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今月の放言

日本人は官能民族 三枝成彰

直筆短冊

前衛的な作品を作り、世界的注目を集める作曲家、三枝成彰。音楽というツールを通して多くの人に刺激と快楽を与えている彼は官能をどのように捉えているのだろうか。そんな疑問を解くかのように音楽から性文化といった幅広い展開で存分に語ってくれた。性にデファクトスタンダードはない。

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プロフィール 三枝成彰

1942年東京生まれ。作曲家。東京芸術大学大学院修了。在学中に安宅賞を受賞。代表作として、オラトリオ『ヤマトタケル』、オペラ『千の記憶の物語』、ヴァイオリン協奏曲『雪に蔽われた伝説』など。特にオペラ『忠臣蔵』は英語字幕付きのビデオ、CDは邦人作曲家のオペラ作品として初めて、世界27カ国で発売され注目を集めた。現在、新作オペラ『ジュニア・バタフライ』(2004年4月初演予定)を作曲中。

第3章 日本だけが“恋”していた

セックスだけを考えたら、全部自己流なんですよね。ポルノビデオが出てきてからもなかなか見る機会に恵まれなかったから。

僕が初めて他人のセックス、つまりポルノビデオを見たのは28歳。それまでは他人のセックスを知るのは文学しかなかったんです。我々の世代はみんなそうだと思いますよ。とにかく当時は全部自己流セックスだったんですよ。今みたいにビデオで人のセックスを簡単に覗けなかった。

僕たちの世代はみんなマジメですよ。初体験も非常に遅かった。マジメである意味非常に可哀想な青年時代でしたね。高校生でセックスなんてまずありえないし、友達とさえそんな話をしなかった。ヤッてたのは不良ぐらい。

今の日本を見てると、たった50年で意識とはこんなに変わるものかって思いますね。世の中は乱れてると言えばそうかもしれないけど、一方で江戸時代に戻ったという解釈もできるんです。

親の知らない間に恋をすることをキリスト教社会が初めて認めたのは『ロミオとジュリエット』ですよね。でも、あれだって修道僧が結婚を認めているんです。キリスト教が認めないのは結婚じゃないわけですから。3、400年ぐらい前はそうだった。そう考えると、今のキリスト教社会も乱れてしまったと捉えていいかもしれない。

アルカイダがアメリカ映画をイスラムの民に見せたくないのはよく理解できますよ。女の人が自立と性欲に目覚めたら貧しい国の男たちは出稼ぎに行ってる時、心配でしょうがない。夫がいない間、妻が何をするか分からないからね。掟で守られているようなものが、映像に毒されてしまうのは「NO」なんですね。

中国人が恋を知ったのは『恋の中国文明史』(張競著)という本を読むと1930年代なんです。それまで中国人は恋を知らなかった。“恋”っていう字は故郷や父母に対する恋という意味で、異性に対して使われてなかった。むしろ日本人だけが“恋”を異性に対して使っていた。

彼らにとって“恋”はなかった。結婚する相手は親が決めるものだった。だから、妻を“愛人”って書くんですよ。日本だったら大変なことになりますけどね(笑)。面白いなーと思いますよ。この前、同じことを通訳の子が言ってたね。「1930年、上海においてアメリカから“恋”が輸入された」って。

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