女教師に溺れて

著者: 懺悔

本販売日:2026/05/22

電子版配信日:2026/06/05

本定価:935円(税込)

電子版定価:935円(税込)

ISBN:978-4-8296-4875-9

「先生と、成瀬君だけの秘密よ」
僕の肩に両手を乗せ、ゆっくりと腰を落とす先生。
硬直が優しく包み込まれ、艶唇からは甘い吐息が……
放課後の美術室、憧れの先生に導かれた初体験。
背徳の舞台は、保健室、ラブホ、夫婦の寝室へ。
僕らが辿る未来は……エース作家、渾身の女教師小説!

目次

プロローグ 先生と僕

第一章 初めて

第二章 ヌード

第三章 白昼夢

断章 引き返せない

最終章 繁殖

エピローグ 僕の先生

本編の一部を立読み

プロローグ 先生と僕

 窓の外から見える校門を彩る桜の葉が緑になってから随分と経った。今では長袖では暑く感じる時もある。
 じきに夏が来るのだ。
 入学したばかりの頃は廊下を歩くだけでも微かな緊張を覚えたが、僕の心は随分とこの学校に馴染んで来た気がする。
「雪也君。ちょっと良い?」
 休み時間のトイレの帰りに呼び掛けられて振り返ると、クラスメイトではない女子が数人居た。
 彼女達は校則違反の化粧やらネイルをしており、スカートも随分と短い。薄っすらと香水も香った。
 この時点で大体用件は察していたが、僕は敢えて問う。
「何か用かな」
「一緒に写真撮ってよ」
「別に良いよ」
 彼女達は姦しく陽気に騒ぎながら、僕を中心に写真を撮った。そういう時、僕はほんのりと微笑む。
「ありがとう」
 そう言って、名前も知らない女子達は去っていった。遠ざかる彼女達の楽しそうな声が聞こえる。
「マジで綺麗だよね」
「むしろうちらより可愛いまである」
 それが賞賛であることは分かってはいるが、僕の気分が喜びを覚えることは無かった。
 こういった具合に女子から一緒に写真を撮ることを求められるのは日常茶飯事で、今では流れ作業のように応じることができる。
 教室に戻ると自分の席に座る。
 その喧騒の真ん中で、ぽつんと僕だけが静かに読書を始める。
 入学式から梅雨の間で、友達と呼べるような同級生はできなかった。昔から僕は孤立しがちだ。
 自分から話しかけるのが苦手だし、何より一人の時間を好ましく思っている。たまに声を掛けてくれる同級生も居るが、僕の対応があまりに淡泊なので知人以上の距離は中々縮まらない。
 けして人間嫌いというわけではないし、友達というものを軽視しているわけでもない。
 ただ、何となくいつもこうなるのだ。
 女子は僕のことを遠巻きに好奇の目で眺めるし、そんな僕をあまり良く思わない男子も少なからず居る。
 ならば、なるべく存在感を消した方が円滑な学校生活を送れるというのが未熟なりに学んだ処世術である。
 体育会系の部活にでも入っていればもっと多様な人間関係を構築できたのかもしれないが、僕は小柄で運動にも自信が無かった。
 それでも一応部活には所属している。
 美術部で、部員は僕一人。このまま部員が増えなければ、今年度で廃部になるだろうと言われている。
 絵を描くのは好きだ。
 誰の目も気にせずに、一人の世界に没頭できる。
 それに加え、僕の孤独な部活動は更なる喜びに満ちていた。
 チャイムが鳴り、次の授業が始まると、その要因が教室に訪れる。
 筧静流先生。
 古文の教師であり、美術部の顧問でもある。
 歳は三十手前と聞いたことがある。僕と一回り以上離れていた。
 後ろで纏めた髪と、スーツの黒色はいつも艶やかで知性に溢れている。それは夜空や黒曜石を連想させた。
 中肉中背だが身長は僕よりも高い。垂れ目がちな顔つきは見るからに温厚で大人しそうだが、脆弱さは一切感じられない。
「それでは、先週の続きから始めます」
 耳に掛かった髪を掻き上げながら放たれたその声はゆったりとしており、秋風のようにどこか寂し気だ。
 その音色は鎮静作用を含んでいるのか、僕の心を一段と平穏に保ってくれる。大変好ましい響きだ。
 先生の授業は淡々と、粛々と行われる。冗談などは一切口にしないし、話も横に逸れない。
 静流という名前に相応しく、時間が静かに流れていく。
 そんな中、先生がとある生徒を注意した。
「山木さん。授業中は携帯をしまいなさい」
 どうやら僕の隣席である女子が、携帯をいじっていたようである。
 先生の注意は厳格ではあるが、けして威圧的な態度は見せない。やや無機質ではあるが、柔和な方だろう。
 それでも注意された女子は不満そうにぽつりと先生には聞こえないように呟いた。
「カゲイうぜぇ」
 先生の筧という苗字をもじってカゲイと裏で呼んでいる女子が少数ながらも存在することを僕は知っている。
 影井、という当て字らしい。
 確かに先生が纏っている雰囲気は、ともすればどこか陰鬱と評されるような性質ではあった。
 幸が薄そう、とも言える。その上、常にどこか気だるげだ。
 しかし先生にそんな陰口を叩くのは女子だけだと言うことを僕は知っている。男子は言わない。
 女子の先生に対する悪感情の根源は、嫉妬以外の何ものでもないのだ。
 先生は美しかった。
 白い肌に黒々としたまつ毛のコントラスト。薄い唇に細くも形の良い顎は非常に端整で麗しい。
 薄暗くも神秘的な森を連想させる雰囲気や容姿は、男子にとっては魅力的な妖しさをそれとなく匂わせるのだ。
 そんな完成された美貌が未成熟な女子にとっては面白くないのだろう。そんな女子達の反感を買いたくないから表立って誰も言わないが、男子の人気は非常に高い。
 おそらく先生も自分が生徒からそんな風に思われていることを知っている。
 しかしそれをこれっぽっちも気にしていない。
 生徒からの反感や好意に興味が無いわけではないのだろう。
 ただ単純に、人間としての強度が確立されているのだ。
 とても物静かで自己主張をしない。しかし他人に揺さぶられない自分を持っている。
 それが僕の持つ筧静流という教師の印象であった。
 そんな彼女に、僕は尊敬の念を抱いている。
 自分が目指す大人のロールモデルでもあった。

 授業が全て終わり、荷物を纏めていると女子から声を掛けられる。
「成瀬君。皆でカラオケに行こうって言ってるんだけど。どうかな?」
 彼女は明らかに緊張していた。僕に話しかける同世代の女子は、皆少なからず平常を保てていないように思える。
「ごめん。部活があるから」
 そう言うと、女子は落胆の苦笑いを浮かべた。
「そっか。そうだよね」
「うん。それじゃあ」
 なるべく角が立たないような表情と口調を心掛けて、教室を後にする。そして部室へと向かった。
 美術室には染みついた様々な油や香料が混じった独特の匂いがする。僕はそれが嫌いではない。
 いつも通りに適当な模型を選ぶと、僕は模写を始めた。今日は球体と四角形を並べたものを描く。
 絵を描く時間は好きだ。誰かに好かれるとか、傷つけないようにとか。そんなことを考えなくても良い。
 気が付けば陽が傾き始めている。
 そろそろ帰ろうかとも考えると、扉がノックされた。
「はい」
「入っても良い?」
 しっとりとした声。顧問である筧先生である。
「どうぞ」
 先生はゆっくりと扉を開け閉めする。彼女の一挙手一投足は全て丁寧だ。
 その物静かさを、先生を幽霊のようだと陰口を叩く女子も居る。
「今日も一人なのに頑張っているのね」
「絵は一人で描くものですから」
「でも、このままだと廃部になってしまうわね」
「そうなったら寂しいですね」
 先生はやはり静かな足取りで窓際に移動した。運動場を見下ろす彼女の顔を斜陽が朱色に染める。
 その壮麗さに思わず僕の視線が釘付けになった。
 先生も僕に振り返ると、さり気なく顔をキャンバスに戻す。そんな僕に問いかける先生の声は静謐な小雨のようにしっとりしていた。
「勧誘とかはしないの?」
「友達が居ないので」
「よく女子から話しかけられているのを見かけるけれど」
「玩具にされているだけですよ」
「とても端整な顔立ちをしているものね。彫刻みたい」
 先生の美しさもその領域ですよ、と心の中で呟いた。
「皆は僕の見た目にしか興味が無いんです」
 そんな言葉に先生は薄っすらと微笑む。
「拗ねているの?」
「いいえ。そんな可愛げのある人間じゃないです。それに、外見だけで評価されている現状に不満はありません」
「あら、どうして」
 先生は耳に掛かった髪を掻き上げながら言った。その仕草はどういうわけか僕の鼓動を狂わせる。
「大した中身もありませんし」
 僕はマイペースに鉛筆を走らせた。
「成瀬君の中に何が入っているかは分からないけれど、そこに他人と比べるような優劣は無いわ。ただ色や形が皆違っているだけ」
 僕は驚くように再び先生に顔を向ける。
「もしかして、教訓を授けてくれてるんですか?」
 先生はどこか茶目っ気を含んだような様子で言葉を返した。
「たまには顧問らしいこともしないとね。一応は教師だし」
 僕は思わず小さく笑う。
 級友に向ける作られた笑顔ではなく、心の底から愉快だと感じた。
「生徒にあまりに関心が無い人かと思っていました」
「そんなことは無いわ。一教師として皆が健やかな学校生活を送ってほしいと願っているわよ」
 先生はそう言いながら僕の後ろに回り込んでキャンバスを覗く。
「いつも無機物を鉛筆で描いてる」
「好きなんです。白と黒しかない世界や、生きていないものも」
「詩的なことを言うのね」
「思春期特有の痛々しい感性ですよ。きっと大人になったら、今の自分を思い出して恥ずかしくなる気がします」
「それも健全な青春の一つよ」
「先生にもありますか? そういう過去が」
 彼女は椅子を手繰り寄せて、僕の隣に座った。雑多な匂いで満ちているこの美術室で、先生の甘い香りだけが鼻腔をくすぐる。
「たくさんあるわ。特に恋愛かな」
 そう口にする先生の左手薬指には指輪がある。聞いたことは無いが、おそらく既婚者なのだろう。
 先生がすぐ隣に居ると、どういうわけか心と身体が硬直してしまって言葉が喉に詰まった。
 そんな僕に先生が尋ねる。
「成瀬君は好きな人は居るの?」
「居ませんね」
「初恋は?」
 何故だろう。
 先生と会話を重ねるといつも頭が熱っぽくなる。
 そんな中でも、記憶を探る。
「もしかしたら、まだなのかもしれません。幼稚園の先生だとか、そんな淡い憧れはあったような気もしますが」
「可愛らしいじゃない。年上が好きなのかな?」
 やけに身体が火照っていた。
 珍しく、緊張している。
「……どうでしょう。少なくとも同級生は、皆幼く感じます」
「成瀬君は大人っぽいから」
 僕からすれば大人の模範とも言える先生からそう言われると、面映ゆい気持ちになってしまう。
「僕も全然未熟ですよ」
「でも、少しだけ他の生徒とは違う」
「中身の色や形がですか?」
「そうね。平均的ではないかも」
「多分、先生もそうですよ」
「そうかしら」
「はい」
「どうしてそう思うの?」
 微笑を浮かべた先生の顔が、間近で僕を下から見上げるように見つめる。魔法を掛けられたかのように僕はその瞳から逃れられない。
 このような至近距離で目にする先生の頬は、同級生よりも余程に瑞々しく見えた。
 控え目な紅色が差す唇も上品そのものである。
「どうしてでしょうね」
 僕は誤魔化すと、何とか先生の引力から視線を逃した。

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