戻る

ボッチの僕でも、クズのヤリチンになれるってホントですか? 3

第二話 二日目夜、ボッチに優しい彼女たち

 


(昨日の夜は、酷い目に遭った……)
 修学旅行二日目の朝は、まさに最悪の目覚めだった。
 目がギンギンに冴えて、それ以上に、いきり勃った股間がまったく収まらなかったせいで、全然眠れた気がしない。オナニーで欲求不満を解消しようにも、他の同級生が寝ている部屋でシコるなんて、あまりにリスクが高すぎた。辛うじて明け方に陥った浅いまどろみの中でも、大浴場で目撃した同級生の性行為が、淫らな夢となって頭から離れなかった。
 僕が目を覚ましたときには、同室の男子は誰もいなかった。彼らは、寝坊した僕に声すらかけず、みんなで連れ立って朝食会場に行ってしまったらしい。しかし、その扱いにダメージを受ける余裕すら、今の僕にはない。
 僕のペニスは勃起したままだ。浴衣の前を持ち上げて、一向に収まる気配がない。その上、ガマン汁で下着がグチャグチャになっている。どうする。せっかく一人になったし、今ならオナニーしてもバレないんじゃないか。――そう思ったところで、部屋の時計が僕の視界に入った。
「あ、ヤバっ、嘘だろ!? 遅刻する!!」
 時計が指しているのは、朝食時間どころか、市内見学のバスが出発するギリギリの時刻だった。
 僕は慌てた。これでも、小学生時代から皆勤だし、サボりとかとは無縁でやってきた。存在感が薄く、人とのコミュニケーションが苦手だからって、不真面目で不誠実な人間にはなりたくないと思っていたからだ。
 僕は浴衣を脱ぎ、急いで出発の準備を始めた。いくらなんでも、下着と股間がこの状態のままでは、クラスメイトたちにドン引きされてしまう。存在感を増したいと言っても、そういう意味で有名にはなりたくなかった。
 そこで僕は、部屋にあるバスルームで、冷たいシャワーを頭から思いっきり浴びた。
 でも――
「嘘だろ……」
 学園の貸し切りバスは、僕を残して、普通に出発していた。旅館の前の駐車場で、制服姿の僕は、まだ濡れた髪もそのままに、しばらく呆然と立ち尽くしていた。
「はぁ……なんだよ、それ」
 その場のアスファルトに腰を下ろし、愕然とつぶやく。
「普通、誰か呼びに来たりするもんだろ……?」
 寝坊したのは、確かに僕が悪い。でも、普通なら点呼とかで気がついて、先生が無理やり起こしに来たりするもんじゃないのか。同級生だけじゃなくて、先生からも存在を忘れられるなんて、そんなこと――普通にありそうだから嫌だ。
「あ~あ……なんか、馬鹿馬鹿しいな」
 僕は、途端に投げやりな気持ちになった。真面目にやろうと思っていても、こんな下らないきっかけで置いていかれるっていうなら、全部無駄な気がしてしまった。
 自暴自棄な気分に襲われた僕は、制服のまま、駐車場のアスファルトに寝転んだ。朝の日差しが暖かくて、思いのほかいい感じだった。気が抜けてしまったせいか、夜にあまり眠れなかった分の眠気が、一気に襲ってきた。
「ふわぁ……」
 雲一つない青い空が本当に綺麗だ。いっそ、このままここで寝てしまおう。僕の存在に気付かなかった車に踏み潰されるかもしれないけど、それならそれでいいじゃないか。
「…………」
 なんて考えるうちに、僕は本当に駐車場で眠ってしまった。
 その僕を起こしたのは、昨日ビーチで会話したギャルの声だった。
「ねぇ瀬戸、アンタなんでこんなトコで、大の字になって寝てんのよ」
「え……? あっ……延岡、さん?」
「どっかで頭でも打ったワケ?」
 延岡ルリナさんの脱色した髪が、太陽を背に輝いている。彼女は、僕の頭の上に立ち、腕を組んで僕を見下ろしていた。この位置関係のせいで、延岡さんの超ミニの制服のスカートの下にある、黒いレースの下着が丸見えになっていた。
 僕は慌てて上半身を起こした。
「うわっ!? ぼ、僕、ホントに寝てた?」
「うん。めっちゃマヌケな顔して寝てた」
 延岡さんは、キツめの美人顔にニヤニヤと笑みを浮かべている。
「アンタもサボり? アタシらとおんなじだね」
「え? あたしらってことは……」
「そ、アイリもサボり。リゾートに来て工場見学とかイミわかんないし」
「いや、リゾートっていうか、修学旅行だからね……」
「そういうアンタもサボってんじゃん」
「ははは……僕の場合は、不可抗力っていうか」
 そのあと僕は、僕がこうやって駐車場に寝ていた理由を、延岡さんに説明させられた。延岡さんは、僕が同室のメンバーどころか先生にも忘れられて放置されたことを聞くと、昨日のように面白そうに笑った。
「アッハハハハっ! アンタマジでボッチなんだね? あ~でもわかるかも。なんか掴みどころない、存在感の薄そうな顔してるもん」
「それは……ちょっと傷つくなぁ」
「うふふっ、ゴメンゴメン」
 僕なんかと話しているっていうのに、延岡さんは、やけに楽しそうだ。
「てかアンタ、その『延岡さん』ての、いい加減にやめない? アタシ、苗字で呼ばれんの嫌いなんだよね」
「え、じゃあ……」
「ルリナでいいから」
「る、ルリナ……さん?」
「別に『さん』はいらないっての。……でもまぁ、それでいっか。これ以上は、ボッチのアンタにはハードル高そうだし」
 そんな流れで、僕は彼女のことを、延岡さんじゃなくて、ルリナさんと呼ぶことになった。女の子を下の名前で呼ぶなんて、初めての経験だ。
 ルリナさんは、一応は制服に着替えているものの、相変わらずマスカラをはじめとしたメイクをバッチリ決めている。そういえば、彼女が黒木さんと一緒に砂浜で遊んでいた大学生たちはどうなったんだろう。そんな僕の思考を読んだかのように、ルリナさんは言った。
「アイツらとは適当なトコで別れちゃった。なんか一緒にいてもつまんなかったし」
「へ、へぇ……そうなんだ」
 僕はルリナさんの身体から目を逸らした。あのときルリナさんは、場合によっては、あのチャラチャラした大学生たちとセックスする流れがあるみたいなことを言っていた。それを思い出したら、昨夜の大浴場での出来事も同時に思い出されて、悶々とした気分が僕の中に蘇ってきた。
「なぁに瀬戸、どしたん?」
「う、いや、別に」
「ふぅん……」
 狼狽える僕の前で、ルリナさんは、意味深な声を出した。
 ルリナさんは香水でもつけているんだろうか。この距離でも、彼女の身体からは、物凄くいい匂いが漂ってくる。僕はどうにかして意識を誤魔化そうと、やけに大きな声を出した。
「そ、そういえば、ルリナさんと黒木さんって同じ部屋なんだよね? 他のメンバーって誰なの?」
「は? それ気になんの? 委員長と涼子だけど」
「えっ」
「なに、驚くことでもある?」
 確かに驚くことではないけど、そうだったのかという気分だった。委員長の金井純花さんと、陸上部の山尾涼子ちゃん、そしてルリナさんと黒木さん。めちゃくちゃ濃いメンバーじゃないか。みんなタイプが全然違う上に、すごい美少女ぞろいだ。
 でもそうか、先生も手を焼くギャルの二人が、真面目な委員長に押しつけられたって考えれば、こういう組み合わせもなくはないのか。涼子ちゃんも試合でホームルームを欠席することが多かったし、人数が足りないところに欠席裁判で組み込まれたんだろう。
「瀬戸、なによその顔」
「いや、委員長も大変だなって思ってさ」
「は? 引っ叩かれたいの?」
 僕はつい皮肉みたいなことを口にしてしまい、ルリナさんに強い視線で睨まれた。けど、それをあんまり怖く感じなかったのは、わずかな会話によって、彼女に対する親近感のようなものが芽生え始めていたからなのかもしれない。我ながらお手軽なものだ。
 そんな風に、僕らが駐車場で話していると、旅館の入り口のほうから声がした。ルリナさんに向かい手を振りながらこっちに来る日焼け肌のギャルは、黒木アイリさんだ。
「あ~、ルリナ~! ここにいた~!」
「あ~あ、ボッチなんかに構ってたら、うるさいのが来ちゃった。アイリが卓球したいってうるさいから、逃げ回ってたのに」
「それくらい付き合ってあげたらいいじゃない。友達なんでしょ?」
「ぜっったい嫌。オトコとヤるならまだしも、なんでアイリと二人きりで卓球なんてしなきゃなんないの? 小学生かっつの。ヤるならアンタがヤりなさいよ」
「え、僕?」
「わぁ、瀬戸っちもいるじゃ~ん♡」
 そうやって、思わぬ形で学校行事をサボった僕は、なぜか同級生のギャルと卓球をして過ごすことになった。僕が「延岡さん」のことをルリナさんと呼ぶようになっていたことを知ると、「黒木さん」も、自分のことをアイリさんと僕に呼ばせた。
 ちょっと不真面目にハメを外すくらいのほうが、こうやって誰かと仲良くなったり、楽しい想い出を作ることができるのかもしれない。ルリナさんが面倒くさそうに観戦する前で、アイリさんと卓球しながら、僕はそう思った。
 でも、ここまでは所詮、普通の修学旅行でもありそうな出来事だった。そのあとに僕の身に起こった、これまでの僕の生き方をひっくり返すような出来事と比べれば、全部ただの予兆――前座みたいなものだ。
 そう、僕の修学旅行の「本番」が始まったのは、このあとに訪れた二日目の夜だった。
 

(第4話は4月24日配信予定です)