孤独な指

ある人妻の秘密

著者: 木谷恭介

本販売日:1987/01/23

本定価:535円(税込)

ISBN:978-4-8296-0106-8

交通事故を起こしてしまった夫を助けたい。

ただその一心で、夜のつとめに出た私……。

期限を課したとはいえ、夫以外の男に触れるとき、

言いようのない戦慄が私の体をはしっていく。

貞淑な妻でいたい――そう願う心に反して、

私が一度だけ行った不貞、それは……

登場人物

あけみ その他

かずみ その他

もえこ(41歳)人妻

ひみこ(25歳)その他

本編の一部を立読み

わたしは全身が染まって行くのを覚えた。熱いものが体の奥でうずいている。そのうずきが船津の指の動きとともに、次第にたかまって行くのだった。

夫に愛撫されるときと似ている。

だが、夫にされるときは、わたし自身が愛の感覚に溺れていく意志を持っている。

今は愛とはまったく無縁に、わたしの全身の感覚の波がかけめぐっていた。

「北原さんにこれをやられたとき、男のおれが、体がふるえて来た。北原さんは言ったよ。男も女も同じだと……」

「船津さん、寝てみて!」

わたしは跳ね起きた。そのまま続けられていると、わたしのほうから船津にすがりついて行きそうだったからだ。

マッサージ台に寝た船津に、わたしは彼からされたように濡らした指を這わせた。

「もっとゆっくり、もっとソフトに」

船津は呪文のようにつぶやいた。

わたしは船津の言うままに、濡れた指と手のひらを這わせつづけた。

「感じる箇所は人によって、少しずつ違っているそうだ。だが、お灸やはりのツボとほぼ一致している。骨と筋肉の境目にポイントがある。おれも知らなかったが、膝のお皿の部分なんかが妙に感じるんだ」

「ここ?」

「こういうふうにやるんだよ」

船津はわたしと体を入れかえ、膝関節のお皿の部分に唇を当てがうと、お皿に沿って強く吸いながら舌を這わせた。

こむら返りをするような激しい感覚がわたしを襲う。しかも、その感覚は部分にとどまらず、わたしの体の奥を突き上げてくるのだった。

「やめて!」

わたしは夢中で叫んだ。

「女性がやめてと叫ぶときは、続けるのがエチケットなんだがね」

船津は冗談を言いながら、もう一度、マッサージ台に寝た。

わたしは言葉で言い表すことのできない感情が、胸の奥からこみあげてくるのを覚え、船津を口にふくんだ。

夫にもしたことのない行為だった。

その瞬間、わたしは船津を愛していたと思う。そして、同時に、そうしなければ体を開いてしまいそうな危険を感じていた。

わたしは夢中で舌を動かした。

わたしの目は血走り、体は熱く煮えたぎっていた。

体を開くのと、口で愛撫するのと、どっちが夫へのより強い背信なのだろうか。

トルコ『浦島』で働いた三年間に、わたしはただの一度も体を開かなかった。だが、たった一度、夫に不貞を行ったとすれば、それはこの時だったと思う。

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