05/08 電子版発売

俺たちの関係を親友だけが知らない【親友の妹編】

著者: 一般決闘者

電子版配信日:2026/05/08

電子版定価:880円(税込)

男二人に女二人、俺たちの幼馴染グループは急変した。
親友の彼女・十津川雛、そして腐れ縁の幼馴染・天理彩名。
決して許されない二股関係を、俺は手放せずにいた。
親友に内緒で、相性抜群な二人の身体に溺れる日々。
だが、親友の妹・エリナに秘密がバレると、
彼女は涙を流したかと思えば、急に距離を縮めてきて……
第2巻、更なる背徳の沼へ! 特別書き下ろしつき!

目次

一章 恋する乙女の分岐点

二章 揺れる関係と深まる関係

三章 好きです

四章 これはきっと、まだ恋じゃないけれど

エピローグ 卒業《わかれ》

書き下ろしSS ちゃんとした恋人

本編の一部を立読み

一章 恋する乙女の分岐点



 太陽は夏と比べて低くなった。
 グラウンドにはひゅうひゅうと初冬の冷たい風が吹き、男女入り混じった声援が飛び交っている。隙間だらけの運動ジャージは風を防ぐには物足りないが、火照った身体を冷やすのにはちょうどよかった。
「聡、いったぞー!」
 サッカーボールが弧を描いて飛んでくる。俺はそれに背を向け、ゴールに向かって駆けた。尻目にボールの位置を確認しながら、右足の内側面で軽くトラップする。ボールはほとんど跳ねることなく足元に収まった。
 ――この感じ、久々だな。
 球技大会、決勝戦。残り時間は僅か、同点という状況で託されたボールをドリブルで運んでいく。目の前には三人のディフェンダー、背後からも一人分の足音が迫ってくる。首を振って確認しても、視界内に味方はいない。全員がディフェンスに寄ってしまっていた。
「おらぁっ!」
 正面の、ガタイのいい三人の男子が俺目がけて突貫してくる。シュートコースも消されて隙間はなかった。
 俺はドリブルに緩急をつけて一人目を躱す。二人目はスライディングしてきたのでボールごと飛び越え、最後の一人は股の間にボールを通して横を通り抜ける。
 背後から迫る一人――サッカー部の元主将をシュートフェイントで躱し、がら空きになったゴールに狙いを定めてボールを軽く蹴った。
 ぽすっ。
 ボールはミニゲーム仕様のゴールネットを揺らす。直後に笛がなり、チームメイトが俺目がけて駆け寄ってきた。
「聡ナイス!!」
「お前、こんなにサッカー上手いとか聞いてないぞ!?」
「マジで、なんでサッカー部入らなかったんだよお前! もったいねー!」
 クラスの男子どもが土で汚れた手で俺の肩やら頭やらをわしゃわしゃと触ってくる。俺はそれを「やめろや、汚れんだろーが」と軽く振り払い、手の平を広げて両手を掲げた。
「お疲れさん」
「「「うぇーい!」」」
 俺達は順番にハイタッチを交わす。その足で応援しに来てくれていた雄也の元に向かった。こちらに片手を振る雄也に、からかうように笑いかける。
「賭けは俺の勝ちだな」
「はいはい、優勝おめでとう。一応聞くけど何がいい?」
「コーラでよろしく」
「だと思った」
 雄也は「この後自販機で買っとくよ」と苦笑する。その時、ふと視線が下がった。
「……膝はもう痛くないのか?」
「ん。手術もしてほぼ完治してるから、今日みたいな軽い運動なら大丈夫」
「そうか……」
 雄也の声のトーンが落ちる。俺に改めて向き直り、サラリーマンかよってくらい綺麗なお辞儀をした。
「あの時は本当にありがとう」
 昼食をとりに校舎に戻る生徒達が、不思議そうに雄也を一瞥して歩き去っていく。俺は雄也の隣に回り、尻をばしんっと叩いて軽いノリを意識して口を開く。
「なんだよ急に。何年も前のことを今更掘り返すなって!」
「でも、あの時の事故の怪我がなければお前は今頃……」
「逆だよ、逆。怪我のお陰でさっさとサッカー辞められたんだ。だからもう気にすんなよ」
「……困った時はなんでも言ってくれ。力になる」
「だーかーらー。そういうのイラネーッての。ほんと真面目なやつ」
 俺は反対側の雄也の肩に腕を回し、「ほら飯いくぞ」と無理やり歩かせる。
 昇降口の自販機に辿り着くまで、雄也は一言も話すことはなかった。

◆◆◆

 球技大会が終わったその日の放課後、夕暮れ時。彩名は聡と雛と共に文芸部の部室に集まっていた。
 部屋の半分は生徒用の椅子と机が重なったオブジェで埋め尽くされている。残り半分のスペースの中央には二つの長机が幅広に連なり、その脇には六つのパイプ椅子が並ぶ。臙脂色のカーテンがかけられた窓際には座る部分が少し破けたソファが、その脇には部員用のロッカーが置かれていた。
 彩名と聡は実質的に帰宅部ではあるものの、一応、文芸部の名簿に名前を載せている。一年生の頃、雛の頼みで廃部寸前だった文芸部に名前だけ貸したのだ。
 つまるところ幽霊部員。実際、聡と彩名は二ヶ月前――つまり三年の二学期に入るまで一度も部室を訪れていない。彩名と聡が受験勉強をする場所を探していたところ、雛からの提案で入り浸るようになった次第だ。
 空調から暖かな空気が送られる中、隠れるように長机の下に潜った彩名は……聡のしんなりとした肉棒を前に腕を組む。
「うーん」
「おい。いきなりチャック下ろしといて放置するなよ。寒いだろうが」
 聡が机の下を覗き込むようにして抗議する。
 彼は彩名の幼馴染であり友達だ。いつも気だるそうな顔をしているが、曰く生まれつきらしい。夏休みに色々とあって性行為をする間柄になったものの、お互いに恋愛感情らしい感情は持っていない――とはいえ、彼は彩名を大事な幼馴染と認識しているらしく、それは彩名も同様だ。『性的なことも含めて遠慮をどこかに置き忘れたような仲』というのが二人の関係を最も正しく表す言葉だろう
 彩名は「ちょっと失礼」とベルトに手をかける。聡はそれに合わせて腰を上げた。パンツまで下ろし、陰嚢の左と右のタマをそれぞれ指差す。
「右の金タマが真を言うクウカイ。左の金タマが天文台のサイチョウ」
「気でも狂ったか?」
「いや、記憶術っていうのを動画で見たから実践中。日常にある物に関連付けて覚えるんだって」
「そういうのはあるけど……普通、ペンとか指とかでやるんじゃないかな?」
 雛の正論が右斜め後ろから飛んでくる。軽く振り返ると、聡のように雛も机の下を覗き込んでいた――その拍子に眼鏡が落ちそうになり、彼女は「わっ」と慌ててそれを押さえる。
 雛は彩名の親友であり、ここにはいない幼馴染の雄也の彼女でもある。
 なお――雛も聡とセフレのような関係にある。
 雛と雄也は身体の相性が悪く、性行為のたびに彼への不満が溜まってしまっていたようだ。そんな理由で彼のことが嫌いになりたくないと思い悩んでいた彼女は、溜まった性欲を解消すべく聡に性行為を迫ったのだ。
 初恋同士の二人を身体の相性などというどうしようもない理由で別れさせるのは忍びなく、聡と彩名はそれが間違っているとわかっていながら、雛に協力することにした。
 なお彩名は、いざという時は雄也よりも親友の雛の味方でいようと心に決めている。日ごろから雄也に関係がバレないようにサポートもしていた。
「ほら、お坊さんの頭ってつるつるピカピカじゃん。金タマと相性いいかなって」
「俺の金タマに偉大な坊さんの頭生やさないでもらっていい?」
「後光さしてるよ」
「それ仏な」
 彩名はつんつんっと肉棒を突く。ぶらんぶらんっと力なく揺れるそれを、彩名はぱくっと咥えた。
 球技大会を終えた後だからか、そこはいつもより汗臭い。亀頭の汚れを落とすように舐め回せば、苦いような塩っぽいような味が彩名の口中に広がった。咥内で唾液に溶かされたソレを、彩名はこくんっと飲み込む。
 じゅるじゅると啜るようにしゃぶっていく。肉棒はすぐにムクムクと口の中で大きくなっていった。
 ぬるるっと唇を滑らすようにして口から亀頭を抜く。肉棒がびんっと跳ね、彩名の眼前に聳え立つ。
 ――猛々しい肉棒だった。
 先ほどまでの頼りない姿とは打って変わって、青筋を浮かべて雄々しく怒張している。彩名は聡に対して恋愛感情こそ抱いていないものの、この巨根を前にすると子宮が疼いて仕方がない。この男に抱かれろと女の本能に訴えかけられている気さえする。
 彩名は舌を突き出して陰嚢を突く。舌の上に右側の睾丸乗せるようにして舐め上げた。
 臭い。濃厚な雄臭さが鼻腔を突き抜けていく。彩名はそれを更に求めるように、陰嚢を口に含んだ。
 咥内でころころと睾丸を転がし、ぢうぅと音を立てて吸い付く。ふと、聡の手が伸びてくる――彩名の頭を髪に沿って撫でてきた。
「じゅぽっ……右の金タマが真を言うクウカイ。左の金タマが天文台のサイチョウ。あ、覚えた」
「マジでヤだなぁ……」
 げんなりとする聡。彩名は潜るようにして机の下から出る。ぱんぱんっと制服を叩いてほこりを落とした。
「ゴム持ってきてる?」
「財布の中に一個だけ。雛はどうする?」
「それなら、今日は彩名ちゃんを優先してあげて? ……今度、私もゴム持ってこようかな」
「すぐ無くなるからそうしてもらえると助かるわ。高いんだよなぁ、ゴム」
「どのくらい使うもんなん?」
「最近は減って週に一箱弱ペース。前は二箱弱。ちなみに一〇個入り八〇〇円な。小学生の頃からお金を貯めてた貯金箱も泣く泣く壊したんだぞ?」
「……ごめん。今度うちも持ってくるね」
 彩名はソファに腰かけて股を開くと、ショーツをずらして彼を煽るように女性器を見せつける。
「うちも汗臭いかも」
「大丈夫」
 聡は彩名の足元に膝をつき、舌を伸ばしながら股座に顔を埋めた。
「ぁっ、ふぅっ、はぁ……んっ♡」
 この三、四ヶ月間で幾度となく肌を重ねた男の舌に、陰核がころころと転がされては吸われていく。彩名は咄嗟に口元を手で覆って声を抑えた。親愛の込もったクンニリングスで心が満たされていく――膣からはすぐに甘美の蜜が溢れ出した。
「ね、もう挿れて……っ♡」
「ん」
 聡が顔を上げる。彩名は腰を浮かせてショーツを脱ぐ。両手で小陰唇を左右に広げていやらしく誘った。
 聡は手慣れた動作でゴムを着け、彩名に覆い被さる。
 ぴっちりと閉じていた膣が逞しい男根に拡げられる感覚に、彩名は陶酔したように頬を緩ませる。
 ――あっ、あっ、あっ、あっ♡
 夕陽が沈みきるまで、文芸部の部室には女の嬌声が響き渡っていた。

◆◆◆

「ふぅ」
 エリナはシャーペンをノートの上にコロンッと転がし、疲れをほぐすように身体を伸ばした。
 現在、エリナは彩名と聡と共に、明日から始まる期末テストに備えて文芸部の部室で勉強をしている。
 部屋の中はひどく静かだ。耳に入ってくるのは、シャーペンの先がノートの上を走る音と暖房の風の音だけ。エリナはなるべく音を立てないようにしながらスマホを開く。現在時刻は一六時三〇分。勉強を始めてまだ一時間しか経っていない。
 エリナはスマホを弄る――フリをして、チラリと隣を見やる。
 普段あまり見られない聡の真剣な横顔に、彼女はついほにゃっと頬を緩ませた。
 聡はノートに視線を落としてシャーペンを動かしていく。なんでも受験をするとかで、夏休みの後半から本格的に勉強を始めたらしい。エリナとしてはもっと彼と話したいところだが、勉強の邪魔をして鬱陶しく思われたくはないので我慢する。
「っ!」
 その時ふと、聡の眉が動いた。視線がちらりと彩名の方に向けられる。エリナもつられてそちらを見るが、彩名が聡を見てニマニマと笑っていた。
 カタカタと長机が揺れる。何かやっている――そう確信して、エリナは長机の下を覗く。聡と彩名の足がバタバタドシドシと合戦を繰り広げていた。まるで作法とでも言うかのように、お互いに上履きは脱いでいた。
「中学生がやることですよ、それ」
 エリナは「はぁ」と呆れて突っ込む。好きな男の子が他の女と乳繰り合っている――普通は嫉妬の一つや二つしそうなものだが、不思議とそんな気持ちは生まれない。彩名と聡の仲が良いのは昔からで、見慣れているからかもしれない。この間さりげなく付き合っているのかと聞いたところ、二人とも同時に否定していた。おそらくは気の合う異性の友達というのが正しいところなのだろう。
 とはいえ、構ってもらえないのは疎外感もあるわけで――エリナは横から割り込むように、聡のお腹をくすぐってやった。
「うひゃっ!? エリナ!? お前裏切る気かっ!」
「聡さんは男性なのでハンデくらいないと!」
「流石エリナ! どっちが悪かわかってるね」
「お前が始めた物語だろうが! ひぃ、くふっ! エリナお前、やめっ……!」
 もはや勉強をする空気ではない。静寂に包まれていた部室には急に活気が湧き上がった。
 エリナは聡の背後に回り、腋への攻撃にシフトする。悪戯をするふりをして、セクハラ紛いのボディタッチを繰り広げた。
 その時不意に、目の前の聡の髪からニオイが漂う。エリナはさりげなく鼻を近づけた。
(いい匂い……好き)
 我ながら変態だなと自覚しながらもやめられない。エリナがこれほどまでに聡のことを好きになったのは、彼女が小学五年生の時のある出来事がキッカケだった。
 当時のエリナは、クラス替え直後にちょっとしたトラブルに巻き込まれ、クラスメイトと上手く馴染めていなかった。
 ――なんだよこの髪、染めちゃいけないんだぞ! ほーりつで決まってるから!
 ――眼とかなんかの病気だろ。近づくとエリナ菌がうつるぞ!
 ――俺知ってるぜ! ガイジンは犯罪者が多いんだ!
 ――エリナちゃん、A君の告白断ったらしいよ。
 ――えー。Bちゃんが好きだったのに……Bちゃん可哀そう。
 ――きっと私達のこと下に見てるんだよ。
 そんな陰口まで言われるようになり、聡達が中学に上がってしまっていたこともあって学校に行くのが怖くなったエリナは、ある日、学校に行くフリをして雛の家に逃げ込んだ。もう亡くなってしまったが――当時は彼女の家には優しいおばあちゃんがいたことを知っていたから。
 漫画を読みながらお菓子やお茶を口にしているうちに、母親が迎えに来た。エリナと同じ金髪と青い目を見た瞬間、ぶわっと理不尽な怒りが湧いてきた。
 ――お母さんのせいだ! お母さんの子どもなんかじゃなければよかったのに!
 今でこそ母のことは好きだし、感謝もしているが――当時のエリナは感情をコントロールできず、心無いことを言ってしまったのだ。
 そして、夕暮れ時。エリナは家出した。
 かぁかぁとカラスが鳴く薄暗い道を、当てもなく歩いた。この後どうしようとか、先のことは何も考えていなかった。ただあの家に帰りたくなかった。
 公園のベンチに座って、黄昏の空をぼーっと眺めていた。
 初夏だったので寒くはなかった。強いて言うならお腹が空いていた。おばあちゃんから飴玉を貰っていたのを思い出して、ポケットに手を突っ込んだ。包装をかさかさと開き、ぽいっと口に放り込んだ。オレンジ味が口の中に一気に広がった。
 ――あー! やっと見つけたぁあ!
 飴が口の中から消えてすぐ、聞き覚えのある声が聞こえた。
 振り返る。制服姿の聡がこちらに向かってきていた。その頃から頼れるお兄ちゃんとして懐いていたけれど――泣いて腫れた顔を、情けない姿を見られるのが恥ずかしくて、エリナはベンチから飛び降りて逃げ出した。
 ――おい待て!
 制止の言葉を無視して走った。
 日は完全に落ちきって真っ暗だった。
 逃げた先は車通りの少ない道路だった。近所の子どもが道路の真ん中でキャッチボールをするような、そんな場所だ。
 故にエリナは警戒することなく道路に飛び出した。
 瞬間――眩い閃光が目の前に広がった。
 すぐに車の光だと気が付いたが遅かった。恐怖のあまり息が止まった。やってくる痛みから目を背けるようにぎゅっと瞼を閉じた。
 キキーッというブレーキ音の直前、横からの衝撃が体に走った。
 どさっという衝撃と共に、全身に鈍い痛みが走る。道路に倒れたのだと遅れて気が付いた。それも、誰かに押されて。
 身体を起こす。擦り傷や軽い打撲をしているようだが生きている。当時のエリナでも我慢できる程度の痛みだった。それでも死を間近に感じ取った彼女は、恐怖のあまり血の気が引いた。
 車が逃げるように走り去った。その音につられて顔を上げると――目の前に聡がうつぶせに倒れていた。
 ――聡お兄ちゃん……?
 死んでしまったのかと恐怖したが、エリナの声に反応したように彼は顔を上げた。
 ――大丈夫か?
 エリナが小さく頷くと、聡はほっとしたように笑みを浮かべた。彼は手をついて立ち上がろうとして――再びどさっと倒れ、我慢するように呻き、咽び泣いていた。
 どうしていいかわからず、エリナはわんわんと泣いた。すぐに近くの家の中から人が出てきた。救急車がやってきたのはそれから少し経ってのことだった。
 その日、エリナは病院で精密検査を受けた。大きな怪我は認められなかったが念のために一晩だけ入院した。
 翌日、エリナは警察から事情聴取を受けた。その際、聡も入院したと知った。エリナと違ってすぐには退院できないことも。
 聴取が終わり、家に帰る前にお見舞いすることになった。病室の前に行くと、中から声が聞こえた。
 ――俺、サッカーはもうできないんですか?
 聡の声だった。雄也と両親、それにエリナもそれを聞いて固まったのをよく覚えている。医者の「残念だけど」という言葉がやけに大きく聞こえた。
 家族が固まって動けない中、エリナは扉の隙間を覗き込んだ。
 聡は「あー、そうですか。はは」と空笑いを浮かべていた。
 エリナは、子どもながらに自分のせいで聡が取り返しのつかない怪我をしたことだけはわかった。病室の扉を開け、聡の元に駆け寄って「ごめんなさい」と何度も泣いて謝った。
 聡は少し驚いたようだが、エリナの頭を撫でて「突き飛ばしちゃってごめんな」と優しく声をかけてくれた。その時から、聡は頼れるお兄ちゃんから好きな男の子に変わった。
 でも、エリナは今の今まで彼に告白できずにいる。
 後から知った話だが、その時の聡はちょうどプロ育成機関――いわゆるユースにスカウトされていたらしい。彼の夢を潰したという罪悪感が、エリナの心に重くのしかかっていた。
「おいエリナ! ひぃぅ! いい加減やめっ……あひゃひゃ!」
 その言葉に、エリナはハッとして顔を上げた。ボーっとしながらくすぐり続けていたようだ。彩名も「エリナちゃん鬼畜だねぇ」と、エリナをからかった。
「あはは。ちょっと考え事してました」
 誤魔化すように笑う。ちょうどその時、エリナのスマホからぴゅーひゅるひゅると和笛特有の音色が鳴りだす。聡と彩名がパッとこちらを見た。
「兄妹だねぇ」
「兄妹だなぁ」
「なんですかもう。いいじゃないですか能楽! お兄ちゃんの演歌と一緒にしないでくださいっ!」
 文句を言いながらスマホ画面を見る。そういえば、今日はテニスラケットのガットの張替えをしなければいけないんだった。
「ちょっと用事あるので先に帰りますね」
「ん。気を付けてねー」
「またぼーっとしてんなよ」
 二人に見送られて部室を後にする。
 三階分の階段を下り、昇降口で上履きを脱いだところでエリナは「あっ」と声を上げた。
「やば、充電器忘れてた」
 ──階段、また上がるのかぁ……。
 文芸部の部室は、空き部屋ばかりが並ぶ東棟の三階の突き当たりにある。それも三階に続く階段は一つだけで、長い廊下を歩かなくてはならない。
 憂鬱感のあまり、エリナはがっくりと肩を落とす。上履きを履き直して、文芸部に足を向けた。

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