羅刹鬼4 リリスの囁き

著者: 赤だし滑子

電子版配信日:2025/05/23

電子版定価:990円(税込)

自由の身となった羅刹鬼・ジェヴォーダン、その憎悪の炎は尽きない。
戦場で裏切った人間への復讐、生物兵器に改造したエイリアンへの報復。
愛しのタイターニア&保護したフェリスと隠れ家に潜み、強襲の時を窺う。
その傍ら、フェリス返還のため、彼女の友達・リディアの家に電撃登場!
復讐鬼を懐柔しようとする娘達による、混浴ハーレムのご奉仕がスタート!
一方、アビゲイルはジェヴォーダンの謎の過去を探りに単独潜入へ……
真の仇敵はいまだ闇の中。SFダークファンタジー、混迷の第四巻!

目次

第二部 獣の帰還

第一章 犠牲者第一号

第二章 初夜

第三章 仲裁できないブッチャー

第四章 手紙

第五章 行動方針

第六章 女子会

第七章 みっつの願い

第八章 対決ドラゴン娘

第九章 現地妻

第十章 尋問エルフ娘

第十一章 お別れ

第十二章 魔女と死神

特別書き下ろし 邪神

本編の一部を立読み

第二部 獣の帰還
第一章 犠牲者第一号



 ひと組の男女が、じゃれ合いながら歩いていた。
「――……もー、あっはははっ! やめてよ、ショーン!」
 ショーンと呼ばれた若い男が、女の肩に腕を回して得意げに言った。
「それでさ、俺がガツンと言ってやったんだよ。お前みたいなエテ公顔には、フォックスのゴリラ女がお似合いだって! 年がら年中、朝から晩まで、連中と一緒になって虫でも食って、森の中で|盛《さか》ってろよってな!」
「えー、いくらフォックスでも虫は食べないでしょ……」
 女は顔をしかめた。
 するとショーンは「いや」と声に力をこめて続ける。
「食うんだよ、あいつら……帰還したやつの口からバッタの脚が出てたなんて、そこら中で聞く噂なんだ。フォックスなんて、帰ってくれば汚ねぇわ、臭いわ、頭イカれてるわで、まともな連中じゃねぇのさ。なんかもう人間やめてるって話だぜ。ほら、これ見ろよ」
 彼は自分のあごを指差した。
「ひと月くらい前に、スラムで乱闘があったときに、たまたま通りかかったんだけどよ。とばっちりでぶん殴られたんだ。あとで知ったんだが、俺を殴った女は〈|狂犬《きょうけん》〉とか呼ばれてるフォックスの〈|二つ名持ち《ネームド》〉だったんだよ」
 そこには小さな傷痕が数本残されていた。
 女はその傷を指でなぞって心配そうな声を漏らした。
「まだ|痕《あと》が残ってる。結構深い傷じゃない?」
「ああ。悔しいが、しばらく立ち上がれなくてな……頬骨にひびが入った。あれは完全に男の|拳《こぶし》だったわ。他にもフォックスのネームドは、みんなバケもんらしいぜ。今言った狂犬に、〈|三《み》ツ目〉、〈|布袋《ほてい》〉、〈|黒貂《くろてん》〉と〈|白貂《しろてん》〉……それから、昔は別格でヤベえ奴もいたって話だな」
「へー、どんなの?」
「なんだったかな……何年も前の話だ。確か、以前のフォックスの隊長が〈|人狼《じんろう》〉とかいう二つ名で呼ばれてたはずだ。細身なのに、自分よりもひと回り以上もでかい大男を腕一本でねじ伏せたり、拳銃でライフルの距離を当てたりと、マジでヤバイやつだったらしくてさ。エイリアンと素手で殴り合って勝ったところを見た、なんて、まことしやかに語られてたんだとか」
「そんなの、もうアニメの世界じゃん。信じる人いるの?」
「だろ? まぁ、噂だから尾ひれがついてるとは思うんだけどな」と言い切ってから、ショーンは「ああ……あと、もう一人……」と、あごの傷を撫でて神妙そうな顔つきになった。目を閉じて、記憶が喉元に引っかかったまま出てこない不快感にうめいている。
「うーん……|死《しに》|神《がみ》……? みたいな、物々しい二つ名だったような」
「死神って……めちゃくちゃエイリアン殺してくれそうでいいね」
「それがな、そいつの近くにいると敵味方関係なく死ぬ、っていうんで、そんな感じの名前で呼ばれてたらしいぜ」
「ううーん。ありがたいような、迷惑なような……」
 女は苦笑してから、ふと気がついた様子で首をひねった。
「それにしても、フォックスってネームド多くない?」
「それもそのはず……」
 演技臭く声をひそめるショーン。
「――どうも連中、人間やめるために、あえて率先してヤク漬けになってるって噂だ。そのせいで、どいつもこいつも怪物じみた強さなんだとよ。モンスター生産所なんだ、あそこは。どっちがエイリアンなのか分からねぇよ。あいつらには、犬みたいに戦場を駆け回ってもらって、一匹でも多くのエイリアンを道連れに、そのまま人知れずどっかで、おっ|死《ち》んでもらえれば、フォートはみんな幸せだ」
「さすがにひどくない? フォックスが命がけで前線をかき回してくれなきゃ、ブラボーもデルタも生きて帰ってこれないって言われてるのに」
「フォックスに所属してる連中なんて、問題ばっかり起こして、どこの部隊からもさじを投げられた奴とか、カジノで身を持ち崩した奴とか、犯罪でフォート追放処分を食らった奴とか、親無し子で|拠《よ》り所もない奴とか、そういう世間の鼻つまみものばっかりさ。それでいいんだよ」
「でも、ちょっと分かるかも。私もときどき見かけるけど、あそこの隊員って、みんな目つきが気持ち悪い。なんか、分かり合えない感じっていうのかな」
「ああ。もはや人じゃねーんだ。人間なら誰しも嫌がる仕事を率先してやりやがる。黒い裏の仕事まで手がけてるっていう噂もある。薬漬けになってでもフォートにしがみつく、まさに餌に釣られて走り回るだけのプライドを捨てた|狗《いぬ》どもさ――――でもな、あいつら大真面目に自分のことをプロだって言い張るんだぜ、笑えるだろ」
「ふふふ……プロって。いつの時代の人たちよ」
 コンクリート剥き出しのホールに、二人の話し声がわんわんと響いていた。
 ここは〈フォート88〉と呼ばれる要塞都市にある、大きな地下倉庫だ。
 天井は高く、仕切りのない大空間にさまざまな木箱が整理されて積まれている。
 この倉庫は重砲などの弾薬庫となっており、平時における人の出入りは少ない。フォートがエイリアンに襲われない限りは、訓練用の弾丸が定期的に出し入れされるだけの、普段は滅多に人の訪れない空間でもあった。
 彼らはフォートの主要防衛隊〈アルファチーム〉の兵士であり、この倉庫から|人気《ひとけ》がまったく消え去ってしまう時間帯をよく知っていた。だから、こうして二人でアルコールを飲んだ日の帰りに、こっそりとアバンチュール気分を楽しみに来るのが、お決まりのデートコースになっていたのだ。
 ショーンが熱っぽい目つきになって女の肩を押した。
 カシャン……と頼りない音を立てて、フェンスが女の背中を支える形になる。
「――あんっ、ちょっと……」
「な、いいだろ……ローラ?」
「せめて、もうちょっと隅に行こうよ……」
 ローラと呼ばれた女は恥ずかしそうに顔を背け、身じろぎした。
「今日はど真ん中で……な?」
「でもぉ……人が来たらヤバくない?」
「大丈夫、大丈夫。結局、いつも誰も来ないだろ? ここはさ、いろいろあって監視カメラも切れてるって言ったろ。非常時でもない夜に、こんなところまで、わざわざ顔を出すやつなんていねぇよ――」
 酒気を帯びた息を吐きかけながら、ローラの脂肪を服の上からこね回した。
「恥ずかしいってば……」
「服は着たままでいいよ。俺が口ふさいどいてやるから」
 皮の厚い手が、女のズボンに滑り込んでいく。同時に、もう片方の手でシャツを引っ張り出して、乱暴にローラの素肌をまさぐった。
 白い布地の下で、胸の位置がモゾモゾと卑猥に|蠢《うごめ》き回った。ショーンがローラの首に鼻を押しつけ、汗まじりのフェロモンを胸いっぱいに吸い込むと、彼の男性器は女のぬくもりを求めて猛り、彼女の太ももをこすり上げた。
「――うん、もぉ……」
 彼女は小さく抗議の声を上げつつも、ショーンが自分に夢中となっている事実に、胸の奥から喜びがこみ上げてくるのを感じていた。微笑を浮かべ、胸の谷間に沈み込んだ男の頭を両手で抱え込んで撫で回していると、鼓動は早まり、すぐに口の中が湿ってきた。
 ローラは唇を舐めた。
「一回だけだから――?」
 そのときだった。
 少し離れた場所に立つ人影に気がついたのは。
 スキンヘッドの男だ。
 見たことのない顔だが、微動だにせず、生気のない表情を浮かべて立ち尽くしている。倉庫の床に落ちるスポットライトの下からジーッと二人を眺めるその顔には、不自然なほど濃い影がかかっていた。不気味だった。
「――ッ! 誰!?」
 目を見張り、警戒の声を上げたローラ。
「――なに?」
 ショーンもまた、その声に釣られて振り返る。
 スキンヘッドの男はのしのしと気怠そうな動きで、しかし同時に、どういうわけか異様なほど静かな足取りで二人に歩み寄ってきた。足音がなく、亡霊かなにかを連想させる。その強烈な違和感に、ショーンは全身に得体の知れない悪寒が走り抜けるのを感じた。
「お、おい……止まれ!」
 ショーンは制止の声を上げて一歩前に出た。
 スキンヘッドの男と距離が詰まる。
 直後、パキンと乾いた音が鳴った。
「?」
 ショーンは呆気に取られて自分の腕を見下ろした。
 スキンヘッドの男に向けて差し出した腕が、プラプラと不自然に揺れていた。
 身体に染みついた兵士の本能が、すぐに自分の状態を把握した。
 上腕骨から折れている。
 腕を、へし折られた。
「――――ッッ!!」
 ぞわりとした|怖気《おぞけ》が首筋を駆け上がった。
 彼は反射的に男を突き飛ばそうとして、もう片方の腕を振り上げたが、その腕もまたパキンと乾いた音を残して、へし折られてしまった。
 両腕から急膨張してくる激痛に、ショーンの酒気が一瞬で抜けた。
「ぐ……がああああああああああああッ!?」
 ふらつき、数歩だけ後じさりした。
 ショーンが痛みをこらえて見上げると、スキンヘッドの男が自分自身の顔に手をかけているのが目に入った。
 ペリペリ……と、小気味いい音を上げて|顔《・》|が《・》|む《・》|け《・》|て《・》|い《・》|く《・》。
 男の顔が、まるで美容パックを剥ぐようにして、いとも簡単に剥離していった。
 二人はその様子を茫然と見守るほかない。
「え? え? え? え?」
 ローラの動転した声。
 忽然と姿を現したのは巨漢だった。
 まるで瞬間移動してきたかのように、先ほどまでいたはずのスキンヘッドの男にかわって、大柄な人影がその場に仁王立ちになっている。
 薄汚れた前掛けからのぞく皮膚は灰色で、斑点が散っていて毒々しい。
 歯茎剥き出しの口。そげた鼻。そして、真っ赤なガラス玉のような眼球。
 その|悍《おぞ》ましい姿を知らぬ兵士などいない。
 ドラゴン、ゴーレム、悪魔、魔獣と並んで人類に恐怖される忌まわしき怪物。
「ブッち――――ぐッ!」
 ショーンがその正体を口に出そうとしたときにはすでに、怪物の大きな手が彼の顔面を握りしめていた。
 頭蓋骨ごと潰されそうな握力で掲げ上げられた直後に、堅いコンクリートの床に叩きつけられてしまう。
「う゛っ、ごぉ――」
 ショーンの背中を不穏な痺れが駆け抜けた。
 肺の空気が鼻から絞り出されていく感覚に、溺れそうになる。
 どこか遠いところで、ドシャッと湿った音を聞いた。
 ほとんど同時に、骨を伝って鈍い破砕音が鼓膜を揺らした。
 全身を駆け巡る激痛に、無意識のうちに背中が海老反りとなる。
 ――右の|大腿《だいたい》を踏み潰された。
 にわかにショーンは理解した。
 自分は死ぬ。
「――に、げろ……! ローラ、逃げろ!! 逃げてブッチャーがでがああああぁ……」
 もう片方の大腿も踏み潰されて、しわくちゃにした顔から声にならない悲鳴を上げた。
 そうして無残にも四肢を失った彼を置き去りにして、ローラはすでに走っていた。二人はそれなりに経験を積んだ兵士だったのだ。緊急時には、頭よりも先に身体が動くほどに。
(|逞《たくま》しい女だぜ……)
 即座に見捨てられたことと、彼女が見事な判断を見せたことで、ショーンは寂しさと頼もしさが入り交じる複雑な気持ちになっていた。
 彼の胸に、彼女を非難する気持ちはこれっぽっちもない。むしろ誇らしかった。
 ニヤリと笑った彼を尻目に、ブッチャーが一歩前に出た。
 ブッチャーの裸足がコンクリートの床を踏みしめる。
 瀕死のショーンを置いて、逃げるローラにターゲットを移したのだ。
 ――新兵に、真っ先に叩き込まれる教えがある。
 空にドラゴンを見かけたなら、しっぽを巻いて逃げろ。
 平地で幻獣やゴーレムと出くわしたなら、一目散に逃げろ。
 悪魔に捕まったなら、すぐに自決しろ。
 森や街でブッチャーと対峙してしまったならば――――諦めろ。
 重機関銃をはね返す耐久度。コンクリートすらぶち破る怪力。見かけによらない走力。ひとつひとつの要素も凶悪だったが、それらが大きなクマ程度の肉体に凝縮されているのが何よりも悪夢だった。
 空を飛んでいればレーダーに映る。図体が大きければ足音が必ず聞こえる。遠くからその存在を発見することも容易だ。
 だがしかし、ブッチャーは音もなく静かに近づいてくる。
 森の中を、あるいは街の中を。木の陰から、通路の暗がりから。マンホールから出てくることや、天井をぶち抜いて降ってくることさえ。
 予想外の場所から突然現れる。まるで徘徊老人のように、その行動は不可解きわまりなく、まったく予想がつかない。人間の兵士が、ばったりと道の曲がり角で出くわしてしまえば、その先は言うまでもない。
 ブッチャーが特に猛威を振るうのは狭い閉鎖空間だ。
 視界が通る平野であれば、ドラゴンが相手でも、ゴーレムが相手でも、もちろんブッチャーを相手にしても、人類は高火力の兵器を用いてなんとか対抗できる。
 しかし森や市街地、建物の中など、重火器の運用が制限される場所で遭遇すれば、兵士が携行する小火器程度では手も足も出ない。クマから走って逃げ切るのが不可能であるのと同じことで、人類が走ってブッチャーから逃げおおせるのは不可能なのだ。
 生き残るには、バラバラに散って個別に逃走するしかない。自分以外の誰かが犠牲となり、時間を稼いでくれることを祈って。こんな地下倉庫のような閉鎖空間で、ブッチャーの赤い眼球に目をつけられてしまえば、生存は絶望的だ。
「は、走れ……ローラ……」
 今まさにブッチャーから走って逃げるローラの命は、風前の灯火かと思われた。
 だが彼女はショーンの予想を上回る機転を見せた。
 遠くに見えていた倉庫の出口ではなく、近くのドアに飛び込んだのだ。
 重々しくて頑丈そうな扉が、プシューッと頼もしい音を立てて閉まっていく。
 あれは、爆薬庫だ。
 C4爆薬などの、炸薬系の兵器を始めとする危険物が収められている強化部屋で、非常に強固な造りとなっている。それこそ、ドラゴンのブレスの直撃にも耐えられるほどの特注製。いくらブッチャーでも、あの部屋のドアを腕力だけで破るのは無理だ。ショーンはそう安堵し、彼女の機転に心の底から称賛を送った。
(これでいい……)
 爆薬庫の中には連絡用の電話器がある。
 使用には認証カードが必要だが、ローラはバッグの中に携帯しているはずだ。彼女は見かけによらず真面目な女なのだ。非番でも常在戦場を心がけている。それでブッチャーの進入を本部に連絡できれば、兵士の義務は果たせたことになる。
 自分は死ぬが――ピッピッピッ――彼女は生き残る。なぁに、兵士の人生なんてそんなものだ。できればあの女をもっと抱きた――ピッピッピッ――かったが……いや、ひょっとしたらもう自分の子供を孕んでいて、自分が死んだあと、悲劇の子供として――ピッピッピッ――。
 プシューッ。
「……は?」
「……え?」
 ショーンが瞠目して見つめる先で、爆薬庫の扉が開いた。
 ローラは爆薬庫の中で受話器に手をかけたまま、目が点になっていた。
 のしのしと、ブッチャーが気楽そうな足取りで倉庫の中へと入っていく。
「――し、し、ショーン……」
 プシューッと音を立てて再びドアが閉まる直前、ショーンの目に映ったのはカタカタと震え出すローラの青い顔だった。
「……は?」
 頭の中が真っ白になった。
 シンッとなった地下倉庫の床に取り残されて、疑問が嵐のように押し寄せてくる。
(――なんで?)
(なんで扉が開いた?)
(ピッピッピッって……まさか暗証番号を入力してたのか?)
(ブッチャーが?)
(頭が悪いと有名なブッチャーが?)
(そもそも、どうして暗証番号を――)
(知らせなくては)
(ローラ……!)
 ショーンは這う。
 両手両足を潰されてもなお、芋虫のように。
 床に叩きつけられたときに背骨をやられた。下半身に感覚がない。|土嚢《どのう》を引きずっているかのようだった。身をよじるだけで巻き起こる|痛酷《つうこく》の嵐は、想像を絶するものがあった。兵士として長年修羅場をくぐった彼でさえも声を我慢できない。全身から力が抜けるほどの痛みだ。
 それでもショーンは床を這う。
 あごを前に突き出し、首の力を駆使しながら。まだ動く部位を総動員し、もう動かなくなった下半身をズリズリと引きずって。前へ。
 目的地は爆薬庫の扉だ。
 混乱の極みにあって、なおも彼の頭に残ったのは、愛する女の元に駆けつけようとする雄の本能だった。
「ロぉ……らぁ……!」
 ショーンのかすれたうめき声は、地下倉庫の静寂に押し潰されてひどく弱々しく響いた。
 ――時が、どれほど流れたのか。
 ショーンの血痕はいまだに数メートルしか伸びていなかった。だがしかし、彼はしゃくとり虫の動きをやめようとはしない。不気味なほどの静けさを放射する、あの扉に向かって這い進む。
「ぉぉおおお……らぁぁぁ――」
 そのとき。
 ショーンの|慟哭《どうこく》に応えるかのようにして、扉がプシューッと音を立てて開いた。
「――――ひぎっ! ひぎっ! ひぎっ――ぁぐ、ぁっ! あ゛あ゛ッ!!」
 色めいた悲鳴。
 ローラは大股を開かされ、背後から暴力的に突き上げられていた。
 衣服は乱暴に引き千切られ、その裸体に残された|端布《はぎれ》は白濁液でずぶ濡れとなっていた。眼球は薄い膜を張ったように光を失い、その口からは、まるでボリュームを上げすぎて割れたスピーカーの音のような喘ぎ声が、とめどなく吐き出されてくる。
「――あ゛あ゛ッ!! だめぇ! また、またイグッ!? イグッ! イグッ! インングッ!! イっっっグッ!! イッぢゃうぅ!! だめぁ……ぁぁあああ゛あ゛あ゛――――ッッッ!!」
 ローラが潮を吹き上げて、ガクガクと全身を揺らす。
 その様子を見せつけるようにして、ブッチャーが彼女を後ろから抱きかかえたまま歩み出した。グロテスクな生殖器が、がに股に開いた脚の中心に突き刺さってビクンビクンと力強く脈動している。
「あが…………あ゛……あ゛……あ゛……ぁぁ……」
 ローラが膣内射精を受けているのだと理解できたのは、彼女の下腹部がゆっくりと膨らんでいくことに気がついたからだった。彼女はヘソ付近の腹肉をキュウキュウと上下に痙攣させて、それを受け続けていた。
「う゛……う゛……ぅぁ……ぁぁ……ぁぁ……」
 やがて彼女の大声は途絶え、か細い悲鳴が残された。
 ショーンの悪夢は終わらない。
 次に彼はその目を疑うことになる。
 ローラの秘裂をめくり上げながら、ズルズルと抜け始めたブッチャーのペニスが子供の腕ほどの太さがあったからだ。
 しかもそれはズルズル、ズルズルと彼女の中から引き出され続け、一向にすべて抜ける気配がない。ローラは涎をこぼしたまま、恍惚の表情でなすがままになっていた。
 ようやくブチュリと音を立てて大きな亀頭が彼女の膣口から抜けると、|堰《せき》を切ったようにして白い液体がこぼれ出してきた。
 だばだばと噴き出した体液が、這いつくばるショーンの顔にかかった。
「ひぐッ――」
 まるで子供が遊び飽きた人形を捨てるかのように、ブッチャーはローラを放り出した。
 這いつくばるショーンは、すぐ隣で倒れたまま動けない彼女と見つめ合う形になった。ビクンビクンと継続的に全身を跳ねさせて、凌辱の余韻に浸る彼女の顔には、ショーンも見たことがないような、だらしない表情が浮かんでいた。
「……」
 彼は声を出せなかった。
 声をかけたらたちまちに、決定的な何かが壊れてしまいそうで。
 ふと、ローラの顔に|黝《あおぐろ》いブッチャーの舌が伸びた。
「や、やめ……! やめてくれ……!」
 ショーンは彼女の凄惨な死を覚悟した。ブッチャーは人間を生きたまま食うのだ。兵士の間では有名な話だった。
 しかし次の瞬間、彼は息を呑むことになった。
「あ……あむ……ジュブ……ジュブ……はむ……」
 ローラが自らブッチャーの舌をしゃぶり始めたからだ。
 彼女はベッドの上でショーンの男根をそうするように――あるいはそれよりも情熱的に、ブッチャーの舌に愛撫をくれている。
 黝い肉塊を手でしごき、ベロを必死に突き出して、それを喉の奥まで送り込んでいく。
 ――正気じゃない。
 その小さな確信は、むしろショーンに安堵をもたらした。それと同時に、あの爆薬庫の密室で行われていたであろう、壮絶な行為に考えを巡らせると、胃がねじ切れそうな思いにも襲われた。
 そんな彼の心中をよそに、ブッチャーはローラの裸体に覆い被さった。
 石をも握り潰せそうな怪物の手が、ローラの頭部を上から押さえ込む。
「ぐ……ぐぁ……い……」
 ブッチャーが指で彼女の頭をトントンとリズミカルに叩く。
「……はぃ……いい、ます……」
「……?」
 ショーンが訝しげに眉をひそめた。ローラはそんな彼の顔に向けて言った。
「……ブッチャーのち×ぽ……いい……」
「ローラ……?」
「今までのち×ぽの中で、一番……すごい……ぐぁ、はぃ! 言いますからぁ! 今まで抱かれたどんなち×ぽよりも逞しくて、気持ちいいです! 太くて、熱くて、硬くて……あぁ、見ないで、ショーン……気持ちいいところ全部いっぺんに犯されて頭バカになるぅ♡」
「……」
「はぃ……欲しい……♡ です……ッ! ブッチャーのち×ぽ……一番奥まで♡ ……くださぃ!! あむ……」
 ローラはまた黝い舌に奉仕を始め、仰向けになって大股を開いた。
「ちゅぷ……♡ むぁ……はぁ、はぁ♡」
 虚ろな瞳は、膣穴に押し当てられている長大な肉の棒に釘付けだった。男女の体液で濡れそぼったそれは殺気でビクつき、湯気を上げている。彼女はそんな巨根を自らしごいて入り口へと誘導し、薄笑いを浮かべていた。自らブッチャーの生殖器を受け入れようとしているようにも見えた。
「……見て、ショーン……すごいの……このち×ぽ、すごい……♡ こんなのが、私の中に全部入っちゃうの……見て、ほらぁ……♡」
「ローラ……」
「はやくぅ……はやくちょうだぁぃ、そのすっごいのちょうだ――あっ♡ あ、あ、あぐぐ……ああ、あああああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛ッ♡」
 ショーンが見つめる先で、ブッチャーの生殖器が挿入された。
 それはほどなくして、すべてローラの膣内に収まった。
 ローラの股ぐらとブッチャーの股が隙間なく密着した。
 いかがわしく歪んだローラの顔が、上下に揺れ始める。
「ひっ、あ゛っ♡! あ゛っ♡! あ゛っ♡! あ゛っ♡! あ゛っ♡!」
 彼女はブッチャーの重い突き上げに合わせて腰を浮かせ、跳ね回る乳房の痛みに涙を流した。エクスタシーに満ちた切なげな表情が、怪物の責めを受け入れて笑顔に変わった。
 ブッチャーは満遍なく熟れた裸体を舐め回し、彼女を突き上げた。乳首を何度もねぶり、彼女の喉を締めつけ、耳穴をほじり、そして喉の奥へと舌を流し込む。ローラはそんな悍ましい愛撫に悶え、全身を絶え間なく痙攣させて悦びの声を上げた。
 やがてその行為は、人間性を捨て去った獣のセックスへと発展していった。
 ローラは野太い声でわめいた。
 そして獣の精を注がれるたびに、むせび泣いた。
 ケダモノの|熾烈《しれつ》なピストン運動は、彼女の脳細胞が焼き切れるまで続いた。
 ショーンは文字通り手も足も出ず、ただその隣で惨めな下等生物めいて身をよじるだけであった。
 彼女の尻の下に白濁とした池が広がる頃、|孔《あな》を変えたブッチャーの凌辱劇はそのテンポを上げた。
 ショーンは額を床にぶつけ、目を閉じた。
 しかし、ふさぐことも許されない彼の耳には、地下倉庫に反響するローラの吠え声と、ブッチャーの雄叫びが聞こえ続けている。
 まぶたの闇で、人間性の惨殺が繰り広げられていた。
 彼は神を呪った。
「もうだ――ン゛ッ! ゆるしお゛っ♡ お゛っ♡ お゛っ♡ お゛っ♡ お゛っ♡ お゛っ♡ お゛ほっ♡ ――あぎッ♡ ぎぃッ♡ ひっ、ひっ、ひっ、ひっ、ひっ、ひっ、ひっ、ひっ、ヒイィィィ――ッッッ? し、ぬッ! しんんんんん゛っ! じぁ、じゃぁぁぁ――ッあ゛……あ゛、あ゛、あ゛、あ゛、あ゛、あ゛――――ッッッ♡ ――――――がッッッ!?」

 この日、フォート88で男女の失踪事件が起きた。
 彼らが最後に目撃された場所を中心に捜索が行われたが、行方はついに掴めず。
 ただ、地下倉庫に残された、おびただしい量の血液と体液の残滓から、集団による暴行殺人事件が疑われたのだが、そこにあるべき遺体も、容疑者も不明のままだった。
 失踪後とみられる夜の時間帯に、当のショーンがフォートのスラム街で目撃されたという謎の証言が、捜査に当たった警部マクラーレンの頭をさらに悩ませ、結局、事件は迷宮入りとなる。
 初雪が降ったクリスマス・イブの出来事だった。
【アルファ・チーム】
 フォート88には専門部隊がいくつもある。アルファはそのひとつであり、主に都市の防衛任務に就いている。能力的には中の下にあたる兵士が選ばれる。数をそろえることが重要なためにそうなっているが、憲兵的な性質も持つために他のチームからは煙たがられている。
第二章 初夜



 ――んん~~~……。
 ――グチョ、グチョ……。
 ――はぁ……あぁん……。
 ――ピチャ、ピチャ……グチョ……グチョ……。
 響くのは女の声と、湿った音。
 |鬱《うっ》|蒼《そう》とした森の中。
 照らすのは月明かり。
 木々の合間に張られた、巨大な四角い白い布。
 その上で重なり、まぐわう女とケダモノ。
 黒髪の女が、僕に組み敷かれて|艶然《えんぜん》と喘ぎ声を上げていた。
 彼女は長い黒髪を白いハンモックに広げて、僕というケダモノに犯されている。
「ジェヴォーダン……」
 恍惚とした響きが、僕の鼓膜をくすぐった。
 ――タイターニア……ッ!!
 その名を、ありったけの大声で叫んだ。
 射精管が焼けた。
 背筋を駆け上がる解放感に任せて、彼女の奥深くに解き放つ。
「――ッ! ぁあああああああああ~~~~~~~~~ッ!!」
 獣の雄叫びと、女の悲鳴が混じり合って夜空に消えていった。
 何度目の射精かも分からない。
 それでも彼女はぐーっと尻を持ち上げ、僕の根元にピッタリと陰唇を押しつけながら膣をキュウキュウと締めつけてくれた。
 こうして毎回欠かさずに、僕の射精を優しく促してくれるんだ。だから僕は何もしなくていい。ただ彼女が作り出してくれる気持ちいい運動に合わせて脱力していれば、それだけで腰が抜けるような快楽を味わえた。
「あ……あ……あぁ……あぁ……♡」
 蕩けた美貌を眺めながら、肌をピタリと重ねて種を注ぎ込む幸福に集中した。
 艶めく黒髪に、立派な二本の巻き角。紫紺の瞳を縦に裂いた金色の瞳孔。小さな泣きぼくろ。端正な顔立ちの奥に、わずかに残された幼さがかわいらしい。
 彼女の濡れた眼球を見つめながら精を注入するたびに、僕と彼女の境界が徐々に曖昧になっていく。彼女の中に溶け込んでいく。そんな至福感があった。
 果てしない吐精の末に、やがて収まりきらなくなった精子が膣からこぼれ始める。それがなぜだか許せなくて、僕は意地になって彼女の|胎《はら》に新鮮な精を注ぎ込み続けた。
 ゼリー状の濁流で膣全体を刺激され続けるという至上の快楽に、彼女は溺れかけていた。濡れた瞳で僕を見つめて、許しを請うているようにも見えた。だから僕は射精したんだ。ドクドクと射精した。結果的に、それは勢いを増した奔流となって彼女に襲いかかった。タイターニアはあごを上げて、僕の背中に爪を立てた。
「ぁぁ……ぁん……ぃ……♡」
 彼女の目尻から、はらりと涙が落ちた。
 その雫を舐め取った。甘い。彼女の体液はすべて蜜のように甘いんだ。射精の最中、僕は彼女の赤く充血した顔から分泌するものならば、なんでも舌で綺麗にした。彼女の従順な下僕となる幸福を噛みしめて射精した。彼女の首に腕を回し、彼女の腰に腕を回して、その柔らかい肢体を抱きしめて射精した。至近距離で見つめ合い、その瞳の奥底に向けて射精し続けて、彼女にふさわしき伴侶は誰でもないこの僕であることを思い知らせた。
 やがて途方もない獣の激憤が収まると、歯を食いしばって耐えていたタイターニアの口から大きな吐息が漏れた。強張っていた身体の芯が弛緩して、水袋みたいにふにゃふにゃになる。
 僕も脱力して、その脂肪の海に沈み込んだ。
 お互いに呼吸を整える、気怠い時間が訪れた。
 タイターニアは処女だった。
 そんなはずはないのだけど、とにかく処女だったんだ。
 まさか処女だとは思っていなかったから、彼女の初体験は少し乱暴なものになってしまった。僕がそのことに気がついたのは、狂おしい初夜が始まってからだいぶ時間が経ち、僕が落ち着きを取り戻してきた頃だった。
 でも彼女は破瓜の痛みなど微塵も気にしたそぶりを見せず、股に散った小さな血の跡を指ですくい、いたずらっぽく笑ってくれた。
「――はっ! はっ、はっ、はぁ……はぁ……はぁ……」
 豊かな谷間に顔面をうずめると、彼女は僕の後頭部を優しく撫でてくれた。
 たわわな乳房が、乱れた呼吸に上下する。それを黝い舌で存分にねぶった。たっぷりとした脂肪に顔面を押しつけて、歯と舌を使って乳首を弄ぶ。幼稚な行為にも飽きがこない。彼女は僕を胸に抱いてあやしてくれて、僕はそんな彼女の愛情に甘え続けていた。
 この世でもっとも醜い怪物を相手にして、尽きることのないその性衝動を一心不乱に受け止める。母親の愛というものは、こういうことなのかも知れないと、生まれて初めて思った。
「んふ……♡」
 クスリという笑い声があって、僕の舌がつまみ上げられた。
「ちゅ」
 タイターニアは目を閉じて僕の黝い舌にキスをくれた。
 目を閉じた彼女の美貌が、僕の視界を埋め尽くした。
 僕はまぶたがないから、目を閉じられない。だからマナー違反とかは関係なく、彼女の至福のキス顔をゼロ距離から眺め続けられた。震えるまつげ。紅潮した頬。そして鼻息からは濃厚なフェロモンの匂い。彼女は僕とのキスに興奮していた。クチュクチュと、お互いの口の中で唾液を泡立てる共同作業に励んでいるだけで思考が溶けていくようだった。
「んぐ……はぁむ……れろ……あむ……」
 口の中で、生温かくぬめった舌が暴れている。僕がその舌裏を乱暴に舐め尽くすと、彼女は柔らかな唇を押しつけてより一層、舌を伸ばしてきた。そんな粘膜のプロレスに熱中していると、彼女の膣内でひと息ついていたはずの息子が、いつの間にか熱く膨れ上がっていた。
「んぐ……ちゅぱ……はっ……はっ……はっ……はっ……」
 タイターニアはボリュームのある舌を吐き出し、切なげな息づかいを僕の顔面に吐きかけることでセックスの継続を希望した。淫乱だった。
 僕は少し意地悪をしたくなって、腰をゆっくりと引いて逸物を抜いた。
 濡れた亀頭が姿を見せ、追ってドロリとこぼれ出した白濁液が彼女の尻を汚した。
「うっ、ん……♡」
 すると彼女はすぐに手を伸ばし、指先の感覚だけでペニスを探り当てると、それをしごきながら|誘《いざな》ってくれた。
 僕は求められていた。胸が満たされるようだった。彼女もまた、満たしてあげたいと思った。
「ふっ、ん゛っ……ん~~~~~~~~~ッ♡!!」
 フレッシュな挿入感に、タイターニアは背中を弓なりにしならせた。
 ふわふわとした彼女の膣肉を押しのけてひとつになるこの瞬間は、何度繰り返しても空前のエクスタシーを味わえた。
 そんな挿入感に浸っていると、やがて奥をトンッと小突く感覚があった。
「はぁん♡ はぁ……はぁ……はぁ……ぁぁ……ジェヴォーダン……♡」
 欲しい。
 タイターニアのすべてが。
 彼女を抱く腕に力をこめた。
「――……ッ!? あ~~~~~~~~~~~っ♡」
 むにゅっという抵抗感を抜けて、彼女の秘所へと進入した。
 このときの声が、僕は好きだ。
 二人がひとつになるこの瞬間の、この声が。
 今まで聞いたどんな声よりも、脳が溶ける。
 この声を聞くと、もう腰が止まらない。
「あ゛っ♡! あ゛っ♡! あ゛っ♡! あ゛っ♡! あ゛っ♡!」
 白いハンモックがまた、ユサユサと音を立てた。
 そのいかがわしいリズムに乗せて、タイターニアの独唱が夜空に響く。
 恥骨で繰り返しクリトリスを押し潰し、彼女を演奏し続けた。
「あ゛っ♡! あ゛っ♡! あ゛っ♡! はぁ、ん゛……#〒○▼〆、あ゛あ゛っ!」
 言葉は分からないけど、心は伝わってくる。
 限界みたいだけど、もうちょっと頑張ってね。
「☆◇△〓……☆◇△〓……ん゛あぁ……〆〒、〆▽#▽◎§●□!! あ゛っ……」
 何度も腰を打ちつけて、彼女のすべてを味わう。
 タイターニアとのセックスは、まほろば。桃源郷だった。
 もうこのまま腹上死してもいい。
 よがり声には艶があり、少女めいて瑞々しく、本当にかわいらしい。
「んあ゛っ! あ、ぐっ……♡!! んあ゛ぁっ♡! あ゛あ゛ッ♡! あ゛ッ――ッッ♡!!」
 タイターニアが突然イッた。
「ぁ、ぁぁ……ぁぁ……ぁぁ……♡」
 目をまん丸く見開き、愕然と口を開けた。喉の奥からは、かすれた声が絞り出されてくる。かなり深く絶頂しているようだ。そんなエロチックな表情を見つめながら、僕も深い満足感の中でありったけの精をぶちまけた。
 ドクッ! ドクッ! と、熱い|獣慾《じゅうよく》が音を立てて子宮に圧入されていく。
 それを彼女はあますことなく胎に収め、至福の笑みを浮かべた。虜の笑みだった。今の彼女には僕だけしか存在しておらず、僕もまた彼女のことしか考えられない。僕らは完全だった。
 不意に、腕の中でタイターニアの四肢が跳ねた。
 ビクンッ! ビクンッ! と、今までにないほどの強い反応。
 ひきつけを起こしている。なにごと?
 驚いて見ると、彼女の眼球がひっくり返っていて……気を失った?
 だ、大丈夫?
 ちょっとびっくり。
 呼吸を|診《み》た。
 ――よかった、息はある。
 働きづめだった肉棒を抜き取った。
 白濁液がだらしなく噴き出して、シーツの上にぬめった池を作った。
 タイターニアは|精《せい》|汚《お》に沈み、全身がザーメンまみれ。
 ピクピクと痙攣する、彼女の美しい痴態にしばし見入ってしまう。
 まだまだ足りない。
 でも彼女が限界だ。名残惜しいけれども仕方がない。
 僕は顔を上げ、周囲に視線を巡らせた。
 森だ。
 月明かりの夜。
 でも、どこだろう。
 記憶をたどっても、延々とタイターニアを犯しているシーンしか出てこない。
 ひたすら抱き続けていた。
 どれくらいの時間、注ぎ続けていたのか。
 放心する彼女の様子を見ると、かれこれ一日以上はまぐわっていたと思うけど。
 ――っていうか、このハンモックは何?
 上等なベッドシーツにも似た、きめの細かい布のよう。指で押してみると硬い弾力があって、僕が乗っても千切れない強度もあり、また同時に、僕らの体液をはじく耐水性もある。不思議な素材だ。その布は四隅を木々に引っかけられていて、まさしくハンモックにしか見えない。僕とタイターニアはこの四角く広がった白い布の上で、ふわふわと宙に浮いている状態だった。
 近くの森に気配を感じた。
 そこには|蜘蛛《くも》がいた。
 巨大な蜘蛛だ。
 乗用車ほどの大きさがある。木の脇でじっと身を屈め、感情の読めない目で僕を見つめていた。
 それだけではない。
 よく見ると、この不思議な|褥《しとね》を囲む木々の、その濃い闇の合間に、巨大な昆虫たちがひしめいていた。
 無機質な複眼の数々が、月光に照らされた僕らに静かな視線を注いでいる。
 おかげで僕とタイターニアの営みは、はたから見ると悪魔受胎ともいうべき邪悪な雰囲気に包まれていた。女に種を注ぐ悪魔と、悪魔の子を孕む生贄の女。それを|貴《とうと》げに見守る異形ども。ここはそんな空間だった。
 ――どうしようか、これ……。
 ようやく性欲の支配から抜け出した僕は、この状況から次に何をするべきかと、考えあぐねるのだった。
【ミフォーシス】
 異世界の名前。チキュウの対義語に当たる。チキュウの人間はホモサピエンス単独だが、ミフォーシスの人間にはさまざまな種族がいる。初めて異世界の景色を見たジェヴォーダンは、そこはチキュウよりもよっぽど綺麗な星だと思った。

続きを読む

電子版の購入

定価:990円(税込)

以下の書店でもお買い求めいただけます

電子版の購入

定価:990円(税込)

以下の書店でもお買い求めいただけます

本の購入

以下の書店でもお買い求めいただけます