戻る

ぼくのことバカにしていた後輩ギャルが全裸で土下座した逆転のハメ撮り48時間プレミアムパック 1

第一章 ぼくとギャル、その出会い

 

 梅雨が明ける頃には、学校生活や新しいクラスにも馴染んで、生徒たちの気持ちや服装にも乱れが生じる。
 という名目なのか言い伝えなのか知らない伝統に基づき、毎年恒例の『風紀週間』が今日から始まり、風紀委員の僕は朝から服装チェックに立っていた。
 だからと言って、マンガじゃあるまいし、他人の男女交際や服装を注意して回るわけがない。
 ましてや女子のスカートの長さやメイクに口出しなんて、気持ち悪がられるだけだしするわけがなかった。
 大げさに腕章なんてつけてはいるものの、実際は当番制で校門に立っているだけのパフォーマンスなのは、誰でも知っている事実なんだけど。
「や、やっばぁッ。風紀委員だぁ!」
 でっかいリアクションをしている子が一人だけいた。
 一年生だろうか。校門前でだらだらしゃべっているだけの僕らを見て、本気で焦っているようだ。
 朝日に眩しいプラチナブロンドのロングヘアが、ゆるやかなパーマで波打っている。
 派手な髪色に負けず整った顔立ちで、大きな瞳のお人形っぽさや、コロコロと表情の変わる天然の明るさとか、とにかく目を惹く容姿をした女の子だ。
 でもその髪やメイク、短いスカートやいろんなものをぶら下げたカバンを交互に隠そうとしているのが、まるで何かに変身する前のポーズみたいになっていた。
「そうじゃなくて、普通に通過してくれればいいのにね」
「うん」
 隣でショートボブの黒髪を傾けてつぶやく、クール系女子の設楽さんに相づちを打ち、二人して温かい目で見守る。
 僕と同じく二年生の風紀委員で、アイロンのパリッと仕上がった制服姿も凜々しい設楽さんと、校門前で変な動きをしているその子はあまりにも対照的だった。
 いわゆる「白ギャル」っていうやつなんだろう。僕としては苦手なタイプだ。
 でも、本当にちっちゃくてきれいな顔だ。メイクをしていても、そもそもの素材がいいせいか嫌味な感じはしない。
 目が大きいだけじゃなく、まつげもバサバサに長い。卵みたいな輪郭に鼻すじもまっすぐで、唇は柔らかそうに艶めいている。
 背も高いし、極限まで短いスカートのせいもあって、足の長さが特に目立つ。ちょっと日本人離れしている。華奢っぽいのに胸は大きいとことかかも。
 変なポーズをしていても、スタイルが抜群だから無駄にキマってるんだ。
 あんな子が新入生にいたなんて、僕は知らなかった。
「あの子、遠藤ちぎりちゃんでしょ。やっぱ面白い子だね」
「え、設楽さんの知ってる子なの?」
「またまた。どんだけ孤高の学校生活を送っていれば知らずにいられるのかな。学校どころか世間でも有名なJKギャルだよ。こないだまでJCギャルだったけど。雑誌でモデルみたいなこともやってるし、インスタでもフォロワー二十万人いるんだよ、あそこで変なダンスしている人」
「へえ。貴重なの見たなぁ」
 これを録画してアップしたら、僕の辺境的なツイッターでもバズるかも。まあ、しないけど。
「ということで、じゃんけんね」
「なんで?」
「あのまんまやらせておくのかわいそうでしょ。負けたほうが「通ってよし」する。ということで」
「え、待って。そこは女子同士でやったほうがよくない?」
「いや、ぎりちょに声かけるのは私だって怖いし。だから、じゃーんけーん」
 おろおろしていたら負けてしまった。
 設楽さんは「いえーい」と無表情にガッツポして、あとは僕に任せるって。
 ずるい。てか、なんだ「ぎりちょ」って。
 しかたないので、風紀委員の責任として、新入生の彼女に「僕らは何も取り締まっていない」と真実を教えに行くことにした。
 警戒心バリバリの遠藤ちぎりさん(「ぎりちょ」とは絶対に言わない)に近づいていく。
 青い顔をして、カバンを抱いたまま固まっている。そして僕がさらに近づくと、背中を見せて一目散に逃げ出してしまった。
「え、ちょっと待って。学校から逃げてどうすんのッ」
 野良ネコかよ。
 こうなると逆に指導しなければならない項目が増えてしまう。僕も必死に走って追いかけるしかない。
 けど、彼女は足も速かった。長さのせいなのか。くっそ。
 とりあえず、この腕章が威圧感を与えているのかと思って外す。いや威圧感も何も、このメガネでひょろいオタク少年のどこが怖いというのか。
 梅雨明け晴天のあじさいが咲く通学路を、ギャルのローファーが躍動する。全速力で逆走する僕らに注目する生徒の数も、登校時間ギリギリということもあって、どんどんと減っていく。
 コーナーを駆け抜けたハイトーンの金髪が、肩に背負った中身の軽そうなカバンと一緒に揺れて、ますます僕との距離を引き離していった。
 風を切る、ギャルの太もも、風紀の日。
「いや、そうじゃなくて話を聞いて、きみッ。何もしないから学校に戻ろうっ。僕らは、雑談してただけ。仕事なんてサボってたんだって。風紀委員はきみたちの味方なのッ。本当に!」
 というか逃げるギャルに追う風紀委員って、マジでマンガかこの状況!
 数十メートルも全力で走ればもうクタクタだ。そして彼女も、用水路沿いのフェンスに掴まり、息を切らして立ち止まる。ひゅーひゅー言いながら。
「だ、大丈夫だから学校行こう? 風紀委員の腕章なら、ほら、もう取ったから」
 警戒しながら、じわじわ距離を縮めていく。煮干しでも持ってきていればよかったかな。
「……そんなこと言って、またあたしの髪を無理やり染めるつもりなんでしょ。小学生のときの、あのおばちゃん先生みたいにィィッ」
 壮絶なギャルヒストリーでもあるのかよ。
 でもたぶん、聞いてもどっちもどっちとしか思えないだろうな、そのエピソードも。とりあえず人のことを指さすな。
「それ以上近づいたら、こっから飛び降りてやるッ」
「ちょ、危ないから昇るんじゃない。そこのフェンスは古いんだからッ」
 金網フェンスを、こっちを睨みながら昇っていく。あちこち歪んで今にも倒れそうなのに。チャレンジしすぎだろ、今年の新入生。
「やめなってばッ。本当に危ないからそこはッ」
「金髪もメイクも絶対にやめない。『#ギャルに命かけてる』ってウソじゃないんだからぁッ」
「いや何に命かけても自由だし、ハッシュタグも勝手に強めの言葉を使えよッ。いちいち証明してみせなくてもいいんだって!」
「やだ、離してってば!」
「だから危ないから――あ」
「あ」
 当然、予測されるべきことだったし、今日はちょっとばかり世界観がいつもと違うなと思っていたのだから、避けることもできたはずだった。形ばかりとはいえ風紀委員の肩書きを持っているのだから、こういったときの初動の大切さも知っていたのに。
 何もできなかった。固まっていた。視線すら釘付けになっていた。
 遠藤ちぎり。
 のちにインスタなどで確認した情報によると、フォロワー数は二十二万人で、オシャな自撮りと陽気なノリで同年代に圧倒的な支持をされている九月生まれのJK1。
 一方の僕、SNSはツイッターのみで、フォロワー数は同じクラスの男子のみで十二人。風紀委員で弦楽部だけど、部活メンバーは実質一人で、空き教室でチェロやスマホをイジるくらいしか活動はしていない。
 雰囲気が風紀委員っぽいってだけで風紀委員に推薦されるような、無害なだけが取り柄の二年生だった。
 つまり普通にしていれば、僕たちに接点などあるはずなかったのに――
「おまえ……ち、痴漢じゃん」
 少女は、さすがインフルエンサーを名乗るだけあって(名乗ってはないけど)赤い顔で声を震わせているわりには、スマホのシャッターをすかさず切る手つきは慣れたものだった。
 僕は、ようやくその細いようで意外とむっちりした手応えのある太ももから手を離し、光沢のある赤い下着から視線をそらし、「ごごごごごめごめごめん」と、メガネをドリブルしながら謝る。
 でも、さっきまで風紀委員の権限に野良ネコのように怯えていた彼女の目は、格好のイジり相手を見つけた猛禽ギャルのものになっていた。
「まず土下座だよねー、普通」
 動画に切り替わったスマホの前で、僕は膝をつくしかなかった。
 それがこの遠藤という生意気な後輩と僕の、最初の出会いだった。

(次回更新:2024年12月31日(火))

本編はこちら