いきなり公爵家の跡継ぎとなって参加した初めての夜会で、
ツインテお嬢様(実は義妹)とうっかり身体を交わしたヒューゴ。
関係の口止めのために、義理の兄妹なのに二人は急接近!?
ツンツン義妹をデレさせる騎乗位&クンニ、トドメの中出し!
婚約破棄のため悪役令嬢として振る舞うセシルが愛おしすぎて……
大人気作家さささのよしが贈る悪役令嬢シリーズ最新作!
一章 夜会で出会った女。
二章 義妹は口止めする。
三章 義妹は悪役令嬢。
四章 義妹は義兄をこき使う。
五章 義妹は夜這いする。
六章 婚約破棄してください。
セシル 義妹
本編の一部を立読み
一章 夜会で出会った女。
1
たらり、と汗が襟足に垂れる感覚がする。
忍耐力の限界だった。
早くここから出なければ、とヒューゴは体の向きを変えた。
貴族邸の夜会が行われているホールは、最悪の環境だった。とにかく人が多すぎる。
暑くて、臭くて、酸素が薄い。
ヒューゴはここに連れてこられて一時間程で、夜会が大嫌いになっていた。
人酔いで気分が悪い。眩暈がした。
「ヒューゴ、どこに行く」
後ろから声がかかり、ヒューゴは、歩き出そうとした足を止めて振り返った。
声をかけてきたのはプレストルーン公爵だった。五十代の男性で、赤茶の髪に白髪が交ざっているが、年齢を感じさせない、すらっとした体型をしている。
彼はこの夜会にヒューゴを連れてきた人物で、最近ヒューゴの義父になった男でもある。
「すみません、ちょっと具合が悪くて、少し涼んでこようかと」
ヒューゴは慣れない敬語を使って、公爵に返事をした。
公爵は、ヒューゴの青白い顔を見て頷く。
「確かにここは蒸し暑いからな。外で風に当たるなりして、休んでくるといい」
そう言って、懐中時計を取り出し、文字盤を眺めてパチンと蓋を閉じる。
「そうだな、一時間半後……またここに来るように。その時、私の娘と合わせよう」
「わかりました」
ヒューゴも腕時計で時間を確認して頷く。
行こうとすると、公爵が後ろから軽くつけ加えた。
「それと、知らない人にはついていかないように」
公爵流のジョークだろうか。
ヒューゴは素直に「はい」と頷いた。
この国では夏はそれほど暑くない。
だからだと思うが、この季節になると、毎晩どこかで貴族の夜会が開かれている。
ヒューゴは、やっと出られたテラスから、屋敷の中を振り返った。
ガラスの向こうには、煌びやかな光に照らされた大量の貴族がいる。
それほど暑くないと言っても夏だ。こんな季節に、着飾った貴族が集まって遊んでいるのだから、貴族の屋敷はさぞかし涼しくて快適なのだろうと思っていたが、現実は全然違った。
ただただ貴族たちが痩せ我慢をして、涼しい顔を作っているだけの空間だった。
中はほとんどサウナじゃないか。
しかもひどい臭いだ。
今テラスで外の空気を吸っていても、まだ臭う気がする。自分の夜会服に染みついているのかもしれない。
ヒューゴは新鮮な空気を大きく吸い込み、長く吐き出した。
「何でこんなことになっちゃったかなー……貴族つらいわ」
そもそも、ヒューゴ・ストンは生まれてから二十三年間、ずっと庶民として暮らしてきた男だった。
庶民街の小さな家で、母子家庭の一人息子として暮らし、数年前に騎士団に入ってからは、寮の四人部屋で質素に暮らしていただけの普通の男だったのだ。
それが変わってしまったのは、半年前の事だった。
「おい、ヒューゴお前に客だとよ」
その日、騎士団事務所の裏口の門番を務めていたヒューゴのところに、先輩騎士が来客を告げに来た。
「俺に、ですか?」
ヒューゴは首を傾げた。
「ああ。何か、上官がえらく焦っていたぞ。早く呼んでこいって」
「母が急病とかですか?」
「違う違う。そういうんじゃなくて、普通に客だって。何か、事務所の奴らがめちゃめちゃ焦ってたから、金持ちなんじゃないか? 街で助けたご老人とかさ。わからんけど。ま、行けばわかるだろ。ほら行けよ」
「……わかりました」
ヒューゴは、ため息をついて、その場を離れた。本当は仕事から離れたくなかった。先輩騎士と仕事を交代したせいで、十中八九、給料が減ってしまう。
先月より減らされたら、昼飯を抜かなければいけない日が増えそうで憂鬱になった。
客が誰だか知らないが、迷惑な話だ。
「ヒューゴ・ストンです。客が来ていると……」
「おお、来た来た、遅いぞ。急げ!」
ヒューゴが事務所に入ると、すぐに上司が数人飛んで来た。
囲まれて、全員で服装の乱れをチェックされる。
「制服はいいな、髪型よし、ヒゲの剃り残し無し、血色は……ちょっと悪いが、まあ、よし、いいな」
「あの、何ですか」
「いいからシャンとしろ! いいか、くれぐれも失礼な事をするなよ」
「あの、客とは誰で……」
「いいから行け! 待たせてるんだ」
結局何も教えてもらえず、応接室の前に置き去りにされた。
わけがわからず、恐る恐るドアをノックする。
「入れ」
何やら威圧感のある返事が聞こえ、ヒューゴは中に入った。
そこにいたのは、髪に白髪の交じった、五十代半ばの男性だった。
見るからに金持ちで、どう見ても上位貴族だとヒューゴでもわかった。そのくらい理由の分からない威圧感がある。
なぜこんな人物が自分に用があるのかは、わからないが、ヒューゴは一気に気が引き締まった。
「私は、ヒューゴ・ストンです」
「私はプレストルーン公爵だ」
プレストルーン公爵。
国民であれば誰でも知っているような、超有名貴族の名だ。庶民がこんなところで会えるような相手ではない。
「そんなに緊張しなくていい。座ってくれ」
「はい」
公爵が先に座るのを待って、こちらも向かい側のソファーに腰を下ろした。握手を求められて手を握る。緊張で手汗が吹き出した。
「話があるんだが、いいかな」
「はい。何でしょうか」
公爵が、ヒューゴを上から下まで眺めてから、口を開いた。
「私は、君の遠い親戚でね」
「はい?」
聞いたことのない話に、ヒューゴは思わず声を漏らした。
「うちには娘しかいないので、跡継ぎがいないんだ。それで、家系図で確認したところ、親戚が女ばかりで、私の跡を継げる男子が、君しかいないくてね。だから、君をうちの養子にして、私の跡を継いでもらう事になったんだよ。君の母親とは先ほど話をつけてきた」
「はい?」
「今日から君は私の息子になってもらう。よろしく頼むよ」
言い終わると、プレストルーン公爵はヒューゴの肩をポンと叩き、部屋の内側にいた、公爵の従者に、ここの責任者を呼ぶように言った。
すぐに、上司と、別室に待機していたらしい公爵の弁護士が現れ、ヒューゴの目の前に何枚も書類を取り出す。
ヒューゴはその中の何枚かにサインをさせられ、呆然としているうちに、今後の説明を聞かされた。
そして、気付いた時には騎士団を辞めて、少ない荷物を持って馬車に揺られていた。
問答無用にも程があるだろ。
その後は完全に生活が変わった。公爵が持つ別邸に住み、何人もの教師によって教育を施され、使用人に世話され、いつの間にやら半年経っていた。
そして、初めて公爵の跡継ぎとして、社交の練習に連れて来られたのが今日の夜会だった。
勉強は意外と向いていたらしく、なんとか乗り切ってきたが、これには正直、心が折れるのを感じた。
「はー……貴族やめたい……」
ヒューゴは呟いた。
しかし、いくら辞めたいと思っても、辞められないのが貴族である。
すでに公爵は、ヒューゴを育てる為にかなりの金額を使っているし、今更、協力的な教師や使用人の期待を裏切れない。
ヒューゴはテラスの手すりに頭をつけて項垂れた。
ため息を吐いて、腕時計で時間を確認する。
まだほとんど時間は経っていない。
「散歩でもして、気分転換するか」
ヒューゴは、騎士時代からの習慣で、いまだに鍛錬を欠かしていない。運動は良いストレス発散になる。
テラスから降り、明かりの灯された幾何学庭園を歩き始めた。
2
静かな風で、草の葉が擦れる音の中に、サクサクと芝生を踏む足音がして、ヒューゴは薄っすらと目を開けた。
「ねえ、どこまでいくの?」
「このくらい離れれば大丈夫か……」
今度は男女の話し声が聞こえてくる。
ベンチに横になっていたヒューゴは、うんざりしながら腕時計を確認した。まだ眠り始めて十分程度しか経っていない。
気分転換に庭を三周した後、仮眠しようかと、屋敷から一番離れたベンチに横になっていたのだ。
人目につかない、いい場所を見つけたと思ったのだが、どうやら逢引きの絶好のスポットだったらしい。
足音が近くで止まり、ボソボソと会話が聞こえはじめた。
「ねぇ、ここで?」
「すまない、君とはもっと堂々と付き合いたいのに」
「いいの、悲しまないで、バージル。あの女が邪魔をするんだもの。仕方ないわ」
「ああ、だが僕が愛しているのは君だけだ。ずっと離れないよ」
「うれしいっ」
どうやら隠れて付き合っているカップルらしい。
二人は、すぐそばにいるヒューゴの存在に気付かず、ちゅっちゅっとリップ音をさせ始めた。
うんざりしたが、今動いてカップルと鉢合わせするのも嫌だ。キスだけで去ってくれないだろうかと一縷の望みをかけて、しばらく様子を窺うが、結局二人は燃え上がり、モゾモゾと絡み合う音と、荒い呼吸が混ざり始めた。
どうやらこちらが、ここを去っていくしかなさそうだ。
ヒューゴは静かにベンチから起き上がり、周りを見回した。
植木の影にかろうじて二人の姿が確認できた。
ありがたいことに距離は離れていて、こちらに気付く様子はない。若いカップルで、服装から今日の夜会の客だとわかる。
二人は見られている事にも気づかず、熱烈に唇を絡み合わせていた。
今なら立ち上がっても気付きはしないだろうと移動を始める。思った通り、カップルの声が激しくなって、ヒューゴの足音を消してくれた。
「あっ……あんっ……」
「はぁっ……うう、リノ……」
庶民も貴族も盛った時は一緒だな。
そんな事を思いながら、くるりと踵をかえす。
視界に突然、人が現れた。
振り返った場所に頭一つ分小さい人がいて、気付いた瞬間には、当たって、相手を弾き飛ばしそうになっていた。
「わっ!」
「キャッ!」
ヒューゴは慌てて相手を掴み、抱き寄せた。そうやって倒れるのを防ぐと、ぽよんと、柔らかい膨らみが二つ、体に押しつけられた感触がした。
「んむっ!」
相手の顔がヒューゴの胸にぶつかり、揺れた髪の毛から、ふわっといい匂いが香る。
抱き寄せたのは女だった。
「すいません! つい驚いて!」
ヒューゴは慌てて手を離し、距離をとった。
薄暗くてよくは見えないが、相手は若い令嬢で、相手もこちらを見ていた。
「悪気はないんです、大丈夫ですか」
謝ると、目の前とは違う方向から、抑えきれない声が上がる。
「あぐっんっ、いいの、ああ、もっとして。バージル、いい、イクッ」
「っぐっ、リノ……いいぞ、ああっ……」
ヒューゴは頭が真っ白になった。
サワサワと心地良い夜風が通り過ぎて木の葉を揺らすのと同時に、パンパンという肌がぶつかる音と、それに呼応した男女の呻き声が連続して聞こえる。
あまりに気まずかった。
「とりあえず、移動しませんか」
小声で尋ねると、相手も頷き、つかず離れずで移動した。
行為の叫びが気にならないくらい離れると、足を止めて再び話しかけた。
「さっきは押さえつけてしまって、すみません」
「いいわ。私も、驚いて大声を出しそうだったから」
彼女が振り返って答える。
外灯が近くなり、彼女の容姿が初めて見えた。
若い令嬢で、年齢はたぶん十七、八。
髪型はツインテールで、髪色はピンク色だった。
顔は美人で少し童顔。気が強そうに見えるが、そこがまた魅力的でもあり、子供っぽく見えるはずのツインテールがよく似合っている。
胸が大きく、尻も大きい。腰は細い。大人の女の体だった。
さっき抱きしめた時に押しつけられた、柔らかい胸を思い出す。ぷにっとしていた。
この胸が自分に押しつけられていたのかと思うと、ヒューゴの股間は反応してしまいそうになった。
暗くてよかったと心から思う。
「ところであなた……あそこで何をしていたの? もしかして、あの令嬢の婚約者なの?」
「あの令嬢って?」
「だから、さっきのカップルの、女性の方の婚約者なの?」
「あそこでヤッてた? いや、まさか。ベンチでちょっと仮眠をしていただけです。目が覚めたらあの状態で」
「仮眠? それで、あとからあの人たちが来たのね」
「そうなんです。びっくりして……ああいうのって、夜会ではよくあることなんですか?」
「どうかしら……他はわからないけど、あの二人は数回……」
答えながら、呟く声がだんだん小さくなる。それと同時に顔が赤くなっていた。
「別に、いつも覗いてるわけではないからね! 私はちょっと、確認したいことがあっただけで…」
「いや何も言ってないですけど」
誰でも知っているくらいあの二人の行為は有名なのかと思ったのだが、本当に覗いていたのだろうか。
などと考えていたら、顔を訝しげに見られていた。
「あなたこそ、夜会なのにあんなところで仮眠なんて、どういうつもりなの?」
「ちょっと疲れてしまって。夜会は初めてだったので」
「初めて?」
彼女はヒューゴの顔を覗き込んだ。
「そうなの、確かに見ない顔ね……私はセシルよ」
「俺はヒューゴです」
ヒューゴが自己紹介すると、セシルが不思議そうな顔で眺めてきた。
「どうしましたか?」
「いいえ、何でも。もういいから、屋敷に戻りましょ」
セシルは自然な動きでヒューゴの肘に手を回した。
ヒューゴはちょっとびっくりしたが、貴族の男女が歩いている時の一般的な触れ方なので、過剰反応しないことにした。
少し歩くと、セシルがポツリと呟く。
「あの人たち、あんなことして痛くないのかしら」
「あんなこと?」
「あの二人がしてたこと」
そう言って、カップルのいた方に視線を向ける。
「……さあ、痛くないんじゃないですか?」
ヒューゴはできるだけ平坦に答えた。
「知らないの?」
「女じゃないんで」
「そういう意味じゃないわよ、相手の女性が……なんて言うの? したことあるんでしょ?」
セシルが恥ずかしそうに質問した。
「まだ経験した事がないんで、わからないです」
「え、男なのに?」
セシルが驚いた顔をする。そんなに、経験者の知り合いが多いのだろうか。
「まあ、機会がなくて」
「……ふうん」
セシルはしばらく黙ったが、屋敷に近いてくると、また口を開いた。
「……ねえ、あなた、本当に私のこと知らないの……?」
ヒューゴはその質問に首を傾げた。有名人なのだろうか。
「ええっと……すみません。まだ貴族名鑑までは暗記できてなくて」
「じゃあ……あなた、上京したばかりの田舎貴族って感じなの?」
セシルがじっとヒューゴを見上げながら聞く。
ヒューゴはどう答えるか考えて、結局適当に流すことにした。
「まあ、似たようなものかな」
「次に出る夜会は決まってるの?」
と、セシルが訊く。
ヒューゴの貴族教育は、まさに今が追い込みの時期で、数週間後に通うことになっている貴族学校に間に合わせなければならない。今日は、公爵の家族と外で顔を合わせるために来ただけで、まだのびのび遊べるような身分ではなかった。
だから、次にこういう会に出るのは、きっとずっと先になる。
「忙しいので、しばらくは出ないと思います」
「そうなのね」
ヒューゴの返事を聞いて、セシルが少し考えこんだ。
それから思い切ったようにヒューゴを見上げる。
「ねえ、お願いがあるの。聞いてくれない?」
魅力的な顔がヒューゴの顔を見上げる。
甘えるのに慣れているのかもしれない。
こんな顔でお願いされたら、大抵の男では断るのは至難の業だろう。
「なんですか?」
「聞いたら絶対叶えてくれる?」
「あー……まあ、借金とかでなければ」
ヒューゴは少し考えたが、特に悪いことなど起こらないだろうと頷いた。
「じゃあ言うわね」
「はい」
「私とセックスして欲しいの」