あべこべ異世界でドスケベスローライフしようとした結果、裏社会の支配者になった件3

著者: 靴下香

電子版配信日:2024/07/12

電子版定価:880円(税込)

美醜が逆転した異世界で料理屋・龍娘を拡大させていくアリオス。
だが、敵対するロザリア・ファミリーの魔の手が迫り、
仲間の犬耳少女・シュリと常連客の乙女なギャル・カズネが囚われの身に!
ドスケベ生活の思い出を胸に、アリオスは単身敵アジトへ──
絶対に二人を救い出す、その先には最高の3Pが待っているから!
愛の絆が試される奪還編! いちゃらぶ書き下ろし短編収録!

目次

三章 裏社会との出会い

 一話 お散歩コース

 二話 醜女の人助け

 三話 この気持ちを高らかに

 四話 ネズミ、立つ

 五話 ネズミの準備

 六話 シュリとカズネ

 七話 世界の広がりと、忍ぶ影

 八話 子作り事情

 九話 理屈と臆病と

 十話 遠征相談会は龍龍で

 十一話 コキ捨てたのは精子じゃない、迷いです

 十二話 初めて吐いた唾は飲み込めない

 十三話 ネズミの二人

 十四話 信頼するということ

 十五話 アリオスの価値

 十六話 幸せへの誘い

 十七話 アリオスとシュリとカズネ

 十八話 それぞれの後戯

 三章閑話 もやもやルゥリィ

 三章閑話 龍娘のボーナス

 三章閑話 一日何でも言うことを聞く券・ミア

 三章閑話 一日何でも言うことを聞く券・セリカ

 三章閑話 一日何でも言うことを聞く券・シュリ

 三章閑話 一日何でも言うことを聞く券・トワ

 書き下ろしSS 誰にとってのいちゃらぶえっち

本編の一部を立読み

三章

一話 お散歩コース



 ひきこもり最高!!
 そう高々と口に出来ればいいんだけど、流石に周りの目を気にするようになってしまいましたアリオス君こと俺です、どうも。
 いやぁ、本当に王都に来てからなんだかんだとバタバタしたよね。
 トワと出会い、ミアと繋がり、セリカを身請けして。
 いざ開店だっ! と楽しんでたらリリエルさんに戦争、もとい競争を仕掛けられたと思ったら魔術師連盟のお偉いさんと会見だ。
 まったくもってひきこもりを満喫できていないんじゃないかと不安になってしまう。いや、満喫しているんだけどさ。
 っていうのもなんだ。
 リリエルさんと姉妹店契約を結べて、金についての心配がなくなったことで鬱陶しい美人と関わりを持たずに済むようになったことが大きい。
 おかげさまの龍龍様とでも言うべきか? びっくりするくらい新規のお客さんってやつが来なくなった。
 宣伝も碌にしてないし、冒険者組合に貼りだした依頼書も取り下げたしで、もしかしたら世間に忘れられてしまっているのかも知れない。
 だけど重ねてリリエルさんのおかげで収入に関して不安があるわけでもなく、生活が脅かされることもない。
 ならこれでいいのだ、少なくともシステムといった面は確立された。
 これから考えなければならないことがあるとするのなら従業員のこと。
 トワやミア、セリカにシュリといった皆の生活の質をどうすれば向上させることが出来るかといった点だろう。
「そんなわけでトワ、何か要望とかあるか?」
「と、仰られましても」
 トワに困ったような顔をされてしまった。いかん、いきなりすぎたよね。
「生活環境について、だよ。もっとこうしたいとか、ああすればいいのにと思うことはないか?」
「それこそそう仰られましても、です。現状で恵まれすぎているといっても過言ではない環境にいます。これ以上はとても考えつきません」
 ふぅむ。
 確かに、俺も思いつかないから相談してるわけだしなぁ。
 だがしかし、だ。
「俺もこうして相談しているように思いつかないわけだけど。安定を維持することと現状に甘んじることは違うと思っていてな」
「はい、仰る意味はよくわかります。現状に甘んじてしまえば、いつの間にか気づかぬうちに不安定な状況に立たされているものです。安定とは積極的努力によって維持されるものでしょう」
 そういうことである。
 出来上がったひきこもり環境に不満はない、トワが言うように俺も恵まれすぎていると思っている。
 だからこそこの状態を維持したいのだ。
 その中でも今の環境はトワ達がいたからこそ築き上げられたんだと理解しているつもりで。
 トワ達の生活満足度を可能な限り高めることが、環境の維持に繋がるのだろうと思っている。
「そういうこと。安定のために積極的努力をしたい。正直リリエルさんとの件が魔術師連盟のお偉いさんに繋がったりとか、わけわかんなかったんだ。ああいう状態を不安定と言うんだろうし、回避するための積極的努力をしなかった証明でもあるんだと思ってる」
「なるほど……流石ですご主人様。トワは、感服いたしました」
 若干バカにされているように思えるのはなんでだろうか。
 いや、目の前のトワは目を潤ませて心底感激しているってのはわかるんだけども。
 それだけ微妙に負い目を感じているんだろうな。
 トワ達がしている日頃の努力に対して、自分の努力が釣り合っていないなんて考えがある。
「であればまずはご主人様」
「うん? なんか思いついた?」
 目をごしごしとぬぐった後、トワは人差し指を振り振り自信ありげに。
「シュリと昼過ぎに行かれる散歩。少し距離を延ばしてみては如何でしょうか」
「……あ、はい」
 厄介払いでもされているんだろうか……それとも運動を促されるほど太った?
 やべぇ悲しい。辛い、ひきこもろう……樹海あたりがいいかな……どこにある?
「ちちちちちがっ!? あのあの! わ、私はその! ご主人様が無事に出歩くことができる範囲を広げて欲しいという意味で申し上げました!」
「……無事に出歩ける範囲?」
 果たしてどういう意味だろうか。
「ふぅ……。えぇとですね、私と出会った時のことを覚えておられますか?」
「王都に着いた時のことか? あぁ、もちろん。龍娘まで案内してもらって、初めてトワを抱けたんだよな、ありがとうな」
「はにゃ……んっ、んっ! 私こそありがとうございます、いや本当に幸せです。ですが、その途中、冒険者に絡まれたことを覚えておられますか?」
 あぁ、そういえばそんなこともあったか。トワがくっそ可愛かったくらいしか記憶に残ってなかったわ。
「シュリは鼻が利くようで、今行かれている散歩はそういった面倒な遭遇を回避するように動いているようです」
「へぇ……シュリちゃんってやっぱすごいんだな?」
 シュリちゃんすげぇと思わず言ってしまえばトワは何故か胸を少し張った。一番面倒見てくれてるのはトワだし、妹分の成長が誇らしいのかな?
「散歩コースを延ばせばそういったバカと遭遇する可能性は高まりますが、シュリもかなりの腕利きです。ご主人様の身を危険に晒しはしないでしょう」
「シュリちゃんが強いのはわかるが」
 セリカと一緒に食材調達に出かけてるしな、それは疑ってない。
 けど、流石に絵面がよろしくない気がするんだがどうだろうか。
 いや、この世界における一般的な光景ではあるんだけど気持ちの問題。
「散歩する範囲を広げることが安定への積極的努力に繋がる理由がわからないんだけど?」
「言ってしまうのであれば縄張りの拡大でしょうか」
「縄張り」
「あぁいえ、他にいい言葉が見当たらないのです。ご主人様が安全に行動できる範囲が広がるということは、私達にとっても喜ばしいことです。部下といいますか、私達はご主人様の下につくものですから上司が大手を振って歩けるところならば動きやすいのです。やはり世の美人を意識して配慮し動くのは息苦しいですから」
 なるほど縄張り。
 言い得て妙かもしれないな、要するに顔を広げろってことなんだろう。
 旗屋の顔は秘匿したい。だが、隠そうとすればするほど暴こうとするヤツが現れるのは自明の理だ。
 俺が怪しい人間とされてしまえばその動きはより活発になってしまうだろう、何よりトワ達を怪しい男の店で働く怪しい女のままで居させるのは気が引ける。
 だったら地域の信頼とでもいうか、俺って存在を認知してもらうことで怪しませない努力をしても良いかもしれない。
 木を隠すのには森の中、人を隠すなら人の中。そういうことだろう。
「わかった。まぁ一抹の不安はあるけれど、やってみるよ」
「はい、よろしくお願いいたします」
 問答無用のモンスターこと美人に出くわさないことを祈るのみだ。

「えぇとご主人。今日はよろしくお願いします! 絶対危険な目には遭わせないからね!」
「あぁうん、頼りにしてるよシュリ」
 そんなわけでお昼過ぎ。
 気合いたっぷりのシュリと共に龍娘を出た。
 ふんすふんすと鼻息の荒いシュリはやっぱりこうしてみると可愛い妹にしか見えないが……いや、夜の散歩を思い出すに、ちょっと禁忌的だから切り替えよう。
 龍娘は裏通りにある小さな店だ。
 大通りから商店街みたいな道へと入ってさらに小道を進めば辿り着く。入り組んだ場所にあり、商売的な意味においての立地は悪い。
 もちろんというのは悲しい話だが、目立たない場所にあるからこそ醜女さんは利用しやすいという一面はあるが。
 姉妹店の龍龍《ろんろん》は、大通りに出ている店で龍娘とは少し距離がある。
 今までの散歩は龍娘から龍龍へ商店街に出ず、小道を通って辿り着けば折り返して帰ってくるって感じのコースだった。
「じゃあまずは……うん、ご主人! こっちに行こう!」
「ほいほい。お任せするよシュリ」
「うんっ!」
 早速あまり行かないほう、商店街に最短で抜ける道を歩き始めた。
 無難なのだろうか? トワと龍娘に必要な家具とかを買いに行った商店街だし、もしかしたら俺やトワの顔を覚えている人がいるかもしれない。
「ご主人、商店街の人達は大丈夫だよ。トワさんやミアさんがよく顔を出してるから」
「その関係者って認知されてるのかな?」
「えーと……うん、そんな感じ。だから今日はね、商店街の奥まで行こうかなって」
 商店街の奥っていうと、たしか。
「え、なんだシュリ。そういうお誘い?」
「ちちちっ! 違うよぅ!」
 いわゆる大人のお店が並ぶ区域の一角だが、龍娘に近い所に広がる店は連れ込み宿が多い。
 ただマイルドに言ってナンパで連れ込むための宿っていうよりは、男娼を買って連れて行くって用途に使われている区域で、前世的に言えばホテヘル御用達ホテルが並んでいる場所って感じ。
「それでも構わないけどな?」
「もも、もうっ! そういうのは夜! よーるー! いくよ! ご主人!」
「はいはい、残念だよ」
 シュリを抱きたいか抱きたくないかで言えば当然抱きたい。
 龍娘従業員最大のメリットと言えば俺なのだし、遠慮しないで欲しいって面もあるが。
 なんとなく今の関係に据わりの悪さを感じていたりする、この世界で関わったことのないタイプの女の子であることに間違いはないからこそ拭いきれない何かがある。
「こ、こんにちは!」
「あ、はい。こんにちは。商売の調子はどうです?」
「お、おかげさまで!」
「おかげさま……? あはは、何もしてませんよ。でも調子がいいなら何よりです」
 そうして散歩していればかけられる声。
 好意的……なのだろうか、ちょっとよくわからん。向けられたことのない類の視線だったり感情な気がする。
「お、お疲れ様です!」
「いやお疲れ様て。むしろそちらのほうこそお疲れ様です。あ、その酒……」
「ここここ、これですか!?  ど、どうぞ持って行って下さい!」
「いいっ!? いやいや! 今度買いに来ますから! えぇと! じゃ、じゃあまた!」
 酒屋の人に渡されるというか献上されそうにもなるしで、意味がわからない。
「なぁシュリ?」
「つーん」
「いや悪かったって」
 頬を膨らませて尻尾を立てそっぽを向くシュリは可愛いからもっと見たいけれど。
 それより助けてくれ、ちょっと俺ってば何者なんだろうかと。
「ふぅ……もうわたしいじめない?」
「そういうのは夜、だろう? 悪かったよ」
「あ、う……♡もう! 仕方ないなぁご主人は!」
 ようやく向けてくれた顔はちょっと赤かった。やはり可愛い。
「ありがとう。んでさ、さっきから商店街の人達の態度おかしくない? なんかこう、怯えられてるというかなんというか」
「んー……と。ご主人の背後にリリエルさんが見えるから、かも? ご主人の機嫌を損ねてしまったら龍龍に潰されるって考えても仕方ないし」
 ふむん。
 確かにリリエルさんとのやり取りは一部秘匿できなかったしな、ていうかリリエルさんが結構派手に龍娘買収の動きを見せていたし、お気に入りと捉えられても仕方ないか。
「誤解は解いておかないとな……これも今後の課題か」
「時間が解決することもあるよ! ご主人!」
 急いでも裏目にでると言いたいんだろうかね。
 そうだな、急ぐ必要もなし、のんびりやって行こう。
 幸いこれからもこの散歩は続くだろうし、積極的に交流すればいずれ自然に誤解も解けるだろう。
 ただどこまで積極的に交流するかだよな。
 あんまりツーツーの仲になっても困るわけだ、地域からの信頼や信用は欲しいけど。
 流石に地域を抱き込んで龍娘、ひいては旗屋の俺って存在を隠すってのは現実的じゃあないだろうし。
「色々考えることはまだまだあるなぁ……って」
「……」
 シュリの足が止まった。
 何かあったのだろうか? それとも危険の気配を察知した?
「シュリ?」
「ご主人、静かに」
 剣呑な雰囲気。思わず俺も身構えてしまう。
 そうすること、一分か二分か。
「──大丈夫、です。散歩の続きに行きましょうご主人」
「いやいや全然大丈夫じゃないよね?」
 引き攣った笑顔を浮かべながら硬い口調で言うシュリ。明らかに大丈夫じゃない、問題だ。
「いえ、ご主人に危険は迫っていません、大丈夫です」
「いいから。何があった? 言ってくれ」
 口調が硬くなってから。
 随分と感情を殺すのがサマになっている、慣れを感じる。
 どうしてそれを最初からできなかった?
 思いっきり想定外の事態が発生したか、感情を処理できない事態が発生したかのどちらか、だ。
「……んーん! なんでもないよご主人! さ、早く行こう! もうすぐ目的の場所だよー!」
「シュリ」
「う……」
 シュリのことはまだよくわからない。
 わからないから、知らなければならない。
 そのために、今起きているだろうことを見逃してはいけないって直感がある。
 譲らないと見つめてみれば、たっぷり一分固まった後。
「こちら、です」
「ん」
 とぼとぼと歩きだし、後をついて行ってみれば。
「……子供?」
「……ぅ、ぁ……」
 昼間にもかかわらず薄暗い路地裏に。
 ボロボロの服、ボロボロの身体で地面に倒れている子供がいた。
二話 醜女の人助け



 結局。
 倒れていた子供を龍娘に運ぶことにした。
 治療院、前世で言えば病院に運ぶのが人助けというものだってのはわかっている。
 うちに連れ込んでどうするんだって話なのだ、医者がいるわけでもなし。
 明らかに普通じゃないってヤツを抱え込もうなんて、出発前に言っていた安定とはかけ離れている行動だろう、それも理解している。
 もっと言えば、俺は博愛主義者でもないし、慈愛に満ちたお人好しでもない。
 むしろ厄介事を全力でお断りしたいとシュプレヒコールを上げたい系男子だ。
 見なかったことにしようとも思ったし、助けるにしても別の人を巻き込もうとも思った。
 けどできなかったのは、やっぱりシュリが居たからだろう。
 シュリは何も言わなかった。
 助けましょうとも見捨てましょうとも言わず、ただ倒れている子供を一瞥した後、俺がどうするのか観察しようとしていた気がする。不安げな瞳を覗かせながら。
 だから子供を抱えた。
 そして治療院を目指そうとした時にようやくシュリは一言呟いたのだ。
──治療院は、やめたほうが良いです。
 どういうことかと聞く前に、抱えた子の温もりが頼りないものだと気づいて。
「ふぅ」
「お疲れ様ミア。どうだった?」
 魔術師に頼るってのもおかしな話ではあったんだけど、ミアは連れてきたこの子を見るなりすぐに色々指示を出してくれた。
「うん、峠は越えたと思う、もう生命の心配はないよ。極度の疲労、衰弱状態だったって感じかな。今は眠ってる」
「そっか。改めてありがとうな、ミア」
「わわっ……あふ……ううん、びっくりしたけど、アリオスさんの役に立てたなら嬉しい、な。でも、えぇと」
 軽く抱きしめて労って。
 嬉しそうな顔をしてくれたけど、すぐに表情を曇らせる。
「うん?」
「アリオスさん、あの子が目を覚ますまで傍に居てくれない、かな? ミアが居てあげたいんだけど、その。ミアだったら驚かせちゃうし」
 申し訳なさそうにそんなことを言ってきた。
 ……なんというか。
 いやほんとになんというかだ。
 言っている意味は理解できる。
 起きた時にミアのような超美少女……うんにゃ、醜女が傍に居たらそりゃ混乱してしまうだろう。
 俺だったらそのままベッドに引きずり込むこと間違いなしだが、この世界から見りゃそれは真逆なわけで。
「ダメだ」
「え……」
 だけどここは龍娘だ。その理屈は通らない、通してはいけない。
「ミア、あの子が目を覚ますのを俺と部屋で待とう。大丈夫、一緒にいるから」
「アリオス、さん……」
 そうだな、俺がするべき積極的努力ってのは、まずそんなところからなのかもしれないな。

 どれくらい時間が経っただろうか。
 ミアと俺の間に会話は無かった、ただ時々ミアが子供の状態を確認するために魔石を起動させたりする程度。
 目が覚めるまでに色々聞かなければならないことってのはあったんだろうと思う。
 それは例えば、子供がこんなズタボロの状態で裏路地で倒れていることはよくあることなのかとか。
 けどなんだろう、この子を知ろうとすることへ抵抗があった。
 同情したくないって気持ちはある。だけどそれ以上に、よくあることだと知りたくないって気持ちが強い。
 俺は確かに母親から身体を狙われていたけれど。
 それでも十二歳まで不自由すること無く育ててもらった、それがどれほど恵まれていることなのかってことを知りたくないんだろうと思う。
 もしもこの子のような子供が多く存在するのなら。
 俺は恵まれた環境を自ら捨てて不幸面してるバカってことになるのだから。
 世界と感性が違っていても、それは自分都合だ。どれだけ訴えても、世間から見れば意味不明。
 根源的に、だからこそひきこもりたいと考えたのかもしれないな。
 世界の異物であると指さされたくなかったのだろう、排他する側は痛まないが、排他される側の心は痛む。
 それくらいは理解しているつもりだから。
「アリオスさん」
「ん?」
 気分が落ち込んできた時、ようやくなんて言っていいのだろうかミアの声が小さく響いて。
「どうして?」
「そりゃどうしてこの子を連れてきたかって意味か? それともどうしてミアをこの場に留めているのかって意味?」
「両、方……」
 当然の疑問だろう。
 むしろここまで黙って協力してくれたことに改めて感謝してキスしたい気分だ。
「んむっ!? んぅ……ぷぁ。え、えぇと? す、スる? シたい?」
「あ、いやごめんそういう意味じゃなくて。抱いて誤魔化すとかでもなくて」
 ていうかしてしまった。流石に見ず知らずの子供、それも男の子の前でおっぱじめるほど性癖は歪んでない。
「連れてきたのはまぁ、なんでだろうな? よくわからないよ」
「そ、そうなんだ」
「けどミアに居て欲しいって理由は……龍娘で変な気遣いして欲しくないからだよ」
「気遣い?」
 ここは、龍娘は俺の城で俺の世界だ。
 ちっぽけで独善的な、俺のための世界。
「ミアはがつがつ俺とのエッチを強請って、たまにズルして良いとこ独り占めしようとするくらいが丁度いいんだよ。たまたまお客さんが来たからってしおらしくされたんじゃ、たまらない」
「べ、別に……ミア、ズルなんてしてないもん。せ、せーとーな権利、だもん」
 頬を膨らませながらも、ちょっとバツが悪そうに。
 何ていうか、こういうミアが好きだなと思う。
 トワもセリカも。
 それぞれの魅力があって、その魅力がすごく好ましくて。
「そうだな、正当な権利だ。そしてそれは侵されるべきものじゃないはずだ。俺は、そうであって欲しいんだよ」
 この子を連れてきてしまったのはまぁ、俺のせいだということにしておこう。
 なんとなく判断ミスしてしまったとか、ガラでもないお人好しムーブをしてしまったとかそんな感じに。
「だから──」
「ん、ぅ……?」
 っと、喋ってたのがまずかったか? どうやらお目覚めらしい。
 同時に隣のミアが身体を少し硬くした、心なしか俺の陰に隠れようとする素振りすら見せるが、それはダメ。
「目ぇ覚めたか? 坊主」
「え、あ……? 僕は? えっとお兄さん──ひっ」
 さてまぁ案の定、俺はともかく傍に居たミアの顔を見るなりたじろぐガキンチョ。
「まぁ待て。良いか? 坊主の怪我はこのねぇちゃんが治してくれたんだ」
「ひぃっ!? そ、それじゃ、僕! こ、この、う、うぷっ」
 悲しくなるね、吐き気がするほどか。
 いや、怪我人だ、体調不良者だ。だからということにしておこう。
「坊主、もう一度言うぞ? このねぇちゃんが、お前を助けてくれたんだ」
「い、いや、いやだ! 嘘だ! 助けてくれたなんて、しこめが僕をなんて!」
「あ、アリオスさん!」
「……ミア、ちょっと黙ってろ」
 理解はできるさ。
 そりゃそうなんだよ、醜女ってやつはそういう認識をされてんだって。
 だけど少なくとも俺の世界には。
「良いか坊主。ここに、醜女なんざいねぇ。いるのは超美人だったり超美少女の、くっそ有能で最高の女しかいねぇ」
「う、あ……」
 怪我人だからある程度は気をつけているが、頭を押さえて目と目をしっかり合わせて。
「今現に坊主は生きてるだろうがよ、だったら違うだろうやり直しだ。怖がるよりも、気味悪がるよりも先に、人としてやらねぇといけないことがあるだろう?」
「……あ、ぐ」
 世界を恨むべきか親を恨むべきか。
 俺も人のことを偉そうに言える立場じゃないし、おおっぴらに言い回るつもりもない。
 それでも。それとは別に通さないといけないスジってもんは確かに存在するんだ。
「お、おねぇ、ちゃん」
「……ん、うん」
「僕を、助けてくれて、あり、ありが、ありが、とう!」
「あ──うん……うんっ! 無事で、良かった!」
 歯を食いしばって、吐き気を堪えて。
 あぁそれでも、子供でも、子供だからこそ。
「ありがとう……ありがとう! おねえちゃん!」
「あはは、いいんだよ、それだけで十分……ほんとに、じゅうぶん、だからっ」
 素直じゃないミアに、大粒の涙を流させることができるんだろう。
「おう坊主、よくできました」
「え、えへ、へ……おにいちゃんも、ありがとう」
「構わないよ。それより坊主、身体は大丈夫か? メシとか、食えるか?」
 ミアにちらっと視線を飛ばしてみれば、目を擦りながらも頷いてくれた。食べてもいいんだろう。
「あ……」
 同時に子供の腹が大きい音を立てた、食べられるとかじゃなくて食べたいらしい。
「良い返事だ、持ってきてやる。そうだ、そのメシを作ってくれるのも、くっそ可愛い女なんだが……」
「ありがとう! ちゃ、ちゃんとお礼、言えるよ!」
「そうだったな、悪かった。とりあえず横になっとけ。ミア、お前も……大丈夫だな?」
「うんっ! 任せてアリオスさん!」
 よしよし、いい笑顔が二つってな。
 積極的努力ってやつは大変だ、だけどああいう顔が見られるのなら。
 まだまだ頑張ってもいいのかもしれない。

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