09/12 電子版発売

寿命えっち。~おにいさんのお嫁さんになりたかった~【ノベル版】

著者: 潮しお

電子版配信日:2025/09/12

電子版定価:660円(税込)

病弱で、長い入院生活を送っている寿命(ことぶきみこと)ちゃん。
僕がお見舞いする時はいつも笑顔で、辛い様子を懸命に隠している。
病室で一人「おまたくにくに」する姿を目撃した日から、
純粋無垢な彼女にせがまれ、一足早く大人の遊びを教えることに。
「大人になれたら、赤ちゃん、作ってくれますか……?」
急変する容態、心肺停止、意識不明の命ちゃん、余命宣告。
運命に抗うように、ベッドの上で未来を誓い、同時絶頂の果てに──
伝説の音声作品、原作者による待望のノベライズ化。限定書き下ろし2編収録。

目次

01 お見舞い嬉しいです、お兄さん♪

02 おまたくにくに、凄いです……♪

03 お返しにオナサポ?してあげます♪

04 容態急変

05 さいごのおねがい

エピローグ 風に吹かれながら

後日談 お兄さんのおうちでデート♪

書籍版書き下ろしエピソード1 将来の夢

書籍版描き下ろしエピソード2 酔ったりなんて、してませんよぉ?……ひっく♪

本編の一部を立読み

01 お見舞い嬉しいです、お兄さん♪



 病院という場所に、良いイメージを持ち合わせている者は少ないだろう。かくいう僕にとっても、病院というのは無機質で静かで、死の気配がする……というよりも、生の香りがしない苦手な場所だ。
 けれど、そんな病院の庭にだって花は咲くし、笑顔も希望もきっとある。
 ほら、現に――
「ふんふふ、ふふふんっ♪ ふん~ふふ……」
 僕が向かう病室の扉が、ほんの少し開いていて。そこから楽し気なハミングが聞こえてくる。
 僕は釣られてだらしのない笑顔になってしまわないよう、咳払いを一つして気を引き締めてから、扉をノックした。
「あっ、はーいどうぞ!」
 病室に入るなり僕を笑顔で出迎えてくれたのは、女性と呼ぶよりもまだ少女と呼ぶ方が適切な年齢の女の子。
「お兄さん……♪ 退院したのに、わざわざお見舞いに来てくれたんですか?」
 彼女の名前は寿《ことぶき》命《みこと》。以前僕がこの病院の別の病棟に入院していた際、たまたま小児科と共通のレクリエーションスペースで顔を合わせたことがきっかけで知り合った少女だ。
 朗らかに笑顔を咲かせる彼女からは、一見病魔の気配はしない。
 けれど――
「私ってばラッキーです♪ えへへ、お兄さんが来てくれて、嬉し……けほっ、こほっ!」
 突如、血を吐くような咳を漏らす命ちゃん。僕は慌てて駆け寄って、少しでも楽になるようにと彼女の背中を優しく撫でた。
「はっ……ひゅっ、ひゅぅ……え、えへへ……心配してくれて、ありがとうございます。でも全然大したことじゃ、ないので……大丈夫ですよ? 本当に、少しむせちゃった、だけですから」
 それは僕に心配を掛けまいとして命ちゃんが紡いだ、優しい嘘だ。気づいていたけれど、僕が深刻な顔になれば彼女が悲しむ。
 だから僕は『そっか、なら良かった』と白々しい嘘で同調した。我ながらズルい大人だと自嘲せずにはいられない。
 出会い頭に少し気まずいムードが流れてしまったが、彼女の『お話ししましょう?』という提案に殊更大袈裟な笑顔で頷いて、空気を変えた。
「私、お兄さんが来てくれるかなって……えへへ、実は……楽しみにしてたんです♪」
 こんなつまらない大人との時間を、命ちゃんはご褒美かのように待ち望んでくれているらしい。それが社交辞令の類《たぐ》いでないことは、彼女とそれなりの時間一緒にいることで分かってきた。
 命ちゃんは身を起こして、ベッドの縁に腰かけた。僕の分もスペースを空けて『ここ、座ってください♪』と言ってくれたので、言葉に甘えて隣り合う形で腰を下ろした。
 ベッドの上というのは、本来並んで座ることが想定されていないため、どうしても肩と肩が触れ合ってバツが悪い心地になる。
 きっとその様子を見て勘違いしたのだろう。
「どうしたんですか、ほ、ほんとに大丈夫ですってば! 無理なんてしてないですよ、体調ばっちりです!」
 命ちゃんがしどろもどろにそう言った。自分の方が辛く苦しい立場だとしても、いつだって人のことを思い遣ることができる、そんな命ちゃんの優しさがむしろ痛々しい。僕が眉をひそめて黙り込んでいたからだろうか、命ちゃんが更に言葉を重ねる。
「え、えっと……その、お医者さんも、もうすぐ退院できるよって、言ってた、ので……」
 命ちゃんは素直でいい子だ。だから……彼女の嘘は、すぐに分かってしまう。彼女は、僕よりも前から入院していて、僕よりも長くここにいる。この調子だと、退院の目途は立っていないらしい。
 君は、何の病気でここにいるの? 本当に……大丈夫なの? そんな弱気な質問が口をついてしまいそうになる寸前で、命ちゃんが話題を強引に切り替えた。
「そ、それよりっ! 私、この前お兄さんがオススメしてくれた本、読みましたっ」
 命ちゃんは年齢に似合わず、入院中の娯楽としてゲームや動画鑑賞よりも読書を好んでいる。
「とっても面白くて、優しくて……身体さえ元気なら、お外で読みたくなるお話でした……」
 己の顔に影が差してしまったのを自覚したのだろう。命ちゃんは胸の前で両手をぶんぶんと振った。
「って、私ったらまた暗い顔しちゃってましたねっ? ごめんなさい、折角お兄さんが来てくれたのに……どうせなら、楽しいお話ししましょう?」
 ともすれば暗い話題になってしまうのも、無理のないことだと思う。病院という空間は、長くいればいる程心を弱らせてしまうから。僕よりもずっと長く、下手をすれば同学年の友達が学校へ通う時間よりも長い時間をこの白亜の建物で過ごしている命ちゃんならなおさらだろう。
「んーー……そうだなぁ……あっ、退院したらやりたいこと、発表しちゃいますね! えへへ、選り取り見取り、いーっぱいあるんですよ~♪」
 指折り数え、命ちゃんは未来への展望を語り始める。
「遊園地に行きたいし、パフェも食べたいし、それからそれから……」
 彼女はそこで急に言葉に詰まったかと思うと、もじもじと落ち着きのない仕草を見せてから、窺うような上目遣いを僕に向けてきた。
「は、恥ずかしいので……お耳、貸してくれますか?」
 ちょいちょい、と手招きされるがままに、左の耳を彼女の口元へと近づける。少し緊張しているのか、彼女の唇から漏れる吐息が耳に当たってくすぐったい。間違っても邪《よこしま》なことを考えないようにしているところに、命ちゃんは追い打ちを掛けるように、甘く澄んだ声色で囁いた。
「恋も……してみたいです……」
 ともすれば自分に好意を抱いているのではないか、と犯罪スレスレの錯覚をしてしまいそうなほどに過剰な甘みで、命ちゃんの言葉が脳に染み込んできた。バツの悪さからか、動揺していたせいか『好きな人、いるの?』なんて間抜けな質問をしてしまう。
 すると命ちゃんは唇を可愛らしく尖らせて、
「むぅ……お兄さんってば、ニブちんさんですっ」
 抗議のジト目で僕を睨んできた。愛くるしい容姿の彼女がそうしてみても、ただ可愛いだけだ。
「……私は、身体弱くて、全然学校行けてないし……男の子の知り合いなんて、いませんよ? その、お、お兄さん、しか……」
 頬を桜色に染めて、恥じらう命ちゃん。今の流れで命ちゃんが言わんとしていることが理解できない程、鈍感ではないつもりだ。
 けれど……察してはならない想いというものも、ある。
 だから僕はキョトンとした顔を浮かべて『どういう意味?』と惚けてみせた。
「む、むぅう……少しぐらい、自分で考えてみてくださいっ。女の子に言わせるなんて、めっ……ですよ? なーんて、えへへ……」
 勇気を出して踏み込んだ結果が、不発に終わったからだろう。彼女はその話題を軽口として処理することに決めたみたいだ。
 ごめん、命ちゃん。僕はズルい大人だ……と、唇を噛みしめていたのもつかの間。
「ぅっ……けほっ、こほっ!!」
 また咳き込み始める命ちゃん。しかも今度は、先ほどよりも長く、重い。
 喘息の症状にも似た乾いた咳に、不安が鎌首をもたげる。
 慌てて僕がナースコールを押すべく伸ばしかけた手を、命ちゃんが途中で掴んだ。そして、桜色だったはずの顔を嘘のように蒼白に染めて、弱弱しく笑った。
「はぁ、はぁ……ごめん、なさい……折角来てもらった、のに……やっぱり私、ちょっぴり調子悪いかもです……少し横になるので、今日は、帰ってください。寝顔見られるのは、照れちゃうので……えへ、へ」
 明らかに、以前よりも悪化している。何が退院間近だ、こうして僕と話している間も体力が削られているんじゃないのか。
 そう問い詰めたい衝動に駆られるけれど、自重する。
 僕は家族でもなければ、友人でもない。ただの知り合いで、時折お見舞いをするだけの関係なのだから。
 また来るね、とだけ言い残して彼女に背を向けたところで、
「ぅ、ぁ……ま、待ってください!」
 命ちゃんが僕を引き留めた。
「や、やっぱり……一個だけ、いい、ですか?」
 勿論、と僕は頷いた。その後も、二秒、三秒……言い淀む様子を見せてから、命ちゃんは口を開いた。
「あ、あの……私、実は……その、ほ、本当は……」
 その先を聞きたい、そう願っていたはずなのに、心臓が冷たく強張るのを自覚した。
 しかし命ちゃんは結局続きを話すことなく……泣きじゃくり始めた。
「ぐすっ、ぅ……ぅ、ぅう……やっぱり、なんでも、な……」
 その小さな身体で、どれだけ過酷な運命を受け止めているのだろう。あまりのいじらしさに、僕は無意識のうちに、彼女のふんわりと柔らかな髪を撫でていた。
「ひゃっ……どうして、なでなで……」
 優しく、彼女の重荷が少しでも軽くなるようにと願いを込めて。
「そんな、優しい顔で……ぅ、ぅ……ごめん、なさい。やっぱり……その……続き、聞いてくれますか?」
 僕は無言で頷いた。
 命ちゃんは『ありがとうございます』と律儀に礼を言ってから、未だ涙に濡れている瞳を瞬かせて、ゆっくりと話し始めた。
「実は、来週……手術があるんです」
 手術という重い響きが、幼い少女と結びつかない。
「おっきな手術で……し……いえ、えと……あ、あれです。髪が抜けちゃうかもしれないって……それが少し怖いんです」
 明らかに誤魔化したような間があった。髪が抜ける、という重篤な副作用でさえ嘘だというのなら、彼女は今どんな言葉を飲み込んだのか。
 努めて、考えないようにした。彼女のためではなく、自分自身のために。
「あの……手術の前にまた、会いに来てくれますか? お兄さんとお話ししてたら、心が軽くなるというか……勇気がもらえるんです。ダメ、ですか……?」
 ダメなはずがない。彼女の心が羽一枚分でも軽くなるのなら、手術の成功率が一パーセントでも上がるのならば。
 毎日だって、足を運んでみせる。
「本当ですか!? やったぁ、嬉しいです……♪ 約束ですよ、指切りげんまんですからね? やった、やったぁ……えへへ……♪」
 僕がお見舞いに来ることが一番の薬だとでもいうように、彼女はふにゃりと顔を綻ばせた。
 しかし、不安の全てが吹き飛んだわけではないのだろう。少女は切な気に唇を波打たせた。
「それじゃあお兄さん、本当にまた……来てくださいね?」
 自分でも予想外に重たい響きの声が出てしまったのだろう。彼女は一転、おどけるような口調で言葉の重ね塗りを試みる。
「ま、まあそんなに大変な手術じゃないですけどっ! 私、怖がりさんなので……って、えへへ……引き留めて、ごめんなさい。それじゃ、お兄さん……ばいばい、ですっ」
 そう締めくくられてしまうと、いつまでもここに留まるというわけにもいかない。病室を後にしようと、僕は歩き出した。
 振り返り、じゃあね、と声を掛ける。
「また来てください、ね……」
 約束をしてもなお不安なのか、命ちゃんは念押しするようにそう言った。僕は力強く頷き、似合わないサムズアップまでして見せて、病室から出た。
「ごめんなさい、本当のこと……言えなくて」
 彼女が発した小さな呟きは、僕に届くことなく掻き消えた。
02 おまたくにくに、凄いです……♪



 命ちゃんとの再会の瞬間は、想像したよりもすぐ訪れた。
 なんと別れてから二十分後。
 アニメ一話分にも満たない時間を挟んで、僕は再度命ちゃんの病室へと向かっていた。退室する時にバタバタしていたせいで、財布を忘れてきてしまったのだ。
 命ちゃんは僕が突然現れたら驚くだろうか、それとも困るだろうか。どちらにせよ、彼女の体調も確認しておきたかった。何事もなく眠っていたり、読書をしているのならいいのだが……。
 などと思案しながら、病室の扉に手を伸ばした時だった。
「んっ……ふっ、ぁっ……」
 まるで喘ぎ声のような、押し殺したような声が微かに漏れ聞こえてくる。煽情的な響きに聞こえるその声が、しかし嬌声なはずはあるまい。
 命ちゃんはまだ、年端もいかない少女だ。それに真面目な彼女にそういった知識があるはずもない。
 ……などと考えている場合ではなかった。
「お兄さん、ぅっ、ん……変に、なっちゃう、ぁっ、ぁっ、助けて……助け、んっ、ふ……」
 命ちゃんの声が一際高くなる。重篤な発作でも起こしたのかと心配になり、僕はノックもせずに病室の扉を開け放った!
「へ……ひゃわぁああああ!? おおお、お兄さっ……どうして!? さっき帰ったばかり……」
 命ちゃんは僕が入る直前まで何かをしていたようだったが、目にもとまらぬ速さで肩まですっぽりと布団で隠してしまったため、よく見えなかった。
「わ、忘れ物……ですか? ぅ、ぅう~……おっちょこちょいなんですからぁ……」
 ごめんごめん、と後頭部を掻いた僕に一瞬困ったような苦笑を浮かべた命ちゃんだったが、すぐにハッと何かを思い出したような顔になり、あわあわぷるぷると狼狽し始めた。
「ふにゅ……っ、い、いいから早く、閉めてください! そこでじーっとされると、一番困りますっ……!」
 鬼気迫る様子に気圧されて、僕は後ろ手で扉を閉めた。
 命ちゃんは一難去ったといった様子で一息ついて、上目遣いで訊ねてくる。
「あの、確認しますけど……見ました? う、嘘つかなくていいです。お兄さんの顔見れば分かりますよ、その……見ちゃったん、ですよね?」
 真実を知ったからには生かして帰すものか、とでも続きそうな切実な声音で言われても、心当たりがないから困る。
 僕は本当に気づいていなかったのに。命ちゃんはそうとも知らず、僕に顔を寄せて、懺悔でもするように、自白を始めた。
「わ、私が……おまたくにくにってしてたの……見ちゃいました、よね?」
 お茶を飲んでいる最中だったら、間違いなく噴き出していた。
 今、なんて……? おまたくにくに……? 若者言葉の一種だろうか?
 咄嗟の防御反応か何かで、僕はそれ以上思考することをやめた。けれど脳の片隅か、心の奥で理解してしまっていたのだろう。
 心臓が巨人の手の平で握られているかのように、忙しなくビートを刻んでいる。おまたくにくに、おまたくにくに……ダメだ反芻するな、歴代総理大臣何人言えるかなでもして上書きしなければ。
「もぉ……乙女の病室に無断で入るなんて、めっ……なんですよ? こういうの、ふほーしんにゅーって言うんですからね? お兄さんの、不審者さんっ」
 不法侵入と発音するのが難しかったのだろう。文字起こししたならば全て平仮名と伸ばし棒で表現できそうな間延びした発話だった。可愛い。
 というか、誰が不審者さんだ。慌てて僕は弁明した。
「病気の発作かと思った……? ぅ……それに、私が助けてって言ってた……ぇえ!? 私そんな、声、出しちゃってましたか!?」
 残念だが、仮に不審者が命ちゃんの病室の前で耳を澄ませていたならば、吐息の一粒一粒まで聞き取ることができる程度の声量があったと言わざるを得ない。僕は不審者ではないから、耳を澄ませていたわけではなく偶発的事故だけれど。
「ぅ、ぅ……無意識に声を出しちゃうなんて、恥ずかしいです……ママとか、看護師さんにもバレちゃってるのかな……皆聞いてないよーって、知らんぷりしてくれてるのかな……ふみゅ……」
 命ちゃんは泣きそうな顔になったり、頭を抱えて叫び出す一歩手前の狂乱状態に陥ったり、うわーとかきゃーとか声にならない声を忙しなく発している。
 現在進行形で思考に蓋をしている僕だけれど、どうやらまずい場面に出くわしてしまった……ということだけは理解した。
 知り合いや家族に知られるとバツが悪い行為、それが命ちゃんの言うところの『おまたくにくに』……それってもしかして。馬鹿やめろ、何も考えるな。貝になるんだ、僕……!
「その、違うんですっ! いつもじゃなくて、た、たまに……読書に疲れてお休みしてる時とかに、その……」
 いつもの調子で、誤魔化してくれるのだろう。そう思いこんで、耳を塞ぐのがコンマ数秒遅れてしまった。
「おまた、触ると……ふわふわってして、気持ちいいから、つい……」
 どこかで何かが割れる音がした。それは僕が思考を堰き止めるために酷使していた、頭の中の蓋だった。
 おまたとは、お股。つまりは股間もとい性器。それを触ることを、命ちゃんは『おまたくにくに』と名付けたらしい。
 ネーミングセンスは幼くチャーミングなのだが、行為自体はアダルトでデンジャラスだ。僕は全身に脂汗を浮かべて、何も言えなくなってしまった。
「う、ぅ……お兄さん、引いちゃいました……? やっぱり、こんなの変ですよね? おしっこするところなんて触って……」
 不甲斐なくも黙り込んだ僕の様子を見て、命ちゃんは軽蔑されたと勘違いしているらしい。
「こんなの、本にも書いてないし……イケナイこと、なんですよね? わ、私……地獄に堕ちちゃうん、ですよね……?」
 地獄に堕ちる。この病院という生命を健やかに保つための空間で、他ならぬ命ちゃんの口から『死』にまつわる単語が出たことが、僕の胸をざわつかせた。命ちゃんの不安を和らげたくて、彼女の行いを正当化したくて、僕は支離滅裂な擁護の言葉を紡いでしまったらしい。
「へ……皆、やってる……? 人気インフルエンサーとか戦場ジャーナリストもオススメしてた……ほ、本当ですかっ?」
 すみません、話題に挙げてしまった職業に就かれている皆様。なぜ類似点が見いだせないそれら二つのジョブをピックアップしてしまったのか、僕にも分かりません。
「有名な人もやってるなら、普通のことなのかな……で、でもっ、ママもパパも、こんなこと教えてくれませんでしたよ? ハッ……もしかして、さっき挙げた職業の人たちとお兄さんの共通点……幅広い知識があって、好奇心旺盛なところ……あ、繋がった気がします! つまり……」
 名探偵というよりは迷探偵と呼ぶにふさわしい飛躍したロジックで、命ちゃんは僕に尊敬の眼差しを向けてきた。
「お兄さんは、これ……おしっこのとこさわさわするの、詳しいんですか? 物知りさん……くにくに専門家? あっ、もしかして……お兄さんも、やってるとか……?」
 なんて質問だ。『お前が母を殺した仇か?』と聞かれる方がまだマシかもしれない。だってこんなの、どう答えても角が立つ。
 そんなの知らないよ? としらばっくれれば、命ちゃんにイケナイこと、他とは違う不埒な行いをしてしまっているという罪悪感を植え付けてしまう。
 かといって頷いて『めっちゃやってる!』なんて答えようものなら、完全に事案だ。おまわりさん出動案件だ。
 分かってはいたけれど、少女の真っすぐな眼差しによる尋問に抗えず、僕はつい首を縦に振ってしまった。
「そ、そうなんだ……えへへ、私だけじゃないんだっ♪ じゃあお兄さんと私は……」
 命ちゃんは友達と共通の趣味が見つかったことを喜ぶように無邪気な笑顔で、
「イケナイ子仲間、ですね……えへへ♪」
 僕に罪人の烙印を押してきた。もう今更否定できる空気じゃない。命ちゃんの中では既に、僕だけはおまたくにくにの話をしても大丈夫な安全な相手という認識が出来上がっている。
「お兄さんはくにくに博士ですし、私の知らないことも知ってますよね?」
 そんなものの博士号を取得した覚えはないからこれ以上質問はやめてくれ……! そんな祈りも虚しく、少女は追撃を緩めてはくれない。
「その、あの……お兄さんは、自分で触るだけじゃなく……触ってほしいな、とか……思ったこと、ありますか?」
 最悪のデジャブだ。命ちゃんの言葉の一つ一つが、R18に指定される類いの書籍や音声の導入と重なってしまう。
 それ以上はいけない。起承転結の『承』へと進んでしまう。見せられないよのシーンへと移ってしまう……!
「私……変なんです。さっきも、おに……男の人に、おしっこのとこ、触ってもらいたくなって……流石にこれは、普通じゃないですよね?」
 終わった――
 どう答えても死が待つ敗北不可避のクエスチョンが、またしても僕の眼前に銃口の如く突きつけられている。もう手遅れだ。良心ある大人なのだから、命ちゃんに訊ねられた最初の瞬間に、いけないことだと、普通はしないことだと教えるべきだった。
 今更差し伸べた手を引っ込めることなど、僕のような小心者にできるはずもなくて。
「え、ある……? へ、へぇ……お兄さんでもそういうこと、あるんだ……へぇ……」
 もうやめてくれ……!
「じゃ、じゃあもう一個……その、お兄さんが触ってほしくなる人って、あの、あの……」
 命ちゃんは抱きしめたくなるほどに可愛らしい表情で、
「私だったりすることも……あるんですか?」
 致命的な一言を放ってきた。言葉による強烈なボディブローに眩暈を覚えながらも、脳裏によぎったロで始まりンで終わる汚名だけは避けようと僕は激しくかぶりを振った。
「そ、そんな激しく否定しなくても……ぅ、ぅ……やっぱり、私が、可愛くないから……」
 なんてことだ。保身のため口にした誤魔化しで、あろうことか命ちゃんを傷つけてしまうなんて。
 違うんだ、別に命ちゃんだからというわけではなく……!
「……へ? 子供をそういう目で見るのは、いけないこと……? そういうもの、なんですか? でも、でも……」
 命ちゃんは僕の言葉に耳を傾けながらも、どこか腑に落ちていない表情で、
「お兄さんが私じゃない女の子を考えるの、やだな……」
 何か独り言を言ったようだけれど、そのか細い呟きが僕の耳に届くことはなかった。
 まあとにかく、命ちゃんは賢い子だからもう大丈夫だろう。劣情や性的接触といった概念を知らずとも、大人が子供相手にそういうことをしてはいけない、という事実だけは伝わったはずだ。
 伝わってはいた。けれど命ちゃんは、意外にも頑なだった。
「あ、あのっ! 私が子供だからダメだっていうなら、その……も、もし大人になれたら……私で、おまたさわさわ、してくれますか……?」
 教え子が教師に『卒業したら結婚してくれますか?』と告白するような切ない瞳で、少女は僕と未来の淫行約束を交わそうとしてきた。
「私、お兄さんになら……いいというか、してほしい、かもです」
 やめてくれ、命ちゃん。そんな一言を添えられるだけで、弱い僕の心は揺らいでしまう。勿論、幼い容貌の女の子だからではなく、人として尊敬している君の言葉だから。
 口にはしないけれど、未来の約束をすることで、君の健康が保証されるんじゃないか、なんて非科学的な期待もあった。
 それに関しては、命ちゃんにも通じる部分があったのだろう。
「約束、してください……えへへ……大人に、なれたら……おまた、さわさわ……だけじゃなくて、私と……」
 その先を口にせず、命ちゃんは『ぅ、ぅぅ……』と酷く辛そうに呻いた。また発作だろうか、と不安に思ったが、どうやら違うらしい。
 肉体ではなく、精神を蝕む病魔に抗っているように、僕には見えた。
 小さな体を自ら抱きしめてから、少女は覚悟を決めるように僕へと顔を向けた。
「で、でも……! 私、大人になれるか……いえ、大人になるといっても、まだまだ先のことですし……今、予習したいんです」
 彼女の中で、どういった逡巡があったのか、僕には分からない。けれど命ちゃんは、
「お兄さん、もしよろしければ、その……私のアソコ、触ってくれませんか?」
 未来ではなく、『今』を欲しがっている。
「これ、大人の人がすること、なんですよね? 私……お兄さんに大人のこと、教えてほしい……です。ダメ、ですか?」
 ダメに決まっている。勿論即座に拒否した。けれど、その語調が酷く弱弱しく、今にも崩れそうな砂の城だと気取られてはいないだろうか。
 命ちゃんは、とても可愛い。まだ小さく、女と呼ぶには未成熟な肉体だけれど、そのひたむきさや優しさは、どんな大人よりも魅力的で庇護欲を掻き立てる。心臓が早鐘を打つ。身体の芯が熱い、熱い、熱い。
「そう、ですよね……おしっこのとこなんて、汚いですもんね……」
 自分の内なる邪悪と戦うことに必死で、命ちゃんがしょんぼりと肩を落としていることに気づくのが一瞬遅れた。
 僕は慌てすぎて、意味不明な弁明をしてしまったらしく……。
「むしろ大好物……? ぇ、ぇ?」
 終わった。これまでの流れを整理すれば、僕は少女のお股を汚いと思うどころか、大好物だと自白したド変態である。
 ナースコールからのポリスコールを覚悟した僕に、命ちゃんは堪えきれないといった様子で笑い始めた。
「ぷっ、ふふ、えへへ……お兄さんってば、面白いです♪ ほんと……面白くて、優しいですよね」
 優しいのは命ちゃんの方だ。こんな大人失格な頼りない変態男に、天使のような笑顔を向けてくれるのだから。
 しかしその天使は、小悪魔な一面も持ち合わせていたらしく――
「そ、その優しさに私……つけこんじゃいますっ♪」
 良からぬ企みを思いついたのか、悪い笑みを浮かべた。そうは言っても、人畜無害な可愛い表情の範疇なのだが。
「あ、あーあー……お兄さんがさわさわしてくれなきゃ、手術受ける勇気、出ないよー、触って、触ってー……」
 演技指導待ったなしの棒読みでとんでもない暴論を振りかざしながら、命ちゃんはスローモーションに感じられる程緩慢な動作で、身体を隠していた布団を捲り始めた。
 衣擦れの音が、やけに艶めかしく、罪深く聞こえる。
 やがて露わになったのは、艶やかで瑞々しい、剥き出しの果実。
「あ、あ……やっちゃった、おまた、丸見え……お兄さんに、全部見られちゃってる……」
 見てはいけない、そう自らを戒めてみるが、身体が言うことを聞いてくれない。瞳を閉じることができない。初めて見る少女の裸身に、瞳が吸い寄せられる。仄かに赤く染まっている、肌色の丘。滑らかで肉感的で、一切踏み荒らされていないのが一目で分かる楽園の花壇。
 喉が渇く。唾を何度飲んでみても、無性に喉が渇いて仕方がない。
「う、ぅ……ねえ、お兄さん……い、一生のお願いです」
 そんな僕に、抵抗不可能な『一生のお願い』を振りかざす彼女には、もしかすると本当に小悪魔の素質があるのかもしれない。
「さわさわ、教えてください。実際に、さわさわってしながら、教えてほしいん、です……」
 許しを与えるのと同時に、罪を負わせようと迫る二律背反。まるで堕天使の誘惑のように、それは甘美に心の隙間から理性を溶かしてくる。
「お願い、きて、ください……おまた、じゅんって切ないんですっ……はあ、はぁ……っ、ちょんってするだけでいいので、お兄さん、お兄さん……」
 触らないと手術を受ける勇気が出ないと言っているのだし、一生のお願いだから聞かなければいけない。触りたい、触りたい。
 だが触ってはいけない。少女の無知さと信頼に付け込んで、浅ましい行為に及ぶなど鬼畜外道の所業だ。触ってはいけない、けれどあんなに柔らかそうで、僕に触れてほしいと呼んでいるかのようで、触りたい、触ってはいけない……。
 思考迷路を彷徨う僕に、こちらが正解だと示すかのように、少女は鼓膜からじんわりと染み込ませるように、
「触って、ください……♡ 触って、触って……お兄さん、触って……♡」
 脳裏にリフレインする甘い声音で囁いた。
 そこから一瞬、意識が飛んで。
 気が付けば僕の手指は、罪を犯していた。
「んっ、ひゃ、ぁあ……♡」
 僕の人差し指が、定規で引いたように綺麗な一本線に添えられていた。
 温かいぬめりが指先を濡らしていることに気が付き、抑えようがない程呼吸が浅く、荒くなってしまう。
「んっ、なに、これ……自分で触るのと、全然ちが……っ♡ ちょんってしただけなのに、びりびり、凄い……♡」
 言葉を裏付けるかのように、命ちゃんは身体を捩らせる。幼い体躯には早すぎる快楽を逃がすかのような動作だった。
「お兄さん、私、なんか、きちゃ、ぅ……♡ ぁ、透明なおしっこ、止まらないです……っ♡ はぁっ、ぁっ、ぅ、ぅ……♡」
 こぷり、と閉じた陰部から漏れ出る体液が粘度を増していく。明らかに尿とは違うその質感。
 性知識のない命ちゃんは、触られた衝撃で失禁してしまったと誤解しているのか、顔を赤らめてもじもじと内腿を擦り合わせている。
 そうだ、これは彼女に正しい性知識を吹き込むための行為。そんな大義名分を掲げて、僕はまともな大人のフリをする。
「ふぅ、ふぅ……え、おな、にー……? おまたくにくにするの、オナニーって言うんですか? 透明なお汁は、おしっこじゃなくて……愛液? 名前があるんだ……」
 得体の知れないイケナイ行為や事象の名前を教えた。分からないからこそ、人は恐れ、不安になる。揺れる柳の木が幽霊に見えるように、天井のシミが人の顔に見えるように。知識を得て、対象を知ることで恐怖を和らげることができる。命ちゃんも例外ではないようで、安堵に頬を緩ませた。
「名前があるんだ……だったら本当に、普通のこと、なんですね。えーと……確認していいですか? その……私は今、お兄さんに、オナニーされて、愛液を出してる……で、あってますか?」
 一片の疑いもない曇りなき瞳を前に、間違っているなどと口が裂けても言えなかった。
 オナニーではなく、これはいわば前戯。僕は病室で幼い少女の恥部に触れて、性行為に及ぶ前の準備や恋人同士のスキンシップである、性器への愛撫をしてしまっている。
 何も知らない命ちゃんとは違って、僕は大人だ。責任能力があって、正しい性知識がある。今からでも引き返さなければいけない。
 分かっている。けれど――
「お兄さん、私に……オナニー、もっと教えて、ください♡」
 頭の中で、何かがプツンと切れる音がした。
 身体の主導権が見えない何者かに奪われたかのように、糸で操られる人形になってしまったかのように。僕の指が、少女の柔らかい縦スジをなぞり始める。
「んっ、やぁっ、くっ、ふあぁあ……っ♡」
 触れるだけで罪ならば、こうして愛撫してしまうのは極刑待ったなしの大罪だ。けれどそんな常識は、今の僕を制止してはくれない。
 ひたすら、没頭する。少女の閉じた花弁を綻ばせ、内側に隠れている媚肉をどうにかしてやりたくて。
「お兄さっ? こしゅこしゅ速い、激しっ、ぁっぁっ、んっ、ふあぁあ♡」
 命ちゃんの弱弱しい腕が、イヤイヤをするように僕の胸板を押し返す。そのことが余計に獣欲を煽り立てて。わざとらしく水音を立てるように、なぞった。
 愛撫を続けるうちに、陰裂が綻び、にゅぱぁ、と粘ついた音を立ててほんの少し内側を覗かせ始めた。淡紅色の幼穴と目が合う。まだ誰も知らない、少女が持つ『女』の部分が、僕を狂わせる。
 一心不乱に、責め立てた。少女の嬌声で爆ぜた衝動に導かれるように、ひたすら貪った。やがて。
「や、やぁっ、私、その先は、知らないっ♡ んっ、ふっ♡ なんかクる、キちゃぅ♡ お兄さん、お兄さ……んっ、ふ、ぁああ……ッ♡」
 ぷしゃぷしゃと、盛大な水音と共に、少女の性器から勢いよく水飛沫《みずしぶき》が飛び出した。
「ぁっ、ぁぁ……はっ、ぁ、ぁ……?」
 絶頂という概念すら知らない少女は、初めて経験する潮吹きという途方もない快楽を前に圧倒され、言葉も出せずにいる。
 達したのだ。少女が、僕の指で。
「はぁ、はぁ……ぴゅぴゅーって、おしっこ、でひゃった……ぅ、ぇぁ……きも、ちっ……気持ちいい……♡」
 様子を見て気づいてはいたが、命ちゃんの口から明確に『気持ちいい』という言葉が出たことが、僕をたまらなく昂《たかぶ》らせた。少女が僕の指で、感じたのだ。他の誰も、まだ彼女をイカせたことなどない。僕がこの世で初めて、彼女に快楽を教えた。
「はぁ、はぁ……今の、真っ白になるやつ……なん、ですか?」
 僅かに残った大人としての義務感で、少女の質問に答える。
「絶頂……イく? イく……私、イクっていうのしたんですか? ぴゅぴゅーってしたのは、潮吹き……? どっちも、知らない……いつものくにく……オナニーじゃ、したことないのに……どうして……」
 それしきのことで許されるとは思わないが、せめて、少女が今されている行為の真名《まな》を教えてあげたいと思った。
 そうでなければ、あまりに卑怯だから。
「て、まん? 人にしてもらうのは、オナニーじゃなくて、手マンって言うんですか? 手……は分かるけど、まん、って? 肉まんあんまんの、まんじゃないですもんね?」
 僕をからかっているのではなく、本当に分かっていない様子で少女が問うてきた。先ほどの理由もあるが、少女は教えた単語を何の疑問もなく自らの語彙に取り入れる。だから――
「おま×、こ……ああ、女の子のアソコ、ですねっ? それは知ってます」
 性器のことを、アソコではなく直接的に言い表すよう、遠回しに誘導してしまった。
「おま×こを、手でさわさわするのが、手マン……あっ、じゃあ私今、お兄さんに手マンしてもらって、潮吹きしながら、イっちゃった……? これで、あってます?」
 少女があまりに無邪気に一連の所業を語るから、僕は一種の自暴自棄になって、彼女に意地悪なことを言ってしまう。
「は、初めてで潮吹きしちゃうなんて、えっち……? ぅ、えっちって、それは知ってます! ぶー……悪口ですよね、それ!」
 いや、最上級の褒め言葉だ。今まで生きてきて、正直一番興奮した。してしまったのだ。してはいけないのに、どうしようもなく興奮して夢中になってしまった。
 僕はいたたまれなくなって、詫びるように少女の頭に手を置いた。
「あ、ちょ……なでなでしたって……えへ……お、怒ってるん、れすよぉ? えへへ、これすき……♡」
 可愛い。撫でられるたびにふにゃっとした声でくすぐったそうに目を細める命ちゃんが、たまらなく可愛くて愛おしい。
 もう僕は、この異常で甘美な状況に酔いしれて、壊れてしまったのかもしれない。少女に、素直な感想を伝える。
「へ……えっちは、悪口じゃなくて……可愛いって、意味だった……? か、可愛い!? 可愛いって、ひゃぁ……ぇ、えへへ……顔、見ないでぇ……ふにゃふにゃに、なっちゃってるので……♡」
 可愛い。どんな絶世の美女よりも、今目の前ではにかんでいる命ちゃんが可愛い。
 この感情には、下心が介在していないように思える。純粋に、大好きなアイドルや動物を愛でる時のような尊い感情。
 そう思いたかったのに――
「あ、あれ?」
 命ちゃんがそれを許してはくれない。
「イッたばかり、なのに……お腹の、おへその上らへん……ムズムズします。どうしましょう……手マンでも、届かないところ、ですよね? おまた……おま×この中、なんて……」
 君はわざとやっているのか、と怒り狂いたい。それほどまでに、彼女の言葉は、消えかけた火に油を注いだ。先ほどよりも強く、燃え広がる大火のように、僕の中で今にも爆《は》ぜそうに膨らんでしまう。
 ごめん、命ちゃん。君は悪くない、そう思いたかったけど……一割くらいは、君のせいかもしれない。
 ぐつぐつと煮えたぎる衝動が、僕を凶行へと駆り立てる。
「あ、ぇっ?」
 両手の指先で、そっと。両開きの扉を開けるかのように、そっと。閉じ切った割れ目をこじ開けた。
「あ、あのっ? どうして私の、おま、おま×こ、拡げてるん、ですか?」
 先ほど目があったばかりの幼肉が、まだ男を知らない無垢な膣が、ひくひくと呼吸している。吸って、吐いて。吸って、吐いて。
 子供穴が空気を求めて開いたタイミングで、僕の指は――
「えっ、指、どうするんですか、それ、んっ、ぁっ……! まっ、ずぷぷって、んっ、ぅっ――」
 少女の体内へと吸いこまれていた。
「んっ、ぅうぁああ♡ はっ、ふっ、んっ、んーーっ、んぅうっ♡」
 甲高い嬌声と共に、少女は身体を跳ねさせた。そんないやらしい声を出しては、外に聞こえてしまうかもしれない。聞きつけた看護師に、この卑劣な行為がバレてしまうかもしれない。分かっている。全部分かっているのに。
「おにいさ……ッ、指、ささって、ます♡ なにこれ、お兄さん、怖いです、こわ……っ♡」
 怖いとのたまう口とは裏腹に、幼膣は肉ヒダを絡ませ、せがむように指先へとアピールしてくる。もっと奥まで来て、なぞって、ほぐして。
 そんなメッセージを受け取ったように思えて、僕は。
「くっ、ひゅっ? 動かしちゃ……♡ ぁっ、ああっ、ぅっ、ぁあ♡ お兄さんの、指がっ♡ ぐにぐにって、おま×この中っ、ぅっ、ああ♡ んぅう♡」
 じゅぷじゅぷと少女の膣内を掻き混ぜた。愛液の音が一層鳴るように、少女の声色が一段と甘く熟すように。よりスイートでデリシャスなスイーツを作ろうと試行錯誤する、パティシエの心地だった。
 少女という極上のデザートに、快楽というエッセンスをトッピングしていく。甘く、甘く、極上のデザートは作り手すらも魅了する。
「これ、らめっ、ずっと、ふわふわなのっ……♡」
 そう言いながら僕の背中に手を回し、ぎゅっと服を掴んでくる命ちゃんが、可愛い。もっと、もっと、僕だけに無防備な表情を見せてほしい。
 誰にも見せない表情で、淫靡なハミングを響かせてほしい。
「あっ、あぁ……ぁっ、はああ♡ イく、イくっ……んっ、ぁあ、ぁ♡」
 だから、絶頂の予兆を感じさせる膣肉の収縮にむしろ逆らうかのように。
「あっ、あああっ♡ イッ、ぁっ♡ イキ、ましたっ♡ んっ、ぅうっ♡ ぅっ♡ 指止めて、お兄さっ、ぬちゅぬちゅ、らめっ♡ ぁっぁっ♡ 掻きまわすの、ダメ、ですっ♡」
 指の動きを更に淫猥に、熱情的に、加速させた。とめどなく噴き出す愛液を纏わせ、指の滑りを加速するローションにして。
 少女の柔肉を蹂躙《じゅうりん》した。僕の指が触れていない箇所がなくなるまで、徹底的に虐めたい。そんな最悪の欲望に憑りつかれてしまう。
「はっぁっ、折り曲げたり、にゅこにゅこ、引っ掻くのも、んっ、ぅうう♡ あっ、ぁっ、お、音、恥ずかし……っ♡」
 その音が、たまらなく聞きたい。ごめん、本当にごめんね。君の発する淫猥な音楽が、頭の中から消えないんだ。消えてほしくないんだ。
「んっ、ぅううっ、あぁあ、あんっ、はっ、ぁあ♡ 変な声、出て……ぅっ、ぁっ、んんんん♡ お兄さん、私、おっきいの、来そう、です……♡」
 何度も繰り返し心の中で謝る。そんな僕の告解を聞き届ける天使のように、命ちゃんは両手を拡げて――
「はぁ、はぁ……お兄さんが、嫌じゃ、ないなら♡ も、もっと、激しく、しちゃって、ください……♡」
 嫌なはずなどなかった。勢いを緩めることなく、僕は最後の理性で触れずにおいたそれに手を伸ばす。
「あっ、はぁあ、んぅうっ♡ はっ、はぁっ、んんっ、んゃぁあ♡」
 少女の身体が、壊れてしまうんじゃないかと心配になる程に跳ね回る。絶頂のたびに膣肉がうねうねと蠢《うごめ》くのを見ているだけで、下腹が熱く滾《たぎ》ってしまいそうになる。譲れない一線として、あくまで彼女への奉仕を試みる。
 彼女を感じさせて、天にも昇るような快楽を叩きこむ。それだけに全身全霊を注ぎ込むのだ。
「そこ、なにっ、ぁっ♡ おまめ、クリクリ、カリカリ、だめっ♡ あっ、あぁああ~~♡ はぁっ、ぁっ、んっんっ、んんっ、ぁっ、ぁあ~~♡」
 女性の身体に無数点在する性感帯の中でも、よく真っ先に名前がある部位、それがクリトリス。豆のように硬く、皮を被ったそこを指先で上下左右に捏ね繰り回すと、次第に硬く押し返すような感触に変じていく。
 女性でも、否、少女でも勃起するのだと知った。
 陰核は硬く、快楽を凝縮したように勃起を強めていく。それに呼応してますます溢れ出る淫らな蜜。病室中が、命ちゃんの、少女の濃い匂いで充満していく。一呼吸ごとに、僕という存在を作り替えていくような、暴力的なフェロモンが肺をピンク色に塗りつぶして。脳も目も耳も鼻も心も全て、命ちゃん一色に染まっていって。
 そうして容赦のない愛撫を続けているうちに命ちゃんは腰を持ち上げて、
「ぁっ、ぁっ、お兄さん、ごめんなさいっ♡ またイキますっ、えっちな子で、ごめんなさいっ♡」
 絶頂の予兆を、幼い身でありながら完全に把握してしまったらしいその口ぶりがたまらなくて、僕は指の動きをこれでもかと強めた。
 イカせたい、僕が、他でもない僕が、君を。
「んっ、ぁっ、指、きもちっ、はぁっ、ぁあ♡ イく、イくイくイくっ♡ イッ……んぅううぅう~~……っ♡」
 快楽の極点へと達したことを告げるように、幼い膣からまたしても多量の淫蜜が吹き出した。ベッドのシーツや服に掛かることにも構わず、僕はその蜜を掻き出すように何度も何度も達したばかりの幼膣を指先でまさぐった。
「ぁっ、ぁっ、はっ、ひゃっ……ぁっ……ひゅっ、ぅ~~……ッ♡ ぁ、ぁ、ぁあああ……ッ、ん、ぁあ、あ……♡」
 焦点の定まらない虚ろな瞳、涙でぐしょぐしょの無防備な顔。少女のイキ顔が、僕の網膜に鮮烈に焼き付けられていく。
 僕はもう一生、これより記憶に残る表情と出会うことはできないかもしれない。そう思った。
「い、いっぱい、潮吹き、しちゃって、まひゅ……♡ ベッドが、ぐしょぐしょ……♡」
 彼女の言う通り、ベッドは惨憺《さんたん》たる有様だった。洗濯直後、乾燥機に掛ける前といった濡れ具合である。
 少女の身体の中に、これほどの量の愛液が、いやらしい蜜が眠っていたのだと考えると、胸がざわつく。
「はぁ、はぁ……ぅう、恥ずかしいです……♡ ごめんなさい、お兄さん……変なことに、付き合わせてしまって……♡ そういえば、途中から……なんであんな、激し、く……」
 気が付くと、少女の細い体躯をぎゅっと抱きしめていた。ただでさえ高い子供の体温が、情事により更に加熱されている。
 絶頂の余韻を感じさせる熱と、立ち昇る少女の色香。
「え、え!? どうして、ぎゅーてして……ほぇ? 可愛すぎて、止まれなかった……い、愛しくて……っ?」
 謝るつもりだったのに、僕の脳も口も治せない程に壊れてしまったのかもしれない。ハラスメントスレスレ、いや余裕でアウトな言葉を、少女へと放ってしまった。
 僕が撤回するよりも先に、命ちゃんは花が咲くような笑みを浮かべる。
「え、えへへ……そんな風に、思ってくれたんですか? ……いえいえ、謝らなくていいんです。私は、怖くなかったですし、嫌でもなかった、ですよ? 私から、お願いしたことですし……私のこと、気持ちよくしようと頑張ってくれてるの……とっても、伝わってきました♡」
 小悪魔だのなんだのと貶めてしまったことを申し訳なく思う。天使だ、命ちゃんは神が遣わした天使に違いない。
 マイエンジェル命ちゃんは、抱きしめ返すように腕を回して、僕の胸板に頭をすりすりと擦り付ける。
「お兄さん、お兄さん……♡ もうちょっとだけ、ぎゅー……♡ えへへ……気持ちよかった、です……♡」
 病衣越し、無自覚に押し付けられた小さな胸の感触。薄くとも、自分が命ちゃんと同い年だった時、少年のそれとは違う明らかに女性らしい丸みと柔らかさを帯びていると分かってしまう。
 そんな幼い胸の感触に反応しまいと唇を噛んでいると、少女がふと上目遣いで僕を見上げて、
「良かった……素敵な思い出を作れて……♡ お兄さん、本当にありがとうございます……♡」
 大きな瞳に見つめられて、僕は――
03 お返しにオナサポ?してあげます♪



 しばらく抱き合ったままでいたが、流石にバツが悪くなってどちらからともなく身体を離した。危ないところだった。このまま触れ合っていては、僕の異変が命ちゃんに気づかれてしまっていたかもしれない。
「それにしても……ぅう……ごめんなさい、お兄さん。私の、愛液で……お兄さんの指、汚しちゃいました……く、臭いだろうし、すぐに洗ってください!」
 今更ながら、性器という汚い部位に触れさせていたことが後ろめたくなったのか、命ちゃんが必死な声で言った。
「本当に、私のせいで……変なことさせて、ごめんなさ……」
 何度も言っているのに。命ちゃんに汚い部分なんてない、と。それに、変なことだなんてとんでもない。口にするのは憚《はばか》られるけれど、正直な本音としては。
「ぇ……? 嬉し、かった? え、でも……おしっこするとこ、ですよ? 嬉しいわけ……って、あれ?」
 しまった。前のめりな姿勢になったせいで、さりげなく手で隠していた部位が命ちゃんの目に入ってしまったようだ。
 平時よりも体積を増した、その部位は――
「見間違いでしょうか……お兄さんのお股って、そんなにふっくらしてましたっけ……? まるで米粉パンみたい……」
 陰茎、男根、ペニス、おちん×ん。ズボン越しでも分かる程に怒張したそれは、どう見ても平常時のそれと一線を画す臨戦態勢だ。
 米粉パンみたいという命ちゃんの言葉は言い得て妙……かはよく分からないが。
「え、えっと……そこに何か隠してるわけじゃ……ないですよね? ということは、え……」
 命ちゃんは性知識に乏しいだけで、生来賢く察しのいい子だ。だから、僕が内心で気づかないでくれ、と懇願したのも虚しく、真実に辿り着いてしまう。
「男の人の、アソコ……えと、その……おちん×んが、膨らんじゃったん、ですか?」
 情けないけれど、無言で肯定することしかできなかった。
「えっ、えっ、やっぱり、おちん……ごにょごにょ、が……腫れてるんですか? そ、それってまさか……」
 勃起のメカニズムを知らない命ちゃんは、斜め上の方向へ思考を進めてしまったらしく。
「そ、それってまさか……わ、私の病気が移った、とかじゃ……」
 違うんだ、これは男に備わった基本的機能で、むしろ健やかな証というもので。そんな言い訳さえ、喉が強張ってしまって出てきてはくれない。
「ぅ、ぅう……感染しないって、聞いてたのに……手マン、してもらったから……」
 僕が黙り込んでいるせいで、命ちゃんは自分自身に罪の所在を見出したらしい。ぽろぽろと涙を流して、
「ごめんなさいお兄さん、こんな……お兄さんのアソコ……ぐすっ、私のせいで、切除とか……そんなことになったら、私……」
 少女の悲痛な声を前に、おろおろと狼狽するしかない無能な自分が恨めしい。優柔不断で不甲斐ない僕と対照的に、命ちゃんは何か決意を決めたような顔で拳を握り、頷いた。
「かくなる上は……!」
 そうして僕の顔を真っすぐ覗き込んで、言う。
「あの、お兄さん。おちん×んを……出してもらえませんか?」
 おちん×んを出す。公共の場で、成人男性がそんなことをすれば、公然わいせつ待ったなしだ。命ちゃんは僕に犯罪者になれと言うのだろうか。
 そもそも先ほどの件の時点で、年端も行かない女の子に淫行した大犯罪者の汚名が確定しているのだけれど……。
「は、恥ずかしいのは分かります! で、でも……お医者さんに診せる方が、恥ずかしい、ですよね?」
 五十歩百歩、いやむしろ命ちゃんに下半身から生えた槍を見せつける方が恥ずかしい気がする……とは言えず、僕は渋々首肯した。
「なら、まず私に診せてください! おちん×ん、ぷくぷくにしちゃった責任がありますし……それに、私……いーっぱい本読んでるので!」
 ふんすっ、と薄べったい胸を張ってドヤ顔を浮かべる命ちゃん。場違いだけど、素直に可愛いと思ってしまった。
「もしかすると、力になれるかもです……! ねぇ、お兄さん」
 一転、飼い主の機嫌を窺う子犬のようにいじらしい仕草で僕に詰め寄り、
「ダメ……ですか? ぐすっ……私、なんでもします、よ……?」
 なんでもする、という男にとってのキラーワードを放たれて、愚かにも僕は勃起を強めてしまった。
「あ……またおちん×ん、膨らんで……! これはもう見逃せません! お兄さん、脱いでください! いえもう、私が脱がせます!」
 や、やめて、乱暴しないでっ! 脱がされる、うんと年下の女の子に脱がされてしまう! 彼女に怪我をさせないよう、身体的負荷を掛けないように慮《おもんぱか》りながらの抵抗では然《さ》したる効果もなく。
「んしょ、んしょ……動かないでくださいっ、患者さんは絶対安静です! とりゃっ!」
 まずはボトムスが持っていかれた。テントを張った下着一枚という、なんとも心もとない装備の成人男性一丁上がり。
「んしょ、あとは、パンツ、だけ……」
 下着までいくつもりなのか!?
「えしょ、よい、しょ……おちん×ん引っかかっちゃってる、優しく、えいしょ……」
 命ちゃんの無遠慮な手つきのせいで、敏感な陰茎が刺激されて、力が抜けてしまった。その一瞬の隙を見逃さず、命ちゃんは――
「えーいっ……!」
 可愛らしく気勢を上げて、僕の下着を脱がせた!
 当然、引っかかっていた陰茎は弓のようにしなりながら飛び出して、
「ぽちんっ!?」
 勢いよく命ちゃんの額を強打した。
「いたた……お兄さん、どうして急にぶったりし……え? な、なんですか、これ……え、え? 今、私をぺちってしたの、この子……ですか?」
 何も知らないのに、陰茎を『この子』と呼んでみたり、いちいち男のツボを押しにこないでくれ。命ちゃんの何気ない一言で余計に反応してしまった僕の分身は、当然数秒程度で鎮まるはずもなく。
「え……この、血管びきびき、って浮いて……ぷるぷるって震えてる、おっきいワンちゃんみたいなのが、お兄さんの、おちん×ん……?」
 似ているなどと言っては大型犬に失礼千万だが、彼女が指さすそれは、確かに僕の陰茎だった。
「昔見たお父さんのと、全然ちが……っ、わぁ……どんな感触なんでしょう……えいっ」
 少女の好奇心という物を甘く見ていた。当然彼女の動作を予期できるはずもなく、ちょん、とすべすべの手の平が陰茎に触れてしまった。
「ひゃっ……!? す、すっごい硬い……それに、お兄さんびくってしました……! い、痛かった、ですか?」
 痛みも苦しみもない。ただ、あるのは今にも爆発しそうに昂ってしまった、オスの本能だけだ。自分でもどうかとは思うのだが、命ちゃんにワンタッチされただけで、僕の陰茎は――
「あ、あれ? あ、あわわ……な、何か先っちょから、お汁が……ど、どうしよう、ごめんなさいお兄さん!」
 喜びに咽《むせ》び泣くように、俗にいう我慢汁という物を分泌してしまっていた。雫が少しずつ膨れ、竿を伝って根元までを濡らす。
「わ、私、お兄さんのおちん×ん、壊しちゃったかも……!? す、すみませんすみません!」
 彼女のせいではないが、陰茎が壊れたのは事実かもしれない。蛇口の壊れた水道のように、鈴口から際限なく透明の粘液が溢れてしまう。
「ぅぅ……透明おしっこが、止まらな……止まって、止まって……! どうしよう、かくなる上は、看護師さんを呼んで……!」
 下半身に大半の思考を奪われている僕でも、それだけはマズイとすぐに分かる。咄嗟に、大丈夫だから、普通だから、と半ば叫ぶように口にした。
「これが、普通……? 病気じゃないんですか? じゃあどうしてこんな、怒ったみたいに腫れてるんですか……? それに、このお汁は一体……? 触られて痛かったんじゃ、ないんですか?」
 納得できる答えでなければ、すぐにでも看護師を呼ぶ。そんな切羽詰まった表情を前に、僕は自らの保身を優先してしまった。
 少女に、またしても早すぎる性知識を授けていく。
「このお汁は、私の愛液と、同じ……? おっきくなったのは、勃起……びくってしたのは、気持ちよかったから……? えーと、えーと?」
 いきなり単語を羅列されても、チンプンカンプンなのだろう。少女は頭上にはてなマークを浮かべて、『んー?』と頭を左右に傾けた後、何か閃いたように手を打った。
「愛液と同じで、気持ちいいってことは、もしかして……! えへへ、私分かっちゃったかもです♪ その……」
 少女の手招きに従って近づけた左耳に、蜂蜜のように蕩ける囁きが吹き込まれる。
「お兄さんも、おまたさわさわしてほしく、なったんですか? さっきの私みたいに……♡」
 男の下心を見透かす、サキュバスが如く。今この瞬間、命ちゃんの中で、男を手玉に取る魔性が芽生えたようにさえ感じる。
「あ……ふふっ♪ お兄さんってば、お耳まで真っ赤っかですよ……♡ 図星、なんだ……♡ さわさわしてほしいんだ……♡」
 女として開花せんとする幼い蕾が、僕の心の天秤を傾ける声色で続ける。
「じゃ、じゃあその、お兄さんさえよろしければ……♡」
 天使の顔をした命ちゃんから渡されたのは、
「私がさわさわしても、いいですか? さっきのお返しに……♡」
 堕天の招待状。楽園から追放されてでも、禁断の果実を味わってはみたくないか? そういう究極の問いかけだ。
「私と同じなら、イクイクってしないと……治りませんよね? いいですよ、私お兄さんのためなら、なーんでも……」
 彼女はこんなにも蠱惑的な笑みを浮かべる子だっただろうか。分からない、もう何も分からない。飴細工のように、思考が、溶けて。
 今にも快楽を懇願してしまいそうな程追い詰められた時、不意に命ちゃんは少女の顔に戻った。
「あ、でも……子供にそういうことしてもらうのは、ダメ、でしたっけ」
 助かった、そう手放しに喜べないのは、罪の先にある至福を想像してしまったからだろうか。
「うう、でも何かしたいです……うーん……あっ、そうだ!」
 命ちゃんは名案を思いついた、と言わんばかりの顔で、珍案(?)を告げる。
「じゃあ、お兄さんが自分でオナニーするのは、どうですか?」
 どうですかと言われても、あかんでしょ。
「それでそれを、私がお手伝いでするんです!」
 余計あかんでしょ。
「触らなきゃギリギリセーフ、ですよね?」
 ガッツリアウト、ですよ?
 心の中で三連続ツッコミを決めたことで、幾分かの理性を取り戻した僕は、下着を穿いて危機を逃れようとした。けれどそこでまたしても、
「こんなパンパンおちん×んのまま帰ったら……他の人にくすくすって笑われちゃうかもですし……ね、ここでイクイクってしていきましょう?」
 抗いがたい誘惑が飛んできた。少女の顔が近づいてくる。ふんわりと優しい、少女の香りが鼻腔をくすぐる。正常な判断力を奪っていく。
「お兄さん、苦しそうですし……我慢、できませんよね? ほら、どうぞ♡ 私に……♡」
 この時ようやく、僕は悟った。子供だとか大人だとか、関係ないんだ。
 少女であろうと、彼女は女なのだ。そして女という生き物に、古来から男は決して勝てない。
「男の人のオナニー……♡ 見せてください♡ お兄さんが気持ちよくなるとこ、見たいです……♡ して、オナニー……して♡」
 初めから敗北が定められていた勝負の当然の帰結として、僕は。
 退廃的な敗北を、受け入れてしまった。
 半ばやけっぱちになって、自らの陰茎を強く、強く握る。
「わっ……おちん×ん、ぎゅって握って……? そ、それでどうするん、ですか……?」
 欠けた知識を欲する彼女に、今更嘘を吐く気力もなかった。
「え、しこしこ、する? しこしこって、何ですか……?」
 あれほど淫靡で残酷な誘惑をしておいて、そんな初歩的なことも知らないアンバランスさが憎らしく、そして腹立たしい程に魅力的だ。
「おちん×んを、上下にこしゅこしゅって、する……? へぇ、女の子と全然違うんですね♡」
 神の目の前で、生前の悪事を告白するような後ろめたさがあった。けれど同時に、この人に許されたい、愛してもらいたいという相反した願望も芽生えてしまう。許してほしい。こんな穢《けが》れた僕を、命ちゃんだけには。
 果たして少女は。
「じゃ、じゃあ……しこしこ、してください……♡」
 僕に許しという名の罰を与えた。
「大丈夫、恥ずかしくないです……♡ お兄さんはカッコイイですから、ね……♡ ほら……♡」
 命ちゃんの小さな手の平が僕の頬を挟み込んだ。視線が強制的に、彼女の顔へと向けられて。
「私のお顔見ながら、しこしこ、してください……♡」
 彼女の睫毛が、大きな瞳が、形のいい唇が、サラサラの髪の毛が。全てが思考を蝕む毒になって。
 気が付けば僕は、命ちゃんの顔を見ながら陰茎を摩擦していた。
「ひゃっ、速い……♡ わぁ、おちん×ん、しゅっしゅって摩擦して……♡ お兄さん、しこしこ気持ちいいですか?」
 気持ちよくなってはいけない。分かっている。でも気持ちがいい。少女の言いなりになって行う自慰が、狂ってしまいそうな程気持ちいい。
「えへへ、はぁはぁしてるお兄さん、ワンちゃんみたいで可愛い……♡ 頑張れ、しこしこ頑張れ~……ですっ♡」
 悪魔のチアガールがエールを送ってくる。僕の利き腕は、バカみたいにその応援を真に受けて――
「あっ、応援したら、もっと速く……♡」
 しゅっしゅっ、しゅっしゅっ、病室に木霊《こだま》する擦過《さっか》音が、加速する。そして次第に、ねちゅぬちゅと粘ついた水音を奏で始める。
「頑張れ、お兄さん頑張れ~♡ はぁ、はぁ……お兄さん、お顔真っ赤……♡」
 命ちゃんに応援されるだけで、竿を虐める手が止められなくなる。我慢汁が馬鹿みたいに噴き出して、手の中はもうねとねとで酷い有様だ。
 なのに気持ちがいい。少女と見つめ合いながら、彼女のことだけで頭の中を満たしながらする自慰が、人生で一番気持ちいい。
「可愛い、凄く可愛いです……♡」
 可愛いのは命ちゃんの方だ。そんな嬉しそうな目で、見ないで。君の表情が、吐息が、全身を構成する全てが媚薬になって、僕を追い詰めてくる。
 そんな破滅的自慰が、長く続くはずもなく。
「え、もう出そう? しこしこもう、終わっちゃうんですか?」
 女神の落胆さえも、僕を悦ばせるスパイスでしかない。カウパー塗れの竿が、裏筋が、喜悦の瞬間を前に脈打ち始めて。声が出そうな程の快楽が背中に電流となり奔って、そして。
「もっと、見てたいです……す、ストップ! です!」
 無慈悲にも目前まで迫った快楽は、取り上げられてしまった。
 陰茎の中に走る管を昇っていた白濁が、少女の命令により行き場を失ってしまう。苦しい、熱い。睾丸の中も、顔も、胸も、何もかもが灼けるように熱い。
「はぁ、はぁ……あ、危なかったです。ぅう……ごめんなさい」
 謝罪の意味を理解する程のIQさえも、今の僕には残っていない。快楽を前にした男というのは、言葉を持たない畜生にも劣る間抜けな生き物だ。
「私、その……お兄さんのしこしこ、もっと見たいな、って。へ、変ですよねっ? でも、その……しこしこしてるお兄さん、可愛かったから……えへへ」
 何度でも言うが、可愛いのは君の方だ。君の無邪気な笑顔が、無意識の淫らさが、僕を過ちへと引きずり込んでしまう。底なしの泥沼に、もう肩まで浸かっている心地だ。
「あの、もっとゆっくりじーっくりはできないんですか? お汁、だら~って垂らして辛そうです。その、ペース落とせばもっとしこしこできそうだな、って……」
 己の意思で射精までの距離をコントロールし、快楽を長引かせる。確かにそれができれば、理想的に違いない。
 だが、陰茎をしごいている際の男に、ブレーキなどあるはずもない。ましてや命ちゃんを前にしながらという異常な状況下ではなおさらだ。
「気持ちいいと、自分でも止められない……そうですよね。私も分かる気がします。うーん……なら、私がペースを決めてあげるとか? えーと、例えばこうやって……」
 命ちゃんは、賢くて機転が利く。だから今も、教わっていない最適解へと自ら辿り着いた。
「しこ、しこ……しこ、しこ……♡ って、耳元で囁いてあげるとか……♡ これなら、子供でもお手伝いして、いいですよね♡」
 あくまで男性側が自慰に励むだけで、女性側は声による指示を下すだけ。命ちゃんが自ら辿り着いたその遊戯には、名前がある。オナニーサポート、略してオナサポ。または――
「射精管理? ちゃんとした名前があるんですね♡ じゃあそれします♡ 手マンしてくれた恩返しに……射精管理、してあげますね♡」
 世界広しと言えど、女児の性器を弄んだ挙句、何故かお礼としてオナサポをしてもらうことになった男は人類の一パーセントもいないだろう。
「ダメって言われても、しますからね♪ えへへ、私だってたまにはワガママちゃんなんですよ♡ お兄さん、お願い……私に射精管理、させてください♡」
 ダメだよ、命ちゃん。そう答えたつもりだった。そう答えるつもりだった。けれど。
「えへへ、お兄さんならそう言ってくれると思ってました♡」
 か細い声で自らお願いしてしまった自分が無様で、この世の誰よりも醜悪に思える。だけど自罰的思考を繰り返そうと、性欲は正直な物で。僕の陰茎は更に熱く、腹部に触れそうな程に反り返っていた。
 そんな情けない年上の男を見て、少女は優しく微笑んだ。
「じゃあ、ゆっくりじーっくり、オナニーさせてあげますから……可愛いお顔、いーっぱい私に見せてください、ね? それじゃ、いき……ます♡」
 命ちゃんの、今まで一度も淫語など口にしたことがなかったであろう艶めく唇が、ゆっくり、ゆっくりと僕の耳元へ近づいてくる。そして発された言葉は、哀れな操り人形への自壊命令。
「おちん×ん、ぎゅってしてください」
 人形に自由意志などない。ただ、従う。
「はい、よくできました……♡ それじゃあ準備もできましたし、いーっぱい、気持ちよくしてあげますね? いきます……♡」
 握っているだけで、陰茎が脈打っているのを感じる。破裂しそうな程の子種が、性器の内側で踊り狂う。行き場のない精は、少女により指向性を与えられた。
「しこしこ、しこしこ……♡ しこ、しこ……♡ ゆーっくり、やさしーく♡ 上下に、いいこいいこしてあげるみたいに……しこ、しこ♡」
 僕は従順な兵士のように、命ちゃんの声に従った。少女の望むがままに、自らの性器をゆっくり、ゆっくりと扱きあげる。
「先っちょのお汁……ぬちゃぬちゃって、泡立ってます♡ しこしこ、しこしこ……♡ 私の声に合わせて、くださいね? しこしこ、しこしこ……♡」
 我慢汁が、メレンゲでも作れそうな程泡立っているのが滑稽だった。ぶくぶくと無限精製されるそれを掬《すく》い取り、陰茎に塗り込んで、浅ましく快楽を求めて手を動かす。
「気持ちいい、気持ちいい……♡ おちん×ん、ビクビクしてますよ♡ 声、出しちゃってもいいですよ……♡ 女の子みたいに、可愛い声聞きたいです……♡」
 目を血走らせ、途切れがちな吐息を漏らして。快楽を逃がそうと、必死で理性を保とうと身体が抵抗する。けれど本体である僕が少女の傀儡《くぐつ》となっているのだから、意味などない。
 恥じらいと欲望の板挟みの中、抑えきれない快楽が声となって飛び出そうとした寸前。
「はい、ストップです……♡」
 またしても、興奮が最高潮に達するタイミングで、僕は自慰の許可を奪われてしまった。
 自分を捨てた飼い主を睨みつける子犬のような獰猛だが弱弱しい視線を少女に向けたが、当の命ちゃんは赤い顔で胸を抑えていた。
「ふぅ、ふぅ……すみません、しこしこって言いすぎて……ちょっと息切れ、しちゃいました。少し、休憩させてくだ、さい……はぁ、はぁ、けほっ、こほっ……」
 苦し気に咳までしている。流石に欲望よりも彼女への心配が勝った僕は、こんなことはもうやめて休もう、と提案した。
「大丈夫、大丈夫ですから……頑張れ、ますから。射精管理、続けさせてください」
 そんなこと言っている場合じゃない、と思っても、命ちゃんは僕の意見など必要とはしていないようだ。既に、今度は逆側の耳に口を寄せて、再開の準備を済ませている。
「次は、こっちのお耳から失礼しますね? お耳がかわれば、きっと刺激も変わるはずですし……♡ それじゃ、お兄さん……お待たせしました。再開、しますね……♡」
 命じられる前に陰茎へと自然と伸びている我が利き手に辟易しつつ、一種の諦観を抱いて。
「しこしこ、しこしこ……♡ しーこ、しーこ……♡ すこーし、速くなりました♡ おちん×ん、もっと気持ちいいですよね……♡」
 待ちわびていた快楽によって、電流が走ったように全身が震えた。おかしくなってしまう。気持ちが良すぎて、頭が壊れる。
「うん、っていうみたいにビクってしましたね♡ わ……さっきよりも、太くなってます。本当にお兄さんは、おちん×んまでカッコイイですね♡ おっきくて、硬くて……元気なおちん×ん、カッコイイです……♡」
 現金な物で、褒められるだけで肉棒が活力を増していく。他ならぬ命ちゃんからの賞賛だからだろうか。今なら二十四時間ぶっ通しだって勃起し続けられる。そんな無駄極まりないスタミナが湧いてきそうだ。
「普段からこんな感じ、ではないですもんね? 凄い……勃起おちん×ん、凄いです……♪」
 また太く、強靭に、滾る。
「わ、勃起って言ったらますます大きく……嬉しかったんですか? じゃあ、もーっと言ってあげますね♡」
 少女の次なる一手は、破滅の連続射撃。
「勃起、勃起、勃起……♡ 勃起したおちん×ん、可愛い……♡」
 繰り返される言葉は弱まることなく、むしろ威力を倍加させて僕に襲い掛かってきた。危うく先端から生命の源を放ちそうになりながらも、なんとか堪える。命ちゃんに命令されるまでは、我慢しなければ。
「しこしこ、しこしこ……♡ ああ、ぬちゃぬちゃって、音が粘っこく……♡ 辛いですか……もう、何か出ちゃうんですか?」
 出そうだ。出したい。射《だ》したい。射《だ》させてほしい。
 僕が望んだ時、決まって命ちゃんは――
「でも……はい、ストップです♡」
 それを取り上げてしまう。予感はしていたが、刺激に身をゆだねていた陰茎には、急停止による余韻すら命取りだ。危うく全てが台無しになるような暴発をしてしまいそうになったが、なんとか歯を食いしばり、耐えた。
「はぁはぁ……いーっぱい、しこしこって言っちゃいました♡ お兄さんが気持ちよさそうだから、つい……。でも、もうすぐ終わっちゃうんですよね? なんだか、病院の窓から見ていた花火大会が終わる時みたいで、切なくて……寂しいですね」
 そんな風流な物ではないけれど、彼女がそういうのなら何か雅な物なんじゃないかと思えてくる。僕の精液が。
「……そういえば、さっきからお兄さん、出そうって言ってますけど、何が出るんですか? 私の愛液とは、違う物……?」
 正直に伝えれば、気持ちが悪いと一蹴されてしまう予感がした。けれど、彼女にここまでさせておいて、真実を秘匿することこそ、最も許されない大罪なのではないか。
 せめて最初の目的に立ち返り、命ちゃんに正しい性知識を授けることを優先した。
「せい、し……? 赤ちゃんの素? ふにゅ……? 赤ちゃんって、コウノトリさんがお腹に運んでくるんじゃ……?」
 人間の繁殖方法を子供に伝えるのは、教育上よろしくないことも勿論だが、大人として気まずい。彼、彼女たちは無邪気で無垢で、好奇心旺盛だから……質問攻めにでもあったら、たまった物ではない。けれど、腹を括る。
「お兄さんが出すものが、赤ちゃんになる……? えーと、お兄さんは、神様ってことですか?」
 予想外の答えに、僕は盛大に噴き出した。
「ちょ、笑わないでくださいよ!」
 馬鹿にされたと思ったのか、命ちゃんは唇を尖らせた。そして『むむむ~』と愛らしく呻いた後、釣られたように彼女も笑った。
「ぷっ、えへへ、もぉ……お兄さんってば……♡」
 僕も笑った。陰茎が丸出しなのにも構わず、ただひたすら笑みを交わした。
「でも、そっか……そうなんですね。精子? っていうのが赤ちゃんの素、なんだ……へー……」
 まだ学校の性教育でも習っていないのか、はたまた入院により学習の機会を逃してしまったのか。いずれにせよ、そんな初歩の知識さえ持たない少女に射精管理されるという矛盾に、多少引いた波がまた押し寄せそうになる。
「聞いたことないってことは、大人の人がしーって、内緒にしてるんですね♡ おちん×んから出るなんて、恥ずかしいから、とか? なら納得です♪ また一つお勉強できました♪ あははは……は……ぅ……」
 彼女はルンルン、なんて擬音さえ聞こえそうな程に楽し気な様子から一転、酷く暗い表情で俯いた。
「その、お兄さん」
 弛緩していた空気に、緊張感が混じる。命ちゃんの中で、何か深刻な問題が生じている、そんな予感に心がざわつく。
 果たして、少女の口から紡がれたのは、
「その、お兄さん。精子、っていうの貰えば……わ、私でも赤ちゃん、産めますか? お、お兄さんの赤ちゃん……産め、る?」
 言葉の綾だとは思うが、僕の、と限定されたことに一瞬動揺を覚えた。
 けれどその言葉に関しては深く考えず、聞かれた質問に対してだけ答えた。
「へ……大人にならなきゃ、赤ちゃん……作れない?」
 答えを知れば納得するだろう。これまでの様子から、そう思っていたのだが。命ちゃんは、見ていて苦しくなる程に陰鬱な表情になってしまった。
「……そんな、酷い……じゃあ、私には、もう……」
 涙混じりの呟きは、意味も判別できない程に断片的な物だった。しかし、少女の心に重しが生じたことぐらいは、鈍い僕にだって分かる。
「い、いえ……なんでも、ないですよ? そっか、そっか……うん、うん」
 僕を心配させまいと、すぐに涙を拭って、彼女は頻《しき》りに頷いた。
「大人になれば……いいんですね?」
 有無を言わせぬ強い語調に、頷くことしかできない。
「じゃあ……なります。立派な大人の人になります。そしたら、私と……」
 少女は意思の炎が灯る瞳で僕を見て、
「赤ちゃん、作ってくれますか……?」
 とんでもないことをのたまった。いやいやいや、何言ってるの!?
 それって、もしかして……。
「は、へ……? ぷ、プロポーズ!? ち、ちがっ……く、ないですけど、ちが……っ、い、今のなし!」
 なんて、照れ隠しもあってついからかってしまった。僕の意地悪な表情に気が付いた命ちゃんが、またしても頬を膨らませる。
「ぅ、むぅ~~……お兄さん、からかわないでくださいよっ! 今のは、ぽろっと出ちゃっただけなので! 笑いすぎ、です……ぷっ、ぷくくっ」
 大きな口を開けて笑うのが恥ずかしいのだろう。命ちゃんはこうして、笑いを押し殺そうとする時がある。可愛い。
「えへへ、おっかしー……♪ やっぱりお兄さんといると、楽しいです……♡ で、でもそれはそれ、これはこれ!」
 おっと、からかわれた恨みを忘れてはいなかったようだ。
「私も……意地悪の仕返し、しちゃいますっ」
 小悪魔めいた微笑が、今僕たちが何をしている最中なのかを思い出させる。ふにゃふにゃムードの小休止はここまで。再び僕は、命ちゃんの言いなりになって――
「しこしこ、しこしこ……♡ もっと早く、しゅっしゅ、しゅっしゅ~♡ 十分休憩したんですから、いっぱいしこしこできますよね? ほらしこしこ、しこしこしこ♡」
 休憩明けにもかかわらず、苛烈に僕を責め立てる命ちゃん。流石に耐えかねて、手加減をしてほしいと懇願するも、
「てへ……♪ 今の私は意地悪さんなので、聞いてあげません♪」
 すげなく却下。少女は僕の絶望の表情で気を良くしたのか、ますますリズミカルにまくしたてる。
「ほら、しこしこ、しこしこ♡ 根元から先っちょまで、おててでこしゅこしゅ……♡ まだダメ、我慢我慢♡ 精子出しちゃダメです、イッちゃダメ、耐えてください……♡」
 ダメ、と言いながらも僕が暴発するのを期待しているかのような、底意地の悪い響きが声に混じっている。彼女はサディストとしてのポテンシャルを持っているのかもしれない……! 大人としてのプライドが、少女の狙い通りに敗北することを強く拒んだ。奥歯を割れる程強く噛みしめ、僅かに残った正気を総動員して耐える。
「ああ、お兄さん泣いちゃいそうです……♡ 男の人なのに、大人の人なのに……♡ よしよし、元気出してください♡ ほら、元気におちん×んしこしこ、しこ~♡」
 命ちゃんが何を言っても、陰茎が悦んでしまう。いくら多量の子種を作ろうが、少女の内に届くはずもないのに、届いていいはずがないのに、そんなことお構いなしに睾丸が忙しなく稼働し続ける。
「辛いですか、やめてほしいですか? ああ、おちん×ん苦しい、壊れちゃう……♡」
 辛いけれど、不思議とやめてほしいとは思わなかった。むしろこのまま、君になら壊されたって構わない。人生最後の射精になったって、悔いはない。
「ダメダメダメ、出ちゃう、出ちゃう♡」
 今度こそ、出させて。もう本当に、限界が近い――
「はい、ストップ……♡」
 地獄の鬼でさえ、もう少し慈悲深いのではないだろうか。命ちゃんは愛くるしくも嗜虐《しぎゃく》的なニュアンスが滲《にじ》む、晴れやかな笑顔を咲かせた。
「はぁ、はぁ……つい夢中で虐めすぎちゃいました♡ えへへ♪」
 えへへ、なんて可愛らしい声を出しても誤魔化されないぞ、悪魔め……♡ 違う、今の『♡』は何かの間違いであって命ちゃん可愛い♡
「さてお兄さん、もう限界……ですよね♡ あまーい気持ちよさが、むずむずって込み上げてきて……頭びりびりってしちゃいますよね? 分かります♡ だから……楽にしてあげますね♡」
 一瞬バトル漫画あるあるの『楽にしてやる=死の宣告』かと思ったが、
「はい、ラストスパートいきますよ♪」
 どうやら本当に、待望の慈悲をくれるらしい。これでまたお預けをされたら、僕は今度こそ壊れてしまう。
「最後は、見つめ合いながら……ちゅーできるくらい近くで、見ていますからね……♡」
 少し顔を動かすだけで唇が触れる、そんな至近距離に命ちゃんの顔が迫る。可愛い、可愛い、可愛い。ダメだ、今こんな近くで天使の面貌で視界を占領されたら、僕は、僕は――
「一番気持ちいいところで、精子……出しちゃってください♡ いきますね……」
 もう、壊れてしまってもいいんじゃないか。そんな声が、聞こえた気がした。
「しこしこしこ、しこしこしこ♡ 零れちゃう、はやい、速いです……♡ しこしこしこ、しこしこしこ♡ いいですよ、我慢しないで♡ 気持ちいいに身をゆだねて、もっと、もーっと……♡」
 火が付く程の勢いで、陰茎を摩擦する。汁だくの愚息には目もくれず、命ちゃんの目だけを見ながら、己を慰める。
「はぁ、はぁ……お兄さん、お兄さん……♡ いーっぱい我慢して、偉い偉いです……♡ ご褒美を、あげなきゃですね……♡」
 頬を上気させて、百戦錬磨の淫魔が如き文言を口にする命ちゃん。ゼロ距離で、甘ったるい吐息で脳がクラクラして。
 僕にはもう、今陰茎を弄んでいるのが己の手なのか、命ちゃんの手なのかも分からなくなっていた。まるで少女を犯して、犯されているかのような、背徳的でどうしようもない快楽が内側で暴れ馬のように跳ね回って。
「はい……♡ 許可、してあげます……♡ 出していいですよー……♡」
 命ちゃんのことだけを考えてぐつぐつに熟成させた、繁殖のための種が。
「精子、赤ちゃんの素……♡ いっぱい、いーっぱい出して……♡」
 勢いよく精管を駆け上って。
「出して、出して出して♡ 全部、ぜーんぶ……はい♡」
 出る、出る、途方もない暴力的な熱の塊が、亀頭まで上がってきて、そして。
「イッちゃえ……♡」
 瞬間、僕の視界は白く塗りつぶされた。浮き上がるような、圧縮されるような、痺れるような、燃えるような、爆ぜるような。
 ありとあらゆる感覚がない交ぜになった混沌に取り込まれて、僕は――
「ひゃっ、えっえっ……♡ なにこれ、びゅるびゅるって……♡ 真っ白い、おしっこがいっぱい……♡」
 射精、していた。気持ちいい、あったかい、気持ちいい。
 精液が勢いよく迸《ほとばし》って、次から次へと溢れ出て、止まらない、気持ちいい。
「わぁ、凄い……♡ ドロドロお汁、おちん×んから……♡ びゅびゅ~……してます♡」
 少女の声が、別世界から聞こえるように遠く感じる。意識が朧《おぼろ》だ。ただただ、気持ちがいい。初めて自慰を覚えた時よりも、数段、いや数十段気持ちがいい。頭の中で、大事な細胞がぷちぷちと壊れるような感覚すらも、甘い。
 そうして僕は、永遠とも刹那《せつな》とも思える不思議な時間を経て、陰茎の中身を出し切った。
 霞《かす》んでいた灰色の視界が、少しずつ色を取り戻していく。
 最初に目に入ったのは、不思議そうな、それでいてかけっこで一等賞を取った時のように嬉しそうな、命ちゃんの顔だった。
「はぁ、はぁ……これ、今出た真っ白おしっこさんが、精子……ですか? てことはお兄さん、イッたんですね♡ やった、気持ちよくなってくれたんだ……♡ 射精管理、大成功ですっ♪」
 今しがた大の大人を一方的に蹂躙《じゅうりん》したとは思えない純真さで、命ちゃんは諸手を上げてはしゃいでいる。末恐ろしい子だ……。
 とりあえず、丸出しでいるのも気が引けたので、ティッシュで軽く太ももと性器を拭ってから、服を着た。
「それにしても……精子ってこんなに出るんですね。ベッドがべちょべちょ……怒られちゃうかも」
 事後処理の面倒さに今更思い当たった命ちゃんは、少女特有のポジティブさで問題事を脇にどける。
「でも、そんなのどうでもいいくらい……えへへ♡ 嬉しい……お兄さんの赤ちゃん汁、見ちゃった……♡ 嗅いじゃった、えへへ♡」
 精液の匂いを嗅いで嬉しそうに破顔する少女というのは、如何な物か。
 そんな性的ポテンシャルMAX女児は、自らの手で頬をむにゅむにゅと変形させて、
「あーもう、こんなの、我慢できないよっ……」
 何か内なる欲望と戦っているような煩悶《はんもん》を見せた後、僕に申し訳なさそうな、甘えるような双眸《そうぼう》を向けてきた。
「お、お兄さん……一生のお願いパートツー、いいですか?」
 一生に一度だから、一生のお願い。そんな掟などどうでもいいから、命ちゃんの全ての願いを叶えてやりたくなる。
「一回だけ、ちょっとだけで、いいから……」
 どんな重たい願いだろうと、僕にできることならなんでも。
 身構えていた僕に告げられたのは、
「目を閉じて、ほしいです」
 拍子抜けするほど簡単なお願いだった。意図は分からないが、命ちゃんたっての願いなのだから、断る理由もない。
 僕はすぐに、瞳を閉じた。
「ありがとうございます。いつも、いつも……それと、ごめんなさいっ」
 何を謝ったのか、問いかけるよりも早く僕の唇には蓋がされていた。柔らかく、瑞々しい何かが、触れて。
「ん、ちゅぅ……んっ、ん……ぷぁっ……♡」
 その蓋から、僕に直接吹き込まれる、命ちゃんの蕩けた声、呼気。じんわりと染み入るような熱は、やがて離れて。
 けれど消えない余韻となって、僕の口元に留まっている気がした。
 何をされたのか、分かっている。頭の片隅では分かっているのだが、どうしてそんなことをされたのか理解が追いつかない。
「え、えへっ……♡ やっちゃった、やっちゃいました……♪ ごめんなさい、お兄さん……ちゅー、しちゃった……♡」
 少女にキスされておいて、無粋なのは間違いないのだが、僕は思わず訊ねていた。
「なんでって、だって……♡ もう、言わせるんですか? でも今は上機嫌なので、言っちゃうんですけどね♪ その……」
 薄々、そうなのではないかと思っていた。だけど何度も、可能性を否定し続けてきた。僕の脳が導き出した、見当違いのエラーなのだと。けれど、少女の口から語られた言葉は、
「私、ずっと前から、お兄さんのことが……大好き、です♡ 声もお顔も、優しいところも……全部が、大好き……♡」
 僕がそうなのではないか、と……そうであったらどれほど嬉しいだろう、と思い浮かべていた内容と、寸分違わず同じ内容だった。
 命ちゃんが、僕のことを好き? 天使のような少女が、将来有望どころか将来勝ち確待ったなしの可能性の塊が、こんな冴えない僕を?
「えへへ、言っちゃった……お兄さんに気持ち、バレちゃった……♡」
 子供の告白なんて『そんなこと言ったっけ?』くらいの軽い口約束だ。分かっている、分かってはいるのだけれど……嬉しい、と思ってしまった。
 だからといって、勿論……いくら流されて、倫理にもとる行いをしたとしても、僕は大人だ。大人なら、首を縦に振ることは決して、許されない。
 自分に言い聞かせる僕は、余程思い悩んだ表情をしていたのだろう。命ちゃんが慌てた様子で、
「あっ、でも別に、付き合ってほしいとかじゃ、ないので!」
 フォローしてくれた。いや、きっと続き……告白の返事を聞くのが怖かったのだろう。
「お兄さんと私じゃ……全然、釣り合わないのは分かってます! ただ、覚えていて、ほしくて……」
 未来を期待しての言葉ではないのだと彼女は言う。
「あなたのことを、誰よりも愛していた女の子のこと……ちょっとでいいから、記憶に残してほしいって……そう思ったんです」
 微かでいいから、僕の思い出になりたいのだと語る。まるで――
「困らせてごめんなさい。そして……初恋を、ありがとうございました……!」
 もう二度と、会えなくなってしまうみたいではないか。考えすぎだ、分かっている。だってこれからも、僕は命ちゃんのお見舞いに行って、そして彼女は僕を笑顔で迎え入れてくれる。違うのか、君もそう望んでくれていたのではないのか。
「大好きですよ、お兄さん……勇気をいっぱい、貰いました……貰いすぎちゃいました。だから、こんな……一方的な関係はもう、やめましょう?」
 違う、貰ってばかりなのは僕の方だ。小さな君の懸命さ、ひたむきさにいつだって勇気づけられてきた。これからは僕も君に何かを渡せるように頑張るから、だから続きは言わないでくれ。
 そんな願いは、聞き届けられることはなかった。
「……もう、来ないでください。私は平気なので……未練が、できちゃう、ので……さよなら、しましょ……?」
 僕を嫌いになったというのなら、すぐにでも君の前から姿を消す。だけど、大好きだと……勇気を貰っていたと、言ってくれたじゃないか。
 それに、未練ってなんだよ。なんで君は……泣いているんだ。
「いえ、そんな……泣いてなんて、いませんよ」
 病衣の袖で涙を拭っても、痛々しい目尻の赤さは誤魔化せない。
「だって、そもそも、私……もうすぐ退院、するんですよ? だから次お兄さんが来る頃には、いないかもですし……ね?」
 また、命ちゃんはバレバレの嘘を吐く。手術が控えていると、自分で言ったことすら忘れてしまったのだろうか。あるいは、忘れようとしているのだろうか。
 本当に退院できるのなら、会う必要がないというのなら、それでもいい。本来僕は、君の人生に深く関わる資格を持たない人間だ。
 ただの他人。ただの……『お兄さん』でしかないのだから。
「最後にお兄さんが、気持ちよくなってくれて……嬉しかったです。でも……ごめんなさい。もう一回、だけ……ちゅー、してほしい……です。今度は、お兄さんから……なんて、えへ、へ……んっ!?」
 もう一回だけ、なんて言わないでほしい。
「ん、ちゅっ、んぅ、ちゅっ……♡ ちゅ、ちゅぅう、ん……ぷはっ♡」
 君が望むなら、何十回だって、何百回だってするから。神に怒られたって、世間から後ろ指を指されたって、君がそうしたいというなら、僕は何だってしてみせるのに。なんにだって、なってみせるのに。
「はぁ、はぁ……ちゅー、いっぱい……♡ 貰いすぎちゃいました……やっぱり、大好き……ずっと、愛してます」
 僕だって、君のことが……大事だ。一緒に過ごす時間が宝物のように思える人なんて、君しかいないんだ。
 だから、そんな――
 泣きそうな顔で、笑わないでほしい。
「……もう、行ってください。後片付けは、私がしておきますから」
 これ以上僕と話す気はない、という意思表示なのか、命ちゃんは背を向けてシーツを片付け始めた。
 もうこちらを振り向いてはくれない。
 本当は、今すぐ聞き出したい。君が何を考えているのか。どうしてもう会えない、なんて突然言い出したのか。
 けれどそれを聞いてしまえば、恐ろしい何かが飛び出してきそうで、怖かった。
 踵を返した僕へと、最後に少女は振り返って。
 見ているだけで心が痛むような、引き攣《つ》った笑みを浮かべた。
「それでは……さよなら、お兄さん……幸せになってくださいね」
 僕のことなんてどうだっていい。君の方こそ、幸せになると約束してくれ。どうしてそんな、自分には不幸しか待っていないみたいに言うんだ。
「……なーんて、またどこかで会えますよ。どこかで、いつか……会える日まで。さよならです……お兄さん」
 きっと会える、そう思っているのなら、どうして君は……もう二度と会えないみたいに、別れの言葉を口にするんだ。
 全て杞憂《きゆう》であればいい。僕がいないどこかで、君が笑顔でいるならそれでいい。
 病室を去る時も、僕の心の中では病魔のように巣食う嫌な予感が、際限なく膨れ上がっていた。
04 容態急変



 もう来ないで、と言われた手前、何食わぬ顔でお見舞いに来るほどの図々しさは持っていなかったけれど、かといって一人で彼女の健康を祈り続けることもできなくて。
 僕は往生際悪く、彼女が入院している病院を訪ねていた。
 すっかり顔なじみになった受付の看護師さんととりとめのない世間話をしながら、視線を巡らせる。
 検査やレクリエーションに参加する命ちゃんの姿を遠くからでも見られればいいな、なんて我ながらストーカーじみた考えだったけれど。
 目に飛び込んできたのは、全く予期せぬ場面だった。
 待合室から伸びる廊下の奥、命ちゃんと仲のいい看護師が、見ているだけで鳥肌が立つような形相をして歩いているのが見えた。
 忙しない早歩きで、本当は全速力で駆け出したいのを堪えているかのような、奇妙な動作だった。
 まるで――職場で我が子が事故に遭ったと連絡を受けた、母親のような。
 猛烈に嫌な予感がした。
 そこから自分が何をしでかしたのか、僕は覚えていない。
 ただ、誰に呼び止められても足を止めることなく、走った。病院内だということも忘れて、ただただ走った。
 気が付くと僕は、命ちゃんの病室へと辿り着いていた。
 そこにいた命ちゃんは、
「ひゅー、ひゅーー、がはっ、ごほっ……ひゅっ、ぜぇ、ぜ……けほっ、がほっ……!」
 聞いたことがない程苦し気に、血を吐くように咳き込んでいた。
 名称も分からない管や呼吸器、見覚えのある看護師二人。
 そして……弱弱しく拍動を刻む、心電図の音。
「ちょっとあなた!? 今は面会謝絶ですよ!? 早く出ていって! それより……ああ、先生を呼ばないと! 誰か急いで連絡を!」
「もう呼びました!」
 医療ドラマか何かのように現実感のない、切羽詰まったやり取りを、僕は茫然自失の面持ちで眺めていた。
「大丈夫だからね、命ちゃん……絶対よく、なるからね……! 神様、こんないい子を、連れていかないで……」
 確か、まだ入ったばかりだという新人看護師が、命ちゃんの顔を見てそう漏らす。連れていかれる? 神様に……?
 頭の回転速度が、遅くなる。思考ができない。
「げほっ、がほっ、がっ、ぁっ……ぅ、ぅ、゛ぅ、あ……ッ」
「命ちゃん! ああ、あ……」
 狼狽する新人看護師に、もう一人の看護師が叱咤の声を浴びせる。
「落ち着いて!」
 それから彼女は、僕を睨むように一瞥した。
「あなた、いつまでここにいるの!? 早く出ていって! 患者の命がかかってるの! 聞こえないの!? 邪魔なのよ!」
 動けない。返事すらもできない。患者の命……? 患者って、誰だ。嫌だ、何も考えたくない。
 そんな僕の耳朶《じだ》を打ったのは、
「おに、さ……げほっ、ごほっ……私、しにたく……もっと、お兄さん、と、がほっ、いっしょ、に……」
 幻聴か、現実か、もうそれさえ分からない。嫌だ、命ちゃん、命ちゃん――
 情けない僕の泣き言を嘲笑うかのように。
 心電図が、止まった。
「ッ……まだ諦めないで! 先生はまだ!? 遅すぎる、このままじゃ……」
「ああ、あぁ、命ちゃん! しっかりして、しっかり! いや、いやぁあああ!」
 木霊していた叫び声が、本当に看護師の物だったのか、それとも僕の心が上げた断末魔だったのか、それさえも分からない。
 絶望に、視界が眩んで、意識が暗転した。

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