第一話

 


 ネクタイを締めると安物だが卸したてのスーツを羽織る。家賃三万五千円のアパートは壁の色がどことなく濁っていた。しかし俺の心は純白に輝き、高揚感に溢れている。
 洗面台の鏡で身なりを入念にチェックする。短く刈り込んだ清潔感のある黒髪。我ながら意欲に溢れた目をしている。教師を目指す前はもっとどんよりとした顔つきをしていたはずだ。あの頃の俺はもう居ない。
 狭い廊下を進んで玄関を出る。原付に乗って職場へと向かった。その際に根城であるアパートを一度振り返る。築五〇年は優に過ぎているボロボロの風体だが、それでも両親の諍いが無い実家と比べると天国の住み心地だった。
「行ってきます」
 誰に言うでもなくそう口にすると、アクセルを回す。
 三十分程で見慣れた校舎に到着する。自分が高校生活を送った母校。俺は今ここで教育実習生として勤めていた。
 教師としての第一歩に身が引き締まる日々だ。
 駐輪場に原付を止めてヘルメットを取ると、その前の駐車場に停まった車から見知った顔が声を掛けてくる。
「おはよう。大志君」
「おはようございます。飯塚……じゃない、原田先生」
「あはは。また間違えてる」
「昔みたいに美里ちゃんと呼び間違えるよりは良いでしょ」
「確かにね」
 何と俺を教師の道へ導いてくれた旧姓飯塚先生は、まだこの学校に赴任していたのだ。
 当然俺はその再会に心の中で飛び上がる程に歓喜し、また飯塚……ではない、原田先生もハグせんとばかりの勢いで俺を歓迎してくれた。
 肩を並べて朝の職員室へと向かう。
「今日で実習三日目だね。どう? 少しは慣れた?」
「毎日てんやわんやですよ」
 実習生とはいえ教師の仕事は思っていた以上に大変だった。しかしそれは俺にやりがいという薪をくべてくれる。
「そっか。じゃあ慰労として今度飲みに連れて行ってあげる」
「本当ですか? 嬉しいです」
「担任としてじゃなくて、先輩としてね」
 先生の笑顔は相変わらず親しみやすく、そして麗しかった。俺が高校生だった時に少し残っていた幼さは消えて、二十代後半となった今では大人の女性としてその魅力は完全に完成されている。人妻となったのもその色香を後押ししているのだろうか。左手薬指の指輪がさりげなく輝いていた。それでもやはり気さくな性格は以前のまま変わっていない。
「先生と酒が酌み交わせる日が来るとは思わなかったですよ」
 声と共に心が弾んだ。
「あの大志君がお酒を呑める年齢になったんだねぇ。感慨深いよ。タバコは高校の頃に吸ってたけど」
 先生の思い出話に俺は苦笑いを浮かべる。
「勘弁してくださいよ。吸ってたのあの時期だけですって」
「ま、とにかく頑張りなさいよ」
 背中が恩人の手で叩かれた。その感触はこれ以上無い頼もしい推進力を俺に与えてくれる。

 俺は実習とはいえ初めて立つ教壇の上で燃えていた。いや、少し燃焼が過ぎたかもしれない。
 授業に遅れていそうな生徒を気に掛けて、授業外でもイジメ等の問題が横行していないか気を張った。
 塾の講師や家庭教師のバイトとは全く違う緊張感で、すぐへとへとになってしまう。
「あの……すいません。さっきの授業なんですけど……」
 昼休みにとある女生徒が職員室まで質問しにきてくれた。その真面目な態度に感動を覚え、俺は背筋を正して対応する。
 俺はかつての恩師と同じく数学の教師としての道を選んだ。
 彼女が上手く飲み込めなかった公式をなるべく丁寧に教える。彼女もすぐに理解したようで、頭を下げてお礼を言う。
「ありがとうございました」
「いや、俺の授業に不備があったのかもしれない。改善しないとね」
 真面目そうな彼女は申し訳なさそうに首を横に振った。
「いえそんな事……先生の授業、わかりやすいです」
 お世辞かどうかは判断しかねたが、とりあえずその言葉に安堵を覚える。
「それなら良かった」
「それじゃあ失礼します」
 そう言って踵を返そうとした彼女に、一瞬の躊躇いがあった。どうしたのかなと見届けていると、彼女は無言でそっと俺の机に小さな便せんを置いた。そして逃げるように駆け去っていく。
 何だろうと思いその便せんを手に取り、中身を確認すると手紙が入っていた。そこには何と俺への恋心がしたためられている。人生で初めての一目惚れとも書かれていた。
 俺は驚きと同時にその大胆さに感心する。
 しかし当然俺は教師。その女生徒に対する下心なんて沸くはずもない。上手い事処理をしなければと思案する。
 そんな折り、隣席の教師から声を掛けられる。歴史を担当している中年で太っている男性だ。
「君はイケメンだからモテるだろう。ただでさえ教育実習生というのは人気が出るものだからね」
 彼の口調はどこか粘り気を帯びていた。
「いえ、そんな……」
「正直な話、僕が女生徒から言い寄られたらきっと手を出してしまうね。まぁ生徒からはカバとあだ名をつけられているような僕だから、そんな可能性は無いだろうけど」
 その言葉は教育実習生を和ませようとした冗談だったのかもしれない。しかし俺は強い不快感を抱いた。
 道を示すべき生徒に対して、そんな下劣な欲情を催すなんて冗談でも口には出せない。
「失礼します」
 俺はそれ以上その場の空気を吸いたくなくて、席を立った。
 なんとなく向かった場所は体育館裏だ。
 そこは昔となんら変わらない風景のままだった。
「こんな日陰で、一人澱んでたんだなぁ……」
 昔の自分を思い出していると、足音が聞こえて来た。あの時と一緒の足音。規則正しく、そして柔らかい響き。
「や」
「先生」
 原田先生だった。
「大志君って他の先生には頭に名字をつけるのに、あたしには先生だけなんだね」
「そりゃあ今でも先生は先生ですから」
 彼女はおどけた口調で言う。
「いつまでも生徒気分じゃいかんなぁ」
「美里ちゃんよりかは良いでしょ?」
「口が減らないんだから」
 そこで俺はふとした疑問を相談がてら尋ねた。
「あの、唐突なんですけど、先生って生徒に人気あるじゃないですか。その中で恋愛感情を持たれたりとかってあります?」
「え、本当に唐突だね。まぁそうだね……時々ね」
 彼女は謙遜した口ぶりだったが、きっと今まで多くの恋慕を生徒から向けられたに違いない。
「そういうのってどうやって対処してますか?」
 彼女は即答した。
「もちろん厳正に教師としての立場を以って、生徒との正しい関係性を保とうとするよ」
 その言葉に俺は安心する。先程の男性教師と違い、彼女は真っ当な教師としての自覚を持っていた。
「要するに振るわけですよね」
「まぁ、言い方悪いけどそうなるよね」
「どうやったら丸く収められますか?」
「何? 大志君告白されたの?」
「例えばの話ですよ」
「大志君好青年になったもんね」
「茶化さないでくださいよ」
「いやいや。本当にそう思ってるよ」
 まるで我が子の成長を喜ぶように先生はニコニコと笑顔を浮かべる。そして言葉を続けた。
「それで穏やかに生徒から告げられた恋心の対処法だよね」
「はい。是非ご教示頂きたいなと」
「うーん。特別な事は何も無いよ。ただ生徒を恋愛対象と意識してないとはいえ、その気持ちに対して真摯に向き合う事だね。あとは……その子を無駄に傷つけないように情報が洩れないようにするとか」
「なるほど。参考になりました」
「ま、何かあったら何時でも先人に相談しなさい」
 先生は冗談めかしたように胸を張った。普段はスーツで隠れがちな豊乳がその膨らみを主張する。以前仄かな恋心を抱いていたかもしれないとはいえ、恩師をそのような目で見てしまった自分を恥じた。
「そうします」
「ん。頑張りなよ」
 気さくに俺の肩を叩く先生の手は、俺をリラックスさせてくれる。

 例の女生徒から貰ったラブレターに目を通した俺は、放課後に彼女が教室で一人残っている時を見計らって声を掛けた。
「やあ。今大丈夫かな?」
「あ、はいっ」
 夕暮れに染まる教室の片隅で、彼女は慌てて席を立った。
「いや、座ったままで良いよ。勉強してたの? 偉いね」
「いえ、私、要領が良くないから人より勉強しないと」
「進路とか決まってるの?」
 まずは相手の緊張をほぐす為に雑談に興じる。いや、緊張しているのは俺もそうだ。これも立派な教師に成る為の経験だ。
「はい。行きたい大学があるんです。そこで学びたい事があって」
 彼女は恥ずかしそうに、それでいて目をキラキラさせながら言った。俺はその眩しさに瞼を細めそうになる。
 若さと希望に溢れている。
 そんな彼女に落胆と挫折を与えてしまう事に罪悪感を覚えるが、しかしやはり厳正でいなければならない。
「すごいね。その年ではっきり夢が決まっているなんて」
 女生徒はおずおずと聞いてくる。
「……先生は違ったんですか?」
「俺が君くらいの時は、授業にも出ないでタバコを吸っていたよ」
 生徒と真摯に向き合う。それには自分の恥も晒さなければならない。これで俺に少しでも失望してくれれば良いという打算もあった。
 しかし彼女は冗談と思ったのか、くすりと笑った。
「そうだったんですね」
 そこで会話が途切れる。
 少し気まずい空気を振り切って、俺は本題を切り出した。もちろん先生のアドバイス通りに、周囲に人気が無いのは確認済みだ。
「……あ~……手紙を読んだよ。ありがとう」
 途端に彼女の耳が真っ赤になる。きっと見た目通り真面目で純真な生徒なのだろう。
 彼女は黙ったまま俺の言葉を待ち続ける。その肩は強張り、鼓動の音が俺にまで聞こえてきそうだ。
「気持ちは嬉しいけど、やっぱり実習生とはいえ俺は教師だからさ。君の気持ちには応える事が出来ない。ごめんな」
 そして頭を下げた。
 彼女の反応は無い。ただ唇を真一文字に結って、教室の床を見つめている。その目尻には涙が浮かんでいた。
 何か声を掛けた方が良いかと悩んでいたら、彼女は慌てて帰り支度を始めると俺の横を小走りで抜けて行った。
「……失礼します」
 その一言だけを残して、彼女は去って行く。
 オレンジ色に染まった教室には俺一人。
 彼女の涙に滲んでいた失意を思うと胸が痛んだ。
 しかしこれ以外の選択肢は無い。
 俺は頭を掻きながらその場を後にする。
 業務を終えて安アパートへと帰った。途中のコンビニで買った総菜とビールを食卓に並べる。
 部屋にはカップラーメンの空容器などが散見されているが、今は片付ける気力も無かった。
 ビールをあおりながら、告白してきた女生徒の事を考える。
 思春期は年上の異性に憧れてしまいがちだ。その恋愛は幻想に近い。だからきっと彼女も乗り越えてくれるはず。
 そう思いながらも、もっと上手く立ち回れたのではないかと自責した。
 教室から逃げていくように去って行った彼女に気の利いた言葉を掛けてあげられなかったのか。
 そもそも恋愛感情を持たれる程に好かれるなんて自分に隙があったのではないだろうか。
 考え出すとキリが無く、俺はため息交じりに酒をあおる。
 反省と自己嫌悪で悪酔いしそうな折りに、携帯電話が鳴った。着信先を見ると父親だった。
 嫌な予感がする。
 俺は電話に出るかどうかを躊躇したが、逃げていても仕方が無いと電話に出る事にした。
「もしもし」
「大志か? 俺だ。あのな、今度母さんと離婚するから」
 向こうも酔っ払っているのか、吐き捨てるようにそう言った。
 いつかそうなるだろうとはずっと思っていたので、その時が来ても何も感じないだろうと思い込んでいた。
 しかし思いの他、どんなに疎ましい両親であろうと離婚というものは心臓を切られたような痛みが走る。
 予想外の喪失感を抱える俺に、父親は更に言った。
「それでな、金を貸してくれないか」
「は? 俺はまだ大学も卒業してないんだぞ」
「でもお前、教師になるんだろ。公務員なら多少は融通が利くだろ」
「まだ実習生だよ」
「とにかく頼むよ。手持ちが無くてな」
「……今仕事はしてないのか?」
 俺の問いに父親が言い淀む。
「まぁ、ぼちぼちだ」
 きっと定職にはついていないに違いない。気が向いた時にだけ日雇いか何かにいってその日暮らしなのだろう。
「それじゃあ頼むぞ」
 それ以上は俺の言葉を聞かずに電話を強制的に切られた。
「……なんだよそれ」
 ただでさえ滅入っていた気分が海底まで鬱鬱と落ちていく。
 こんな嫌な胸のざわめきは、高校の時以来だ。

 翌朝の目覚めは最悪だった。昔の捻くれていた時期を夢で見ていたような気がする。
 喉元の辺りがむかむかする不快感の中起き上がって洗面台へと向かった。鏡に映っているのはひどい顔だ。気合を入れなければならないと頬を両手で叩く。こんな精気の無い顔で教壇に立つ事は出来ない。
 食欲も無かったが菓子パンを一つ無理矢理口に詰め込んで、それをコーヒーで流し込んだ。
 学校へと向かう。
 通勤途中ではいろんな事が頭をよぎった。特に大きいのは昨日振った女生徒と今まで通り接する事が出来るだろうかという懸念。そして次に両親の事だ。特に父親の事を考えると胃が痛い。
 そうこうしている内に学校へと到着する。いつも通り駐輪場に原付を停めてヘルメットを脱いだ。その頃には少なくとも父親の事で悩んでいる余裕は消え去っている。
 今日の業務を頭の中でおさらいしながら職員室へと向かった。
「おはようございます」
 俺が職員室の扉を開けた瞬間だった。するとそこに居た職員全ての視線が俺に集められた。異様な雰囲気を感じる。何事かと思うと、中年女性である教頭先生が俺の元にやってきて声を潜めて言った。
「ちょっと廊下にいいかしら」
 そうして俺と二人で廊下に出る事を促すと、人気の無い廊下で教頭先生は一度深く息を吐いた後に面倒くさそうに口を開く。
「貴方が担当しているクラスの尾上さんはもちろん知っているわね?」
 その名前が出た時に俺の胸が跳ね上がった。俺が昨日振った女生徒である。
「……何かありましたか?」
 俺は恐る恐る尋ねた。
 教頭先生は苛立ちを隠せない様子で肩を竦める。
「何かもどうも。今朝親御さんから電話が掛かってきて、娘が昨晩からご飯も食べずに部屋に閉じこもってると。なんとか理由を聞きだせたら教育実習生に失恋したと」
 そして牛のような鼻息を放つと言葉を足した。
「親御さん。随分とお怒りだったわよ」
「そ、それは……」
「事実なの?」
「まぁ、はい……」
「まさか生徒と不純異性交遊があったわけじゃないでしょうね?」
 俺は慌てて身振りを交えて否定する。
「そんなまさか。俺はただ手紙を貰って、その気持ちには応えられないと返事をしただけです」
 教頭先生はどこか疑わしそうな視線を俺に向ける。
「本当かしら? ともかく尾上さんの親御さんはPTAの会長ですからね。大事になる可能性が高いわ」
「つまり……どういう事ですか」
「この件は教育委員会にも報告せざるを得ない。貴方の実習の査定にも大きく影響を及ぼす事を覚悟しておきなさい」
 そう言うと教頭先生は一人で職員室に戻って行った。
 俺は呆然と一人廊下で佇み続けた。
 その後は幽鬼のように朝の職員会議に出席したが、ろくに内容が頭に入ってこなかった。会議では名指しこそされなかったが、俺と女生徒の件も遠回しに言及された。
 しかしこのままの体たらくで授業に出るわけにはいかない。俺は冷えきった身体になんとか気合を駆け巡らせようとする。
 そんな俺にかつての恩師、飯塚先生もとい原田先生が声を掛けにきてくれた。彼女も当然俺の起こした問題を聞いているはずだ。
 しかしその件には触れず、俺の心配をしてくれる。
「大丈夫? 顔色が優れないよ?」
「……大丈夫です」
「保健室で休んだら? 早退しても良いし」
「いえ。やれます」
 俺は意固地になっていたのかもしれない。もう目の前の問題から逃げたくなかった。中途半端な人間から脱却したかった。
 そんな気持ちが空回りしているのを薄っすらと自覚しつつも、俺は先生からの休むという提案を却下する。
「俺、次の時間授業があるんで」
 先生の懸念を振り払うように教室へと向かった。
 廊下を一歩歩く度に、足裏から心臓に不安という振動が響く。あの女生徒は今どんな気持ちなのだろうか。明日からは学校に顔を出してくれるのだろうか。混迷を極める頭で教室に入った。
 なるべく自身の動揺を押し隠して、笑顔を作り声を張って挨拶する。
「おはよう」
 教室内は非常にざわついていたが、俺が顔を出した事により不気味な程に静寂に包まれた。
 その異様な雰囲気に俺は息を呑む。
 嫌が応にも理解してしまう。
 女生徒の噂は、彼ら全員に知れ渡っているのだ。
 生徒達の俺を見る視線の感情は様々だったが、一番多いのは好奇の色である事は間違いない。
 俺はそれを気にしないように授業を始めようとする。
「それじゃあ、昨日の続きだけど……」
 その声を遮って、教室で一番のお調子者である男子が野次を飛ばした。
「ねぇねぇ。尾上さんに手ぇ出したって本当?」
 その声を皮切りに、教室にどっと笑いの大波が押し寄せた。
 俺は口をつぐみ、両手を握る。背中には冷や汗が滲んでいた。俺だけでなく尾上さんまで笑われているようで胸が締め付けられる。
 しかしクラスメイトの笑いには悪意が無い事もわかる。あまりに無邪気で、そして無神経なだけの未成熟な笑い。
 教育実習生と生徒の恋愛沙汰など、彼らにとっては数多いエンターテイメントの一つでしかないのだ。
 ここで怒鳴り散らして彼らに反省を促すのも一つの手なのかもしれないが、俺はそんな事はしたくなかった。
 大きく深呼吸をして、笑い声が収まるのを待つ。
「俺は尾上さんに何もしてないよ」
 静かにそう言った。
 別の生徒が尋ねる。
「じゃあどうして尾上さんは休んでるの?」
「体調不良だ」
 彼女のプライバシーは絶対に守らなければならない。
「それじゃあ授業を始めるぞ」
 俺は粛々と彼らに背中を向けて黒板と向き合う。情けない事に彼らの視線から逃げられた事に安堵してしまった。
 そのまま強引に授業を進めたが、背後からは常にクスクスと笑い声が聞こえ続けていた。
 このままではいけないと思い俺は再び彼らと向き合う。
「授業に集中できないか?」
 真っすぐにそう問いかけると、内緒話をしていた生徒達はバツが悪そうに顔を伏せた。
 とりあえずはそれでしのげた。
 しかし俺は思う。かつての恩師なら、もっと上手くやり過ごせたのではないだろうか。
 結局その授業は終始変な空気のままだった。それでもチャイムが鳴り、教室を去る時に俺は深く息を吐く。
 そんな俺に声を掛ける数人の女生徒が居た。それは尾上さんと仲が良かった子達だった。
「あの……」
「何かな?」
 用件はわかりきっている。俺は裁判における被告のような気分となった。
「……曜子とは、本当に何も無かったんですか?」
 不安そうな、それでいて友人を真に思いやる表情を声色だった。
 先程教室で起きた好奇の笑いとは違い、彼女達だけは尾上さんを心から案じているのがわかる。
 そんな彼女達の確かな友情に俺はいたたまれない気持ちになった。
「……尾上さんからは何も聞いてないのかい?」
「昨日の夜から曜子とは誰も連絡が取れてなくて……でもあたし達知ってるんです。曜子が先生を好きだったって事は」
 それに対して俺は何も言えない。たとえ友人達が相手であろうと、彼女の失恋は勝手に第三者に漏らすわけにはいかない。
「ごめん。俺からは何も言えない」
「……そうですか」
 彼女達はこちらの事情も察してか、大人しく引き下がってくれた。
 俺は職員室に戻る。その足取りは重い。
 そして更に俺の心を暗たんとさせる追い打ちが降りかかる。
 職員室へ戻った俺に、一度も話した事の無い古文の教師が苦笑いを浮かべながら近寄ってきた。
「ちょっと、今君の親御さんから電話があったよ。校門で待ってるってさ」
「は?」
 古文の教師はそれだけ言い残すと去って行った。脳裏に浮かぶのは親父の顔。まさか……。
 俺は小走りで校門に向かう。すると予想通りに親父の姿がそこにあった。乱雑に伸びた髪とヒゲ。毛玉やシミがあちこちに散見されるスウェット。清潔感の欠片も無い風貌だった。
「よお」
 俺は愕然とする。
「な、何をしに来たんだよ」
「何度も電話したんだけど出てくれなかったからよ」
「当たり前だろ! 授業中だぞ!」
 思わず声を荒げる。
 しかし親父はそんな俺の怒りなど気にする素振りも無い。
「まぁまぁ。それで昨日の話だけどよ、今少し融通できねえか?」
 あまりの呆れから顔の血の気が引いていった。
 校門に連なる運動場には生徒がぽつぽつと居た。彼らの存在が無ければ暴力という選択肢も候補に挙がっただろう。
 俺は抑えきれない負の感情で奥歯が軋み、そして握りしめた拳は手の平に爪が食い込んでいた。
「……二度とここに来るな」
「あ? お前父親に向かってなんて口を……」
「二度と来るなって言ったんだ!」
 俺の大声に、運動場に居た生徒達が何事かと俺に目を向けた。
 流石に親父も尋常でない俺の怒気を理解したのか、肩を竦めると退散するのを決めたようだ。
 しかし捨て台詞を吐いていく。
「援助は期待してるぞ。先生さん」
 俺はそんな親父の後ろ姿を見届けるまでもなく職員室へと戻った。その途中であまりの情けなさや恥ずかしさで涙がこみ上げたが、意地でも涙を流すまいとこらえた。
 こんな事で泣いて堪るか。
 職員室に戻ると皆が遠巻きに俺をチラチラと視線を向けた。
 女生徒と問題を起こし、親が学校まで金を無心しにくる実習生。それが彼らの評価だ。
 余りのいたたまれなさに息苦しさを覚える。そんな俺に一人だけ近づいてきてくれた。
 彼女はいつもと変わらない親しみやすい笑顔を浮かべて、俺の肩に優しく手を置いて言う。
「大志君。今日呑みに行こっか」
 俺を名前で呼ぶ人間はこの職員室で一人しかいない。

「やっぱり俺、教師向いてないんすかねぇ……」
 夜を迎えたチェーン店の居酒屋は喧噪で賑わっていた。その片隅のテーブルで俺は空になったビールジョッキを勢いよくテーブルに置くと、そのまま頭も突っ伏した。
「そんな事ないよ。授業は上手だって実習担当の先生も評価してたよ」
 かつての恩師はレモンサワーを傍らに、焼き鳥を頬張りながら言う。
 ハイペースで呑んだ俺は早速へべれけになっていた。
「授業だけスムーズでも良い教師とは言えないっすよぉ……生徒を傷つけて……学校に親が金をせびってくる……そんなのクソ教師ですよ……」
「傷つけないように配慮はしたんだし、親の事は大志君に全く責任無いじゃない」
「でも……生徒の前でみっともない姿見せて……」
「それにしても非常識な親御さんだね」
 先生は俺の怒りに同調してくれるような声色でそう言うと、ぐいっとレモンサワーをあおった。
 俺はその後もひたすら愚痴をこぼし続ける。具体的にどんな悩みを口にしたかは朧気だった。ただこの一日で起こったトラブルで、自分の中に溜まった澱みを吐き出していく。
 先生は酒に付き合いながらそれを聞いてくれた。うんうんと頷き、時には励ましてくれる。
 気が付けば俺と先生は泥酔状態になり、夜道を先生と肩を組んで歩いていた。
「大志君はね~、やれば出来る子なんだから~」
 ろれつの回らない口調と千鳥足で先生はしきりにそう言ってくれる。
「先生の背中は遠いですよ」
「な~に言ってんの。大きな志でしょ。大志君!」
「……俺はね、自分の名前が好きじゃなかったんですよ……というよりも両親が嫌いだったから、つけられた名前も好きになれようもないっていうか……でも先生に出会って初めて好きになれるかなって思ったんです……」
 俺は夜空を見上げて言葉を続ける。
「……でもやっぱり、俺には荷が重い名前なのかもしれません」
 先生の反応は無かった。
 どうしたのだろうと隣を見るとうつらうつらと舟をこいでいる。殆ど眠りかけだ。
「先生。先生。大丈夫ですか?」
「ん~……大丈夫ですよ」
「旦那さん呼びますか?」
「だ~いじょうぶだって」
 明らかに一人では帰れそうにない。
「タクシー呼びますよ。俺の家近いんで寄ってってください。そこで水も飲みましょう」
「良いよ~。なんでも呑んであげるよ~」
「いやもうお酒は呑みませんってば」
 俺は先生を殆ど引きずるようにアパートへと連れて行った。その間に先生が眠らないように会話を振り続ける。
「旦那さんとはどこで知り合ったんですか?」
「高校の頃からの腐れ縁でね。ずっとただの友達って感じだったんだけどある日突然告白してくるから驚いちゃって」
「先生はさぞかしモテるでしょうからね」
 その先生と密着して歩いていると、脇腹に明らかにたわわで柔らかい感触が押し当てられている。俺はその魅惑の感触を意識の外に追いやるように酔った頭で精神統一を続けた。
「律儀に付き合い始めた日を憶えててさ、未だに毎年花束をくれるんだ」
「良い旦那さんじゃないですか」
「そうだね。幸せな夫婦生活を送らせてもらってるよ」
「お子さんは居ないんでしたっけ」
「まだだね。でも欲しいな。赤ちゃん」
 先生のそんな言葉を聞いて、俺は先生の子どもに生まれたかったですよ、なんて気持ち悪い台詞が喉元まで出かかった。酔いに任せて言ってしまおうかと思ったがなんとか堪える。
「先生はきっと子育てもしっかりしてるんでしょうね」
「ん~……」
 俺も人の事は言えないが、先生はかなり酔っているようだった。
 俺は半分先生を背負うような形でアパートの階段を昇りながら言う。
「意外ですよ。先生がこんな酔うなんて」
「こんなに呑んだの初めてかもしれない」
「適当に切り上げてもらって良かったのに」
「大志君が抱えている膿を少しでも吐き出してもらおうと思ってね……それがこのザマだから面目ないよ」
 先生の多大な生徒思いが伝わる。
 俺はそれを嬉しく思うと同時に、少し自信を無くしそうになった。
 俺はここまで生徒に寄り添えるだろうか。
 ここまで教え子を教師として愛する事が出来るだろうか。
 尾上さんを傷つけ、親には邪魔をされ、そして自身の資質についても疑念を持ち始める。
 アパートの部屋に入るとまずは先生をベッドに寝かせた。
「今、水を持ってきますからね」
 そしてネクタイを緩めて上着を脱ぐと、コップに水を入れて先生のところへ戻る。
 すると酩酊状態だった先生は息苦しかったのかベッドの上で自ら上着を脱いで、そして更にはブラウスのボタンを上からいくつか外していた。
 当然の帰結として彼女の鎖骨から胸元が露出し、とりわけ豊満な胸部の谷間が目を引く。
 俺は生唾を呑み込むと、水の入ったコップを先生に手渡す事なくテーブルに置いた。
 俺は今朝から立て続けに起こったトラブルで精神の均衡を失っていたんだと思う。酔いも手伝っていたんだろう。
「先生……」
 昔仄かに芽生えかけていた先生への恋慕が数年越しに首をもたげた。
 襲いたい、というよりかは癒されたい、という感情の方が正しいのかもしれない。
 ふらふらと誘われるように仰向けで半分寝ているような意識の先生の上に覆い被さった。
 そして俺がまずしたのは顔を先生の胸に埋める事。まずは甘い匂いが鼻腔をくすぐる。それだけで身体と心が弛緩した。
 鼻先や頬に当たるのは張りのある弾力を有した乳房。目の前には深い谷間。俺は思いっきり息を吸う。
 頭の中に憧れが充満した。それは性的な情欲だけではなく、純粋に人間としての敬意が混じっている。
 その興奮はまるで麻薬のように俺から判断力を喪失させた。
 そして俺はブラウスの残りのボタンを外していく。白いブラジャーは一見するとシンプルなデザインではあるが、細かな刺繍が施してあり大人の品格を感じさせるものだった。肌を露出させればさせるほど煽情的にはなるが、どれだけ裸に近づこうが彼女は教師としての気品を纏い続けている。
 ブラジャーから零れ落ちそうな程に張り詰めた乳肉の肌は、その白色に負けないほど透き通るような健康美を放っている。
 ボタンを全て外すとブラウスをはだけさせる。
 うっすらとあばらが浮いていた。綺麗な形のへそ。くびれた腰。グラマラスな胸とは対照的にシェイプアップされている。
 メリハリのある上半身は視覚情報だけでも男を劇的に発奮させた。俺は勃起した状態で次は下半身に移る。
 スカートのフックを外し、そして脱がしていった。黒いストッキングの下にはブラジャーとお揃いの白いショーツが透けている。
 大人の女性らしくしっかりと成育した骨盤。そして程よく肉がついた太ももから細いふくらはぎがすらりと伸びている。
 俺は続けてストッキングも脱がした。
 先生が俺のベッドの上で下着姿になった。
 そこで俺は何をしているのだろう。
 何をしようとしているのだろうと自問自答する。
 しかし答えは出ない。
 傷つけてしまった生徒。煩わしい親。それらのストレスが俺を自暴自棄にさせてしまっている。
 先生は起きる気配が無い。
 俺は先生の華奢な肩をさすり、そしてそのまま二の腕を撫でた。更には手を取って、その細い指の匂いを嗅ぐ。
 先生の全身が愛おしい。
 その情念はやはり単なる恋慕や性欲とは異なるように感じる。かつて抱いた先生への尊敬や感謝が歪んで俺を衝き動かしていた。
 先生の頬に顔を近づけてやはりその香りを胸に吸い込む。すると得も言われない幸福が満ち溢れた。
 意識が朦朧としている先生に何か声を掛けたかったが、『好き』でも『愛している』でもしっくりこない。
 ただ先生が欲しいという渇望が溢れ出る。
 彼女の首筋にキスをした。
「ん……」
 先生がくすぐったそうに身を捩る。
 臆する事なく俺は首筋を吸いながら先生の太ももを撫でた。すべすべの触り心地にむっちりとした肉感。
 先生は身悶えしながら言った。
「駄目だよ……拓海さん……」
 俺を誰かと勘違いしている。きっと旦那さんだろう。さん付けで呼んでいるという事は年上なのだろうか。もしくはフランクな先生も伴侶に対しては丁寧な振る舞いをしている可能性もある。
 俺に罪の意識があるのかと問われると当然イエスと答える。
 しかしそれ以上に俺は心の逃げ道を探していた。
 暴走は止まらない。
 先生の太ももに頬擦りをし、そのままふくらはぎから爪先まで口づけをしていく。
 その行為はまるで下心などない、忠誠を誓う騎士のような儀式だった。
 当然の話だが先生の素足を根本から先端まで初めて目にした。その美しさに目が奪われる。
 頭の先から足の親指の先まで美しい人なのだなと今更ながらに感嘆した。
 それでいてその麗しさを全く気取らない人情溢れる性格。
 俺の理想とする教師像、いや人間像が具現化されたような人間。俺はその魅力に少しでも触れたかった。近づきたかった。
 先生の肌を守るものは下着のみ。それを剥ぎ取る。まずはショーツから。ゆっくりと丁寧に下ろしていく。
 まず驚いたのは先生の局部だ。陰毛が全く無かった。剃り跡すら無い。綺麗なパイパンだ。元々毛が薄いのか、それとも脱毛でもしたのかはわからないがとにかくつるんとした肌が割れ目の傍にも広がっている。
 ショーツを下ろしていくと先生は薄い意識の中でも膝を軽く折り曲げたりなどしていた。
 難なくと脱がしたショーツをベッドの脇へと丁寧にどかした。先生の太ももの付け根の間にはやはりムダ毛の一切無い陰唇が覗き見える。先程の軽い愛撫で感じていたのか陰唇は少し開いて水気を帯びていた。一切の黒ずんだ様子が無い綺麗な赤貝は、教師としての高潔さが形となったようだ。
 続いてブラジャーに手を伸ばす。
「先生。背中を浮かしてください」
 その問い掛けに半分夢見心地な先生は素直に従った。
 俺は手早くホックを外し、そしてブラジャーを外す。
 するとブラジャーからたわわに熟した乳房がぼろんとまろび出た。仰向けでも綺麗なお椀型を保っているそれは俺の心臓を鷲掴みする程の迫力と曲線美を放っている。
 ブラジャーのタグに目を通すとHカップの表示が記してあった。
 眼福を与えるのはその乳肉のボリュームと形だけではない。五百円玉程度の大きさであろう乳輪は肌との境界線が曖昧な程に色素が薄く、そして乳頭は艶やかなピンク色を煌めかせていた。
 俺は思わず引き寄せられるように顔を近づけ、そして乳首を口に含む。そして赤子のように乳を吸った。
「あっ……ん……」
 先生は酔いが醒めぬまま小さく喘ぐ。
 舌で乳首を転がすと、その小さな膨らみはあっという間に硬く勃起した。
「やっ、あっ……」
 先生の乳首を舐める舌にはホイップクリームを口にした時のような甘さが広がる。
 俺は夢中で胸を吸った。時折顔を離して、乳輪の付近にキスをする。同時にもう片方の乳首を指でつまんだ。
「はぁ……あ……」
 先生は瞼を閉じたまま身を捩らせる。
 俺は更に空いている手を陰部へと伸ばした。開き始めた陰唇を指の腹で触るとぬるりと濡れている。クリトリスも肥大化していた。
 愛液で濡れた指でクリトリスを優しく刺激する。
「あぁっ……」
 先生の肩が震えた。
 いつ起きるやもわからない緊張感が迸る。しかし俺は正常な判断力を失っていた。
 そのまま両の乳首とクリトリスを同時に愛で続ける。
「あっ、ん……はぁ、はぁ……」
 先生の息遣いが浅くなっていった。
「……や……イっちゃう……」
 そんな弱々しい声の直後の先生の背中が強張りながら微かに浮いた。
「んんっ……!」
 先生は酩酊から醒めないまま絶頂したようだった。
 俺はそこでひとまず上半身を起こすと、自分の服を脱ぎだした。靴下まで脱いで完全に全裸となる。
 俺の部屋で、俺のベッドで、先生と俺が一糸纏わぬ姿で佇んでいる。こんな状況を想像した事があっただろうか。
 俺の視線は豊かな乳房に注がれた。
 男なら誰でも手を伸ばしたいと望むふくよかな美乳。俺は微かな躊躇いを感じながらもそれを両手で鷲掴みにする。
 到底手中には収まりきらない肉の果実。モチモチとした肌触りに、熟し始めた弾力が手の平に広がった。
 その柔らかい幸せは俺の荒んだ心を癒してくれる。そのままゴムまりを掴むように揉みしだく。
 むにゅ、むにゅと指が乳房に食い込む度に、指の間から掴みきれない乳肉が溢れ出す。
 一生このままこの柔肉だけを触っていたい。そんな馬鹿げた願望をもたらす程に至福の触り心地だった。
 一心不乱に揉んでいると先生が首を振った。
「んん……」
 そろそろ目を覚ますかもしれない。その時俺はどんな顔で先生に言い訳をすれば良いのだろうか。そんな懸念がぼんやりと浮かんだ。
 俺は一旦胸から手を離し、先生の綺麗に窪んだ鎖骨に口づけをする。そのキスは胸の谷間からヘソまで降りていき、やがて俺の顔は先生の局部に辿り着いたのだった。
 先生の両膝裏を軽く持ち上げて左右に開く。陰唇は先程よりも口を開いており、桃色の膣壁を覗かせていた。膣口からは愛液が涎のように垂れている。先生の身体は愛撫で感じていた。
 俺はクンニを開始する。今まで性交渉の経験は何度かある。一夜限りを含めれば経験人数は両手で足りないかもしれない。
 しかし俺はどの女性にもクンニをした事がない。
 俺の価値観ではその行為は奉仕としての意味合いが強く、相手に対する愛情だけでは施すに不足していた。
 しかし相手は憧れの恩師である。これ以上無い敬意を以って彼女の陰部を唇と舌で奉公したい意志に満ちている。
 局部に顔を近づける。シャワーも浴びていないのに先生の陰部は特に嫌な匂いはしなかった。むしろ彼女が本来持つ体臭なのか、愛撫を受けて放ったフェロモンなのかはわからないがどことなく甘い香りがする。
 まずは陰唇の周囲にキスをした。それだけで先生は身体をくねらす。
「……やぁ……」
 虫の羽音よりも弱々しい声でそう呟いた。
 俺はそのまま陰唇に沿って舌を這わせる。丁寧に、尊敬という情念を込めて先生の性器を舐めた。
 教壇で数学を教えている先生。俺も当然その授業を受けた事がある。はきはきとした声で、わかりやすい進行。普段はフレンドリーな態度でも授業中は凛々しい立ち振る舞いだった。
 そんな先生の膣は煽情的な桃色を照らし、その上てらてらと濡れている。俺は見てはいけないものを見ているようでひどく興奮する。
 続けてクリトリスに口を近づけた。
 陰毛が無い為にその肉の芽がぷっくりと可愛らしく勃起しているのが明瞭に視認できる。
 俺は小指の先程のクリトリスを口に含んだ。
「あっ……」
 先生の声がトーンを一つ上げる。
 口の中でクリトリスを舌で突いた。
「んっ……あ」
 そこから更に舌の腹で転がす。
「あぁ……やぁ……」
 軽く吸ったりなどもした。
「あっ、あっ……」
 先生は身悶えするように上半身を左右に揺らしている。
 すっかりパックリと開いた膣口からは、愛液が糸を引くようにベッドのシーツに垂れていた。
 俺の陰茎もはち切れんばかりに勃起し、鈴口からは先生と同様に我慢汁を垂らしている。
 しかしどうにも不思議な感覚だった。
 俺の肉棒は単なる性欲ではなく、憧れを主成分として怒張しているような気がする。
 ともかく俺は先生と一つになりたいと願った。
 先生の中に入りたい。
 俺は正常位の体勢に移ろうとするが、微かに残っていた理性が避妊具を着ける事を要求する。
 これがただの恋人相手ならば酔った勢いで生挿入していたかもしれない。しかし相手は人生の道標を示してくれた恩人である。
 俺は一旦ベッドから離れて机の引き出しのコンドームを取り出し、それを装着するとベッドに戻って再び正常位での挿入を試みる。
 先生の膣はすっかりと男性器を受け入れる準備を整えていた。濡れそぼった膣口は開いて桃色の肉壁を覗かせている。
 きっと挿入は容易いだろう。
 しかしきっと俺は大切な何かを喪失してしまう気がした。
 それでももう俺の心は他に逃げ場がない。
 いかにも柔らかそうで温かそうな先生の中に逃避してしまいたかった。
「……すいません」
 そう一言漏らすと、俺は腰を前に進める。
 殆ど透明となったコンドームを纏った肉棒が、ぬるりと先生の胎内へと滑り込んでいく。
 潤沢な愛液のおかげで挿入は滞りなく行われたが、先生の膣はとても締まりがきつくて陰茎が息苦しさを覚えるほどだった。
「あっ……ん」
 先生の顎が上がる。しかしまだ瞼は開かない。
 俺はそんな先生を見下ろしながら感銘を受けていた。
 この人は心身ともに温かく他人を包み込めるのだ。
 根本まで挿入した男性器はその温もりで、澱み強張っていた心を弛緩させられている。
 俺は益々先生への敬意を強めた。
 俺はここにきて自分の衝動の正体に気付く。俺は先生を犯したかったわけではない。先生と同化し、少しでも彼女に近づきたかったのだ。
 先生は目を瞑ったまま呟く。
「……拓海さん……いつもよりおちん×ん大きい……」
 その言葉は俺のもっと先生と溶け合いたいという気持ちを後押しする。
 ゆっくりと腰を前後させた。
「あっ……あっ……あっ……はぁ、ん……」
 まるで処女を気遣うような穏やかなピストンなのに、それでも先生の豊乳はたぷんたぷんとプリンのように揺れる。
 そして俺の陰茎もまた、先生の膣で摩擦する事の至福を知った。ただでさえ締め付けの強い蜜壺。その膣壁はザラザラとしており、細かい粒が男性器にまとわりついてくる。
 今まで経験した事がない名器。背中が痺れる程の快楽。
「んっ、あっ……はぁ、はぁ……や、本当に、おっき……すごく気持ち良い……」
 先生も俺の性器に対して蕩けた声で賞賛という評価を下した。
 俺は調子に乗って腰の回転を上げていく。
 安物のベッドがぎしぎしと軋んだ。
 美しい爆乳も派手に揺れる。
「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ……やだ、今日は、奥までおち×ぽ来る……そんな深いところ……あぁっ、すごい……」
 先生の口からおち×ぽなどという言葉が漏れ出た。
 先生もプライベートでは一人の女性だ。別に驚く事ではない。しかし俺にとっては理想の教師像であった彼女から、そんな卑猥な言葉を聞いてしまった事により心臓は大きく鐘を打った。
「あっ、いっいっ……そこ、だめ……いつもより、気持ち良いところにおち×ぽ来る……あぁっ、はっん……」
 先生はぎゅっと目を瞑って全身に力が入った。
 結合部は既にぐちゅぐちゅと淫靡極まる摩擦音を鳴らし、愛液は白濁して泡立っている。
「イク……イク……あぁ、嘘……あたし、こんなの初めて……おち×ぽでイっちゃう……あぁ、イクイクイク……イック!」
 切羽詰まった声と共に、先生はビクンと背中を浮き上がらせた。同時に締まりのきつい膣内が、まるで万力のように陰茎を握り潰さんとしてくる。
「はぁ、はぁ、はぁ……拓海さん……あたし、初めてセックスでイった……」
 甘えるような溶けきった声でそう言いながら、先生は瞼をうっすらと開いた。そして俺の顔を視認する。
 しばしお互いに黙って見つめ合う。
「…………え?」
 先生は息を切らし、絶頂で膣を収縮させながらも困惑の声を上げた。
「……あの」
 俺も何と声を掛ければ良いのか皆目見当もつかない。
「…………大志君、だよね?」
「……はい」
「どうして?」
「二人で呑みに行ってたのは憶えてます?」
「うん」
「お互い泥酔しちゃったのは……」
「……それもなんとなく」
「それで、えっと……なんか、そういう流れになったというか……」
 俺はこの期に及んで言い訳がましく言い淀む。
「え~っと…………なんか、あたし達、やっちゃった?」
「……ですね」
 先生は両手で顔を覆うと、それはもう深いため息を吐いた。
「……しかもなんか、この感じ……もしかして大志君に気持ち良くされたの?」
「さっきイってました」
「……冗談でしょ」
 先生の声からは強い混乱が伝わる。
 そして先生は自嘲するように言った。
「酔った勢いで実習生……それも元教え子とセックス? ああ駄目……切腹したい気分……」
「そんな怖い事言わないでください」
「……大志君も酔ってたの?」
「まぁ、はい。現在進行形で」
 先生はじっと俺を見つめる。
「その割には大層なモノをカチコチにしてるみたいだけど」
「酔ってても勃起くらいはしますよ」
「……あ、そう」
 先生の反応的に、彼女のこれまで経験してきた男性(もしかしたら旦那さんも)は酔ったら勃起しなかったのかもしれない。
「その、どうしましょう」
 俺はとりあえず白々しくも尋ねてみる。
「どうしましょうって……とりあえず、抜こっか?」
「何をですか?」
 俺も先生が目を覚まして焦っているので、素っ頓狂な事を聞いてしまう。
「何って……そりゃナニをだよ」
「ああ、そうか……」
 俺は言われるがままに腰を引こうとした。しかしある事が気がかりでそれを口にする。
「あの、でも、俺、まだイってなくて」
「知らないよ!」
 正常な理性を失っている俺は、どうしてもこのまま先生とのセックスで射精をしたかった。
「でも、先生はイってました……」
「それは申し訳ないけど……」
 先生も先生で冷静ではないのだろう。必要の無い謝罪をした。
 正常位で結合したまま見つめ合う。先生は恥ずかしそうに赤面すると顔を横に向けて、乳房を両腕で隠した。
「あ、あんまりジロジロ見ないで」
「す、すみません」
 俺は謝ると、すぐに言葉を足す。
「……先生が、あまりに魅力的だったから」
「そういうの良いから」
 膣の体温を男性器で感じながら、俺はこの中で果てたいという欲求に背中を押されるように口を開いた。
「先生、俺、このまま続けたいです」
「……駄目に決まってるでしょ。大志君も切腹ものだよ」
「腹を切って済むならそうします」
「若者がそんな簡単に命を投げ捨てちゃ駄目だよ」
 場の空気が重くならないように、先生がおどけてくれているのがわかる。こんな時でも配慮が出来る人なのだ。
 そんな先生を見て俺は自分が情けなくて涙がこみ上げる。
「俺は……先生に縋りつくしか逃げ道がなくて……そんな弱い自分が腹立たしいです……」
 先生の顔に同情が浮かんだ。眉を八の字にすると、小さく息を吐く。
「すごくありきたりな事を言うね。大志君はちゃんと自分の弱さと向き合えてる。それは君の強さだよ」
 こんな時でも先生は俺に道を説いてくれた。彼女はどんな状況でも教師だし、俺はいつまで経っても彼女の教え子なのだ。
 先生は俺の不遇に思いを馳せたのか、仕方が無いとばかりにやれやれと首を振った。
「……あたしにも非があるし仕方が無いか……良いよ。大志君が満足するまで相手してあげる」
 人妻としての貞操観念。教師としての責任感。その二つを天秤にかけて、先生は苦渋の決断を下したのがわかる。
「……良いんですか?」
「良くないよ。良くないけど……このまま君を見捨てられないよ」
「……すみません」
 先生は何か可笑しいのか鼻で笑う。
「しおらしく謝ってる割には、おちん×んはやけに尊大だね」
 俺は自分の息子を叱りたくなった。
「…………すみません」
「しょうがないよ。若いんだから」
「じゃああの、動かせてもらいます」
 神妙な面持ちでそう宣言する。
「あ、ちょっと待って」
 先生は一瞬だけ俺を制止すると、左手薬指に光る指輪を取ると枕元に置いた。そして苦笑いを浮かべる。
「……旦那に申し訳ないしね」
 それで不貞の痛みが消えるわけではない。それでも先生は少しでも夫への配慮を施した。
 そんないじらしい行為は先生への好感を更に強くさせる。陰茎はまるで岩のように硬度を増した。
 俺はゆっくりと腰を前後させる。
「んっ……んっ……」
 先生は俺の両肘に手を添えた。解放された乳房がやはり柔らかそうに揺れる。
「痛くないですか?」
 黙っているのも気まずくて、俺は何でも良いから話題を探した。
「大丈夫、でも、少し息苦しいかな。本当に大きいよね。大志君って」
「痛かったら言ってください」
「大丈夫。あんまりこういう事言うのははしたないと思うけど、気持ち良いよ。困ったもんだね」
 その言葉通り困り眉で微笑む。
「そう言ってもらえると光栄です」
 俺は少しピストンの回転速度を上げた。
「あっ、あっ、あっ……すご……」
 先生の両手が肘から肩まで昇ってくる。
「……あんまり深いところまで入ってこれると、苦しいかも……そんな場所……突かれた事ないから……」
「すみません。俺としては普通にしてるつもりなんですけど」
「そうなんだ。こんなに逞しいからどうしても奥まで来ちゃうんだね……んっ、あっ……はぁ……はぁ……」
 俺は少し腰を引いて抽送する事にする。
「これでどうですか?」
「……うん、丁度良い、かも……」
 根本まで挿入せずに、気持ち余裕を残しての回転。それは必然的に先生のGスポットを亀頭で責め立てる事となった。
「んっ、んっ、あっ……んん……」
 先生がやけにもじもじと身体を揺らす。
「やっ、あっ……ごめん、折角気遣ってもらったのに、そこ、あたし、弱いかもしれない……」
 先生はとろんとした薄目で、申し訳なさそうにそう言った。
 しかし俺の感覚としてはこれ以上腰を引くと陰茎が抜けてしまうんじゃないかと危惧してしまう。
 不快感を与えているわけではなさそうなので俺はこの挿入の深さを保ちつつ腰を前後させた。
 その結果、先生の息遣いが浅くなっていく。
「あっ、あっ、あっ……大志君、だから、そこ、だめ……あっあっ、はぁ、ん」
「すいません。どうしても当たっちゃうんです」
「やっ、あっ……そこにおちん×ん当たると……頭、じんじんしちゃう……」
「痛かったり苦しいわけじゃないんですよね?」
「……そう、だけど……」
 先生はきっと気持ち良くなる事自体に罪悪感を抱いている。その気持ちを理解しながらも、俺は腰を止める事が出来ないでいた。
「はっ、あっ、はぁ、あっん……」
 俺の肩を掴む先生の手に力が入る。
「……大志君……お願い……一回腰を止めてもらえる?」
 そうお願いしてくる先生の頬は紅潮し、額には汗が浮かんでいた。再び絶頂が迫りつつあるのが見て取れる。
 俺は少し意地悪を言った。
「そんな度々中断してたらいつまで経っても終わりませんよ」
「それはそうだけど……」
「イキそうなんですか?」
「……ごめん」
「謝らなくても良いですけど……」
 先生は心底申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「こんなはしたない姿を見せて、申し訳ないよ……」
 俺が先生に憧れて教師を目指しているのは公言している。だからそんな俺に喘ぐ姿を見せて幻滅させてしまったのではないだろうかという危惧を彼女から感じた。
 こんな時、相手が普通の女性なら「綺麗だよ」とか「可愛いよ」などとお決まりの台詞を口にするのだが、きっとそれは先生を喜ばせないだろう。
「……少し安心しました」
「何が?」
「先生もベッドの上だと普通の人間なんだなって」
 そうは言いつつも、やはり先生の俺に対する言葉の節々から感じるのは元教え子に対して威厳を保たねばならないという矜持。
 彼女は根っからの教師なのだ。
 元がつくとはいえ、生徒だった俺に弱みを見せたくない一心でなんとか絶頂を逃れようとしている。その感情には夫を持つ女性として操を守ろうとする健気な女心も含まれているだろう。
「んっ、んっ、んっ……ねぇ、腰、止めて……あっ、ん……」
 先生の綺麗に切り揃えられた爪が俺の肩に食い込む。
「あと少しなんで我慢してもらえませんか」
 そう言われてしまえば、先生としても先に音を上げるわけにはいかないのだろう。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
 必死に息を整えようとしながら、少しでも心を落ち着かせようとする。
 しかしどれだけ心が整っても身体は正直だ。
「……んっ、やぁ……だめ……大志君、お願い……」
 弱々しく懇願する。
「イっても良いですよ」
「……そんなの、許されない……大志君にみっともない姿を見せられない……」
 その言葉にはやはり教師として、人妻としての抵抗が滲んでいた。
「そんな事ないです。先生はすごく魅力的です」
 このタイミングで俺は甘言を放つ。
「そんな事言って……」
 俺は腰を振る角度を変えて、より亀頭が先生の弱点である膣の天井を突き上げるようにした。
「はっ、あぁっ!」
 先生の肩が強張る。
「そんなグイグイされたら……あぁ……変になる……駄目よ……そんなにおちん×ん押し付けないで……」
「こうすると気持ち良いんですよね?」
「やめて……意地悪しないで……」
 そう口にする先生の顔は普段のギャップも相まって色香で溢れていた。
 俺はその表情がもっと見たくて頭の中が茹る。
「あぁっ、いい……あっ、いっ、いっ……待って、来る、来ちゃう……あぁ……そんな……駄目なのに……」
 先生の声に切迫感が溢れると同時に、俺の陰茎も破裂寸前まで膨張した。
「……先生……俺も一緒に……」
 俺がそう声を掛けると、先生は下唇を噛んで何かを必死に抑え込もうとする表情を見せた。
 きっと俺と一緒に絶頂する事は、余計に彼女の貞操観念が許さなかったのだろう。
 この土壇場でもそんな聖職者らしい規律を示そうとする先生に俺は感銘を受け、陰茎を硬くさせて腰を振る。
「はっ、んっ……ふっ、くぅ……」
「……イキますっ」
 先生は何かを待ち構えるかのように瞼を強く閉じる。そして俺は先生の中で果てた。
 俺の射精より少し遅れて、先生は全身を身震いさせて膣を狭める。彼女の強い意志が同時の絶頂を避けたのだ(厳密にはほぼ同時だったが)。
 俺は性的な快楽よりも、先生の芯に見えた人間としての清廉さに心を奪われる。
 肉欲よりも敬意が溢れる。
 こんなセックスは生まれて初めてだった。

 

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