01/09 電子版発売

明らかに両想いなのに長いことつかず離れずだった幼馴染と、ついに一線を越える話3

著者: ういろう

電子版配信日:2026/01/09

電子版定価:880円(税込)

最愛の幼馴染・三春澪と結ばれて始まった新婚生活。
澪から紡がれる、じれったい片想い中の思い出とは──
桜並木での出逢いから、気持ちのすれ違ったクリスマス、
お泊まりデート、そして一線を越えたあの日まで。
そして現在、二人の間には新たな命も授かり……
共に年を重ね続けた幼馴染の純愛ノベル、幸せ溢れる最終巻!

目次

第一話 幼馴染と「私」――想い出と失恋

第二話 再出発――それでもやっぱり君が好き

第三話 両想い――世界で一番幸せな響きだね

第四話 新しい命を授かりました

第五話 君とずーーっと両想いエッチ

エピローグ

本編の一部を立読み

第一話 幼馴染と「私」――想い出と失恋



 大学生になってみて、改めて感じる。
 幼馴染と呼べるような、自分にとって特別な存在がいてくれるのは、幸せなことだと。
 たとえその特別な相手に、一生報われない片想いをし続けることになったとしても、出会わなければよかったなんて、そんなこと絶対思わない。思うはずがない。
 そもそも、「幼馴染」ってなんだろう。
 読んで字のごとく、幼い頃からの付き合いで、肌に心によく馴染んだ特別な相手。その顔はパパの顔よりも見たし、その声はママの声よりも聞いたし、その匂いは……えっと、ごめんなさい。なんでもないです。
 私、三春澪《みはるみお》にも、そんな素敵な相手がいる。
 ――竜胆隆《りんどうりゅう》――
 その少々厳《いか》めしい名前にもかかわらず、性格はおとなしめで、真面目で、なんていうか、ちょっとませてる。遵法精神が高めで、よく先生みたいなことを言うんだよね。あと、父親がなんとか大学の先生らしくて、いっつも本を読んでる。すっごく物知り。
 そんな彼のことを、私はいつも「リュウ君」と呼んでいる。幼馴染に相応しい、フレンドリーな呼び名だと思う。
 当たり前だけど、幼少期に自分たちの関係を「幼馴染」と呼び合うなんてことはありえない。ある程度年を取って、二人の間に想い出が積み重なってから、目の前のよく見知った男の子がただの友達ではない、「幼馴染」であることに気づくんだ。
 少し言い方を変えてみよう。現在から振り返ったときにはじめて、私たちは幼馴染として出会い、同じ時間を過ごし、特別な関係を育んだということになるわけで……あれ、ちょっと頭がこんがらがってきたかも?
 要するに、今ここにある大切な関係が、ひとつひとつの過去に意味を与えてくれるんだ。
 そうやって意味づけられた物語のささやかな始まりは、小学校の入学式の日、通学路の桜並木でのこと。
 絵に描いたようなやんちゃ少女だった私は、桜吹雪を浴びながら駆け回っていると、一人だけ他とは少し違う大人びた雰囲気の男の子を見つけた。
「ねねっ、君、なんてゆーのっ?」
「うわっ、なんだよ突然!」
 桜の木の根元あたりで、ひこばえの開きかけの蕾を眺めていた彼の前に、私は無邪気さ満開の笑みでにゅっと顔を突き出した。
「私、みはるみお!」
「俺は……竜胆隆、だけど……」
「リン、ドー……?」
「リンは竜っていう字で……ほら、そこの木の枝取ってくれ」
「すごっ! 難しい漢字、書けるんだ!」
「自分の名前くらいは書けるよ」
「あっ、これドラゴンっていう意味の漢字でしょ! わかった! 君はドラゴンの『リュウ君』だ! がおーっ!」
「は、恥ずかしいんだけど……『リンドウ君』じゃダメなのか……?」
「うーん、ダメ! 『リュウ君』の方がカッコイイから!」
 やがてママが追いついてくると、私はついさっき出会ったばかりの「リュウ君」に勝負を持ちかけた。
「ねー、リュウ君。私ね、幼稚園ではかけっこ、一番速かったんだよ?」
「三春さんは運動が得意なんだな」
「ダメ!」
「は? え? 何が?」
「『みはるさん』じゃなくて、ちゃんと名前で、『ミオ』って呼んでよ!」
「…………」
「よ! ん! で!」
「…………」
「じゃーわかった! 私がかけっこで君に勝ったら、『ミオ』って呼んでもらうからね! はいっ、よーいドン!」
「おいっ、ちょっ、めちゃくちゃだな……っ」
 なんていうかこの頃の私、リュウ君の話も聞かずに自分の意見を押し通してばっかりで、わがまますぎる……。よく愛想尽かされなかったなぁ。
 しかも、不意打ち的に走り出したうえに、途中で盛大にすっ転んで膝を打ってしまったんだ。
「んくっ……い、痛いよ……っ、ママぁ……」
「あららぁ……だいぶ脚擦り剥いちゃったわねぇ……」
「絆創膏使いますか」
「竜胆君、だっけ? しっかりした子なのね~ほんと、うちのミオとは大違い」
「ああ、いえ、別に……」
「こんな感じで危なっかしい子だけど、仲良くしてあげてくれないかしら……」
「ママ、うるさい……っ」
「ったく、ほら、立てるか……? かけっことかもういいから、一緒に学校行くぞ」
「ん…………」
 鼻を啜って、泣きそうになっている私の弱々しい手を優しく握り、二人で一緒に小学校に向けて歩いてくれたこと、今でもはっきりと覚えてるよ。
 あの長いようで短いソメイヨシノのトンネルをくぐったのが、きっと私たちの初めての共同作業だった。
 ところで、そんな素敵な時間を終わらせたのは、またしても私のわがままというか、負けん気だった。
 校門の目の前まで行き着いたとき、私は突然リュウ君の手を振りほどいて走り出し、そして「私の勝ち!」と、なんとも正当性の怪しい勝利宣言をしたんだ。
 君はぽかんとした様子で立ち尽くし、「さあ! 私を『ミオ』とお呼びなさい!」とばかりに、自信満々に胸を張った幼き日の私のことを眺めていた。
 ――「わがままで負けず嫌いなやつ」――
 多分、リュウ君の私に対する第一印象はそんなところだろうか。

 小学校では君とクラスが同じで、しかも机まで隣同士だった。もちろん、席は右前から順に苗字の五十音順で配置されていくだけなので、少しもロマンチックなところはない。
 でも、そんな陳腐な偶然の積み重なりからこそ、運命が紡ぎ出されていくんだ。
 やがて桜の花弁は散り、新しい季節が始まる。
 実をいうと、私を生涯の親友と引き合わせてくれたのもリュウ君だった。
 私たちが小学三年生のときに転校してきた|藤宮由紀《ふじみやゆき》、つまり「ユキ」は、今思い返すとクラスのなかで少し浮いていたかもしれない。
「ねーユキちゃん。遊ぼうよー」
「は? 私?」
「うんっ、ほら、そこのリュウ君がねー、学校終わったら一緒に駄菓子屋さん行こーって」
「……他にいくらでも友達、いるんでしょ。なんで私なのよ?」
「おーい、リュウ君! ユキちゃんがなんでなのって聞いてるよ!」
「理由? そりゃ、学級委員として、どうにかしないといけないからで……あと、ミオも人数多い方が楽しいって言ってたし……」
「もーっ、ゴニョゴニョ言っててわかんなーい!」
 昔から責任感が強かったリュウ君は、ユキがクラスメイトと打ち解けられず、喧嘩になりがちだったのを気に病んでいたんだと思う。当時の私はそんなことにまで気が回らず、純粋に日々を楽しく過ごしたいという気持ちだけで、リュウ君やユキのことを東へ西へと引き回していたんだけれども……。
 同じ頃、|氷川弘人《ひかわひろと》君も加わって、私たちは何かというと四人一緒で行動するようになった。
 今はもうなくなっちゃった小さな駄菓子屋さんに駆け込むと、おばあちゃんはいつも皺だらけの顔でくしゃっと微笑みながら、箱入りの棒アイスを渡してくれた。
「リュウ君のそれ、何味?」
「りんご」
「えーっ、私もそっちがいーっ!」
「三春ちゃんに譲ってやれよー、りんどー」
「いや、もう口づけちゃったし」
「はむっ……!」
「は!?」
「うっ、頭キーンとするぅ……」
「うあぁ……一口で半分以上持ってきやがった……このアイス泥棒!」
「アンタ男の子でしょー、そんなことでいちいちケチケチしてたら、かっこ悪いわよ」
「ユキのもりんご味だ、もーらいっ!」
「あっ……!」
 このあと「アイス泥棒」の私を追いかける鬼ごっこが始まるのがいつもの定番の流れ。リュウ君とユキは私よりずっと足が遅いし、氷川君もたいてい二人の逆鱗に触れて追い回される側になるので、私が捕まって負けることはほとんどなかったはず。
 ある日みんなの血液型を聞いたら、私がAB型、リュウ君がA型、ユキがO型、氷川君がB型だった。しっかり者で几帳面なリュウ君がA型なのは、たしかに納得感しかない。凹凸がいい感じに噛み合うような、理想的な四人組だったんじゃないかと思う。
 幼馴染の君がずっと隣にいてくれたおかげで、なんてことない日常の出来事さえ大切な想い出になる。
 でもね、楽しいときだけじゃない。私が辛いときこそ、リュウ君は傍にいてくれたんだ。
 祖父のお葬式は、おじいちゃん大好きっ子だった私にとっては、特に悲しい出来事のひとつだった。
 リュウ君はね、泣いても泣いても大粒の涙が止まらない私の手を、ずっと隣でぎゅっと握っていてくれたの。たったそれだけのことで、どんなに救われたことか。
 おじいちゃん、実は君のことすごく気に入ってたんだよ。物知り同士、気が合ったのかな。「ミオちゃんのお友達の将来が楽しみ」って、生前、何度も口にしていたのを覚えている。
 なんでも知っているおじいちゃんに、好奇心に任せて色んなことを聞くのが好きだった。
「ぐすっ……でも、もうお話、できなくなっちゃった。……ちょうちょの名前、教えてもらえなくなっちゃった……っ」
「……それなら、さ。蝶の名前も、これからは全部俺に聞けばいいよ」
「宿題も、教えてくれる……?」
「答えは教えられないけど……手伝うくらいなら、いくらでもやってやるよ」
「……リュウ君は……いなくならない……? 私とずーっと、友達でいてくれる……?」
「ああ、俺たち、これからもずっと、『幼馴染』だ。ミオのこと、絶対一人にしない」
 そんな温かい言葉を想い出すたび、私のなかで少しずつリュウ君の存在が、他の友達とは違う特別な「幼馴染」になっていくのを感じたよ。
 おじいちゃんが旅立ったのとちょうど同じ頃、お母さんが働くようになった。兄弟姉妹のいない私は家でひとりぼっちになる時間が増えて、多分、人生で初めて孤独感で、寂しさで泣いてしまった。
「夏休み、楽しみだな、ミオ」
「…………私は、あんまりかも……」
「そうなのか?」
「だって、学校でみんなに会えなくなって、お家で一人の時間、増えちゃうから……」
「……じゃあ、その一人の時間は、俺たちで遊園地に行くのとか、どうだ」
「いーの?」
「ああ」
「毎日でも……?」
「いいよ。……その、俺もミオと、もっと遊びたいし……」
 リュウ君は「絶対一人にしない」というあの約束の言葉を守って、私のことを暗い部屋からキラキラとした夢の国へと連れ出してくれた。
 多分、あのときからずっと、リュウ君は私の王子様。
 白馬が優雅に回るメリーゴーランド、私たちのお家まで見渡せる大観覧車、自然と手と手がつながったジェットコースター。ひとりぼっちの日々になるはずだった私の夏休みは、思わず微笑んでしまうような幸福な記憶へと変わった。
 もしも幼い私がリュウ君の言うように、明るくて、天真爛漫で、太陽のような少女だったのなら、それは間違いなく君のおかげだ。
 ちなみに、あとでリュウ君ママから聞いた話なんだけど、君は貯まっていたお年玉を崩してまで、二人分の年パスを買ってくれたらしい。そんな素振り少しも見せなかったくせに。
 ああもう、ほんとそういうとこだよ、リュウ君。
 ……好き。
 とはいっても、この頃はまだ、君のことを異性として意識するまでには至っていなかったと思う。
 学校ではよく「こいつら遊園地デートしてるんだぜー!」とか、「うわーっ、相合傘だーっ、竜胆と三春がいちゃいちゃしてるー!」とか、そんな感じでからかわれたりもしたけど、別に大して気にならなかった。
 リュウ君はしばしば耳まで真っ赤にしていたし、ユキはお調子者の男子グループに激怒していたし、氷川君は訳知り顔でニヤニヤしていた。みんなの方が、私よりも心の成長が早かったんだろう。
 ここで、そんな幼い私の無邪気さを示すエピソードをひとつ。小学校の卒業も近づいたある日、いつものように近所の公園で遊んでいると、二匹の蝶が仲睦まじく飛び回っているのを見かけた。
「ねっ、リュウ君! あの青いしましまのちょうちょ、なんて言うんだっけ?」
「えぇっと、アオスジアゲハじゃないか」
「どうしてくるくる回りながら飛んでるの?」
「あれは求愛行動だな」
「『きゅーあいこうどう』、ってなーに?」
「は……? いや、それは……その……要するに、オスとメスが、仲良し、ってことだよ」
「じゃあ、私たちと一緒だね!」
「い、一緒!?」
「違うの? 私とリュウ君、仲良しじゃないの……?」
「いや、そーいうわけじゃ、ないけどさ……求愛行動は、それとは全然違うっていうか……」
 すでにそれなりに言葉の意味がわかっていた早熟なリュウ君が、困った表情をしていたのはよく覚えている。
 そういえば、あのときの二匹のちょうちょは、割って入ってくる不届き者に妨害されず、無事に添い遂げられたのかな、できたならいいな……なんて。

 さて、私が自覚的にここでいう「求愛行動」に及び始めたのは、ようやく中学生になってからのことだった。
 長いこと私よりも身長の小さかった幼馴染は、いつの間にか見上げるほどのっぽになって、ちょっとだけ首が疲れるようになった。そのうえ、ただでさえ落ち着きのある大人びた雰囲気だったところに、声変わりと制服効果のダブルパンチまで加わった。
 とにかく、私の幼馴染は大きく変わった。「あれ……? リュウ君ってこんなにかっこよかったっけ」などと、うっかり素で口に出してしまうほどに。
 そんな日々変化していく君に追いつき、隣にいるために、私も変わった。
 具体的に言うと、髪を伸ばし始めたんだ。
 だって長い黒髪の女の人のこと、よく目で追っていたでしょ?
 私は君のことしか見てなかったのに、それってなんだか不公平じゃん。君も私のことだけ見ていてよ。そんな意志表示だった。
 そしてもちろん、変わりたいと願うまでもなく、体つきは勝手に女の子らしくなっていった。朝起きて鏡を見るたび、そこに映る私はゆっくりと、でも着実に「女性」への変化を遂げていた。
 それと歩調を合わせるかのように、中学に入る頃にはまだ新芽のようだった恋心が、少しずつ、少しずつ精神を満たしていった。
「見て見てユキ~、リュウ君からジャージ借りたんだーっ!」
「はいはい……それより、また大きくなったわね……男のジャージ着ててもわかるって、相当よ?」
「やーん! ユキがいやらしい目で見てくるーーっ!」
「……アンタ、そのノリで男子に接するの、絶対やめておきなさいよね」
 発育がいい方なのは自覚していた。ユキや他の友達と比べてもどんどん大きくなって、そのたびにブラを何度も変えなきゃいけなくて、男子から妙な視線を向けられることも増えて……他にも、困ることは挙げていくとキリがない。
 足元が隠れて見えない。走るとぶるんぶるん揺れて痛い。ブラの値が張るうえに可愛くない。そしてなにより、単純に重い。可愛いセーラー服もパツパツになってしまった。
 でもでも、そんなマイナス点を帳消しにしてしまうくらい、ちょっぴり湿度高めのニンマリ笑顔を浮かべてしまう瞬間がある。君の恥ずかしそうで申し訳なさそうな熱い視線を感じたときだ。
「んーーーーっ! 水泳の授業のあとってさ、ほんと眠くなるよねぇ」
「おい……そんな勢いよく伸びしたら、後ろにひっくり返るぞ」
「大丈夫だよーーっ、君こそ前向かないと|小野寺《おのでら》先生に怒られるぞー? あっ、それとも何か気になってるのかなー?」
「海水浴にスク水着てくるくらい迂闊なミオが、ちゃんと着替えを持ってきたのかどうか、心配になったんだよ」
「むっ、じゃあ、確かめてみる……?」
「……は?」
「ほらっ」
 白いセーラー服の裾にそっと指先を引っかけて、ほんの数センチだけ持ち上げる。すると、濃紺のスカートの上にわずかばかりの隙間が生まれて、私の滑らかなお肌と、男の子ならきっと思わず指でなぞりたくなってしまうような小さな窪みが露わになる。
「はぁっ!? バカバカバカ、やめろって!」
「わがままだなぁ。あっ、そうだ。別に直接見せなくても、こうすればわかるんじゃない?」
 あたふたするリュウ君の反応が面白くって、ついついからかいたくなってしまう。
「よい、しょ……っ」
 机から少し身を乗り出して、両腕で上下からサンドイッチ。君を挑発するための意図的な圧力によって、セーラー服の生地は、もしワイシャツならボタンが飛んでしまうほどにピンと張り詰めている。
 昔と同じいたずらを企む小学生みたいな顔で、とてもあの頃と同じ人間とは思えない大きく膨らんだ胸部を見せつけられて、きっとリュウ君の頭は混乱していることだろう。
「どーお? 透けて見えるかな、ねえねえねえ?」
 同じ体勢のまま軽い縦揺れを加えたりして、リュウ君のことをさらに追い詰めていく。襟元を彩る鮮やかなスカーフの下で、ぎゅむぅっと押し固められた乳房をぽよんと弾ませると……あはっ、見てる見てる。
「ミオっ……!! お前、ほんと、いい加減に……っ!!」
「はーい、竜胆くーん、三春さーん。いい加減、授業中にイチャイチャするのはやめましょうねーっ」
 まもなく、私たちのクラスでは「むっつり優等生リュウ君」の名声が確立することになりましたとさ。
 ちなみに、この頃……一人で、ごにょごにょ、するのを覚えた。
 え? わからないって?
 せ、性に目覚めた年頃の女の子がお一人様ですることだよ。そんなのひとつしかないじゃん……言わせないでよ!
 あの熱い視線を思い返しながらスると、胸がもっと大きくなって、そんな私のことを君がまた見つめて、ドキドキして、シちゃって……その繰り返し。
 ひとつ懺悔しておくと、実は君から借りた私物も慰めるのに使っちゃってたんだよね。うう、こんなはしたない幼馴染でごめんなさい……。
 そうして、私はこれまでの純粋無垢(?)な少女から、隙あらば幼馴染のいやらしい妄想で股を濡らすむっつりドスケベ女へと早変わりしてしまった。
 修学旅行では告白し損ねてしまったけど、今までも好きだった君のことがもっと、もっと、もっと好きになった。
 だって、上っ面の感情なんかよりもずーっと大事なリュウ君の想いを聞くことができたから。私たちは特別な絆で結ばれた特別な幼馴染なんだ。そう確信できたから。
 ああっ……私のことを探し出してくれたリュウ君。ほっぺにキスをしてくれたリュウ君。
 好き……好きっ、好きっ……♡ 好き、好き、好き……♡
 修学旅行後の気持ちの高ぶりを抑えきれなくて、帰ってきてからもベッドの上で両脚をバタバタさせながら、大好きな幼馴染のことばかり考えてたんだよ。
 裸で抱き合ったら絶対気持ちいいだろうなとか。君の素肌の温もりを、匂いを間近で感じたいなとか。あまりの心地良さに蕩けてしまうかもとか。エッチしたいな、とか……。

 高校生になってからは別々の学校に通うようになったにもかかわらず、ううんだからこそ、幼馴染への強い想いはいや増すばかりだった。
 修学旅行で撮ったリュウ君とのツーショットを、わざわざ生徒手帳に挟んで後生大事に持ち歩くとか、そういうベタなこともしていた。
 ほんと一途すぎるなあ、私。思わず泣けてきちゃうよ。
 当然のように、通学時間を調整してリュウ君と同じ電車に乗れるようにしていた。
 最寄り駅の改札に入って一番奥の階段をタタタっと軽快に駆け下りると、朝ラッシュで賑わうホームにはいつも君がいたよね。なにやら小難しそうな本を読んでいたの、ちゃんと覚えてるよ。
 学校は別々になっちゃったけど、少なくとも一日の始まりだけは好きな人と共にいられる。しかも運が良いときは、すし詰めの車内でさりげなく私のことを守ってくれたりする。
「あ……ありがと。痴漢とか怖いから、割とけっこう、助かってる……」
「ミオなら股間蹴り上げて撃退できそうだけどな」
「わ、私のことなんだと思ってるの!?」
「冗談だよ……せっかく女性専用車両あるんだし。別に俺に気とか使わず、そっちに乗っても、全然……」
 いやいや、本気で言ってる?
 さすがの私でも手、出ちゃうよ?
 股間蹴り上げて、痴漢というか鈍感の罪で駅員さんに差し出しちゃうよ!?
 だってそんなことしたら、君との大切なひと時が失われちゃうでしょーがっ、もーバカバカバカっ!
 ……リュウ君の余計な気遣いをもどかしく思いながらも、それでもやっぱり心躍ってしまう朝のひと時は、各駅停車できっかり五駅分の時間をもって終わりを告げる。
 君を乗せた電車が鉄のレールを軋ませながら走り去っていくと、どうしても切ない気持ちがこみ上げてくる。
 本当は、学校なんかサボって二人だけで遠くの街に行ってさ、それで昔みたいに日が暮れるまでお話したいよ。
 地域一番の進学校で真面目に勉強し続けているリュウ君には、こんなこと絶対言えないけど。
「もっと一緒にいたい」とか「まだ帰りたくない」とか、昔は簡単に口に出せたその言葉を、高校生になってからいったい何度飲み込んだかわからない。
 毎朝、高校の最寄り駅までの短い時間を積み重ねて、君への想いばかりが膨れ上がって、でも一歩を踏み出す勇気は出なくて……。
 そんな日々が、一週間、一か月、一年と続いて……気づいたらもう、高校三年生だ。
 昔、いつも四人で一緒に遊んでいた公園は、遊具の数が少しだけ減って、子供たちの声も聞こえなくて、なんだか寂しげな雰囲気だった。
 私とリュウ君の関係も、もうこれ以上は一センチも近づくことのないまま、こんな風に少しずつ先細っていってしまうんだろうか。
 ……そんなの、やだな……っ。
「……ミオ……? 何やってるんだ、こんなところで」
 耳に馴染んだ優しい声は、決して幻聴じゃなかった。
 振り返ると、そこにはちゃんと片想いの幼馴染がいて、自転車を押しながらこちらに向かってきていた。
「んーっ……ノスタルジーに耽ってた、みたいな?」
「昔は氷川と藤宮と、みんなでよく遊んだよな」
「ねっ。あそこの滑り台で派手にすっ転んでさ、危うくファーストキス? 体験しかけちゃったこともあったよね?」
「あのときはギリギリセーフだったし、それに小学生の頃のキスなんてノーカンだろ」
「照れ照れだったくせにぃ」
「るっせ」
「じゃあ修学旅行のときのは?」
「あ、あれも唇じゃないからノーカンだろ……」
「素直じゃなーい! そんなに初めてが私だとイヤなのーー?」
「別にそういうわけじゃ……って、ミオ、お前、なんで後ろに乗ろうとしてんだよ……っ!」
「自転車で途中まで乗せていってよ」
「二人乗りはダメだ。捕まる」
「ケチーっ! ねーもう私たち高三でしょ? 素敵な青春イベントのひとつやふたつ、体験しておきたいよーっ!」
「なんじゃそりゃ……言っておくけど、走らないからな」
「いーよ、このままで。それより少しお話したい」
 私たちの間の関係と同じように、自転車は不自然に止まったまんまだ。でも、二人を乗せていったん動き出したらなら、偶然にも訪れたこの幸福な時間はものの数分で終わってしまう。
 だから動かなくていい。このままでいい。
 このままが、いい。
 私は気づかれないようにゆっくりと、学ラン姿のリュウ君の広い背中に体を預けていく。
「……リュウ君は彼女作ろうとか、考えないの?」
「か、彼女? なんだよ突然」
「君もそーいうこと、考えたりするのかなって」
「……別に焦る必要はない気がするけどな」
「あんまり悠長にしてると婚期逃しちゃうぞ~」
「婚期って、まだ学生だろ」
「随分と余裕だね~まあ、私も人のこと言えないけど」
「そっちは、なんつーか今はその気がないってだけで、作ろうと思えば作れる側の人間だろ」
 私はずーっと「その気」なんだけどな。なのにどうして、彼氏できないんだろうな。どうして、誰かさんは私のこの想いに全然気づいてくれないんだろうな。もう十年くらい待ってるんだけどな。
 はぁ…………いったい君は、いつになったら告白してくれるんだろうなーーっ??
「じゃあ、もし『その気』だったなら……それでもずっと、君と私は幼馴染のまま……?」
 返事はない。きっと、私の消え入るような声は夕方の涼風のなかに溶け込んでしまって、君には届かなかったんだろう。
 ブレザー制服の一段と盛り上がったところを、むぎゅっと君の鈍感な背に押しつける。
 すぅっと匂いを吸い込むと、ムラムラ……間違えた。ドキドキする。懐かしくて、温かくて……そして切ない気持ちになる。
「うっ……おい、ミオ……」
「おっ、どしたどしたー?」
「……当たってる」
「そーだねえ。当たってるねえ」
「ったく……なんでそんな平然としてられるんだよ……」
 自然体を装ってるけど、違う。君の前でだけ、意識して無防備になっている。
 君にしか触らせたくない。君にしか触れてほしくない。ちゃんと伝わってる? ぜーんぜん、伝わってないんだろうなぁ……。
「君の方はねえ、こーやってお耳当てるとさ、背中越しにでも心音、ちょびっとだけ伝わってくるよ」
「べ、別にドキドキとかしてないんだからな……」
「うわっ、それ絶対ドキドキしてる人しか言わないセリフじゃん。前々から思ってたけど、君ってけっこうツンデレっぽいところあるよね~」
「ツンデレ言うな」
「あいたっ! もー、女の子の頭ってデリケートなんだよー?」
「昔この公園でポカポカ叩かれた仕返しだ」
「この暴力ヒロイン!」
「いやヒロインはおかしいだろ!?」
「ふふふっ!」
 あまりにも近すぎるがゆえに、かえって距離が縮められないことってあると思う。きっと今、私たちはそんな感じ。
 幼馴染同士、こんなにも仲良しなのに、こんなにも想っているのに……こんなにも一線を越えることができない。
 ……もっと勇気、出さなきゃ。
「ねね」
「ん……?」
「七月にさ、高校の文化祭があって……その、忙しいのはわかってるんだけど……できれば君にも来てほしいな」
 後ろから君の首元に腕を回し、少しだけ抱き寄せて、耳元でそう呟く。
「土日なら多分大丈夫だぞ。それで出し物は何なんだ?」
「聞いて驚かないでよ。なんとね……メイド喫茶なの!」
「おいおい、マジかよ」
「ふふふ、幼馴染のメイド服姿、見たい? 見たいでしょ?」
「まあ……」
「まあ……?」
「……正直、見たい」
「んっ、期待しててね」
「ああ、楽しみにしてる」
 結局、二人を乗せた自転車は最後まで動き出さなかった。
 けれど、私たちの関係の方はこれから大きく変化し始める。なんだかそんな予感がしたんだ。

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