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役員秘書・涼子と美沙 4

 

 翌日、会社が引けた後、吉岡が指定した喫茶店に涼子は鮮やかなシックなグレーのジャケットに身を包んで現われた。

 その日の朝、出社した涼子は昨夜自分がなにをされたかも知らずに、初対面とはうって変わった可憐さで、酔って眠ってしまったことを詫び、車で送ってもらった礼まで吉岡に述べた。それに対し吉岡はなに食わぬ顔で、今後の段取りについてもっと詳しい話をしようと涼子を呼びだしたのだった。

 今日の涼子はいつものタイトミニではなく、ジャケットと同色の膝丈程度のスカートだった。しかし、サイドにはかなり深いスリットが入り、そこからは太腿の七分目ほどがのぞいている。

 健康的なタイトミニよりもある意味ではきわどいスカートで吉岡の前に現われたことが、恋人の友人だという吉岡に対し、涼子の警戒心がかなり薄れたことを示していた。

 スリットから白い太腿をのぞかせて、颯爽とこちらに歩いてくる涼子。歩を進めるたびに、ちらちらと露出する太腿のなまめかしさが吉岡の目を射た。

「ごめんなさい、お待たせしちゃって。だって、こんな隅の目立たない席に座ってらっしゃるんですもの。探しちゃった」

 そう言って可愛く肩をすくめてみせる。オフィスでは決して見せることのないキュートな表情だ。

 コーヒーが運ばれてきた後、涼子が少し不安げに切りだした。

「それで、なにからはじめればいいのかしら。あんまり急なお話なんで、私なにも考えてなくって。吉岡さん、色々教えてくださいね」

「ああ、もちろんだよ。まず、式に招待する人たちのリストなんだが……」

 吉岡は鞄のなかから少し厚手のリストを取りだした。

 渡されたリストをぱらぱらとめくった涼子が、怪訝そうに目をあげる。

「どうして吉岡さんがこんなものを?」

 リストには吉岡が興信所に調べさせた、涼子の友人や知人の名前が並んでいた。

 涼子の家族とシグマトレード社の社員は言うに及ばず、学生時代の恩師や友人たちや親戚、そればかりか父親が重役を務める一流メーカーの上層部、父親の部下たちまでの住所・氏名が延々とつづいている。そして冒頭には、もちろん愛する高倉の名前があった。なぜ吉岡がこんなに詳しく自分の交遊関係を知っているのか。

「まあいいじゃないか。それより、招待状に使う写真ももう用意できてるんだ。どれがいいか相沢さんに選んでもらおうと思って」

 吉岡が取りだした何十枚もの写真を眺めはじめた涼子の表情が凍りついた。

 そこには涼子自身のあられもない姿が、これでもかと言うほどおさめられていた。そんな姿を人目に晒したこともなければ、まして写真に撮らせたことなどあるはずもない。お嬢様育ちで、他人の善意のみに囲まれて育ってきた涼子は、吉岡の淫計にまだ気づいていなかった。

「こ、これはいったいどういうことです!」

「どうだい、どれもよく撮れているだろう? 特にこれなんか我れながら最高の出来だ」

 そう言って吉岡がつまみあげた一枚には、涼子がその可憐な唇をこじ開けられ、醜い肉棒を咥えさせられている表情がアップでおさめられていた。

「じゃあこれは昨夜……吉岡さん、あなたいったい……」

 動揺と怒りで涼子の華やかな美貌が歪む。昨夜の吉岡と今、目の前にいる男が同じ人物であることが信じられない様子だ。

「やっと呑みこめたようだね。そう、昨夜君をマンションに送る前にちょっと寄り道をさせてもらったのさ」

「かえして! かえしてください!」

「おいおい、あまり大きな声を出すと人が見るぜ。店中の人間にその写真を見せたいのかい?」

「とにかくかえしてもらいます!」

 涼子はそう言うと、テーブルの上の写真をかき集めてバッグに入れはじめた。

「そんなものでよければいくらでもどうぞ。焼き増しは何枚でもあるし、だいいち、ネガがなくちゃしようがないことぐらい君だってわかるだろう」

「いったいどういうつもりなの」

 握りしめた小さな拳が震え、美貌が青ざめている。

「だいたい高倉みたいな鼻持ちならないエリート野郎と俺が仲がいいわけないだろう。それを信用してのこのこついてきた君が悪いのさ」

「じゃあ、昨夜の話も嘘……だましたのね! とにかくネガをかえしてちょうだい。これは犯罪よ」

「いやだと言ったら?」

「警察に行きます」

 美しい唇を強く噛み、毅然とした表情で涼子は言い放った。

「どうぞご自由に。ただ、この写真を発送する準備はもうできていてね。俺の身になにかあれば、すぐにポストに投函されることになっているんだけどな」

 そんな手配などまったくできていないにも関わらず、吉岡は挑発的に言った。

 思い焦がれた涼子を本当の破滅に陥れるまでの非情さは、元来小心な吉岡にはなかった。もし涼子が本当に警察に駆けこんで、自分が社会的な制裁を受けるのであれば、それはそれで仕方ないと思っていた。

 それに実際に裁判にでもなれば、涼子がそういう写真を撮られたという事実が明らかになってしまう。聡明な涼子がそれを得策と判断しないだろうという自信もあった。だが本当のところは、社会的な生命を賭けてもいいと思わせるほど、吉岡は涼子の美しさの虜になっていたのだ。

「ひ、卑怯よ!……お願い、かえしてください」

「なにもかえさないとは言ってないさ」

「わかりました。いくら払えばかえしてもらえるの? ある程度までなら払います。だからネガをかえして」

 いくらかは貯金もあった。それ以上の金額を要求されれば、なにか理由をつけて親から借りてでもよい。

 とにかく、なんとかこの卑劣な男から写真を取り戻さなくては。涼子は焦っていた。

「金なんかいらないさ。その代わり君にひとつ頼みがある」

「なに? いったいどうすればいいの?」

「俺のものになってもらう」

「あなたの……もの?……どういう意味?」

 吉岡は粘りつくような淫猥な目で、涼子の伸びやかな肢体を舐めまわしてくる。

 涼子の身体が一瞬硬直し、おぞましさが背筋を駆け抜けた。スリットの奥の太腿がぷるぷると痙攣する。

「子供じゃないんだ、わかるだろう」

「いやっ! そんなこと絶対にいやです!」

「いやならいやでいいさ。その代わり写真をばらまかせてもらうよ。ご家族が見ればきっと驚くぜ。こんなに可愛い顔してこんなものを咥えちゃってるんだものな。そうそう、高倉のやつにも忘れずに送ってやらなきゃな」

「お願い、それだけはやめて」

 涼子はすがるように吉岡に訴えた。その声音からはいつしかプライドの高い気丈なトーンが薄れ、哀願の色さえ滲みはじめている。

「なにもずっととは言わないさ。そうだな、半年。半年の間俺のものでいてもらおう。そうすれば写真は全部君にかえそうじゃないか、もちろんネガもつけてね」

「そ、そんな……」

 涼子との関係を半年で終わらせるつもりなど、吉岡にはまったくなかった。にも関わらずあえて期限を設定したのは、そのほうが涼子を従わせやすいと考えたからだ。

 まったく選択肢のない状況では、涼子は本当に自分を訴えるかもしれない。そうなっては元も子もない。涼子の心に(半年の間我慢すれば……)という思いを浮かばせれば、涼子は破滅につながるリスクを犯すよりも吉岡の要求に妥協する可能性が高い。

 吉岡にしては周到な計算だった。

「どうする? 写真をばらまかれるか、たった半年の間だけ俺のものでいるか。どちらでも好きなほうを選べばいい」

 わざと逃げ道を作り獲物を罠に追いこんでゆくハンターのような興奮を覚えながら、吉岡は涼子に迫った。

「本当に、半年たてばかえしてくれるんですね」

 吉岡の計算どおり、険しかった涼子の表情はほんの少しだけ明るくなっていた。

「ああ、もちろんさ。約束するよ。もしかえさなければその時は訴えればいい。俺だって、なにも好きこのんで破滅したいわけじゃないさ。半年なんてあっという間さ」

 涼子は迷っていた。こんな卑怯なことをする男が本当に約束を守るだろうか?

 しかし、この男の、自分を抱きたいという気持ちが破滅と引き換えにしてもいいというくらい強いものだとしても、それは今だけの昂りかもしれない。何度か自分を抱いて満足すれば、破滅を恐れる気持ちのほうが強くなり、ネガをかえしてくれるはずだ。そう考えると、吉岡の台詞も理にかなっていると思える。

 それになによりも、もし本当に写真をばらまかれれば、もう二度と愛する高倉に会うことはできないだろう。おまけに、娘のこんな写真が公表されれば父親にも社会的なダメージを与えることは確実だ。それだけは絶対に避けなくてはならない。

 そう考えれば、半年という期限つきの吉岡の条件は、まだましに思える。

「少し待ってください。今夜一晩考えさせて」

「駄目だ、今すぐ選ぶんだよ。どちらにするのかをね」

 吉岡はたたみかけた。

 ここまでくれば自分の優位を確信していたが、時間的な猶予を与えて、聡明な涼子がなにか思いもかけない対応を取ることを恐れた。なんとしても涼子の頭が混乱しているうちに決着をつけてしまう必要があった。

「店の外で五分だけ待つ。俺に従う気なら五分以内に出てくるんだ。もし一秒でも遅れれば、写真を発送してしまうからな」

 そう言い放つとすっと立ちあがり、まだなにか言おうとする涼子に背を向けて、出口へと向かった。

 残された涼子に、もはや選択の余地は残っていなかった。

 三分とたたないうちに、痛々しいまでの絶望感を漂わせ、うつ向き加減で店を出てきた涼子を、吉岡は内心小躍りして迎えた。すると、さっそく厚かましい態度で、いやがる彼女の華奢な肩に手をかけて歩きはじめるのだった。

 

(次回更新は10月5日です)