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今月の放言

性の欲望は満たされる過程そのもの 高橋源一郎

直筆短冊

小説家・評論家、そして競馬の予想に一喜一憂する男、高橋源一郎。特異な場所で特異な人物から性を学び、アダルトビデオ監督を務めた経験をもつ彼。そのク-ルな眼鏡に隠された眼球は全ての本質を見抜き、口唇はユ-モアたっぷりに自説を語る。よりハ-ドに喚起され続ける性の果てにあるものとは…。

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プロフィール 高橋源一郎

1951年1月1日生まれ。20代の半ば頃より小説を書き始め、 1982年「さようなら、ギャングたち」で群像新人長編小説賞優秀賞を受賞。 その後、「優雅で感傷的な日本野球」で、三島由紀夫賞受賞。「文学がこんなにわかっていいかしら」、「文学じゃないかもしれない症候群」など、軽快で鋭い評論が多くの読者の心をつかむ。また「競馬漂流記」など競馬に関する著作も多い。

第3章 性は留置所で学びました

僕の性の目覚めは活字、つまり小説です。掲載されていた本、作家名すら憶えていないけれど、小学3年の時に偶然読んだある小説。看護婦もので病室に忍び込んで、服を脱ぐ…というところまで今でも憶えています。子供心にこれを読んでいることを他人に知られてはいけないと思いながら、何回も読んでいた。それで気がつくとチンチンが大きくなっていて…、これが僕の性欲の自覚的な発動です。僕等の世代はこういう体験が多いんじゃないかな。もう少し時間が経つと雑誌がたくさん出ていたので写真とかになるんだろうけど。

このようにして目覚めた僕の性ですが、実は18歳まで誤解していた。オナニーを手でしてなかったんです。それに気付いたのは諸事情で留置所に入った時。そこには2人の女のヒモになっている15歳のやくざがいたんですよ。留置所は暇だから夜になるとそいつは毛布の中でオナニ-をしていて、その時初めて知ったんですよ。手を使うことを。それまでは押し付けてしていたんですね。でも体勢としてはその方がよりセックスに近かったですね、今から考えると。その時留置所に入っていなかったら、今でも手を使っていなかったかもね。

また諸事情があって次に入ったときは4人の窃盗団と一緒でね。そいつらがエッチについて全知全能を駆使しながら一日中喋っているわけですよ。「女は○○だ」「いや、お前は特殊だ」とか反論が入ったりして。とにかく4人全員がヒモですからね、具体的には言えないけどそこで聞いた話は役に立ちましたね。How To 本には絶対書いていない性について僕は留置所で勉強しました。

留置所に入っていると友達が差し入れをしてくれるけど、それには基準があるんです。だめなものには墨が塗られたり、切られたりする。ヌ-ド写真はだめだけど、文章は通るんですよ。だから友達に「写真はだめだよ、文章ならいいけど」と伝えると、どこからかすごいのをまた探してくるんだよね。あの時ははまりましたね。もしその頃、フランス書院文庫があったら、毎週差し入れしてもらっていたんだろうな。

昔はアダルトビデオ(以下AV)など無かったじゃないですか、僕も自分で3本ぐらい撮ったことあるけど、あれはすごい。日本人の性習慣を変えましたよ。そんな時代に活字としてのエロが共存しているのもすごい。写真はおろか、実際にセックスをしているのがテレビで見られる現在なのに。普通なら、文章で性欲を喚起させよう、次に写真があって、ビデオがあってと垣根の高さはそれぞれすごく違うものだと思っていたけど、どうやらそうでもなく並列している。

性の欲望は満たされる過程そのもの 高橋源一郎04
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