人妻孕ませ診療所 若妻、清楚妻、女教師 1
第一章 悲劇開幕 悪魔の住む診察室
「本当に……上手くいくのかな……」
壁一面に嵌め込まれた鏡の前で、雪島恵実は物憂げに呟いた。八帖ほどの広さがある更衣室の中、清潔な消毒液の匂いを嗅いでいると、どうしても今までの治療が頭をよぎる。
(ううん、弱気になっちゃだめ……聡子先生の言葉を信じなくちゃ……)
クリニックを紹介してくれた恩師の顔を思い出し、恵実は艶やかな唇をキュッと結ぶ。自分に気合を入れるように頬を掌で叩いて、眼前の巨大な鏡を見る。鏡張りの壁には、淡緑色の検査着に身を包んだ女の姿が映っていた。
若妻の印象を一言で表すならば、淑やかで品のある女性、と言ったところだろう。髪は緩やかに波打って背中を流れ、日焼けしていない肌は白磁色をしている。作り物めいた美しさを有し、いかにもお嬢様然とした雰囲気を醸していた。
「恵実ちゃん」
扉の外から聞こえた声に、恵実はピクリと肩を震わせた。「はい」と返事をすると、扉が開き、廊下から恩師である女教師──大江聡子が顔を覗かせる。
「そろそろ準備できた? 元田先生が診察室でお待ちになっているわよ」
「あ……はい。今、着替え終わったので。すぐに行きます」
「そう。着替えるのが遅いから、鏡の前でダンスでもしてるのかと思った」
聡子は整った顔を綻ばせ、更衣室へと足を踏み入れる。そのまま恵実の傍に寄ると、結んだばかりの検査着の紐を、断りもなしに解いてしまう。
「さ、聡子先生、何を……」
はらりと広がった検査着から、恵実の悩ましい肉体が晒される。張りのある白い半球の柔房は、重力に抗うようにツンと上向いていた。先端部にある薄桃色の乳輪が、なんとも可憐で慎ましい。
腹部も程良く引き締まり、対照的に臀部は官能的な丸みを帯びている。典麗な曲線で構成された恵実の肉体は、二十八になる女の色香をムンムンと纏っていた。
「紐を結びなおすだけよ。別に女同士だから良いじゃない」
「で、でも……あのころとは、その……色々と違いますし……」
「そうね。色々と、あのときとは違うものね?」
露わになった双丘に女教師の視線が這う。どこかいやらしい見つめ方に、恵実は頬をポッと赤くした。
「高校生のときも大人びていたけれど、随分立派に成長したじゃない」
「それはまあ……もう、十年近く経ちますし」
「恵実ちゃんも、今じゃ一人の男性に尽くす人妻だものね。時の流れって残酷だわ。教え子が成長するたびに、私はオバサンになっちゃうんだから」
「聡子先生だって、まだまだお若いじゃないですか。私も、先生のような素敵な歳の重ね方をしたいです」
「あら、お世辞も上手くなったのね」
「お世辞じゃないですよ! 本当に、凄くお綺麗です」
実際、世辞を言っているつもりはなかった。ブラウスを押し上げる豊満なバスト。スカートにハート形を浮かばせる張りのあるヒップ。優しく細められた瞳や紅に彩られた唇は、妖艶な大人の色気を漂わせていた。
「ふふ、嬉しいこと言ってくれるじゃない。子供が三人できてから、特に美容に気を遣うようになったのよ。いつまでも若いお母さんでいたいじゃない?」
「そう、ですね。……私も早く、聡子先生みたいなお母さんになりたいです」
意図せず零した言葉は、間違いなく恵実の本音だった。
聡子は子供を三人産み、女教師として仕事に励み、美容にも完璧に気を遣っている。公私ともに充実した聡子に、羨望の感情を向けずにはいられなかった。
「判るわ、恵実ちゃんの気持ち。不安で、先に妊娠した人が羨ましいわよね」
聡子は検査着の紐をキュッと結んで、恵実に優しく微笑みかける。
「でも、ここで治療を続ければ、きっと上手くいくから。成果が出たら、薫ちゃんにも報告してあげて」
聡子の口から出た親友の名前に、恵実は数日前のやり取りを思い出した。喫茶店でコーヒーを飲んでいたとき『学校で聡子先生から聞いたんだけど……』と、妊活仲間でもある薫が、今回の件を紹介してくれたのだ。
『でも、私は陸上部のコーチをしてるから、平日は微妙に時間が取れないんだよね。代わりと言ったらなんだけど、恵実が行ってみる?』
不妊に悩んでいた恵実にとって、それは渡りに船の提案だった。断る理由もなく、その日のうちに承諾していた。不妊治療で三人の子供を授かった恩師の紹介ならば、その治療効果にも期待できると思ったのだ。
「さ、そろそろ行きましょうか。男の先生だけど、変に意識しなくても良いからね。今日は初診だし、私も一緒にいるから。リラックスして」
「は、はい。よろしくお願いします」
仕事を休んでまで付き添ってくれている──その心遣いに感謝して、恵実は更衣室を出る。順風満帆の人生に唯一足りないのは子供だ。だからこそ、妊娠すれば全てが上手くいく。大した根拠もなく、そう思っていた。
*
元田クリニックは、町の外れにある個人経営の診療所だった。外観は民家にしか見えない平屋建てで、良くも悪くも、大型病院のような風格はない。
診察室にも大した特徴は見受けられない。ベッドや検診台に、スチール製のデスク。一風変わっているのは壁一面を埋める鏡だろうか。更衣室と同様に、壁が鏡張りになっていた。
「では、問診を始めます。デリケートな質問なので、お答えしたくなければ、言わなくても結構ですからね」
目の前に座る元田和真が、人の好い笑みを浮かべて言う。年齢は四十代の後半から五十代の前半と言ったところか。体型は肥満気味だが、不潔感は抱かせなかった。恵実の傍には聡子も座り、様子を見守ってくれている。
「早速ですが、一週間に平均何度ほど、旦那様と性行為をなさっていますか?」
「えっ? あ……えっと」
恵実は一瞬だけ口籠る。体温が高くなるのが判り、躊躇で唇を閉じた。だが、相手は医師だ。恥ずかしがる必要はないと、口を開きなおす。
「しゅ、週に大体三回くらい、だと思います」
「悪くないですね。治療を続けて一年ほどと聞きましたが」
「あ、はい。不妊治療は、先月で一年が経過したところです」
「なるほど。一年で妊娠できないとなれば、世間的には不妊症の範疇に入りますね。現在は一般不妊治療を受けている形でしょうか?」
「そう、ですね……タイミング法を取り入れている形です」
排卵が正常に行われていることも確認し、病気もない。生理の周期も一定で、検査薬で排卵日もチェックし、排卵の二、三日前にも必ず性交渉をしていた。タイミング法として、恵実の行動は実に理に適っている。
それを伝えると、元田も「素晴らしいですね」と感嘆したように言った。
「ただ、それでも妊娠しないとなると、確かに今の段階から先に進むべきかもしれません。将来的には、人工授精等もお考えですか?」
若妻は首を縦にも横にも振らなかった。中途半端な反応だが、医師は「なるほど」と呟く。
「可能な限り、自然に妊娠したい、という形ですね?」
胸裏を見透かされたことに驚き、恵実は目を瞬かせる。元田は照れ臭そうに笑い、ペンの根元で薄くなった頭頂部を掻いた。
「判りますよ。旦那様と性行為をして、自然な形でお子様を授かりたい──そう考える方は多いですから。そのお気持ちは尊重します」
元田の言葉に、恵実は安堵の息を零す。以前の病院では、高度生殖医療──つまり、人工的な生殖方法を強く勧められたものだ。愛のある性行為の末に子を授かりたいと、そう願う恵実にとっては、受け入れがたい提案だった。
「でも、本当は判っているんです。そろそろ諦めた方が良いってことも。我儘ばかり言っていたら、いつまでも子供ができませんし……」
そこまで言って、恵実は躊躇いがちに言葉を続ける。
「その、実は夫の精子量が少ないらしいんです」
「乏精子症、ですか」
「はい……ちょっと少ない程度なので、大きな問題はないそうなんですが……。やはり自然な形で妊娠するというのは、無茶な話なのでしょうか?」
自分たちの考えは傲慢かもしれない。少なくとも人工授精には踏み切るべきではないか。そんな悩みを、この数か月間夫婦の間で抱き続けていた。
「先ほども言いましたように、当クリニックはお考えを尊重いたしますよ。ご安心ください。治療を受けていただければ、必ず、雪島さんは妊娠いたします」
「ほ……本当ですかっ?」
「ええ。人工授精や高度生殖医療に頼らず、独自の高感生殖理論に基づき、不妊治療を行っていきます」
「コウカン、セイショク……?」
聞き慣れない言葉に首を傾げる。元田は医者らしく、淡々と説明を続けた。
「簡潔に言えば、性交渉の際に強い興奮と性的絶頂を味わうことで、妊娠の確率を高めるという理論です。雪島さんは性交の際、絶頂をしていますか?」
思わぬ質問に、恵実は頬をかあっと赤くする。
「絶頂なんて……そ、そんなこと、関係あるんですか?」
「ホルモンの分泌を促して、より生殖本能を促す効果があるんです。一番良いのは、射精と同時に絶頂をすることです。膣が陰茎を引き絞る力が強くなり、精液が子宮の深い部分に達しますからね。着床の確率がグンと上がるんですよ」
確かに、性的な興奮を味わうと子宮口がペニスに吸いつくような感覚がある。子宮が降りる、と言うべきだろうか。膣がキュッと締まるのも理解はできた。
(だけど、そんな迷信みたいな話で、本当に妊娠できるの……?)
「疑っているでしょ、恵実ちゃん」
お見通しとばかりに、恩師の声がすぐ傍から聞こえてくる。
「でも、本当なのよ。射精と同時に絶頂できるようになって、十日も経たずに妊娠したの。騙されたと思って聞いてみて? それに、今までと同じ方法で治療しても、意味はないでしょう?」
「確かに、そうですけど……そもそも、どういう治療なんですか? 絶頂がどうって言われても、具体的に何をするのかイメージできなくて……」
「当クリニックでは、妊娠しやすい性交渉のサポートをいたします。妊娠に適したセックスの練習をするのです。それが治療なのですよ」
セックスの練習。平然と告げられた元田の言葉に、恵実は唖然とする。
「例えば雪島さんは、フェラチオをしたり、SMプレイや野外でのアブノーマルなプレイをしたことはありますか?」
「そ、そんな経験はありません! 舐めたり、外でなんて……」
恵実は顔を真っ赤にして否定する。夫との夜伽は、正常位で身体を重ねる、極めて平凡で飾り気のないものだ。局部を舐めるような性行為をしたことはない。
「でも、男性は喜びますよ。舐めている雪島さんだって興奮するはずです。お互いの興奮を高めるのに、フェラチオは効果的なテクニックです」
元田は真剣な面持ちで言う。患者を想う医者としての表情に、恵実は言葉を返せなくなる。
「それに、子供を産むためだけのセックスには義務感が生じて、作業のようなセックスになってしまいますよ。それでは妊娠ができないどころか、セックスレスに陥って、夫婦仲に亀裂が生じる恐れもあります。心当たりは?」
「そ、それは……」
確かに振り返ってみても、キスすらしていない日がある。潤滑液で無理矢理湿らせ、無感動にピストン運動をして、子宮に精液を注ぐだけの行為──それが果たして、愛のある性行為と呼べるのだろうか。
「でも、セ、セックスの練習……だなんて」
「躊躇うのも判ります。まずは今日、お試しで診療を受けてみてください。終わった後、続けるかどうか決めましょう。それでどうですか?」
信じがたい治療だが、元田は不誠実な男には見えない。傍には聡子もいる。二人を疑うという発想は、恵実の中には存在していなかった。それにダメで元々、なのだ。性生活が豊かになることも、決して悪いことではない。
「……判りました。お試しということで……お願いします」
恩師の前で断れなかったのもあるが、何事も試すべきだとも思った。体験して合わなければ、やめれば良い。そのぐらいの気持ちで、恵実は返事をしていた。
この診察室が、悪魔の住まう部屋だとも知らぬままに。
(次回更新は8月17日です)