──義妹の有理沙に発情したら、代わりに身体を好きに使っていい。
俺と幼馴染・夜椰のこの歪な関係は、恋人になった今も続いていた。
学生最後の冬、なぜか有理沙のオナニー動画を撮影していた夜椰が、
画面を見せながら、今日も義妹のフリをしてご奉仕してくれる。
あまりに一途で献身的なその姿に、愛おしさがこみ上げ……
義妹への劣情を乗り越え、恋人との最高のクリスマスが!
背徳学園ノベル、告解の第四巻。特別書き下ろしつき。
プロローグ
1.不自然な義妹
2.その程度で縁が切れるほどやわな付き合いはしていない
3.世界で一番大切な女の子
4.俺たちはメンヘラ
5.一夜明けても熱はさめず
6.サプライズなプレゼント選び
7.イチゴと生クリームのデコレーションケーキ
8.大人たちからのサプライズと
9.俺は●●有理沙さんが好きだった
10.俺の堕としかたは、幼馴染だけが知っている
書き下ろし番外編 義妹は淫らにイキ狂いたい
本編の一部を立読み
プロローグ
別視点 夜椰
「わ、わたしにエッチの仕方、教えてほしいのっ!」
さすがのアタシも、まさかあーちゃんからそんなことを言われるなんて思ってなくてびっくりしてしまった。
「え……えっと~……?」
何かの聞き間違いだと思った。でもアタシの耳ははっきりとその言葉を聞いてしまっている。
ベッドに隣同士並んで座っているんだ。ジェットコースターで上から落ちる瞬間に叫ぶような勢いで言われたんだから、聞き間違うはずなんてない。
そんなことわかっているのに、言われたことが衝撃的すぎて……。
アタシが混乱していると、あーちゃんは制服のスカートをバサッと翻《ひるがえ》しながら立ち上がった。
「ごめんなさいっ」
小さな声で謝って逃げようとする。アタシはその腰に抱きついて、もう一度ベッドに引き寄せた。勢い余ってあーちゃんを押し倒したような体勢になってしまう。
「っ!?」
あーちゃんの目が大きく見開かれた。それも仕方ない。同性の友達とはいえ、いきなりこんなことされたらアタシだってドキッてしちゃうもん。
壁ドンじゃなくて、ベッドドンだ。
仰向けに倒したあーちゃんの上にアタシが四つん這いで覆《おお》いかぶさっている。
「ごめん。なんかあーちゃんが逃げようとしてるみたいだったから、つい……あははっ」
雰囲気をなごませようと笑ってみるけれど、乾いた声しか出てこなかった。
あーちゃんがアタシから目を逸らす。
「私のこと変な子だって思ったでしょう? 気持ち悪いって思ったでしょう?」
「そんなことないけど。まあ、ちょっとびっくりしたけど……だってあーちゃんって学園でなんて呼ばれてるか知ってる? 清楚とか優等生とか大和撫子って呼ばれてんだよ?」
「それは誰かが勝手に私に張り付けたラベルでしょうっ」
「そうかもね。でも普段から友達として付き合ってるアタシから見ても、あーちゃんはそういうこと言わない子ってイメージだったから」
あーちゃんが面白くなさそうに顔を歪《ゆが》めた。
わかるよ。「お前はこういう人間なんだ」ってまわりに言われてるみたいでムカつくよね。
アタシも見た目が完全にギャルだから、誰にでも股《また》開いてるんだろとか、頼めばヤらせてくれるんだろとか、男子たちからめっちゃ言われるし。自分は本当はこういう人間だから、なんていくら言っても聞いてもらえなくて、いつしか否定するのも面倒くさくなって。だから――
「ちょっと嬉しかった」
「うれしい?」
「うん♪ あーちゃんが誰にも言えない悩みをアタシに相談してきてくれて」
そしてあーちゃんがどうしてそういう悩みを抱いたのか、その原因をたぶんアタシは知ってる。
「みっちーとヤッてみて、気持ちよくなかった感じ?」
「っ……」
ごめんね、あーちゃん。
アタシ、あーちゃんの初体験を覗いちゃってたから。
心の中で謝る。
少ししてあーちゃんがぽつぽつと話し始めた。
「初めてした時は、なんていうか、痛くて」
そうだよね。みっちーもたぶんあの時が初めてだったから、焦って独りよがりなセックスをしちゃうのもしょうがないだろうし。
アタシだって一翔《かずと》にはじめてをあげた時は内心ほとんど余裕なかったし。
「二回目もしたんだけど、初めての時よりは気持ちよかった気がするんだけど」
「気持ちよかったならそれが正解なんじゃない?」
そう言うとあーちゃんは逸らしていた顔を戻し、食い気味で見つめてきた。
「でも、すっごく気持ちいいって感じではなくてっ」
「すっごく気持ちいいって? たとえばどんな感じ?」
「自然と声が出ちゃうとか、叫んじゃうくらい突き抜けた感じ」
ああ、わかる。そういうの求めちゃうよね。男子が思ってるより、女の子にとって初めてのセックスと初めての彼氏って特別だから。
「あーちゃんさ、AVか何か見た? ああいう『我慢できない、イッちゃう!』みたいなのって、ぶっちゃけ全部演技らしいよ?」
だから焦らなくても、みっちーと体を重ねていけば良くなってくる。そう言葉を紡《つむ》ごうとした。でもあーちゃんの言葉にさえぎられた。
「じゃあ夜椰《やや》も演技で言ってたの?」
「え?」
聞き返すと、あーちゃんはふたたび顔を逸らした。
「ごめんなさい。盗み聞きするつもりはなかったの。勉強会が早めに解散になって、家に帰ってきたらっ……兄さんの部屋から夜椰の声が聞こえてきた時があって」
「えっ……」
ヤバい! チョー気まずいんだけど!?
いつのやつ聞かれてたんだろ?
そういえば声を出せるようになったあとくらいから、あーちゃんに避けられてるみたいなことを一翔が言ってたっけ?
てことはもしかして……あの日!? 一翔の声が戻った日!? アタシと一翔が付き合うことになったあの日なの!?
今さらになってめちゃめちゃ恥ずかしくなってきた。
ヤバいどうしよう、死んじゃいそうなくらい胸がドキドキしてる。
「あの時の夜椰は演技の声じゃなかった。気持ちよくて仕方なくて、心の底から叫んでる感じだった」
「やめて!? それ以上言われたら恥ずかしくてマジで死ぬからっ!」
思わずあーちゃんの上からどいて、ベッドの上で頭を抱えながらゴロゴロする。
なんてところ見られてんのアタシ!? いや、見られたわけじゃないか、聞かれただけか……いやいや、聞かれた『だけ』って。十分すぎるほど恥ずかしいんだけど!?
「どうしたら夜椰みたいに気持ちよくなれるの?」
ぽつりとつぶやくように放たれたその言葉は、不思議とアタシの耳についた。
ハッとなって顔を上げる。
あーちゃんは体を起こしており、ベッドの上に女の子座りしてアタシのことを見つめていた。
「私も夜椰みたいに気持ちよくなりたい。あの日から夜椰の声が頭の中に染みついて離れないの。衝撃だった。私はあんなに痛い思いをしたのに、夜椰は違うんだって」
もはやあーちゃんがアタシを見てくる目は、睨《にら》んでいるような鋭いものだった。
「あ、あーちゃん?」
「兄さんに何をされてたの?」
「何をされてたって聞かれてもっ」
「兄さんはどんな風に夜椰を抱くの?」
「ちょ、ちょっと落ち着こっか? いったん冷静になった方が」
「私は冷静よっ!」
今まで聞いたあーちゃんの声でこんなに必死なものはなかった。
アタシにつかみかかろうとする勢いで迫ってくる。
「ねえ教えてよ! あれは演技じゃないんでしょ? どういう風にされたらあんなに狂ったように叫べるの? 私と充《みちる》くんと、夜椰と兄さんじゃ何が違うの?」
あーちゃんが悔しげにくちびるを引き結んだ。そして、言ってはいけないことを口にする。
アタシの目を真っ直ぐに見つめながら、
「私も兄さんにされたら夜椰みたいにっ――」
はあ?
いま、なんて言ったの? この女?
自分も一翔とセックスしたら、的なこと言った?
心が震える。その震えは押し殺すことが難しくて、体にまで広がっていった。
何年もかけて、遠回りもして、ようやく一翔と恋人になれたのに。
ここにきてあーちゃんの意識が一翔に向いてる。
もしあーちゃんが一翔に色目を使ったら?
アタシ、勝てるかな?
あーちゃんほど頭良くない。面倒見だって良くない。料理だってあーちゃんの方がたぶん上手だ。それにあーちゃんは一翔と同じ家に住んでる。
そもそも、一翔はあーちゃんのことをずっと好きだった。
一翔があーちゃんに奪われる?
「……ッ」
イヤだ。ダメ。それだけはぜったいに許さないッ!
一翔を失う未来《もうそう》を見て震えあがっていた。その恐怖が怒りに変わる。
爆発しそうな感情を、理性が必死に抑えようとしている。
ここで怒っちゃダメ。一翔が望んでるのは家族として幸せな未来を迎えること。ここでアタシがあーちゃんを突き放しちゃったら、兄妹の仲にまで影響を及ぼしかねない。
だから抑えないといけない。そのはずなのに。
「それさ、アタシから一翔を奪うって言ってんの?」
こらえきれずに言ってしまった。
不思議だ。一翔と体の関係だった頃は二番でも良いって思ってたのに。
今は一翔の一番じゃないと気が済まない自分がいる。
敵意の乗ったアタシの言葉を受けて、あーちゃんは慌てて首を振った。
「ごめんなさいっ、違うの」
「違うって、なにが?」
「私と兄さんは兄妹だから。そういうことシたいって思ってないし、思ってもいけないってことはわかってる。でも不安でっ」
「不安?」
「私、充くんとうまくやっていけるか自信がなくてっ」
聞けば、あーちゃんは心のうちにたまった不安を全部吐き出した。
初めて出来た彼氏。一緒にいるとすごく頼れる存在で、安心できる。本当は甘えん坊な自分を受け入れてくれる唯一の存在。
それなのにセックスになるとそうじゃない。あまり気持ちよくない。相手のことをこんなに想っているのに、男女の仲で最も深くて大切なセックスでこんなにも悩み苦しんでいる。
果たしてみっちーは、本当に自分にとって唯一無二のパートナーなのだろうか?
「怖いのっ。根本の部分で合わない私たちは、いつか大きなすれ違いを起こすんじゃないかって。何もかも壊れてしまうんじゃないかって」
体の相性の不一致って、カップルが別れる理由でバカにできないくらいデカいって聞いたことある。
かくいうアタシも、一翔とのセックスで気持ちよさをあまり感じなかったら、今のあーちゃんみたいにパニックになってたかもしれない。
とはいっても、いつあーちゃんの性的興味が一翔に向くかわからない。
一翔とアタシが壊れちゃってるみたいに、あーちゃんも十分に壊れる可能性だってある。
普段真面目な人ほど、崩れる時は一瞬だって言うし。
とにかくあーちゃんの性的興味を一翔から逸らさないとっ。
「なんか勘違いしてるみたいだけどさ。ぶっちゃけアタシも最初、一翔に抱かれた時はそんな気持ちよくなかったよ」
「……またそんな嘘言うの? あの時の夜椰の声が演技じゃないことくらい、私にだってわかる!」
「あの時はそうだね。もうマジで意識飛んじゃうかと思うくらい気持ちよかった」
「……それ、どういう意味?」
ごめんね一翔。アタシと一翔の関係、ちょっとだけしゃべっちゃうね。
一翔とアタシの幸せな未来のために。
「アタシたち、付き合う前からそういう関係だったから」
「つきあう、まえから?」
「そ♪ いわゆるセフレってやつ」
「うそっ……夜椰と兄さんが?」
「嘘じゃない。ホントだから。なんなら一翔に聞いてもいいよ? アタシと最初にセックスしたのはいつ? って」
そんなこと聞いても一翔が素直に答えるとは思わないけど。でもそう言うことで、少しでもあーちゃんの中でアタシの言葉に対する信用度が上がるのなら。
「夏休みの後半に入った頃かな? 流れでセックスすることになったの。あーちゃんたち家族と一緒に住むようになってから、オナニーも満足にできなくなったとかで」
嘘を織り交ぜながら言葉を紡ぐ。
「それで、夜椰が代わりに?」
「うん♪ アタシはずっと昔から一翔のこと好きだったからさ。一翔とヤれてアタシも性欲発散できて一石二鳥じゃん♪ みたいな気持ちでオッケーしちゃったんだよね。でもその時はアタシも初めてだったからマジきつくて。一翔ってば、猿みたいに腰振ってさ」
「そう、だったんだ」
「独りよがりのセックスってやつ。でもさ、それから体を重ねていくうちに、アタシの気持ちいいところを一翔に教えていって、一翔もそれで学んでいった」
本当は最初のセックスからアタシは満たされてたけど。あの時からアタシは壊れてたし。一翔がくれるものなら痛みでも嬉しかったし。
そう考えると一翔とアタシって別の意味で相性が良かったのかも。
頭によぎった考えに封をして閉じ込める。改めてあーちゃんの目を見つめ返す。
「あーちゃんもさ、みっちーに甘えたくて身を任せたい気持ちはわかるけど、自分のことはちゃんと伝えないとみっちーもわかんないよ?」
「自分のことを、伝える?」
「そ♪ 今のみっちーの状況ってさ、教科書も参考書も何もない状態であーちゃんのことを勉強してるみたいなもんだから。そんなので成績一番になれると思う?」
アタシ、いまめっちゃうまいたとえしてない?
自分に酔いながら続ける。
「お互いに処女で童貞だったんだから。教え合っていかないといつまで経っても気持ちいいセックスできないよ?」
「や、夜椰たちはそうしたの?」
「もちろん♪ 一翔にいろいろ聞いたし、アタシも一翔にいっぱい教えた。お互いの気持ちいいところとか、してほしいこととか。だからあーちゃんもみっちーを教育するくらいのつもりで教えてあげないとダメ!」
言い方は変だけど、この考えに嘘はない。実際にアタシはそう思ってる。
体の相性を良くするためには、お互いを知らないといけない。最初から体の相性が良い人なんてきっといないんだ。そりゃあ女の子慣れしててめっちゃ気持ちよく攻めてくるヤリチンとかはいるかもしれないけど、そういう男について行ってもろくなことないだろうし。
「好きな人を自分好みに染められるって思ったら、彼氏を育てるのも楽しいって思えるんじゃない?」
「……でも、いきなりそんなこと言って、充くんに引かれたりしたら」
「そん時はアタシがみっちー殴ってあげるから。あーちゃんは必死にすり寄ろうとしてくれてるのに、お前はなにしてんだって。セックス下手なくせに調子乗んなって言ってあげる♪」
「……でも私、自分でも自分のことがわからなくてっ」
「もしかしてあんまりオナニーとかしてこなかった感じ?」
あーちゃんは恥ずかしそうに小さくうなずいた。
「そういうの、したことはあるけど……イク感覚も、なんとなくわかるけど。何をされたら気持ちいいのかとか、もっと気持ちいいところがあるんじゃないかとか、もしかして私って不感症なのかなとか、いろいろ考えちゃって」
「う~ん、単純に体が慣れてないだけだと思うけど」
体の開発がまだなんだ、きっと。
普通は自分でシてるうちにいろいろ開発されて快感に慣れていくと思うんだけど、あーちゃんの場合はまだ未開発だからそこから始めないといけないわけか。
そこまで考えた時、ふと良いことを思いついた。
「ねえあーちゃん。アタシと一緒に探してみない?」
「探すって、なにを?」
「あーちゃんの気持ちいいところ♪」
「えっ!? それって……あっ!? ちょ、ちょっと夜椰!? 私にそういう趣味はっ」
抵抗するのを押し切って、アタシはふたたびあーちゃんをベッドに押し倒した。
1.不自然な義妹
十二月一日の月曜日。
布団の中で目を覚まし起き上がる。身を刺すような寒さに体が固くなった。スマホで天気アプリを開くと今の気温は8℃とのことだった。
ベッドから降りて窓辺へ。カーテンを開けると外はまだ薄暗かった。朝六時半。外の寒さにさすがの太陽もまだ準備しきれてないのだろう……なんて詩的なことを考えてしまう。
そろそろ睡眠中も暖房をつけて寝るべきだな。
布団をかぶっていればそれなりに温かいから、寝る時はあまり暖房を使わずに我慢するタイプだ。でもさすがに頭まで布団をかぶることはない。布団から出ている頭や顔が寒くて起きるなんてことも増えてきた。今日だってあと三十分は寝れたのに目が覚めてしまった。損をした気分だった。
そういえば暖房をつけないで寝ることは脳に負担がかかるみたいなことを聞いた気がする。脳をしっかり休めるためには適切な温度があるらしい。だからその温度を保つために夏は冷房、冬は暖房をつけて脳のコンディションを整えるのが良いのだとか。
どこで覚えた知識なのかは、覚えていなかった。もしかしたらガセかもなあ。あくびをしながら部屋を出る。
階下から光が漏れていた。
階段を下りてリビングへ。
「おはよう、兄さん」
有理沙《ありさ》さんがもうキッチンに立っていた。リビングのエアコンがついているのにまだ少し肌寒い。有理沙さんも起きたばかりだということか。
「おはよう、有理沙さん」
挨拶を返しつつ、キッチンへ。
起きたばかりのはずなのに、有理沙さんはすでに学園の制服姿だった。学園指定の白いカーディガンに青いチェックのスカート。カーディガンの首元からシャツの襟《えり》が覗いていて、しっかり赤いネクタイまで締めている。
完全武装だな。
そういうのが有理沙さんらしいけれど。
頭の後ろで結ったポニーテールを動かしながら、てきぱきと朝食の準備をしていく有理沙さん。その姿は義理の兄である俺の目から見ても、家庭的で良い女の子だった。
「いつも思うけど、制服で料理して跳ねたり汚れたりしないの?」
「中学の頃はよくあったなあ。でももうそういうミスはしなくなったかな。料理するっていっても昨日のうちに仕込みは終わってるから、難しいことはあまりしないし」
「なるほど」
「そんなことより兄さん今日は早いね? 今日なにかあったっけ?」
「いや。単純に寒くて目が覚めただけ」
「寒い? 暖房つけてないの?」
「まあ、布団かぶれば温かいし」
有理沙さんが菜箸で卵を撹拌《かくはん》する手を止めて振り向いた。
「信じられない。絶対に暖房使った方がいいよ! 体に悪いわよ? 下手をすれば死んじゃうことだってあるんだから」
そんな大げさな、と思いながら苦笑する。
そんな俺に有理沙さんは暖房をつけることのありがたみをクドクドと説明してきた。
話を聞きながらふと思った。
この感じ、久しぶりだな。
何がそう感じさせるのだろう。この時はまだ頭も動いてなかったから気づかなかった。けれどそれから顔を洗いに行って自分の部屋に戻り、制服に着替えてふたたびキッチンに戻ってきた時に気が付いた。
「何か手伝おうか? 盛り付けでもなんでもするよ」
「じゃあお願いしていい?」
「もちろん」
「ありがとう兄さん♪」
「っ――」
有理沙さんが俺の顔を、目を見て話すようになっている。
つい最近まで俺を避けていたのに、今や正面から向き合っている。
なんだ? 何かあったのか? 気持ちが吹っ切れた? もう思い悩まなくなったとか?
わからない。
でも、わからなかったけれど、有理沙さんがこうして普通の義妹に戻ってくれたのならそれでいい。
ホッとしている自分がいた。同時に、そうして微笑んでくれる有理沙さんを見て、心の中で何かが疼いているのを感じた。
その日の放課後、夜椰と一緒に真っ直ぐ家に帰ってきて、いつも通り俺の部屋でふたりだけの勉強会をする。
今日は共通テスト対策をしている夜椰の苦手科目を教える日だ。理系科目が苦手な夜椰に問題の解き方のパターンをいくつか教える。
共通テストに出てくる問題なんて、だいたいのパターンがある。特に数学にその傾向は強く、解き方を覚えているだけで半分くらいは解ける場合が多い。
本当は公式や定義の意味をしっかり覚えていた方が応用もきくから点数を上げやすいんだけど、夜椰が目指しているのは満点を取ることではなく、それなりに解けるようになることだ。
将来理系の道に進むなんてこともないだろうし、こうしてパターン化して覚えさせた方が早い。
「めっちゃわかりやすい! これならアタシでも赤点取らなさそう!」
共通テストに赤点もクソもないんだけど、言いたいことは伝わる。ギャルな夜椰風の表現が少しおかしくて笑みを浮かべていると。
「ありがと、一翔♪」
そう言う夜椰と、今朝の有理沙さんの姿が重なった。
「あれ? 一翔? どうかした? 急に黙っちゃって」
四脚テーブルの対面に座っている夜椰に顔を覗き込まれて、ハッと我に返った。
「いや、なんでもない」
「なんでもないことないでしょ。隠し事禁止!」
シャーペンの先をズビシ!と向けられた。思わず苦笑してしまう。
さすが俺の幼馴染は何でも感じ取ってしまう。かなわないな。
「今朝から有理沙さんの様子がおかしいんだ」
「え? また?」
「あ~、いや。様子がおかしいというか、様子が元に戻ったって感じなんだけど」
夜椰にかいつまんで説明する。
今朝のことどころか、有理沙さんは学園でもすっかり元通りになっていた。なんなら休み時間に充と話すついでとばかりに俺にも会話を振ってきて、先週までの気まずさが嘘のようになくなっていた。
あまりにも元通りすぎてちょっと怖くなったくらいだ。まるでスイッチのオンオフみたいに。
「元通りになったんだったらそれで良いんじゃん?」
「まあ、それはそうなんだけど」
「ていうかもうこんな時間じゃん!」
そう言われてスマホで時間を確認した。午後六時をとっくに回っている。そろそろ有理沙さんが帰ってくる時間だけれど。
「お前いま、話題を逸らそうとしたか?」
俺の問いに夜椰がビクッと反応した。ほんの少し前まで完璧でギャルな笑顔を張り付けていた表情が凍《こお》る。
俺はため息をついた。
「何か知ってるのか? 有理沙さんが元通りになった理由とか」
「え~っと……それは、なんていうか」
「隠し事禁止って言ったの、お前だぞ?」
「うっ……」
夜椰は恨めしそうな視線で俺を見つめてきた。
「幼馴染の弊害だよこれ。頭の中まで覗かれてる気がする」
「それ、お前が言うか?」
これまで俺の心を何度も読んできたくせに。
「あの、さ。まだ秘密ってことにしてちゃダメ?」
おずおずと、様子をうかがうように夜椰がたずねてきた。
「俺に言えないようなことなのか?」
「言えるんだけど、まだ言えないっていうか……ぶっちゃけるとあーちゃんが元通りになったのって、アタシが相談に乗ったからなんだけど」
「その相談の内容までは言えない、と?」
夜椰がゆっくりとうなずいた。
どうして相談の内容を言えないのか? それだけはさすがの俺も読めなかった。
「確認するが、有理沙さんに危害を加えるようなことをしているわけじゃないんだよな?」
「うん! それはゼッタイ! 大丈夫!」
「それなら俺はお前を信じるよ」
だって夜椰は俺の一番の理解者にしてパートナーなのだから。
笑顔でうなずいた俺を見て、夜椰はホッとしたように表情を緩めた。
その夜、俺は日付をまたぐ時間まで受験勉強をしていた。
さすがに十二月になると、受験までもうすぐという意識になってくる。実際には昨日までとそれほど変わらないはずなのに。十二という月の数字が見せるマジックだろう。
夜椰に共通テストを教えていて、自分もそろそろ復習をしておいた方が良いと思ったこともある。
苦手な暗記科目を中心にいろいろと勉強をし直していた。
満足するまで勉強をして息をついた頃には、もう零時半だった。
さすがにもう寝よう。その前に顔を洗わなきゃ。
ふらりと立ち上がって部屋を出る。さすがに父さんも義母《かあ》さんも眠りについているようで、階下から明かりは漏れていない。
スマホのライトをつけて、その明かりを頼りに一階へ。
「ん?」
廊下の電気がついていた。
消し忘れか?
不思議に思いながら廊下の先にある脱衣所へ向かう。なぜか脱衣所も明かりがついていた。
誰かが使っているのか?
思わぬ事故を防ぐためにドアをノックする。
「っ!? ふあ、ふあいっ!?」
中からうわずった声が聞こえた。
「有理沙さん?」
「に、兄さんっ!? なんでこんな遅くに?」
「今まで部屋で勉強してたんだ。そろそろ寝ようと思って顔を洗いに来たんだけど。お風呂使ってた?」
「ううん! 私も兄さんと同じ感じ! いま出るから大丈夫!」
ガチャッ、と。
開いたドアから滑るような動きで有理沙さんが出てくる。俺がやってきたことに相当驚いたのだろう。ほんのり頬を紅潮させていた。
「じゃあ私はもう寝るから。兄さんもあんまり夜更かししたらダメだよ?」
ぎこちない笑みを浮かべたまま、足早に去っていく。
一体何だったんだろう? 髪も濡れてる様子はなかったし……女の子だからスキンケアとかしてたのかもしれない。
そういえば有理沙さんの部屋着姿、久しぶりに見た気がした。寒くなってきたからか、女の子らしいモコモコの部屋着を身に着けていた。相変わらずパステルカラーが好きなようで、桃をさらに薄くしたような淡い色使いが可愛らしいデザインだった。
パステルカラーか。
普段はクールで大人っぽい有理沙さんが、そういうガーリーなものを好むことを知ったきっかけは、一緒に暮らすようになった初日。荷解きを手伝おうとしてた時だ。
間違って有理沙さんの下着類の詰まった箱を開けてしまった。
あの時の焦る気持ちは今も覚えている。同時に興奮もした。それから俺は最低な義理の兄としての道を歩み始めてしまった。
――ドクンッ。
不意に心臓が高鳴った。
背後をふり返る。有理沙さんはすでに二階に上がっていて、下りてくる気配はない。
俺はゆっくりと脱衣所の中へ足を踏み入れた。そして洗濯機の横に置かれている洗濯カゴに目線を向ける。
そこにはなぜか雑に漁られたような形跡があった。洗濯物を上から入れてるだけではこんな風にはならない。何か奥からひっくり返されたような……?
いや、違う。
漁ったんじゃない。何かを隠した跡だ。
俺がここへやってきた時の有理沙さんの慌てようを思い出す。
有理沙さんは俺がやってきたことに驚いて、慌てて何かをそこに隠した?
何を隠したんだろう?
好奇心から洗濯物をひっくり返していく。
「こ、これはっ!?」
奥から引っ張り上げたそれは、まだほんのり温もりが残っている有理沙さんのパンツだった。
薄桃色でフリルの装飾が施されている、とても女の子らしくて可愛いパンツ。
有理沙さんが持っているパンツの中で、個人的に大好きだったもの。おそらくこれは勝負下着だろう。そう思えるくらいに他のものとは比べ物にならないくらいに可愛い。
なぜ有理沙さんはこのパンツを隠そうとした?
その答えはすぐにわかった。
パンツの上部を指先でつまみながら広げる。表から見てもわかるほどにクロッチ部分が濡れていた。
――ドクンッ! ドクンッ! ドクンッ!
うるさいほどに心臓が鼓動を繰り返す。この場に他に誰かがいたら、俺の鼓動の音を聞かれてしまうんじゃないかと思うほどだ。
俺は有理沙さんのパンツをひらりとめくって中を確認した。
白いクロッチ部分。そこにはべっとりと、粘性のある液体が付着していた。
鼻先を近づけて匂いをかぐ。強烈なメスのニオイが鼻から脳天へと突き抜けた。