らしが良く、海が一望できた。せっかく海沿いの土地に来ているのだから、海水浴してみたい気持ちになる。
(一人で泳ぐのもわびしいし、やっぱり、誰かと……ううん、瑠璃さんと一緒がいいなぁ。瑠璃さんの水着、素敵だろうなぁ。胸も大きいし。……ううっ)
憧れの女性、初恋相手でもある未亡人の水着姿を想像した瞬間、大河の股間が盛り上がった。大河の妄想力が逞しいというだけでなく、瑠璃の身体を容易にイメージしやすかったせいでもある。
(いくら暑がりだからって、瑠璃さん、いつも薄着すぎるよ。目の遣り場に困っちゃう。まあ……嬉しくないって言えば嘘になるけどさ……)
引っ越してきた当初、つまり春の頃はごく普通の服装をしていた瑠璃だったが、気温と湿度が高くなるにつれ、肌の露出面積が増えてきた。無論、それは誰しも同じなのだが、瑠璃はその傾向がかなり強かった。
(ノースリーブは腋だけじゃなくてブラもちらっと見えちゃってるし。ワンピースは生地が薄いからブラ線や身体のラインが透けてるし。浴衣は色っぽい上にときどき胸元とか裾が乱れてるときまであるし)
服の一つ一つは、決して過激ではない。むしろ清楚な瑠璃にぴったりのものばかりだ。なのに、脇の甘さや薄すぎる生地のせいで、肌や下着が覗いてしまう。
(そりゃ、暑がりの上に冷房が苦手なら、薄くて涼しい服を選ぶしかないけどさぁ。瑠璃さん、僕を男として認識してないのかな……)
瑠璃が意図的にガードを甘くし、下品ではないぎりぎりのラインを攻めて女をアピールし続けていることを知らない大河が、がっくりと肩を落とす。
(僕を子供と思ってるから、頻繁に泊まっていくようになったわけか)
これも完全に見当違いである。大河を異性として見ているからこそ、なのだ。
(どうしよっかなぁ。こんなんじゃ、告白しても玉砕するだけだよなぁ。だったら、今のままのほうが幸せな気がするし……。いやいや、そうしてるあいだに、別の男が瑠璃さんに迫る可能性だってあるじゃないかっ)
大河は、縁側で頭を抱える。いつの間にか夕陽は完全に水平線の向こうに沈み、空には星が瞬き始めていた。
「大河さん、どうかされましたか?」
「る、瑠璃さんっ!?」
悩みの原因である美熟女が、大河の背後に立っていた。今日もブラトップにショートパンツという、恋する童貞青年には刺激の強すぎる服装だった。
「あ、すみません、驚かせちゃいました?」
「い、いえ、あの、少し考えごとをしてただけで。……それは?」
瑠璃は両手で、大きなスイカを持っていた。
「お義母様が家庭菜園で育てたんです。立派でしょう? せっかくだから大河さんに食べさせなさいって。冷やしたあとで、一緒に食べましょう」
確かに、売り物としても通用するほどに立派なスイカだった。だが大河の目と意識は、スイカの上に乗せられた、瑠璃のたわわに実ったバストのほうに引き寄せられていた。
(瑠璃さんのおっぱいが、むにって……スイカの上で、むにってぇ……!)
さすがにサイズはスイカが優るが、ブラトップの下で柔らかそうに変形した瑠璃の乳房に、大河は何度も生唾を呑み込んだ。
(さすがにこの格好は、やり過ぎだったかしら? でも今日も暑かったし、これくらいなら自然ですよね?)
夕食後、今度は瑠璃も一緒に、大河と二人で縁側でスイカにかぶりついていた。夜の海風が、知らず火照った肌を優しく撫でていく。
(それに大河さん、私のおっぱい、じっと見てくれていましたし)
わざとスイカに胸を乗せてアピールする作戦の成功に気を良くした瑠璃は、ここでさらに追い撃ちをかけることにした。
「ふふ、大河さん、そんなに焦って食べなくても、スイカはまだまだありますよ? たとえなくなっても、またお義母様からもらってきますし」
「は、はい。その、凄く甘くて、美味しくて」
瑠璃の隣の大河は、ほぼ無言でスイカを頬張り続けている。美味なのは事実だろうが、黙々と食べている理由の大半は自分にあると、瑠璃は確信していた。
(わかってますよ。大河さん、私が近すぎて、緊張してるんですよね? 今日は頑張って、いつも以上に肌を出した服ですもの)
ブラトップ、つまりキャミソールにカップがついた服は涼しいし楽なのだが、豊かなバストの持ち主である瑠璃に合うものはあまりなく、普段はほとんど着ない。しかし今回は、思い切って選んでみた。
(別に、普通ですよね? 下品じゃないですよね? 夏だもの。今どき、ちょっとくらい胸元を出すのなんて、おかしくないですよね? 欲求不満の後家ががっついてるとか、大河さんに呆れられてませんよね?)
歳下の、それこそ親子ほども歳の離れている青年に好意を抱いて以降、瑠璃は自分なりに精一杯のアピールを繰り出した。まるで通い妻のように頻繁にこの家を訪れては料理や洗濯、掃除をした。
やたらと薄着をしたり、世話をする名目で泊まり込んだりしたのも、すべては大河から告白させ、あるいは迫ってもらうための作戦だった。
(私、結構頑張ってるんです。もう、いっぱいいっぱいなんですよ。これ以上はさすがに無理ですよ、大河さん)
自分から迫るのは、不可能だった。死に別れたとはいえ、夫がいる後家としてそういった真似ができない、という、限りなく建前に近い理由もある。けれど、瑠璃にそんな度胸がないのが一番の理由だった。
そもそも瑠璃には恋愛スキルがない。歳上の夫に見初められ、猛烈なアタックにほだされて結婚したため、自分で動いた経験がない。
(昔のあの人みたいにぐいぐい来てくれたら、私、あっさり流されちゃうのに。大河さん、そろそろ勇気を出してくれないかしら)
己が相手に迫られるのを待つしかできない、消極的で面倒な女であると自覚しているくせに、瑠璃は身勝手な文句を胸の内でぶつける。勇気を出すべきは、それこそ瑠璃も同じなのだが。
(あっ。ブラトップじゃなくて、パンツのほうに呆れてたり? 確かに思ってたよりサイズが小さくて、太腿がむちむちしちゃってますけれど。でも違うんです、本当はもっとすらっとした、爽やかな感じをイメージしてたんですよっ)
通販で選んだショートパンツは、三十七歳の熟れた女体には若干細身すぎたらしく、太腿がぱつぱつになっていた。しかも今は座っているため、余計に太腿の肉感が強調されている。
(どうせむちむちのぱつぱつになるなら、勇気を出して、もっと短いパンツにしたほうがよかったかも)
勇気の出しどころを完全に間違えていると気づかぬ未亡人は沈黙に耐えきれず、目の前のスイカにかぶりつく。義母が栽培したスイカの甘みのおかげで、少しだけ焦る気持ちが落ち着く。
「あ。大河さん、汁が垂れてますよ」
持っていたスイカを皿に置き、ハンドタオルで大河の口元を拭いてやる。
「あら、ここにも」
水分たっぷりのスイカを勢いよく食べていたせいか、よく見れば口の周り以外にも汁が垂れていた。
「す、すみません、自分で拭きますのでっ」
「遠慮しないでください」
慌てる大河を見て、さらに冷静さを取り戻した瑠璃は、ここぞとばかりに肢体を寄せた。スイカの汁を拭うという大義名分を盾に、好意と欲望を抱く青年に胸や太腿を押し当てていく。
「……っ!」
大河が、息を呑むのがわかった。熟したスイカよりも真っ赤になった顔が、意気地なしの後家にいくばくかの勇気を与えてくれる。
(照れてる大河さん、可愛いです。ちょっと前屈みになってるのは、私に反応してくれてるからですよね? 嬉しい。でも、どうせならこのまま私も一緒に食べてくれればいいのに。私も、スイカに負けないくらい熟してるんですから……っ)
なかなか手を出してこない大河に心の中だけで八つ当たりしつつ、じっくり時間をかけてスイカの汁を拭き取ると、瑠璃は再び、食べかけのスイカを頬張った。
「ふふ、さすがお義母様のスイカ、とても美味しいですね」
普段であればもっと丁寧に、上品に食べるのだが、ここは敢えて、大きく口を開け、大胆にかぶりついていく。わざと口の周囲を汁で濡らし、種を手のひらに出すときも舌を大河に見せるようにしてゆっくりと吐き出す。
(ああ、見てます、大河さんったら、私がスイカを食べるところ、じっと見てます……恥ずかしいけど、どきどきしちゃいますね)
垂れた果汁は顎を伝い、首筋、さらには胸元まで垂れていく。しかし、瑠璃は拭かない。大河に拭かせるのが狙いだからだ。そしてブラトップに汁の染みができたところでついに、大河が口を開いた。
「る、瑠璃さん、垂れてます。拭いたほうが……」
「あら、ホントですね。でも、困ったわ。私、今、両手が塞がってるんです。……大河さんが拭いてくれませんか?」
瑠璃は両手でスイカを持ったまま、目でハンドタオルを示す。
「早く拭かないと、せっかく買ったばかりのお洋服に染みができちゃいます。大河さん、お願いします。ね?」
「……わ、かり、ました」
スイカを皿に置けばいいという、当たり前すぎる解決策を大河は言わなかった。緊張で気づいていないだけかもしれないし、全部わかった上で、敢えて黙っているのかもしれない。どちらにせよ、瑠璃にとっては望ましい展開だった。
(大河さん、指が震えてます。視線も、あちこちに泳いでます)
大河は伏し目がちに、タオルで瑠璃の口元を拭い始めた。
「ン……」
知らず声が出てしまったのは、誰かにこうして顔に触れられるのが、ずいぶんと久々だったせいだ。たとえタオル越しとはいえ、夫以外の男に顔を触られた事実に、寂しい後家の体温が上がる。
「ふ、拭きました」
「ダメです。口の周りだけじゃなくて、首とかにも垂れてるでしょう? しっかり拭いてください」
顎のところで手を止めた大河に、もっと、と催促する。
「……はい」
縁側に吹く夜風では冷ませないほどの熱に、瑠璃の肌にぽつぽつと汗の珠が浮かぶ。それを優しく拭き取られるのは、恥ずかしさもあり、嬉しくもあった。
(これ、まるで首筋を愛撫されてるみたいです……気持ちイイ……ぞくぞくしちゃうぅ……)
大河は何度かやめようとしたが、瑠璃はそれを許さなかった。
「お願いです。最後まで、ちゃんとしてください、大河さん……」
熟女の媚びた声に促された大河は、首筋や胸元だけでなく、太腿に垂れた汁を、自身が汗だくになりながらも、しっかりと拭いてくれた。
(次回更新 1月15日)