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親戚の美しいおばさん 1

初日  楽園の予感 「淳太君たら、大きくなられたこと」  十三年ぶりに帰郷した中山淳太は、台所に所在無げに立ち、叔母の蓉子がせわしなく食事の支度をする後姿を眺めながら、硬くなっている。  黒いレースのワンピースが喪に服しているとはいえ、肌を透かせ艶かしい。蓉子の手足やうなじは華奢で、抜けるような白い肌が儚げな女っぽさを漂わせている。ウエストは極端なくらいきゅっとくびれているのに、バストとヒップだけはむっちりと張りだして布地を押しあげているのがかえっていやらしく、その肉感的なボディが淳太の目を釘づけにする。 「いま何年生になったの」  反対隣からは遠縁の本郷桐子が、鍋を掻きまぜながら淳太を振り返ってうっとり見つめてくる。  こちらは黒の和装の袖を払っているので、二の腕の白さが際立っている。隠しきれないグラマラスボディが和装に押し込められ、胸元が今にもはち切れんばかりに膨らんでいる。後姿の尻は肉づきがよく、絣の生地の下で双丘がぷるんぷるんとひしめいている。  見つめる瞳は黒目がちで、長い睫が艶っぽい陰影を落として表情に深みをもたせる。半開きになった唇はぽってりと厚く、どこか隙のある雰囲気がエロティックでもある。 「高校三年生です」 「まあ、あの頃はまだ幼稚園だったのに」  母の妹である蓉子と、祖父の妹の娘にあたる桐子は淳太を挟んで互いに目を合わせて相好を崩した。  女たちの賑やかな笑い声が太い梁を組んだ天井に響き、がらんとした造り酒屋でそこだけが生き生きとしている。 (懐かしいなぁ、この空気、この部屋……なんにも変わってないや……あの頃は、いつもこんなふうにかまってもらってたっけ)  淳太は二人の魅力的な女たちに囲まれ、郷愁と心地よさに浸っていた。  八月の半ば、淳太はこの酒造家の創設者でもあった曽祖父の三十三回忌のため、五歳まで過ごした故郷に久しぶりに帰ってきた。  淳太の母は長女というのに元来自由人なため、夫とはとうに離縁し、今回も自身の仕事の都合で海外に一ヶ月出張のため参加せず、ひとり息子の淳太が送り込まれたのだ。  奔放な母は、淳太とこの田舎に住んでいた頃も、よく幼い息子を残しては家をあけ、留守がちだった。そんな母にかわり、蓉子や桐子が幼少時から淳太を可愛がってくれた。 「こんな田舎までバスに揺られてきて、すぐに法事ですもの、さぞかしお疲れでしょう」  造り酒屋で有名な本郷酒造は、瀬戸内の海の青、どこまでも続く田の青に囲まれたのどかで風光明媚な土地にある。  蓉子はハーフアップにした亜麻色の髪を肩から払い、三十八歳とはとても思えない愛らしい笑顔で淳太をねぎらう。くるりと見開かれた瞳は鳶色に輝き、ハート形の唇はヌーディカラーのリップに包まれ、潤いが艶かしい。随分前に夫を亡くした身であり子どもをもたないからだろうか、娘のようなみずみずしさを秘めている。  華奢な首をかしげて唇を突き出す見返り美人に、淳太の鼓動がドクンとする。 「い、いえ、大丈夫です」  淳太は先ほどまで三十畳はある大広間で執り行われていた法事を思い出し、喪服に包まれた蓉子と桐子の肉感的な女体を瞼に描いて、思わず言葉につまった。  読経が響く中、黒に包まれた尻は座布団の上でむっちりと重量感を備え、足が痺れるのか、ときたま左右に揺する様がたまらなかった。また、屈んだり、辞儀をするたびに無防備な胸元からやわらかそうな乳房が覗くのも淳太を熱くさせた。 「何か手伝いましょうか」 「いいのよ、淳太君はお客様なんだから、座ってて」  桐子は杓子を手に微笑みかける。暑い中、台所で火をあつかっているせいで、結いあげた黒髪のほつれが汗で首筋に張りついているのも色っぽい。  祖父の妹の長女である桐子は、四十一歳になる今も若々しく、それでいて大人の色香を兼ね備えており、ちょっとした表情が淳太を揺さぶる。やはり子どもがいないせいか、蓉子同様、時折り娘のようなあどけなさを垣間見せる。  だが四十路特有の肉づきのよさ、どこもかしこも丸くやわらかな曲線を描いているところは、蓉子とは違って、また魅力的だ。 「あの小さくて弱虫だった淳君が、こんなかっこいい男の子に成長するなんて、うれしいわ」  言いながら蓉子が器を並べる際、狭い空間ですれ違いざまにその尻に淳太の腰が触れ、初心な高校生の下半身が熱くなる。 「本当に、みんなに自慢したくなっちゃうわ、女の子にモテモテでしょう」  桐子がふとあげた瞳は潤み、長い睫が優雅に揺れた。  からかった口調さえも淳太には懐かしく、耳障りがよい。 (ああ、こんなふうだったなぁ……蓉子さんも桐子さんも、ふたりして僕をいじってくれたっけ、おかげでちっとも寂しくなかったよな)  数時間、新幹線とバスに揺られただけなのに、此処には幼い日の甘酸っぱい思い出が凝縮されていて、淳太はたちまち子どもに戻れた。 「ねえ、彼女はいるの?」  すぐそこに桐子の顔が迫り、淳太が顔を赤らめる。 「そんなの、いないです、僕ぜんぜんもてませんから」 「こんなにかっこいいのに? 女子ったら見る目がないのね。私だったらほうっておかないわ……」 「まあ、桐子さんたら」  蓉子があきれたという表情で咎める。だが口調が優しいのは気の置けない間柄の証拠だ。こんな女たちの自由なやりとりに、淳太も表情を弛ませる。 「んふふ、あの人が海外に出張中だからかしら、つい気が大きくなっちゃうわ。さあ、支度ができたから淳太君は広間に座っててちょうだい」 「はい」  淳太は大人の女たちの艶っぽい笑い声を耳に、早くも反応しはじめた股間を隠すようにして大広間へ逃げた。 (蓉子さん、やっぱり美人だな、優しくて、女らしくて……母さんがわりになってくれて……憧れてた頃のまんまだ)  遠くに聞こえる女たちの声を耳に、大広間に足を運ぶ。 (桐子さんも世話焼いてくれたよな、あの雰囲気が安心できるんだ……前よりグラマーになっちゃって、余計に色っぽいや)  そんなことを考えていると、股間は鎮まるどころかさっきよりも頭を擡げてきている。淳太は熱く充血する肉塊に困り、前を手で隠して、まだ誰もいない大広間の座布団に腰をおろした。  夏場の造り酒屋は杜氏や蔵人たちを里に帰しているので、人気がなくがらんとしている。いるのはそこに住まう本郷酒造の二代目で今年七十八歳になる祖父と蓉子と桐子、そして女中として働く庄田奈津江のみだ。 「造り酒屋の息子なのだから、味くらいはわからんと」  祖父はやぶにらみな目で淳太に猪口を渡すと有無を言わさず酒を注いだ。年のせいで震える手に手を添えるのは住み込みの奈津江だった。  仔猫のように吊りあがった切れ長の瞳ときゅっとあがった口角が色っぽいのは、幼いときの記憶のままで、淳太はどぎまぎして猪口から酒をこぼした。当時は十九の娘盛りだったから、今なら三十二だろう。年相応に増した色香がむんと匂い立っている。 「あら、いけません」  奈津江はいたずらっ子を咎めるように小さく微笑むと、すぐさま布巾で淳太の膝を拭い、また祖父の背中に身を隠した。その慎ましやかな仕草がぐっとくる。  二杯三杯あおらされるうち、淳太は料理もろくに口にせぬまま意識が遠くなるのを感じていた。夏の暑さと疲れと緊張と、それらすべてが酔いをまわらせる。  とろんとした瞳に映るのは喪服に身を包んだ女たちの尻が行きかう様と、時折り投げかけられる視線だった。熟肉さかりの桐子と蓉子がちやほやしてくれるのだから心地よくてたまらない。 「いずれ跡取りになる身だからな、もっと飲めんといかん」  祖父のしゃがれた声まで遠くになり、頭の芯がぼうっとしてくる。いつしか畳に仰向けになった淳太の視界には、懐かしい奈津江の白い横顔が飛び込んできた。幼少の頃、叔母たちが忙しいときはいつもかまってくれたお姉さん、それが奈津江だった。  祖父に寄り添い酌をする奈津江の膝はきっちりと閉じ、地味なタイトスカートの裾が引き攣れてその中の腿の肉厚を感じさせる。  遠慮がちに微笑みかける奈津江に見つめられ、酔いがまわってくる。 「あら、淳君たら、大丈夫かしら」 「本当、弱いんだから、ダメな子ね、うふふ」 (ああ、これから一週間、楽しい夏休みになりそうだな……)  女たちの艶っぽい声を耳に、いつしか淳太は深い眠りに落ちていった。 (次回更新 1月10日)