セフレから始まるラブコメ4 ヒエラルキー頂点の超美形ギャルがなぜか初対面の俺にデレデレしてくる

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電子版配信日:2025/04/25

電子版定価:880円(税込)

セフレの彩桜莉さんとギャル友達と過ごす夏、花火大会の時が来た。
浴衣姿で誰よりも輝いて見える彩桜莉さんと花火を満喫し、
二人で祭りを抜けて旅館の畳の上で、そのまま浴衣エッチ。
旅行から帰った後は、オタクな彼女の推し活リアルイベントに参加!
会場には彩桜莉さんの推しメンにして、俺と同姓同名の二次元キャラが……
俺は君が一番好きなのに、君は二次元の推しかセフレの俺、どっちが好きなんだ!
「アタシらそろそろ、セックスフレンドやめることにしない?」
セフレから始まったラブコメ最終巻、ついに辿り着いた最高の関係性!

目次

第一話 柚夏ちゃんのお願いは絶対

第二話 伝説の花火の伝説

第三話 はたらく学生さま!

第四話 負けヒロインが少なすぎる!

第五話 この中に1人、セフレがいる!

第六話 セックスフレンドですが、なにか?

第七話 浴衣と団扇は使いよう

第八話 ソードアート・オフライン オルタナティブ ガンゲイル・オフライン

第九話 迷い人オーバーラン!

第十話 イオリの空、花火の夏

第十一話 ご愁傷さま勘解由小路くん

第十二話 弱キャラ勘解由小路くん

第十三話 勘解由小路颯斗の野望

第十四話 彩桜莉さんの一存

第十五話 おまえをオタクにしてやるから、俺をセフレにしてくれ!

第十六話 勘解由小路颯斗の中の人

第十七話 声優トークショーのウラオモテ

第十八話 ラップバトルは特別展のなかで

第十九話 戦うラッパーと恋するギャル

第二十話 坂倉イオリの憂鬱

第二十一話 さよなら彩桜莉ソナタ

第二十二話 ギャル好きの下剋上~恋人になるためには手段を選んでいられません~

第二十三話 経験済みなキミと、経験済みなオレが、キスをする話。

第二十四話 俺が好きなのはお前だけだよ

第二十五話 Re:ゼロから始める恋人生活

第二十六話 恋は二人で割り切れない

第四巻購入特典 誰が彩桜莉を愛したか

本編の一部を立読み

第一話 柚夏ちゃんのお願いは絶対



 女子の支度は時間がかかる。それが朝の身支度ともなれば、なおさらだ。
「……めっちゃくちゃ遅い……」
 学内ヒエラルキー頂点に君臨する美ギャルグループの海水浴旅行に、なぜかひとり紛れ込んでしまったモブキャラの俺。
 そんな俺は現在、宿泊している『よのや旅館』の玄関口に立っていた。近くに堂々とそびえる木々には蝉がいるようで、朝から元気よくミンミンとやかましく鳴いている。
 まだ午前中であるというのに、照りつける日差しは耐え難い暑さだった。じりじりと肌の表面を焼かれ、あっさりと音を上げた俺は、さっさと日陰へと退避する。顎から垂れそうになる汗を手の甲で拭うと、「まだかな」とつい小さくぼやいてしまうのだった。
 同じ部屋で寝泊まりをしている、ギャルのみなさん(厳密に言うとそよぎさんは〝ギャル〟とは違うのだが)。
 彼女たちは、昨晩はすっぴんでも平気で俺の前をウロウロと歩き回っていて、俺のことを異性だとはつゆほども感じていないようなそぶりを見せていた。
 けれどそんな彼女たちでも、朝の、特に寝起きの顔だけは例外だったらしい。
 おかげで俺は、かなりのお寝坊をかましてくれた亞遊《あゆ》さんが起きてきて顔を洗う頃まで、衝立で隔離された部屋の隅から出ることを許されなかった。
 ようやくのことで全員が起きて、朝食を食べたあとは、
「それじゃあ私たちはメイクしたりするから、あんたはとっとと着替えて外行ってなさい」
 と、柚夏《ゆか》さんによって、つれなく外へと放り出された。
 しまいには泣くぞ。
「あー、……暑っちぃー……」
 俺が手のひらでパタパタと自らを仰ぐようにして暑さをしのいでいると、ようやく旅館の玄関の引き戸が開かれる。どうやら女性陣の支度が整ったらしく、ぞろぞろと揃って外へと出てきたようだった。
 見れば全員、いつも通りの見慣れたメイクをした姿である。起き抜けの時のすっぴんとは、やはりオーラが違って見えた。
 外で待っていた俺に気づいた柚夏さん、亞遊さん、そよぎさんが、それぞれこちらに声をかけてくる。
「おまたせ、颯斗《はやと》」
「ぎゃはは、なに汗だくになってんだよ颯斗ぉー!」
「この程度の暑さでだれるとは、鍛錬がなっておりませんよ!」
「誰のせいですか、誰の」
 昨日は旅行の初日だったこともあり、俺たちは早々に海へと遊びに行っていた。
 けれど今日は、昨日とは行き先も目的も異なるため、みんな水着ではなく、動きやすそうな身軽な服装となっている。
「アハ。颯斗、おまたせ~」
 ギャルグループの最後方から、彩桜莉《いおり》さんが顔を覗かせ、俺に声をかけてきてくれた。
「なあに、颯斗ってば、外で待ってたの? 中のロビーで待ってれば、涼しかったのに」
「あ、ほんとだ……」
「アハ。うっかりさんじゃん!」
 そう言ってケラケラ笑う彩桜莉さんは、オシャレ第一主義者の彼女にしては珍しく、かなりの軽装であった。
 頭には日よけにツバ付きの帽子を被っており、スポーティーな印象を受ける。髪の毛もそれに合わせてかシニヨンにまとめており、赤いピアスをつけた小ぶりな耳がよく見えた。
 服装も白のティーシャツにホットパンツと、非常にシンプルである。しかしながら首からはシルバーのネックレスをさげていたりと、細かなオシャレに余念がない。ホットパンツからむき出しの肉付きの良い太ももが眩しく、俺はつい見入ってしまう。
 すると俺の視線に気づいたか、彩桜莉さんは「やだもー」と照れた様子で俺の肩を叩いてきた。
「もー、めっちゃ見るじゃん。やめてよ、恥ずいから」
「あ、ごめん。すごく似合ってるから、つい……」
「…………」
「……彩桜莉さん?」
 反応がないのを不思議に思い、彼女の顔を見やる。
 すると彩桜莉さんは、頬を赤く染めて、恥ずかしげに俯いていた。
 あれ? おかしいな。オシャレ上級者の彩桜莉さんは、服装を褒められる程度のことで、ここまで照れるようなことはあまりないと思っていたのだけれど。
「彩桜莉さん?」
「……ん。ああ、ごめん! なんかちょっと、昨日変な夢見ちゃったみたいで。ちょっと、調子が狂っちゃっててさ」
「変な夢って、どんなの?」
「覚えてないんだよねー。でも、起きた時めっちゃ変な夢見た~って気がしてたから、たぶん変な夢」
「へえ、悪夢とかかな」
「いや、めっちゃいい夢で、めっちゃ気持ちいい夢だった気がするんだよね」
「気持ちいい? 夢で気持ちいいってまた、そりゃあ不思議な感じだね」
 と、俺たちが話をしていると、『よのや旅館』の玄関に車が回ってきた。昨日、駅から俺たちを運んでくれたのと同じ、この旅館の名前が書かれている送迎車である。
 運転をしてくれているのはここの旅館の従業員のようで、彼は運転席の窓を開けると俺たちに声をかけてきた。
「さあ、行きますよ。お嬢さんとお連れさんがた! 乗ってください!」
「お嬢さんはやめてってば! ガラにもない!」
 お嬢さん、と呼ばれた柚夏さんが、珍しく頬を染めて声を荒げていた。
 ライトバンの送迎車に乗り込むと、車はエンジンを噴かして走り始める。都会と違って車社会だからか、単に歩行者が少なく事故る可能性が低いからか、送迎車の運転はやや荒っぽい。柚夏さんが特に何も言わないところを見ても、このあたりの人にとっては、普通のことなのだろう。
 やがて俺たちが連れていかれたのは、車で五分ほど走った先にある神社だった。駐車場に停めたライトバンから降りると、足元には玉砂利が敷かれている。そして外に出ると、蝉の声と同様に、いやそれ以上に騒がしい人の声が聞こえてきた。
「さて、と」
 俺たち全員が車から降りたのを見て、柚夏さんが言う。
「今日からはあなたたちには、この神社で開催される夏祭りの準備に参加してもらうからね」
第二話 伝説の花火の伝説



 柚夏さんの地元で開催される、夏祭りの準備を手伝うこと。
 それが、彼女が俺たちを『よのや旅館』に無償で招待してくれることの条件であった。
 しかしながら実際にその準備の光景を目の当たりにして、亞遊さんは当然のように顔をしかめて文句を言い出す。
「ええー、夏休みだってえのに、働けってのかよぉー」
「人手が足りないのよ。小さな田舎町なのに規模が大きい夏祭りで、近隣の県からもけっこうな数の観光客が来るレベルなんだもの」
 俺たちの前にある神社だが、その敷地面積は、それなりに大きいらしいことがわかる。駐車場の向こうにずいぶんと長い石階段があり、境内はその向こうにあるのだそうだ。
「当日はね、この駐車場のあたりはもちろん、あっちの境内の方までいろんな出店が並ぶのよ」
 と、柚夏さんが昔見た光景を懐かしむように言った。
 俺は「へえ」と声を漏らし、柚夏さんに尋ねる。
「お祭りって、そんなに盛り上がるんですか?」
「そうよ。その日だけは田舎ってこと忘れちゃうくらい。この駐車場なんかは広いから、櫓《やぐら》を建てて盆踊りをやるわけ。田舎町のくせに毎年気合い入っちゃってて、恥ずかしいわよね。まあもう祭りとか海とかでしか人を呼べないから、必死なんだろうけど」
「でも、楽しそうでいいなと思いますよ」
「まあね、楽しいは楽しいわよ。準備が大変なのをどうにかできればね。あと、そうだ。あれもあるのよ、打ち上げ花火」
「打ち上げ花火?」
 魅力的なワードを耳にして、彩桜莉さんや亞遊さんらもパッと顔を明るくする。
「花火? 花火あるの?」
「マジで? 花火あんのか?」
「うん、あるわよ。ここらは海が近いでしょ。だから海岸で花火を打ち上げるの。この神社からもけっこう見えるわよ」
「それ、魅力!」
「へえーっ、楽しみになってきたぜ!」
 と、ギャルの女の子たちがキャピキャピとはしゃいでいると、そよぎさんが柚夏さんに尋ねた。
「して、ボクたちはこれから、何をお手伝いすればよろしいので?」
「ああ、そうね。……体力の自信あるのは?」
 柚夏さんが尋ねると、亞遊さんとそよぎさんがなんの迷いもなく手を挙げた。それを見て、俺も遅ればせながら手を挙げる。さすがに体力に自信ありと女子が言っているのに、男子として手を挙げないわけにはいかなかった。
 それを見て柚夏さんは満足そうに頷くと、俺たちに仕事を割り振る。
「おっけー、じゃあそっちの三人は盆踊りの櫓設営チームね」
「絶対大変そうな仕事押し付けられた!?」
「残った私と彩桜莉は、出店の設営手伝ってくるから。ま、汗水垂らしてせいぜいがんばってきてちょうだい」
「それが夏祭りの手伝いを買って出た立場の人たちにかける言葉ですか!?」
「その代わり、うちの旅館に泊めてあげてるでしょ。さ、わかったらキリキリ働いてきなさい」
 柚夏さんに背中を押されて、体力自慢チームの三人は櫓の方へと追いやられてしまった。
 櫓はまだ設営されていないようで、資材が地面にまとめて置かれている。支柱と思しき太めのパイプや、足場らしき骨組みなどがあるようだが、一見してどう組むのか皆目見当がつかなかった。
「なんていうか……大変そうですね。これを今から俺たちで組むってことですよね……?」
「へええ、今からこれを櫓にしてくのか! めっちゃ楽しそうだな!」
「ええ、腕が鳴りますね!」
「あれ、このふたり、けっこう乗り気だぞ?」
 亞遊さんはティーシャツの袖を腕まくりして、肩までむき出しにしている。やる気は十分といったところか。さっきは夏休みだというのに働きたくないと文句言っていたものの、今は櫓を組み立てるという行為に対しての好奇心が勝っているようだった。
 と、俺たちが資材を見ていると、背後から複数人のおじさんたちが声をかけてきた。
「おっ! 君らが、よのやさんとこに泊まってるっちゅう、柚夏ちゃんのお友達だっぺ?」
「この暑いのに、手伝っちゃってもらっちゃって悪いねえ」
 いずれも長くこの町に住んでいるといった様子の、年嵩のいった男性たちである。どうやら俺たちは、この人たちを手伝いながら櫓を組めばいいみたいだ。
 俺はおじさんたちに向かって頭を下げる。
「初めまして。柚夏さんの大学の友人です。本日はお世話になります」
「ああ、そんな礼儀正しくせんでもええよ。柚夏ちゃんの友達なら、なんも心配してねえから」
「それに世話になるのは俺たちの方だっぺな。みーんなトシだから、櫓建てんのも大変でなあ」
 するとおじさんたちは、俺といっしょに並ぶ亞遊さんとそよぎさんを見て「おや」と声を漏らす。
「なんだなんだ、よく見たら、ふたりはべっぴんの女の子だっぺな」
「櫓は重てぇぞ。女の子で大丈夫かな」
「アァン? んだコラァッ、女だからって舐めてんじゃねえぞオッサンたち!」
「あ、亞遊さん! いきなり初対面の方たちに噛み付かないでくださいよ!」
「噛み付いてなんかねえだろコラ! 離せ! 噛むぞコラッ!」
「痛ででで! 本当に噛まないでください! こらっ! 狂犬ですかあなたは!」
 亞遊さんに腕を噛まれながら「どうどう」と鎮めていると、おじさんたちは楽しそうにゲラゲラと笑い始めた。
「いや、べっぴんの女の子かと思ったら、えらいヤンチャ娘だっぺな」
「こんだけ元気がありゃあ、十分だっぺ」
「すまんかったすまんかった」
「ケッ。わかりゃあいいんだよ、わかりゃあ」
 おじさんたちが頭を下げるのを見て、亞遊さんは満足そうに鼻を鳴らした。そんな様子を見守りながら、そよぎさんは早く体を動かしたくて仕方なさそうにうずうずしている。
「ほいじゃ、さっそくやっていくかね」
「はいっ! よろしくお願いいたします!」
「おや、こっちの女の子もずいぶん元気がええね。重いけど大丈夫かい?」
「鍛えてますからっ!」
「頼もしいっぺなあ」
 男子の俺よりも、女子のふたりの方が、爆速で気に入られてしまったようだ……。
 それから俺たち三人は、おじさんたちに教えてもらいながら、櫓の組み立てを手伝うこととなった。櫓自体は何十年も前に町内会でお金を出し合って購入したものだそうで、毎年夏祭りの時期は自前で設営しているのだという。
「なにもイチから組み上げるわけじゃなくて、パーツごとに組み合わせて、でけえ櫓にすりゃあいいだけだっぺな。慣れたらすぐ終わっぺよ」
 さすがに何十年も使っているだけのことはあり、おじさんたちは手慣れた様子でどんどんと足場を組んでいってしまう。
 それを見ながら、俺たち若手三人も、教えてもらった通りに足場を組んでみる。
 櫓は組む前からある程度ユニット式になっているようで、俺たちはそれを広げて組み合わせて、ネジを締めるだけ。しかしそんな単純作業であっても、炎天下での作業ともなれば負担は大きい。俺たち三人は作業を進めるうちに、瞬く間に汗でビッショリになってしまう。
「だあ、もう! 汗が目に入るぜ!」
 亞遊さんが豪快にグイッと腕で額を拭う。
 汗でビッショリになったティーシャツは肌に張り付き、おそらくは見せブラなのだろう紫のブラジャーが、うっすらと透けて見えていた。
 そんなふうに汗にまみれながらも作業に取り組む彼女の姿は、どことなくガテン系っぽい雰囲気がある。こんな子が現場で働いてても、あんまり違和感ないだろうな……。
 ジリジリと太陽に焼かれつつ作業をしていると、そよぎさんが「ふう」と息をつき、声をかけてくる。
「とりあえずこれを組んでしまえば、足場は大丈夫そうですね!」
「やっとかあ。でも、まだ足場だけなんだよな」
「ええ。本格的な櫓を組むのであれば、まだまだ先は長そうですね」
「そよぎさんは、暑さ大丈夫? さっきから元気に動き回ってるみたいだけど」
「ああ、ボクは慣れていますからね! 夏の暑さにも、太陽の日差しにも!」
 そよぎさんはそう言って、自信満々に某筋肉芸人の『パワー』みたいなポーズをとる。
「暑さに慣れてるって、けっこう外で遊んでたとか?」
「いえ、どちらかというと主に屋内ではありましたが!」
「インドアなのに、夏の暑さに慣れているの……?」
「ハッハッハ! 颯斗さんは、人間の汗で発生した雲の立ち込める建物の中を歩き回ったご経験は、おありですかな!?」
 あるわけないだろ。
 これ以上つつくと、なにやらやばいことになりそうなので、俺はそこらへんで会話を切り上げることにした。
 と、そんなタイミングで、おじさんたちがこちらの様子を確認しに近づいてくる。
「おお、けっこう進んだみたいだっぺな! 上出来上出来!」
「すみません、時間かかってしまいまして」
「手伝ってもらってるだけありがたいから、気にしないでいいっぺや。それよりも少し休憩すべえ。水分補給せんと、暑くてやってらんねえわ」
 おじさんたちに背中を押されて、俺たちは日陰へと追いやられる。自動販売機があったのだが、おじさんは気前よく俺たちにおごってくれた。
 日陰で各々喉を潤していると、おじさんが話しかけてくる。
「君らは祭り当日もいるんだっぺ?」
「はい、その予定です」
「そうかそうか。こんな田舎だけど、夏祭りだけは特別だっぺ。夜店がキラキラしてて、盆踊りが華やかで、そりゃあ綺麗なもんよ」
「そうなんですか……それはいいですね」
「ああ、ああ。んでなあ、最後にはどどーんと、海で花火が上がるんよ。これがまた毎年盛り上がってなあ」
 そこまで話したところで、おじさんは「おっと、そうだっぺや!」と手を叩いた。
「実はここだけの話、その花火大会にまつわる有名な噂話があるんだべ!」
「ここだけの話なのか、有名な話なのか、どっちなのかが気になるところではありますが」
「有名な話だっぺ!」
 おじさんは言いながら、海のある方の空を見やった。まだ空は明るいが、おそらく当日はそのあたりで花火が打ち上がるのだろう。
「なんでも、うちの花火大会の日に、花火を見ながらキスをすっと、そのカップルは結ばれるっていう話でなあ!」
「ははあ……」
「あ、信じとらんな! 本当なんだぞ! 中嶋さんとこの甥御さんや、星野さんとこの孫っ子もその噂の通りに……」
「自分たちが花火大会の時にキスしてたことを、町内会レベルで噂されるの、嫌すぎるな……」
 まあ、田舎の方にはよくある、地域振興の一種なのだろう。
 そういう噂をまことしやかに広めれば、その気になったいい感じのカップルが祭りに来て実践してくれる。
 当然そんな噂を実際に試すようなカップルであれば、なんの問題もなくそのまま結ばれる可能性が高い。
 元手はなく、ノーリスクで地元の祭りに付加価値をつけられる、よくある手段だ。
「ちゅうわけで、きみも気になる女の子がいたら、花火を見ながらキスをするとええ! がっはっは!」
 おじさんはそう笑いながら、俺の背中をバシバシ叩いて話を締めくくった。
 花火を見ながら、キス……ねえ。

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