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今月の放言

日本人は官能民族 三枝成彰

直筆短冊

前衛的な作品を作り、世界的注目を集める作曲家、三枝成彰。音楽というツールを通して多くの人に刺激と快楽を与えている彼は官能をどのように捉えているのだろうか。そんな疑問を解くかのように音楽から性文化といった幅広い展開で存分に語ってくれた。性にデファクトスタンダードはない。

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プロフィール 三枝成彰

1942年東京生まれ。作曲家。東京芸術大学大学院修了。在学中に安宅賞を受賞。代表作として、オラトリオ『ヤマトタケル』、オペラ『千の記憶の物語』、ヴァイオリン協奏曲『雪に蔽われた伝説』など。特にオペラ『忠臣蔵』は英語字幕付きのビデオ、CDは邦人作曲家のオペラ作品として初めて、世界27カ国で発売され注目を集めた。現在、新作オペラ『ジュニア・バタフライ』(2004年4月初演予定)を作曲中。

第4章 曖昧さが官能を生む

そもそも結婚とは親が決めるもので、本人の気持ちは関係なかった。現在でも自分の意志で結婚できるのは世界で2割しかいませんからね。日本だって戦前は自分の意志で結婚できた人はそんなにいなかったんじゃないですか。

戦後、昭和40年ぐらいまでは、親の反対を理由にした心中って多かったしね。無理心中はあっても、心中はもうありえないですよ。相思相愛だったら例えどんな相手でも、「もうしょうがない」って親は言っちゃう。心中があったとしても『失楽園』みたいに不倫してどうしようもなくなって…ぐらいでしょうね。親に反対されたぐらいじゃ若いカップルはもう死にませんよ。

恋って圧縮比がかかればかかるほど面白いんじゃないですかね。簡単に手に入ったりすると価値は低くなってしまう。だから、今日、恋というものはそれほど価値を生まないのかもしれませんね。

いつから恋が不自由な時代だったのかよく分かりませんが、間違いなく言えるのは江戸時代までは“乱交の時代”でした。武士には儒教の教えが厳然とありましたが、彼らは人口のたった7%。それ以外、つまり残り93%の町人や商人などはなんでもありな状況だったと思いますよ。日本人は気持ちいいことに対して寛容な民族なんです。

例えば音楽を聴くことって気持ちいい行為ですよね。でも、北方ヨーロッパの人たちは音楽をそうは捉えないんですよ。音楽は人生に対して何かを与えてくれると考えられているんです。音楽を聴いてどんなに気分が高揚しても体は絶対に動かしてはいけない。体を揺らしていい音楽は黒人の音楽なんですよ。要するに音楽を“情緒”で捉えるか、“知”で捉えるかの違いなんですよ。日本人は“情緒”で捉えるんです。音楽でさえもセックスと同じように民族によって捉え方が非常に違う。

外国人が日本に来ると、「なぜテレビで温泉や飯のことばっかりやってるんだ? 温泉は病気を治療するため、飯は体を健康にするためだろ。おいしいものを食べるために遠くへでかけるなんて理解できない」って思ってる。

だから、飯のおいしさにも拘らないし、もしかしたら妻とのセックスも絶対の勤めと信じてるかもしれない。そこが我々とだいぶ違うんですよ。

かといって彼らだって官能を一切求めないわけじゃない。そういう目的の本などは絶対に一般書店で売っていないけど、専門店に行けばある。コンビニで風俗情報雑誌が買える日本みたいに曖昧じゃない、そういう境界線が非常にはっきりしているんです。でも、僕は日本のそういう曖昧さが面白いと思うし、好きですね。日本人は大の官能好きな民族なんですよ。

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