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羅刹鬼1 美女と野獣のプリズンブレイク(上) 4

第四章 肉屋のお仕事


 今回の戦いで女の捕虜は出なかったみたい。珍しい。
 昨今、男女平等が声高に叫ばれ、徴兵に関しても無作為抽出の上、適性検査で選抜が行われるのが慣例だったけれど、いよいよフェミニストたちにも現実が見え始めたのだろうか。
 女の捕虜が、エイリアンの兵力補充のために苗床として使われているという話は、フォートでも風の噂程度には囁かれていた。
 実際にはもっとひどい。
 より強い兵を作り出すための実験材料になっている、というのが正しい。だから母体としてというよりは、モルモットとして扱われているようなものだった。当然、そんなに大事にはされていない。
 だからこそ僕が一人奮闘をしているわけだ。人として。
 とはいえ相手がいなければ始まらないことだ。今日のところは僕の得意分野はお休み。
 セックスの相手にあぶれた僕は、牢獄で一人、鏡に映った醜い姿を眺めてぼけっと過ごしているはずだったけれど、実際は別の仕事に駆り出されて忙しくしている。
 その仕事とは――……。
 ドォンッ! という音と共に、まな板の上で肉が輪切りになった。
 ブッチャーとしての正当な仕事――それは肉屋の仕事だ。
 比喩ではない。本当に肉屋の仕事をしている。
 なんともシュールな光景だけど、僕は今、エイリアンの街中にある精肉店の奥で肉の切り分けに従事中なのだった。こういう仕事もあるんだ。
 服装はなんと戦闘スタイル。ブッチャーバッグをかぶり、〈ブッチャーエプロン〉もかけて、まさしくお肉屋さんの格好だ。
 ブッチャーエプロンとは、ひ弱そうな名前だけど、その実態は防弾防刃仕様の前掛けだ。
 このエプロン、正面でしっかり受け止めれば対戦車ロケットにも耐える超性能を誇る。ブッチャーは裸の上にこのエプロンをつけるのが正装だった。要するに裸エプロン。先日の外回りでも、僕はこれを着用していた。なぜこんな極貧仕様の格好をさせるのかは不明だけど、何か深い理由があるに違いない。
 僕の予想だと、ブッチャーに完全武装させてしまうと、暴走した時にエイリアンたちも小さくない被害をこうむるので、あえて弱点を残しているのだと思う。たぶん……いや、間違いなくそう。ブッチャーに対するエイリアンの戦力評価はそれほどのものだった。
 そんなエプロン姿の上に紙袋をかぶっていれば、あら不思議。気味の悪い巨漢が店の奥で肉を切り分けている光景にしか見えないのだった!
 ――牛もも肉一キロ。ホルモン二キロ。豚肩ロース二キロ。
 頭の制御装置から流れてくる、そんな指示を聞かされながら、次々と肉をさばいていく。ちゃんとホルモンを処理する時は道具も作業場も分ける徹底ぶり。なにせ僕はプロだ。肉屋の仕事だって手を抜いたりはしない。えらいぞブッチャー。
 ちなみにこの肉、牛豚鶏はさることながら、人間の肉もある。
 男の捕虜は、主にこういった末路をたどる。女の肉は脂っこくて人気がないみたい。ミンチにして男女合い挽きにするとそれなりに売れるみたいだけど、あまり売れ筋ではない。
 作業場からは店先が見えていた。仕事の合間に様子を観察してみると、いろんな見た目のエイリアンが肉を買っていくのが目に入る。
 その姿は多種多様。例のファンタジー風味もいれば、本格的にわけの分からない姿形の連中もいた。ああいうのって、スパゲッティモンスターっていうんだっけ?
 こうして見ると、エイリアンとはいえ、生活様式はあまり人間と変わらないということが分かる。通貨もあるみたいだ。
 彼らは男女ともに人間よりもはるかに見目麗しく、スタイルがいい。
 そんな中に僕のような醜い恵体が混じると、おっそろしく目立つ。エイリアンたちが生理的にブッチャーを怖がるのもうなずける。
 ところで、彼らエイリアンは宇宙から来た――わけではない。
 当初、そう考えられていたのでエイリアンと呼ばれていたのだけれど、実際はゲートという〈異界門〉を通って地球と行き来していることが分かっている。この事実は人間側もずいぶんと昔に把握はしていたものの、ひとたび広まった誤解を解くのは難しく、今でも慣習的にエイリアンと呼ばれている。正式には〈異邦民〉という名称がつけられていた。
 まぁ結局のところ、その見た目に応じて、個別にファンタジーチックな名前がつけられているのはそのとおり。
 ちなみにこの精肉店の店主は僕の感覚だと――ミノタウロスだ。
 ――牛が牛の肉売っちゃってるよ……。
 でもそんなミノタウロス店長。案外いい奴でびっくりする。
 彼は僕に無理をさせないし、きちんと時刻通りご飯を食べさせ、しょっちゅう、にこやかに話しかけてきては休憩を挟み、定時になったら施設へと送り返してくれる。暴力など振るわれたためしがない。
 たまーに、賄い料理でこっそりお肉をくれたりもするんだ。
 ブッチャーの攻撃性を刺激する危険な行為だけれど、調理してある肉だからか、そんなに滾ったりはしない。店長のそんな心づかいがとっても嬉しかった。普段、カリカリしか与えてもらえない僕は涙ちょちょ切れそう。
 このバイト、超絶ホワイト。
 これと比べれば、斥候として働いていた頃の僕の仕事なんてブラックもブラック。ピッチブラックだ。
 ときどき、店長は威勢よく話しかけてきては、たぶん笑っているのだろうけど、なんだかよく分からない草っぽいのを差し入れてくれることもあった。なにこの草? 草生えるって? とにかくそんな友好的な雰囲気だ。
「○※△〆§■ー、☆☆&+! ★〒★〒★〒★〒!」
 何を言ってるのかは、さっぱりだけど。
 いつでも陽気な店長。好き。ブモーッという声が特に。
 復讐を誓うブッチャーは、こうしてミノタウロス店長にあっさりと餌付けされてしまっていたのでした。チャンチャン。
 今日もまた、日が落ちる頃に店長に引き連れられて店を出た。
 帰路に見るエイリアンの街は、僕にとって馴染み深い光景だった。
 この街は、元は人間の要塞都市で〈フォート89〉と呼ばれていた。僕が正式に所属したフォート88のお隣さんだ。
 高い壁で囲まれ、要塞化された街だった。エイリアンたちはそれを、そのままに占拠して、一部に改修を施しつつ利用しているみたい。
 本当に、彼らエイリアンはいったい何を目的にはるばる地球までやって来たのか。
 僕の見える範囲の街は平和で、侵略者っていう感じではない。彼らには彼らの事情があるのだろう。それは僕も人間として戦っている時に考えたことがある。
 とはいえ、問答無用で地球を侵略してくる時点で、相当に乱暴な連中なのは間違いない――……いや。
 人間だって同じようなものか。侵略と虐殺は人類史のページをちょっとめくれば山ほど出てくる。人類は今さら文句を言える立場じゃない。
 でも、もう、どうでもいいさ。
 いずれ、この街もぜんぶ踏み潰す。
 エイリアンの男は命乞いするのだろうか。
 女は、どんな風に啼くのだろう。
 僕はそんな昏い情念を腹の底に収め、ミノタウロス店長にひらひら手を振られながら、いつもの施設の入り口をくぐった。


【エイリアン】
 異邦民。現代では異星人という意味合いが強いが、本作では地球に攻め込んできている侵攻勢力を呼ぶ蔑称となっている。
 ほとんどがファンタジー世界の住人の見た目をしているが、中にはシャーシャー鳴き声を上げて強酸性の体液を吹きかけてくるのもいれば、タコのような見た目をしたザ・宇宙人みたいなのもいる。

 

(次回更新  12月31日(火))

 

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