04/24 電子版発売

今はセフレでいいから4

著者: 佐間野隆紀

電子版配信日:2026/04/24

電子版定価:880円(税込)

修羅場の夏祭りも一件落着、僕たちの夏休みはまだ終わらない!
幼馴染の天宮夏希と一緒に、毎年恒例の家族キャンプに行った俺。
皆が寝静まった夜、夏希に誘われ川辺で身体を重ねていたが、
テントへの帰り道を、同級生の川崎陽葵に目撃されてしまった!
その後、なぜか陽葵さんと同人コスプレイベントに行くことになり……
セフレラブコメ第4巻、3ギャル&コスプレ女子との夏休み後編!

目次

第一話 幼馴染の友達とキャンプで偶然出会う話

第二話 美少女ギャルたちとお買いものに行く話

第三話 どうやらマジでコスプレすることになるらしい話

第四話 同人イベントでうっかり彼氏ヅラしてしまう話

第五話 レジャープールで大集合してしまう話

エピローグ 夏が終わっても僕たちの明日は続いていく話

本編の一部を立読み

第一話 幼馴染の友達とキャンプで偶然出会う話

 ◇ 陽葵《ひまり》Side ◇

「陽葵、今年はキャンプどうする?」
 夏休みも間もなく後半戦といったお盆前の週末、リビングのテレビで妹の綾菜と『暗殺家族』というアニメの鑑賞をしていると、夕食の支度をしていた母がカウンター越しにそんなことを訊いてきた。
 我が川崎《かわさき》家は夏休みと秋の行楽シーズンに家族でキャンプに行くのが通例になっていて、もちろんわたしは今年も行くことを楽しみにしていたのだけど――。
「なんでそんなこと訊くの?」
 不思議に思ってキッチンのほうを振り返りながら訊き返すと、母は困ったように笑いながら肩をすくめた。
「だって、あなたももう高校生だし、家族でキャンプなんかより友達と遊びに行ったりするほうが楽しいかなって」
「お姉ちゃんはキャンプに行くよ」
 ――と、わたしが答えるよりも先に、綾菜《あやな》が口を挟んでくる。
 その口許には何故か意味ありげな笑みが浮かんでいて、わたしは嫌な予感に背筋がムズムズとするのを感じた。
「だって、夏休みのキャンプは初恋の思い出だもん。ねぇ?」
「ちょっと、その話はいいから!」
 やっぱり。どうせそのことでイジってくるだろうと思っていた。
 余計なことを言われる前に手近なところにあったクッションを妹の顔に押しつけると、わたしは誤魔化すようにキッチンの母に向かって訊く。
「今年はいつ行く予定なの?」
「え? お父さんとは、今週末にどうかって話してたところだけど……」
「それなら、わたしもちゃんと予定空けとくから!」
 クッションの下でモゴモゴと不平の声を漏らしている綾菜のことは無視して、わたしは力強くそう告げる。
 実際のところ、イジられて恥ずかしくなる程度には綾菜の言うことは図星を突いていた。
 わたしにとって、とくに夏休みのキャンプは大きな意味を持っているのだ。
 今でもたまに夢に見ることがある。
 小学生の最後の夏休みに行ったサマーキャンプ。初めて男の子に好意を抱いた、甘酸っぱい数日間の記憶――。
 当時、わたしはアニメや漫画にばかり夢中になっている地味でオタクな子として、クラスの女子の中では少し浮いた存在だった。
 友達と呼べるような子もいなくて、そこまで陰湿ではないけど、軽いイジメのようなものの対象になることもあった。
 そんなわたしを心配して、両親が提案してきたのが夏休みのサマーキャンプへの参加だ。
 ハッキリ言って、まったく気乗りはしなかった。
 父も母もサマーキャンプを通じて少しでも明るく前向きな気持ちになってくれればと思っていたのだろうけど、当時の地味で陰キャなわたしにはあまりにも荷が重すぎた。
 でも、だからといって両親の提案を拒むこともできず、わたしは陰鬱な気持ちで二泊三日のサマーキャンプ体験に参加することになった。
 そして、一日目にして早くも心を折られかけることになる。
 最初から予想していたことではあったけど、わたし以外の参加者は友達同士や兄弟姉妹で参加している面々がほとんどだったのだ。
 アスレチック体験のときもお昼ご飯にバーベキューをしたときも、周りのみんなが和気藹々と楽しそうにする中で、自分だけが浮いてるみたいだった。
 これじゃ学校にいるのと変わらない。ますます惨めな気分になるだけだ。
 自分から声をかける勇気があれば少しは違ったのかもしれないけど、当時のわたしにそんな気概は欠片もなかった。
 ──といっても、まったく救いがないわけではなかった。
 本来はバンガローで宿泊する予定になっていたのだけど、希望者は自分用の小さなテントを設営して、そこで夜を明かすこともできることになっていたのだ。
 もちろん、わたしはテント宿泊を希望した。
 バンガローのような閉鎖的な空間の中、すでにできあがっている仲良しグループと一緒に押し込められるなんて、今度こそわたしの居場所がなくなってしまう。
 そんなことになるくらいなら、たとえ寂しくたってテントの中でスマホに保存したアニメを見ていたほうが百倍マシだった。
 でも、そこでまた問題が発生した。
 テントの設営も体験学習の中に含まれていたみたいで、要領の悪いわたしはなかなか自分のテントを完成させることができなかったのだ。
 引率してくれている大人の人に頼る勇気もなく、わたしはすっかり途方に暮れてしまっていた。
 ――そんなとき、『彼』が声をかけてきたのだ。
「ねぇ、よかったら手伝ってくれないかな? 僕も君のテント作るの手伝うからさ」
 ちょっと背が高めの、ボサボサ髪の男の子だった。
 長すぎる前髪に気だるげな猫背といった風体はいかにも陰キャなオーラを放っていて、パッと見でわたしと同じ属性だと感じた。
 でも、彼は物怖じしないタイプみたいで、戸惑うわたしのことなど一切顧みず、ほとんど無理やり自分のテント設営を手伝わせてきた。
 そして、ちゃんとわたしのほうも手伝ってくれた。
「実は両親に無理やり参加させられてさ。こういう開放的な経験をすれば、僕みたいな根暗で偏屈な人間でも少しは社交性を身につけられるだろうって。失礼しちゃうよね」
 お互いのテント設営が一段落したころ、彼は苦笑ぎみにそう言った。
 その言いまわしが言葉どおり本当に偏屈だったものだから、思わず笑ってしまったのを今でも覚えている。
 ――人前で笑うなんて、随分と久々のことだった。
 それからわたしたちはすっかり打ち解けて、なにをするにも一緒に行動するようになった。
 そして、気づけば二泊三日のサマーキャンプもあっという間に最終日を迎えてしまった。
 最初は流されるまま参加してしまったことを本気で後悔するくらい辛かったはずなのに、終わるころには不思議と楽しい思い出ばかりだった。
 ──せっかく仲良くなれた『彼』と、このままお別れなんてイヤだ。
 だから、最後の解散のとき、それぞれの家族が迎えに来る中、スマホを片手に連絡先を交換しようとしたけど……。
 できなかった。
 最後の最後で踏み出せなかった。
 きっと、『彼』への気持ちがただの友情なら、こんなことにはならなかった。
 恋をしてしまったから。
 だから、最後の一歩を踏み出せなかった。
 ──そして、わたしの初恋は終わった。
 でも、あの時に感じたときめきや体験の記憶は、今も大切な思い出として確かに胸の奥に刻み込まれている。
 もう顔もぼんやりとしか思い出すことはできないけど、夏休みに家族とキャンプに行くたびに、あの夏の日がわたしの中に蘇ってくるのだ。
(ユウトくん……)
 その日の夜、ベッドの中で目を閉じながら、わたしは久々に遠い記憶に思いを馳せていた。
 今ごろ『彼』は何処でなにをしているのだろう。
 きっとわたしのことなんて、とっくの昔に忘れてしまっているだろうけど……。
(……あれ?)
 ふと、記憶の中の『彼』の顔が鮮明になっていく。
 やけに前髪の長いボサボサ髪に、いつも自信なさげに丸まった猫背、そのくせ周りの子より頭一つ分くらい背が高くて……。
(そういえば、稲村《いなむら》くんの下の名前って……)
 ほとんど眠りかけていた意識とは対照的に、心臓がバクバクと強く脈打ちはじめる。
 ちょっと前までは意識することすらなかったクラスメイトの顔が、あの夏の日の面影と重なっていく。
(偶然……? でも、ユウトなんてありふれた名前だし……)
 薄手の肌布団を頭まで被り、モゾモゾと何度も首を振る。
 いくらなんでもあり得ない。
 そんな漫画みたいな話、現実に起こるはずがない。
 ──でも、もし万が一、稲村くんが『彼』なのだとしたら……。
(……ダメ。変に意識したら……)
 肌布団にくるまったまま、もう一度モゾッと首を振る。
 考えれば考えるほど、底なし沼みたいにズルズルと深みにはまってしまいそうだ。
 今が夏休みの真っ只中でよかった。
 少なくとも休みの間は、稲村くんと顔を合わせずに済む。
 この前の夏祭りのときは少し驚いたけど、さすがにあんな偶然が何度も続くとは思えない。
 馬鹿なことを考えるのはよそう。
 少しは意識してしまうかもしれないけど、夏休みが終わるころにはこの浮ついた気持ちもきっと落ち着いているはずだ。
 わたしにとって稲村くんはあくまで友達のひとり。あの『ユウトくん』ではない。
 それでいい。思い出は胸の奥底にあるだけで十分だ。
 いつかわたしが新しい恋を知って、あの夏の日から卒業できるときがくるまで――。

 ◆ ユウト Side ◆

「見ろ、ナッちゃん! これが今回のニューアイテムだ!」
「すごっ! 鉄のフライパンじゃん!」
「スキレットというんだぞ」
「えー、なんか武器っぽい! その尖ってるところとかも攻撃力高そうだし!」
「これでアヒージョなんか作ると、シャレオツだぞぉ」
 コンテナボックスの中から取り出したキャンプグッズを得意げにひけらかす親父の横で、ポニーテールのギャルが感嘆の声をあげている。
 天宮夏希《あまみやなつき》である。
 スポーツブランドのロゴが入った丈の短いTシャツに、これまたショート丈のキュロットというスポーティなその装い自体は飾り気のないものだが、キンキラの金髪に耳許で輝くピアス、指先を彩る派手なマニキュアはいつもどおりのザ・ギャルといった風体だ。
 どう考えてもこんなファミリー層向けのオートキャンプ場に似つかわしいものではなく、傍目から見てもかなりの異彩を放っていた。
 実際、たまたま近くを通りかかった男の子が一緒にいた父親らしき人物に「あのお姉ちゃん、外国の人?」なんて漏らしていたのが聞こえてきたほどである。
 とはいえ、そう訊きたくなる気持ちも分からないではない。
 夏希の顔が外国人じみているとは思わないが、細身の体に対して極端に胸だけが大きいその体型は明らかに日本人離れしていて、訊かれた父親らしき人物もその目はしっかりと彼女の胸許を凝視していた。
「今年もナッちゃんが一緒に来てくれてよかったわ」
 僕と一緒にテーブルや椅子などを車のトランクルームから運び出していたお袋が、そんな二人の能天気なやりとりを眺めながら安堵の息を吐く。
「なんでさ」
「だって、ナッちゃんがいなかったら、母さんがああやって感心役をしてあげなきゃいけないわけでしょう? それとも、あんたが代わりにやってくれる?」
「できれば遠慮したいけど」
「でしょう? 母さん、もう先週のうちから何度も聞かされてて、そろそろ驚きかたのバリエーションも尽きそうだったところよ」
 肩をすくめながらそう告げるお袋だが、その表情に言葉ほど疲れている様子はなく、むしろ親父を見つめるその瞳は手のかかる子どもでも見守るかのように穏やかだ。
 夫婦仲がよいこと自体は息子としても喜ぶべきことだが、それにしたって何処か調子のズレたこのマイペースぶりにはある種の空恐ろしさを感じなくもない。
 というか、そもそも今回のキャンプだって昨夜になって急に聞かされた話なのだ。
 いちおう毎年恒例ではあるし、夏希が同行してくることについてもそれは同様だが、だとしてももう少し早めに伝達があってしかるべきではないか。
 スケジュールがたまたま空いていたからよかったものの、僕はともかく夏希には部活があるわけだし、すでに予定が入っていたら間違いなく文句を言われていたことだろう。
「ねェ、ユウト、アヒージョってなに? 新しいポケモン?」
 ──と、親父の相手を終えたらしい夏希が、コンテナから取り出してきたLEDランプを適当なところに設置しながら訊いてくる。
 さすがに今どきの女の子ならアヒージョくらい知っていてほしいものだが、夏希は見た目がギャルなだけで中身はどちらかというとスポ根ガールなので、そこはいくらか目を瞑ってやるべきか。
「オリーブオイルでエビとか野菜とかを煮込む料理だよ」
「天ぷらってコト?」
「衣はつけないかな」
「じゃあ、揚げ浸しみたいな?」
「とりあえず、和食ではないよ」
 揚げ浸しという調理法はパッと出てくるくせに、アヒージョを知らないのは何故──という一抹の疑問は生じたが、追及しても不毛な気がしたので適当に受け流すことにする。
 どのみち親父は得意げに講釈を垂れるだけで実際に料理をするのはお袋だし、スキレットがあるからといって、夕食にアヒージョが出てくるかどうかはわりと怪しいところだ。
 どうせタープやらテントやらの設営が一段落すれば親父はすぐに呑みはじめるだろうから、そうなれば夜まで無事に意識を保っていられるかどうかも分からない。
「えー、なにこれ! 新しいテント、めっちゃ立派じゃん!」
 設営作業が進み、僕がタープを固定するための最後のペグを地面に打ち込んでいる最中、またしても夏希の感嘆の声が聞こえてくる。
 どうやら今回のキャンプにおける親父の『とっておき』はスキレットだけではなかったようで、少し離れた場所に広げられた巨大な布地の塊に僕も思わずギョッとする。
「最近流行りのインフレータブルテントだ! これだけ大きいのに、空気を入れるだけで簡単に組み立てられるらしいぞ!」
 そう言って得意げにふんぞりかえる親父の姿は息子の目から見てもなかなかに微笑ましいものだったが、最後にポロッと漏らした『らしい』という言葉に一抹の不安を覚えなくもなかった。
 そもそも広げられた布地の塊はどう見ても三メートル四方くらいあって、これに空気を入れるとなると相当な労力を強いられるのではないか。
 あいにくとエアーコンプレッサーのようなものは見当たらないようだが……。
「ほら、ユウト、さっさとそっちを終わらせてこっちを手伝ってくれ!」
 やはり、そうなるのか。
 親父は吸気口らしきところに取りつけたポンプを必死に押し込んでいるが、わずか十回足らずの反復作業ですでにギブアップを決め込んだらしく、あとは僕に丸投げしてくるつもりらしい。
 せめてその二倍か三倍くらいは頑張ってほしいところだったが、まあ、これも親孝行の一環か。
 僕は足許のペグにとどめの一撃を打ち込むと、半ば諦めにも似た気持ちで嘆息しながらうっそりと立ち上がってそちらに向かう。
「そんな顔しなくても、ちゃんとウチが手伝ってあげるからさァ」
 ――と、僕の表情からなにかを察したらしい夏希がこちらに駆け寄ってきて、傍らに寄り添うようにスルリと腕を絡めてきた。
 思わずギクリとするが、とはいえ、我が父母は僕たちの関係を小学生のころから変わらない健全な幼馴染だと信じて憚らないため、余計な心配ではあったか。
 こんなふうに焦ってみたところで、せいぜいが思春期ゆえの照れ隠しだと誤解されるくらいのものだ。
「うむうむ。力仕事は若者たちに任せて、父ちゃんは先にちょっと休憩させてもらうかなぁ」
 親父は何故か満足げに頷きながらタープのほうへと向かうと、そのままテーブルに着いて缶ビールを開けはじめてしまった。
 我が父親ながら、相変わらず自由な人である。
 僕はインフレータブルテントとやらがどんな構造でなりたっているのか詳しく知らないが、さすがに空気を入れるだけですべてが完結するほど便利な代物ではないだろう。
 せめて説明書のひとつくらい置いていってほしいものだが、パッと見た感じではそれらしきものは見当たらない。
 お袋もお袋でいつの間にかバーベキューグリルを使って親父のための肴《さかな》を温めていて、ひたすら無茶振りをされ続ける息子の心配などはじめから微塵もしていないようだ。
 こんなマイペースな両親のもとで育てば、いくらか息子が偏屈に育ったとて文句を言われる筋合いはない気もするのだが。
「てかさァ、去年まではテント二つだったよね?」
 親父がいなくなったからか、ことさらにギュッと僕の腕を強く胸のうちに抱き込みながら夏希が訊いてくる。
 こちらもこちらで油断ならない相手だ。
 メロンみたいに豊満な胸の谷間はこの炎天下ですっかり汗ばんでいて、ピタッとはりついたTシャツの布地越しに感じる乳房の感触に軽く目眩を覚えてしまう。
「これだけのサイズなら、大人四人でも問題ないんじゃない?」
 とりあえず、内心の焦燥を誤魔化すようにそう答えた。
 しかし、それを聞いた夏希の表情は何処か不服げだ。
「でも、それだとエッチできないじゃん」
 あまりにもあっけらかんと言い放つ。
 僕は思わず噴き出しそうになるのを咳払いで誤魔化しつつ、半ばヤケクソぎみにポンプを手に取ってシュコシュコとテントの中に空気を送り込みはじめた。
 まがりなりにも両親がすぐそばにいるわけだし、もう少しオブラートに包もうという気にはならんものだろうか。
「別に、そういうことをしにきてるわけじゃないからね」
 呆れ果てながらそう告げる僕だが、当の夏希にはまったく響いた様子がない。
「そりゃそうだけど……でも、狭いテントの中でこっそりするのとか、絶対コーフンすると思うんだけどなァ」
 腰をかがめてポンプを押し込む僕に寄り添い、わざわざ耳許に顔を寄せながら、甘ったるい口調で囁きかけてくる。
 生暖かい吐息が耳たぶをくすぐり、その感触に思わず下半身が熱くなりかけるが――。
 とはいえ、さすがにこんな状況で見境なく興奮できるほど僕も節操なしではない。
「たまには健全なイベントがあってもいいんじゃない」
 あくまでも平静を装うことに徹する。
「ヤダなァ。それじゃ、ウチらの愛の営みが不健全みたいじゃん」
 しかし、夏希は相変わらず僕の体にまとわりついたまま妖しげに微笑むばかりで、暑さとは別の理由から浮かび上がる汗が首筋を伝っていくのを感じた。
(愛の営み、ねぇ……)
 げっそりと頭の中で嘆息しながら、その言葉を反芻する。
 実際のところ、少なくとも形式上においては僕たちは『セフレ』という関係であり、愛だのなんだのと囁かれるような甘酸っぱい関係ではないことになっている。
 もちろん、僕は夏希のことを憎からず想っているし、それは彼女にしたって同様のことだとは思うのだが、相変わらず今も互いの関係については曖昧なままだ。
 本当ならちゃんと何処かでケジメをつけなければならないのだろうが、今のところ夏希はそれを望んでいないようだし、僕にもその度胸はない。
「でもまァ、たまにはエッチなしってのもありかもねェ」
 ──と、ここにきてなにを思ったのか、ひたすらポンプを押し込む僕の肩を優しく抱きながら夏希が口を開いた。
「急にどうしたのさ」
「だってさァ、エッチなしで一緒にいるだけで幸せってのも、それはそれで愛し合ってるって感じするじゃん?」
「……普通はそこがスタートラインなんだけどね」
「そうそう。つまり、初心に帰るのも大事かなァって」
 僕がゲンナリと半眼で見つめていることに気づいた様子もなく、夏希は訳知り顔で頷いている。
 文脈としていまいち繋がりが見えないことにはいったん目を瞑るにしても、どのあたりが『初心』に該当するのか、もはや僕の平凡な頭脳では想像することすら困難だった。
 というか、平然と『愛し合ってる』と言ってのけているが、彼女にとって僕らの関係はどうなっているのだろう。
 ひょっとして、今でもこの関係を『セフレ』と認識しているのは僕だけなのか……?
「あっ、見てよ。また新しいヒトたちがきたよ」
 そんな思考の沼に陥りかけていた矢先、夏希がキャンプ場の入口のあたりを指差して言った。
 視線を向けると、確かに一台のワンボックスカーがノロノロとキャンプ場の敷地内に入ってくるところが見える。
 僕たちがいつも利用させてもらっているこのオートキャンプ場はどちらかというといつもは閑散としている印象なのだが、昨今のキャンプブームもあって今年はなかなかに盛況のようだ。
 ワンボックスカーはそのままぐるりと方向を変え、ゆっくりとこちらのほうに向けて進んでくる。
 奥側はすでに他の利用客で埋まってしまっているから、こちら側に自分たちのキャンプを設営するつもりなのだろう。
「あれ? ウソ、ちょっと待って……」
 そんなワンボックスカーの様子をじっと眺めていた夏希の表情が、急に驚きの色に染まった。
 何事かと思ってその視線の先を追うと──。
「……えっ? 川崎さん?」
 助手席に座っている女の子の顔に、思わず知り合いの名が口を突いた。
 向こうもフロントガラス越しに丸く目を見開いていて、パクパクとなにやら口を動かしている。
 こちらを認識しているその様子からして、どうやら他人の空似ということでもないらしい。
 ナチュラルな黒髪をセミロングにして、化粧っ気がないながらもバランスの取れた整った顔立ちが印象的なその子は、どうやらクラスメイトの川崎陽葵であるようだった。

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