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女体破壊 彼女の母、彼女の姉、女子学生を… 1

第1章 支配欲望 彼女の美母は四十三歳 1 「親子間の精神的な距離が緊密である場合、強い依存関係が発生してしまうケースも散見される。これを心理学用語で共依存といい──」  壇上に立ち教鞭をふるう青年に、学生たちの焼きつくような視線が、一心に注がれていた。  二十九歳にして教授職にまでのぼりつめた青年の自信にあふれた声は、学生たちを引きつける魅力に満ちている。  大学で異例の早さで教授へ抜擢された金田拓也──心理学を志す学生にとってのいまやカリスマ的存在となった青年の姿に、学生たちは、手元のノートパソコンの指を動かすこともせず、ただただ憧憬の視線を集中する。 「これは、母親と娘の関係に顕著であることも多い。青年期から成人期への発達のプロセスにおいて、過干渉という形で現れることもあり──」  拓也が壇上から、「母親」という単語を発した瞬間、教室の最前に座る女学生がわずかながらに身体を硬直させた。  彼女は──乾さやかは、教室内の明かりに透けて見えるほど透明な、美白肌にかかる漆黒の長髪を、可憐な指で耳の後ろへとかき分けた。  空調の効いている大教室なのに、雪のような頬がほのかに朱に染まった。  女学生はふと目を卓上に落とすと、艶やかなまなざしを壇上の青年に向ける。少し頬をふくらませるような仕草とともに拓也を見つめる様は、男を放っておかないかわいらしさにあふれている。 (ふふふ、悪かったね。『君たち』のことを言っているわけではないよ)  定員が百人ほどの教室は、人気教授の講義ということもあって、ぱんぱんに埋まっている。だが、最前列に座っているさやかが若き教授へ注いだ艶やかな気配が気取られることはないだろう。  拓也は教室に座る女子学生の姿を横目で確認し、心のなかでにやりと笑みをこぼす。  さやかは、拓也が担当するゼミに入った大学二年生だ。  今年からゼミ担教授になった拓也にとって、初めての教え子だった。  喜多城大学は二年次から専門の学科を選択するシステムになっている。  拓也がさやかの存在を初めて認識したのは、教壇に立っていた昨年の一般教養の講義だ。大教室のなか、主張しすぎない白いワンピースを身にまとっていたが、拓也の目にはさやかの席だけまばゆい光に包まれているようだった。  二人きりで会話したのは、昨年末、さやかが講義内容についての質問に来たのが初めてだった。  当時、まだ十八歳だった彼女は、百合の花のように瑞々しかった。教授職の拓也に言い寄ってくる女学生は、拓也自身を見ていないことが多かった。  拓也の端整な顔立ちや、教授職という肩書に懸想していることがほとんどだ。  だが、さやかはそのどちらでもなかった。何度か講義後の質問に訪れ、ときには構内のカフェテリアで臨時講義をおこない、あるときには拓也の自宅で課題の資料を貸してあげたりしているうちに──いつのまにか恋人になっていた。  だが関係にいたるまでの経緯など、そんな些末なことは拓也にしては、どうでもよかった。さやかは、拓也が軽い気持ちで作った、教え子兼、恋人だった。  さやかにとって、拓也は初めての恋人だったが、拓也はあくまでも遊びのつもりでしかない。  初めて拓也の自宅を訪れた際に、さやかの処女はいただいている。拓也が教え子と身体を重ねることは今までもないわけではない。  しかしこれほど清純な女は初めてだ。お嬢様育ちだったのだろう、さやかの純粋な瞳の奥には、拓也に興味を持たせるなにかがあった。 (本当ならば、後々面倒になりそうな、こんなタイプの女には手を出さないもんなんだが……俺もヤキがまわったな)  さやかの視線にそんな思いを胸のうちで巡らせながら、拓也は講義をつづける。 「支配欲は、嗜虐性につながることもある。緊張と緩和、という例を出すまでもないね。無自覚な内的攻撃性は、転じて周囲へ圧倒的な脅威となることも多い。自覚がないのに、周りを暴力的に振り回すタイプの人間、君たちのまわりにもいない?──昔の言葉になるけど、不思議ちゃんタイプというか」  拓也の講義のくだけた内容に、学生たちは笑っていいのかどうかわからないという態度を示す。 「くすっ」と前列のさやかの笑い声が教室に、場違いのように響く。  それをきっかけに、教室に笑いが波のようにうねった。 「まさに、緊張と緩和、だね」  拓也は壇上に置いたスマートフォンをそっと見やると、声をあげた。 「時間だ。今期の授業はここまで。次回は夏季休暇明けだ。後期フロイトの治療的退行について考察しよう」  荷物をまとめて、学生たちは教室を後にする。  明日から大学は夏季休暇をむかえる。学生たちにはさまざまな予定があるだろう。拓也にも、もちろん予定はある。  長い休暇は、自身の専門分野を掘り下げて研究するのにもってこいの時間だ。  学生たちへの講義はあくまでもサービス、本職ではないと拓也は考えている。 (その前に、ひとつしなければならないことがあるが……どうなるかな)  講義が終わり、ひとつアポイントメントがあることを気にかけていると、出口に向かう学生たちの流れに逆らうように、さやかが教壇までやってきた。 「先生、これから少し、時間がありますか……フロイトの心理性的発達理論とピアジェの思考発達段階説との相違点について、少し聞きたいことが……」  さやかにとって卒論のテーマにもなりそうな質問だ。さいわい、この大教室は次は空き時間だ。話しこんでもなんら問題はない。 「端的にいうと、心の働きのとらえ方の違いなんだけど……」  教室に残っている最後の学生が、教室のドアをバタンと閉める音が響いた。  それと同時に、さやかの顔がふたりきりのときに見せる柔和な表情に変わった。 「さっき、共依存のときに、びっくりしていたけど?」  ひと気がなくなった教室で、拓也はいたずらっぽい表情をのぞかせながら、さやかに質問した。 「先生、意地悪なんだから……なんとかママに、拓也さんのことを認めてもらいたいって、私、がんばっているんですからね」  少しむくれた表情が、拓也の目にはとても愛らしいものに思えた。  さやかは母親の和津実にはなにひとつ隠し事はしていないという。初めてできた恋人、拓也の存在を母親に紹介したのもそのためだ。  一度、さやかの自宅で、さやかと母親の三人で会食をしたことがあるが、どうやら拓也は和津実のお気に召さなかったらしい。 (精神科医ならば、格好の素材だろうな)  さやかと和津実は、興味深い母娘関係だった。  あと三十年経ったら、さやかはこんな雰囲気の美熟女になるんだろうなと、拓也は初めて和津実と会ったときに思った。確か四十三歳だったと思うが、年齢に似つかわしくないかわいらしさにあふれていた。雪白の美肌に、濡れ羽色という表現がぴったりの黒髪、ふとしたときに見せる表情は娘と相似形といってよかった。さやかと和津実で異なるのは、身体の豊満さくらいだ。 (さやかも、年をとればもっと……)  どちらかといえばスレンダータイプのさやかの身体つきを、気づかれないようにそっと視線で撫でまわす。  さやかはちらちらと腕時計を見ると、話の合間にもかかわらず、申し訳なさそうに声を出した。 「先生……私、いまから……」  眉根を不安げにゆがませ、少女のような目で、さやかは拓也を見つめてくる。 「そうだよね、部活の合宿だろう? 三泊四日だよね。会えないのはさみしいな」  日頃はクールな拓也の屈託のない表情に目を丸くした瞬間、さやかの色白の頬がぽうっと朱に染まる。  さやかはこの夕方の講義のあと、所属するなぎなた部の合宿で、上高地に向かうことが決まっていた。流行している新型感染症の影響で、この日しか宿泊の予定がとれなかったらしい。 「せ、先生……私……」  そのとき、無音設定にしていた拓也のスマートフォンの画面に着信が映った。 「先生も、打ち合わせですよね……それじゃ」  思いを振り切るように長い髪をなびかせ、さやかは教室の出口へと向かった。 「あ、さやか、ちょっと……」 「はい、せ、先生……んんっ」  拓也は振り向きざまにさやかの紅唇に唇を合わせる。  閉じ合わされた果実のような乙女の唇を舌で割り裂いていく。 「あんっ、せ、先生……」  唇の隙間から愛に満ちた溜め息がこぼれる。  拓也は唇を離すと、さやかの耳元に顔を寄せて囁いた。 「合宿、がんばってね」 「せ、先生、私……」  細い腕が拓也の広い背中に這わせられ、きゅっと力が入っていく。  わずかな間の別離を惜しむ、可憐で儚い両腕の感触だった。 (次回更新 1月11日)