異世界から転生し、ついに裏社会で一大ファミリーを築きあげた・アリオス。
賭博・売春事業を支配する強大なドルザ・ファミリーとの抗争が勃発!
和服を纏い妖艶に佇む頭目・アウラとの総力戦で、〝家族〟の絆が試される!
初めて心を通わせた腹心のトワ、凄腕魔術師・ミア、S級冒険者・セリカ……
アリオスに救われた仲間が一丸となり、裏社会の覇権を賭けて二大陣営が大激突!
アリオス・ファミリー最終章、悲願の裏社会統一へ。電子書籍限定エンド&書き下ろし付き。
七章
一話 高さの違うテーブルで
二話 勝ち筋の模索
三話 勝負の土台
四話 賭けの行方
五話 身内ギャンブル大会
六話 おもしれぇ女と組織改善
七話 ただならぬ宣戦布告
八話 公平な戦い
九話 主の価値
十話 曇りなき眼
十一話 鬼畜な奪い方
十二話 最終確認、決戦前日
十三話 奪還戦 前編
十四話 奪還戦 中編
十五話 奪還戦 後編
十六話 戦後処理とこれから
十七話 待ってたんだよ
十八話 ただの老夫婦として
十九話 胡散くさくて面倒くさい屈折した女
二十話 手のひらの上
二十一話 あべこべ異世界でドスケベスローライフしようとした結果、裏社会の支配者になった件
書き下ろしSS そしてまた、巡り合う
本編の一部を立読み
七章
一話 高さの違うテーブルで
至極明確な事実として、俺は親から逃げた男だという事実がある。
世間から見れば美人の母を親に持っていて、愛されている証明とでも思えばいいのか、自分の貞操を血の繋がった親から狙われながらも健康的に成長できた存在だ。疑いようもなく、恵まれていると言えるだろう。
それは見て見ない振りをしてきた事実とも言える。
マスターの店で働いていた時ならまだしも、俺は王都に来てから多くの事実を知った。
知ると共に、如何に自分が恵まれていたのかが浮き彫りになっていったんだ。恐らく、真実を話せば誰もが呆れてしまうという確信がある。
ロザリオスの立ち上げが成功を収めた後、ベルード様から息子にならないかって話を貰ったけど、嬉しいと思いつつ素直に喜んで「はい」と言えない原因はそこにあった。
単純に実の親が存命であるからという理由もあるが。何より親を捨てた俺が、新たな親を求めていいのかって気持ちが拭えない。
マスターのように尊敬できる大人であり俺を一人前にしてくれたなんていう、いわゆる育ての親とはまた違うのだ。形が、書類が、全て家族であるという純然たる事実を示すことになる。
それが怖くて曖昧な態度で話を一旦保留にして、今は力をつけることに注力したいなんて尤もらしいことを言って逃げてしまった。
「自己嫌悪、か」
まったくもって嫌になる。周りに対して偉そうなことを言ってきたことを思えばなおさらだ。
マスターに対しても親不孝をしたくないと言ったくせに、もう既に前科があるのだから笑えない。
世界に向き合うってことが、自分ともう一度向き合うことであるなんて、多くの人たちから教えてもらったというのに。
「そう、だよな」
けじめをつける必要がある。何よりも、俺が一歩先に進むために。
「ご主人様」
「っと、あいてるよ」
トワか。丁度よかった、一度故郷であるグルドへの里帰りについて相談をしよう。
大丈夫だ。今は色々落ち着いている。少しの間ここを不在にしても、問題ないはず。
「失礼いたします」
「あぁ、丁度いいところに来てくれたよ、実は――」
「いえ、申し訳ありませんご主人様。こちら、急ぎ確認頂けますか?」
話そうとしてみれば、少し焦ったような顔をしながら一通の手紙を手渡してきた。
タイミング悪いな、なんて思いながら宛先を確認してみれば。
「ネルバ、さん?」
「恐らく、召喚状です。魔術師連盟の封蠟がされています……ご主人様、少し大きな話になるやもしれません」
なるほど、トワの顔は深刻そうだ。封を切って、中身を確認してみれば。
「あぁ、本当に。タイミングが悪い」
――ドルザ・ファミリーとの席を設けた。
なんて、しばらくまた動けなくなるだろうことが確定する一文が書かれていた。
ドルザ・ファミリー。
王都北部を中心として、娯楽関係に力を伸ばす一家だ。
スポーツを楽しめる広場なんて健全なものから、男娼館をはじめとしたいわゆる大人の店まで。
生活必需とまでは言えないのかもしれないが、娯楽とは心身共に豊かでいるために必要な要素だと言える分野だろう。
特に、下半身が大切にされているこの世界においては、男娼館に力を伸ばしているというのは大きい。
ドルザに見放されれば、男に見放されると言っていいのだ。金の上での関係だとしても、簡単に絶てるものではないだろう。
ネルバさんに向けて仲介を俺から依頼していない。要するに、言うまでもなくドルザ・ファミリーが動いたということ。
いずれ近いうちにとぼんやり考えていたことではあるが、一身上のことを考えていたせいだろう、後手に回ってしまった。
「よく来た」
「はい、お世話になります」
ネルバさんの私室、その前で待っていてくれたネルバさんへと頭を下げる。
後手へと回ってしまった俺に対して怒っているのだろうか、声には少し冷たさを感じた。
「ドルザ・ファミリーの代表は既に中で待っている。入りたまえ」
「ええ、失礼します」
素っ気ないな、と少し寂しく思ってしまうが……なんだろう、違和感がある。
小さく音を立てて開かれるドアの先にはドルザ・ファミリーのボスがいるのだろう、俺を直接指名してきたんだ、対等を言うのであればボス以外にありえない。
ロザリアもこんな気持ちだったのだろうか? ファミリーの内情、自分の気持ち。そういったものをまずは一家の主としてと切り替えて。
だとするなら、やっぱりお前はすげぇやつなんだな。見習うよ。
……あぁ、切り替えよう。紛れもなくこの先にいるのは、強者なのだから。
「おーおー! あんさんがアリオスさんかいな! 噂に違わずええ男やんけ!」
「……えぇ?」
そんな思いで顔を上げれば、細目のねーちゃんがえらくコテコテな喋りを向けてきた。
「ほーん、ほーん! せやな! やっぱ男はそういう目ぇせなあかんっ!」
「そ、そりゃあどうもありがとう。えぇと? それであなたが、ドルザ・ファミリーの?」
「せや! うちがドルザ・ファミリーのカリナっちゅうもんや! よろしゅうに!」
カリナ? ドルザじゃなくて?
いやまぁ、ドルザって名前の響きは男を連想させるもんだから……えぇと?
「ふむ、まぁ落ち着きたまえ。まずは座り、仕切り直そうじゃないか」
「あぁ、それもせやね。先走ってすまんかった、アリオスさんも許したってな」
「構いませんよ」
両手をパンっと合わせて謝る仕草と、前世ではテレビを通してでしか聞いたことのなかった西の方言。
なんというか、新鮮だ。こっちの世界で聞けるとは思わなかったってのもそうだが、振り分けとしては醜女に位置するだろうにもかかわらず、こうまで朗らかというか、明るい人ってのは初めて会うかもしれない。
「ほんじゃ、まぁ」
「ええ」
同時に腰かけて、同時に小さく息を吐いた。
後は、いつもの恒例行事なのだろう、ネルバさんの開始の合図で始まりだ。
「では、始めたまえ」
「……え」
――ネルバの前では一切の不条理を許さない。
その言葉がないことに、思わず驚きをもってネルバさんへと視線を向けそうになる。
「ほほーん? なるほどなぁ」
同じ高さであるはずのテーブルの向こうで、カリナさんがニヤニヤと笑っている。
あぁ、なるほど、つまりこれは。
「……それで、ドルザ・ファミリーのボスが、俺に一体何の話を?」
本当の意味で対等であるということ。
そして。
「ボス? あぁ、ほーかほーか。アリオスくん家のぼっちゃんは、うちらのことなんも知らんのか」
「どういう、意味です?」
思惑がどうかわからないけど、ネルバさんが俺から離れたということだ。
「ドルザ・ファミリー。ドルザっちゅうんは称号みたいなもんや。うちらは徹底的な実力主義っちゅうヤツでな? ファミリーの中でいっちゃん強いモンが一家の長としてドルザを名乗るんや。そんとき一等賞であっても、誰かに負けてもうたらすぐさまドルザを取っ払われてただの下っ端や。わかるやんな? うちはドルザとちゃう。せや、あんさんは今、下っ端と顔合わせとるんや」
露骨な挑発だね。
でも……いやぁ、ちょっとヘビィだわ。
思っていた以上にネルバさんのことがショックだし、テーブルの高さが急に相手側だけ高くなったのもそう。
「ドルザにそんな意味があったのですね。教えてくれてありがとうございます」
「ええんやええんや。まぁ、こないな程度のことも知らんとは思わんかったけどな」
実力主義者らしい詰め寄り方だというべきか。
相手を下と見たら一気に来るのは大正解と言っていい、サマにもなっている。
この場における俺の発言力はもう無いに等しい。
何を言っても弱者の遠吠えだ。事実として、ドルザ・ファミリーについて何も掴めていなかったのだから。
ドルザ・ファミリーに関しての下調べはしようとしたけど、今日という日に間に合わなかった。
単純に、召喚状が届いた日から今日までに日数がなかったからだ。
その時点で気づいて覚悟するべきだったな、ネルバさんのことを含めて、相当不利な状態で顔を合わせることになるって。
あるいは、もっと前からドルザについて調べておくべきだった、か。
いや、正直そんな余力はどこにもなかった。皆が皆、フルパワーでコトにあたっていた。
あえて言うなら、俺の力不足と言わざるを得ないだろう。もっともっと上手く、あらゆることを進められたのかもしれない。
「では、改めて。そのドルザ・ファミリーのカリナさんが俺に何を伝えに?」
「ほん?」
いや、たらればの話をしても仕方ない。反省はここを乗り切った後、存分にしよう。
ようやくニヤニヤを引っ込めてくれたんだ。
挑発は効果がないって思ってくれたならいいんだけど。
「うちらのボスがあんたに興味をもってなァ」
「それは光栄なことですね」
謂う所のドルザを冠する人が、俺に興味を、か。
流石に下半身がモノを言う感じじゃあないだろう、そうだとするならあんまりだ。
「光栄に思うときって、先に言われてもたな。せや、ドルザはあんたとの勝負を希望、熱望しとる」
「勝負、ですか。わかりました、受けて立ちましょう」
「……ほう? 内容も聞かず即答かいな。ええやんか、ただの弱者ちゃうな。とんでもないアホか、とんでもなく肝座っとるか、はたまた……まぁええ」
そこについてはご自由に。
現状俺、ひいてはアリオス・ファミリーへの評価は最低値と言っていいだろう。
実績を見れば、そうだと決めつけられないだろうが、ドルザ・ファミリーに同じことができるというのなら、また話が違ってくるわけで。
「うちとしてはおもんないんや。正確に言うならうちら、やけどな。そんなわけでボスと勝負する前にうちらと勝負せぇ……ギャンブルでな」
ギャンブル、か。
一先ず血生臭い話にならずに済んだと喜ぶべき、だろう。
視界の端にいるネルバさんも涼しい顔をしているし……いや、どこまで今のネルバさんを信頼していいのかはわからないが。
少なくとも裏の調停者という役割まで放棄はしていないだろう、俺の後ろ盾としては信用できないとしても、そっちの顔なら信用していいはず。
「返事は先の通りです」
「はっ……ええ度胸や、気に入ったで。アリオスちゃん言うたのは頭下げとく」
どちらにしてもここは受けるの一択しかない。
言葉の価値が地に落ちてしまった以上、残ったできることってのは行動を示す他にない。
「勝負の内容は言うた通りギャンブル、やるもんはそっちに選ばしたる。うちらのシマにないもんはあらへん、好きなん選んで勝負といこか」
「わかりました。日時はこれから二週間後でどうでしょう」
「夜逃げするにはええ期間やな? まぁええやろ、二週間後や。迎えのモンを龍娘にだしたる」
向こうから会いたいってか勝負したい? なんて言って会おうとしてきたわりに。
それを自分からご破算にしようとするなんてスジ違いも良いところで、色々すっ飛ばしてるな、とは思うけど。
明らかに、拗れさせようとテコ入れしてきた人がいる。
それがアヒルの子か、ネルバさんかはわからないが。
まぁ、実力主義ってんなら、話をする相手にだって相応の力を求めるものだろう。
付き合う義理はないけれど、付き合わなければならない理由がある。
力をつけよとベルード様にも言われたんだ。
今の自分ってやつを見直すには、いいのかもしれない。
~あべこべ異世界ワンポイントメモ~
●ベルード
服飾関係に力を持っていた成り上がり貴族。
ファッションブランド・ロザリオスを立ち上げ、見事に成功させたアリオスを心の底から認め、自分の息子にしようとしている。
●ネルバ
魔術師連盟の暗部担当。王都にて裏社会の調停者を担っている、陰の重要人物。
エルドとは良きライバル関係にあり、連盟内ではミアと手を組む機会が多かった。
アリオスのことをエルドを超える器と目し、ファミリーの結成を祝福、彼の後ろ盾を担うことに決めた。
■魔術師連盟
全世界の魔術師たちを管理しているミアの古巣。
魔術師のみが希少資源・魔石の仕事を扱えるため、独占する連盟の社会全体への影響力は計り知れない。
二話 勝ち筋の模索
「ギャンブル、でございますか」
ドルザ・ファミリー……いや、カリナさんとの会合を終えて。
事情を皆に話してみれば、珍しく露骨に嫌悪感を示すリリエルの顔に迎えられた。
「賭け事は嫌いか」
「あなた様が好きだと言うのなら好きになってご覧に入れます」
「安心していい、俺も好きか嫌いかで言えば嫌いだから」
「左様でございますか……良かったですわ」
露骨に安堵されたね、良かった良かった。
ギャンブル歴と言えば、前世で職場の先輩に半ば無理矢理連れて行かれたパチンコが何度か。
後はいわゆる家族麻雀くらいだろうか。賭けとしてではなく、お盆やら年末年始で集まる親戚連中とのコミュニケーションツールとしてだが。
「しかし、そうであればギャンブルで勝負とは不利なのでは?」
「まぁ、な」
何のギャンブルで勝負するにせよ、相手は本職でこっちは素人だ。得意苦手とか関係なく当たり前に分が悪い。
選ぶ権利がこっちにあるとはいえ、逆に言えばどれを選んでもカリナさんは勝てると思っていることに違いはないし。そもそもギャンブルとは胴元が勝利してこそなのだ。
単純に考えても、従業員をどうやって養うのかという問題だってある。利益がある程度確保されているからこそ、店として破綻してないのだ。
「だからギャンブルで勝負はしない。相手にするのは言ってしまえばシステムだ」
「システム、でございますか?」
胴元が利益を確保するための仕組み、それに向かって牙を突き立てる。
この世界に電子制御はない。つまり、パチンコだとかいう遊具はないのだ。
ミアに言ったらいずれ作ってしまいそうな気がして怖いが、魔石という存在はあっても前世ほど人力をカバーできるようなものはない。
システムという名前のイカサマが必ずある。運否天賦《うんぷてんぷ》でずっと勝利できる人なんていないのだ。
「――お待たせいたしました。ネズミたちより報告書が上がっています」
「ありがとう。しっかし早いな」
「此度の不利について、シュリを筆頭に思うところがあったようで」
言いながらトワも若干目を光らせててちょっと怖い。
自分たちが不甲斐なかったからなんて思っててくれたって話なんだろう、もっと力があればこんな不利な状態でコトを構えることはなかったと。後でそうじゃないよってフォローしないとな。
「うん。やっぱりギャンブルでも収益を安定して上げているな」
「はい。割合としては百人中二十名程が来店時より多く金を持ち帰っているようです」
調べてもらったのはドルザ・ファミリー、ギャンブルにおいての儲け具合だ。
儲けてくれてて少し安心したってところか。
他の事業で収益を上げているからギャンブルでは慈善事業よろしく、バラマキでもしてたらまず勝ち目は無かっただろう。
店側の勝率八割、か。健全かどうかは詳しくないだけに判断がつかないが、閑古鳥が鳴いているわけじゃないってことは、世間には受け入れられているわけで。
「遊戯目録も上がっております」
「見せてくれ」
名称は前世と違うが、大体カジノで思いつくような内容がズラリと。
ルーレット、カードゲーム……スロット? 電子機器はないはずだよな? どういう仕組みで作られてるんだ? いやまぁ、流石にこれで勝負はしないけど。
「あなた様? なんで勝負を?」
「まぁ……そうだな、やっぱりカードゲームになるだろうな」
ルーレットは言ってしまえば見ているだけ。
玉が投げ入れられるのを指咥えて待ってるしかないのに、どうやって仕組みを探れってんだという話。
スロットに関しても同じく。
遠隔操作がどうのってのは抜きにしても、確率で一発勝負ってのはな。
消去法的にもカードしかないだろう。
「カード……であれば、クロードが一般的でしょうか」
クロード? なんだそりゃ。
「あ、クロードなら任せて! ぼく、詳しいよ!」
「へぇ? なんだか意外だな。セリカはギャンブル好きなのか?」
「ぎゃ、ギャンブルとして、じゃあないけど。クロードって、その、貴族の嗜みみたいなもの、だから」
照れてというよりは、なんとなくバツが悪そうにセリカが言う。
今更、といえばそうだけどセリカも一応貴族の血を引いているんだよな、家名持ってるし。
「ならこの後教えてもらっていいか?」
「う、うんっ! お任せ、だよ!」
安心したように笑顔で頷いてくれた。
さて、後は――。
「戻った、よ」
「おかえり、ミア。どうだった?」
なんて、聞くまでもなく芳しくないとわかる肩の落ちっぷり。
「ダメ。ネルバ、全然何も教えてくれない。それどころか、私は務めを果たしただけだとしか言ってくれない」
悔しそうな、それでいてわけがわからないという表情だね。
付き合いがあって、うちに来てくれた時からもずっと窓口をしてくれていたんだ、心中計り知れない、が。
「務めを果たしただけ、か」
「……ご主人様?」
引っかかりがある。
もしもネルバさんが俺から離れたというのなら。
あの人のことだ、ホットラインを閉鎖するくらい平気でしてくるだろう。
にもかかわらずミアとの繋がり、ひいてはうちとの関係を遮断していない。
「その、アリオス、さん」
「うん?」
声に顔を上げれば、ちょっと覚悟決めたミアの顔がそこにあって。
「ごめん!!」
「どうした急に」
「ミア! ネルバにうちにおいでって言った! アリオスさんに相談なく! だから! これってもしかしたら――」
……あぁ、なるほど。
「顔上げてくれ、ミア」
「あ、上げられないよ……! ミアが、先走ったから、ネルバは……!」
「ミア」
「う、うぅ……」
ふるふると上げられたミアの目には涙が溜まっていて。
「ありがとう」
「……え?」
「俺を想って、その上ネルバさんのことをも想ってやってくれたことだろう? だったらありがとうだよ」
若干どころか自分のことでいっぱいいっぱいだったからな。
その分動いてくれてたってわけだ、嬉しいよ。それに、繋がった。
「うあ、ごめん、ごめんねアリオスさん……!」
「良いんだって、ほら、おいで」
ぽすんと腕に収まったミアの背中を撫でながら。
務めを果たしたというネルバさんの言葉。
先のカリナさんとの会合での態度。
なんてことはない。
「そうだよな。ドルザ・ファミリーを御するってことは、ネルバさんの役割を必要としなくなるってことだもんな」
親心、とでも言うのだろうか。
「ミア、それに皆。これは多分、ネルバさんから下された、最後の試練だ」
「試練?」
自分という盾を必要としなくとも、俺が、ファミリーがしっかりやっていけるのかどうかを見定めるための。
「あぁ。ポジティブがすぎるのかもしれない、ほんとはただ俺たちを陥れるためだけなのかもしれない。けど、俺にはそうだとは思えない。ネルバさんは……俺たちがこの社会、世界を羽ばたける存在なのかを確かめたいんだよ」
なら、勝たなきゃ。
安心させてあげなきゃ。
その上で。
「大丈夫だミア。今度はちゃんと、俺が口説きに行く」
あなたと、あなたの意思を守れる男になったんだと。
さて、クロードというカードゲーム。
「え、えぇと、アリオス様? こんなこと言ったら、えと、ダメなんだろう、けど」
「いや、言ってくれ……」
「う、うん……その、ほ、ほんとに、大丈夫?」
「……ダメかも」
クロードなんて言ってはいるが、ほとんどポーカーのようなものだった。
親からカードを五枚配られて、その組み合わせで決まる役で相手と競い合う。
違う点があるとすれば、トランプのように一種十三枚を四種、ジョーカーを入れて五十四枚ってわけじゃなく、一種十枚の十種類、ジョーカー抜きの総数百枚あるってことくらい。
「そ、その。あなた様は少し、はい、ほんの少しだけ、運が悪い、のかと」
「え、えぇそうですとも、少し、少しだけ悪いのです」
「ミ、ミアはアリオスさんの味方だよ!」
やめてくれ死にたくなる。
あーあーそうだよ、そうですとも。
ビギナーズラック? なにそれ美味しいの?
ギャンブル中毒の先輩にすら気を使われる程の俺ですよ!!
「で、ですが流石に……十回やって一度も役なしというのは……」
「運が悪い、ってだけじゃ、済ませられない、ね」
はい、そういうことです。
ポーカーと同じく、配られてから手札を見て山札から捨てた数と同じ枚数を引けるのは良いんだけど。
何をどうしようとも手札で役が作れない。
「……俺の負け分は?」
「……コイン、八十三枚ですご主人様」
トワですら口元が引きつっている程の負けっぷり。
山からカードを一枚引けばコイン一枚というように、引く枚数分コインを支払うってルールがある。
更に場代、親が最初に決める額で乗算されるのだ。
要するに、親が最初に場代としてコイン三枚と決めれば、山から二枚引こうと思えばコインを六枚支払わなければならない。
そしてカードをオープンして勝負し、勝ったほうが場にあるコインを総取りする。
俺は、一度もコインを手元に寄せられないまま、ただただコインを支払って山からカードを引くマシーンと化していた。
「えぇと、何と申せばいいのでしょうか……」
「いや、いいんだリリエル。はっきり言って、こりゃまともに勝負はできない。やったら負ける」
イカサマなしでこの結果だ、もしかしたらイカサマしたとしても負ける可能性すらある。
「で、ですが」
「わかってる、イカサマを見破るだなんだ以前の問題だ。ヒラで十分勝てるなら、イカサマをする必要なんてない」
最初に考えていたのは、イカサマさせてそれを見つける、あるいは利用するって作戦だったが、これじゃあダメだ。
あー……転生したんだからさぁ、この賭け運の無さもなんとかしてくれてもいいじゃんよ、神様。
「うん……アリオス様? このままじゃ、負けちゃう、ね」
「だからってあちらさんの縄張りぶっ壊しはだめだぞ?」
「わ、わかってる、わかってます。だ、だからそう、じゃなくて、ね?」
――通用するかは、わからないけど。
そう前置きした上で、セリカは。
「……へぇ?」
「い、一応、ルールには違反してない、から」
面白い奇策を、口にしてくれたのだった。
~あべこべ異世界ワンポイントメモ~
■ネズミ
情報収集や暗殺など影の仕事が専門のチームだったが、アリオスをボスとしてからは縄張り内の治安維持が主な仕事になっている。