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ぼくのことバカにしていた後輩ギャルが全裸で土下座した逆転のハメ撮り48時間プレミアムパック 2

第二章 ぼくのことバカにしていた後輩JKギャルが全裸で土下座するまで、あと三ヶ月


「センパイ、うぃっすー」
 それからほぼ毎日顔を合わせていた。
 放課後をいつも一人ですごしている空き教室に、遠藤はノックすらせず入ってくる。モデルもやっているだけあって、歩く姿は様になっているけど。
「はー、だる」
 などと疲れたことを言って、勝手に自分の定位置に決めたっぽい席に体を沈める姿はどうだ。
 だらしなく広げて伸ばす両足。深いため息。遠慮のかけらすらない行儀の悪さ。おっさんか。
 でも……あの足、触ったらすごく柔らかいことを僕は知ってしまっている。
「あー、こっち気にしなくていいから。続けて」
 さすがにそろそろ文句でも言ってやろうかと睨んでいる僕に、厚かましいことをさらに言って、犬でも追い払うようにシッシと手で払う。
 あれから約一ヶ月。
 すっかり僕をなめきってしまった一つ下の後輩は、放課後の時間つぶしか休憩所っていう感じで、部室にやってくるようになった。
 音楽室の隣で未使用教室であるここは、余った机や椅子をいくつか積んでいるくらいで、部員のいない『弦楽部』での使用もあっさりと了解されていた。
 吹奏楽部の邪魔にならないようにと借りているので、準備室から楽器の出し入れをするとき以外に他人と接することはない。僕個人の、いわば城的な部室なんだけど。
「あっち~。なんでここエアコン使えないの?」
 机と椅子を揃えて、文句を言いながら遠藤がメイクを始める。何度も言うけど未使用教室だからだ。というか、気にするなというわりに、きみがうるさいな。こっちも気にするな。
 僕は一応、部活をやっているし、楽器を弾いているのに。
「んー、よし」
 自分の教室ではメイクもセットも直しづらい。というのもあるらしい。
 でもそんなのは当然、自宅に帰ってからやればいい話だ。しかも彼女の場合、それだけではない。
「センパイ、ヒマならちょっと手伝って。あたしの後ろで、たまたま写り込んだっぽくいい感じに座って」
 演奏中の僕に、言うに事欠いて「ヒマなら」と。
 いかにも自分の教室で撮ったように見せかけ、インスタで「#放課後#死ぬほどつかれた#死ぬ前に彼氏ほしい」などとくっだらないコメントするためだけに、先輩を背景の一部に使うのかと。
 本当にコイツ……。
「ん~? そんな反抗的な態度とっていいのかなぁ。こっちには痴漢の証拠があるんだけど!」
 赤くゴテゴテしたスマホケースをかざし、「あたしに何かあったらすぐ警察にデータがいくようになってるし」とか、マンガか何かで見たっぽい脅し文句まで添えて。警察もいい迷惑だよ。
 あのときはけっこう焦ったけど、今にして思えば全然たいしたことではない。女子のパンツなんて、まあ、珍しくないわけじゃないけど、普通に教室でも見えちゃうことあるだろ。
「風紀委員クビになったらお母さん泣くよッ」
 泣かないし、むしろ女子のパンツ見たくらいでクビになるなら、さっさとなりたいよ。会議とか面倒くさいし。
 周りに知られても少しはイジられるかもしれない程度で、学校に来られなくなるほどの事件ではない。そもそも遠藤も、有名人ではあるけど、全校生徒が熱狂するような、それこそマンガみたいなアイドルじゃないんだ。
 なんというかコイツを見ていると、世間を知らないまま有名人になるとこう育つんだなぁと、ちょっと考えさせられる。
 あと、この教室でもよく読んでいるマンガアプリの影響もあるだろう。
 女子向けの、ドロドロしてキラキラした話ばっかり読んで「ウケる~」とか言っているから。
「センパイ、もっとこっち。あ、顔入るからもう少しあっち下がって。はい、ちぎちょ☆」
 自分を主人公だと信じている人間特有の厚かましさと自我肥大。そういうとこも苦手だ。謙虚に生きたいね。
 でも、なんていうか。
「見て見てセンパイ。あたし、めちゃかわい~い」
 ギャルって人との距離が近い。声がでかい。そして、嗅いだことのない謎のいい匂いがする。
 髪とか艶々なのなんで? 顔とかキラキラしてるのも謎。
 女子との接点が委員会くらいしかない僕には、彼女がとても不思議な生き物に見える。
 自分で言うくらい「可愛くて有名なみんなの人気者」が、なんでこんな学校のすみっこでヒマつぶしなんてしてるんだ?
 というのは、もちろん前に聞いたこともあったけど。
「決まってんでしょ。あたしみたいな格好してたら風紀委員に目をつけられるし。そんなときのために、二重スパイのセンパイを利用してるんだよ~」
 どっちとどっち側の二重スパイなんだ。そもそもスパイでもないよ。
 風紀委員は他人の格好に興味ないっていうのも、仮に何かあったとしても他人を助けられるほどの権限も義理もないっていうのも、彼女の世界ではありえないのだろう。
 本当に理解できないな。ギャルってみんなこんな感じなのかな?
「センパイにも送ってやろっか。ライン交換しよ?」
「あ、あぁ」
 なぜか唐突にライン交換だし。
 遠藤は、何かのキャラなのかネコのイラストをアイコンにしていた。プロフの画像も、どこかの海かなっていうぐらいの普通の背景だ。
 それが少し意外というか、うるさいくらいに盛った自撮り画像でも使っていると思っていたんだけど。
「……センパイ、もしかして女子とライン交換するのはじめて?」
「えっ、いや、そんなことは、ないよ?」
 設楽さんとか前に交換しているし。やりとりもある。
「じゃ、なんで顔赤いの?」
 赤くない。暑いだけ。あと、前屈みになった遠藤の、ブラウスから何か見えそうだっただけ。
 胸大きいんだよ。一年生のくせに。
「期待させちゃったらごめ~ん。あたし、ライン友達なら一万人くらいいるからぁ。センパイなんてすぐ埋もれちゃうよ~。あはは」
 ラインの登録限度人数は公式にも五千人と言われているが?
 こんなヤツは無視して席に戻る。チェロの練習しないと。
「いったッ」
 だから、背中にパンチするな。
「センパイ忘れてるっしょ。画像送ったから見てよ」
 スマホを見ると、『ちぎ』という、そっけないニックネームから画像が届いた通知が入っていた。
 しかし開いてみると、こってりとしたラーメンの画像だった。チャーシューがアホみたいにでかい。
 そして『昨日のばんめし』というメッセージも追加で届く。
「あたしのかと思った? 悪いけど、信用できる相手じゃないと自撮りは送らないんだよね。さっき撮ったのはインスタ用だし」
 あぁ……なるほど。
 勝手に上げられたら困るってことか。自分の画像は、こいつにとっては大事な商品なんだし。
 じゃあ、どうしてラインなんて交換したんだ。
「今夜のおかずはそっちにして~。あははっ」
 下品かよ。
 ラインは目の前で既読無視して、楽譜と動画を開き、チェロの練習に戻る。
 遠藤は、一万人いると吹かした友達から次々入ってくるラインやインスタのコメントに、ニヤニヤしたりむくれたりしながら返信している。
 そのうち、あきた彼女が黙って帰ったあと、練習を終えて楽器をしまう。
 それがいつもの放課後になりつつあった。

「――で、次はあたしだってぶん投げたら『ちぎちょ、ボウリングは転がすやつ』ってッ」
「あははっ。ウケる~」
 ウケるなよ。ボウリング場の人に謝れよ。
 いつもの放課後だと僕が甘んじて受け入れようとしていたものは、あっさり壊された。
 遠藤は友達を連れてくるようになった。お菓子を食ったり大声で笑ったりして、非常にうるさくなった。吹奏楽部からも軽く苦情を言われるくらいに。僕が。
「ん、んんっ」
 演奏を止めてせきばらいをする。しかし、彼女たちはそれにも気づかないでゲラゲラ下品に笑っている。
 遠藤の友達だけあってギャル力の高そうな連中だ。僕にはこれ以上の抵抗は思いつかなかった。
 そろそろ引っ越しを検討しないといけない。
「ねー、ちぎちょ。前から聞こうと思ってたんだけど、あそこででっかいギター弾いてる人、誰?」
 紹介してくれてなかったのかよ。
 きみら、よく今まで確認せずにいられたな。同じ部屋にでっかいギターを弾いてる人がいるっていうのに。
「あー、あの人はセンパイっていう人。でっかいギターを弾くのが趣味で、前は風紀委員だからっていばってたけど、今はいろいろあってあたしのBGM担当になったの。詳細についてはごめんね、聞かないでやって?」
 なってないし、いきさつを微妙に誤魔化してくれてるあたりも、恩着せがましくて逆にムカつく。
 しかし、遠藤もさすがに「高校では風紀委員がギャル狩りしている」みたいなのは妄想だったと気づいたらしい。友達もみんなギャルだし、平和に暮らしているもんな。
「仲良いの、ちぎちょ?」
「なわけないし。あんまり知らない人だよ。まあ、見たまんまドーテー力が高いから無害だし。ほっといても大丈夫だ」
「ウケる、ドーテー力」
「たしかに~。高そ~」
 ゲラゲラと響くバカ笑い。僕は無視してチェロの演奏に戻る。
 いつも参考にしている動画も、よく聞こえないので最近はイヤホンも使っている。でも、それだと自分の音が聞こえなくなるので、片耳は開けるしかない。どうしても彼女たちの話は聞こえてくるんだ。
「ここって、元々『げんがく部』ってとこなんだって。でも部員はセンパイ一人なんだ。だからあたしにも好きに使っていいって言ってくれてんの」
 言ってない。
「センパイもああ見えて素人でさ~。高校まで楽器触ったこともないんだって。でもなんとなく部活に入って、教えてくれる人もいないからああやって一人で動画観たり楽譜読んだりして練習してるの。あたしが話しかけても半分くらい無視するし。変な人なの、ヘンタイなの。ウケる~」
 余計なお世話だよ。
 でもまあ、そのとおりだった。
 もうなんだかんだで二ヶ月くらいはこんな状態だから、さすがに多少は世間話くらいはしているけど、知っていることはまだお互いに少ない。
 コイツの言うように僕は練習したいし、彼女も何しているのかわからないけど何かしているし、基本的に半分くらいは無視し合っているポンコツコミュニケーションだ。
 僕たちは、あれからもずっと仲が悪い。
「へえ。なんかいいね、センパイ」
 遠藤の友達の一人に、やたらと色っぽい子がいて、その子が僕に微笑みを向けている。
 シルバーアッシュに染めたワンレンショートに、パープルのインナーカラーがちらりと覗いている。少し垂れ気味の瞳の下には、絶妙な位置に未亡人みたいなほくろがあった。
 身長は低いけど、胸が遠藤より大きくて、ブラウスをパツンパツンにしている。太ももまで、むっちむっちしていた。
 その組んだ足を見せつけるように、さらには短いスカートに生じる三角形の影に視線を引きつけるようにして、頬杖をつく。
 獲物を狙うような気配を感じて、僕は少しゾクッとした。
「……は?」
 遠藤は、笑ってんだか驚いてんだか、わからない声を出した。
「だって楽器やる男って、指がかっこいいじゃん。優しく触ってくれそーだし。それに、なんとなくで一人で部活始めちゃうのもいい。あたしそういう男好き。スナフキンみたい」
 スナフキンみたいか?
 その子は、ちょっと照れたように目の下を赤らめ、イタズラっぽく笑った。
「マジでドーテーなら、あたしが喰ってやろっか?」
 などと、とんでもないことをいきなり言って「ひゅ~」とか周りが冷やかし始める。
 やめてほしい。そういうノリは、そっちだけでやれ。
 遠藤も僕が話題の中心になってるのが気に入らないようで、机をバンバン叩く。
「いやいや。いやいやいや。無理っしょ、センパイは。だってセンパイだよ? ギターしか抱けない男だから」
「ていうかチェロね。あたし、四重奏ってドラマ観てたから知ってる。それチェロだよね、センパイ?」
「ま、まあ」
「いえー、正解。ね、センパイ。なんかリクエストしたら、弾いてくれたりすんの?」
「……えっと、知ってる曲なら」
「あ、じゃあじゃあ、あたしさー。めっちゃ好きな曲あるんだけど。あいみょのマリゴ!」
 割り込んできた遠藤に、正直に「それは知らない」と答える。聞いたこともない。
「じゃ、センパイ、あれは? ドラマでやってたチェロの曲。知ってる?」
 指先を唇に引っかけるようにして。
 この子、なんていうか本当に落ち着かない気分にさせる。エロい。ちょっとドキドキさせる一年生だ。
「バッハの……無伴奏チェロ組曲?」
「知らないけど、たぶんそれ~」
 それならもちろん知っている。その曲が弾けるようになりたくて始めた部活だし、むしろ少しは自信がある曲もそれぐらいだ。
 誰かに弾いてって言われるのも、初めてだし。
「まあ、あんまり上手くないけど……」
 でも僕が弾こうとしたら、遠藤がパァンとうるさく手を叩いた。
「そ、そういえばあ! さっきのボウリング場のカフェ、季節限定のフラペもやってたんだけど。めっちゃ美味そうだし可愛いやつだから、今から飲み行こうよ!」
「お、いいねー」
 僕にリクエストしていた子も賛同して、みんなしてゾロゾロ出ていく。
 ちょっと緊張してしまっていたので、ほっと息を吐く。急に静かになった教室がいつもより広く感じられた。
 久しぶりに訪れた平穏な時間。
 どうしよう。せっかくだしさっきの曲を通してから帰るか……と、思っていたら遠藤が戻ってきた。
 一人で。
 無言で僕の隣に机を引きずってきて、その上に足も腕も組んで座る。短いスカート穿いているくせに。パンツ見えちゃうぞ。ていうか青。
「……季節限定フラペチーノは?」
「ちょっと忘れ物しただけ」
 遠藤は、僕を睨みながら尻の下の机に手を入れ、ごそごそして、ごんごんして、ようやく見つけた何かを取り出して机の上に叩きつけた。
 食べかすがこびりついたお菓子の空き袋だった。
 誤魔化すように、遠藤は頬を赤くして怒鳴る。
「ていうかさあッ。センパイってマジキモいよね!」
「え?」
「なんか勘違いしちゃってない? あたしが友達連れてきてんのは、センパイが無口でつまんないし、退屈だからだし。あと、この地味な部活も客が増えたら盛り上がんのかなって思って、ヒマなヤツらで集まってるだけだしッ。女紹介してやるなんて一言も言ってないんですけど!」
「いや、それは僕も言ってないけど……」
「ちょっと冗談で誘惑されたら、すぐなんでも弾いてやる~って感じ出してきて。ドーテーの欲望が透けて見えてて、めっちゃキモかったッ」
「そ、そんなものはないよ」
「あたしのリクは無視するくせに。センパイはアレだよ、チョロなんて弾いてるからチョロいんだよ」
「チェロな。あと僕も別にチョロくはないから」
「勃ってたくせに!」
「た……ッ」
 思わず股間に視線を落とした。もう鎮まっていたはず。チェロで上手く隠せていたはずだし。
 しかし遠藤は見ていた。チェロの角度まで再現しながら慌てて確認する僕を、顔を真っ赤にして。
「勃ってたんじゃねーか!」
「い、いや、そのっ」
「みぃぽよで勃ったんじゃねーか!」
「いや誰だよ、みぃぽよッ。知らないよッ」
 たぶんあの子のことだと思うけど。
 彼女の友達って、みぃぽよとか、れなれなとか、あだ名が強すぎて本人と結びつかないんだよ。かんべんしてよ。
「もうあたしの友達を二度とその目で見んなッ。ヘンタイ。センパイのヘンタイっ。マジキモい!」
 さすがにイライラした。今日こそ言ってやると思った。
「じゃあ連れてこなきゃいいだろッ。ここは部室なんだよ。僕の。弦楽部に関係ないのは入ってくるな!」
「うっさいなあッ。あたしは痴漢されたんだから来ていい権利があるじゃん。センパイが何言っても関係ないんだけどッ」
「そんなのいつまでも……いたッ。ちょっと、蹴るなって」
 めちゃめちゃスネを狙って蹴られ、せめてチェロだけは守らねばと手を伸ばす。
 すると、今度はその手を握られた。
「こんな指、折ってやる……ッ」
 ぎゅっと握りしめる手は、もちろん折れるほど強かったりはしないんだけど。
「かっこいいとか言われて、ちょーし乗んな。センパイの手は、チョロいギターを弾くためにあるんだから。女なんて抱くなバカ……ッ」
 どうして遠藤が怒っているのかわからない。たぶんだけど、遠藤もきっとわかっていない。なんで僕らはこんなことになってんだ。
「バーカっ」
 遠藤は、いきなり手を離し、背中を向け、忘れ物のゴミを再び忘れて教室から出ていく。
 扉を思いっきりバーンと閉めて、バーンと開けて、「センパイなんて全然スナフキンじゃねーから!」と吠えて再びバーンと閉めて、ようやく静かになる。
 僕はもうチェロを弾く気分じゃなく心の中で悪態をつく。
 なんでそこまでバカにされないとならない。みんなの前で童貞童貞って。童貞の何が悪いんだよ。
 それになんなんだよ、女子のスナフキンに対する淡い憧憬みたいなの。知るかよ。
 ムカつくよ、遠藤なんて。
 そしてその日以来、彼女たちはこの教室に来なくなった――

(次回更新:2025年1月1日(水))

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