電子版配信日:2025/06/27
電子版定価:1,320円(税込)
1000万PV突破のウェブ小説史上ナンバーワンの純愛×寝取り学園ノベル、
カラー挿絵5枚の特別仕様・eブックスプレミアで、大人気作の続編が発売!
幼馴染に一途だったツンデレ女子・霧崎キリエの、身も心も寝取り溺愛する涼介。
同棲している義姉妹との前日譚と、キリエとのイチャラブな後日譚を収録!
【アナザープロローグ】彼氏との初体験で性に目覚めた義姉・真南可。
クールな義弟にエッチな挑発をしていると、予想外に男を剥き出しにされ……
【アフターストーリー】ツン1割、デレ9割になった恋人のキリエ。
文化祭、遊園地、お家デートで肌を重ね、深まる二人の愛の行方は。
アナザープロローグ
第1章 彼女たちのはじまり
第2章 青い欲望と仮面の彼と
第3章 絡みはじめる
第4章 背徳の初体験
第5章 水槽の底から
第6章 敵わない相手
第7章 禁断を越えて
第8章 夜の獣たち
第9章 未熟な完成形
第10章 手遅れの葛藤
第11章 底なし沼で交わる姉弟
第12章 もつれた家族の肖像
アフターストーリー
第1章 恋人の秘密
第2章 九月の空模様
第3章 校内の二人
第4章 公認バカップル
第5章 師藤家の食卓
第6章 食後のお楽しみ
第7章 全身で抱きしめて
第8章 文化祭当日
第9章 文化祭の夜
第10章 トラブル発生
第11章 淫らに優しく愛されて
第12章 デート当日
書き下ろしSS ラブホデート
本編の一部を立読み
アナザープロローグ
第1章 彼女たちのはじまり
母の再婚で、|真南可《まなか》の名字が『|師藤《しどう》』になったのは三年生の春のことだった。
真南可と母と、そして妹の|真凛《まりん》の三人は再婚相手の家に――師藤家に移り住むことになった。
新しい父親は、愛想が良く、スマートな体型で外見にも気を遣っているのが見て取れて、建築家として自身の事務所も持っており、母と付き合っていたときにはよくプレゼントを贈っていて――ありていに言えば『いい男』というやつだろう。
「お邪魔します――」
そう言って新居のドアをくぐったときも、
「はは。これからはここが真南可ちゃんの家になるんだよ」
「あ、そうですよね。えっと……」
「いきなり『ただいま』とも言いづらいか。いいよ、少しずつ慣れてくれたらいい」
物腰が柔らかいというか、女性慣れしていそうな印象を受けた。真南可のタイプではなかったが、
(モテるんだろうな、この人)
と思った。
そんな義父と母が付き合うことも、そして結婚すると言い出したときも、真南可自身には不服はなかった。
本当の父親とは幼い頃に死別していたし、母が幸せならそれはそれでいい。
――ただ。
真南可は別の問題に直面していた。
「涼介、おまえも挨拶を」
「――――」
義父には息子がいた。真南可より年下の、つまり義理の弟になる男の子だ。
師藤涼介。
彼に会うたび真南可は、ゾクリと背筋が震える。
(まただ……慣れないな……)
このなんとも言いがたい感覚は苦手だ。
外見はとびきりいいのだけれど。
同世代より長身で、しかもまだこれから伸び盛りだ。じきに真南可の背を追い越すだろう。
顔の造形も遺伝なのだろうが、父親よりずっと繊細で美麗だ。年頃特有の線の細さがあって――まるで彼自身がガラス細工でできているかのようにさえ思えた。
ただ、作り物のような義弟には愛想がなかった。
引っ越してきた真南可に対してもなんら感情の乗らない声で、
「――こんにちは、真南可さん」
「涼介」
新しくできた家族にも、そして肉親である父に対しても心を開いている様子がない。そのせいもあるんだろうか、涼介をたしなめる義父の表情はどこか冷たかった。
いわゆる一般的な反抗期なのかもしれないが――彼の場合はどこか違うような気もする。
彼のまなざし――
真っ直ぐに見つめてくる澄んだ瞳は、しかしどこか底が知れない。どころか、こちらのことを見透かしてくるようで気味が悪いのだ。
(|拓真《たくま》はこんな感じなかったしなぁ……)
自分の幼馴染と比べてしまう。
最近付き合いを始めた彼――|嶋野《しまの》拓真とは、まるで兄妹のようにして育ってきた。彼が野球部に入ると分かっていたから、真南可もマネージャーに立候補したのだ。
親を雑にあしらう姿は見てきたが、それでも拓真にはどこか思春期らしい愛嬌があったと思う。
「ゴメンね真南可ちゃん、涼介が」
「いいえ、そんなこと」
ただでさえ男きょうだいなんて居なかったのに、先が思いやられる。
それでも真南可は持ち前の明るさで、
「涼介くん――私もまだまだ緊張してるからさ。ちょっとずつでも仲良くしてくれると嬉しいな」
「――――」
朗らかな笑みで話しかけてみても、涼介は目を細めるだけだった――まるで薄く嘲笑するかのように。
(感じ悪い…………)
転居初日から、心の中でため息をつくしかなかった。
■ ■ ■
新生活には、涼介に付随してもう一つ問題があった。
「姉さん、私あのひと嫌いです」
師藤家で暮らし始めて一週間もしないうちに、妹の真凛はキッパリと宣言してきた。
「あの人って――」
「義理の兄です」
まだ幼い妹だが、彼女の物言いは誰に似たのかあまりにもストレートで鋭かった。それでも、両親や涼介自身がいない姉妹二人きりのシチュエーションで話してくれるだけ、まだ気を遣っているのかもしれないけれど。
「そのうち慣れるって」
「いいえ。そんな日は来ません」
年齢不相応な凛々しい美貌――という点では、彼女が毛嫌いしている涼介とよく似ている。
ただし同じガラス細工でも真凛のほうは抜き身の刃物めいた危うさを湛えていた。姉の真南可ですら羨ましく思うほどの、さらりとした長い黒髪と、きずひとつない白い肌。
真凛は母親と折り合いが悪く、真南可にばかり懐いていた。母は悪人ではないが、娘たちへというよりも男性への愛情が深いタイプで――だから真凛のことより自分の幸せを優先したんだろう。そんなだから真凛の姉への依存も強まっていく。
「もしかしてイジメられたりした?」
「いいえ。会話もしていません」
「カッコいいから緊張しちゃってる?」
「私は人の容姿に興味がありませんので」
「じゃあそんなに嫌わなくても――」
「姉さんに」
「?」
「あの人は、姉さんに悪い影響を与えそうですし」
「私に?」
真凛の|懐《なつ》きかたは少し独特だ。彼女は気に入った相手を――この場合は真南可のことを――過剰に守ろうとする。
たとえば以前、家に遊びに来た真南可の友人が陰口を叩いていたという理由で、頭から水をぶっかけるなんて暴挙に出たこともあるほどだ。
|外見《そとみ》は落ち着いた少女なのだが、内面は苛烈そのもの。いつ誰に噛みつくのか真南可にも計れないところがある。
「今度、一緒にゲームにでも誘ってみる? 涼介くんも同じの持ってるみたいだし……そうだ! 拓真も呼んでさ」
恋人のことを考えると心が明るくなる。
思いつきで口にしたが、これは意外と妙案かもしれない。拓真は誰とでも仲良くなれる性格で、この真凛ですら心を許している。
「拓真さんですか――」
考えてみれば、涼介だって多感な年頃の男の子だ。急に女子と一緒に暮らすだなんて居心地が悪いだろう。
その点、拓真ならうまくやってくれそうだ。男の子同士のほうが呼吸を掴みやすいこともあるだろう。きっと涼介とだって打ち解けてくれるに違いない。
「……あ。でもこの家に拓真を呼んでいいのかな?」
まだここは『他人の家』といった感覚だ。
広い一軒家で、もとから二階にあてがわれていた涼介の部屋と、その隣に真南可は自室をもらっていた。夫婦の寝室がある一階に、小さいがやはり真凛も自分の部屋を割り当てられている。
涼介にとってはただでさえ『異物』である真南可が、恋人を家に招くなんて許されるだろうか。しかし、思った以上に真凛は乗り気で、
「いいんじゃないですか。味方は多いほうがいいですし」
「味方って――」
涼介への|敵愾心《てきがいしん》は根深いようだが――気持ちはちょっとだけ分かる気がした。
住まわせてもらっておいてこう言ってしまうと申し訳ないが、やはりこの家ではまだアウェーだ。そして涼介はあんな性格。
拓真という応援を得ることで心細さを埋めようと無意識のうちに考え至ったのだろう――真南可は自身をそう分析した。
(ちょっとズルいけど、これが涼介くんのためにもなるよね)
これが最善の策だと思った。
――このときは。
第2章 青い欲望と仮面の彼と
「お? いいじゃん、楽しそう。涼介くんか――」
翌日の休み時間、拓真の教室に行って相談したところ、彼は二つ返事でOKしてくれた。
「ほんと? けっこう手強そうな子だよ?」
「真凛ちゃんより?」
「うーん、同じくらい……」
「はは、じゃあ相当だな」
よく日に焼けた顔でカラカラと笑う。拓真の所属する野球部では髪型は自由だ。伸ばす部員もいるが、坊主頭とまではいかないまでも拓真は短くしている。
野球には真面目に取り組みたいけど、ちょっと格好良くも見られたい――そんな彼の決意表明みたいで、真南可は微笑ましく見ている。
保育園からの腐れ縁。子どもの頃から変わらない性格。
家が近かったというだけの理由で仲良くなって、男子と女子なんて垣根はまったく感じなくて。いるのが当たり前で。
二人の関係は、ずっと変わらないと思っていた――
粗雑そうに見えて誰にでも優しく、野球だけじゃなく苦手な勉強にも一生懸命で。ただでさえ人間として好きだったのに――『男の子だ』と意識してからはもうダメだった。
それは野球部の合宿で、練習後に男子たちが上裸になってホースで水浴びをしていたときのこと。女子マネージャーとしては日常的な光景だ。最初は真南可だってなんとも思わなかった。
けれど。
びしょ濡れの拓真にタオルを渡したとき、いつもと変わらない笑顔で受け取った彼の、その身体を初めてマジマジと見てしてしまった。服を着ていると細く見えるのに、本当はたくましい骨格と、野球のために鍛えられた筋肉。長い腕。大きな手。タオルをギュッと掴む力強い指――
――拓真は、女の自分とは違う生き物なのだと本能で理解した。
それからしばらくは、彼をまともに直視できなくなってしまった。それでもなんとか距離を縮め、真南可のほうから告白して――めでたく交際がはじまった。
拓真と付き合い出して、手も繋いだし、部活の帰り道にキスも済ませた。その先は……少しだけ。まだ一線は越えられていなくて。でも何かきっかけさえあれば……。
「――真南可、どうした?」
「えっ、なんでもないけど!?」
頭を切り替えて妄想を振りはらう。いつもの自分に戻らないと。
「部活ない日なら大丈夫かな」
「だな。日曜なら練習休みだし――あ、でもおばさんたち居る? 俺、邪魔じゃないか?」
「ううん。お母さんたちはデートだって」
息子と娘たちを置いて出かける予定だ。幸せそうでいいことだ――それが標準的な大人の振る舞いかはともかく。
「真凛ちゃんもしっかりしてるし、真南可もいるし心配してないんだろ」
「まあね」
「……つっても、その『お姉ちゃん』は男を連れ込もうとしてるんだけどな」
「男って、拓真でしょ。男のカウントに入らないし」
「えー、酷くね? 俺、意識されてないの? 恋人だよ恋人!」
わざとらしく傷ついたような顔をするから、つい吹き出しそうになってしまう。
これだ。
この軽口を叩き合える空気がたまらなく愛おしいんだ。恋人同士になってもこの幼馴染とは変わらない関係でいられる。それがとても心地良かった。
(やっぱり好きだな……)
恋人の笑顔を前に、真南可もにっこりと顔をほころばせた。
■ ■ ■
「お邪魔しまーっす!」
そしてよく晴れた日曜日の午後、拓真がやって来た。
部活は休みだったとはいえ、彼は自主的に朝からトレーニングに励み午前中を過ごしていたらしい。
さて、問題はこれからだ――涼介と真凛、そして真南可の関係を円滑なものにする。果たしてうまくいくだろうか?
「へぇ、メッチャいい家じゃん。うちと大違い」
「拓真。あがって」
不安を抱えつつ玄関で彼を迎えていると、背後から声がかかった。
「――その人が拓真さん?」
真南可は思わず声を上げそうになった。
涼介がそこに立っていること、それ自体は驚くことじゃない。家にいるのは当然だ。ただ――
「はじめまして。いつも|姉さん《・・・》がお世話になってます」
爽やかな笑顔で拓真に接する涼介。
(誰…………っ!?)
見たことのない義弟の様子に、理解が追いつかない。
拓真も一瞬目を見張っていたが、
「そ。よろしく――涼介くん、だよな。真南可から聞いてるよ。悪いな、家族水入らずのところ」
「いえ。こちらこそ姉さんが無理やり誘ったらしくて。どうぞリビングに。|義妹《いもうと》も拓真さんのこと待ちかねてるみたいだし」
ごく自然な振る舞い。そつのない態度。
真南可があっけに取られているうちに、彼はまたリビングへと引っ込んでいった。
靴を脱いだ拓真が耳打ちしてくる。
「聞いてた話とちがくない? メッチャいい奴じゃん」
「い、いつもはあんなじゃないんだけど……」
考えていたとおり、女ばかりに挟まれて居心地悪く感じていたのだろうか? だから同性相手なら気兼ねなく話せるとか。
それとも単に真南可や真凛の性格を気に入らなかったから? あるいは親の再婚そのものに強く反対していたとか――
いや。
真南可はなんとなく気づいた。
(もしかして、|外面《そとづら》がメチャクチャいいってこと……!?)
涼介の態度はどうにも慣れているふうだった。素の性格というより『人当たりのいい人間』を演じるのが堂に入っているというか……。
(……考えすぎかな?)
さっきまでとは別の不安を感じつつ、遅れて真南可もリビングに入った。
第3章 絡みはじめる
師藤家のリビングはやはり広く、大画面テレビの前にローテーブル。ダイニングを背にL字のソファが並べられてある。
そこに真凛がちょこんと行儀良く座っており、離れて隅に涼介。
拓真はというと、
「こんちは、真凛ちゃん久しぶり!」
「お久しぶりです拓真さん」
会釈する真凛に笑顔を向けつつ、涼介の隣にあぐらを掻いて座る。
「ちょっと拓真、人んちのソファでいきなり――」
「いやだって、こっちのほうが落ち着くじゃん。大丈夫、練習終わってもちろんシャワーも浴びてるし」
「そりゃそうだろうけど――」
前に住んでいたアパートなら気にしなかったけれど、まだ真南可ですらくつろげていない新居の、高そうなソファなのだ。
しかし、家主の子である涼介はまったく気に留めず、
「別に構わないんじゃない? 土足ならさすがに怒るけど」
「そりゃそうだよな、いやこれでも俺、緊張してるんだぜ?」
「見えませんね」
「よく言われる。つーか、涼介くんも全然緊張してないっぽいな」
「いいえ。姉さんの恋人がどんな人か心配で、一応緊張してるんですよ、これでも」
バツの悪そうな顔で苦笑する涼介。
(いやだから、本当に誰……!?)
家族には見せたことのないリアクションに、いちいち驚愕してしまう。
「おー。『姉さん』の恋人は、敵?」
「まさか。姉さんを傷つけない人ならいいんじゃないですか」
「言うねぇ。涼介くんは……あ。やっぱさ。オレ、堅苦しいのとか苦手で。涼介って呼んでもいい?」
「いいですよ」
当初の心配は何だったのか。
図々しいけれど持ち前の愛嬌で許されてしまう拓真と、その圧にも怯まず応じる物腰の柔らかな涼介――
異常なほどに話が弾んでいる。
「じゃあ俺も、拓真さんのこと『兄さん』って呼んでいいですか?」
「うぉ。ガチ?」
むしろ拓真がたじろぐほどに。
「どう思う、真南可?」
「ど、どうって――」
「んじゃ決定。いいよ、今日からオレが兄貴ってことで」
「ちょ、ちょっと拓真!?」
「オレが長男で、その下が真南可で……涼介、真凛ちゃん。四兄妹だな!」
「そうっすね。……あれ? 姉さん、なに赤くなってるの?」
「なッ――!?」
拓真と涼介がニヤニヤとこっちを振り返ってくる。
もう真南可はパニックで頭がうまく回らない。逃げるように目線を横にやると――真凛も、
「~~~~……っ!?」
目をぱちくりさせて、実に珍しいことに動揺している。それだけ涼介の豹変ぷりが驚異だということだ。
「早く座れよ。ゲームするんだろ?」
拓真に促されてギクシャクしながらソファに座り、セッティングして置いたテレビゲームを起動させる。
けっきょく並び順は、ソファの長辺の右から涼介、拓真、真南可、横のソファに真凛となった。
結論から言うと、大いに盛り上がった。
おもに遊びにも真剣な拓真のおかげだったので、彼を呼んだのは正解だったろう。そのテンションを自然とフォローする涼介は、いい対戦相手になっていた。
真凛は最低限しか会話に加わらないが――妹は、つまらないときや嫌なときには一切遠慮せずに席を立つタイプなので、少なくともこの時間を楽しんではいるようだ。
そんな空気に当てられて、いつの間にか真南可も心配事や違和感など忘れてゲームに熱中していた。
四人がそれぞれ操作するキャラは、互いを場外に落とすべく画面の中で暴れまわっている。最初に脱落するのはたいてい真南可だった。ゲームはそんなに得意じゃない。楽しいけれど。
そして拓真と涼介がいい勝負を繰り広げる。
「うっわ、ガチか!? そこで来る!?」
「残念。兄さんも脱落っすね」
「くっそ~」
悔しがる拓真の向こうに、勝ち誇った涼介の横顔。――彼の楽しそうな姿を見るのは悪い気分じゃなかった。
「まだラスボスが残ってるけどね」
涼介の視線はまだテレビに注がれたままだ。
「いけ真凛ちゃん! 涼介を倒せ!」
三人が乱闘を繰り広げていたあいだにも、真凛は自分のキャラクターをしれっと生存させていた。
「――もちろんです。ぽっと出には負けません」
至極冷静に、もはや冷徹とすらいえる無表情で画面を見つめる真凛。コントローラーを操る小さな手は、迷いなどまったく見せない滑らかさで動く。
「二人とも上手すぎだろ、これじゃさっさと退場した真南可が可哀想じゃん」
「拓真ぁ~」
「にひひ。事実じゃん」
ニカっと笑う拓真に恨めしげな視線を向ける。
でも胸の中では、
(……やっぱ、拓真に来てもらって良かった)
頼りがいのある恋人への思いをさらに募らせていた。
彼はまた画面に顔を戻してしまうが、真南可は横目で盗み見続けていた。
(どうしよう、やばい……)
なんだか急に、身体をすり寄らせたい衝動に駆られる。左右には真凛と涼介がいるのだからそんなことはできないけれど……でもできないと分かると、なおさら感情が昂ぶってくる。
彼に触れたい。彼ともっと近づきたい。
気持ちが溢れて、つい真南可は指を伸ばした。
ソファで隣に座る拓真の、その長くてゴツゴツした指に自分を絡ませる。
「――――」
「…………」
気づいた拓真がピクッと反応するが、顔にも声にも出さないでいてくれたのが嬉しい。
二人の死角。自分たちだけの空間で。
指と指をもつれ合わせ、真南可は拓真と交わった。節くれ立った男の子の指で求められるのは、なんとも甘美な感覚だった。
汗が出る。血液が沸騰するようだ。表情を取り繕うのに苦労して胸がバクバク鳴っているけれど――いつまでも終わらないで欲しい、濃密な時間。
しかし、
「――はい、勝った」
白熱していた二人の対戦は、最後はあっさりと涼介が勝利した。
真凛はそこで本当に悔しそうに顔を歪めて、
「貴方なんかに負けるのは、屈辱です……!」
「じゃあもう一回やる? いいよ、挑戦なら受けて立ってあげるよ。1対1のほうがいい? ハンデ設定しようか」
「舐めないでください、貴方なんかより拓真さんのほうがずっと……! 今日は運気が貴方に向いているだけです!」
「運も実力のうち、か。ごめんね、強くて」
「~~~~ッ!?」
こんなにムキになる妹は初めてで、なんだかちょっと可笑しかった。年相応なところがあるんだなと、妙に安心もした。
「――ってわけで、俺と真凛でやってもいい?」
涼介がふいにこちらを向く。
見られているわけではないのに、反射的にパッと繋いでいた手を解いた。指のあいだも手のひらも、ジットリと汗ばんで火照っている。
「い、いいよ。私は一回パスするから」
なるべく平静を装ったつもりだが、声には少し出てしまっていたかもしれない。
「そんじゃさ、真南可」
拓真のほうがまだ|上手《うわて》だ。さっきまで手と手で睦み合っていたなんておくびにも出さずに、
「オレら邪魔になりそうだしさ。――せっかくだし真南可の部屋、案内してよ」
「え」
これは想定外だった。
確かに今日の目的は、険悪な雰囲気だった涼介と真凛の仲を取り持つことだった。刺々しいが二人の会話もすっかり弾んでいるので、その意味では役目を終えたと言える。
|この《・・》涼介なら、真凛を任せても大丈夫そうだし――
「でも……」
今のこの気持ちで。
昂揚して、ほのかに欲情すらしかけているこんな状態で、拓真を自室に招くなんて。
「――あ、姉さん」
逡巡していると、涼介が見透かすような目で、
「見られたくないものでもある? 部屋が片づいてないとか」
「そ、そんなことないし!?」
「あー大丈夫。真南可が片づけ苦手なの、嫌と言うほど知ってるから」
拓真も追い打ちをかけてくる。
「だ、だからぁ~……!」
「それなら問題ないか。いいよ、真凛のことは俺が面倒見てあげとくから。ゆっくりしてきたら?」
「「~~~~~っっ!?」」
姉妹そろって感情をかき乱される。
真凛はその挑発に乗ってさらに瞳を燃やしているし、自分は自分で混乱していた。
「だってさ。んじゃ行こうぜ真南可」
さらりと言って立ち上がる拓真に押し負けて、けっきょく真南可もリビングをあとにすることになった。
(あー、もう、変。顔熱くなってるし……! 変な感じ、足元がフワフワする)
文字どおり浮かれた気分。
すでに涼介と真凛を氷解させている達成感と――そしてそんなきょうだいたちを置いて恋人と自室に向かおうとしている、ほの暗い背徳感のせいだろう。
なんだか今日は凄い日だ。
まだまだいいことがたくさん起こりそうな予感のする日。
真南可は火照った頬でうつむきながら、リビングのドアに手をかけ拓真を案内していった。
――その背中に、涼介の静かな視線が注がれているとも知らずに。