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──きっとまた間違えるけど。まだ、ひなにこの手が届くのなら。
幼馴染のひなが親友の女になった。快楽に蕩ける声を聞いた。
もう何度も諦めようとした。それでもひなには笑っていてほしくて。
一人で雨に濡れ、泣きはらすひなの手を取り、強く抱きしめた。
あの日、どうしようもなくすれ違った想いが、再び重なり合った。
素直になった幼馴染二人。もう一度、プロローグから始まる。
第八話 溶けだす温度
第九話 覚悟
第十話 プロローグを、もう一度
第十一話 晴人とひな
第十二話 間宮ひなの身体うまぁ
第十三話 ふかいところのまんなかさがし
Side Story 東堂礼司のその後
Side Story 花岡玲菜のその後
本編の一部を立読み
第八話 溶けだす温度
「……ひ、ひな……?」
重たい灰色の雨の幕が上がり、すっかり静寂に包まれた世界で、幼馴染の――|西島晴人《にしじまはると》の声だけが響く。
びしょ濡れのお互いの身体から、ぽたり、ぽたりと雫が落ちては、足元の水溜まりに細かな波紋を広げていく。
「……離してよ」
晴人の手が、凍りつきそうな私の――|間宮《まみや》ひなの腕を捕まえていた。
見ないでよ。触らないでよ。私のことなんて放っておいてよ。
今さら、顔を合わせたくない。自分の最低さを否が応でも喉元に突きつけられるから。かきむしりたくなるほど胸の奥が痛くなるから。
なんでこんなときに限って、晴人は……っ。
「……一人にして。話したくない」
「何か、あったのか……?」
「何もない」
腕をつかむ力が、ほんのわずかに強くなる。
「…………礼司《れいじ》、か?」
あぁ……。
聞きたくないその名前が、心の奥に鋭く突き刺さる。
――初セックスを生中継――
耳にこびりついてしまった礼司の言葉の数々が、次々とよみがえって、頭の中を埋め尽くしていく。
――ひなと俺とのイチャラブ処女喪失生セックスを、電話越しに三時間も聞かせてやったわ――
正しいと信じた、信じたかった選択のせいで……取り返しのつかないほど、晴人を傷つけてしまった……。
――これで晴人は絶望バッドエンド――
全てが最低で、幼馴染の前なのに、俯いたまま涙が止まらない。
「……離して」
「なあ……そうなのか?」
「離してよ……」
「ひなっ……」
――ハメ撮り動画と中出し画像送りつけたわ。愛する女で一人でシコシコしとけーってな――
もうやだっ……消えてよっ……!
「離してって言ってんのっ! 晴人には……関係ないでしょっ!」
ガサツに、暴力的に、差し伸べられたその手を振り払ってしまう。
「……ひな……」
「なんなのよ、いきなり来てっ……! いつもは何も聞いてこないくせにっ! 今日は話せって!? 都合よすぎでしょっ!」
ちがう、違う違う違うっ……!
こんな言葉、吐きたくない。こんな態度、取りたくない。こんなこと、思ってない……っ。
本当は、何も聞かずにあの海が見える公園へと連れ出してくれたこと、嬉しかった。想い出の場所で、すごくすごく温かい気持ちになった。
それなのに、口からとめどなく溢れ出てくるのは、トゲだらけのひどい言葉ばかり。
「いい加減にしてっ……もう、放っておいてよ……」
「俺は、お前のこと……心配で……」
「だからっ! それが余計なお世話だって言ってんのっ! どうせっ、何もできないくせにっ!」
いったい誰に向けられたものなのかさえわからない、悪感情の嵐。優しくされればされるほど、喉がカラカラになるまで醜く叫び散らしてしまう。
「ほんと……バカじゃないのっ!? さっさと、レナちゃんと付き合いなさいよっ! こんなところにいないでさっ!!」
バカは、私だ……。
びしょ濡れになりながら、こんなところまで走ってきてくれたのに。
大切な人のこと、晴人のこと、また傷つけようとしてる……。
「違うんだ……ひな、俺はっ……」
「は……? 何よ……まだ何かあんの……?」
「俺はっ、ずっと――」
「ひなが好きなんだよっ……ずっとっ……!」
あぁっ……。
心が動いてくれない。
世界で一番欲しいと、こんなにも願った言葉。
ずっと前から、晴人の口からいつか聞きたいと願い続けてきた言葉が、目の前にあるのに……それなのに……。
私の汚れきってしまった心には、もうその言葉が沁みていかない。ガラスに水が弾かれるように、ただ滑り落ちていくだけ……。
どうして……どうして、今なの。
晴人がくれた大切な想い出、もうひとつ残らず、ぐちゃぐちゃになっちゃったよ。全部、私のせいなんだ。私が自分で壊したんだ。
「……わ、私は……好き、じゃない……晴人なんて……だいきらい……っ……」
嘘つき。
大好きだった。ずっと、大好きだった。
お守りのヘアゴムをくれたあの日から。辛いとき、悲しいとき、ひとりぼっちにしないで隣にいてくれたあの頃から。
スカートの裾をぎゅっと握りしめ、唇を噛んで必死に堪えようとしても、涙が止まらない。
視界がぼやけて歪んで、晴人の顔が見えなくなっていく。
「ずっ……! ずっ……と……きらい……だった……っ……」
……嫌い。
晴人が、じゃない。
本当に大切なもの全部なくしちゃって、こんなにも空っぽな自分、こんなにも醜い自分が、本当に、心の底から――
大嫌い……。
膝がガクリと折れて、その場に崩れ落ちる。
濡れたアスファルトの上はとても冷たい。けれども、そこはきっと、私みたいな最低な女の子には相応しい場所……。
「もう……いいでしょ。一人にして」
かすれた声で、そう最後の言葉を絞り出す。
……もういいよ。全部、終わってしまえばいい。ダメになってしまえばいい。
大切な人の優しさ。頑張って伝えてくれた想い。そういうの、心が死んでしまった私は、もう何も感じることができないんだから。
あぁ……晴人。
あなたの優しさを踏みにじって、ごめんなさい。
あなたの想いを汚してしまって、ごめんなさい。
あなたを好きになって、ごめんなさい。
……あなたの隣にいようとして、ごめんなさい。
こんな私が存在していても、晴人を傷つけてしまうだけ。
……もう、消えたい。この世界から、いなくなってしまいたい――
「…………ひな」
【挿絵01:抱擁】
……え?
静かに消えてしまおうとして、閉じかけていた目を……思わずぱっと見開いてしまう。
眼前に広がるのは、黄昏時の西の空。さっきまであんなに厚く重く立ち込めていた雨雲が、まるで嘘のように去って、空はすっかりオレンジ色に染まっている。
そして、私は――
抱きしめられていた。
どうしようもないほど、晴人にすっぽりと包まれていた。
「……嫌いでもいい」
背中に回された腕の力がさらに強くなる。
ただぎゅっと、離れないように、いなくなってしまわないように、私のことを強く引き寄せてくれる。
あぁ……全身びしょ濡れなのに、なんで晴人の腕の中は、こんなにも温かいんだろう……。
言葉よりも先に、冷えきった肌を包み込むその熱が、私にそっと語りかけてくる。
「俺は、いつも間違ってばかりで……きっとひなに好きになってもらえる資格なんてない。そんなこと、わかってるっ……」
晴人の身体はかすかに震えていて、その胸に刻まれた痛みや悔しさが、鼓動と共に伝わってくるようで……。
「でも……でもっ、ひなが大切なんだ。ずっと、ずっと……」
その言葉は今度はすうっと、凍てついていた心の隙間に沁みわたっていくようで……。
「けど……私は、晴人を――」
そうだ……私は、晴人を傷つけた。
全部、知ってるんでしょ……?
私が、どんなに汚れた人間か。
辛い記憶を塗りつぶしたいからといって、好きでもない男の人と付き合える。流されるまま身体を重ねて、気持ちいいことに溺れてしまえる。そんな汚れた人間なの、私は。
だから……好きになってもらえる資格がないのは、私の方なんだよ……っ。
「何があったかとか知らない……たしかに、俺は何もできない。それでも……ひなが辛いなら、なんとかしたいんだよ……」
そのとき、キラキラと輝く透明な雫が、幾筋もの軌跡を描いて流れ落ちていくのが見えた。
あぁ……晴人が、泣いてる……。
さっきだって、あんなに暴言吐いて……「きらい」とまで言ったのに……っ。
なんで、私なんかのこと……そこまで想ってくれるの……っ。
「その気持ちだけは、ずっと……変わらない」
「な……んで……」
なんで、そんないつまでも同じ気持ちでいられるの……っ。
「何度間違ってもさ……」
「……なんでっ」
なんで、そんなに諦め悪いの……っ。
「ひなが笑ってるならって……」
「なんでよぉっ!」
「……何度も言わせんなっっ! ずっと言ってんだろぉ……ひながっ……大切だってっ!」
……私は、ずっと幼馴染の優しさに甘えてた。
晴人が何度も差し伸べてくれた手を、握り返す勇気がもてなかった。
そして、傷つけた。取り返しのつかないほど、深く。
それなのに、いいの……?
この優しさにみっともなくすがりついて、また甘えてしまっても。
こんなにも汚れてしまった私のこと、まだ「大切」だって言ってくれる、晴人に……。
あぁ……。
胸の奥で、何かが決壊した。
ずっとずっと押し殺していたものが一気に溢れ出した。
涙なんてとっくに枯れ果てたと、もう声を出す気力さえ残ってないと思っていたのに――
「うあぁぁぁぁぁぁっっ!!」
晴人の胸に顔を埋《うず》めて、みっともないくらい涙も鼻水もいっぱいにして、絶叫じみた泣き声をあげて。
泣いて泣いて、いつまでもただひたすらに泣き続けた。
その間中、晴人は私の肩を優しく抱きしめて、ずっと寄り添ってくれていた……。
「ひぐっ……ぐすっ……ごめんなさいっ」
「あ……あやまることじゃねーだろ……」
「ごめんなざい……」
「いーって……」
「ごめんなざい……ひぐっ……」
「もー……あやまるなよ……」
……晴人の身体の温もりは、長い冬の後に訪れた春の陽光みたいだった。
すっかり熱を奪われ、凍りついてしまった心を包み込み、ゆっくりと溶かしてくれる。そんな陽だまりのような、優しい温度……。