06/26 電子版発売

羅刹鬼8 フォート炎上

著者: 赤だし滑子

電子版配信日:2026/06/26

電子版定価:990円(税込)

軍事都市でついに暴れ出した復讐鬼・ジェヴォーダン。
標的は、卑劣な事務総長・ヤスミンと、その部下にして、
ジェヴォーダンの育ての親でもある元特殊部隊長・ガルニエ。
いかにして復讐鬼が生み出されたのか。明かされる出生の秘密。
剣戟と銃撃入り乱れる死闘──因縁の師弟、相打つ時が!
復讐鬼、人類、エイリアンの3陣営が交錯した大激戦の果てに……
SFダークファンタジー第8巻、第二部完結! 世界を揺るがす動乱へ!

目次

第五十九章 風雲急を告げる百面相

第六十章 届いた核心

第六十一章 怒れる獣

第六十二章 風来たる

第六十三章 滅亡の危機

第六十四章 三ツ目の巨人

第六十五章 スローターハウスへようこそ

第六十六章 無口の理由

第六十七章 連行

第六十八章 革命成功

第六十九章 つないだ手

第七十章 老人の告白

第七十一章 その獣、その女

第七十二章 決着

第七十三章 ソプラノのお告げ

第七十四章 凱旋

第七十五章 アフターマス

第七十六章 |千万《ちよろず》の花びらをまとう|巨《おお》いなる花嫁

第七十七章 ゴルディアスの結び目

第七十八章 直接対談

第七十九章 |霹靂《へきれき》の|合一《ごういつ》

第八十章 魔女の一撃

特別書き下ろし一 けだものデカメロン

特別書き下ろし二 薄い本

本編の一部を立読み

第五十九章 風雲急を告げる百面相

 ◇◆◇(ジェヴォーダン視点)

 壇上から、アサルトライフルの連射が来た。
 鉛玉の雨あられが、僕の全身に貼りついた皮を引っぺがしていく。銃弾は平気なんだけど、やっぱり痛いことは痛い。いったー……。
〈|皮かむり《スキン・ディスガイズ》〉の秘密を教えてあげよう。
 実はこの力、何枚でもいける。
 十枚の皮を貼りつけると、なんと十人十色。見る人によって違う顔に見えるみたい。その人にとって一番、身近な人に焦点が合うみたいなんだけど、本当にヘンテコな能力だ。変装目的で使う場合は、そんなことをすれば当然、すぐに騒ぎになってしまうわけだから、普段は皮一枚で運用する。でも今日は大盤振る舞い。これまでに襲った連中の顔をペタペタと余すことなく、くっつけてきた。一枚くらい残しておかなくてもいいのかって? いいのです。なぜならば、僕はこれでフォートにおける活動を終える予定だから。
 最後の出撃。これにてジェヴォーダン精肉店ハチハチ出張所は|惜《お》しまれながら閉店。大感謝祭。ゆえのセール。顔の皮、大放出。在庫一掃処分なんだ。
 そういったことで、今の僕は顔の皮まみれ。まさに全身で怪盗百面相を体現している状態なのである。ちなみに、鏡で見た自分の姿は悪趣味きわまるものがあった。邪神と呼ばれても致し方なし。
〈|皮かむり《スキン・ディスガイズ》〉の仕組みを知らなければ、初見で何が起こっているのか理解するのは困難だ。期待通り、これはなかなかのインパクトがあったようで、風雲急を告げる会場は混乱の渦に呑み込まれている。撹乱は大成功。やったぜ。
 ほとんどの人がその場から動けない中にあって、だがしかし、あのステージに立つ男女の兵士の反応だけは早かった。特に、現在進行形で僕を撃ち続けているあの髭面男。たぶん二つ名持ちだ。油断できない。
 視界の端で、ナツキとヤクモが、白髪の女の子に引っ張られて逃げていくのを見届けた。たぶん、あれが噂のヴァーニだ。小さい。あの年齢でフォックス隊員とは驚かされる。
 連射がやんだ。髭面男のリロードだ。
 僕は待ってましたとばかりに、ゆっくりと踏み出した。
 会場がズシンと揺れる。
 そんなもの効いていないぞと、これ見よがしのアピール。
「――……に、逃げろぉおおおおおおおおおッ!!」
 それで、ついに会場が恐慌におちいった。
 逃げようとする一般市民。ケーブル類に足をつっかけ、転び、踏みつけられる記者団。ドアに殺到して将棋倒しになる人々。前に出ようとする一部の勇敢な兵士。動きがごちゃ混ぜで、結局、みんなで身動きが取れなくなる。
 もうちょっとだけ彼らを混乱させたい。そこで、みずからの手で身体に残った皮をすべて剥ぎ取ってみせることにした。日焼けした皮を剥くイメージで。指でつまんでペリペリと。
「ひぃ……」
「ぶ、ブッチャーだあぁあああああああ!!」
 ここはハチハチの中央本部ビルだ。本来ならば、エイリアンの一匹さえも侵入を許さない鉄壁の内側といえる。そんな、もっとも安全であるはずの場所に、もっとも危険なモンスター。|屠殺鬼《ブッチャー》のショッキングな登場シーンに、人々は大混乱。会場に悲鳴が渦巻いた。
 僕の周りにはサークル状の無人地帯が出来上がっていたけれど、もともと人口密度が高かった中を、僕が無遠慮に距離を詰めていくものだから、先ほどの髭面男も誤射を恐れて引き金を引けなくなっていた。ましてや、こんな密閉された室内でグレネードなんて使えやしない。
『さぁさぁ、ご飯だよ。たんとお食べ、ユーファン』
『覚えてろよ、キサマ!!』
 さっき放り投げたユーファン(ずたぼろ)のケツを叩いた。エイリアンとして、たくさんニンゲンを殺してください。
 すると彼女は、しゃくとり虫に似た動きで内臓を引きずってステージの上を這うという、ホラー映画顔負けの熱演を見せてくれた。くわっと大口を開けたギザ歯の狙いは、声のうるさい女兵士の足首だ。
「アガサ、下だッ!!」
「うぉ、あぶっ…………ッ!!」
 ガチンッ!
 危機一髪。アガサと呼ばれた女兵士はユーファン(ずたぼろ)の噛みつきをジャンプで回避。彼女は続けて、流れるような動作でユーファン(ずたぼろ)を蹴り飛ばして反撃した。思わず反射的に、といった動きだった。
『ぐワッ!?』
 ぽーんと、会場を舞ったユーファン(ずたぼろ)は――。
 そのまま人の海に。
「おま、馬鹿……ッ!!」
「しまっ……ッ!?」
 髭面男とアガサの顔が仲良く青ざめてから間もなく、ユーファン(ずたぼろ)が落下した地点から悲鳴と血しぶきが上がり始めた。人混みの足元で、人食いトラバサミが暴れ回っているという地獄絵図だ。
 ――あぁ、これはいけない。
 彼女、生肉を食い続けることで肉体を修復できるらしいんだ。ノクターンズは回復スキルを受けつけないかわりに、そうやって傷を癒やすんだって。だから、放っておくとユーファン(ずたぼろ)は、ユーファン(すっ裸)にアップグレードされてしまうだろう。これは事故だ。あんなに食べさせるつもりはなかったのに。四肢が元に戻ってしまったら、もう死姦で遊べない。がっかりだ。
 ユーファンのギザ歯に咬まれたであろう人たちから、悲痛な叫び声が上がる。それが会場のパニックを加速させた。彼女、いい仕事をしてくれている。さすがはプロのゾンビ。
 偉そうな人たちは、すでに会場から退避していた。しかし大半の人たちは、いまだに会場に取り残されている。ティリエルの謎パワーで、会場の出入り口や、ドアやエレベーターなどをツタで塞いでおいてもらったおかげだ。現在の中央本部ビルはツタでがんじがらめ状態。ビル内の移動は制限され、脱出経路はかぎられている。ティリエルはへろへろになってたけど、時間がなかったことから、お注射は断念してきた。惜しいことをした。
「うぉおおおおおおおおッ!!」
 一人の兵士が、果敢にも人混みから飛び出してショットガンの引き金を引いた。
 ガンッ! ガンッ! ガンッ! でもごめん、それ効かないんだ。
「うわ……やめ――ぎゃッ!?」
 逆に舌を伸ばして兵士の足を取り、近くに引きずって寄せると、彼の身体がよく見えるよう頭上に掲げた。
 人体を、力任せにねじ切ってみせる。
 ブチィィィっと、腰からちぎれた胴体。引きずり出される臓物。噴き出した血しぶきを浴びる僕。そんな一連の様子を見て、会場を埋め尽くす悲鳴がひび割れた。
 僕は男の下半身を振り回し、オーバースローでステージに向かって全力投球した。
「くっ……」
 髭面男はこれをうまく回避した。やるね。壁にぶつかった死体ははじけ飛び、ステージ上に内容物をまき散らした。
「だめだ、エリクセン! 退避だッ!!」
「ここを放置しては行けんッ!!」
 男らしいことを言う髭面男エリクセンだったけど、アガサに肩を引っ張られる。
「馬鹿野郎ッ! お前が死んだら、誰がデルタを率いるんだッ!! 相手はブッチャーだぞ、ライフルでどうにかなるもんかッ!! 態勢を立て直して、部隊と重火器を引っ張ってくるんだよッ!!」
「ぐぬぅぅぅ……ッ!!」
 エリクセンの眉間に|仁王《におう》のしわが浮いた。
 彼は青筋を立てて抵抗したけれども、アガサに羽交い締めにされ、複数の兵士に引きずられてステージの脇へと消えていった。あの髭面男がデルタの隊長だったらしい。納得。デルタは強いよ。援軍を連れてくる前に、かたをつけないと。
 さぁ、どうした。
 逃げろ、逃げろ、ニンゲンども。
 ブッチャーが来たぞ。
 お前らの罪だ。
 でも、ここにいる大半の人は無関係だろう。約束通り、僕を攻撃しないかぎり、殺しはしない。逃げることをおすすめするよ。
 逃げて、恐怖と混乱をフォート中に広めておくれ。
 僕らは、その隙を待っているんだから。
【〈|皮かむり《スキン・ディスガイズ》〉(続)】
 人間の顔の皮をかぶると、その人物に変装できるのだが、実は何枚でも同時にかぶれる。その場合、無数にある顔からもっとも自分に近しい人物の顔として認識されるため、使いどころが難しい。一枚で運用するのが基本だ。異質な力であると、ジェヴォーダン自身もときどき疑問を覚えてはいるが、便利なのでしょっちゅう人の皮をかぶっている。
第六十章 届いた核心



「あーびー……ちゃん!」
 ドアの向こうから呼ばれて、アビゲイルは立ち上がった。
 藁人形をお尻のポケットに突っ込んで、振り返る。
「イノライダー?」
「へへっ、やほー」
 のぞき窓から顔を出したのはイノライダーだ。直後にピピッと音がして、あっさりとドアが開いた。
「一人? 警備は? どうやってここまで?」
 アビゲイルがいる部屋は中央本部ビルの高層階にある。ペンローズの直轄フロアであり、一般市民はおろか、ハチハチの幹部クラスであっても容易にアクセスできない領域だった。
「いやはや。まさか、あのショタっ子にハッカーの才能があったとは――」
 イノライダーは三白眼をぐるりと回した。
「衝撃の手口だったっすよ。だって、なんのプログラムも動かさずに、何重ものセキュリティを瞬時に破ったんすから。あれは、どういう手品だったんすかねぇ。あの腕があれば、どこにいっても一生食いっぱぐれないっすよ。うらやましい」
「ナツキちゃんから聞いたのね」
「そそ。あぁ、他には誰にも言ってないから安心してほしいっすよ。自分だけ。ナツキは、アビーちゃんに固く口止めされてるって言ってたっすけど、きちんと言いつけを守ったのは賢いっすね。もし、あのスゴ技をみだりに使っていたら、今ごろはバレてたいへんなことになってたっす。ところで……」
 イノライダーは部屋に入るなり、心配そうな顔つきでアビゲイルの顔をのぞき込んだ。
「エッチな拷問とか、受けちゃったりして?」
「ばかね」
「それにしてもアビーちゃんみたいな美女を、こんな狭い部屋に一人っきりとはひどいっす」
「閉じ込められることには、もう何も感じないわ。慣れちゃったから」
「コメントし辛いっすね、それ」
「向こうでどんな生活していたか、聞きたい?」
 苦笑いのイノライダーに、アビゲイルは挑発的な笑みを浮かべた。
「聞きたいような、聞きたくないような……でもアビーちゃんがあんなこと、こんなこと、されちゃってる話を聞かされるのもまた、うぅ……NTR……ってか、そんな話、教えてくれるんすか?」
「あなたは口が堅いし。こんなところまで命がけで助けに来てくれる人なら、ね」
「えへへ……そりゃあもう、火の中、水の中……」
 てれてれと頭をかくイノライダーに流し目をくれつつ、アビゲイルは大きく背伸びをした。目を閉じて、深呼吸。決行のときだ。
「うー……んっ! さぁ、あとは直接、ペンローズ中将から聞き出すだけね。手伝ってくれる?」
「へ?」
 するとイノライダーは慌てて、とんでもない、といった具合に両手を振った。
「いやいや、まだやる気なんすか? もうタイムオーバーッ! 今すぐ逃げるんすよッ!」
「その今しかないのよ」
「正気っすか!? ここは警備が手薄になったんで、自分でもなんとか来られたっすけど、中将がいるエリアはまた話が別で――……ッ!」
 イノライダーが不意に口を閉じた。鋭い目つきになって部屋の入り口ドアを睨みつけ、廊下から近づいてくる音に耳を澄ませる。カツカツと、規則正しい足音だった。腰のリボルバーに指をかけている。
「担当の警備は気絶させてきたはずなんすけどね……」
 腑に落ちない様子で首をひねり、物陰に隠れてドアの様子をうかがう。
 アビゲイルも椅子に座って、髪をとかすなど素知らぬ顔を続けた。
 足音はドアの前で止まった。すーっと、音もなくドアがスライドする。様子を見ようとして、こっそり顔を出したイノライダーは直後に「はぁ?」と声を上げた。
「ガルニエ隊長?」
 ドアの向こうから姿を現したのは、ジル=ガルニエ。元フォックス隊長の姿だった。地下牢で見たときとは異なり、今日は黒ずくめの戦闘服に身を包んでいる。
「ガルニエ……どうして?」
 彼は獄死したと伝え聞いていた。それはイノライダーに関しても同じだったはず。思わぬ人物の登場に面食らった二人は、そろってぽかんと口を開けてしまう。
「細かい話はあとだ。今、本部ビルがエイリアンの襲撃を受けている」
「エイリアンの?」
「ブッチャーが一匹、このビルに侵入した」
「げぇ、ブッチャーだぁ!? 他には? 何匹っすか?」
 犬歯をむき出しにして立ち上がるイノライダーを、ガルニエが一瞥した。
「単独のようだ」
「ブッチャーが単独でハチハチのど真ん中に……?」
「イノライダー、移動する。お前はそのままアビゲイルにつけ」
「移動って、どこへ行くの?」
 アビゲイルの問いかけに、ガルニエは部屋から廊下をのぞき込んで答えた。
「これからペンローズ中将のところへ行くのだろう? 俺についてこい」
「……」
 急展開に思考が追いつかず、動けないでいる彼女の肩に、イノライダーが愉快そうに腕をかけた。
「ひょっとしたら、ウィスリーから連絡いったんじゃないんすかね? 元隊長に味方してもらえるなら百人力っすよ。この人、人狼って呼ばれてて、ほんと不死身なんすからッ! 最悪、中将と敵対しても負ける気がしねーっす!」
 彼女はすっかりガルニエを信用している様子だ。
「あっ、そうだ。アビーちゃん、これ――」
 ガルニエに続いて部屋から出る前に、リボルバーを手渡された。
「お|守《まも》り。何があるか分かんないっすから、|験担《げんかつ》ぎに持ってきたんすよ。弾は六発っす」
「これは……ありがとう、使わせてもらうわ」
 ずしりと冷たい重みを受け取り、アビゲイルはそれを腰に差した。ニゲルの|不信心《フェイスレス》だ。グリップに特徴的な逆十字が刻まれている。
 三人は部屋を出た。通路は|人気《ひとけ》がなく、不気味に静まり返っていた。
「攻撃を受けているわりには、落ち着いているのね」
 彼女たちが並んで歩く廊下には、警報ひとつ鳴っていない。
「まぁ、ちょっと信じられない事態ではあるんすけどね。確かに、ブッチャーはやべぇ相手っすけど、でもここはハチハチのど真ん中っすよ? ブッチャーが一匹程度じゃあ、ここまでは来られねーっしょ。ブッチャーを仕留めた経験なんて自分にだってあるし、アガサを中心に何十人の兵士で囲んでボコせば、そこまで大騒ぎするほどでも。必要な武器を準備するのに、ちと時間がかかるかも知れないっすけど」
「そうなのね……」
(大丈夫かしら……)
 小さな不安を胸に抱き、アビゲイルはガルニエの背中に視線を留めた。彼はイノライダーの話に相づちも打たず、ただ一定の速度で歩き続けている。
「秘密の多い人なんすよ」
 イノライダーはそう言ってから、同じように彼の背中を見た。
「私生活なんて、謎だらけ。いや、さすがに獄死なんて聞かされたときは驚いたんすけど、あとになって、よくよく考えてみると、あぁ、また変な任務でもやらされてるんかなぁって」
 しかし、何かがアビゲイルの胸に引っかかるのだ。
 ふと思いついたことを尋ねる。
「ガルニエ、その左腕はどうしたの?」
 今日のガルニエには両手があった。
 あの日、独房で見た彼は|隻腕《せきわん》だったのをよく覚えている。
「義手のようなものだ」
 そう言って、左手をグーパーしてみせるガルニエ。
 あまりにも|精巧《せいこう》。生体となんら変わらないなめらかさ。凝視するアビゲイルには、技術者として、その義手の異常性が理解できた。するとますます、漠然とした違和感が胸に広がってくるのだった。
 確かに、ハチハチは中央に比べても遜色ない技術力を誇っている。ノーベンバーのラボを見て、それは理解していたつもりだが、しかし……――。
 階段を使ってフロアを上がった。数名の警備に見送られて、三人はやがて重厚な造りのドアの前に立った。ガルニエがノックもせずにドアを開けて、中に入る。
 二人も彼に続いた。
 中では、ペンローズが大きな執務机に腰をかけていた。
 応接ソファーにはベネディクトとローガンが座っていて、クラウディアが彼らにお茶を出している。
「アビー? 無事か!」
 ローガンが立ち上がり、歩み寄った。
「えぇ。ブッチャーが現れたって聞いたけど」
「そうだ。エイリアンの狙いは不明だが、どうやら一連の要人暗殺にはそのブッチャーが絡んでいたようだ。君も危ない立場だから、中将に頼んでここに呼んでもらったんだ。ひょっとすると、エイリアンの重要情報を持ったまま帰還した君の存在を消しに来た可能性も――」
 自説を述べ始めるローガンをさえぎり、アビゲイルは部屋を横切った。
 流れるような動作で、フェイスレスを腰から抜いてペンローズに突きつける。
「お、おい! アビー、何をッ!?」
「アビーちゃん!?」
「なんのつもりかね?」
 ローガンとイノライダーが驚いて制止する一方で、ペンローズは気にしたそぶりも見せない。胸の前で手を組んだまま、鷹揚に背もたれを押してアビゲイルを見返す瞳には、強がりでない余裕が見て取れる。
「逮捕に監禁までされたのよ。こうなったら、もう遠慮しないわ」
「それは誤解です! 中将はアビゲイルさんを助けようとして……」
 慌てて駆け寄ってくるクラウディアに、アビゲイルはキツい一瞥をくれる。
「外野は黙ってなさいッ! 知っていること、すべて教えてもらうわ。ハチキューで何をしていたのか。このハチハチで立場の弱い人たちを実験材料にして、コソコソと何をしようとしているの。ハチハチ全体で組織的に隠蔽しているのは分かっているのよ。中将、あなたがすべてを主導していなければ、できっこない」
「ニゲルのことを調査していると聞いたが」
「もちろん、それもよ――」
 目の奥がカッと熱くなる。
「あなたたち、彼女に何をしたのッ!!」
 ガチリと、撃鉄を起こした。|榛《はしばみ》色の瞳が燃えるように輝いている。
「ふむ……その目、確かに……」
 ペンローズは低い声でうなった。
「ひと目で見抜けなかったとは、儂《わし》も|耄碌《もうろく》したか」
「教えてやっても、ええじゃろう」
 ベネディクトがソファーに座ったまま言った。
「彼女には聞く権利があるんじゃないのかね、ペンローズ」
「そうだな……」
 小さく溜息をついて、窓の外に目をやる。
「貴重な情報を中央に先んじて譲ってもらった恩もある、か……」
 アビゲイルはすでに必要な情報をペンローズに渡していた。彼女がそれでも軟禁され続けたことには、他にも何か理由があるのだろうとは感じていた。それでも彼女は銃を下ろさず続きをうながした。ここで歩み寄りを見せるわけにはいかない。もはや激情の力で押し切るしかないのだ。手のひらに収まったリボルバーの無骨な重みが心強かった。
 ペンローズはまぶたを閉じて、白い髭を撫でた。
「――……チェンジリング、という言葉を知っているかね」
「チェンジリング……童話の?」
「そうなのだが、あれは単なる作り話ではない。実際に、地球で生まれる子供には、そういった別の世界……はっきり言うと、エイリアンの世界の人間の、魂魄《こんぱく》という名の|何《・》|か《・》が入れ替わって生まれてくる事例がある。異邦戦争が始まる前であれば一笑に付すだけのオカルトにすぎないが、今となってはリアリティのある説だとは思わないかね」
「……」
「エイリアンの世界の魂だ。本質的に、そのチェンジリングの子供にはエイリアンと近しい力があるはずなのだが、しかし人間の肉体に入ったままでは、その才能はちょっとした特技程度で終わっていく。一方で、見方を変えれば、彼らには|伸《・》|び《・》|し《・》|ろ《・》がある状態だとも言える」
「伸びしろ……」
「もう三十年ほど前だが、儂はここハチハチにおける強兵計画の一環として〈タレンテッド〉プロジェクトを立ち上げた。つまり、チェンジリングとして生まれてきた人間の才能を伸ばして、連中の魔法に対抗できるサイキック・ソルジャーを育成しようという計画だ」
 ペンローズの嘆息が聞こえた。
「ある程度はうまくいった。壁の向こうを透視できる兵士や、銃弾の軌道を曲げられる兵士などは現れたのだが、結局、その計画は失敗に終わった」
「どうして」
「理由はいくつかあるが、主にふたつ。ひとつは、我々がそういったチェンジリングを見つける頃には、すでに成長期を過ぎてしまっているということ。エイリアン世界との環境の違いなのか、こちらの地球でその力を伸ばすには、幼少期から特殊な環境で英才教育を施す必要がある。しかし、そもそも子供の時点で、発生場所も能力もランダムなチェンジリングを見つけ出して、さらにその中から将来有望な子供をピックアップすること自体が困難なのだ。そしてふたつ目の理由――……数が少なすぎる」
「……」
「一人や二人、強力な兵士が出てきたところで戦局には影響しない。駄目なのだ。少数の英雄がいても戦争には勝てない。儂はそれを幾多の戦場で思い知った。守るのはいい。フォートを作り、壁の裏に立て籠もればエイリアンの攻勢にも持ちこたえられる。だが奴らを押し返すには、それだけでは足りない。強力な兵がもっと大勢、必要だった。少なくとも、ひとつの戦術グループを構成できるほどの」
 ペンローズは深々と嘆息を挟んだ。
「計画は変更になった。さまざまな試行錯誤の末、やがて計画はひとつの可能性に集約された。ちょうど、ハチハチで部隊の再編成を行った時期だ。チェンジリングを探して育成するのではなく、人為的にチェンジリングを作り出す。すなわち、エイリアンの魂を強制的に人間の身体に合成する。こうすることで、一般的な人間でも、チェンジリングと同じように魔法が使えるサイキック・ソルジャーに仕立てることができる」
「それを実現する装置を、わしらは〈トランスリンガー〉と呼んで開発しておったんじゃ」
 ベネディクトが最後に小さな声でつけ加えた。
 執務室の空気は凍りついていた。
「どうして、そんなことを……」
 アビゲイルの唇が|慄然《りつぜん》とわなないた。
「|詳《・》|し《・》|す《・》|ぎ《・》|る《・》わよ。チェンジリング? エイリアンの世界の魂? そんな意味不明な概念を信じて開発されたトランスリンガー? 中央ですら足元に及ばない知識と技術力……そもそも、どうやってエイリアンの才能を伸ばす教育をしたっていうの……? 誰もやったことがないのに? 成長期どうのこうのなんて、何世代も観察しなければ分からないじゃない」
「……」
 ペンローズは黙ってテーブルの上で手を組み、鼻から太い息をついた。
「まさか……」
 口の中に広がる苦味に、アビゲイルは顔をしかめた。
「エイリアンと通じているの? 向こうに協力者がいるのね? いったいどんな対価を払ったの? ――……そうか」
 アビゲイルの目つきが険しくなる。
「あなたが人類を|裏《・》|切《・》|っ《・》|た《・》張本人だったのね」
「アビゲイルさん、違うんです中将は――」
 前に出てこようとするクラウディアを、中将が手で制止した。
「このストレス環境下で、すばらしい頭の回転の速さだ。儂の目に狂いはなかった。だがしかし、アビゲイルくんは三点ほど誤解をしている」
「なんですって」
「一点目、わしはエイリアンを|殲滅《せんめつ》したい。人類を勝利に導くためにな。その気持ちは、もう半世紀が経つ今も変わることはない。儂が人類を裏切ることなどあり得ない」
「なら、どうして」
「二点目。|件《くだん》の計画、儂が主導しているのではない」
「……」
「三点目…………今、銃を突きつけられているのは君の方だぞ」
 ギクリと、アビゲイルの心臓が跳ねた。
 その一拍で、これまでの情報が彼女の脳内で再構築されていく。
 ウェイクを殺した狙撃手は、イノライダーさえも舌を巻く腕前だった。その後、次々と関係者を始末して回ったという掃除屋。このハチハチにおいて、あのジェヴォーダンと対峙して互角に立ち回れるほどの強さを持つべき男は、一連の事件が始まる前に|公《おおやけ》から姿を消していた。その男はかつて、ある日、どこからかフォート88にやって来たらしい。男を連れてきたのは、とある若い女性研究者だ。彼女はペンローズと組んで天才的発想と技術で、独創的な新兵器を次々と開発していった。彼女は今や、ハチハチで存分に権力を振るう立場だが、同時に技術開発センターを|牛耳《ぎゅうじ》る現役の研究者でもあるという。このハチハチに、エイリアンの技術をもたらしたのは……――。
 トントン、トントン……と、うなじを叩く慌ただしい感触。
 テキ、ウシロ、テキ、ウシロ、テキ、ウシロ。
 次の瞬間、チクリとうなじに痛みが走り、そこからぞわりと悪寒が全身に駆け巡った。
 我に返った。
 窓に映ったガルニエは、すでに銃を抜いている。
「――――ッ!!」
 アビゲイルは身体を横に投げ出した。
 彼女が転がりざまにフェイスレスを構えたのと、部屋に発砲音が響いたのはほとんど同時だった。
 床に伏せたまま、アビゲイルは茫然とガルニエを見つめている。
 煙を上げるリボルバー。それを握るガルニエの手に、ニブロが咬みついていたからだ。銃弾は壁に穴を開けただけだった。
 すかさず、ガルニエはニブロを叩き払った。
 執務室の宙を舞った蜘蛛が、ポトリと床に落ちると、直後にけたたましい銃声が上がった。
 着弾点で床がえぐれて飛び散った。その破片と一緒に大きく飛ばされたニブロから、青い体液が噴き出すのが見えた。
(ニブロ……ッ!)
「アビーッ! ぐっ……!?」
 ローガンが腰から拳銃を抜いたが、しかしそれは即座にガルニエに撃ち抜かれてバラバラの部品に還《かえ》った。
 痺れる手を押さえて膝をつくローガン。
 それを見届けてから、ガルニエは銃口を向け直して警告する。
「動くな、アビゲイル」
(ニブロの毒が、効いてない……!?)
 ニブロは間違いなく死の毒を注入したはずだった。あの毒の効果は、誰よりも彼女がよく知っている。即効性で|解毒《げどく》不能だ。なのに彼はケロリとしている。それがアビゲイルには信じられなかった。
 目を見張る彼女に、ガルニエは銃を向けたままじっと立つ。
 そんな彼に、横から飛びかかる別の人影があった。
 イノライダーだ。彼女は目にも留まらぬ早さで接近戦を挑んだ。銃のシリンダーを掴み、ガルニエの腕関節を取る。ところが次の瞬間、ぐるりと回って床の上に叩きつけられたのは、仕掛けたはずのイノライダーの方だった。
 ――ゴキリ……。
「ぐぁ――――ッ!!」
 床の上で押しつぶされ、肩をひとひねり。イノライダーは脱臼の苦悶をかみ殺した。
 アビゲイルも黙って見ているだけの女ではない。
 格闘の隙に、彼女は抜け目なくガルニエの背後に回り込んでいた。
 人狼と呼ばれる男の後頭部に、フェイスレスの銃口を押しつける。
「武器を置きなさいッ!」
 形勢逆転――のはずだった。
 次に、降参を迫ったはずの彼女がむしろ驚愕することになる。
「――ッ!?」
 撃鉄に、ガルニエの指が挟まっていた。これではもうリボルバーは撃てない。アビゲイルは咄嗟に銃を引いたが、間に合わず。逆に信じられない力で銃を奪い取られてしまう。
 万事休す。頼みの綱を無力化されたアビゲイルは後じさりするほかない。
 ガルニエがイノライダーを踏みつけたまま立ち上がる。
「いい動きだったが、詰めが甘い。実戦経験は少ないようだ。リボルバーで脅すには、距離を取るものだ、ぞ……――?」
 ガルニエは静かに語りながら、アビゲイルから取り上げた銃――フェイスレスに視線を落として、そこでピタリと動きを止めた。そのとき。
「何事ですか!」
 ドアを開け放ち、慌ただしく執務室に入ってきたのはヤスミンだ。
「これは……いったい?」
 室内の惨状と硝煙の匂いに、眉をひそめる。そんな彼女を、ペンローズが苛立ちを隠さない声で問いただす。
「ガルニエが急にアビゲイルくんに銃を向けたぞ。聞きたいのはこっちだ、ヤスミン。また命令違反ではないだろうな」
「つい今しがた、彼女はリストから除外しました。むしろ保護を命じたはず。ガルニエ、説明を」
 ヤスミンにうながされ、ガルニエは床の上で転がっているニブロを銃で指し示した。
「髪の中にタイタンズが隠れているのを発見した」
「タイタンズですと……?」
 ヤスミンは凝然とニブロを見た。驚きの色を隠せない様子だ。
「あぁ、その蜘蛛は間違いなくタイタンズだ。だが状況が不明だったがゆえに、ペンローズの保護を優先し、念のため銃を抜いておいたところ、それで急に飛びかかられたのでやむを得ず応戦した」
 蜘蛛はひっくり返ったまま足を折り畳んだまま動かなかった。近くにはちぎれた脚が二本、転がっている。虫の死骸とはかくや。
「もう始末した。脅威はない」
 ガルニエは無感動に言った。
(ごめん、ニブロ……ッ!!)
 こみ上げる痛恨の念に、アビゲイルは奥歯を強く噛んだ。
「タイタンズ?」
 ペンローズも眉をひそめてニブロに目をやった。
「ヤスミン。確か、お前の話では先の大戦で滅んだ一族ではなかったのか」
「そのはずですが……」
 ヤスミンも困惑した様子だ。
「タイタンズはエリジウムと敵対しています。なんにせよ、魔王ナルスの手先ではあり得ません。もっとも、そこのお嬢さんは、まだまだ何か重要な情報を隠しているようですがね」
「ヤスミン事務総長、あなたは……」
「どこまで話しましたか、ペンローズ。彼女の説得は終わりましたか?」
「トランスリンガー装置の経緯まで。彼女はもう、お前の正体に気づいているぞ」
「そうですか……」
 ヤスミンはひとつ嘆息をつくと、おもむろにメガネを外した。頭の上できっちりとまとめていた白髪をほどき、セミロングのシルバーヘアーをバサリと肩に落とす。
「――お察しのとおり。アビゲイルさん、わたくしは地球人ではありません。あなた方がエイリアンと呼ぶ存在」
 すると、みるみるうちに彼女の顔に刻まれていたしわは消え失せ、肌は若々しく、その奥に光る瞳は妖しく輝き始めるのだった。
 ヤスミンは髪を掻き上げてにっこりと笑った。
「ですが勘違いしないでくださいね。わたくしはこちらの人間の味方です」
「味方、ですって……?」
「そう。わたくしとペンローズの目的は一致している。すなわち、ミフォーシスにある統一国家エリジウムの打破です。わたくしと彼は、その一点で手を組んだのですよ。彼が、わたくしに必要なものを提供し、研究を支援する。わたくしは、ミフォーシスの技術を応用し、出来た成果物を提供して戦争に勝利をもたらす。そういう約束です」
「……」
 アビゲイルは信じられないと言わんばかりに首を振った。
「そうでしょうね……ですが、わたくしがここハチハチに来てから、はや数十年。もし、わたくしが敵ならば、もうとっくにこのフォートは陥落していると思いませんか?」
「なんてことだ……」
 ローガンが忌々しくうめいた。
 ヤスミンは溜息をつき、心外そうに続ける。
「そんなに悲観せずとも……そうだ。それでしたら、わたくしが直接、詳しく教えて差し上げましょう。そうすればアビゲイルさんも進んで協力してくれるはず」
 ヤスミンはパンと手を叩くと、表情を明るくして語り始めた。その仕草は若々しいものへと一変した。
「トランスリンガーは、ほとんど完成しているのです。人為的チェンジリングは技術的に可能。しかし、問題は素体――すなわち地球人の側にありました」
「……」
「ミフォーシス――つまりエイリアンの星のことですが、あそこには|夜の者共《ノクターンズ》と呼ばれる種族がおります。アビゲイルさんはノクターンズの話をご存じですか?」
「えぇ、少しだけ。吸血鬼とかキョンシーがそうなんでしょう」
「すばらしい……タイタンズの件といい、地球人の身でいったいどうやって、そこまで深くミフォーシスのことを? ノクターンズが地球に来るのは|希《まれ》であるはずです。いくらフェイムバウムで囚われていたからとて……まぁ、それは追い追い聞かせてもらうことにしましょう」
 ヤスミンはクスクスと笑って続けた。
「話を戻しますが、ノクターンズは普通の種族として生まれたあと、ある種の儀式を経てみずからを不老の存在に転じた存在なのです。魂を一度抜いて、肉体を死者として再構築し、そこにまた魂をはめ込む。トランスリンガーはその〈|輸魂《ゆこん》〉と呼ばれる儀式を地球の技術で応用したものなのです。これがそうなのですが――」
 ヤスミンが|懐《ふところ》から指環をひとつ取り出してみせる。
「こちらの人間は|脆《もろ》い。ホモサピエンスは、とにかく脆くてどうしようもありません。トランスリンガーが起こす人為的チェンジリングの負荷に耐えられず、ほとんどの素体が崩壊してしまうのです。しかも厄介なことに、本来はノクターンズ転化に失敗した者たちはドロドロに溶けて死ぬのが当たり前のところ、こちらの人間が転化に失敗すると、獰猛で非理性的な怪物――いわゆる魔獣になってしまうという、おまけつきで。面白いでしょう。向こうとこちらで結果がまったく違うというのは。おそらく竜脈の活性度の違いなのでしょうが……」
「ハチキューで、その実験をしていたのね」
 アビゲイルはユージンの話を思い出していた。彼は、今ヤスミンが持っているリングとよく似たものを、ハチキューで拾ったと誇らしげに語っていた。
「えぇ、ご明察。研究の初期は、戦闘中に行方不明になったという体裁で、あそこで適当な人間を見繕って実験に使っていたのです。激しい戦闘地域でしたので、実験体の確保には困りませんでしたが、しかし説明したとおり、まったく成功しません。そこで――」
「薬物による素体の強化を思いついたと」
 カチリと、アビゲイルの中でパズルのピースがはまり込む音がした。
「おっしゃるとおり」
「なら、ニゲルは……」
 アビゲイルが忌々しそうに先をうながすと、ヤスミンは眉をひそめて小さくうなった。
「薬物による肉体強化にも、問題があったのですよ。つまり、人為的チェンジリングに耐えられるレベルまで強化するには、相当な量の薬物摂取が継続的に求められるわけですが、今度はそちらの負荷にも耐えられないのです。地球人は脆弱にもほどがある。そこで、私がペンローズにお願いして専用の|育苗《いくびょう》槽を作ってもらったのです。それこそが――」
「フォックスチーム」
 その単語を聞いて、ヤスミンは満足そうに首肯した。
「なん、だとぉ……ッ!!」
 ガルニエの足元で、イノライダーが低く響く声を上げた。顔を真っ赤に染め、身じろぎしてヤスミンを睨みつける。
「元から強靱そうな人間をさらに強化することを目的としました。結果は良好。ですが、もう一歩のところが足りていなかった。あともう少し。そんなときに、ガルニエが拾ってきたのが、ニゲルという少女でした」
「……」
 アビゲイルは唇を噛んで、腹から怒鳴り散らしたい気持ちを抑えた。ヤスミンに続きをしゃべらせる必要があった。
「彼女は完璧でしたよ。他の何者にも追従できない、すさまじい|代謝《たいしゃ》のよさで、私たちの予想を超えて強く、たくましく成長してくれました。あれぞまさしく|天賦《てんぷ》の才。真似したくても真似できない、生まれつきのタレントというものです。彼女の成功例は、いずれトランスリンガー量産への貴重な|礎《いしずえ》となるはずでした」
「なら、どうして」
 アビゲイルが最後の質問をした。
「ハチキュー防衛戦で、その大切なニゲルを刺したのは、いったい誰なの?」
 するとヤスミンは腰に手を置いて、大きく嘆息をついた。
「長年の酷使でガタがきていたのでしょうか……」
 彼女は面白くなさそうにガルニエを見やって続ける。
「彼は、もともと〈鬼人〉と呼ばれるミフォーシスの種族なのです。鬼人とは、とある理由によって迫害された歴史を持つ流浪の民。そんな憐れな境遇から助け出してあげるために、わたくしが向こうにいる頃にゴーレムの技術を応用して改造して差し上げたのです。無論、わたくしに死ぬまで仕えるという条件つきで、ですが」
 ガルニエの表情はピクリとも動かない。
「今のガルニエは〈フレッシュゴーレム〉と呼ばれる存在。こちらの言葉では、サイボーグと呼べば分かってもらえるでしょう。本来、フレッシュゴーレムは死体をつぎはぎして作るものなのですが、そこを私の技術で生体をつぎはぎしてあげた特別製です。ただ、そのせいなのか情緒に少々、問題が出てしまいまして」
 はぁ……と、眉間に指を当ててかぶりを振るヤスミン。
「あの戦いでは、ガルニエには実験体に始まる|諸々《もろもろ》の証拠の隠滅や、設備の後始末、そしてニゲルのサポートを命じていたはずなのに、何を間違えたのか、彼はわたくしの命令に背いてニゲルを殺害してしまったのです。こうして貴重な素体の回収は失敗。困ったことに計画は頓挫してしまいました」
「ガルニエ、あなたが……ッ!」
「アビゲイルさんのことだって。ガルニエがあなたに関する報告を|怠《おこた》っていなければ、もっと早く殺害リストから除いて差し上げることもできたのに。危うく始末してしまうところでした。まったく」
「どうして?」
 ヤスミンをさえぎって、アビゲイルは絶望的な面持ちでガルニエに問いかける。
「実質、娘だったじゃない。あなたが戦場から救い出して育てたのに、いったいどんな理由があって……」
 しかし、ガルニエはどこか遠くを見たまま動かない。イノライダーもまた床を睨みつけたままピタリと動きを止めている。ヤスミンはそんな彼らを気にかける様子もなく、機嫌よさそうに続ける。
「それで仕方がなく、近年は片っ端からいろいろな人間でトランスリンガーを試していたのですが……こうしてあなたが来てくれた!」
「うっ……!」
 突然ひんやりとした手で頬を撫でられ、アビゲイルは驚いて身を引いた。いつの間にか、ヤスミンに距離を詰められていた。
「本当に奇跡ですよ。あなたならばニゲルのかわりになれるはず」
「今の話で、本気で私がみずから進んで協力するとでも思ったの?」
「あら、まだ心配ですか? 大丈夫。今の話を聞いて分かったでしょう。あなたなら、きっと高確率で成功します。あれからさらに改良を重ねたのですよ。災い転じて福となす、とでも言えばいいのでしょうか。ニゲルを失ったことで、トランスリンガー自体の改良が急ピッチで進んだからです。失敗して醜いバケモノに変わってしまうおそれは少ない。成功は保証します」
「おちょくってるの? ふざけないでよッ!!」
 敵意むき出しのアビゲイルを見て、ヤスミンは小首をかしげた。
「あら、どうして?」
 演技ではなく、本当にアビゲイルの胸の内を理解できずに戸惑っている様子だ。
「あなたは超常的な力を得られるのですよ? 地球人第一号の英雄として歴史に名を刻むでしょう。しかも、トランスリンガーは天然のチェンジリングとは違って、ミフォーシスの種族をある程度は選べます。だから、あなたが望むならば、竜人のあの馬鹿げた戦闘力や、神に近しい神人、たとえばヴァルキリーと呼ばれる種族ですら――」
「やっぱりあなた、味方なんかじゃないわ」
 つらつらと悪びれもなく語る彼女に、アビゲイルは喉の奥から吐き捨てる。
「根っこのところがズレてるのよ。他人を物扱いして。自分自身の目的のためなら、平気な顔で誰かを犠牲にして喜ぶ。相手の気持ちなんて考えたこともないんでしょう。自分以外の存在は、その辺に落ちている、いくらでも替えの利く石ころか何かだと思ってる。精神性が|相容《あいい》れないのよ、私たち地球人とは」
「――……残念ね」
 まるで筆を走らせたように美麗なヤスミンの目が鋭く光った。
「エリジウム打倒という一点において、種を超えて分かり合えると思ったのですけれど」
「あなたたちみたいな身勝手で醜悪な連中には、必ず神の裁きが下るわ……そう、それはもうすぐそこまで来ている。覚悟しなさい――――」
 ――――――――。
 ――――――。
 ――――。
 ――それっきり。
 金さんから聞こえていた会話は途絶えてしまった。
 話は聞かせてもらった。
 銃声が聞こえたときは、アビゲイルが撃たれたのかと思って焦ったけれど、さすがだ。彼女は見事に仕事をやり遂げた。尊敬するよ。
 所々、理解できない箇所もあったけど、これで白黒はっきりした。
 僕の標的はヤスミン。
 そして、その部下のガルニエだ。
 それだけ判明すれば充分。
 ヤスミン――まさかハチハチのトップにエイリアンが食い込んでいたとは驚きだ。
 ガルニエ――話を聞けば僕の育ての親だとか。へぇ、上等だ。僕を殺した本人、生きててよかった。
 へぇー。へぇー。なるほどねぇ……。
 僕は、人生を賭けて奉仕したハチハチに実験体として培養され、もっとも信頼していた育ての親にも背中を刺されたというわけだ。そのときの記憶は依然として思い出せないけれど、腹の底で黒い油めいた何かが、ぐらぐらと沸き立つのを感じる。急激にムカついてきた。
 フォックスという部隊を辞めるチャンスは何度もあった。それでも僕がチームにとどまり続けたのは、仲間がいて、彼らと共に命をかけるべき価値のある任務があったから。
 そんなフォックスも、何もかもが嘘。
 実態は、薄汚い薬漬けの水槽。僕らは狭い汚水の中で泳ぎ回るだけの肥えた金魚だった。
 やっぱり、僕にはフォックスという名前に対する誇りがあったんだ。
 僕の人生のすべて。
 プロフェッショナルを信じて死んでいった仲間たち。
 それを汚した奴らが許せない。
 これは魂のレイプだ。
 僕は、ヤスミンとガルニエの手で一生をかけて騙され、レイプされ続けていた。
 ――抑えるんだ。落ち着かなくては……。
 ここでぶち切れて、ブッチャーの凶暴性に主導権を渡してしまったら台無しだ。僕は僕として、きっちり復讐を果たす。任務をまっとうする。そうしなければ次に進むことができない。そんな気がするんだ。
 ――ふぅ……。
 ……。
 それじゃあ早速、連中の顔を拝みに行くとしますか。
 落とし前をつけるときだ。
 僕は帰ってきたぞ。
 醜いケダモノに身をやつしても、諦めなかった。やられたらやり返す。
 お前らのジェヴォーダンとなって、ここまで帰ってきた。
【金さん&銀さん】
 タイターニアによって呼び出された存在。見た目は金色と銀色の藁人形だが、金さんが聞いたものを瞬時に銀さんに伝えられる。その逆もまたしかり。遠隔通信器として機能する。本来はコダマと呼ばれる精霊らしい。以前、ぬいぐるみに宿らせているところもジェヴォーダンは目撃している。藁人形の姿である必要はないようだ。

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