09/12 電子版発売

今はセフレでいいから2

著者: 佐間野隆紀

電子版配信日:2025/09/12

電子版定価:880円(税込)

幼馴染の夏希やそのギャル友・詩織と姫香とのセフレ生活が開幕!
夏希と参加したイベントで、真面目な女子友・陽葵のコスプレ姿を目撃!
さらに学園祭の催し物が『コスプレカフェ』に決まり、クラスに大波乱が!
コスプレ勉強会と称して、ギャル友4人が僕の家に大集合すると、
セフレ同士が牽制し合う修羅場と化して……
爛れたセフレラブコメ第2巻、コスプレ合戦で誘惑はヒートアップ!

目次

第一話 ギャルな幼馴染とコスプレイベントに参加する話

第二話 ギャルなセフレと放課後デートする話

第三話 昼休みにギャルなセフレに食べられてしまう話

第四話 幼馴染とギャル友が集まってコスプレの相談をする話

第五話 ギャルとゲームのお勉強をしようとしたら幼馴染に乱入される話

幕間 幼馴染と初めてエッチしたときの話

第六話 幼馴染と一緒に学園祭を楽しんだり襲われたりする話

第七話 幼馴染とギャルたちで四人だけの後夜祭をする話

エピローグ まつりのあととこれからの話

本編の一部を立読み

第一話 ギャルな幼馴染とコスプレイベントに参加する話

 ◆ ユウト Side ◆

 その日、地元から電車で数駅ほどのところにある電気街『てんてんタウン』は、いつも以上に行き交う人々でごった返していた。
 中でも中古のパソコンショップやホビーショップが軒を連ねる裏通り――通称『オタストリート』はいつにも増して盛況で、中には漫画やアニメ、ゲームのキャラクターに扮装している人の姿も散見される。
 もちろん、そのような呼び名のつく場所だからといってこれが日常の風景というわけではなく、人通りが多いことにも妙ちくりんな格好をしている人がいることにも理由があった。
 今日は毎年この時期にてんてんタウンで行われているイベント『コスプレストリートフェスタ』の開催日なのだ。
「お待ったせェ」
 スマホを弄りながら路地の隅っこでぼんやりとしていると、人混みの中から一人の少女が飛び出してきた。
 赤い襟に赤いプリーツスカートという一風変わったデザインのセーラー服を着て、ド派手な金髪を大きなリボンでポニーテールにしている。
 カラコンでもしているのかその瞳は外国人のような真っ青で、細身の体型のくせに胸だけはやけに大きく、そのせいかセーラー服の胸許だけがパンパンに張り詰めていた。
 コスプレとしてはそこまで異彩を放つものではないが、あまりに極端すぎるスタイルのせいかその姿はなかなかに人目を引くもので、実際に近くを通りかかった男性諸氏の中には「おおっ」と感嘆の声を上げる者までいる。
「誰のコスプレか分かるゥ?」
 少女はニヤニヤと小悪魔的な笑みを浮かべながら、僕の顔を覗き込んできた。
 本来なら、僕だって声のひとつくらい上げてしまっていたことだろう。
 そうならなかったのは、単にこの少女――天宮夏希《あまみやなつき》と僕が幼少期からの幼馴染で、一般的な男性諸氏よりもいくらか免疫があったからにすぎない。
「フォーハートのリリィでしょ。滝内リリィ」
「おっ、さすがァ。やるじゃん」
 僕が答えると、夏希は満足げに笑ってウィンクして見せた。
『フォーハート』というのは、恋愛シミュレーション――いわゆるギャルゲーと呼ばれるジャンルの古いゲームのタイトルである。
 夏希が扮する滝内リリィというのは作中に登場するヒロインの一人であり、実は僕が金髪ポニテにハマるきっかけになったキャラクターでもあった。
 とはいえ、フォーハートは相当に古いゲームだ。
 僕だって、たまたま親父のレトロゲームコレクションの中から見つけ出さなければ、プレイするどころか興味を持つことすらなかったと思う。
 まさか、夏希がこんなニッチなキャラをチョイスしてくるとは……。
「んふふ……ユウトがこのキャラ好きなことは、すでにリサーチ済みだよ」
「じゃあ、僕のために選んでくれたってこと?」
「そんなの、決まってるじゃん? この日のために、コッソリ準備してたんだから」
 夏希が意味ありげに、ニィッとやけに艶めかしく微笑んで見せる。
 その口許には普段はないはずの八重歯まで覗いていて、そのあたりの再現も抜かりなしといった様子だ。
 僕が子どものころから心惹かれていた二次元少女がまるで目の前に顕現したかのようで、今さらになって僕の胸はドキドキと鼓動を速めていた。
「あ、あの……すみません、写真撮らせてもらってもいいですか?」
 ――と、そんな僕の感動に水を差すように、視界の外から声がかかる。
 いつの間にか周りには人だかりができていて、その手にスマホやカメラを携えた紳士諸兄が夏希に熱い視線を送っていた。
 この『ストフェス』では、コスプレをしているレイヤーの写真を撮ることも許可されていて、それを目当てに参加する者も多い。
 もちろん、そのためには所定の参加費を支払う必要はあるが、大した額ではないし、僕も夏希の写真を撮るためにすでに支払いを済ませて許可証をもらっていた。
「あ、ええと……」
 いきなりこんなふうに取り囲まれることになるとは想定していなかったのか、夏希は少し戸惑っているようだった。
 まあ、彼女の場合はもとの見た目が可愛い上にとにかくそのスタイルが目を引くので、コスプレ云々とは無関係に注目されてしまうのだろう。
「せっかくだし、撮ってもらったら?」
「う、うん……」
 僕が言うと、夏希はまだ少し迷った様子を見せながらもコクンと頷き、普段はあまり見せないような少し緊張した面持ちでぎこちなくポーズを取りはじめた。
 夏希は普段のギャルな印象に反してあまりSNSを積極的に活用しているタイプではないので、そもそも写真撮影自体にあまり慣れていないのかもしれない。
 もっとも、それでも『滝内リリィ』がゲーム内で見せていた立ち絵のポーズを取る夏希の姿は間違いなくめちゃくちゃ可愛かった。
 思わず僕も集団に交じってスマホで写真を撮りまくってしまったほどだ。
 やがて少しずつ場の空気に慣れてきたのか、夏希の顔からも硬さがなくなってきて、彼女の持つ本来の快活さと奔放さがその表情にも表れはじめる。
「こっちにも目線くださーい!」
「はいはァい」
 呼び声に合わせて振り向きながら、カメラに向かって天真爛漫な笑みを浮かべる夏希は、まるでアイドルにでもなったかのように艶やかだった。
 あまりにもその姿が眩しすぎて、僕は自分の中にどんよりと陰鬱な感情が芽吹いていくのを感じてしまう。
「……ごめんなさァい! ウチら、そろそろ行かなきゃだから、いったん終了で!」
 ――と、そんなとき、急に夏希が自ら撮影を打ち切り、僕のほうに駆け寄ってきた。
「行こ、ユウト」
「えっ?」
 そして、戸惑う僕の手を取ると、そのまま人垣を掻き分けて『オタストリート』の奥のほうへと引っ張っていった。
 なんだなんだ……?

     ※

「ねェ、ウチが撮影されてるとき、ひょっとしてちょっと嫉妬してた……?」
 ほとんど息のかかるような距離でじっと僕の顔を覗き込みながら、夏希が言った。
 その瞳は底意の知れない深い色をたたえていて、見つめられる僕はなにも言い返せずに唾を飲み込むことしかできない。
「もう、ウチはユウトだけのものなのに、心配性だなァ……」
 そう言って唇を奪ってくると、そのまま夏希の手が僕の下半身に伸びてきて、ジーパンの上から股間を撫ではじめる。
 公衆の面前でやっていたら大問題だが、今の僕たちがいるのは地下鉄の構内にある多目的トイレの中だ。
 場所は違えどこうして無理やり連れ込まれるのは二度目の経験で、ひょっとしたら僕にはこういったところに連れ込まれる宿命でも課されているのかもしれない。
「んむ……ちゅ……ユウトのここ、もうこんなになってる……♡」
 夏希が啄むように唇を吸いながら僕のジーパンの前を開け、その細い指先を中に滑り込ませてくる。
 下着の中でアソコはもうすっかり硬くなっていて、夏希の手がパンツをずり下げた途端に中身が勢いよく飛び出してきた。
「さすがに衣装が汚れたらヤバいからさァ、エッチは我慢してね……」
 耳許でそう囁いてから、夏希がその場にかがみ込んでギンギンにそそり立ったペニスの先端を口に含む。
 生暖かい舌が裏筋に這はされ、窄められた口がキュッと亀頭を締めつけてくるその甘美な刺激に思わず口から情けない声を漏らしてしまった。
「ん、んっ……んれろ……ぁむ……れろれろ……」
 舌先で亀頭をキャンディのようにねぶりながら、ニンマリと双眸を細める。
「ユウトはさァ、今でもリリィのえっちなドージンシとか、オカズにしてるんでしょ?」
「な、なんでそんなこと……」
「んふふ……ユウトのことは、なァんでも知ってるんだから……♡」
 上目遣いで訊いてくる夏希に、思わず上擦った声を上げてしまった。
 実際、スマホで大人向けな同人誌を購入してこっそり楽しんでいたのは事実だが、まさかバレていたとは。
 まあ、僕はスマホにロックをかけない主義なので、中を覗こうと思えばいくらでも覗けてしまえはするのだが……。
「んっ、んっ……ちゅぅ……どう? ウチ、リリィに見える? れろ……ぁむ……ちゅ、ちゅるる……リリィにおちん×んしゃぶられてる気分になる?」
 夏希がペニスを口に含んだまま問いかけてきて、その吐息や舌の動きがまた亀頭を甘やかに刺激する。
 そんな心配をしなくとも夏希のコスプレは完璧で、だからこそ僕だって夢中になってカメラのシャッターを切ってしまったのだ。
 今だってそれは変わらない。
 夏希の目線、吐息、唇の感触、そのすべてが、かつて画面ごしに恋をした女の子と重なっているように感じられていた。
「み、見えるよ。めちゃくちゃ可愛い」
「ホント……!?」
 夏希がパッと瞳を輝かせて、より深くペニスを咥え込んでくる。
「んんっ、んっ、んっ……ちゅる、じゅるるるるっ♡」
 そのまま唇を窄めて強くペニスを吸い上げ、喉の奥で亀頭を強く締め上げてきた。
 柔らかく生暖かい舌の感触がカリ首から裏筋にかけてを這いまわり、その心地よさに思わず腰が砕けそうになってしまう。
「な、夏希、これ以上は、もう……」
「ちゅぅぅ……ちゅぱっ……いいよ、らひてっ……♡ ウチをリリィだと思って、お口の中にいっぱいらひてェ……♡」
 青いカラコンの瞳が淫らに細められ、その口許に妖艶な笑みが浮かぶ。
 あまりにも甘美な誘いに、僕の理性はあっさりと限界を迎えた。
「うっ……で、出るっ!」
 夏希の頭を抱えながら、その口の中に勢いよく精を解き放つ。
「んんっ……んくっ……!? ……んっ、んっ、じゅるるるるっ……♡」
 夏希は一瞬だけ驚いたように目を見開いたものの、そのまま窄めた唇で陰茎をしごきながら亀頭を吸い上げ、とめどなく脈打つペニスの中から無理やり精液を搾り取っていく。
 僕はもう完全に腰から力が抜けてしまっていて、多目的トイレの壁に寄りかかりながら力なく夏希の頭や耳許を愛撫することしかできない。
「んんんっ……ぷぁ……♡ ユウト、いっぱい出たね……♡ イベントが終わったら、ちゃんとこのカッコでエッチしようね……♡」
 夏希は上目遣いに僕の顔を見上げながら囁くと、細い指先で陰茎を優しく擦りながら、亀頭の先端に愛おしげにキスをした。
 その顔には、淫魔かと思うほど艶やかで蠱惑的な笑みが浮かんでいた。

     ※

 午前十一時、いよいよイベントの開始時刻となった。
 電気街の表通りはその一部が歩行者天国となり、道沿いに間隔をあけて並ぶレイヤーとそれを撮影するカメラマン、そして、それらを観覧する人々によってあっという間に埋めつくされていく。
「リリィってさァ、実は主人公のヒロアキと幼馴染だったって設定あったんだよねェ」
 そんな中、道沿いに並ぶレイヤーを眺めながら人の流れに沿うように歩いていると、不意に夏希がそんなことを言ってきた。
 はて、急にどうしたというのだろう。
 とりあえず、僕が知るかぎりでは滝内リリィにそんな設定はなかったはずだが……。
「もともとは大人向けのパソコンのゲームでさァ、家庭用に移植するときに、シナリオに無理が出るからって設定が変更されちゃったみたいだよ」
「ほんとに?」
 思わず聞き返してしまう。
 僕は親父のコレクションの中にあった家庭用版しかプレイしたことがないので、もちろんそんな設定があったなんて初耳である。
 そもそも原典となるパソコン版があったなんてことすら知らなかったくらいだ。
 確かに、僕は滝内リリィというキャラが好きだし、ある種の気の迷いでエッチな同人誌を購入してしまったり、なんだったら今でも時々お世話になっていたりする程度にはハマっている。
 ただ、それは単にリリィの造形が僕の好みにドンピシャだったからであって、わざわざ裏設定に関心を持つほどのめり込んでいたわけではないのだ。
「ホントだよ。コスプレするなら、ちゃんとそのキャラのことくらいは知っとかないとダメかなァと思って、ちゃんと調べたし」
 別に疑ったつもりはなかったが、夏希は少し不服そうに唇を尖らせる。
 意外とコスプレに対しては真面目に向き合うタイプであるらしい。
「幼馴染ってさァ……なんか、いいよね。だって、どれだけ望んだって、あとからは絶対になれないもんねェ?」
 そして、夏希は意味ありげな笑みを浮かべながらそう言うと、僕の脇腹を小突いてきた。
 まあ、それは確かにそうなのだが、ここ最近の夏希の様子を見ていると、どうにも重たい言葉のように聞こえてしまうのは気のせいだろうか。
「あの、そのコスってフォーハートの滝内リリィですよね? よかったら、写真撮らせてもらえませんか?」
 ――と、再びカメラを持ったイベント参加者らしい男性が夏希に声をかけてくる。
 フォーハート自体はもう十年以上も昔のゲームだが、実はここ最近になってリメイクが発表されており、そのことがネットニュースでも少し話題になっていた。
 さすがに僕ら世代のオタクに刺さることはないだろうが、ギャルゲー文化に造詣の深い人にとってはグッとくるものがあるのかもしれない。
 実際、夏希が快く撮影の申し出を受け入れると、あっという間に行列ができてしまった。
(半分くらいは単に夏希目当てな気もするけど……)
 なんとなく列の整理などをしながら、僕はひっそりと肩をすくめる。
 夏希の姿は滝内リリィのコスプレとしてもかなりの完成度だったが、カメラを構えている者の中には若い男性の姿もあり、彼ら全員がちゃんとフォーハートや滝内リリィのことを認識しているかどうかは怪しいところだった。
 まあ、それだけ夏希に人目を引く魅力があるということだろう。
 見ず知らずの男たちが構えるカメラに笑顔を向ける夏希を見ているうちに、またしても心の奥底が暗い感情でジクジクとしていくのを感じた。
「……それじゃ、いったん今並んでる人で終わりにしまァす! ユウト、列とめといてェ」
 ――と、急に夏希が中断を宣言し、その時点での最後尾で撮影を切り上げるや否や、戸惑う僕の手を引いてその場をあとにしてしまう。
 その後も何度か撮影を申し込まれるたびに快く応じていた夏希だったが、列が長くなってくるとすぐに打ち切って別の場所へ移動するということを繰り返していた。
「だって、ウチが注目されすぎちゃうと、ユウトが嫉妬しちゃうからさァ……」
 不思議に思う僕に対して、夏希はニマッと意味ありげな笑みを浮かべながら言った。
 うぬぬぬ、返す言葉がない……。
「あれ……?」
 そんなふうになんだかんだでイベントを楽しんでいた僕たちだが、ふとした瞬間、気になる人影を見かけて足をとめる。
 隣を歩いていた夏希も慌てた様子で足をとめ、僕の視線を追うように前方を見やった。
 通りを少し先に進んだあたりに人垣ができていて、カメラを構えたイベント参加者に囲まれながら一人の少女がポーズを取っている。
 青を基調としたチャイナドレス風のその衣装を見るに、世界的に有名な格闘ゲームのキャラクター『シュンレイ』のコスプレをしているようだが――。
「……ユウト、ああいうのも好きなの?」
「えっ?」
 急に夏希が僕の視界に顔を割り込ませてきて、やけに暗い色の瞳でじっと僕の顔を覗き込んでくる。
 つい先ほどまでご機嫌な様子で瞳をキラキラとさせていたはずだったのに、いったい何処にその光を落としてきてしまったのか。
「ち、違うよ。あの子の顔、知ってる気がして……」
「まさか、ウチ以外にも幼馴染がいたって話じゃないよね?」
 待て待て、いったいどういう想像をしてるんだ。
 僕も些細なことでウジウジと嫉妬してしまうほうだとは思うが、夏希の場合は少し――というか、だいぶベクトルが違うな。
「ユウトの幼馴染は、ウチだけなんだから。絶対、そこだけは譲らないし」
「譲るとか譲らないとかって話でもないと思うけど……」
 ナイフみたいに鋭利な視線で睨みつけてくる夏希に、僕はゲッソリと溜息を吐く。
「心配しなくても、僕にうっかり忘れてしまった幼馴染なんていないよ。それより、夏希もあの子のことちゃんと見てよ」
 夏希の肩を掴んでぐるりと無理やり反転させると、そのまま再びチャイナドレス風のコスプレをしている女の子のほうに顔を向けさせる。
 僕の記憶違いでなければ、シュンレイのコスプレをしているあの女の子は、夏希がいつも学校で仲良くしている女子グループの一人ではなかったか。
「えっ……アレ、ひょっとして、ひまりん?」
 ほどなくして、夏希も気づいたようだ。
 名前のほうまでは思い出せなかったが、『ひまりん』と呼ばれているからにはきっとヒマリとかそんな名前なのだろう。
 こんなところで出会うなんて随分と運命的な偶然もあったものだが、それよりも驚いたのは彼女にコスプレ趣味があったということだった。
「えー、チョー偶然! ていうか、ひまりんのコス、めっちゃリアルじゃない? なんていうか、生地の質感とかさァ……」
 夏希はすっかりシュンレイに扮したひまりんに目を奪われているようで、幸いにもその顔には再び輝きが戻っている。
 言われてみれば、確かにひまりんが着ている衣装は随分と本格的で、生地も安っぽい薄布ではなく、滑らかでありながら落ち着いた風合いをした上等な生地で仕立てられているように見受けられた。
 専門の業者に特注でもしたのか、あるいは自ら仕立てたにしても一朝一夕でどうにかなる代物でないことだけは間違いなさそうだ。
 というか、それを言うなら夏希だって、どうやって滝内リリィの衣装を揃えたのだろう。
 彼女の着ている衣装だって、その独特な配色にさえ目をつぶれば、普通の制服と変わらないくらいクオリティが高そうに見える。
「ウチは普通にネットフリマでテキトーに探しただけだよ」
 夏希の答えは実にあっけらかんとしたものだった。
 まあ、フォーハート自体はかなり古いゲームタイトルだし、発売したばかりのころはかなり話題にもなったらしいから、探せばいくらでも見つかりそうではあるか。
 そういう意味でいえば、シュンレイだって存在自体は昔からあるわけだし、案外、高品質なコスプレ衣装を入手することもさほど難しくはないのかもしれない。
「ねぇ、声かけてもいい? 気づいちゃったのに、無視するのもなんか変だしさァ」
「別に構わないけど……」
 夏希がひまりんのほうに向けて歩き出したので、僕は慌ててそのあとを追った。
「せっかくだし、写真も撮っとく?」
 そして、なんの気なしに提案してみる。
「えっ……」
 瞬間、こちらを振り返った夏希の瞳から、スッ――という音でも聞こえそうな勢いで光が消えていくのを感じた。
 なんだろう。地雷でも踏み抜いてしまったのだろうか。
「……撮るの?」
 深い闇を宿した瞳で、夏希が訊いてくる。
 どのみち人だかりになっている間は空気を読まずに声をかけるのも憚られるし、それならば撮影している側に交じったほうが接触しやすそうだと思ったのだが……。
「だって、ユウトがひまりんの写真を撮るってことは、ユウトのスマホにウチ以外のオンナが記録されるってことでしょ?」
「そ、それはそうだけど……」
 それのいったいなにが問題なのか――そう問いたい気持ちはあったが、どうにも触れてはいけない気がしたので、大人しくしておくことにした。
 僕だって、空気を読まずに命を投げ出すほど愚かではない。
「撮るなら、ウチのスマホで撮って」
 感情を感じさせない真っ青な瞳で睨みつけてきながら、夏希が自分のスマホを僕の手の中に押し込んでくる。
「心配しなくても、ウチのスマホにはユウト以外の男の写真なんて入ってないから」
「そ、そう……」
 唇だけを不気味に微笑ませながらそう告げる彼女に、首筋がひりつくのを感じながら相槌を返すことしかできなかった。
(なにが原因でスイッチが入るのか、サッパリ分からんな……)
 ともあれ、僕は言われるまま夏希のスマホを手に集団に紛れ込むと、うまくひまりんの視界に入れるように位置どりながらカメラアプリで写真を撮りはじめる。
 しかし、いざやってみても、なかなかひまりんは僕に気づいてくれない。
 考えてみれば、当然ではあった。
 クラスメイトではあるものの、僕だって彼女についてはなんとなく顔を覚えていただけで未だに名前すら思い出せないし、向こうにしたってそれは同じことだろう。
 気づくとか気づかない以前に、そもそもひまりんが僕のことを知らない可能性すらある。
「視線くださーい!」
 ――と、不意に集団の中にいた撮影客の一人が声を上げた。
 要望に応じてひまりんが体の向きを変え――その瞬間、それまでカメラに向かって華やかな笑みを浮かべていた彼女の表情が凍りついたように固まる。
 理由はすぐに分かった。
 たまたま声をかけた撮影客のすぐ後ろに夏希が立っていたのである。
 夏希はひまりんに向かって笑顔で手を振っていて、さすがにひまりんもそんな夏希の存在にはすぐに気づいたらしい。
「す、すみません、いったん終わりにしますね!」
 ひまりんの反応は早かった。
 慌てた様子でそう告げるや否や、周りにペコペコと頭を下げながら足許の荷物を拾い上げ、脱兎のごとくその場から遁走してしまう。
 あまりに早い判断と行動に思わず呆気にとられてしまうが、一方でそれを見た夏希の対応も早かった。
「ちょっと、ひまりん!」
 人だかりを強引に掻き分けながら、ひまりんのあとを追いかけていく。
 残された撮影客たちは困惑した様子で二人の背中を見送っており、中にはその様子をカメラに収めている猛者の姿も見かけられた。
 というか、僕もぼんやりと眺めていられる状況ではないな。
 夏希のスマホはまだこちらの手許にあるわけで、こんな混雑した中で連絡手段もなしに散り散りになってしまったら、二度と合流できなくなってしまうことも考えられる。
 幸い二人とも目立つ格好をしているおかげで見失うこと自体はなさそうだが、逃げるひまりんもそれを追う夏希も思っていた以上に足が速い。
 まさかこんなところで追いかけっこをさせられることになろうとは……。
「もう、逃げなくたっていいじゃん」
「だ、だって……」
 ほどなくして夏希がひまりんに追いつき、無事に追走劇も終了となった。
 ガッツリと腕を掴まれたひまりんの顔は万引きの現場でもおさえられたかのように真っ青で、目尻にはうっすらと涙が浮かんでいるようにすら見える。
 はて、そこまでショックを受けるようなことだろうか。
「わ、わたしがみんなの知らないところでこんなコトしてるだなんてバレたら、仲間ハズレにされちゃうんじゃないかと思って……」
「えー?」
 消え入りそうな声でそう告げるひまりんに、夏希が眉をひそめながら首を傾げる。
 一方、口にこそ出さなかったが、僕には少し納得してしまう部分もあった。
 確かに、彼女がそう危惧するのも仕方のないことかもしれない。
 夏希やひまりんが属しているグループはいわゆる『陽キャ』の集団で、こういったオタク的な活動をする人種とはどちらかというと対極に位置する存在なのだ。
(まあ、夏希はそういうの気にするタイプじゃないけど……)
 なんとなくそんなことを胸中で考えていると、夏希が唇を尖らせながら言った。
「そんなこと言い出したら、ウチだってコスプレしてるんだけどなァ」
「えっ……その制服、コスプレだったの?」
「うわっ! ひどっ!」
「ご、ゴメン、気づかなくて……」
 なるほど。そもそもひまりんは夏希がレイヤー側だとは思っていなかったのか。
 まあ、フォーハートはそもそもジャンル的に男性向けのタイトルだし、リメイクの発表があったからといってそこまでメジャーな扱いだったわけでもない。
 むしろ、この場で滝内リリィをチョイスしてくる夏希が渋すぎるのだ。
「そういえば、そっちの彼は……」
 ――と、そこでようやく僕の存在に気づいたように、ひまりんがこちらに視線を向ける。
「あ、コイツは稲村《いなむら》ユウト。ウチの幼馴染でさァ」
「えっ……そ、そうだったの……!? 稲村くんって、同じクラスだったよね……?」
 驚いたように目を丸くしながら、まじまじと僕の顔を見つめてくる。
 改めて正面から眺めてみると、癖のない顔立ちをした、なかなかに可愛らしい子だ。
 失礼ながら僕のほうは未だにひまりんの本名を思い出せないでいたが、彼女のほうは僕のことを認識していたらしい。
「そうそう。別に隠してたわけじゃないんだけど、ユウトってガッコーだとなんか話しかけづらい空気出してるからさァ」
「そうかな」
「そうだよ。いつもムッツリした顔でスマホばっかり弄ってるじゃん」
 夏希がなにやら不満そうに顔をしかめている。
 僕としては別にムッツリした顔をしているつもりはなかったが、スマホばかり弄っているということ自体は概ね事実ではあった。
 まあ、わざわざ僕に声をかけずとも夏希の相手をしてくれるクラスメイトなんていくらでもいるだろうし、学校でまでわざわざ僕にかかずらう必要はないだろう。
「そうだったんだ……」
 納得しているのかしていないのか、ひまりんは僕と夏希の顔を興味深げに見比べていた。
「……あ、わたし、川崎陽葵《かわさきひまり》。稲村くんとは、こうしてちゃんと話すの、初めてだよね?」
「あ、うん。僕は稲村ユウト……って、夏希がもう言ってるけど」
 言われてようやく思い出した。
 川崎陽葵――確かに、そんな名前だったような気がする。
「あの……変なこと訊くけど、二人はどうしてストフェスに参加したの? やっぱり、普段からアニメとか見たりする感じ?」
 自己紹介も挟んだところでようやく少し落ち着いたのか、道沿いに敷かれたガードレールにもたれかかりながら陽葵がそんなことを訊いてきた。
「ウチはどっちかっていうとゲームがメインかなァ」
「僕も。まあ、アニメもたまに見るけど」
 今回のイベント参加は完全に夏希が独断で決めたことで、実際のところ、僕はつきあいで参加しているようなものである。
 ただ、最近ではゲーム系のネットメディアでもアニメの情報を扱うことが多いし、アニメをはじめとしたオタク系文化に馴染みが深いこと自体は事実だった。
「そうなんだ……その、夏希みたいに垢抜けた子って、アニメとかゲームなんて逆に毛嫌いしてそうだなって思ってたから、ちょっと意外」
 そう言って、陽葵が安堵するようにホッと小さな溜息をつく。
 気づけばその表情からも、最初のほうに感じられた恐怖心や緊張感といったものがだいぶ和らいでいるように見えた。
「うーん、ウチ、そんなに垢抜けてるかなァ」
 一方、言われた夏希のほうはあまりピンときていないようで、顔に疑問符を浮かべながら不思議そうに首を傾げていた。
 見た目だけで言えば間違いなく垢抜けていると思うのだが、はて、なにか納得いかないところでもあるのだろうか。
「だって、そもそもウチが普段からやってる格好だって、コスプレみたいなもんだよ」
「……どういう意味?」
「どういう意味って、それは……」
 そこまで言いかけて、何故か夏希がニヤッと僕に意味ありげな目配せをする。
「ウチがギャルっぽい格好をすると、喜ぶヤツがいるからだよ。ねェ?」
「喜ぶヤツ……?」
 陽葵はキョトンとしている。
 たぶん、僕も似たような表情をしていることだろう。
 確かに僕は金髪の女の子が好きで、それが転じてギャルっぽい女の子が好みなのもまた純然たる事実ではある。
 ただ、そのことを大っぴらに吹聴したことはないし、夏希にだって言ったことはない。
 それに、あくまで見た目としてギャルっぽい子に惹かれやすいというだけで、中身まで本格的なギャルというのは、僕には少し敷居が高すぎる。
 まあ、そういう意味では、夏希はまさに僕にとって理想的な女の子ではあるのだが……。
(……まさか、夏希はそのつもりで……? いや、さすがにそんなことは……)
 一瞬、あまりにも自分に都合のよすぎる妄想が脳裏に浮かび、慌てて首を振る。
 きっとからかわれているだけだろう。
 夏希の思わせぶりな態度はいったん無視することにして、僕は陽葵に訊いた。
「川崎さんは、一人できてるの?」
「あ、うん。いちおう、ネットで知り合ったコスプレ友達とあとで落ち合おうって話はしてるんだけど……」
「じゃあ、それまで一緒に見てまわらない? せっかくだしさ」
「え? でも……」
 さすがに少し唐突な提案だったのか、陽葵は少し戸惑っている様子だった。
 まあ、考えてみれば、今の台詞は僕ではなく夏希が言うべきものだったかもしれない。
 そう思いながら夏希のほうを振り返り――そして、絶句した。
 一直線にこちらを見つめる彼女の目が、視線だけで人を殺せるのではないかというくらい鋭利な輝きを放っていたからである。
 視界の端では、陽葵も真っ青な顔をして言葉を失っていた。
「ふーん……ユウト、けっこう積極的だね?」
「あ、いや、別にそういうわけでは……」
 慌てて言い訳をしようとするも、夏希は口許に薄い笑みを浮かべたまま暗い瞳でじっとこちらを凝視するばかりである。
「あ、ご、ゴメン、今スマホ見たら、友達から連絡きてた!」
 なにかを察したらしい陽葵が、荷物の中からスマホを取り出しながら声を上げる。
「わたし、そっちに行くね! また学校で!」
 そして、かなり無理のある笑みを浮かべながら僕たちに手を振って走り去っていった。
 こんな状態の夏希と二人っきりにされるのもかなり悲惨な状況だが、意図せず地雷を踏み抜いた僕にも責任の一端はあるし、ここは潔く受け入れるしかないか。
「あ、そうだ、スマホ……」
 なにか場の空気を変える手立てはないかと思案する中、ふと夏希のスマホを預かったままだったことを思い出す。
「そのまま、ユウトが持っててよ」
 しかし、返却をしようにも、当の夏希は受け取ろうとする素振りを見せなかった。
「せっかくのイベントなんだし、写真、いっぱい撮らなきゃね。ウチのカメラで、コスプレしてる女の子をいっぱい撮って。それで、ユウトがどんな子が好きなのか教えて」
 相変わらず底意の知れない瞳でじっとこちらを見つめながら、口許だけを不気味に綻ばせて腕を絡めてくる。
「ユウトの好みが変わっても、ずっとウチは理想の幼馴染でいてあげるからね……」
 そして、僕の耳許に顔を近づけてきながら、囁くようにそう告げた。
 言葉自体は甘やかなのに、何故か首筋に冷たい刃を押し当てられているような気分になる。
 いったい夏希はいつからこんなことを言うようになったのか、あるいは僕が知らなかっただけで、もともとこういったタイプだったのか。
 明るく無邪気で奔放なだけの女の子だと思っていた幼馴染の知らない一面に、僕は大きな戸惑いを感じると同時に、強く心が揺さぶられるのを感じた。
(夏希、僕は……)
 しかし、自分の湧き上がる気持ちをそのまま夏希に伝えるには、まだ少し僕には決断力が足りなかった。

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