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(やっぱり、認められないわ、こんな交際は……)
自宅の応接室、ソファに座っている青年教授の顔を一瞥し、和津実はそっと目を伏せる。
確か、二十九歳だと聞いている。夫と結婚して以来専業主婦だった和津実は大学の事情には詳しくないが、エリートコースに乗っている前途有望の学者ということはわかる。拓也が醸しだす、いかにも聡明な挙措や落ち着いた雰囲気からもそれは容易に感じることができた。
(学生の間でも、きっと人気があるでしょうね)
和津実は、拓也とは面識があった。
さやかに初めて恋人ができたということで、母親に紹介したいからと、まさにこのリビングで会食をしたのだ。
拓也の若々しい顔立ちから、はじめは学生かと思った。だが、紹介されているうちに、大学の教授だということがわかり、和津実は驚愕した。
聞けば、さやかとは十歳も年が離れているという。
さやかが経験する初めての恋人関係が、大学教授と教え子というのは、和津実の道徳観念からすると、ありえないことだった。
「先生、お忙しいなか、足をお運びいただき申し訳ございません」
「いえいえ、こちらこそ……」
拓也が切れ長の目を向ける。
今日の呼び出しは和津実のほうからだ。
以前、ここで初めて会ったとはいえ、そのときは、拓也が大学教授だということは知らなかった。大学教授を自宅に招くことがどれだけ非常識なことかはわかっている。だが、喫茶店など人目につくところで、「こんな話」をすることは和津実には困難だった。
「さやかが三泊四日で、なぎなた部の合宿に行くのはごぞんじだと思います。今しかお話しすることができないと思って……」
少しうつむいた和津実の黒髪が、娘と同じ白頬にかかった。
それを長い指で掻き分け、耳にかけると拓也がつぶやくように声を発した。
「もちろん、さやかさん……との、ことですよね」
ソファに浅く腰掛けつつ、拓也は上目使いで見つめてくる。
一見さわやかそうだが、貫かれるような鋭い視線に、和津実は動揺を隠せない。
(ああ、この目が……)
初対面の時にも感じた、この目に、和津実は背筋が凍った。
自分の内面までも見透かすような冷酷な視線に思えてならなかった。
そぶりにも出さないが、若くして成功したものに顕著な、人を自分の手足としか思っていないような傲慢さが、和津実の目には透けて見えている。
(私の思いこみ、かしら……いや)
会食した際に、拓也が時折り見せた、品定めするような目をしていたことを思いだす。あれは獲物を狙う蛇の目だった。
(さやかは、わからないのだわ、きっと……)
和津実は、拓也の言葉にコクンとうなずくと、豊かな胸に手を当てつつ、勇を鼓して声を絞りだす。
「はい……そうです。私、先生と……拓也さんとの交際には反対です」
ふたりきりのリビングに静寂が訪れた。
本当は十数秒ほどだったかもしれない。だが和津実には、それがとてつもなく長い時間に思えた。
やがて、拓也の落ち着いた声が、静けさを切り裂いた。
「どうしてですか。私はさやかさんと……」
拓也の声の響きは苦痛に満ちた、絞りだすようなものだった。
和津実には、拓也がそんな表情をするのは意外に思えてならなかった。
(確かに少し、過保護だったかもしれない……十九歳の娘の恋愛を、親が反対するなんて……でも、このひとは、どうしても……)
好きになれない──。
四十三年間生きてきた女の勘が、そう告げている。
なぜか、二人の恋愛を、心から応援する気にはなれないのだった。
「教授と教え子、しかも、さやかと先生は十歳も年が離れています。保守的とおっしゃられるかもしれませんが、そんな関係は──それに」
和津実は拓也の目を見てしゃべることができなくなっていた。
中空を見つめ、必死で言葉を紡ごうとする。
だが、拓也の鋭い視線が注がれているのを感じ、二の句を継げられない。
「つづけて、いただけますか?」
出来の悪い学生を諭すように拓也は話のつづきをうながした。
和津実のごくりと唾を飲む音だけが、部屋に響いた。
「さあ……お母さん、早く」
じとりという視線が和津実の身体を貫いていく。
身体が汗ばみ、素肌にまとっていたVネックのサマーセーターが背中に張りつく。背筋につうっと汗の雫が流れるのもわかった。
(の、呑みこまれてしまいそう……)
和津実がおぼえた感情は、恐怖だった。拓也の声や一挙手一投足には人を操ることのできる力さえ感じられるような、圧倒的な威厳に満ちあふれていた。
「あ、あの……と、とにかく、は、反対ですっ」
和津実が呼びだしたはずなのに、とにかくこの場から逃げだしたくなっていた。話を強引に打ちきろうと、非論理的な物言いをしてしまう。
「……お母さんの気持ちは、よくわかりました」
和津実の気持ちを斟酌するように、拓也がゆっくりと声をあげる。
「別れます──さやかには合宿が終わったあと、僕から伝えます」
その言葉を聞き、和津実の身体から一気に力が抜けた。
思わず声に明るい調子を交えながら、聞き返してしまう。
「ほ、本当ですか」
「用件はそれだけですか、お母さん?」
抑揚のない声で告げると拓也は、その場でソファから立ちあがる。
いままで見せていた表情は明らかに余所行きのものだったのだろう。まるで仮面をつけたような、冷たい表情になっていた。
和津実は、そんな拓也を見て、全身に鳥肌を立たせてしまっていた。
「──では私は、これで、失礼させていただきます」
「え……」
拓也が訪問してから、まだ十分も経っていない。
追いかえすような形にしたのは和津実のほうであったが、このままではさすがに呼びだした側にとって非礼がすぎる。
「ま、待ってください……お、お茶でも」
声をかける和津実を一顧だにせず、さらにテーブルに置かれたお茶に目をくれることなく、カバンを肩にかけ出口へと足を運ぶ拓也。和津実は席を立つと、拓也の背を追いかけるような形になった。
「あ、そうだ。ひとつだけ、質問してもよろしいですか──」
足を止め、拓也は和津実に上半身だけ振り返った。
「はい? 先生、なんでしょうか」
「お母さん、最近、セックスしてます?」
拓也の口から放たれた言葉の意味が、和津実には瞬間的には理解することができなかった。
3
「い、いま、先生……なんて……」
「聞こえませんでしたか? もう一度言いますね」
拓也はしっかりと和津実の目を見て、言い含めるように、もう一度唇を動かした。
「最近、セックス、してます?」
和津実の頭のなかで、拓也の発した言葉が駆けまわる。言葉の音だけがガンガンと脳内で鳴り響き、それがさす意味がすぐには理解できなかった。
(セックス、っていま、言ったわよね)
突然発せられた卑猥な言葉に、和津実は瞬時に反応することができない。
「あれ? 意味がわかりませんか? じゃあ、わかりやすくお伝えしますね」
拓也は半身になっていた身体を向き直り和津実に正対すると、するすると距離を詰めた。
和津実の肩に手をあて、耳元に唇を近づける。
「最近、オマ×コしてますか?」
「な、なんてことをっ」
吐息が耳に触れるほどの至近距離だった。
囁かれた瞬間、和津実は我にかえり、接近している拓也の胸を突き飛ばす。
だが、拓也の胸板は鉄のように硬く、微動だにしない。
「ふふふ、手荒いですね。お母さんのような上品な女性が、こんなことを……」
「帰って! 今すぐ、この家を……で、出て行ってくださいっ」
「いや、交際を反対される理由がわからなくてね……どうしてなんだろうと、僕なりにひねりだした結論だったんですが」
「反対の理由? そ、それは……」
和津実は心のなかで拓也から投げかけられた質問を反芻する。道徳観念に反するという理由ではあったが、一番大きい要因はそこではないことは、自分自身でもわかっていた。
拓也は瞳を和津実に向け、妖しげに語りかける。
「確か旦那さんを、十年前に亡くしてらっしゃるんですよね。さやかくんから聞きましたよ」
和津実の身体を、つま先から頭の頂点まで、舐め回すように拓也がながめていく。
「通常のケースは、満たされない性欲を娘さんに転嫁することで、母親としての役割を自覚するものなんですよ。でも、お母さんはそうじゃないのかな、って。率直にいうと……娘さんに、妬いているんじゃないですか?」
「なんてことをっ……やめてっ、やめなさいっ」
和津実は声を荒げて反駁する。大きな声がリビングに響いた。
娘の恋人の視線が、和津実の胸元でとまった。
拓也は百五十センチほどの和津実より、三十センチは身長が高い。拓也の視点からは、Vネックのサマーニットの胸元から谷間がのぞけてしまっているかもしれない。
「み、見ないでっ……け、けがらわしいっ」
「僕に抱かれることを想像していませんでした? もしかして、オナニーとかしていたり?」
「か、帰ってっ……帰ってくださいっ」
「そんないい身体して、いろいろともてあましてるんじゃないかなって」
「も、もてあましてるって……な、なんてことをっ」
拓也の両手のひらが、ぽんっと肩に覆い被される。
突然のことに和津実はびくんっと身体を震わせ、それにつられて、たわわな胸元がぶるんと揺れた。
「や、やめなさいっ……は、離してっ」
「ほら、そんなにおっぱいが大きいから、肩がガチガチですよ。さやかも今は小さいけど、お母さんみたいに大きくなるんですかね」
「なんて……あなた、さやかとっ」
「当たり前でしょ、恋人なんだから……お母さんが想像している何倍も、さやかは大人ですよ」
拓也のことを信頼していなかった和津実ではあるが、一応は大学教授という聖職者だ。娘の操は守ってくれていて、一線は越えていないはずだと思いこんでいた。
拓也はジャケットのポケットに入れたスマートフォンを取りだすと、画像を和津実の眼前にさらす。
「こ、これは……」
ディスプレイに映しだされているのは半裸同然の写真だった。
純白の肌を真っ赤に染めて、やっとの思いでピースサインをカメラに向けているのはまぎれもなく、愛娘の姿。
和津実が見たこともない煽情的なブラジャーは、乳房の先端を隠すのさえやっとというマイクロビキニだ。現在一人暮らしをしているさやかの家の、ベッドの上だということもわかる。
「な、うそ、やめて……あなた、こんな写真を……」
「最初は嫌がっていたんですけどね……しつこく言ったら、撮らせてくれました。押しに弱いのかな、ふふふ」
「別れてください……さやかと、私の大事なひとり娘とっ」
「その問いには、さきほどもOKを出したはずですよ。そうだ、いいことを思いついた」
「え……」
肩に置かれていた手が、和津実の身体をすべり、むぎゅりと双乳を鷲づかみにする。
「あなたが、代わりになってくださいよ」
4
和津実はこの現実が信じられなかった。
ほんの十数分前、娘の恋人である青年とリビングで会話を交わしていた。なのに、いま、同じ男に乳房を揉みしだかれてしまっている。
(どうして、こんなことに……ああ、声を出さなきゃっ)
カラカラに渇いた喉を唾液で湿らせ抵抗の声をあげようとした次の瞬間、拓也の唇で覆い被されてしまう。
「んん、んぐっ……や、やめてっ」
声にならない吐息が合わさった唇の端からもれる。
ありったけの力で拓也の身体を離そうとするもびくともしない。
「こ、こんなことが、許されると思っているのですか?」
「許す許さないは、あなたが決めることじゃないですよ」
「えっ、な、なにを……」
「決めるのは、あなたの『身体』ですよ」
乳房をまさぐっていた手が、ニットの裾から柔肌へと忍びこんだ。
Fカップの豊乳を守るブラカップへと到達し、指は布地越しに乳首へと悠々達してしまっている。
「なんてまねをっ……だめっ、やめてっ」
「あ、お母さん、乳首が勃ってきていますよ。ブラ越しにでもわかるなんて……やっぱり、溜まっていたんですね」
「嘘よっ……そんなわけ、ないっ」
拓也の両手がすばやくお腹へまわった。ニットの裾を手の甲で持ちあげるようにして、一気に捲った。
首のあたりまでニットは押しあげられ、純白のブラジャーが露わになった。熟れきった水蜜桃のように張り詰めた乳房だ。むりやり押しあげられたニットで、拘束されたようになっていて、実際のサイズ以上に、ぱんぱんに張り詰めてしまっている。
「いやっ、や、やめなさいっ!」
身体をふりほどき逃れようとするが、細い肩をもう片方の拓也の手にがっしりとつかまれてしまっているため動くことができない。
汗ばんだ、きめ細かいお腹の肌が露わになり、ひんやりとした空気が和津実を戸惑わせる。
夫と死別して十年、誰にも許してこなかった身体だ。それを娘の恋人に見られ、まさぐられている嫌悪感に震えてしまう。
「さやかに弟妹を作ってあげたほうが、情操教育にはいいですよ」
「な、なんてことをっ……け、けがらわしいっ……帰ってっ、今すぐ、帰ってください!」
「そんなさびしいこと、言わないでくださいよ。こんなに大きいおっぱいを放っておくなんてできないですよ」
拓也はブラジャーが覆い隠す乳房の下弦から、手のひらを滑りこませると、一気に上へとたくしあげる。
布地の締めつけに解放された両乳房が、ぶるんと勢いよくさらけだされた。静脈がうっすらと見える真っ白のふたつの白丘の頂点には、ぷくりと突きだした桃色の乳首が屹立していた。
「ああっ、やっ、やめてっ」
とっさに胸乳を隠そうとする和津実の手を、拓也は肘を突きあげガードした。
「ほら、すごくエッチなおっぱいだ。乳首も勃っているみたいです」
「そ、そんなっ……あああっ、だ、だめっ」
両乳首を拓也の指がきゅうっと直接つまみあげた。
「くっ、くぅぅっ」
こりこりと指腹でよじるたびに、和津実の唇から言葉にならない声がもれる。
夫が亡くなって十年、誰にも見せたことのない、もちろん触らせたこともない乳房だ。
まさに青天の霹靂だった。なんの準備もない無防備な状態の乳首にあたえられた刺激に、ただただ和津実は身体を震えさせていく。
「やめて、これ以上、私の身体をっ……」
「そんなわけにはいきませんよ……だって、僕は、ずっとここにいるつもりですからね」
拓也が発する言葉の意味が理解できず、空虚な響きとなって和津実の脳裏でこだまする。
「さやかが帰ってくるのは三日後ですよね、それまでに作りましょう。さやかの弟妹を」
「な、なんてことを……く、狂ってるっ」
やはりこの男の本性は悪魔だったのだ。和津実の直感はこんな未来を予告していたというのに……。
「その狂った男に奉仕されて気持ちよくなっているあなたは、結構なご身分ということになりますが? ふふふ」
「やめてっ……私、感じてなんか、ないわっ……ああっ」
和津実のスカートのウエストから、拓也の腕がもぐりこんだ。
未亡人の秘園に狙いを定めた手は、サイドジッパーを造作もなくおろしスカートを引き下げていく。
和津実は脱がされまいと両太腿を重ねて拓也の腕の動きに抵抗するが、青年の邪欲には屈するほかなかった。
ストンとスカートがリノリウムの床に落ちる音が和津実の耳に入った。
「ああっ、や、やめて……やめてくださいっ」
「やめられるわけないじゃないですか、お母さんの身体が本当は男をほしがってるのを、僕は知ってるんですよ、ふふふ」
剥きだしになった瀟洒な花柄があしらわれたパンティ、そのクロッチ部分を、娘の恋人の指がとらえた。手のひらでゆっくりと味わうように撫で回していく。
「お母さんのオマ×コ、土手高ですね。パンパンにふくらんでいますよ。いまにもエッチなお汁があふれだしそうだ、たまらないな」
柔らかな膣丘に指があてがわれ、女陰の亀裂に中指が押しこまれる。指腹にかかった圧で、閉ざされていた縦裂に布地がぎゅうっとめりこんだ。
「もしかして、湿ってますか? さすが未亡人のオマ×コだ。物欲しそうに啼いてますね」
「そんなわけありませんっ、やめなさい、いますぐ離しなさいっ。ひ、ひどいわ。あなたは最低ですっ、こんな男に、娘は……」
「こんな時に娘のことを思いだすなんて、お母さんもなかなか好き者だな。そのほうが興奮するってやつですよね」
そして拓也は一気に純白のパンティを引き下げた。
下腹の繊毛がそよりとそよいだ。真夏のパンティにこもっていた淫臭がふわりと舞いあがり、自分の鼻腔にも届いた気がした。
動揺、そして羞恥──さまざまな思いが和津実の胸に湧きあがる。
「ああっ、やめてっ……ああっ、見ないでッ」
夫が他界してから十年、誰にも見せたことのない下半身を露わにされた。
こんな悪魔に聞きとどけられないのはわかっていながらも、和津実は声をあげずにはいられなかった。
(次回更新 1月18日)