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ボッチの僕でも、クズのヤリチンになれるってホントですか? 2

 修学旅行一日目の夜がやってきた。海で延岡さんたちと出会った以外は、特に大きな出来事もなかった。
 僕らの学園が利用する温泉旅館は、風光明媚な庭と、海を一望できる露天風呂が売りの、学生が使うにしてはかなりいい宿だ。
「うわっ、広っ、うちのガッコーって金持ってんだなぁ。てかすっげーフゼーあんじゃん!」
「わははっ、『風情』ってノリかよお前!」
 僕と同室の男子たちは、部屋に入るなり、そんな感じで盛り上がっていた。そういう僕も、畳の匂いがする綺麗に手入れされた和室を見た瞬間に、内心でテンションが上がった。
 宿全体の規模は決して大きくないから、ひと学年分の生徒を受け入れたことで、旅館はほぼ貸し切り状態になっているのだという。うるさくするなと先生には釘を刺されているものの、みんなウキウキしていて、せっかくの修学旅行の夜だし「ちょっとくらいハメを外したっていいだろう」って考えているのが、言葉や表情の端々からありありと読み取れた。
 昼に海ではしゃいだ程度では、若い僕らがエネルギーを使い果たすはずがない。大広間で夕食を食べたあと、部屋のみんなは、これから何をして遊ぶかで盛り上がっていた。
「カードゲームしようぜ、カードゲーム! 大富豪とか!」
「お子様かよ! それより、どっか女子の部屋に遊びに行かねぇ?」
「えっ、マジで? 先生に見つかったらヤバくねェ?」
「大丈夫だって。熊岡は酒飲んで酔っ払ってたし、凛ちゃん先生に見つかったって、怒られるわけねーし」
「それより、どこの部屋に行く気だよ」
 温泉に浸かろうとかいう前に、そんな話題が出ていた。先生の目を盗んで女子の部屋に遊びに行くっていうのは、活動的な男子にとって修学旅行先での鉄板なんだろうか。――ちなみに、部屋の隅にいる僕のことは、すでに彼らの視界から消えている。女子の部屋に遊びに行こうという頭数の中に、僕は入っていない。
「う~ん……やっぱ委員長の部屋じゃね? 二年で美人っつったら委員長だろ」
 彼らの口から最初に候補として挙がったのは、僕らのクラスの委員長の金井純花さんだ。そういえば、昼間の海では彼女の姿を見なかった。どこかにいたことは間違いないんだろうけど。
「委員長? いや、それは俺らにはレベル高すぎだろ……。それに、金井と一緒にいんのって、涼子ちゃんとあいつらだろ?」
 涼子ちゃんというのは、陸上部女子の山尾涼子ちゃんのことだ。この子も陸上界のアイドル的な扱いをされている可愛い子で、当然、学年ではトップクラスの美少女とされている。
 涼子ちゃんの名前が出た瞬間、男子たちは「あ~」という顔をした。
「涼子ちゃんかぁ。確かに涼子ちゃんはマズいよなぁ。康太くんにマジ切れされっぞ」
「そういうこと。だから委員長の部屋はナシな」
 康太……っていうのは誰のことだか、僕にはわからなかった。それに、彼らが涼子ちゃんの部屋に遊びに行ったら、その康太くんが怒る理由も。しかし、僕以外の全員が納得しているところを見ると、ボッチの僕ではわからない文脈が、今の会話の中に含まれていたのだろう。
「なら女子テニスの部屋は!? あそこもレベルたけーぞ!」
「俺は藤坂の双子がいる部屋がいいなぁ。水泳部の」
「あ、じゃあ僕は、温泉に入ってくるから……」
「俺もテニス部に一票かな。女テニの八ツ塚ひとみちゃんって、絶対にフリーだしさ。だよな?」
「だからってお前ごときにチャンスねーよ!」
 僕が風呂用具を持って部屋から出たことに、会話に夢中の彼らは気付かなかった。
「はぁ……」
 かすかにBGMが流れる、静かな廊下に出た途端、僕はため息を吐いた。別に高尚ぶって、彼らに呆れていたわけじゃない。むしろ逆だ。ああいう会話に何気なく加われるようになれれば、どんなにいいだろうと思ったんだ。
 そうだ。僕だって、このままボッチでいたいわけじゃない。
 でも、だからって、どうすればいいんだ。
 大浴場に向かう途中でも、土産物コーナーで仲良く買い物する浴衣姿の女子や、大浴場の近くの卓球スペースで、楽しそうにはしゃぎながら卓球をプレイするカップルなんかを見て、言いようのない孤独感と焦燥感が募る。温泉に入って多少はリフレッシュできたものの、心の底の悶々とした気持ちを、完全に拭い去ることができなかった。
 修学旅行一日目の夜は、すぐに更けていき、深夜、僕は布団の中で目覚めた。
(う~ん……なんか、眠れないな)
 妙に目が冴えて、暗がりの中でも、天井がはっきりと見える。
 同室の男子たちは、みんな寝ている。彼らは結局、他の部屋に出かけることなく、遅くまでカードゲームをして騒いでいた。そのせいか、ちょっとくらい揺すった程度では起きそうになかった。
 今何時くらいだろうか。わからないけど、このままではとても眠れそうにない。
(もう一回、温泉に入ってこよう)
 僕はそう考えて、むくりと上半身を起こした。
 浴衣のまま部屋を出る前に、この旅館がオートロックであることを思い出し、鍵を手に取った。――彼らは朝まで起きないだろうから、一つしかない鍵を僕が使っても、特に問題はないだろう。
 廊下はさっきよりもさらに静かだった。きっと、この建物にいる、ほぼすべての人間が眠っているのだと、気配だけでわかる。静寂のあまり、僕のスリッパが立てる足音や、大浴場の入り口脇にある自動販売機の駆動音が、やけに大きく響いて聞こえた。
 大浴場は二十四時間営業だけど、こんな深夜に入ろうとする生徒は僕くらいだろう。ひょっとしたら貸し切り気分を味わえるかもしれない。――そう思っていたんだけど、残念ながら、男湯の入り口には、先客がいることを示す二組のスリッパがあった。
(なんだ、誰か入ってるのか)
 脱衣所にも、誰かが脱いだ浴衣が入った籠が、二つあった。しかもその二つは隣り合っていたから、先客の二人は友人同士なのだと、僕は判断した。女子ならともかく、男子がこんなに連れ立って温泉に入りに来るなんて、ちょっと変わっているなと思った。
 もしもそのとき、僕がよく観察していれば、二つの籠の一方に入っているのが、男物ではなく、女物の浴衣だったっていうことに気付けただろう。しかし僕は、特に気にすることもなく、その二つの籠から離れた位置で浴衣を脱ぐと、適当な空いてる籠に突っ込んだ。
「ふ~……」
 僕はタオルを持つと、首を何度か横に倒しながら、ドライヤースペースの大きな鏡の前を通った。
 前を隠していなかったから、陰毛とペニスが丸見えだ。やけに太くて長い――いわゆる巨根でありながら、先端が半分くらい皮を被っている。正直なところ、小学生くらいのときから、これも僕のコンプレックスの一つだった。
 同級生たちがたくさんいる温泉ではくつろぎにくいけど、中にいるのが二人なら、そんなに縮こまらなくても大丈夫だろう。
 浴場のガラス戸をカラカラと開ける。途端に漂ってくる、温度と湿度の高い空気。温泉独特の匂い。広い浴槽に、ちょぼちょぼと音を立ててお湯が流れている。
(……あれ?)
 しかし、いると思っていた先客は、そこにいなかった。僕は小さく首を傾げた。
(ああ、そっか、中じゃなくて露天風呂にいるのか)
 だけど、すぐにその理由に思い当った僕は、滑りやすい石タイルの上を歩いて、カランの一つの前に腰を下ろした。そして、洗面器にお湯を満たし、かけ湯をした。さっき入ったとき身体は念入りに洗ったから、この程度で構わないだろう。そう思って、さっそく湯船の中に身体を沈めた。
 たとえ悩み事があって眠れないとしても、温泉はいいものだ。お湯がじんわりと肌から沁み込んで、身体の芯から暖まっていく感じがする。血の巡りがよくなって、全身がポカポカする。本当に――
(あっ♡ あっん♡)
 ――温泉は最高だ。
「……え? い、今なんか、変な声が聞こえた気が……」
 僕は思わず周囲をキョロキョロ見回した。
 なんか、物凄く艶っぽい女の子の声が聞こえた気がしたからだ。よく耳を澄ませてみると、お湯がちょろちょろと流れる音に混じって、その声は確かに聞こえてくる。でもいったい、どこから聞こえてくる声なんだろう。
 どこかの部屋の男子が、テレビの有料チャンネルを見ていたとしても、ここまで聞こえてくるはずがない。それ以上に、大浴場や露天風呂に隠れてエロ動画なんか見ている奴がいるわけない。だったら、この声はどういうことなんだ。
(……露天風呂? 露天風呂のほうか?)
 僕は露天風呂に続くガラス戸のほうを見た。それだけに留まらず、湯船の中で立ち上がると、無意識のうちに、その扉に向かって歩き始めていた。まるで、何か見えない力に突き動かされるように。
「あっ、あっ、あっ、あっ、ああんっ♡」
 薄っすら聞こえていた声が、だんだんとハッキリしてきた。
 心臓がめちゃくちゃ跳ねている。その扉の奥に何があるのか、何が行われているのか、予感しながら、信じられない思いでいっぱいだった。
 扉の前に立つと、僕はそれを、ほんの数センチだけ、音を立てないように慎重に開けた。
「あっ、あっ、はあぅっ♡」
「ほら、もうちょっと声抑えて。誰かに聞こえたらどうするの?」
「だっ、だって、君のおチン×ン、気持ちいいからっ♡ ああんっ♡」
 知らない女子の声。知らない男子の声。――でもそれは、確実にうちの学園の生徒だった。その二人が、真夜中の露天風呂で何をしてるのかも、これ以上ないくらい明白だった。
「はぁっ、はぁっ、んっ♡ んっ♡ んっ♡ んっ♡」
 僕のいる位置からでは、露天風呂のすべてを見渡すことはできない。けど、この鼻にかかった甘い声と、リズミカルに響くちゃぷちゃぷという水音、そしてパンパンと濡れた肉と肉を打ちつけるような音が、すぐそこで繰り広げられている行為が、男と女の性交であるということを、嫌でも僕に教えてくれる。
(せ、セックスしてるのか? ここ、男湯だぞ!? だ、誰か来るかもしれないっていうのに――それ以前に、ぼ、僕らまだ学生じゃないか!)
 僕はたぶん、当事者の二人よりも慌てていた。誰かがこの大浴場に入ってこないか心配になって、咄嗟に後ろを振り向いた。けど、深夜の浴場は、やっぱりしんと静まり返っている。僕と、露天風呂にいる二人さえ騒がなければ、海の波の音が聞こえてきそうなくらいに。
「あんっ♡ んっ♡ んっ♡ ンんっ♡」
 音を立てたらマズいっていうのは、さすがにあの二人もわかっているようだ。女の子の喘ぎ声が、どっちかの手で口を塞いだみたいに、くぐもったものに変わった。しかし相変わらず、リズミカルな水音は響き続けている。
 画像とか動画とかではない、「生」のセックスっていうものを、僕は初めて目撃した。と言っても、僕は扉の隙間から彼らを除いているだけで、しかも湯気が漂っているから、二人の身体はほとんど見えない。辛うじて、女の子の手らしきものが、湯船の端にある岩に置かれて、身体のバランスを支えているのが見えるだけだ。
「んっ♡ んっ♡ んっ♡ んっ♡」
「あー、イイよ。すごいよくなってきた。もしかして、見られるかもって思って、興奮してたりする?」
 そこにいる二人が誰なのか、やっぱり僕にはわからない。けど、男子のほうは、余裕たっぷりな声で、女の子を責め立てているように聞こえた。
 パンパンという卑猥な音に従って、岩に置かれた女の子の手が、もどかしそうに動く。得られる情報が声と不鮮明なビジュアルだけという状況が、かえって僕の妄想力を刺激した。仮に第三者の目から見れば、僕は、大浴場の隅にうずくまって、目を血走らせながら股間をいきり勃たせる、非常にみっともない姿を晒していたのに違いない。
 そう、僕のペニスは、信じられないほどガチガチになっていた。フル勃起した肉棒が、一応は腰に巻いたタオルを大きく持ち上げ、天井を向いて反り返っている。ほんの数メートル先で、同級生の女子が男にセックスされているという事実が、物凄く僕を興奮させていた。
「んっ♡ ふぅっ♡ んん~っ! んっ!」
 くぐもった嬌声が、僕の脳にダイレクトに響き、ペニスがビクビクと震える。
 扱きたい。ガチ勃起した肉竿を手で掴み、思いっきりオナニーしたい。でも、いくらなんでも、こんな場所で自慰行為なんて。
 扉の向こうの二人が、細かいことを忘れて、肉と肉を交わらせる快楽に浸っているのとは対照的に、僕は一人で、自分を慰めることすらためらっていた。
「くっ、そろそろ出る! イキそうだ!」
 その男子の声で、女の子の嬌態に気を取られていた僕は、ハッと我に返った。
 イクってどういうことだ。ってそんなの決まっている。そいつは女の子のアソコ――マ×コにチ×ポを突っ込んだまま、射精するつもりなんだ。
 ピストンのリズムが加速し、パンパンという肉音が小刻みになる。女の子のくぐもった嬌声もボルテージが上がり、二人の限界が近いことが伝わってくる。
 修学旅行中に同級生の女子と露天風呂でセックスし、しかも中で射精するだって?
 どんだけヤリチンなんだよ。ボッチで非モテの僕には、まるで別世界の出来事だ。――でもそうか、こういう世界は実際に存在するんだ。ボッチの僕が一人寂しくビーチで体育座りしている間に、女の子と仲良くなって、その流れでセックスしてしまうようなヤリチンが、世の中には実在するんだ。
「んっ! ンんっ! んっ! んぅ~~っ♡」
「あーイク、イクよっ! 出るっ!! うっ!!」
「んっ♡ んんっ♡ ンんんっ♡」
 一瞬、扉の向こうの音が止まった。
 けど、何が起こっているのかは想像がついた。
 ヤリチンの男子が射精して、女の子はそれを、自分のマ×コの中で受け入れているんだ。
 コンドームはしているんだろうか。それともまさか生でセックスしていたんだろうか。どっちにしても、扉の向こうのヤリチン男子は、温かいマ×コの中にチ×ポを突っ込んで、とんでもなく気持ちよくて、オスとしての満足感に溢れる射精に浸っている。
 一方、誰とも交わることのできない情けない僕は、覗き見しているだけで、興奮のあまり過呼吸寸前に陥っていた。
「うあっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」
 あり得ないくらいバクバク跳ねる心臓が、口から飛び出してしまいそうだ。ペニスの先端からは濃厚なカウパーが長い糸を引き、触れてもいないのに、射精しているみたいにビクビク震えている。口の端からは涎が垂れ、サルみたいに発情した身体は、「オレもセックスしたい、メスと交尾したい」と、ひっきりなしに訴えかけてくる。
「ふぅ……気持ちよかった」
「うん、わたしも……。大好き……」
「俺もさ」
 扉の向こうの二人は、絶頂の余韻に浸りながら、互いに甘い言葉を投げかけている。このまま僕がここにいたら、いずれあの二人は僕の存在に気付くだろう。離れるタイミングは今しかないと、残った僅かな理性が僕に伝えていた。
(は、早く逃げないと……!)
 覗き見を続けたいという欲求を振りきって、僕はその場から逃げ出した。学生としての道徳や、下手したら法律に反しているのは向こうだというのに、負け犬のように逃げ出したのは僕だった。
「――あれ? い、今、誰かいなかった?」
「え、そう? もしかしたら、誰かに覗き見されてたかな? ――まあいいじゃないか。見たい奴には見せてやったら」
「そ、そんなぁ。いくらなんでも、それは酷――んっ♡」
「なんか言った?」
「う、ううん……♡」
 あの二人が、濃厚なキスをする音が聞こえてくる気がする。脱衣所に逃げ込んだ僕は、濡れた身体を拭くのもそこそこに、適当に浴衣を羽織ると、真夜中の旅館の通路をダッシュで部屋まで戻った。

 

 

(第三話は4月17日配信予定です)