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羅刹鬼1 美女と野獣のプリズンブレイク(上) 2

第二章 僕が血を飲み、彼女がその精を飲む


 僕はその後、手狭な一室に移された。
 ここはブッチャー専用の独房だ。
 打ちっぱなしコンクリートめいた内壁に、たったひとつの裸電球が寂しく灯る。湿った空気にすえた匂い。エイリアンは人体改造をやってのけるほどのテクノロジーを持っているのに、どうしてこういう殺風景な部屋を好むのか。もうちょっと未来チックな部屋がいいな。ここに来るたびに、そう思う。
 ブッチャーは暴走すると、ここに放り込まれてメンテナンスされる。僕も今、そのルーチンに組み込まれてクールダウン中だった。先日、金髪の女をやりすぎた件に加えて、リザードマンっぽいエイリアンを二人ほど屠殺してしまった事件は、僕の暴走だったとして処理されるみたい。
 実際のところは暴走じゃなくて、自分の意思なのだけど。エイリアンはそれを知らない。
 ここに放り込まれて、そろそろ半日になるだろうか。
 実は僕、この独房が嫌いじゃない。
 素っ裸のまま壁に磔にされて、身動きできずに突っ立っているだけなのだけど、ゆっくりと考える時間に充てられる。
 断片的な記憶の整理。ブッチャーに秘められた能力の使い方について。エイリアンたちの装備や、街の設備のこと。脱出計画。フォートへの潜入経路。そして復讐――。
 ガキリと手枷が鳴った。ちょっと力が入ってしまった。
 復讐したい。反撃したい。やり返してやりたい――その一念だけは色濃く脳に焼きついている。
 でも誰に復讐すべきかが、分からない。
 多くの記憶が失われていた。自分の名前すらも思い出せないんだ。そんなことある? って自分でも思うけど、あるみたい。今日もあれこれと頑張ってみたけれど、結局、自分の名前は思い出せなかった。無理。そしてつい先ほど、その努力を諦めた。
 名前がないといっても、そんなに困ることはない。どうせ喋れないし、名乗る機会もないのだから。自分で自分を呼ぶためだけのものだ。
 ――それでも。
 やっぱり名前は欲しい。
 くだらない感傷だけど、自分で自分を屠殺鬼《ブッチャー》呼ばわりでは、あんまりだ。もういっそのこと、格好いい名前を自ら名乗ってしまおうかと思い立ったところ。
 ――名前、名前……。
 突然グッドアイディアが降って来ることを願い、一人でうんうんとうなってみる。
 そうだなぁ……ブッチャーとは、もともと屠殺人、あるいは、お肉屋さんでお肉を切り分ける人たちのことだ。似たような言葉でスローターという単語がある。スローターはどうだろう。ちょっとダークヒーローっぽい? でも、なんだか安直だ。もっとパンチの利いた名前はないだろうか。うーん……。
 そんなことを考えていたら、不意に独房のドアがガチャガチャと鳴った。
 ギィィ……と、立て付けの悪い音を立てて分厚い金属扉が開かれる。
 長方形の光の中から部屋に入ってきたのは二人。
 一人は男のエイリアンだ。人型に近くて、それなりに体格が良く、体色を合わせてホブゴブリンっぽい見た目をしている。この独房の看守だろう。
 もう一人は女だ。
 僕の、嬢だ。
 扉近くに背中をもたれかけ、ニヤニヤと笑みを浮かべるホブゴブリン看守。そんな彼に見送られて、嬢がしずしずと歩み寄ってくる。
 銀髪を臀まで伸ばし、頭からはヤギっぽい巻き角が生えている。似た種族は、思い当たらない。
 独房に入れられたブッチャーは、落ち着くまでここで拘束され続ける。ところがその間も性欲は無尽蔵に湧いてくるものだから、それを放置するとブッチャーの暴走が収まらないどころか、悪化してしまう。
 それだから、ここではこうして性欲処理用の嬢が定期的に回ってくるんだ。
 彼女はブッチャーの性欲処理女の一人。そして、僕のお気に入り嬢でもある。推し嬢というやつだ。ブッチャーの性欲は呆れるほどなので、何人もの嬢が輪番で回されてくるんだけど、今となっては、僕のところにはこの子しかやってこない。
 嬢は磔にされた僕と密着寸前の距離に立った。
 彼女の甘い息づかいを間近に感じる。
 悩ましげな肢体の持ち主だ。薄衣を羽織っただけの姿で、その下から主張する豊かな乳房はド迫力のK点越え間違いなし。布地を押し上げるツンとした先端が、僕の腹をくすぐって、こそばゆいけれど、彼女はしかしそれ以上は何もせず、僕の顔を下からのぞき込んだまま、両手を身体の前に組み佇んでいる。
 ――わざとだ。
 彼女はわざと僕をじらしている。そしてそれは効果的だった。
 まもなく、血流と一緒になって恋ともいえる激情が海綿体へと流れ込んだ。
 僕の張り詰めた亀頭が、彼女の太ももをズリズリとこすり上げていく。裸を見せられたわけでも、触られたわけでもない。髪の匂いを嗅がされただけで、僕の息子は否応なしに勃起させられてしまった。彼女のことが好きだという本音がモロバレである。恥ずかしい。今日も立場を理解《わか》らされてしまった。嬢はいつもこうして、僕の想いを弄んで満足そうに目尻を落とすんだ。くそぅ。
 彼女は猛り立つグロテスクな獣芯を前にして、嫌な顔ひとつせず跪くと、ギンギンに怒張したペニスに手を差し伸べ、それを両手で愛おしそうにさすり始めた。
 初めは指先でくすぐるように優しく、下から上へと丁寧に満遍なく愛撫。
 鼻息がかかるほど近くまで顔を寄せ、しかし紙一枚の差でまだ口をつけない。絶妙な距離感を保ったまま、吐息を絡ませて手淫を続ける。
 肉棒越しに仰ぎ見る、薄く目を開けた嬢のまなざしに、僕の陰茎は痛みすら覚えていた。
 ――この子、とっても上手なんだ。
 しかも嫌々感や義務感がなく、集中して熱心に奉仕してくれる。職人気質の僕としてはシンパシーを感じざるを得ない。
 僕が初めてこの独房に入れられた当時はひどいものだった。幽霊のように虚ろな女どもが機械的に僕の精液を搾り出して通り過ぎていくルーチンは苦痛ですらあり、拷問に近いものがあった。僕はここの性処理女たちを密かに貞子と呼んでいる。実際、そんな感じなんだ。独房も十回目くらいになると、いい加減にその仕打ちにも耐えられなくなってきて、精神を病みかけた。
 そんな中で、この子だけは光っていた。
 そこで僕は一計を案じ、この嬢以外の貞子が来たときには激しく暴れるようにしてみたんだ。
 手足を拘束されているとはいえ、ブッチャーが身をよじって暴れれば、女はまともに奉仕なんかできない。そんなことを繰り返していると、やがてこの嬢だけが残った。
 嬢がチロチロと舌を出し入れし始めた。
 まずは玉袋から。チューチュー、はみはみ。次いで裏筋に沿ってれろぉっと。カリや亀頭へと舌先を這わせていく。
 ざらついて、ぷりっとした生暖かい舌。その腹を押しつけて満遍なくぬらぬら、ぬらぬらと。鼻息を絡ませつつ、何度も頭を上下させて舐め上げていく。合間に彼女と目が合うたび、僕の性感が優しく高められていった。
 少し心が疲れたときは、わざわざ独房に囚われて嬢のフェラで元気にしてもらうこともある。丁寧な口唇奉仕は、話に聞かされた母親の愛情のようにも感じられ、この独房と彼女の存在は、孤独な僕にとって精神的なオアシスと言えた。おかあさん。
 口淫は頭を横に倒し、舌を肉茎に絡ませながらしごくというフェーズに入った。
 すると長い銀髪がはらりと落ちて、彼女の顔が僕からもはっきりと見えるようになる。
 彼女は、はっきり言って醜女だ。片目は潰れて腫れ上がり、顔面は歪んでいて、片側の角も半分から折れてしまっている。舌を出し入れするたびに、のぞき見える彼女の歯は何本も抜け落ちていた。
 おそらく、別のブッチャーにやられたんだろう。
 可哀想に。僕だったら、こんな雑な扱いはしないのに。
 嬢がなぜ、今このような立場に追いやられているのかは知らないけれど、同情と憤りを感じる。これも僕がまだ正常な人間としての精神を保てている証拠だろう。こういった人としての矜持を思い出させてくれる彼女は、やはり僕にとって特別な存在だ。
 逞しいを通り越して暴力的な巨根。
 しかし嬢は怖じ気づくことなく、裏筋をニュルニュルと何度も集中的になぶってはチュッチュッと音を立ててキスを繰り返す。ツツツーッと舌先を亀頭まで滑らせた彼女は、最後にペロンと舐め上げて僕の顔を流し見た。たまらず息子がビクついてしまう。
 そうして僕のグロテスクな肉棒を充分に湿らせた嬢が、すぼめた唇に亀頭をぬるりとすべり込ませて口に含んだ。いよいよだ。
 咥えるだけでもしんどいであろう僕のデカマラを、初めは浅く、頭を上下させて唇でしごき、徐々に深く、深く飲み込んでいく。
 嬢の口の中に隠れた亀頭が、僕の見えないところで絶えず愛撫され続けていた。生暖かい舌で、ぬらぬら。ざらざら。その間、彼女は一度も歯を立てていない。
 やっぱりこの子は分かっている。行為の端々に、僕の反応をうかがうそぶりが見える。彼女は計画、行動、評価、改善といういわゆるPDCAサイクルをきちんと実行しているんだ。彼女はできる女だ。自分の仕事に対する誇りが垣間見える。
 このルーチンも、幾度とない僕へのPDCAサイクルの結果として編み出された技だった。僕専用のカスタム仕様。僕はちょっとずつ食べられていくのがお好き。おかげで満足感は半端ない。
 僕が彼女のテクニックをここまでに昇華させた。そのちょっとした自尊心もまた、スパイスとなって快感に寄与していた。いつも突っ立って、じっとしているだけなんだけど。それでも貞子の群れの中から、宝石の原石である彼女を見出したのは僕だ。
 やがて彼女は目を細め、赤黒く燃えるペニスを飲み込み始めた。
 フーッ、フーッという荒い鼻息が、ぬめった感触と共にどんどんと僕の腹に近づいてくる。まるでヘビに食べられているような、不可思議な危機感が僕の背筋を駆け上がっていった。
 ぬらぬら、ぬらぬらと彼女の顔面が僕の股ぐらに接近してくると、それに応じて僕の胸も高鳴った。
 嬢のおでこが、こつんと僕のお腹に当たった。
 彼女はついに、僕の馬なみを根元まで飲み込んでしまったんだ。
 こっちが心配になるほどに深い。しかし嬢は涙目になって息苦しそうにしながらも、嘔吐きはしないのだ。さすがだ。彼女はそのまま、喉の蠕動運動だけで僕の射精準備をしてくれた。
 嬢のディープスロート。これなんだ、僕が彼女を一番のお気に入りにしている理由は。
 ブッチャーのペニスは大きすぎて、女の子の中にすべて収めるには、その子を壊す必要が出てくる。とはいえ、それはしょっちゅうできることでもないから、僕はいつもどこか中途半端な感じを残しているのだけれど、この嬢のフェラはその心の隙間をしっかり埋めてくれた。それは天下一品の性技。まさに職人の技だ。
 ちなみにアナルセックスはいろいろな理由があって、牢獄ではすごくハードルが高い。ほとんどできる子がいない。ディープスロートも無理だ。ヘタをすれば窒息する。
 だからこそ、嬢は僕にとって唯一無二の存在といえる。
 嬢の頭が僕の股ぐらで動き始めた。
 陰茎の根元をなぶる唇の感覚と、袋をねぶる舌。舌のつけ根で裏筋をざりざりと刺激し続け、同時にカリと亀頭をキュッキュッと喉でしごく。
 彼女はそこに前後運動まで加えるものだから、これはもうヘタな女の膣穴よりもずっと具合がいい。ブッチャーが女の子みたいになって下半身をビクビクさせてしまう。僕の四肢が自由だったなら、今まさに彼女の頭をよしよしと撫でてあげたいのに。
 しばし彼女の奉仕を堪能し、しっかりと昂ったところで、肉棒を強めにビクつかせて絶頂の兆しを彼女に知らせてやる。これは彼女に対する僕の気づかいなのだった。
 すると嬢は頭を引いて、ドロリ。僕の逸物を吐き出した。
 泡立った唾液が、ビチャビチャと床にしたたり落ちる。
 つつーっと。僕の鈴口から、嬢の唇にカウパー液が透明な糸を引いた。
 彼女はそれを舌で巻き取って、男根に縋りついた。
 陶然とした目つきになって、顔面をすべて使って息子をしごき続けてくれる嬢。
 なんて淫乱な女なんだろう。特に鼻の軟骨がコリコリと裏筋をこするのがいい。睾丸にかかる熱い吐息もこそばゆくていい。グロテスクな肉棒の向こうから見上げてくる、上気した紫紺の瞳もいい。
 彼女はそんな奉仕行動のすべてを僕に見せつけるようにして、情熱的に肉棒をしごき上げた。心の底からの服従を、僕に伝えたがっているのがよく分かる。
 僕は彼女のガイドに導かれるままに、穢らわしい体液を空中にまき散らした。
 初めの一射は勢いよく飛んで、彼女のおでこと角、そして美しい銀髪を汚した。
 続いてあふれ出した白濁液が、嬢の顔全体にだばだばと落ちて塗りつぶしていく。
 その間、嬢は長めのベロを伸ばして、裏筋を優しくチロチロとくすぐって僕の射精をうながしてくれた。僕も遠慮なくぶっかけ続ける。
 彼女たち性処理女は、ブッチャーの精液を直接的に摂取することを禁じられているみたいなんだ。上の口からも、下の口からも。
 僕が口内に放つたびに、彼女たちが看守から折檻を受けるのを見てそのルールを理解した。理由は分からない。だから奉仕は基本的に口淫となっている。下の口ではうまくタイミングを掴めないのだろう。
 前に一度、うっかり嬢の喉奥に注ぎ込んでしまったことがあって、そのとき彼女が激しく殴打されているのを見てからは、こうして合図を送ってあげることにしたんだ。彼女はすぐに僕の意図をくみ取ってくれた。そのかわりに、僕が喜ぶフィニッシュをいろいろと開発してくれたってわけだ。この顔面射精は大のお気に入り。彼女を身も心も支配している気分に浸らせてくれる。
 この高みに至るまで、彼女は何度も僕の反応を確認し、工夫を凝らしてきた。僕も会話できないかわりに、できる限り彼女に分かりやすく反応を伝えてきた。これは粘膜と粘膜による会話なんだ。刺激のキャッチボール。醜い肉の中に閉じ込められて孤独な僕にとって、彼女が性器越しに与えてくれる相互理解の満足は、なによりも安らぎだった。
 彼女とは、すでに精神の奥深いところでつながっていて、この地獄で僕らは互いを支え合っている。僕の勝手な思い込みだけど、そう感じるんだ。絶対にそう。間違ってなんかいない。
 やがて僕の吐精が終わりを迎えると、彼女はザーメンまみれになった顔を拭き取りもせず、蕩けた目になって口で奉仕する仕事に戻った。
 大量射精という、自分の仕事が為し得た見事な結末に満足しているご様子。そして先ほどの行為における反省点を自主的に見出した彼女は、また一段の研鑽を積むために僕の極悪棒に挑んでくる。言葉を交わしたことはないけど、僕には分かる。彼女のストイックな向上姿勢は尊敬に値する。
 嬢は粘つく精子のゼリーを舌に絡ませて、さらに頭の動きを早めた。
 僕はその後、彼女の仕事ぶりにほれぼれしながら二回ほどぶっかけた。
 そうして嬢の全身がスペルマまみれになるまで射精したところで、奥で見守っていた看守が動いた。
 ホブゴブリン看守は嬢の腕を掴んで僕から引き剥がすと、彼女を少し離れた独房の壁に押しつけた。嬢はそれに抵抗しないけど、どことなく嫌そうだ。
 社会の窓だけを開けて、粗末な逸物を取り出すホブゴブリンくん。
 彼は嬢が身につけたボロを背中側からたくし上げ、おもむろに彼女をレイプし始めた。
 立ちバックによるパンパンという肉の音と、ホブゴブリンくんの汚い声が独房に響く。たぶん、嬢をなじってるんだと思う。
 後ろから乱暴に突かれて、僕の白濁液で濡れそぼった豊かな乳房が揺れていた。そのたびに、ぽたぽたと僕のザーメンが床に飛び散り、そこに彼女の股から伝い落ちる透明な液体が混じり合う。
 最近になって僕の担当に就任した、このホブゴブリンくん。嬢の見事な仕事ぶりに我慢できなくなると、こうして邪魔に入ってくる。
 まぁ、看守なんだからそれくらいは役得なんだろうけど、今は僕が奉仕を受けている時間だ。それを邪魔されるとやはりイラッとくる。あとにしてほしい。
 完璧な仕事というものは、それなりに継続して集中する時間が必要だ。こうしてノイズが入れば、彼女の仕事のクォリティに影響してくる。あの頭の悪そうなホブゴブリンくんは、そこが分かっていない。嬢も不満そうだ。
 馬鹿なんだ。人間もエイリアンもたいして変わりはない。馬鹿ばっかりだ。
 そんなフラストレーションがこみ上げてくると、僕はいつも我慢できずに図太い雄叫びを上げる。
 独房が揺れた。
 叫ぶ僕を尻目に、ホブゴブリンくんは腰を振りながら笑い声を上げた。
 僕から嬢を寝取っているつもりなのだろうか。下賎な考え方だ。僕と彼女の関係はもっと芸術的で、お互いを高め合う崇高なものなのに。
 嬢はこうしてホブゴブリンくんに弄ばれている間、ずっと僕の方を見るんだ。たぶん、仕事を邪魔されて、彼女も苛立っているのだろう。後ろ髪を引かれる思いで、僕を見ている。そうに決まっている。
 あのノータリンのホブゴブリンは、僕がここを脱出するときに必ず潰す。
 そんなことを悶々と考えていると、嬢の小さな悲鳴が聞こえた。
 何を思ったのか、看守が嬢を僕の方に放り出してきたんだ。床にへたり込んで困惑する彼女に向かって、ホブゴブリンくんが何かをまくし立てている。
 僕はエイリアンの言葉が理解できない。
 何度も耳で覚えようと試みたけど、ちょっと無理そうだった。まったく未知の言語。やはり文法や単語の意味が分からないと、どうにもならない。初めだけは誰かに手取り足取り教えてもらわないと、厳しいものがある。
 よろよろと、僕の方に向かって四つん這いで近づいてきた嬢が、僕に縋ってまた肉棒にしゃぶりついた。
 ホブゴブリンくん、終わったのかな。えらく早いな。そう思った直後、彼は嬢の後ろに立ち、たっぷりした彼女の尻を抱え込んで再び腰を振り始めた。なるほど、そういう趣向ね。
 おかげで、見たくもないホブゴブリンの顔面が正面に見えている。下牙が突き出した醜い顔が、気持ちよさそうに下卑て歪んでいた。それでも僕よりはマシだろう。
 僕はこれ以下なのかと思うと、ムカついて仕方がない。吐き気がする。
 ――しっかし……本当に頭の悪そうな顔だ。
 嬢は満足に集中できていなかった。無理な体勢で後ろから突かれ、僕の腰を両手で掴んで身体を支えつつ、ギンギンに膨れた怒張を飲み込んでいるけれど、いつもよりも動きが雑に思えた。
 嬢は顔を上気させ、息づかいも荒く僕に奉仕を続けてくれる。しかしそこに、いつもの上品な仕事ぶりが見えない。背後から強引に性感を高められているからだろう。僕の股ぐらで半分放心状態になって、くぐもった甘い声も出し始めている。
 というか、この子が喘いでいるのを初めて見た。いつも看守に犯られているときはマグロなのに、どうしたんだろう。
 ――っていうか、エイリアンの女が喘ぐところ自体、初めて見た。人間と同じなんだな。
 一方のホブゴブリンくんはすごく上機嫌だ。嬢の様子に興奮しているみたい……あ、そろそろイクっぽいぞ。突き出した下牙を震わせて、アホ面を深めている。
 ――なんだか、こいつの顔を見ていたらものすごく腹が立ってきた。顔面近親嫌悪だろうか。
 そもそも、僕はまだ彼女の膣内を味わったことがない。
 こんなにも絶品な奉仕ができる彼女だ。きっとフェラチオにも勝る満足感を与えてくれるだろう。僕だって彼女に天国を見させてあげられる自負がある。
 そんな想像で我慢して、彼女のためを思って口に射精《だ》すのも控えているというのに、この頭の悪そうな看守は、僕の気づかいを台無しに、何度も何度も僕の目の前で彼女を抱くんだ。
 ……。
 殺すか。
 こんなに無防備にブッチャーに近づいちゃって。
 こいつ、知らないんだ。
 ブッチャーの舌が伸びるってこと――。
 ビシュッと音がして、僕の黝い舌がホブゴブリンくんの喉に巻きついた。
 何が起こったのか分からない、といった風に目を白黒させているホブゴブリンくん。その馬鹿っぽい表情に乾杯。
 僕は間髪を容れず舌に力を込め、カメレオンさながらに奴を引きつけた。
 するとホブゴブリンくんが、まるで一本釣りの鰹のようになって、嬢の上をすっ飛んで来る。
 僕の歯茎むき出しの口が、奴の喉笛に食らいついた。
 ブッチャーの咬合力はワニを超えてホホジロザメとタメを張る。エイリアンの喉なんて、グミにかじりつくようなものだった。
 ネチャア……という音を立てて、僕の歯が喉を食いちぎったのが感触として分かった。してやったり。悲鳴を上げる暇も与えなかった。どうやら僕も、このブッチャーの肉体の使い方に熟れてきたようだ。
 胸がすく。スーッとした。これでしばらく静かになるだろう。
 喉をブッチャーに噛みつかれ、全身をビクビクと痙攣させるホブゴブリンくん。見れば、僕の口でつり上げられたまま嬢の背中に射精していたようだ。こういう死に肉薄した状況だと、男は鮭みたいに射精するって、本当だったんだね。
 ふふ……それにしてもちょびっとしか出ないな。僕の一回の射精量が牛乳パックに詰まった濃厚な生クリームだとすると、君のはデミタスカップに入った低脂肪乳って感じ。
 濃さも、量も、そんなんじゃ駄目だよ。女を酔わせるには弱々しすぎる。その点、ブッチャーになって良かったなって思わないこともない。
 そうだ。これから君のことはデミタスくんと呼ぼう。ああ、でももうすぐ死ぬからどうでもいいか。
 グッと口に力を入れると、すぐにデミタスくんの生き血が喉に流れ込んでくる。
 ――美味しい。
 全身が粟立つ。
 生暖かくサビ臭い血液が、首の太い総頚動脈から直接、僕の口に注ぎ込まれてくる。それを夢中で飲んだ。ストローから美味しいジュースを吸い出しているような感覚だった。
 ブッチャーは肉食だ。肉を食うとすごく元気になる。
 特に、生きたまま食らうのが一番エクスタシーを感じる。
 エイリアンはその特性を理解しているらしく、ブッチャーの攻撃性を刺激しないよう、僕の普段のご飯は味のうっすーいカリカリだった。ドッグフードっぽいやつ。まったくもって家畜扱い。僕の不満は溜まる一方。
 久しぶりの血だ。ゴクゴクと喉を鳴らして飲んだ。
 喉を滑り落ちてくる温かい感触は、下腹部にまで落ちた。
 ぽたりぽたりと、胃の奥に血がしたたるたびに、マグマのごとき性欲がジュウジュウと音を立てて沸き立つのが分かった。
 その感覚に釣られて視線を下に移すと、床にへたり込み、頭から男の血をかぶって唖然と僕を見上げる嬢と目が合った。
 ――しまった。怒りのせいで彼女の存在を忘れかけていた。
 ブッチャーはこうやってカッとなると、何をしでかすか分からないところがある。その肉体をコントロールする僕ですら手に負えない、瞬間的な衝動だ。
 怖いだろうに。でも君を食べるつもりはないから、あっちに行ってなさいとも言えない。困った。
 そうして僕がデミタスくんの血をチューチュー吸いながら考えを巡らせていると、何を思ったのか、嬢がはっと息を呑んで張り詰めた灼熱棒に手を伸ばした。
 それは僕が生き血にありついているせいで、当社比二倍くらいで熱くなっていた。火傷が怖いのか、舌先でツンツン。恐る恐る獣芯に舌を這わせて丹念に舐め尽くすと、すぐにいつものように喉の奥まで使って貪りついてくる。
 ――この子、プロ意識すごいな。この状況で続行するのか。脱帽。
 そうやって敬意に満ちた視線を送る僕に、彼女はデカマラを咥えたまま潤んだ視線を合わせてきた。
 媚びるような目つき。
 そんなに怖かったのか。ごめんね。
 ひょっとすると、僕を満足させ続ければ食べられないと思ったのかも知れない。強かな女じゃないか。僕が見込んだだけのことはある。
 男の首から生き血をすする僕に、熱いまなざしを送るようにして懸命に口唇奉仕する嬢。そんな背徳的な状況が、僕のリビドーを最高潮に押し上げた。
 ――もう我慢できない。
 腹の底で沸き立っていた獣慾を、思いっきり彼女の口にぶちまけた。
 ずっと飲ませたかっただけに、喜びもひとしお。下半身にとどまらず、首筋に至るまで、僕の全身を痛みにも似た快感が駆け巡った。
 血液を飲んだことで濃縮された獣の精が、激流となって吐き出されていく。
 彼女はそれを一身に受け止めて飲んだ。監視の目がない中で、一滴もこぼすまいと、目を閉じてコクコクと必死に嚥下運動を繰り返している。顔を真っ赤に火照らせながらも健気だった。
 僕が血を飲んで、汚れた血をこの呪われた身体で漉し、彼女がその無垢な精を飲む。
 そんな機能美みちあふれるシステマチックかつ官能的な構図が、暗く冷たい独房で成立していた。
 ここは僕が作り上げた小さな失楽園。
 僕が血をすする音と、彼女が精を飲む音しか存在しない。
 ――野獣。
 自分を評するのであれば、そのひとことだろう。
 犯し、殺し、食らう。
 それしかない。
 しかもその恐怖を、あらゆる生命体に押しつけられる力が、実際に僕にはある。
 世界の手には負えない、正真正銘の怪物だ。
 でも僕の精神はまだ人間だ。正常なんだ。だから復讐する権利がある。気が狂ってしまえば、それは復讐ではない。ただの殺戮だ。
 僕はいずれ闇に紛れ、秘やかに天誅を始める。
 一人一人確実に、かつ迅速に。そして一人残らず。この醜悪な肉体で絶望を与えながら。あえて抵抗させて、それを力で踏み潰す。心躍る瞬間。それを見届けて、僕はこの分厚い肉の中で嗤ってみせる。
 そしてそれは僕が満足するまでやめない――。
 ふと、僕の脳裏に閃くワードがあった。
 ジェヴォーダンの獣。
 かつて中世フランスで殺戮を繰り返し、市井の人も為政者もまとめて恐怖のどん底に叩き込んだ、姿の見えない、正体不明で冒涜的な獣の伝説。
 昔、そんな話を聞いた気がする。
 なんだか、すごくテンションの上がる名前だ。
 人々を恐怖に陥れ、神罰だと謳われた怪物。
 僕もあれになろう。神に変わってクズどもに天罰を下すのだ。
 ――悪いことをするとジェヴォーダンが来るぞ――
 なぜだろう。すごくしっくり来る。
 決めたっ!
 僕は、ジェヴォーダンと名乗るッ!

 ジ ェ ヴ ォ ー ダ ン !!
 
 素晴らしい響きだ! 今すぐこの嬢にお披露目聞かせたいッ!
 これは僕だけの秘密! 彼女になら打ち明けてもいい!!
 気がつくと、歓喜の咆吼が独房を揺らしていた。
 高揚感に喉を鳴らしながら視線を落とす。
 嬢は夢中になって僕にむしゃぶりついていた。
 僕は言葉を紡げない。
 彼女の言葉も、理解することはできない。
 淋しい。
 ――ところで脳味噌も食べたいんだけど、手伝ってくれないかなぁ……。
 舌だけだと、首の骨を支えるので精いっぱいだ。丸みを帯びた頭にかぶりつくのは、ちょっと難しそう。でもその要求を彼女に伝える手段がなかった。僕は彼女の奉仕で満足するしかない。こういうときに会話ができないと、やっぱり不便だ。なんとかコミュニケーションを取る手段はないものかと、思い悩む。
 ――結局、デミタスくんが干上がるまで、僕らは揃ってその行為に耽った。
 ついには嬢が目を回して倒れ込んでしまう。あらゆる体液で汚れきった彼女の横顔に見蕩れた。綺麗だ。輝いている。美しい。
 嬢が僕のザーメンをたらふく飲んだことはバレないでほしい。
 もし、それが原因で彼女がここから去ってしまったならば、その時は――。
 その時こそが、僕が反撃の狼煙を上げる時だ。
 僕は口の中の頸椎を噛み砕いた。


【電磁槍《スタンランス》】
 ブッチャーに言うことを聞かせたいときに使われる棒。
 電気ショックを与えるが、怪我はさせないように出来ている。サーカスで言うところの猛獣向けの鞭に近い。
 ジェヴォーダンはピリピリするのが肩の凝りに効くと、これを使われることを密かな楽しみにしている。

 

(次回更新 12月29日(日))

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