夏を満喫して迎えた新学期、激動の文化祭期間に突入!
後夜祭で、僕がまさかの公開告白をする流れが決定!
最終日、二見小夜から卒業後の未来について打ち明けられ、
お泊まりエッチもしている南川雫と二見との間で揺れ動く僕。
告白大会の夜、皆が見守るなか、選ぶのは南川か二見か。
セフレ以上恋人未満な僕たちの関係に変化の時が。特典書き下ろし付き。
第一話 最強ヒロインの覚醒
第二話 波乱含みの朝
第三話 その目を知っている
第四話 エッチする予定は?
第五話 一人に四、五回ずつ
第六話 緊張と不安の解消法
第七話 僕の「今」をあげる
第八話 後夜祭
幕間 わたしが主役でいいんだ
書き下ろし 朝露が白く輝くころ
本編の一部を立読み
第一話 最強ヒロインの覚醒
僕、石野清明《いしのせいめい》がランニングからもどってくると、観音寺雛姫《かんのんじひなひめ》が制服のままソファで寝ていた。テーブルに紙が散らばっているところを見るに、文化祭の作業の途中でチカラ尽きたようだ。
猫のようにソファの上に丸まっている観音寺は、すやすやと規則正しい寝息を立てて気持ちがよさそうだ。
「ただいま……」
ちいさな声で観音寺にいちおう伝えるが、もちろん返事はない。
僕はベッドの上にたたんであったタオルケットを観音寺にかけ、シャワーを浴びに行く。シャワーを終えて、風呂場から出てきても、観音寺は寝ていた。生徒会に所属している観音寺は、ここ最近、文化祭の準備に忙殺されている。学園からちかい僕の部屋に泊まることも多く、合鍵も渡して自由に使ってもらっていた。
僕は眠っている観音寺の横にすわった。すぐそこに観音寺のちいさな顔がある。わずかに頬が緩み、なにやらいい夢を見ているようだ。
「石野くん……」
呼ばれたと思い、どきりとする。しかし観音寺に起きた様子はなく、寝言のようだ。
僕は観音寺の頭を撫でた。
「どんな夢、見てんだよ……」
茶色の髪が、ボサボサだ。校内を走りまわっていた観音寺だったが、放課後、僕の家に来てからもいろいろ作業をしていた。髪を整える時間もないのだろう。
明日から文化祭がはじまる。恵万《けいまん》学園の文化祭は四日間あり、明日からの二日間は授業も部活もなくなり、土日の本番にむけて最終準備を行う日だった。そして土日の二日間が文化祭の本番日となり、外部の人も大勢やってくる。
僕は叔母である石野風香《いしのふうか》さんを電話で誘っていた。風香さんは日曜日なら来られるかもしれないとのことだが、やはり忙しい人だ。当日までわからないと言っていた。ちなみに風香さんの会社『Clearness』の社員である篠塚さんのことを二見小夜《ふたみさよ》が誘っていて、日曜日に来るつもりらしい。風香さんが大丈夫なら篠塚さんと一緒に来るだろう。
「あ……石野くんだぁ」
観音寺が目をあけていた。頭を撫でられていることに気づき、くしゃりと笑ったが、次の瞬間には、がばりと起きあがる。
「わぁ! どれくらい寝てた!?」
「……さあ、でも一時間は寝てないんじゃないか」
目をぱちくりさせながら観音寺がスマホを手にする。時間を見て、ほっと溜息をつくと、テーブルに散らばった紙をかき集める。
「ご、ごめん、散らかしちゃって」
「……終わりそうか? 手伝うことがあれば言ってくれ」
首をふると、観音寺がまとめた紙の端をトントンと整えた。
「大丈夫。やることは全部終わってるの。ただ、わたしが不安なだけで、いろいろ確認してて」
「そうか。頑張ってるんだな……」
「明日からは、文化祭一色だからね」
「お疲れ様」
「ありがとう」
生徒会庶務である観音寺は文化祭でやることが多いようだった。僕のように園芸部のことだけを考えればいいのと違って、生徒会や文化祭実行委員の生徒は、文化祭全体を仕切らないといけない。
「なにか、飲むか?」
ききながら僕がソファから立ちあがると、観音寺が手を掴んできた。
「ん? どうした?」
「あ……えっと……」
僕の手を掴んだまま観音寺がちいさな声で言う。
「飲み物も欲しいけど、もうちょっとだけ……頭、撫でてくれるかな?」
「あ、ああ……」
「頑張っているわたしへのご褒美ってことで……」
起きたばかりの観音寺の目は、潤み、部屋の電気が反射してきらきらとしていた。
僕はソファにすわり直し、観音寺の頭へと手を伸ばしながら言った。
「これが褒美になるなら……」
「なるなる……」
ソファの上であぐらをかいた観音寺が、目をつむりそのときを待つ。髪に触れると、すこしだけ観音寺の肩にチカラが入ったのがわかる。しかし、すぐにそのチカラを抜くと腑抜けた声を出した。
「しゅわあわせだぁ……」
観音寺が目をあけ、頭を撫でる僕を見あげた。
しばらく目を合わせていると、観音寺が照れたように笑った。
「石野くんにもご褒美……あげようか?」
「僕に? なんで?」
正直、僕が観音寺にしてあげられることはあまりない。部屋を提供し、飲み物を用意してあげることくらいだ。
「いいから……わたしも、してあげたいの」
言って、観音寺はソファの上で四つん這いになると、すわっている僕のズボンを脱がそうと手を伸ばした。僕が腰をすこしあげると、観音寺がするするズボンとパンツを脱がしていった。
「ちっちゃいの可愛くて好きかも……」
勃起していない肉棒を見て観音寺が言った。
「大きいのは好きじゃないのか?」
「好きだよ。かっこいい!」
と、観音寺が肉棒を軽く握った。くにくに、と指をうごかして刺激を与えていく。
「あ、ちょっと大きくなってきたねぇ……」
肉棒が芯を持ち、どんどんと大きくなる。
観音寺は肉棒から手を離すと、ソファの上で正座した。ワイシャツのボタンをはずしていく。
「わたし、石野くんとエッチしてばっかりだね」
観音寺が言うように、ここ最近、僕と観音寺は毎日のようにセックスしていた。夏休みが終わってからというもの、僕の部屋に来る回数が一番多いのは観音寺だ。文化祭の準備で忙しい観音寺は、放課後、僕の部屋に来るとそのまま泊まっていくことも多々あった。
忙しい観音寺を思って、僕のほうから誘うことは遠慮していたが、観音寺のほうから積極的に僕を求めてきた。文化祭の準備と準備のあいだの一服といった感じで僕と交わる。
今日もまた、観音寺は積極的だった。
ボタンがはずされ、観音寺の薄い黄色のブラジャーが露わになる。大きな胸が、どうにかそのブラジャーにおさめられているといった感じだ。
耳に髪をかけると、観音寺は、口を大きくあけて前かがみになった。
「あむぅ……」
勃起した肉棒を咥えこむと、じゅじゅじゅと勢いよく吸いこんだ。慣れたもので、吸いこむと同時に先っぽを舌で刺激する。
僕は肉棒を咥える観音寺の頭を撫でて、快感に目をつむった。
「じゅぷぅ……んくぅ、ん。あちゅぅ……ちゅぷ、あむっ」
あまり激しくはないが、観音寺は夢中で顔を上下にうごかし、ちゅぽちゅぽとわざとのように音を立てる。
僕は観音寺のふっくらと柔らかい胸をゆっくりと揉んだ。あんッ、とときおり喘ぎ声を混ぜながら観音寺が一所懸命に肉棒を食みつづける。
観音寺の舌技にあっという間に射精感が高まり、そのことを伝えるために、僕はそのちいさな頭に触れた。察した観音寺が、さらに深く肉棒を口に入れる。僕の陰毛に唇を埋め、舌をべろべろうごかし、吸引して尿道を真空にした。
「あ、出るッ」
その瞬間、陰嚢に溜まった精液が外へとむかった。真空になっていた尿道を駆けあがり、観音寺の口の中へと発射される。どびゅっどびゅ。僕は体を震わせながら射精した。
「ちゅぅぅぅぅ……」
精液を最後まで吸いとる観音寺。ちゅぽんっ、と口から肉棒を出すと上体を起こした。そしてソファの上で正座すると、口をあけて僕へと見せた。
「んあぁ……」
大量の精液が、観音寺のちいさな口の中に溜まっていた。僕がうなずくと、観音寺が唇を閉じて、一瞬だけ眉をよせてから飲みこんだ。細く白い喉が、ごくりとうごいたのがわかった。
「今日もいっぱいだね……」
うれしそうに微笑んでから観音寺が言った。
「これなら、飲み物はいらないかも……」
ゆっくりとソファからおりると、観音寺がスカートの中に手を入れる。ブラジャーと同じ色の黄色いショーツを脱ぐと、ソファにすわったままの僕の上へと跨った。ゆっくりと腰をおろしていく観音寺。
「ごめんね、石野くん……」
「なにが?」
「わたしが、口でするのが好きだから……石野くんには、いつも二回出してもらうことになって。あッ」
僕の肉棒と観音寺の秘部が触れ合った。みちみち。観音寺の膣へと肉棒が埋まっていく。
「そ、そんなこと……僕としては、うれしいよ……」
「そう? んあッッ。は、早く、雫《しずく》ちゃんともまたできるといいね。わたしばっかりで、石野くんも飽きるでしょ」
半分ほど肉棒が観音寺へと挿入された。射精したばかりなのに、肉棒は固く勃起したままだ。
「べつに飽きはしないけど……南川《みなみかわ》には会いたいな……」
「うん。わたしも、雫ちゃんに会いたい……」
肉棒のすべてを受け入れると、観音寺が火照った顔で告げた。
「あッ、んんッ……あ、明日だよね……雫ちゃんがもどってくるの……」
「予定では」
「んんんんあッッ」
僕の声は、すでに観音寺の耳には届いていなかった。腰を自分でうごかしながら、ちいさな美少女は性的快感に溺れていく。
夏休みがおわり、二学期になったその始業式、南川雫はやってこなかった。
心配した僕と二見が連絡をしても返事がなく、担任の柄谷《からたに》先生にきくと、法事で休みだと教えてくれた。僕は南川のおばあちゃんが亡くなったと察した。だが、何度電話しても、何度メッセージを送っても返事はなかった。
「既読にすらならないって、なんで?」
すこしイライラした調子で二見が言う。
始業式のあとに部室に集合した僕と二見。観音寺もやってきて、みんなで南川に連絡しようとしたが、誰の電話にも出ず、メッセージは既読にすらならなかった。
南川の親友の一人である結城《ゆうき》にきいても、やはり連絡はないという。他の目ぼしい友達にもいろいろきいて回ったが、結果は同じだった。
あまり期待はしていなかったが、二見が南川の家へと様子を見に行ってくれた。
『いないね……ここ二日くらいは誰もいないっぽい』
「じゃ、やっぱり青森のほうに行ってるのか……」
僕は観音寺と待機していた部屋で二見からの電話を受けた。
『だね。いまはそっとしておいてあげたほうがいいかも……そのうち、連絡くれるよ』
電話を切ると、僕は財布を手にした。
すぐに観音寺が言う。
「石野くん、気をつけてね」
「え?」
「……行くんでしょ、青森」
観音寺にはお見通しだったらしい。文化祭もちかいこの忙しい時期に学園を欠席するのは申し訳ないが、南川をそっとしておいてあげるほど僕は冷静ではなかった。
「なにができるかわからないけどな……ちかくにいてやりたいんだ」
僕の言葉に観音寺がにっこりと笑う。
合鍵を観音寺に渡しながら僕はさらに言った。
「南川に会えたら、すぐに帰ってくるから」
「うん……」
玄関まで観音寺は見送ってくれた。
電車の発車時間は決まっていて、歩いても十分間に合うのに、僕は走っていた。一秒でも早く、南川の元に行かなくてはいけない気がした。
その日、最終の新幹線に乗って新青森駅へむかった。ネットカフェで一夜を明かし、早朝に電車に乗る。乗り換えの途中で学園に電話して、柄谷先生へ休みの意を告げた。
『そうか……お大事にな。おまえ、一人暮らしだし、なにか買ってくか?』
風邪で休むと嘘をついた。柄谷先生は優しく、いろいろ心配してくれたが、僕は先生の申し出を丁重に断って、電話を切った。次に二見に連絡をしようとしたところで、スマホに着信があった。表示されたのは、南川雫という名前だった。
「南川!」
『お? なになに、そんな大声出して』
あっけらかんとした南川の声に、僕は一瞬ひるんだ。もしかして法事といってもおばあちゃんではなかったのではないか。
「み、南川……連絡、つかないから……」
『あ、ごめんごめん。なんか、ここ、電波が通じにくくてさ……すっごいみんなから連絡入ってて、びっくりしちゃった』
「やっぱり、おばあちゃんが?」
きくと、すこし沈黙があってから南川が言った。
『うん……死んじゃった……』
声は明るいままだったが、かすかに掠れていた。微妙な感情のうごきを電話の声で読みとるのは難しいが、僕は自分がここまで来たのは間違ってなかったと思った。
「いま、青森まで来てるんだ」
『は? なんで?』
「なんでってことはないだろ。とりあえず、電車でむかうから……おばあちゃんの家の住所、教えてくれ」
『わ、わかった』
と、釈然としない口吻の南川。
「あと、二見と観音寺に連絡してやってくれ……結城とか、他の友達にも……」
ききこみをして思ったのは、みんなからの南川の好かれようだ。学園を休んだ南川を、誰もが心配していた。
『うん……そうだね。そうする』
やっと南川は事態が飲みこめたようだった。おばあちゃんが死に、慌てて家族と青森に行った南川は、友達に連絡をするのを忘れるほどの状態だったということだ。スマホに電波が入らないことに気づかないなんてこと、通常の南川であればありえないだろう。いまだって、僕に言われてやっとみんなに連絡をしなければと思い立ったようだし。
僕は電車に乗り、南川のおばあちゃんの家の最寄り駅にむかった。この駅は二度目だ。一度目は五月で、肌寒かったのを覚えている。九月のいまは、青森の端とはいえ、夏の香りが残っていた。
住所は南川から送られてきていた。バスの時刻表を見て、時間がかかりそうであればタクシーだと思っていたが、無人の駅に着くと、制服を着た南川が立っていた。
「石野。やっぱりこの電車だった」
「……南川」
ゆっくり僕へとちかづいてくる南川は、いつものように明るい雰囲気を纏っていた。そしてすこし申し訳なさそうに言った。
「いっぱい連絡くれてたのに、ごめん……うちのスマホ、電波がちゃんと通じるのこの駅のちかくだけなんだよね」
「思ったよりも元気そうだな」
「へへ。そうなんだよね」
と、南川が笑った。
「おばあちゃんに対しての後悔がすくなくてすんだからだと思う」
もちろん後悔をゼロにはできないが、後悔するとわかっていることはどうにかできるかもしれない。以前、僕は南川にアドバイスをした。
しかし、すこし違和感があった。たしかに後悔はすくなくて済んでいるかもしれないが、大好きなおばあちゃんが死んだのだ。後悔うんぬんは関係なく、単純に悲しいはずだ。悲しくて悲しくて、泣きつづけていたために連絡がとれなかったほうが自然だ。なのに、目の前の南川はいつも通りで、悲しさを微塵も感じさせない。
「せっかく来てくれたし……お葬式、参加してく?」
「え?」
「ここからすぐのお寺で、ちょうどこれからなんだ……」
親の車で寺にむかう途中、この駅の前を通ったのだという。そこでスマホの電波が入り、鳴りやまなくなった。驚いた南川は駅の前で、車を降りたとのことだ。
「ここからお寺までは歩いていけるから……もうはじまっちゃってるから、うち、急がないとだし」
「わかったけど、この格好でいいのか?」
着の身着のままでここまでやってきた。寒いことを予想して、来る途中で黒いジャケットを買って着てはいるが、本来だったら、僕も制服を着て参列すべきだ。
「べつにいいでしょ……行こう」
と、南川が歩き出す。
その背中を見て、僕は息を飲んだ。いつも通りだと思っていた南川の背中は、異常なほどちいさく見えた。
なにか大きな感情を無理やりおしこめている。
そう、僕は南川の背中を見ながら感じた。必死でいつもの自分でいようと努力しているようだった。
しばらく黙ったまま歩いた。田舎も田舎で、畑と田んぼがひろがっている。すこしひんやりとした風が吹いているけど、それなりに気温は高い。山々が見え、その山頂付近にだけ薄い雲がかかっていた。
昼をすぎた時間だが、人は誰もいなかった。
寺は南川の言うように駅からすぐのところにあった。
驚いたのは、その参列者の数だ。あまり大きくはない寺に、黒い服の人たちが大勢集まっている。老人が多いが、制服を着た学生や、ちいさい子供の姿もある。田んぼや畑に人がいなかった理由がわかった。みんなが、この寺に集まってきてしまっているのだ。
葬式ははじまっていて、寺からは読経の声がきこえた。
「おばあちゃんね、学園の先生だったんだよ……」
寺のすこし手前で足を止めると、南川がひろい空を見あげた。
僕は南川の横に並んで、黙ってうなずいた。
「退職したあと、保育園を作って、このあたりの子供たちみんながその保育園に通ったの」
相当に慕われていたことは参列者を見ればわかる。
「さすが、南川のおばあちゃんだ。人気者だったわけか」
「そういうことだね……」
南川がふたたび歩き出す。
「わたし、行くね……孫がいない葬式ってわけにもいかないでしょ」
離れていこうとする南川に、僕は慌てて言った。
「あの駅で、待ってる!」
「え?」
と、ふりむく南川。
「でも、うち……いちおう親族だから、いろいろあるし……ごめんだけど、行けないかも」
「ダメだ。絶対に来てくれ」
放っておけるわけがなかった。南川が感情をおさえつけているのは明白だ。一度、感情が爆発すると、自分を保てないとわかっているからだろう。
しかし、このままでいいはずがない。悲しいと認め、涙を流すのは悪いことではない。むしろそれがどれだけ大切なことか僕は知っている。
「……絶対って……石野、マジ?」
「マジだ。迷惑かもしれないけど、どうにか時間を作ってくれ」
南川の本能が僕を拒んでいる。いや、僕だけではなく、二見や観音寺といった友達のこともだ。甘えられる相手と距離をとることで、殻が破れないようにしている。
「や、約束できない……」
「しなくてもいい。だけど、僕は南川が来るまであの駅にいるから」
父が死んだとき、僕は自分の感情を殺した。なにも感じなければ悲しくないとわかっていたからだ。しかし、それは同時に喜びや楽しみを殺すのと同義。僕は南川にそうなってほしくない。時間が解決してくれる部分もあるが、そうでない部分もある。一度硬化した気持ちは、解きほぐすのにそれこそ時間がかかる。
「バカじゃん……そんな顔しちゃって」
と、南川が一瞬だけ顔を歪めた。しかしすぐに笑顔になると言った。
「うちは平気だし……」
「そうだろうな……平気なんだろうな……」
だからこそ問題なのだ。僕はうなずいてから静かに言った。
「これは僕の我が儘なんだ……南川と一緒にいたいっていう僕の……」
しばらく沈黙してから、南川が大きく息を吸った。踵を返すと、なにも言わずに寺の中へと入っていった。
できるのはここまでだ。
手を差し伸べたが、それを握ってくれるかは南川次第。
僕も寺へと入り、参列者の中にまじった。本当に参列者が多かった。香典も持たずにやってきた僕に受付の人は不思議そうだった。
近所の人間でない僕は、かなり浮いていた。焼香の順番を待ち、祭壇の前へと行く。くしゃくしゃの笑顔を浮かべたおばあちゃんの遺影と目が合った。どことなく南川に似ているような気もする。親族のほうに挨拶をするとき、南川の姿が目に入る。頭をさげ返してくれるが、こちらを見ようとはしなかった。
焼香を済ませると、別室に案内された。お寿司やお酒が用意されて、大勢の人が集まっていた。涙を流している人もいれば、楽しそうに故人との思い出を話している人もいる。僕がいるべき場所ではないと思い、さっさと寺を出た。
寺を出てすぐに、ふりかえり手を合わせた。目をつむると会ったことのない南川のおばあちゃんを偲んだ。いや、誓ったと言ったほうが正しいかもしれない。
あなたの孫のことは心配しないでください。
僕や、その他にもたくさん思ってくれる人がいるので。
駅まで行くと、僕はベンチにすわった。無人駅なので誰かに咎められることもなく過ごすことができる。帰りの参列者がぽつぽつと駅へとやってくるだけだった。
『放っておけなかったわけね……』
「そうだな」
二見に電話をすると、すこし呆れたように言われた。
『なら、とことんまでお節介を焼かないとダメだよ?』
「そのつもりだ」
『……よろしくね、雫のこと』
僕は二見との電話を終えると、なにもせずに南川を待った。何度もスマホを確認したが、南川から連絡はなかった。
夜になり、寒くなっていく。体を丸めて無人駅のベンチで横になった。空に無数の星が瞬き、いまにも落ちてきそうだ。
夏休みの終盤、僕は園芸部のみんなと島へ泊まりに行った。夜、南川と展望台に登り、満天の星を一緒に見た。
南川はこの地域で幼少期を過ごして、この星空を見て記憶していたから、あのとき僕と星を見たいと言い出したのかもしれない。寒かった。だけど、震えるほどじゃない。
僕はもう一度二見に連絡した。観音寺にも電話をし、南川へメッセージも送った。そのあと、ベンチの上で目をつむった。
どれくらい経っただろうか。肩を揺らされて、僕は眠りから覚めた。ゆっくりと目をひらくと南川が立っていた。ふくれっ面で、不機嫌を体現するかのように、黒いパーカーのポケットに手を突っこんでいる。
「マジ、迷惑……」
「悪いな……僕の我が儘に付き合ってもらって。時間、あるのか?」
僕が体を起こすと、南川が溜息を吐いた。
「あんまない」
「そうか……どっか、いい感じの場所、案内してくれないか?」
「あのさ、うち、石野が絶対に来いって言うから来たの」
やはり不機嫌そうに南川が言う。
「それで、うちにどっか案内しろって、マジ、何様なんですか?」
「たしかにそうだな。ただ、僕がこのあたりで知ってるのは、貝殻のネックレスを作った場所くらいだ。あそこの海岸でいいか?」
「そこでいいよ」
と、南川は言葉を切ると、パーカーの首元に手を入れ、僕があげた貝殻のネックレスを表に出した。
「どこで作ったか気になってたし、連れてって」
「わかった……」
電車を乗り継ぐことになるが、そんなに時間はかからない。
僕たちは黙って電車に乗って海岸を目指した。
海岸につくと、やはり黙ったまま僕たちは歩いた。朝も早く、眩しいほどの太陽の光に自然と目が細まる。
しばらくして、南川がぼそりと言った。
「……平気。ちゃんと帰るから」
パーカーのポケットに手を入れたまま、足を止める南川。
僕は黙ったまま足を止め、南川の言葉を待った。
「すっごい心配してくれてるみたいだけど、平気なんだよ、本当に……だから、あとちょっとこっちにいたら、ちゃんと学園にも行くから」
「…………」
「文化祭もあるし、みんなとの約束もたくさんあるもん。小夜や雛ちゃんだけに石野と一緒にいられるのも癪だしさ」
「…………」
なにも言わず、僕は南川の目を真っすぐに見た。
唇を一瞬だけ歪めると、南川が溜息ついた。
「マジ、意味不明なんだけど……なんか言ってよ。石野に会いに来るのに、親からめっちゃ怒られたんだから」
潮風が気持ちよかった。昨日に引き続き、今日一日も快晴だろう。
僕はすこし海のほうを眺めてから、下をむいた南川へと顔をむけた。
「南川……」
呼ぶと、南川がゆるゆると顔をあげて僕を見た。なにを言っても心には刺さりません、といった感じだ。
「泣いてもいいんだ」
僕が言った瞬間、南川の目が一気にひらく。感情が南川の目に宿り、それが涙へと変わる。確実に抑えがきかなくなっていた。
「やめてよ……」
擦れた声で南川が言った。
「うち、違うし……悲しいけど、そういうのと違うし……やめてよ」
「泣いてもいいんだ、南川」
「だからやめてよ!」
ほとんど怒鳴るようにして南川が叫んだ。そして、涙の溜まった目で僕を睨む。
「おばあちゃんとは、いい感じでお別れできたの! 死ぬ前の日にも電話したし、いつそのときがきてもいいように覚悟もしてた!」
怒り心頭といった感じだ。
それでいい。と、僕は思った。悲しみが、とりあえず僕への怒りとして出てきている。僕も父を亡くしたとき、はじめに怒りがあった。なんでこんなことになった、どうして僕がこんな目にあわなきゃいけない。
優しくしてくる大人はみんな敵だ。そう理不尽な怒りを覚えた。南川の場合は怒ることすらせず、自分を保ててしまう。だが、そのままだと気づかないうちに自分自身を苦しめる。発散されなかった感情は心の中に積もっていき、楽しく過ごしているつもりなのに、どこか本気で楽しめない日々が訪れる。ずっとなにかがひっかかり、プラスの感情すら消えていく。
マイナスの感情をおしこめた代償は大きい。
最近までの僕がそうだったからよくわかった。悲しみを消すと同時に、喜びも消してしまった。そうなる前に、僕は南川の感情をすべて引き出したい。
「泣け!」
僕は大声で怒鳴っていた。腐っても男の僕の怒鳴り声に、南川が体をびくつかせる。うぅ。喉を鳴らすと、涙を流した。
「あ、あぁ……あ……」
とめどなく流れる涙。ダムが決壊したように、一度溢れた感情は制御がきかない。完全に硬化する前の感情だったからこそ、時間をかけなくても放出される。
パーカーの袖で何度も目を擦る南川だったが、ついには諦めた。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁ――――」
巨大な泣き声をあげ、からりと晴れた空を見あげる。もともと自分を偽るのが苦手な性格なのに、無理ができてしまう。器用なようで不器用で、強そうに見えて弱い僕の大切な人。
「おばあぁぁぁぁん、死んだぁぁぁぁぁぁ。イヤだぁぁぁぁぁ」
海岸でちいさな子供のように泣く南川へと僕は歩みより、そのか弱い体を抱きしめた。
「あああぁぁぁぁぁぁ――――なんでぇぇぇ、イヤだよぉぉぉ!」
南川は僕にしがみつくと、顔を胸へと押しつけて泣きつづけた。
太陽がゆっくりと昇り、僕たち二人を平等に照らす。
恥も外聞もなく南川は気持ちを吐露した。
もっと話をしたかった。
もっといろいろ教えてほしかった。
もっと自分の成長を見てほしかった。
もっと。
もっと。
もっと。
しばらくして南川が僕から離れた。
目を真っ赤にし、洟をずるずるとすすりながら僕を睨む。うげっ、とえずいてから南川が言う。
「が、我慢……してたのに……うぐっ。なんで、うぅ……石野の、バカ……」
「ああ、全部、僕が悪いんだ……きっと南川は我慢できるだろうし、ちゃんといつもの南川でいられるんだろうな」
だけど、その南川は元の南川だ。おばあちゃんの死を乗り越えて、先に進んだ南川ではない。
「だけど、それじゃダメだ。南川はおばあちゃんの死を受け入れないといけない……」
拾った猫のサクラがいなくなったときだ。サクラは死んだわけではないけど、南川はちゃんと泣けた。なのにおばあちゃんのときは、感情が出てしまうと歯止めがきかないという恐怖があったのか、感情を殺してしまった。
「ああぁ……ダメだ……」
と、また南川が涙を流す。僕の肩をパンチすると、どうにか言った。
「どうしてくれるんだ……うぅ……うち、こんな状態じゃ、学校、行けない……うぐっ。やらなきゃいけないこといっぱいあるんだよ……」
「すぐに来なくてもいいだろう……すこしこっちにいればいい。園芸部のことは僕たちでどうにかする」
「うぅ……」
話していても泣いてしまう南川の手を引き、僕は駅へとむかった。
ネックレスを作るお店にはまた一緒に南川と来ればいい。どうにか南川が泣き止んでから電車に乗った。
「ちゃんと、連絡しろ」
「うん」
「僕にだけじゃなくて、二見と観音寺とかにも」
「わかってる」
乗り継ぎ、南川のおばあちゃんの家から一番ちかい駅へと降り立つ。僕は南川とはここで別れるつもりだった。
「僕の役目はここまでだ……」
「うっさい。余計なことして」
たしかに余計なことだったかもしれない。南川は南川で考えがあって、感情を押し殺す選択をした。それを僕は僕のエゴで破綻させた。
「まあ、でも……ちょっとスッキリしてる」
真っ赤な目をぐしぐしと拭う南川。
「なんか、おばあちゃんのこと忘れよう、考えないようにしようとしてたけど、それってなんか違う気もしてたし」
「…………」
「こうなったらさ、とことんおばあちゃんの家で、おばあちゃんとの思い出に浸って、泣きまくって、そして何度も天国のおばあちゃんにありがとうって言う」
「…………」
また泣き出しそうになっている南川だったが、僕を見て、涙を流しながらも笑顔になった。その笑顔は紛れもなく本物だった。
「石野……待っててね」
ちいさな声で南川が言う。甘えた子供のような声音。
「待ってるよ……僕だけじゃなくて、二見も、観音寺も、それに友達みんなも」
「うん。そだね」
バスに乗る南川を見送ってから僕は電車へと乗った。途中で柄谷先生に今日も学園を休むことを連絡した。ひどく心配されたが、明日は必ず行くと伝えた。
二見と観音寺には南川からしっかり連絡があったという。
青森から帰ると、部屋にやってきた二人に僕からもちゃんと説明をした。
そして数日が経ち、南川から僕へとメッセージが届いた。
>文化祭本番の二日前には学園へ行きます。
>めっちゃ準備頑張る!