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放課後インスタントセックス 1

第一話 部屋来て5秒で

 

 チャイムもノックもなかった。
 がちゃり、と玄関のひらく音がして、ベッドにすわっていた僕、石野清明《いしのせいめい》は、ひろげていた参考書から顔をあげた。
 南川雫《みなみかわしずく》が、さも自分の家のように部屋の中へ入ってくる。
「はぁ、マジ暑いわ……」
 ただいまを言われても妙だが、挨拶もなかった。ローファーを脱ぎ、部屋へとあがりこむ南川の目が、ベッドで固まっている僕をとらえる。
「ん? なに?」
 ちいさく首をかしげる南川。
「あ、いや、当然のように人の家に入ってくるなって」
「いまさら? 石野も鍵あけて待ってんじゃん」
「え、あ、うん」
「ねえ、まだ五月もはじまったばかりだよ? 暑くない? 石野、なんでエアコンつけないの?」
「……僕もいま、帰ってきたから」
 実際は電気をできるだけ使わずにいようとしているだけで、すでに帰ってきて三〇分以上は経っている。
「ふうん。なら、つけてもらっていい?」
 いいけど。答えて、僕は参考書をベッド脇にある机の上に置いた。代わりに、エアコンのリモコンを手にする。
「……ほんと暑いわ」
 言いながら、南川が短い廊下の途中、何度も僕の部屋に来るうちに定位置となった場所にカバンを置く。そして玄関のすぐ脇にある洗面所へと姿を消した。ほんと自分の家のような、習慣化した動きだ。
 僕はリモコンでエアコンのスイッチをオンにした。ベランダにつづく窓をしめるために立ちあがる。この部屋に越してきて、初めてつけたエアコンからはすこしだけホコリの匂いがした。

 南川と僕は、恵万学園に通っている同級生。
 二年生で同じクラスになって、すでに一ヶ月ほど経つけど、しゃべるようになったのはつい最近のこと。
 南川はクラスの中心的な人で、分け隔てなく誰とでも気軽に話をする。友達も多く、いつだって周りにはクラスメイトが集まり、笑い声があがる。同じクラスにいながらにして、僕とはまったく違う世界の住人といった感じで、交流なんて金輪際ないはずだったが、いまや放課後になると、部屋に二人きりだ。

 

 手を洗い終えた南川が洗面所から出てきた。
 南川の髪は、色素が薄いため、光のあたり具合によっては茶色に見えた。ふわりとしたショートボブで、前髪は短めに切りそろえられている。太めの眉に、ちょっとだけ上をむいたちいさな鼻、いつでも桃色をした唇と頬。南川が、同級生よりもすこし幼く見えるのは、口角をちょっとあげただけでできる笑窪のせいだった。
 身長は一六〇センチあるかないか。全体的に細身だけど、胸はそこそこある。スカートから伸びる太ももはほどよい肉付きで、触ったときの心地よい感触が想像できる。派手すぎもせず、だからといって地味な感じもしない、誰が見ても美少女、それが南川だった。
「石野はさ、今日の小テストでけた?」
「数学の?」
 ベッドにすわり直していた僕は、尋ね返した。学園では一切会話をしないのに、こうして当たり前にしゃべっている。そうそう、と返事をしながら南川がスマホをテーブルの上に置く。制服のリボンをはずしながら首をかしげた。
「あれけっこう難しくなかった?」
 南川がスカートの中に手を入れて、ショーツを脱ぎはじめる。
「そ、そうか?」
「そうでもないか……石野は勉強できるもんね」
 足を片方ずつあげると、ショーツを完全に脱いでしまう南川。手で簡単に丸め、床に置いてあったカバンの中へとショーツをしまった。
 僕は生唾を飲んだ。
「中間テストも、あの中からけっこう出すって言ってたな」
「ああ、言ってた言ってた……そう考えると、いい予習だったのかな」
 制服を崩すことなく着用する南川が、僕がいるほうへとやってくる。化粧っ気はないが、外が暑かったからか、頬は赤らんでいた。
「あ、冷えてきたね」
 エアコンから涼しい風が吹いていた。スイッチを押してから間もないため、エアコンも低い唸り声をあげながらフル活動だ。
 南川のスカート丈は膝より二〇センチほど上だ。校則ではスカート丈は膝と同じ高さと決まっていた。つまり校則違反だが、南川は学校ではちゃんと校則を守っている。下校時に、スカートのウエスト部分を何度か折り返して、短くしているわけだ。
 僕は南川がちかづいてくるのを見ながら、ベッドに体を横たえた。そそくさとベルトをはずし、制服のスラックスとボクサーパンツをずりさげる。ぴょん。おもてに出てきた肉棒は、ぎんぎんに勃起していた。
 いきり立った肉棒を一瞥しただけで、南川はとくに表情を変えず、ベッドの上に膝をつき、仰向けになった僕へとにじりよった。流れるような動作で僕の下半身にまたがる。
「ねえ、テスト勉強、ここでやってもいい?」
 南川が腰をおろしていく。
「ダメって言っても来るんだろ?」
「そうだけど……あ、んッ。でか……」
 肉棒と、南川の膣口が接触した。スカートで見えないが、南川の大事な部分が濡れに濡れているのが、肉棒の先っぽから伝わる。
「それと、勉強も教えてね」
 準備は万端のようで、そのまま南川は躊躇いなく腰をおろしていった。ずぷぷ。凸が凹へと入りこんでいく。
「いいけど……」
「はッ、あ……入ったぁ……とくに数学が、よくわかんないんだよね」
 言いながら、さらに南川が腰をおろしていった。
「はぁ、あ」
 快感に抗うことができず、僕は息を荒くした。
 どうした? と、いった感じで南川が顔を覗きこんできた。
「なに? 数学が苦手な人を馬鹿にしてる?」
「してないしてない」
 首をふる僕に、南川が白い歯を見せて笑った。
「冗談だよっ。うちの膣が気持ちいいんだよね?」
 その通りだった。

 暑い暑いと言いながら帰ってきただけのことはある。南川の膣は温かかった。
「んッ、んッ……」
 唇を噛み、僕の上でゆっくり腰をふる南川。結合部から、くちゅくちゅ、とちいさな音がする。肉棒がほどよく擦れて気持ちがいい。
「はふぅ、んッ、あッ」
 高い声を出しながら、南川が腰をうごかす。余裕はあるものの、眉をすこしハの字にしていて、感じているのがわかる。
「はッ、あッ……小夜《さよ》も、勉強に呼んでいい?」
 僕の上にまたがったまま南川がきく。首にうっすらとかいた汗が色っぽい。
「小夜って……二見《ふたみ》のこと?」
「そそ。んッ、一緒に勉強することになってんだけど……あ、奥、あたるッ」
 南川が腰を深く沈めた。肉棒の先端が子宮口にぶつかり、ぐうぅと刺激される。そのまま腰を前後にうごかしながら、南川が言葉をつづけた。
「でもさ、小夜も数学が苦手だから」
 二見小夜もクラスメイトだった。
「うぅ……あッ、気持ちいぃなぁ、もうぅ……んッ」
 だんだん南川の動きが激しくなっていく。結合部からさらに音がする。くちゅくちゅ。子宮口に押しつけられた肉棒の先端から、全身へと快感がひろがる。
 必死で腰をふる南川が、僕の目を見つめて笑った。照れたような、しかしどこか偉そうな笑顔だ。快感に表情をしかめる僕を見て、よろこんでいる。
「あッ、ん。石野はイキそう? うちは、んッ。そろそろ……」
「僕も……」
 射精感は高まっていた。だが、調整できないほどではない。気持ちはいいが、忘我はしない。それは南川も同じで、余裕がまだまだある。いつ果てるかは、自分たちで調整ができる、最低限の露出だけをしたお手軽なセックスだった。
「最後は、あッ、石野、うごいてッ」
 南川が両手を僕の胸の上に置き、唇をちょっと尖らせた。自分でうごくのは嫌いではないが、イクとなると自力ではイヤということだ。何度も南川と体を重ねている僕はそのことを知っている。
「はッ、あッ……んッ」
 僕が腰をうごかすと、南川の顔が天井をむいた。快感の海に自ら飛びこみ、さっさと果てる準備をしている。
「んんッ、あッ」
 制服の上からも南川の胸がゆれているのがわかった。
「石野……うち、イキそう……あッ。んなッ」
 僕もそろそろだった。ベッドの上で跳ねるように腰をうごかし、南川の膣を味わう。射精の瞬間だけは、すべてを忘れ、ただただ快感に身をゆだねる。
「あぁッッ……」
 果てたのは同時。僕が腰を限界まで上にあげ、したたかに射精すると南川もイッた。大きく息を吐くと、天井をむいていた南川の顔が僕へとむく。
「はぁ……石野の、まだ出てる……」
 どくどく、と僕は長い射精をしていた。南川の子宮内へと精液を出しきるまで、挿入したままだった。

「ふはぁ……はぁ……」
 射精が終わると、南川は精液が漏れ出ないよう慎重に僕の上からおりた。額に滲んだ汗を拭い、会話を再開する。
「で、小夜も呼んでいいよね?」
「いいよ……」
「じゃあゴールデンウィークが終わったあたりからよろしく……うち、シャワー浴びてくるわ」
 南川はベッドからおりると、風呂場に繋がっている洗面所にいなくなった。
 後処理をした僕は、参考書に手を伸ばして続きを読んだ。
 風呂場のほうからはシャワーを浴びる音と、鼻歌がきこえてきた。

 僕と南川がちゃんと話したのは、二年生になったばかりの四月上旬。桜が散りはじめていたころだった。夕方に日課のランニングをしていた僕は、部屋からすぐの東方公園で南川を見かけた。公園に入ってすぐのところにある林と林のあいだの細道で制服を着た南川がしゃがんでいたのだ。
 具合でも悪いのかと思い、僕は慌ててちかよった。
「み、南川……平気? お腹でも痛い?」
「え? あ……」
 顔をあげた南川は僕を認めると苦笑いした。
「石野……なに、あんた走ってんの?」
 格好で僕がランニングしているのだとわかったのだろう。肩をすくめると僕は答えた。
「まあ、帰宅部だと運動不足になるからね」
「なら運動部に入ればいいのに……変なの」
「そんなことより、南川……体調が悪いとかじゃないの?」
「ああ……」
 と、声をかけられた理由を察した南川が立ちあがった。背中で見えなかった南川の胸元が見えた。そこには、ちいさな子猫が抱えられていた。
「猫?」
「捨て猫だね……」
 捨て猫が林の中でか細く鳴いているのを見つけ、拾ったのだという。そこにたまたま僕が通りかかったわけだ。
「うち、お姉ちゃんが猫アレルギーだから飼えないんだよね……」
 どうしよう、と子猫に目をやる南川はほとほと困り果てた感じだった。見捨てるという選択肢はないようだ。
「一時的でいいなら、うちで預かろうか?」
 そう僕が提案すると、南川が目を大きく見開いて顔をまじまじと見てきた。
「石野って、思っていたよりも優しい?」
「……どう思われていたかは知らないけど、捨て猫を放っておかないくらいにはね」
「いや、うちがしゃがんでたら心配してくれて声かけてくれたし……猫もそうだけど……」
 なにか思案するように目を伏せると、南川がうなずいた。
「じゃ、頼んでもいい? できるだけ早く飼い主を探すから、それまで……」
 こうして僕と南川に繋がりができた。
 子猫は、灰色のキレイな毛並みをしていた。

 僕の母親は、僕が生まれてすぐに死んだ。
 物心がつく前で、どんな母だったかは知らないから、悲しいと思ったことはなかった。父が母の代わりもして、一所懸命に僕を育ててくれたからかもしれない。そんな父も僕が中学にあがったときに病気で死んだ。病気になってからあっという間で、心の準備なんてできなかった。
 父と年が離れた弟、つまり叔父が僕をひきとってくれた。叔父は、結婚をしていたけど、子供はいなかった。父は仕事で忙しいときなどは、僕のことをよく叔父の家へと預けていたため、知らない仲ではなかった。しかし僕はどうも叔父が苦手だった。いつもすこしイライラしていて不機嫌で、愛想笑いもせず、首の骨をよくコキコキと鳴らしていた。
「まあ、親子になろうなんて思うな」
 父と叔父は、似ていなかった。真面目一辺倒の父と違い、叔父は遊び人で、生活は妻の風香《ふうか》さんの収入に頼っていた。
 僕が叔父と風香さんの二人と一緒に住むようになってからだ。おそらくぎりぎりで保っていた叔父夫婦の均衡が崩れた。喧嘩が絶えなくなり、ときには物を投げ合うこともあった。
「ちょっとは父親らしくしなよ!」
「俺は、あいつの父親じゃねぇ! 知ったことか!」
 叔父はあまり家に帰らなくなっていた。風香さんは、喧嘩のあとは決まって僕の部屋まできて謝った。そして、泣きながら僕のことを抱きしめて言うのだ。
「ごめんね……いつもいつも」
 黙って僕は頭をふった。謝るべきなのは、僕のほうな気がした。

 風香さんは二五歳。
 叔父は三三歳で、自称カメラマン。
 仕事をする叔父を見たことはないけど、風香さんとは撮影の現場で会ったらしい。風香さんは、叔父と結婚するまでモデルをしていた。大学のときに芸能事務所にスカウトされて、モデルになったという。叔父と結婚したあとは、ファッションブランドや化粧品ブランドを立ちあげた。
 家は豪邸と言っていい一軒家で、叔父のためにスタジオまで用意されている。スタジオにあるホコリをかぶったままの機材を見たことがあるけど、そのとき、僕は叔父のことをはっきり憎いと思った。風香さんは、年齢も若く、仕事もできる。そんな風香さんに甘え、仕事をしない叔父。父の弟で、僕と血の繋がりがあるからこそ、恥ずかしく、そして腹が立った。
 あるとき、僕は風香さんに告げた。
「進学したら、一人暮らしがしたい……」
 風香さんは、目を丸くして、驚きを顔にあらわした。しかし、すぐにどこか物悲し気に目を細めると、うなずいた。
「……この家は、いづらい?」
「そんなことはないけど……」
 僕が来る前は、叔父と風香さん二人でうまくやっていたのだ。それを壊してしまったのは、二人にとっての異物である僕だ。なによりも叔父への憎しみがますます募る自分がイヤだった。父の弟を恨み、風香さんへの同情が膨らんでいた。ひょっこり叔父が帰ってきたとき、僕はどんな顔をすればいいかわからない。
「生活費は自分で稼ぐから、一人暮らしがしたい」
 僕がもう一度言うと、風香さんは静かに、いいよ、とつぶやいた。
「……だけど、お金は出させて」
「でも」
「学業を第一に考えてほしいの。学園生活は一度きりだから、存分に楽しんでほしい」
 そう言って、風香さんは涙を流した。キレイな涙だと僕は思った。
「わかった。ありがとう……」

 そんなわけで、現在、僕は一人暮らしをしている。
 学園から徒歩一〇分ほどの場所にある鉄筋アパートの五階。ワンルームで、風呂とトイレは別。ちいさなベランダがあり、防音がしっかりしていた。防音に関しては、部屋を選ぶときに風香さんが譲らなかった。勉強に集中できる環境のほうがいいとのことだ。ペットは要相談らしいが、一時的に預かるだけなので、南川が拾った猫はこっそり飼うことにした。
「まさかの、一人暮らし!」
 子猫を抱いた南川はどこか羨ましそうに僕の部屋を見まわした。
「家が遠いからね……」
「だとしても、石野の家ってリッチってことだよね?」
 否定も肯定もしなかった。風香さんのおかげでお金に不自由はない。だけど、できる限り生活費は抑えていて、リッチな生活とは言い難い。
「普通に、石野がここで飼うっていうのは?」
「それはできない……ごめん……」
 猫を飼うとなれば、それなりにお金がかかるし、生き物を飼うということには責任が伴う。昼間は学園で留守にするし、突然の病気などに対処する自信もない。
「あ、謝らないで。ちょっと思っただけだから……すぐ、飼い主見つけるから」
「僕のほうもできるだけ、協力する」
 その後、南川は放課後になると毎日、僕の部屋にやってくるようになった。
 猫にはサクラという名前を付けた。サクラは、エサもよく食べた。初めは僕と南川を警戒していたが、それも一週間ほどでなくなって、どっちの膝にもよくのるようになった。
「お姉ちゃんの友達の家が、飼ってくれるって」
 二週間が経ったとき、膝にのったサクラを撫でながら南川が告げた。

 サクラは無事に信頼できる飼い主の元へと届けられた。
 それきり南川は部屋に来ないと思ったが、サクラが去った翌日もやってきた。
「ど、どうした?」
 僕が、玄関で入るかどうか迷っている南川に尋ねると、南川は顔を俯かせて、手を揉みながら、その場をうごかない。手には僕の部屋の鍵が握られていた。
「ああ……鍵を返しに来たのか……」
 なにかあったときのためにと南川に合鍵を渡していた。顔は伏せたまま、目だけをあげて南川が僕を見つめた。
「ねえ、石野……サクラ、いなくなって寂しくない?」
「……死んだわけじゃないし」
 サクラの飼い主は、いつでも来ていいと言ってくれているらしい。
 首をふると、靴を脱ぎ、南川が部屋へと入ってきた。廊下を直進して、ベッドの端にすわっている僕へと抱きつくと、声を出して泣きはじめた。
「うちは、寂しいよ! べつに、ここでだって飼えたじゃん! ちゃんと飼えてたじゃん!」
 すこし戸惑ったが、僕は南川の頭を撫でた。
 南川が泣き止むまでそうしていた。
 しばらくして南川が僕の胸から顔を離した。目は真っ赤で、まだ涙が溢れてきている。だが、気分は落ち着きをとりもどしているようだった。
 抱き合った状態でベッドの端にすわり、見つめ合う時間があった。
 南川が涙を拭おうと目に手をちかづけた。僕はその手を掴んで、そのまま南川をベッドに押し倒した。え、と南川の喉の奥が鳴った。
 南川は拒絶しなかった。それどころか積極的に僕を受け入れた。
 それから、南川は僕の部屋によく来る。

 

(次回更新 12月28日(土))