戻る

おいしい転職 女社長&年下の上司&元部下 3

2章 年下女上司の本心 夢の3P残業、開幕!?

 

「誠さん、なんでこんな田舎にわざわざ来たの? やっぱり、瞳様狙い? あー、イヤらしい。これだから東京の男は信用ならないっ」
 瞳との特別な福利厚生が始まって一ヶ月後のこの日、誠は主任の絵里に誘われ、地元の居酒屋に来ていた。入社直後はお世辞にも良好とは言い難い関係だったが、今ではこうして、仕事のあとに飲みに行くくらいにはなっていた。
「なんです、急に。……瞳、様?」
 絵里が社長の瞳に憧れていることは知っていたが、この呼び方を聞くのは初めてだった。
「美しくて優しくて頭が切れてセンスがあって上品で凛々しくておっぱいが大きくて太腿が柔らかそうで髪が艶やかで笑顔が素敵で声がよくて仕事は完璧で仕事以外も完璧なのにそれを鼻にかけない控え目なところとか女神様でしょ、瞳様」
「……よく、息継ぎなしで一気に言えましたね。あと、なんかいくつかおかしな点も挙げてたような。その……肉体的なもので」
 三日前も濃密な福利厚生をしてもらったばかりの誠は、その女神様であるところの瞳の裸体をつい思い出してしまう。
「なによ。自分だって瞳様のおっぱいに惹かれて東京からこんな辺境までやって来たくせに」
「いやいや、誤解を招く発言、やめてくださいよ。あと、ご自分の故郷を辺境って」
「誤解? 事実でしょ。あなた、しょっちゅう社長のおっぱい見てるじゃない。自慢じゃないけど、私はいっつも瞳様のたわわなおっぱいを見つめてるし。拝んでるの。だから、同じことやってる誠さんの視線に気づかないわけがないの」
 絵里は一見すると細身だ。しかし、胸はかなり大きい。「私、Jカップなのよね」と言っていた瞳に比べればさすがに負けるだろうが、充分以上のバストサイズだった。
(主任だって美人だしスタイルいいし可愛いところもいっぱいあるし、あと数年もしたら、今の瞳先輩みたいに色気も出そうなんだけどなぁ。気が強いところも魅力的だし)
「誠さんはいいなー。瞳さんとずっとコンビ組んで仕事してたんでしょ? 二人きりで。いつも一緒に。羨ましすぎる。妬ましい。腹立つ」
「少しは本音、隠しません?」
 誠は苦笑いしながら、空になった絵里の杯に地酒を注ぐ。
「今さらあなた相手に取り繕ってもしかたないでしょ。こないだ、あんな失態晒したばかりだし」
「あの程度は失態とは言いませんよ」
「あなたなんかに気を遣われるのは癪だけど……でも、ありがと。あのときはホントに助かったし」
 絵里は杯を一気に煽る。頬がほんのり赤いのは、アルコールのせいばかりではなさそうだった。
「あーあ。私もこんな辺境じゃなくて、東京に生まれたかったなー。そしたら、瞳様の部下でパートナーになれたかもしれないのに」
「辺境じゃないですってば。美味しい食べ物や地酒があって、美しい自然に囲まれてて、歴史と技術を受け継ぐ数々の工芸品もあるじゃないですか」
「ものは言いようね。まあ、工芸品は確かにここの、数少ない売りだけど。私たちにとっては、文字どおりの売り物だし」
 瞳が立ちあげた会社の主なビジネスは、地元の工芸品を国内外に紹介・販売する代理店業務だった。元々は前の会社で瞳と誠が企画した業務だったが、色々あって頓挫したものを引き継いだ格好になる。
「こないだ契約できた工房、あるじゃない? あそこの製品はホントにいいものばかりだから、無事にまとまって、ほっとした」
「ですね」
「……私のミスをカバーしてくれて、ありがと。あなたが助けてくれなかったら、契約、取れなかったかも。ううん、絶対にダメだったと思う。改めて礼を言わせてちょうだい」
 絵里が、急にかしこまった口調で頭を下げてきた。
「ちょ、ちょっとやめてくださいよ。あんなのは大したミスじゃないですし、助け合うのは当然です。だいたい、お礼はもう何度も言ってもらってますってば」
 誠に対する絵里の態度が決定的に変化したのは、ちょっとしたミスがきっかけだった。幸い、書類をチェックしていた誠が気づけたおかげで被害は最小限に抑えられ、新規の大口取引も無事に契約できた。
「だって……私のせいであなたに……いい歳した男にあんな真似させちゃったし……」
「あんな真似?……ああ、土下座ですか」
「それ以外にないでしょ」
「あははは、営業なんて、お客様に頭を下げたり、怒られたりするのも仕事のうちですよ。それに、仕事に歳も性別も関係ないです」
「で、でも」
「俺、土下座は初めてじゃないんですよ。それに、今回は普通に屋内、しかも畳の上だったし、お客様もすぐに受け入れてくれたじゃないですか。ぶっちゃけた話、ここまですれば許してくれるだろうなって打算もありましたし」
「だからって、やるならあなたじゃなくて私でしょうに」
「若い女性に、あんな真似はさせられません。もし主任が土下座しようとしたら、俺、全力で止めますからね?」
 誠は真剣な顔で言う。
「あなた、歳も性別も関係ないとか言ったばかりじゃないのっ」
「それはそれ、これはこれです」
「うわ、身勝手すぎ」
「いいじゃないですか、お客様、ミスを許してくれたし。むしろ、潔さを気に入ってもらえたみたいですよ? 結果オーライです」
「わかった、わかったわよ。この件はこれでおしまい。……ただ、私があなたに感謝してるってことだけ覚えててちょうだい」
 頬だけでなく頬や耳まで赤くして照れる絵里の姿を、誠は可愛いと思う。無論、口には出さないが。
「ありがとうございます! よーし、今日は俺が払いましょう!」
「やめてよ。逆でしょ、逆。部下に驕らせるとか、パワハラじゃないの。だいたい私とあなた、給料なんてほぼほぼ同じだし」
「あー、なんか申し訳ないです」
「別に、私は不満ないし。東京の基準じゃどうか知らないけど、こっちの平均以上はもらってるし。……不満あるのは、そっちじゃないの?」
「え? 俺? いや、別に」
 この言葉に嘘はない。起業してまだ間もなく、社員も三人だけの零細企業なので、給与は前職に比べるとかなり下がった。だが、誠は特に不満を感じてはいなかった。仕事と環境、なにより職場の人間関係を気に入っているからだ。
(最近は瞳先輩に特別な福利厚生までしてもらってあるし、文句なんかあるわけがない)
「……なんか、怪しい」
「え。あ、怪しいって、なにが、です?」
「今、あなた、イヤらしい顔してた。普通に、エロいおっさんの顔になってた」
「うっ」
 瞳の痴態を反芻していた誠は、言葉に詰まる。
「吐け。正直に吐け。これ、上司命令だからっ」
 歳下の上司の追及を誤魔化すため、この夜、誠は瞳の過去のエピソードをいくつも披露しなければならなかった。

「誠さん、次に回るの、どこ?」
「木屋さんの工房ですね」
 本格的な夏に向けて気温と湿度が上昇中のこの日、誠は絵里と二人、契約先を回っていた。前の会社では主にメールや電話で済ませていたが、今はこうして直接出向き、対面で販売状況などを伝えるようにしていた。
「ああ、あの山の中の」
「ええ。以前だったらまずご挨拶に行けなかったであろう場所です。こういうときは、やっぱり地元密着型のメリットを感じますね」
「運転、気をつけてよ? イヤよ、転落して、あなたと一緒に事故死とか」
「不安でしたら、主任が運転します?」
 シートベルトを締めながら、誠は隣の絵里にハンドルを指差す。
「やだ。私、あんな細っこい道、走りたくない。だいたい、運転は部下が担当するもんじゃないの?」
「なんか微妙にパワハラの香りがする発言では?」
「冗談よ。運転なんて、好きなほう、うまいほうがすればいいの。適材適所ね」
「つまり?」
「私、運転、面倒なんで。あと、誠さんのほうがうまいし」
(入社直後だったら絶対に俺を褒めたりしなかっただろうなぁ、主任)
「なに、にやにやしてるの。気持ち悪い」
「おっと失礼。珍しく主任に褒められたので、つい嬉しくなりまして」
「別に、珍しくないでしょ。最近は私、それなりにあなたを評価してるつもりだけど。瞳さんの教育がさぞかしよかった証拠ね」
 瞳信者である絵里が誠を褒めるときは、このスタイルが多い。自分が瞳に育てられたのは事実だし、絵里の性格も理解してきたので、まったく不満はない。自分の敬愛する瞳も一緒に褒められて、むしろ嬉しいくらいだ。
「うわ。また気持ち悪い顔してる。その顔でお客様の前に出るの、やめてよね? 営業妨害レベルだから」
「そこまで言います? いや、確かに俺、あんまり営業向きの顔じゃないって自覚はありますけども」
 誠はバックミラーに自分の顔を映しながら、少しだけへこむ。
「そんな悲しげな顔しないでよ。私が部下をいじめてるみたいじゃない。……確かに少し強面だけど、慣れればまあ、ぎりぎりセーフだと思うし」
 どうやらフォローしてくれているらしいとわかり、少し嬉しくなる。
「見た目はともかく、中身は優しいってわかったし」
「え? すみません、よく聞こえませんでした」
「聞こえないように言ったのよ。ほら、さっさと車、出して」
 なぜか目元を赤くした絵里に、ぎろりと睨まれた。
「ただ、瞳さんがあなたを可愛いって言うのだけは、私には理解不能。ホントに理解できない。誠さんのどこに可愛い要素が……?」
 そして今度は、不思議そうな顔で見つめられた。
「先輩、可愛いものが大好きなんですよ。人でもモノでもなんでも。ただ……俺のどこがって気持ちは、確かにあります。先輩の可愛い、範囲が広大な上、選定基準がちょっと独特な気がします」
 瞳は昔から、なぜか誠を「きみって可愛いよね」などと評することが多かった。いまだにこれには慣れない。
「主任を可愛いって言うのはわかるんですよね。実際、そのとおりだし」
「なっ!?」
 誠が何の気なしに言ったセリフに、主任が目を見開き、顔をさらに赤らめる。だが、カーナビの地図を見ていた誠は気づかない。
「なんなんですかねえ、先輩のあれは。こないだも俺を……あっ」
「? こないだ、なにかあったの?」
「ええと、この道を真っ直ぐ、だな」
 失言しかけた誠は慌てて訂正し、運転に集中するふりをして誤魔化す。
(あっぶねぇ! 今、俺、福利厚生してもらってるときのこと、言いかけた!)
 社長自らの福利厚生はその後も継続され、月に数回のペースで実施されていた。つい数日前にも、たっぷりと労られたばかりである。
(先輩を責めまくってイカせまくって、潮まで噴かせたあとで、『ケダモノね、きみ。でも、そういうところも可愛くて憎めないのよね』なんて睨まれながら甘えた声で叱られたとか、絶対に、口が裂けても言えない……っ)
「そんな露骨に怪しい顔しておいて、誤魔化せるとでも? ただでさえ胡乱な中年男がそんな不審な態度したら、通報レベルなんだけど? ねえ、瞳さんとなにがあったのよ。教えなさいよ。これ、上司命令だからっ」
 瞳に関する情報はなんでも知りたがる絵里が食いさがる。
「……秘密です」
「おじさんの秘密とか、気持ち悪いだけよ」
「ええとですね主任、俺らおっさんは、気持ち悪いって言葉に心底弱いんです。肉体に加えて心も衰え始める年頃なんで、もう少し手加減をですね?」
「わかった。次からはキモいって言ったげる」
「なお悪いです! やめてください! メンタル脆弱な中年部下の心を深々と抉るの、本当にやめてもらえます!? それこそマジでパワハラですよ!?」
「ふふっ、やめない。だって、イヤがる誠さん見てると、楽しいもん」
「まるでこの山道みたいにねじ曲がってますよ、主任の心!」
「自覚してるんで、なに言われても平気」
 そんなバカな、けれとどこか楽しい会話をしているうちに、目的地に到着した。

(社長が新たな社員を、それも東京の男を入れるって言ったときは本気で反対したけど……うん、今なら納得、かな。さすが私の女神、瞳様。誠さん来てから、仕事、すっごく捗るようになったもん)
 今、絵里たちが打ち合わせを終えてきたのは、腕は立つが気難しいと評判の工房主だった。彼が作る刃物は特に海外で評価と人気が高いものの、そのこだわりの強さゆえ、これまでどの業者も契約に至らなかった経緯がある。
「販売数も次の販促計画にも、ご満足いただけたみたいね」
「ええ。新製品も委託してもらえることになったし、文句なしの商談でした」
「でも、びっくりした。正直、あんなに気さくな方だとは思ってなかったもん」
 こことの契約を勝ち取ったのは瞳と絵里だが、さらに踏みこんだパートナーシップを結んだのは誠だ。
「中年の男同士、気が合うだけですよ。そもそもあの人、気難しくなんかないですし。主任や社長だって、別に叱られたりしたことなんてないですよね?」
「確かに。でも、ここの工房は気難しくて契約は無理だって、何度も言われたのよねー。まあ、我らが社長は一発でOKもらったけどね!」
 瞳を尊敬してやまない絵里は、誇らしげに胸を張る。
「そりゃあ、扱わせてもらいたいって言いながら、商品についてろくに勉強もしてないようなのが来たら、機嫌も悪くなりますよ。その点、先輩や主任はしっかり調べて、彼の作るものをリスペクトしてますから」
「え? そんなの当然でしょ?」
「俺も昔はそう思ってました。けれど、自分が取り扱う商品に対して愛情も愛着もない営業なんて、ざらにいるんです、残念なことに。まあ、これを売れって会社から有無を言わさず押しつけられるわけだし、同情の余地もありますが」
 それなりに大きな会社で勤めていた誠には思い当たる節があるのだろう、苦々しい顔になる。
「あー、あとは、やっぱり地元の企業ってのが大きいんじゃないですかね。社長と俺はよそもんだけど、主任はここの出身ですし」
 誠の言うとおり、絵里はこの土地で生まれ育った。短大卒業後に大都市で就職し五年ほど勤めたものの、人間関係で酷い裏切りに連続で遭い、逃げるように故郷に帰ってきたのだ。
「まあ、瞳さんもそこを期待して私を採用したんでしょうし」
 会社の取引先の大半がこの地域に集中しているため、ローカルな話題を振って盛りあげるのは、絵里の大きな武器だ。実際、同郷のよしみで契約してくれたケースも少なくない。
「でも、地元民ってこと以外の武器も欲しいとは思ってる。瞳さんはもちろん……あなたみたいに」
 一瞬言い淀んだのは、誠に対するわだかまりのせいだ。部下であり同僚であり、同時に人生では先輩に当たる誠を、絵里は今ではきちんと評価・信頼している。しかし、それでもまだ完全に心を開けないのは、絵里の側に原因があった。
「社長はともかく、俺はごくごく平均的な営業ですよ? 現時点では経験値の差でどうにか誤魔化してるだけで、すぐに主任に抜かれますって」
 そう言って笑う誠の横顔からは、卑下の感情は窺えない。瞳という有能すぎる上司と長年一緒にいたせいで、平均の基準が他とは大きく異なるらしい。
「やめてってば、ハードル上げるのは」
「大丈夫です。なにしろあの瞳先輩が採用したって時点で、主任が優秀なのは確定です」
「じゃあ、その社長とずっと組んでたあなたはどうなのよ」
「俺は完全におんぶに抱っこ状態です。まあ、コンビ組んでた最後のほうは、足を引っ張らない程度には成長してたと自負してますけどね」
「ずいぶんと控え目な自負ね。ごつい顔に似合わず」
 助手席に乗りこんだ絵里は、にやにやしながら歳上の部下の顔を覗きこむ。
「俺の強面を先輩や主任って美人が隣で中和してくれて、助かってます。……あ、美人ってのはセクハラになるか。すみません、失言でした」
 次に向かう取引先の住所をカーナビに入力していた誠が、今度はこちらの顔を覗きこんできた。先程の発言で絵里が気分を害したと勘違いしたようだ。
(違うってば! あなたが突然、美人とか言ったせいなんだってば!)
 突然、誠から美人などと言われ、絵里は動揺する。
「べ、別にその程度の発言にいちいち目くじら立てないしっ。まったく知らない間柄ってわけでもないんだし。少なくとも、私相手にそこまで気を遣わなくても平気よ」
 赤くなった耳と頬を隠すため、乱れてもいない髪を直すふりをする。
「そうですか? でしたらお言葉に甘えて続けさせてもらいますが、木屋さんが俺に対してだけ気さくに見えたのは、先輩と主任が美人すぎて、緊張してたって面も多分にあると思うんですよね」
「……は?」
「俺も木屋さんと同じ中年男だからよくわかるんですけど、ガチの美人を前にすると、男ってのは緊張する生き物なんです。基本、中身はガキのままなんで」
(なるほど。確かに私も瞳さんと二人きりのときは今でも緊張するし、どきどきしちゃう。それと似たことが、お客様にも起きてた可能性があるわけか)
 納得すると同時に、疑問も生じた。
「その理屈だと、誠さんも私を相手に緊張してるってことにならない?」
「もちろん、してますよ。いつも。毎日。今だって普通に緊張しまくりです」
「信憑性ゼロ。入社当日から相当にふてぶてしかったじゃない、あなた」
 これは嘘だ。浮ついたところのない、落ち着いた大人の男、というのが、誠に対する絵里の第一印象だった。
「百歩譲って私が美人だとしても、あなたはずっとうちの社長を間近で見てきたわけじゃない。美人に対する免疫なんて、とっくにできてるはずよね? 美人は三日で……とも言うし」
「人によると思いますよ、それは。少なくとも俺は、いまだに慣れてません」
 カーナビへの入力を終えた誠が、車を発進させる。
「瞳さんは、確かに慣れないかも。特に最近、またさらに綺麗になられたし」
 瞳の美しさに磨きがかかった原因は誠ではないかと、絵里は密かに疑っていた。二人のあいだになにかあったのか問い質すチャンスだと思ったそのとき、誠が先に口を開いた。
「十年かけてもダメだったのに、たかが数ヶ月で美女に対する免疫なんて、できっこないです」
「数ヶ月?……え? それって……」
 誠の言葉の意味を理解した絵里は、先程よりもさらに耳を熱くするのだった。

 大型の台風が接近しつつあるこの日、急速に暗くなる空模様とリンクするかのように、絵里の気持ちは重く、沈んでいた。
(今日はいつもより綺麗だな、瞳様。まさに私の女神様)
 普段に比べて二割増し輝いて見える瞳がその原因だった。憧れの女社長が美しい。それは瞳信者の絵里にとって喜ばしいはずなのに、今は違う。瞳の美しさが自分を暗くさせている事実に気づき、さらに心が澱む。
(誠さんも妙に気合い入ってるし、今日は絶対にデートだ、これ)
 最初に二人が男女の関係なのではと疑ったのは、瞳がかつての部下をこちらに呼ぶと告げたときだ。しかし実際に誠が入社し、ともに仕事を始めてからはすぐにこの疑念は消えた。少なくとも、両想いでないことは確信できた。
(ちょっと前までは、絶対に誠さんが一方的に社長を好きなだけだったはずなのに……)
 瞳が誠に絶大な信頼を寄せているのはすぐにわかった。そのポジションを目指していた絵里にはショックな事実だったし、だから誠を敵対視、ライバル視した。
(瞳さんが誠さんを男として見るきっかけって、なんだったんだろ)
 絵里は作業の手を止め、社長と部下を横目で観察する。どちらも自分の仕事に集中しているため、絵里の視線には気づかない。
(ううん、きっかけなんて関係ないか。気づいたら好きになってた、なんて誰にだってある経験じゃない。それこそ、私だってあの頃は……)
 青春時代の甘酸っぱい想い出とともに、数年前、恋人に手酷く裏切られた苦すぎる記憶までもが甦り、絵里は顔をしかめる。
「どうかしましたか、主任?」
 こちらを見ているとは思わなかった絵里は、誠が自分を気遣ってくれたことに驚き、そして喜ぶ。
「いや、本当にどうしたんです?」
「安心して。私がどんな表情したとしても、あなたほどひどくはないから」
「前も言いましたが、俺は自分の容姿にコンプレックスあるんで、あまりいじめないでくださいよ」
「私も前に言わなかった? あなたのいかつい顔、慣れさえすれば、まあまあ悪くないって」
「初耳ですけど。結局、いかついって言っちゃってますし」
 本当に自分が強面なのを気にしているらしく、誠がうなだれる。
(人の話聞いてる? 慣れれば悪くないって。私は慣れてるって)
 もっとも、それを素直に伝えられないのが絵里の性格だった。
「私も、きみのその顔は悪くないと思ってるけどね。インパクトあるのは、営業として武器じゃない? 慣れれば可愛く見えてくるし」
 二人の関係に勘づいた今となっては、この瞳の言葉も素直には聞けない。瞳が、フォローに見せかけて惚気ているのでは、などと勘繰ってしまうのだ。無論、それはさすがに深読みのしすぎと絵里も理解しているが。
「覚えてもらいやすいってのはありますが、お客様をびびらせちゃ意味ないですよ。俺、昔も今も美女と野獣、飴と鞭スタイルの営業ってことじゃないですか」
「うふふ。そんなふうに言われてた時期もあったわねえ」
 誠の言葉に、瞳が懐かしそうに目を細める。
「なんです、それ?」
 尋ねる声がどこか険しくなったのは、二人だけで通用する話題が面白くなかったためだ。少し前までならまったく気にならなかったのに、今はどうにも胸がちくちくとする。
「要するに、いかつい俺が野獣か鞭で、先輩が美女で飴って意味ですよ。普通に凸凹コンビって言えばいいものを……」
「ああ、なるほど。納得だわ。……あ」
 くすくすと笑ったあとで、誠が「昔も今も」と言っていたと気づく。すなわち、誠が自分を瞳同様、美人だと思ってくれていることに、だ。不意打ちの褒め言葉に、耳が熱くなるのがわかった。
(この程度のお世辞でなに、いちいち赤くなってんのよ私は! 少女じゃあるまいし! 三十路のくせに!)
 資料のファイルを読むふりをして耳や顔を隠した絵里の口元が、勝手に弛む。
(もう、もうっ! 全部誠さんが悪い! 天気が悪いのも私がイライラするのも、全部、ぜーんぶ、誠さんのせいなんだから!)

「お先に失礼します」
「あら絵里ちゃん、今日は珍しく早いのね」
「ええ、台風に備えて、買い出しでもしておこうかと」
 誠と瞳のデートを邪魔したら悪い、そう気を回した絵里はこの日、定時になると同時に会社を出た。
(別に会社でデートするわけじゃないから、私が残ってても関係ないんだけど)
 まさか二人が特別福利厚生という名目で密会を重ねているなどとは夢にも思わない絵里は、逃げるように自分の車に乗りこむ。台風がさらに接近したのだろう、空は真っ黒で、吹く風も強く、湿っていた。
(このまま帰るのもなんだか負けた気分だし……寄り道しよっかな)
 誰となにを争っているのか自分でもわからないまま、適当に車を走らせる。フロントガラスに、徐々に雨が当たり始めた。
(車だからお酒はダメだし……まだあんまりお腹も空いてないし……)
 最終的に絵里が選んだのは、最近できたカフェだった。地方都市ではこういった店は珍しく、普段はそれなりに客が入っているのだが、台風が迫っている今日はさすがに空席が目立つ。
(終わらなかった仕事、ここでやっつけちゃうか)
 ノートパソコンを開き、来週早々に取引先に見せるための企画書を呼び出す。本当は今日中に終わらせるつもりだったが、間に合わなかったものだ。
(ま、たまには会社以外のところで、優雅にコーヒー飲みながら仕事するのも悪くないしね。……別に、私だけ一人で寂しいとかわびしいとか悔しいとか、思ってないし。全然、思ってないしっ)
 自分に言い訳しつつ黙々とキーを叩き、企画書を作成する。普段よりもキーを打つ音が大きくなっていたが、幸い、周囲には他に客がいなかった。
(あーあ。今頃は二人で楽しく食事でもしてるのかなぁ。それとも、もうとっくにホテルとか、どっちかの家に入った頃かなぁ。いいなぁ。エロいなぁ)
 現実からの逃避か、普段以上の集中力で手早く書類を完成させた途端、一気に雑念と邪念、そして疑問が押し寄せてきた。
(……あれ? 私、どっちを羨んで、どっちを妬んでるんだろ?)
 それはずっと頭の中にあったにもかかわらず、意図的に目を逸らし続けてきた問題だった。
(そんなの、決まってる。私が羨んでるのは誠さん。憧れの瞳さんと付き合えるなんて、羨ましくてたまらない。代われるものなら、私が社長の恋人になりたいし。今どき、同性のカップルなんて珍しくもないし)
 もし瞳から迫られたら、絵里は躊躇なく受け入れるだろう。しかしそんな瞳に対してある感情が芽生えつつあることを、絵里はもはや否定できなかった。
(そっか。これ、嫉妬だ。私、今、誠さんに対してだけじゃなく、社長にも嫉妬してるんだ……!)
 言語化した途端、胸が苦しくなった。四ヶ月前には想像すらしなかった感情、すなわち誠への恋心が自分の中に存在している事実に、当人が一番驚く。
(男なんてもう、一生いらないと思ってたのに。東京の人間なんて絶対に信じないって心に決めてたのに。しかも、よりにもよってあんなおじさん選ぶとか、我ながら呆れちゃう。趣味悪すぎ)
 以前、別の会社で働いていた頃、絵里には歳下の恋人がいた。本社から転勤してきた同僚だった。いつかは結婚すると信じていたその恋人に、絵里は手酷く捨てられた。ほぼ同時期に、知人経由で詐欺被害にも遭った。恋人も知人も、東京の人間だった。これらが原因で、絵里は現在まで続く東京嫌いになったのだ。
(どうしたものかなぁ。あの二人の邪魔をするのはイヤ。でも、私だけ寂しいのはもっとイヤ。そもそも、このまま自分の気持ちを隠して二人に接するなんて無理。絶対に私、誠さんにまた意地悪しちゃう)
 絵里は、考える。身を引く、あるいは諦めるという選択肢は端からない。となると、絵里が選べる道は数えるほどしかない。そしてこういうとき、絵里の決断と行動は極めて早い。
(まずは誠さんと瞳さんとの関係をちゃんと確認する。ここが事実かはっきりしないと、そもそもどうにもならないし。来週になったら、すぐに実行よ!)
 追加注文したパンケーキを食べ終え、三杯目のコーヒーを飲み干したときにはもう、絵里は晴れ晴れとした顔になっていた。
「……ん? んん?」
 だが会計しようとした瞬間、その表情が曇る。財布を会社に置き忘れてきたことに気づいたのだ。電子マネーでこの場の払いは済ませられたが、カード類を会社に置きっぱなしなのはやはり怖い。
(しかたない、戻るか。どうせ二人ともデートに行っちゃっていないだろうし)
 雨と風はさらに激しくなっていた。

(だいぶ台風っぽくなってきたぞ。東京に比べて、雨も風も強く感じるなぁ)
 窓越しに外の様子を眺めながら、誠は誰もいないオフィスで一人、残業をしていた。本来なら今頃は瞳と二人で作った料理を食べ、軽く酒でも飲んでいたはずだったが、そうはならなかった。瞳に急用が入ったのだ。
『ごめん、まだかかる感じなの。悪いけど、もうちょっと待っててくれる? 今日も泊まっていくんでしょ? 遅くなった分はたっぷりサービスしてあげるから、許してちょうだいね』
 そんな連絡が来たのは三十分前。手持ち無沙汰なので、急ぎではない仕事を進めていたところだった。瞳が言った「たっぷりサービスしてあげる」のセリフに期待が高まり落ち着かない、という理由もなくはない。
(ん?)
 雨と風のせいで聞き取りにくかったが、駐車場から音がした。続いて、オフィスのドアが開く音も聞こえてくる。
「先輩、早かったですね。もっと遅くなるって言ってたんで、まだ晩飯の支度してないですよ?」
「……」
 返事はないが、油断、かつ浮かれている誠は気にせず、モニターを見つめたまま言葉を続ける。
「そうそう、濡れて帰ってくるかもって思ったんで、風呂、用意しておきました。なんでしたら、先に入っちゃったらどうです? 俺はもう少し仕事しますんで」
「……」
「……? 瞳先輩、聞いてます?」
 反応がないことにようやく疑念を抱いた誠はオフィスの入口へと顔を向ける。
「……!? しゅ、主任!?」
 そこに立っていたのは瞳ではなく、先に帰宅したはずの絵里だった。
(こ、こ、怖っ! 主任の目が、めっちゃ怖っ! 瞳孔、開いてない!? 表情がよくわかんないのが逆に恐ろしい……!)
 初めて見る上司の表情に不安を覚えつつ、まずは事態の収拾を図る。
「じ、実は……そう、実は先輩、知り合いの方が急病で倒れたらしく、今、病院にいるんですよ。幸い大きな病気じゃないみたいで、これから帰社するって連絡があったばかりでしてっ」
「……」
 下手に嘘で繕っても危険と判断した誠は、ここは事実を正直に告げる。だが、相も変わらず絵里は沈黙を続ける。瞬きすらしてないのでは、と思わせるくらいに見開いた目で、じっと誠を見つめるばかりだ。正直に言って、相当に怖い。
「そ、それで先輩に、せっかくだから一緒に夕食でも、と誘われたんです。主任がいたら、もちろん三人でってことになったと思うんですけどね?」
「お風呂の件はどう言い訳するおつもりで?」
 ようやく発せられた一言に、誠は咄嗟に弁明できない。
「ああ、いい、いいの。もう充分だし、結構よ」
 いつもより明らかに早口になった絵里が、つかつかと自分の机に向かう。
「お財布を忘れたので取りに戻ったんだけどね、まさかこんな収穫があるとは夢にも思わなかったわ」
 長財布を手にした絵里は、ここで初めて表情を変えた。誠もよく知る、入社当時に散々見てきた、どこか相手を嘲るような笑みだった。
「二人がこそこそとお付き合いしてるのは察してたけど、まさか神聖な職場でイチャつくとは、さすがに予想外」
「待ってください! 会社と先輩の自宅が繋がってるのは主任だって知ってますよね!? 何度かお泊まりしたこともあるって、自慢してたじゃないですか!」
「それはそれ、これはこれよ」
「ずるくないです!?」
「私は主任、あなたはヒラなので、ずるくない」
 真顔で言い放つ歳下の上司が放つ異様な迫力に、なにも言い返せない。
(な、なんだ主任のこの圧は……っ)
 六つ歳下の絵里に完全に気圧されながらも、誠は瞳の立場だけでも守ろうと必死に思考を巡らせる。
(最悪、俺が会社を辞めればいいだけか。主任は先輩の大ファン、信者だから、邪魔な俺がいなくなれば、なんとでもなるはずだ)
 今後の身の振り方を即座に決断した誠は、いや、まずは謝罪が先だ、と考える。己の誠意を見せるため、人生で三度目の土下座をしようとその場に膝をつく。
「……なにをしてるのか、意味不明なんだけど」
「いや、その……まずは誠心誠意、謝罪をと」
「それ、もう一度見せてもらったから。あのときはホントに申し訳なかったし感謝しかなかったけど、今はダメ。無理。そんなことされても、絶対に有耶無耶になんてさせてあげない」
 しかし、誠は土下座ができなかった。誠のすぐ目の前に、絵里もまた、両膝をついたためだ。
「あなたの言い訳なんて、聞く気ないし。まずは私の話を聞きなさい。これ、上司命令ね」
「はあ」
 いったいなにを言われるのかと身構えた直後、想定外の事態が発生した。
「私、誠さんが好きです」
「…………え?」
 絵里の表情は変わらない。こちらを睨む鋭い視線もそのままだ。しかし、目元や頬、耳が真っ赤になったのがはっきりとわかった。
「驚くのも無理はないわ。なにしろ私自身、あなたへの想いに気づいたのはほんの小一時間前だし」
「……」
 突然の告白に、誠は言葉と表情を失う。
(は? 主任が俺を……好き? 先輩を奪った俺への当てつけ……いや、違う、主任がそんな真似をする理由がない。じゃあ……なんでだ?……うお!?)
 絵里が、さらに顔を寄せてきた。顔だけでなく首筋や腕まで赤くなっているのがわかる。そして、真一文字に結んだ唇が小刻みに震えていることも。
(て、照れてるのか、これ!? えっ、本当に主任が俺を……俺なんかを!?)
 瞳から初めて秘密の福利厚生を持ちかけられたときとはまた別の驚きに、誠の困惑が加速する。だが、ここで新たな状況が発生した。
「引き続きの上司命令よ、ヒラの誠さん。そのままじっとしてなさい」
 絵里が若干の早口でそう告げた瞬間、柔らかいなにかが誠の口に触れた。それが先程まできつく結ばれていた唇だと気づいたのはもう、熱い舌に侵入されたあとだった。
「んっ……ちゅ……くちゅ……むちゅ……んん……」
 瞼を閉じることも忘れ、じっと目の前の絵里の顔を見つめているうちに、唇が離れた。
「確かにじっとしてろとは言ったけど、舌を動かすくらいの機転、利かせられないの? 仕事はできても、こういうところは気が利かないのね」
 濡れた口元をれろりと舐める絵里は、ぞくりとするほどに艶めかしかった。
「誠さんへの事情聴取を始めるので、まずは場所を変えるわよ」

(なにが、なにが起きてるんだ、いったい)
 告白され、キスされ、舌まで入れられた誠は今、オフィスに隣接する瞳の自宅スペース、より正確に言えば寝室にいた。
「そこに座って。……ふふ、自主的に正坐したところは褒めてあげる」
 ここに誠を連行してきた絵里は、どこかサディスティックな笑みを浮かべている。そのくせ顔は真っ赤なままなので、どうにもアンバランスな印象だ。
「勝手に社長の自宅に入るのは、まずくないですか?」
「勝手に社長の自宅に入ってお風呂の準備をするのはまずくないの?」
「う」
「しかもなに、お布団、二人分用意されてるんだけど?」
 誠の横には確かに、二組の布団が畳の上に敷かれていた。さすがにこれは誠ではなく瞳がやったものだが、それを口にするわけにはいかない。
「誠さんが見かけによらずちゃんとした人間なのは、私もすでに理解してる。まあ、瞳さんに釣り合ってるとはさすがに言わないけど」
「あの……一つだけ、いいですか?」
 恐る恐る手を上げ、発言の許可を請う。
「ええ。私は部下の意見も取り入れる、心優しい上司なんで」
 両手を腰に当てて仁王立ちしたまま、自称心の優しい主任がゆっくりと頷く。
「主任は多分、大きな勘違いをしてます。俺と先輩はその……恋人とか、そういった関係じゃないんです。詳しくは話せませんが、信じてくれませんか」
 瞳から特別な福利厚生を持ちかけられたことは、絶対に話せない。だから、誠が弁明できるのはここまでだった。
「つまり、瞳様の弱みを握った誠さんが無理矢理肉体関係を強要してる、と?」
「あー……はい、そんな感じです」
 このストーリーが一番被害が少なくて済むと判断した誠だったが、
「バカにしないでくれる? 私が尊敬する瞳様はそんな脅しに屈しないし、私が好きになった男もそんな卑劣な真似はしないから」
 絵里はあっさりと嘘を見破った。そして、また好きと言われた中年男の心が少なからず揺さぶられる。
「ここ最近の瞳さん、明らかに機嫌がいいし、お肌や髪もつやっつや。メイクや香水、ネイル、服も以前とは変わってる。当然、誠さんもお気づきよね?」
「前に比べてさらに綺麗になった、とは感じてます」
「ずいぶんとぼんやりした感想ね。相手の変化を見逃さないのも、営業の大事なスキルよ?」
「まったくもってそのとおりです。今後は気をつけます」
「この体たらくじゃあ、一人前とは認められない。つまり、まだまだあなたは私の部下というわけ」
「ええと、つまり?」
「これも上司命令よ。正確に、包み隠さず、社長との関係を報告なさい」
 ずいぶんと回りくどかったが、要するに正直に事情を話さない限りは解放してもらえないことだけはわかった。
(まずいな。あんまり長引かせると、先輩が帰ってきちまう。今、二人がかち合うのはいくらなんでもまずすぎる……!)
 瞳を崇拝している絵里がどんな行動を起こすかまったく読めない以上、ここは妥協すべきと誠は判断した。
「信じてもらえるかはわかりませんが……」
 畳に正坐をしたまま、誠は瞳との特別な福利厚生について説明をする。できるだけ自分が悪役になるよう多少の脚色を混ぜておくのも忘れない。
「ふうん。給料が安い、待遇改善を要求する、金が出せないならそのヴィーナスのごとき女体を差し出せと、肉欲の権化たる誠さんは社長に迫った、と」
「はい。俺は昔から先輩に憧れてましたので。これ幸いと、弱みにつけいったってわけです」
「私、念を押したよね? 正確に、包み隠さず報告しろって。社会人になって何年目? 報連相は基本中の基本って、社長に教わらなかった?」
 やはり、急場しのぎの嘘は通じなかったらしい。
「はい、有罪確定。これより上司権限を執行し、誠さんに懲罰を加えるから、覚悟なさい」
「パワハラでは!?」
「セクハラオヤジに言われたくないし。……まずは、着ているものを全部脱ぎなさい。全部よ。あ、ネクタイと靴下は残しておいてもかまわないわ。全裸にネクタイと靴下だけって、なんか間抜けで面白そうだしね」
(素っ裸で土下座でもさせるつもりか? だったら、むしろ好都合だ。とにかく、先輩が戻ってくるまでにどうにかしなけれはば……!)
 言われるまま、誠はネクタイと靴下以外はすべて脱ぎ捨てる。恥ずかしさと情けなさを堪えつつ、ほぼ全裸のまま、再び正坐をして絵里からの処罰を待つ。
「手、どけなさい。なに隠してるの。今の自分の立場、忘れた?」
「……」
 股間を隠していた両手をどける。
「なんで、縮こまってんのよ。おかしくない?」
「この状況で勃つほうがおかしいのでは!?」
「瞳さんにされたら硬くしたくせに」
 憧れの女社長に全裸正坐を命じられる、そんな淫靡な状況を想像した途端、誠のペニスがぴくん、と反応した。そして、それを見た歳下の上司の片眉がぴくん、と持ちあがる。
「へえ。誠さん、そっちの趣味があったんだ。変態。変態。変態」
「ち、違います! 誤解なんです!」
「別にかまわないけど。可愛い部下には鞭だけでなく、甘ぁい飴を与えるのも大事だもの」
 ここで突然、絵里も服を脱ぎ始めた。
「え?」
「なに不思議そうな顔をしてるの。私が部下にだけ恥ずかしい思いをさせる理不尽なパワハラ上司とでも?」
 今日は理不尽な言動だらけの美人上司は、妙に勢いよく服を脱ぎ捨てていく。冷静に考えれば相当に奇妙で異常なシチュエーションなのだが、誠は絵里のストリップから目を離せなかった。
 

(第4話は4月24日配信予定)