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剣道女子、完全敗北 7

「……ただいま」
 玄関の扉を開け、朱美は沈んだ声で言う。叫び過ぎた影響で喉が少しばかり枯れてしまっていた。絶頂を繰り返した股間は今も引き攣りが治まらず、太腿がぷるぷると震えている。
「ああ、朱美。おかえりなさい。昨日も遅かったけれど、委員会のお仕事?」
 居間から顔を出した母に向かって、朱美は曖昧に頷いて返す。嘘を吐くのは苦手だ。だが今まで不良に輪姦されていました――などと、母親に言えるわけもない。
「そう、大変ね。ああ、そうだ。明日ゴミの日だけど、可燃物の袋に結構スペースが余っちゃって。ゴミがあったら部屋から持ってきてちょうだい。悠陽にも言っておいてくれる? あの子ったら絶賛反抗期だから、私が喋りかけると怒るのよねぇ」
「私でも反応は同じだと思うけど……」
「そんなことないわよ。昔からお姉ちゃんっ子だったじゃない」
「悠陽が?」
「あら、好かれてる自覚なかったんだ。あの子お姉ちゃん大好きじゃない」
「……母さん。そういうことを言うから、悠陽が口を利きたがらないんじゃないの」
 余計な言葉の多い母親に、朱美は溜息を漏らす。しかし呼気がやたらに精液臭くて、すぐに右手を口元に当てた。鈍感な母親はやはり気づかない。
 恐らくきっと、自分もこの人の血が流れているから、今回の事件が起きてしまったのだろう――朱美はそんなことを思った。人の気配は察知できるくせに、妙なところが鈍感で、感情や空気を読むのが苦手なのだ。
(これは……天から降りかかってきた災難じゃない……自分が招いた事態、か)
 朱美は今になってそう思う。この事態に陥ったのには、自分にも責任があるのではないか。疲弊しきった朱美は、己の行為に後悔を抱きつつあった。
「朱美?」
「あ……あぁ、判ってる。聞いてくる」
 朱美は母に歪な笑みを向けた後、手洗いを済ませ、二階にある悠陽の部屋へと向かった。扉を中指で三回ノックする。「入るぞ」と声を掛けて、ドアノブを捻り、扉を開けた。
 何かがガタガタンと音を立てる。落下音に驚いた朱美は、すぐに室内へ身体を入れた。
「お、おい、大丈――」
 声を掛けようとした少女は、そこで硬直した。机の前に立つ悠陽の姿に、朱美は呆然としたのだ。それは悠陽も同じだった。弟は目を見開き、朱美の登場に愕然としている。
「え……悠陽、お前……それは」
「あ、姉貴……なんで――ッ」
 弟の机にはパソコンが置かれ、その画面内では裸の女性が映っていた。長い黒髪の女性が男と騎乗位で繋がっている。その姿は朱美に似ていた。長い黒髪も、豊かな乳房も、引き締まった腹部も。似ているだけであって、もちろん本人ではなかったが。
 だが、問題はそれだけじゃない。悠陽の格好だ。弟は下着ごとズボンをずらし、陰茎を露出させていた。浅黒い色合いをした肉棒は、透明な液体を纏い、照明を浴びて艶っぽい照りを帯びている。
 床にはスマートフォンとティッシュが転がっていた。それだけ見れば状況が判る。自慰をしている最中だったのだ。慌てて隠そうとして、スマートフォンを落としたのだろう。
「あっ……えっと……す、すまないっ!」
 朱美は顔を紅潮させ、すぐに謝罪の言葉を掛ける。だが時すでに遅し、だった。
「ふ……ふざけんなよ、クソ姉貴!」
 悠陽は声を震わせて、手にしていたティッシュを朱美に投げつけた。朱美の足元に、何か液体の染み込んだティッシュが転がる。
「入っていいなんて誰も言ってねぇだろ! 何勝手に入ってきてんだよ!」
「ち、ちが……ノックは、したんだ……大丈夫だと思って、それで……その、ゴミを回収しに、明日はゴミ出しの日で……」
「うるさいな! さっさと出て行けよ!」
「あ、ああ……本当に、すまない……いや、でも私は別に、悠陽も男の子だし……」
「出て行けって言っているだろ!」
 たどたどしい言い訳を聞き届けられるはずもなかった。朱美は足元のティッシュだけ拾い、もう一度「すまない」と言い残して部屋を出て行く。扉を閉め、それから自室へと逃げるように急いだ。部屋の壁に背中を預け、大きなため息を一つ吐く。
「……悪いことをしたな……」
 悠陽も男子だ。性的な事柄へ関心の強い時期だろう。それに思春期真只中であり、親や姉に対して色々な感情を抱く時期でもある。あの不良どものように、女を犯したいという願望だってあるかもしれない。
(にしても、あの映像の女性……私に似ていたような……気持ち良さそう、だったな)
 演技かもしれないが、男性の上に跨って腰を振る表情は、なんとも恍惚としていた。自分も今日、あんな顔を男たちに晒していたのだろうか。朱美は女優と自分の姿を重ね、そして悠陽が自慰をしていたことを思うと、子宮の辺りがじんと痺れるのが判った。
「はぁっ……はっ……」
 下腹部の疼きが止まらず、朱美はちらりと自分の下半身を見下ろす。それからスカートの中に手を入れ、股間を右手でまさぐった。一体何をしているのだろう――己の行動が間違っていると判っても、燃える情欲に抗うことができない。
(私は、なんて破廉恥な女なんだ……ああ、だが……身体が、疼いてしまう)
 今まで性的なことに関心なかったゆえに、二日間に及ぶ苛烈な凌辱が、無理矢理にオンナとしての本能を覚醒させたのだろうか。朱美には判らない。判るのは今、酷く悶々とした感情に苛まれていることだ。
 しかし股間を覆う貞操帯が、幸か不幸か朱美の自慰を阻止する。小便をする用の穴はあるが、指を入れられるスペースはない。行き場のない中指が、ステンレスを虚しく引っ掻いた。
「あぁ……うぅ……私は、何をして……」
 男たちに散々犯されたというのに、未だに快楽を求める身体がなんとも浅ましい。朱美は恐る恐るスカートを脱ぎ、股間の状況を確認する。体育館の外にある水道で一度洗うことを許されたのに、太腿の付け根に向かってたらたらと透明な蜜が伝っていた。
(これが全部、私の愛液なのか……バイブを突っ込まれているとは言え、こ、こんな淫らな……ああ、自分からオンナの匂いが立ち上って……頭がくらくらしそうだ)
 その匂いを嗅いだのが余計にまずかったのか、心臓がトクトクと脈を速めてしまう。朱美は誰もいない部屋をキョロキョロと落ち着きなく見回した後、股間を机の角に宛がった。
「んッ……こ、これ、良い、かも……」
 刺激は微弱だが、バイブが内側に押し込まれ、多少の快感を覚えることはできた。そのまま尖った乳首を指で抓む。そして右手に掴んだティッシュの匂いを嗅いだ。
 行動のほとんどは半ば無意識のことだった。特に精液の匂いを嗅ぐなど、朱美の行動としてはあり得ぬことだ。だが、身体は止まらなかった。脳裏には凌辱の記憶が蘇り、火照った肉体は、男たちに貪られた感触を思い出していた。
「ぁあっ……あんっ……んうっ……はぁっ、はっ……ぁあんッ……」
 くねくねと淫らに腰をくねらせる。だが、達することは叶わない。
「う……うぅ……もどかしい……ああ……イキたい……」
 思わず本音が零れる。あれだけ激しい性交の味を覚えてしまった以上、少女の肉体が満足するには刺激が弱すぎるのだろう。
(そうだ……ここなら、指を挿れられるんじゃ……)
 朱美は机に上半身を預けながら、右手を臀部へと伸ばした。排泄用の穴が開いており、指を挿れることは可能である。一体何をしているというのか。何をしようとしているのか。冷静になれば、朱美の行動は、とり得る中でも最悪の選択だ。
 何せ、憎き不良に輪姦された挙句、帰宅してなお劣情に苛まれて。
 挙句には、肛門で自慰に及ぼうとしている。
(こ、こんな、絶対にだめだ……大体、そんなところ触っても、気持ち良いはずがない)
 そう思いたいのに、性行為の最中に尻穴を弄ってくる不良たちも多いため、排泄穴でも甘い掻痒感を覚えることは知っていた。とは言え、人として女として、あってはならぬ行動だ。
(でも……す、少しだけ……このままじゃ多分、何も手につかないから……)
「ぁあっ……んぅぅ……!」
 朱美は菊模様の穴へ少しだけ指を挿入してみる。異物感に眉根を寄せ、すぐに一度抜いた。潤滑液か何かあれば入るかもしれない――と、太腿を流れる愛液を指先で掬い、浅く挿れてみる。その状態で入り口付近への抜き差しを繰り返した。窄まった桃色の粘膜口が、腸汁と愛液でちゅぷちゅぷと音を立てる。朱美は思い切って挿入を深めてみた。その瞬間、背筋をゾクゾクッとした愉悦が駆け抜けていく。
「んあぁッ……あっ、ぅ……な、なんだ、今の……んんッ……」
 甘い痺れに腰がピクッと引き攣り、朱美は己に生じた変化に驚いた。ぬるぬると指を滑らせると、排泄と同じ快感が広がっているのだ。膣にバイブが刺さっているのも影響しているのだろう。直腸を内側からぐにぐにと押すと、膣肉が樹脂棒の凹凸に擦れて性悦が奔る。
「んぅっ……ぁあ……私、お尻で感じて……ぁっ、ぁあっ……」
(どうしよう……お尻に指を挿れて、弟の精液の匂い嗅いで……気持ち良くなるなんて)
 己の痴態に困惑しながらも、指の出し入れは止められない。呼吸は甘く乱れ、張りのある尻を悩ましく揺らし、昂る肉欲の赴くままに指先を動かしていった。
「ぁあんっ……イ、イキそうだ……ぁあっ……はぁっ、ぁああッ……!」
「朱美ー?」
「ひっ!」
 母の声が一階から聞こえ、朱美は慌てて尻から指を抜いた。その瞬間の甘美な心地にぶるりと身を震わせながら、慌ててスカートを履き直す。
「な、なに? 母さん、何か用?」
「早く降りてらっしゃい。ゴミを取りに行くのに何分かかってるのよ。折角温め直した晩御飯、また冷めちゃうわ」
「う、うん! すぐ降りるから!」
 朱美は廊下に飛び出す。階段を降りようとすると、悠陽が部屋から出てくる。どうやら明日のゴミを出してきたらしい。弟は廊下に袋を置きつつ、朱美へと顔を向けた。目を合わせるのも気まずい。だが悠陽は逆に、その瞳を大きく見開いた。
「な、なんだ? さっきのこと、まだ怒っているのか? だったら……」
「いや、姉貴……」
 悠陽は自分の胸元を指さす。釣られるように、朱美は己の上半身を見下ろした。「あっ!」と悲鳴のような声が漏れ出る。先ほど自慰に耽る際、露出させていたままだったのだ。つまり実った二房の果実が、弟の前に晒されているということである。
 朱美はすぐに制服を下ろした。落書きが弟の目に映ったことだろう。「何も、見てないから」と、悠陽は上擦った声で言う。
「……こ、これで、おあいこにしよう。お互い、見なかったことに、して」
「う……うん……」
 気まずい沈黙が流れる。朱美は居心地の悪さを覚え、階段を降りていった。このまま、姉弟としての関係が崩れてしまう可能性もある。弟の自慰を目撃した姉。姉の裸体と卑猥な落書きを見た弟。この二人が、普通の姉弟として過ごせるものだろうか。
 悠陽は人の隠し事や悪口を言いふらすような子ではない。
 だが、男の子だ。不良たちのように、脅迫めいたことをするかもしれない。
(もし、悠陽が私を脅してきたら? 私を問い詰め、関係を迫ってきたら……?)
 部屋に来て。裸に剥かれて。襲われて。そして姉弟以上の関係になって。その後も歪な関係を迫られて。学校では不良たちの牝犬として、家では弟の情婦として、ひたすら奉仕する日々が訪れるのではないか。そんな妄想さえ頭で繰り広げてしまう。
 そして、そう思うと。
 なぜだか朱美は、言いようのない昂揚感を覚えるのだった。

(第三章 完)(続きは電子書籍でお楽しみください)