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放課後インスタントセックス 5

第五話 地味で爆乳

 

 肩をゆすられて、心地よい眠りが終わりを告げる。
 頭がひどく重い。目をあけるのに時間が要った。
「……もう、起きないと遅刻ですよ」
 ゆっくりと瞼をひらくと、制服を着た南川が立っていた。薄く化粧もしていて、髪に櫛が通っている。僕は目の前にあるスカートから露出した太ももに手を伸ばした。
「ちょ、昨日、あんだけしたじゃん……」
 ベッドから離れると、南川がカバンを持った。もう出ていこうとしている。
「南川、よく起きれたな」
「……目覚ましかけたから」
 だからといって起きられるもんでもない。朝方までセックスをしていて、眠るときはお互いに精根尽きていたはずだ。
 僕は欠伸をしながら時計を見た。なかなかな時間だった。
「気持ちよさそうに寝てるから、起こさなかったけど、さすがに遅刻しちゃうから……うち、先行くね」
「朝ごはんとかないの?」
「バカじゃん?」
 靴を履き、玄関をあける南川。
「そんな甘い展開を期待しているなら、残念……トーストしかありません」
「あんのかよ……」
 南川がいなくなる。
 テーブルにヨーグルトとトーストが用意されていた。食パンは買い置きしているけど、ヨーグルトはなかったはずだ。
「起きて、買いに行ったのか……」
 僕は顔を洗うと、テーブルについた。一人で手を合わせていただきます。ありがたくトーストとヨーグルトを食べる。もろもろ朝の準備をすると、部屋を出た。
 学園まではちかいため、ギリギリでも大丈夫だ。その余裕が逆に遅刻を誘発している気はするのだが、なかなか早く家を出る気にはならない。
 僕は小走りで、学園へとむかった。

 恵万学園は、進学校だ。だからってことはないけど、あんまりヤンチャな人がいない。校則はゆるいため、髪を染めたり、制服を着崩したりしている人はいるが、それなりに節度があって、どれもオシャレの範疇だと言えた。みんなが良き若人であろうとしているのがうかがえる。もちろん、僕もちゃんと指定のワイシャツにネクタイをつけていた。
「遅いぞ、石野ー」
「すんません」
 校門前に、生活指導の柄谷先生が立っていた。柄谷豪《からたにごう》という名前で、柔道部の顧問。かなり強面だが、温厚な先生だった。
「謝って済むなら、俺はいらーん!」
 目の前で校門をしめようとするので、僕は走った。寝不足プラス、朝プラス、全力疾走はきつい。校門はしっかりと、僕が通れるだけのすき間を残して、止まった。
 校門を抜け、柄谷先生の横を通りすぎると、声がした。
「目が覚めたか? 寝ぐせがすごいから、教室行く前にトイレで整えろー」
 恩に着ます、と言って僕は教室へとそのまま走ってむかった。
 柄谷先生が担任だから、ホームルームがはじまるまでまだすこし時間がある。僕は下駄箱でうわばきに履き替え、階段を一段飛ばしであがった。僕が所属するC組の教室は三階だ。
 トイレに行って寝ぐせを直してから教室に入った。南川の席の周りには、人だかりができていた。男子も女子も集まっている。南川の席は窓際のちょうど真ん中あたりで、僕の席からは遠い。
 人気者の姿を目の端でとらえつつ、僕は欠伸を噛み殺しながら廊下側の一番うしろの席にすわった。そのまま流れるような動作で、カバンを机の横にかけ、中から参考書をとり出す。今日も一度も声を出さずに放課後を迎える気がした。
「ほんと、ごめんねっ」
 きこえてくる南川の声。
「おばあちゃんに会いに行くことになっちゃってさ。うん、もう元気だから平気」
 どうやらゴールデンウィークの謝罪をしているらしい。急きょ、青森にあるおばあちゃんの家に行くことになったためキャンセルした予定があるのだろう。
 教室には、僕のように一人でいる人もぽつぽついた。そんな中に、今日から一緒に勉強をすることになっている二見小夜もいる。二見は、単行本サイズの本を読んでいた。黒髪おさげで、丸い眼鏡。スカートの丈は長く、シャツにもアイロンがしっかりかかっている。地味な印象ではあるが、胸の主張だけは半端ない。爆乳。
 柄谷先生がきてホームルームがはじまった。
 ばらばらとみんな自分の席にもどっていく。

 僕は授業中、眠気と戦うことになった。実際眠っていた授業もあったが、成績のよい僕を咎める先生はいなかった。南川は、寝ることもなく授業を受けているようだ。睡眠時間に差はないはずなのに、溌剌とし、休み時間には友達との会話に花を咲かせていた。
「バケモンかよ……」
「誰が?」
 僕の独り言にふりむいたのは、二見だった。次は移動教室で、南川たちはすでにわいわいと廊下を進んでいっていた。ぼっち組は、なんとなく、そんな集団と距離をあけて、散らばりながら歩いている。
「……え? あ、いや」
 なにか用があるらしく、二見はぼっち組の不文律を破って僕にちかづいてきたようだ。眼鏡の奥にある目をぱちくりとさせて、小首をかしげる。
「いや、あ、二見。なにか用か?」
「ごめんね、急に……」
 ちゃんと話したのは初めてな気がする。
「今日から、ほら、よろしくって言おうと思って」
「あ、ああ。勉強を一緒にするって話だよな」
 声をきいてみると、二見はそれなりに明るい性格であるらしいことがわかった。大きな胸の前に教科書やノートを抱え、いかにも優等生といった感じがする。丸眼鏡の奥にある目はつぶらで、瞳は透き通っている。
 二見は化粧を一切していないようだが、眉はしっかり整えられ、まつ毛も長く、頬は桃色。唇は薄いが、潤っていた。身長は女子にしては高く、なによりも、長い黒髪のおさげだ。完璧に編みこまれ、清潔感が全身から漲っていた。
「……数学が苦手だってきいたけど、本当なのか?」
「本当なのかって?」
 前をむいて廊下を歩いたまま二見がきいてくる。
 僕はすこし言い淀んでから答えた。
「ほら、そ、そんな風に見えないから……二見ってすごい勉強ができそうだし」
「数学だけじゃないよ」
「え?」
「わたし、一年生のときは留年ぎりぎりの成績だったの。とくに数学がひどいってだけで、勉強全般ついていけてないんだ」
 恬として恥じる様子もなく、二見が言い切った。
「すっごい、勉強できるように見えるでしょ、わたし……」
 なにが面白いのか、くすくすと笑う二見。
 僕は唖然としたままうなずいた。
「すごい見えるな……え? 本当に勉強が苦手なの?」
「苦手っていうか、まあ、ついていけてないよね……」
 やっと照れたように二見が肩をすくめた。
「恵万学園にもギリギリで合格して、ほんと奇跡みたいな感じ……」
「そ、そうなんだ」
「せっかくいまのスタイルに変えたんだけど……見た目変えても、ダメだね。難しすぎるよ、ここの授業」
 たしかに県内でも有数の進学校だ。奇跡で受かったような人間がついていくには半端な努力では足りない。
「そうそう、わたしが、勉強ができないことは内緒ね。いちおう勉強ができるってことで、みんなには通してるから……」
「あ、ああ」
 そんなことを僕が暴露したところで誰も信じないだろう。それくらいに、二見の雰囲気は完成されている。
「……わたしも雫とイッシーの関係は秘密にしておくから」
「え? それって、どういう……」
「じゃ、よろしくね」
 言って、二見は僕から離れた。もう移動先の教室はちかくだった。呼び止めて、南川との関係とはなんのことかききたかったが、できそうにない。
 チャイムが鳴って、僕は慌てて教室に入った。

 午後授業は眠ることはなかったが、二見のせいで集中できなかった。
 急にニックネームで呼ぶ二見には驚いた。人は見かけによらないと言うが、それにしてもだ。しかし、なぜ二見は勉強ができるふりをしているのだろう。
 放課後になり、僕はさっさとカバンを持ち、立ちあがる。南川は友達とおしゃべりをしていた。あとで二見と一緒に来るつもりなのだろう。
 校門を出て、欠伸をしつつ僕は家路につく。
 洗面所で手を洗っていると、チャイムが鳴った。南川か? と、思ったがそれにしては早すぎる。南川だとしたら、僕が教室を出たらすぐにあとをついてきたことになる。僕との関係を学校ではひた隠しにしている南川が、そんな危険を冒すはずがない。
 覗き穴で、外を見ると黒髪おさげの二見が立っていた。
「二見……?」
「……ストーキングしちゃった」
 玄関をあけると二見が、冗談めかして言った。
「え? 一人で来たのか?」
「わたしの他に、誰かいるように見える?」
「いや、いないけど……南川は?」
「雫は、まだ話してたから。置いてきた」
「……そ、そうか」
 まだ釈然としていない僕に、二見が付け加える。
「ちょっと距離をあけて追いかけたほうが、なにかと面倒なことにならないでしょう?」
 たしかにそうだ。下校中の僕に追いつき、二人で歩いていたら噂が立つかもしれない。しかも同じ建物に二人で入っていくところを目撃された日には大変だ。
「入れてもらっていい?」
 玄関をあけたまま静止した僕に、二見が困り笑顔をつくった。
「あ、ごめん……どうぞ……」
「お邪魔します」
 靴を揃えると、二見が僕の部屋へと入ってきた。二見を洗面所に案内すると、僕はそそくさと部屋の中を片付け、窓をあけて換気をする。朝方まで南川とセックスしまくっている。匂いがあるかはわからないが、気にしないわけにはいかない。ソファの上にあったパジャマを押し入れに投げこみ、ぐしゃぐしゃの掛け布団を畳んだ。
「ここが、雫とイッシーの愛の巣なわけね」
 洗面所から出てきた二見が、部屋を見渡した。
「……え?」
「すわってもいい?」
「あ、ああ、ソファ使って……って、え? 知ってるのか?」
 僕がきくと、ソファに姿勢正しくすわった二見がにやりと口角をあげる。
「わたしと、雫に隠し事はないからね……」
 喉が渇く思いがした。そこでお茶のひとつでも出したほうがいいと思い立ち、台所にむかう。
「それに、歯ブラシとか、化粧品とか洗面所に置きっぱなしだよ?」
「あ、いや……そうか……」
 そこまで頭がまわっていなかった。僕がお茶の入ったコップを渡すと、二見が両手でそれを受けとる。本当に頭のいい学級委員長にしか見えない。
「どうする? 雫が来るまで待つ? それとも勉強、はじめちゃう?」
「そ、その前に……」
 机の前にある椅子にすわると、僕は二見と相対した。
「二見は、その……僕と南川のことを、全部知ってるのか?」
「全部って?」
 コップをテーブルに置く二見。
「雫がイッシーの家に泊まってることとか? エッチをしてることとか?」
「…………」
「うん。だからこそ、わたしも勉強をイッシーに見てもらおうと思ったんだもん」
「…………」
「ほら、イッシーって学園では上手に雫とのこと隠してるでしょ?」
 そんなつもりはなかったが、あえて公言する関係でないのはたしかだ。そもそも、南川とのことを話すにしても、僕には相手がいない。
「安全なわけよ。わたしが、勉強ができないことをイッシーに知られても……」
「妙な信頼感を持たれたわけだ」
 僕はカバンから教科書をとり出す二見へ、かねてから気になっていたことを質問した。
「どうして、勉強できるふりをしてるんだ?」
「あれ? 雫からきいてないの?」
 教科書を膝の上に置くと、二見が僕を見あげた。こうやってちかくで見ると、びっくりするくらい白い肌をしている。眼鏡の奥の目は、学園にいるときと違って、どこか垢抜けて見えた。
「なら、雫が来るまで、その話をしよっか……あ、もう一杯、お茶もらえる?」
 すでに二見はお茶を飲み終えていた。けっこう暑がりらしい。

 南川は中学生のとき、かなり孤立していたという。小学生のときに田舎者ということからイジメにあったようだ。それが尾を引き、地元の中学校では一人ぼっちだったわけだ。
「そこまでは知ってる」
「逆に、そこまでしか知らないんだ……ほんと、イッシーと雫ってどんな関係?」
「僕にもわからない」
 新しいお茶を渡すと、二見がありがとう、とお礼を言ってからつづけた。
「で、わたしはさ、中学入学と同時にこっちに引っ越してきた人間で……」
「地元に友達がいなかったってわけか……それで、南川と仲良くなったのか?」
 首をふると、二見が笑った。
「違うよ……わたし、東京出身でけっこう派手だったから、すぐに人気者。いまの雫みたいな感じかな」
 どうも想像ができない状況だ。二見が言うには、いまの南川が二見で、いまの二見が南川だったという。親交がはじまったのは、南川からのアプローチがきっかけだった。
「急に、雫に話しかけられたんだよね……どうしたら、そんなに人気者になれるんだって」
「あの南川が?」
 驚いてしまった。学園に入ったと同時に、いまのポジションを確立した南川からは想像ができない。元々素質はあったにせよ、かなりの変革を遂げたことになる。
「そうそう。中二の夏休み前に、急にそんなこと言われてさ」
 黒髪おさげの二見が、思い出すように笑った。いまの二見は見た目こそ地味だが、どこか都会的だ。誰かの雰囲気に似ていると思ったら、風香さんだ。モデル時代の風香さんの写真を見たことがあるが、その感じにいまの二見は似ている。すらりとした体躯と、美しい顔、そして余裕のある挙動。
「雫、すごく必死で……恵万学園に行って、華々しく学園デビューするんだって。たしかにわたしたちの行ってた中学校から恵万に行こうとしてたの雫だけだったから」
 そこから、夏休みを使って二見が南川を鍛えたという。二人は毎日のように会って、南川はすこしずつ変化していった。
「まあ、雫は元々カワイイから、あんま難しいことなかったけどね。ちょっと自信をつければ、人気者になれる感じだし……一回ついた印象を払拭はできないから、中学では無理でも、雫のこと知っている人がいない学園では絶対に大丈夫だと思った」
「実際、その通りだったわけだな……で、二見のほうは?」
「わたし? ああ、わたしはそのときに、ちょっと友達とトラブって……それで、なにもかも面倒になってたから、ちょうどよかったんだよね」
「トラブル?」
 きくと、二見は顔をちょっと俯かせて唇を噛んだ。
「あ、言いたくなければいいけど……」
「いやいやべつにいいよ……たいしたことではないし、イッシーにはお世話になってるし」
「まだお世話してないけどな」
「これから、めちゃくちゃお世話になる予定だから」
 明るい表情をとりもどすと、二見は自分の過去を話しはじめた。

 二見には友達が多かった。多すぎた。新参者ゆえに友達はいない。だからこそ、必死で友達をつくり中心人物になった。しかしそれがいけなかった。あるとき、Aと仲が悪いBと二見は遊んだ。それがAに知られ、Aとの関係が危うくなる。Aに「もうBとは遊ばない!」と、約束をすると、今度はBが怒ってしまった。
「で、総スカン。急にその仲が悪かった二人が結託して、わたしが全部悪いみたいな……」
「怖いな」
「ありがたいことに、わたしには雫がいたけどね……雫はさ、わたしがどんなにクラスのみんなから無視されても、関係なかった。そもそも雫が無視されているような存在だったから」
 二人は親友になったのだろう。
「で、わたしは雫に流行りのものとか、しゃべり方とかを教えて、雫はわたしに勉強を教えてくれた。二人で恵万に行って、やり直そうって……」
「別々の方向にやり直すためにか……」
「そういうことだね」
 僕は納得して、感想を漏らした。
「すげぇな」
「まあ、まさかわたしが恵万に受かるとは思ってなかったけどね。そして、いま危機的状況なわけだよ……よろしくイッシー」
「それは、ああ……もちろん、勉強はみるけど」
 南川がやってくる気配はない。僕はさらに質問した。
「……このままだと、南川も、二見と同じ轍を踏まないか?」
「同じテツ?」
「ああ、えっと……二見とおなじことになる可能性はないか?」
「それはないんじゃない? うまいこと、友達との関係は調整してるみたいだし……」
 会話はないが、二見は学園での南川をよく見ているらしい。
「二見は寂しくないか?」
「ん?」
 心底不思議そうに、二見が僕を見た。いくぶん二見もくつろぎはじめていて、ソファに背をあずけると、長い足をスカートの中で組んだ。
「ほら、仲がいい友達がいないと……」
「いや気楽でいいよぉ……それにわたしには雫っていう無二の親友がいるから」
 黒髪おさげの二見が、はっとするほど無邪気な笑顔を見せた。勉強のできる委員長のコスプレをしているモデルとでも言えばいいのだろうか。普段、表情をうごかさず、ほとんど声を発さない二見からは想像できない空気感だ。
 と、ドアノブが音を立てる。僕は鍵をしめた覚えはないため、二見がしめたのだろう。
 玄関のむこうから南川の声がした。
「ちょっと、なんで、しまってるの? 石野! いるんでしょ!」
 チャイムを鳴らさず、扉を叩く南川。
 僕は慌てて立ちあがると、玄関にむかった。そのとき、二見がぎりぎりきこえる程度のちいさな声で言った。
「これからも、雫をよろしくね……」
「え?」
 その声があまりにも優しさに満ちていたため、僕は足を止めてふりむいた。なにかを言おうと思ったけど、南川がさらに強くノックする。
「あ、いま、足音きこえた! なに? なんか、うち、イジメられてる?」
「……ちょっと待って! いまあけるから!」
 僕は開錠すると、玄関をあけた。
「お、やっとあいた……って、やっぱり! 小夜、もう来てる!」
 二見の靴を確認すると、南川は僕の横を通りすぎ、靴を脱いで部屋に入った。
 ソファにすわっていた二見が悠々と南川のほうを見た。
「遅かったね、雫」
「ちょっと、どういうつもり? 一緒に行こうって連絡したじゃん!」
「ごっめーん! わたし、雫からのメッセージは夜寝る前にまとめて見るから」
 体を前のめりにして、二見が顔の前で手を合わせた。
「なんでよ! 大事な連絡だったらどうすんの?」
「だって、雫、すっごくたくさんわたしにメッセージ送ってくるし、どれが大事な連絡かわかんないんだもん」
「全部だよ! 全部大事なの!」
 僕は玄関で呆けたまま立ち尽くしていた。
「マジ、小夜のそういうとこムカつくんだけど!」
 靴を揃えに玄関にもどってきた南川が声を張りあげる。僕のほうを見もしない。
 負けじと二見もソファから言い返す。
「わたしは雫のこと大好きなのに、ひどーい!」
「大好きなら、ちゃんとメッセージ見てよね!」
 洗面所で手を洗ってから、南川がソファにすわる二見の前で仁王立ちになった。
「で、小夜、先に来てなにしてたの?」
「……なにって、気になるの?」
「そういうのいいから、石野となにしてたの?」
「勉強に決まってるじゃん? 他になにがあるの?」
 大声をあげる南川に対し、二見は冷静に返事をしている。
「教科書、閉じたまま勉強できないでしょ!」
 こんな南川を僕は学校で見たことがない。活き活きとした表情、活き活きとした口調。恥も外聞もなく、南川は感情を二見にぶつける。
「雫、勉強にもいろいろあるの、わかる? わかるよね? 経験済みだもんね」
「い、いろいろって……?」
 がり、と南川の奥歯が鳴った気がした。気がしただけで、実際には鳴ってないけど、感情の雷管が叩かれたのがわかる。
「なにしたの、石野! 小夜となにしたの?」
 南川が、玄関のほうにいたままの僕を勢いよく睨む。
 やっと南川の視界に入れたが、あまりうれしくない。僕は、曖昧に笑うことしかできなかった。

 

(つづきは電子書籍本編でお楽しみください)