鬼畜村【淫習】

著者: 霧谷涼

本販売日:2023/11/22

電子版配信日:2023/12/01

本定価:1,034円(税込)

電子版定価:1,100円(税込)

ISBN:978-4-8296-4694-6

「勝手にイクな。イク時はちゃんと宣言しろ」
腰をクイクイ上下させ、梨穂の痴態を愉しむ男。
亡夫の相続のため、都会からやって来た未亡人と娘。
村ぐるみの罠に堕ち、肉玩具にされる美母娘。
浣腸アナル姦、強制レズプレイ、二穴責め……
蔵に幽閉され、村の「共有奴隷」になる性地獄!

目次

第一章 亡夫の故郷 未亡人と美娘が堕ちた罠


第二章 一夜妻 義弟に貪られる熟れた裸身


第三章 村長の家 中年男に捧げる処女


第四章 奴隷ホテル 開発される肛門の魔悦


第五章 乱交の狂宴 美母娘・涙の対面儀式


第六章 奥の間の性裁 若義母の再調教


第七章 二穴責めの蔵 絶頂禁止の淫遊戯


エピローグ 祝祭の贄となった牝たち

登場人物

りほ(38歳)未亡人

さやか(16歳)

しづ(28歳)

本編の一部を立読み

第一章 亡夫の故郷 未亡人と美娘が堕ちた罠



1

 売買契約書というものに実印を押す。両者に契約が成立する。
 ただそれだけのことを、自分の手で行うことにも勇気が要った。
(こんなことにも不慣れなんて、三十八歳にもなって恥ずかしいわ。今まで全部、良隆さんにお任せしていたから……でも、これからは全て私が自分でやっていかなければならないのね)
 宮本梨穂は、苦笑しながら書類をすとんと静かに揃えると、向かいに座る太った中年男──墓石善嗣に差し出した。
「こちらでお願いします、善嗣さん」
「ああ、確かに受け取った。間違いなく二百万円支払うよ。これで少しでも、あの世の兄貴が安心してくれるといいな」
「そう……ですね」
 梨穂と善嗣は、少しの間視線を落として沈黙した。
 広い和室に静寂が訪れる。
 梨穂は西洋的な横顔に寂しさをたたえながら、小さなため息をついた。
 三十八歳という年齢の割には、肌が透き通るように美しい。煌めくようなマロンブラウン色のロングヘアや、薄い桜色のブラウス越しに隆起するメリハリのある体付きは二十代といっても通用するような若々しさだ。
 手足がモデルのようにすっと長い。それでいて肉感のある胸元やヒップは間違いなく人妻の色気を宿していた。
 一回り以上年上の夫、宮本良隆が亡くなったのは昨年のことである。
 葬儀を終えて一段落したある日、夫の弟──目の前に居る善嗣から《兄貴名義の土地が地元に残っている。相続手続きが必要だ》と連絡があった。
 夫の地元というのは、上野から特急で一時間半、それからさらに鈍行で二時間、タクシーで四十分という東北の田舎である。
 梨穂は一度も訪れたことが無いし、これからも縁がある場所とは思えなかった。
 見知らぬ場所に土地があったところで──と思ったが、話を聞くと、その土地は既に善嗣が以前から米作りの田んぼとして管理をしていたのだという。
 ──だからさ。梨穂さんが相続した土地を、俺が買うよ。いつまでも兄貴名義のままにはできねえし。
 どうも法律が変わったとかで、相続もせずに中途半端な名義の土地を残していると色々とまずいのだという。だから一度梨穂と娘が相続した土地を、善嗣が買い取ることで、名義をスッキリと整理したいのだそうだ。
 梨穂たちの土地の買い取り額として義弟から提示されたのは、二百万円だった。
 正直、土地の価値というのは梨穂には全く分からない。しかし家庭の大黒柱だった夫が亡くなり、専業主婦と学生の二人ぽっちになった母娘にとっては、ありがたい金額である。
 そういう訳で今日この日、梨穂は一人娘の沙耶香を連れて、東北にある夫の故郷へとやって来たのだった。
 夫の思い出の品などを見せてもらったり、田舎の景色をゆっくり堪能させてもらおう──ということで、私立に通う沙耶香の秋休みの行楽も兼ねて、二泊三日の滞在予定だ。休みは他校より長い二週間あった。田舎の村でのんびり羽を伸ばしても、まだまだ余裕のあるスケジュールである。
 夫の実家は、豪奢な和風の屋敷だった。古民家とまではいわないが、時代を感じさせる木造の二階建て。東京の無機質な街並みに馴染んだ母娘の目には新鮮に映る。
 この小旅行も、二百万円という金額も、夫が最後に残してくれたプレゼントのようで、梨穂にとっては嬉しいものだった。
「兄貴もさぞかし無念だっただろうな。こんなに美人の嫁さんと、可愛い娘を残してなあ……」
 目の前に居る善嗣は、夫の良隆の弟である。はげ上がった頭にいかにも田舎くさい白いタンクトップ姿の中年男で、スマートだった夫とは似ても似つかない。
 娘の沙耶香も葬式以来の叔父の太った姿に改めて引いてしまったのか、挨拶もそこそこに、母娘の寝室として与えられた二階の洋間に引っ込んでしまった。
 しかし梨穂にしてみれば、義弟は今回の相続や土地の売買について全て下調べして手続きを進めてくれたのだ。その親切さに頭が下がる思いである。
「……良隆さんもきっと、亡くなる前に善嗣さんにお会いしたかったのではないかと思います」
「どうかねえ。兄貴は、地元のことが嫌いだったから」
 善嗣はそう言うと、自嘲気味に低く笑った。
 確かに夫は、故郷とはほとんど連絡を取らず、実家を避けているようなところがあった。結婚の時にも、墓石という珍しい苗字を捨てて、宮本の姓に変えたくらいである。
 夫は故郷に、そしてこの静かなお屋敷に、どんな思いがあったのだろう。
「とにかく梨穂さん、ありがとう。あとは部屋でゆっくりしてくれよ」
 義弟は鼻の頭に玉のような汗を浮かべていた。薄手の長袖を着ている梨穂が少し肌寒いくらいの気温だというのに。

 二階の洋間に上がると、娘の沙耶香がカーペットに寝転んで古いアルバムを眺めていた。
 着ているのは深緑色のタータンチェックの上品なワンピースだ。幼い子供のようにうつ伏せになって、両脚をぱたぱたとさせている。
「こら。お行儀が悪いわよ」
 梨穂が腰に手を当てていたずらっぽく睨むと、渋々といった風にちょこんと座り直す。
「だって、退屈だったんだもの。ちょっと印鑑を押すだけなのに、随分時間がかかったのね」
 すねたように口を尖らせて沙耶香は言った。
 梨穂によく似た美しい顔立ちだが、まだまだ頬がふっくらとしている。子供のような髪質のボブヘアのせいで、幼さが一層強調されていた。
 梨穂と同じように手足は長いがスレンダーな体型で、胸元の膨らみも成長途中である。最近は反抗期なのか時々生意気を言うが、まだまだ可愛い年頃だった。
「仕方ないでしょう。色々、確認することがあるのよ」
 梨穂は沙耶香の隣に腰を下ろすと、古い写真の並びに目を向けた。
 小学校の卒業アルバムのようだ。さすがに白黒ではないものの、昭和の田舎の学校のイメージそのもの──例えば丸坊主でタンクトップに半ズボン姿の少年達や、おかっぱ頭で吊り下げスカート姿の少女達──だった。
 夫はどこに写っているのだろう、と梨穂がページをめくると、お母さん、と沙耶香が声を掛ける。
「なあに、沙耶香。お父さん、見つけた?」
「ううん……あのさあ、おじさんに土地を売ったお金でさあ……、わたし、音大に行けるかなあ?」
 梨穂がハッと視線を上げると、娘は決まり悪そうな顔でこちらを見ていた。
 ──沙耶香の夢は、ピアニストだった。
 三歳の頃から始めたピアノは、今や全国のコンクールでも入賞するほどの腕前である。今も専門の家庭教師をつけてレッスンをし、学校でも吹奏楽部のピアノ担当として、一年生ながらにレギュラーメンバーに入っていた。
 夫が生きていた時には、当然のように音大に進学をさせるつもりだった。
 しかし──大黒柱を失った宮本家にとって、音大受験や進学に関わる費用というのは非常にシリアスな問題になってきている。
 家庭教師のレッスン代が月十万円。音大受験を目指すならそれにプラスして専門の予備校に通わせる必要がある。月に十五万円だ。音大に進学したら、私立なら年に五百万、国公立だとしても年に百万がかかる。
 加えて、マンションの管理費に修繕積立金、光熱費、食費、私立校の授業料、衣服代──月々出て行く金額の大きさに、梨穂はめまいを起こしそうになる。
 働くにしても、大学卒業と同時に家庭に入った三十八歳に条件の良い就職口があるわけもなく、安い時給のパート求人を眺めてはため息をつく日々だった。
 だからつい、娘に言ってしまったのだ。
 ──音大は諦めて、普通の大学に行ってくれないかしら。
 家庭教師に来てくれている現役の音大生は、教育学部で音楽を専攻するという手もある、と言っていた。
 梨穂の目から見ても優秀なその家庭教師ですら、《音楽で食べていくのは難しいから》といって、来春から一般企業に就職することにしたのだという。
 しかし、娘には梨穂の言葉のショックが大きかったらしく、明確な反抗こそしないものの、その日から一週間はまともに口を利いてくれなかった。
(それはそうよね。昔からの夢で、お父さんもお母さんも今まで応援していたのに、突然音大を諦めろだなんて……)
 だから、今娘がどんな気持ちで《土地を売った金で進学できるか》と聞いているのか、考えただけで胸が締め付けられた。
(でも、ごめんなさい、沙耶香……。たったの二百万円増えたところで、音大に行くのは難しいのよ……)
 言葉を失っている梨穂の顔を見て、沙耶香も何かを悟ったようだった。
 恥ずかしそうに顔を赤らめ、ボブヘアを耳に掛けると、黙ってアルバムに視線を落とす。
 窓の外から、甲高い鳥の鳴き声が聞こえた。
 二人の寝室にあてがわれた二階の洋間は、以前は夫が使っていた部屋なのだという。今はもう、夫の荷物は全て引き払われ、布団と空っぽの棚しか置かれていない。薄黄色のカーテンからは秋の日差しが差し込んでいた。
 トントン、とノックの音がする。
「梨穂さん、沙耶香さん」
 落ち着いた女の声がして、ドアが開いた。
 現れたのは割烹着姿の若い女である。
 名前はシヅと言い、夫の父──墓石家の先代当主──の後妻だったという女性である。歳はおそらく、二十代後半といったところだろう。梨穂よりも若いのに、この屋敷の家事を全て担っているらしかった。
「クリームソーダをお持ちしてみました。よかったら、どうぞ」
 お盆に載っているのは、鮮やかな緑色のソーダだった。喫茶店のような底の丸いグラスで、バニラアイスとチェリーが飾ってある。
「わあ! すごーい。おいしそー」
 沙耶香がにわかに喜んだので、梨穂はほっと胸をなで下ろした。
「ありがとう、シヅさん」
「いえ……喜んでいただけて、嬉しいです」
 梨穂が礼を言うと、シヅはテーブルに和柄のコースターを並べながらうっすらと微笑んだ。
 純和風の顔立ちの美人である。一見すると怜悧な印象の美貌だが、笑うと目元が優しくほころび、小さな唇が可愛らしく持ち上がる。着物姿で体型はよく分からないが、尻の膨らみが丸く盛り上がっている様は、同性の梨穂の目にも色っぽく映った。
「シヅさんは、夫──良隆さんのことは、知っていらっしゃるの?」
 クリームソーダとストローを置いてすぐに立ち去ろうとするシヅに、梨穂はついつい話しかける。娘と二人きりになるのが少し気まずいのと、シヅに少し興味を引かれているのと、半々だった。
「いえ……わたくしがこの家に嫁いできた時には、良隆さんはもう東京にお出になっていましたから、お会いしたことはありません」
「そう……よね」
 当然だ。夫が東京に出たのは高校を卒業してすぐだったというのだから、三十年以上前の話である。シヅが生まれる前のことだろう。
 しかし、夫の父親が亡くなったというのも、確か十年以上前ではなかったか。シヅは、一体いくつの時に後妻に入ったのだろうか……。
「──でも、良隆さんはとても優秀で、村の自慢だったと……そう聞いています」
 気を遣ったのか、シヅは優しい声で付け足した。
「ふーん……ねえ、シヅさんってお爺さまの奥さんなのよね?」
 クリームソーダのバニラをしゃくしゃくとストローで溶かしながら、沙耶香が軽い口調で言った。
 こら、と梨穂が軽く睨むが、シヅはニコリと微笑む。
「ええ、そうですよ。だから私は、沙耶香さんのおばあちゃんです」
 面白いですね、とシヅは屈託なく微笑んだ。
 しかし梨穂にとっては、年下の義母という、なんとも複雑な関係の相手である。
(田舎だから、こういうのも珍しくないのかしら)
 楚々とした様子で部屋を出て行くシヅの後ろ姿を眺めながら、梨穂は小さく首をかしげた。

 その夜、美しい母娘の歓迎の宴が屋敷の一階の畳の間で行われた。
 亡き夫、良隆の思い出話を──ということで、善嗣が村人達を集めたのだという。五十代から七十代までの男、その数二十人ほどだ。
 古い田舎の和風建築である。場所は昼間に梨穂と善嗣が契約をまとめたのと同じ和室なのだが、仕切っている襖を全て取り払うと三十畳ほどの大広間になり、昔話に出てくる名主の家のようになる。
 奥には床の間があり、日本画の掛け軸が飾ってあった。紅いトサカが毒々しい鶏の絵である。今にも動き出しそうなほど精細に描かれた一羽の鶏がぎろりとこちらを睨んでいた。
 その掛け軸も、あちこちでもくもくと上がるタバコの煙で霞んで見える。
(ああ、苦手だわ、こういうの……)
 梨穂はひそかにそんなことを思いながら、隣に座った皺だらけの老人の杯にとくとくと日本酒を注いだ。
「梨穂さん、三十八歳かい。ええ、随分若く見えるじゃないか。ハタチそこそこかと思ったわい」
 酒に酔い、耳が遠いのではないかと思うほどの大声で喋る老人に、梨穂は渋々微笑を返す。
「いや、梨穂は東京ですからね。こっちの女と違って、なぁんにも苦労をしておらんのですよ。ましてや、兄貴が大事に大事にしとった嫁ですからなあ。若く見えるのがかえって恥ずかしいんですよ」
 義弟の善嗣が、老人と同じくらいの声量で答える。
「ええ、はい、まあ……うふふ」
 梨穂は曖昧な返事をして、居心地悪そうに正座の足先を組み替えた。
 昼間は穏やかに会話していた義弟が、突然自分を呼び捨てにしたことがやけに引っかかった。それに、苦労をしていないというのは一体梨穂の何を見て判断しているのだろう。今、現在進行形で苦労のまっただ中にいるからこそ、二百万円を受け取りに来たというのに。
(それに私、お嫁さんじゃないわ……)
 良隆は梨穂の家に婿に来る形で結婚したのだ。
 夫がこの屋敷に寄りつかなくなった理由を、この小一時間でなんとなく察した梨穂である。
 田舎特有の、粗野で無遠慮な会話。家父長制の色濃く残る雰囲気──。
 あんなに優しい義母、シヅの扱いもひどいものだった。
 彼女が料理を運ぶ間、男達は誰一人として席を立たない。酒が足りなくなれば《おい、酒ーっ》と叫んでシヅに運ばせる。それも、身内の善嗣だけではなく、村の男達の誰もがそんな感じで召し使いのようにこき使うのだ。
 シヅはそれに嫌な顔ひとつせず、黙って立ち働いている。
 膳に据えられた和食の料理はどれも手が込んでいて美味しかったが、シヅがひとつひとつ手作りしたのだと思うと、気軽にパクパクと食べることができなかった。
「ああ、梨穂さんは色が大根みたいに白くて綺麗だ。生まれも育ちも東京っていうのは本当かい。そんな女、見たことねえや」
 しわがれ声の老人が、正座の梨穂を上から下までじろじろと見ながら拝むような動作をする。
「東京の女かあ。いいなあ、洋服も見たことねえような形だなあ」
 と、今度は色黒のハゲた中年男が隣に来て、日焼けした手を伸ばして梨穂の桜色のブラウスの裾を掴んだ。
「不思議なビラビラが付いてるんだなあ、都会の服は」
 などと言いながら、形の良い上品なフリルを物珍しそうに触る。
 男の手が、腰のくびれの危ういところを行き来する感触に、梨穂は思わず眉をひそめた。手の甲が、スカートに包まれた正座のヒップを触るか触らないかという所をかすめている。
 抗議しようにも、悪気があるのか分からない。梨穂にしてみれば女の服を触るなど非常識この上ないのだが、先ほどからのシヅへの言動といい、この田舎は女性に対する意識そのものが違う気がする。
「東京の女かあ。昔流行ったよなあ」
「馬鹿なオンナよ私ぃ、だろ」
「違う違う。おばかチャンだわ、だよ」
 男達は身体をくねらせて一節歌うと、部屋の中の空気を揺るがすほどの大声で爆笑した。梨穂には一体何の話か分からず、爆音の笑い声だけがただ恐怖である。
「……ひっ」
(やだ、今度は、お尻……っ)
 男達がひときわ大声で再び喋り出したその時、正座してむっちりとはみ出したヒップに異変を感じた。
 先ほどのハゲ頭の手ではない、明確に尻を触ろうと割れ目に潜り込んできた太い指がある。
 慌てて腰を上げて振り向くと、義弟の善嗣だった。真正面から梨穂が顔を見ても全く動じずに、でっぷりとした無表情の顔で、指先をスカートのヒップにぐりぐりと押しつけている。
「な……なんですかっ」
 梨穂がどうにか非難の声をあげると、善嗣はようやく指を尻から離して、言った。
「ああ、ごめんなあ。驚かせたか? ほら、木くずがくっついていたから、危ねえなあと思って、取ったんだよ。へへへ……」
 確かに丸々と太った指先に、小さな木くずが載せられている。
「木くず……?」
「ああ、そうさ。なんだよ。痴漢に遭ったみたいな顔して」
 善嗣はニヤニヤしながら、ふっと木くずを吹き飛ばした。
「あ、いえ……ごめんなさい。びっくりしてしまって」
 どうして尻を触ってきた相手に自分が謝るのだろう、と思ったが、自然と梨穂は微笑して頭を下げていた。
 突然身体を触られて、なんと言って良いのか分からなかった。痴漢に遭ったみたい、というのは言い得て妙かもしれない。
 梨穂の謝罪に気を良くしたのか、善嗣は大きな声でまたシヅを呼びつけた。
「おい、酒」
「かしこまりました」
 シヅはそれだけ言うと、すっと立ち去りすぐに戻ってくる。善嗣のコップにビールを注ぐと、今度は梨穂の方を向いて、小声で言った。
「……梨穂さん」
 年下の義母は、妙に色っぽい低い声をしている。
「少し、お台所の手伝いをしてくれませんか? 洗い物が追いつかなくって」
 黒い前髪の下で、年下の義母の濡れたような瞳が何かを訴えるように揺れた。
 それから義母は、すっとこなれた動作で着物の裾を押さえながら立ち上がる。
「あ……はい」
(シヅさん、助けてくれようとしているの……?)
 梨穂は立ち上がり、シヅを追いかけた。
 その時である。
「おおい、梨穂さん! いいんだよ。そんな奴、放っておけって」
 ビールを片手に善嗣が顔を真っ赤にして怒鳴った。
「そいつは、料理と掃除くらいしか能が無いんだよ。甘やかさなくていいっ」
「で、でも……」
 梨穂は、少しでもこの場所から離れたかったのだ。しかしシヅは何も言わずにニコリと微笑むと、梨穂を手で制し軽く頭を下げて再び台所へと戻っていった。
「あの女、鈍くさくてなあ。今日の料理も朝の四時から仕込んでようやく出してるんだぜ」
 と善嗣が大声で隣のハゲ頭に話しかけると、ハゲ頭はいやらしい横目でシヅのいる台所の方へと視線をやった。
「でもケツがデカくていい女って評判だよ、善嗣君。実際どうなのよ、具合は」
「へっへっへ……」
 善嗣とハゲ頭が、何やらヒソヒソと話し出す。どうにも不潔な雰囲気を感じ取り、梨穂はわざと顔を背けた。
 二つほど席を挟んだ所で、娘の沙耶香がムスッとした表情でオレンジジュースを飲んでいる。村人達がその周りで大声で喋っているが、ほとんど相手にしていないようだ。手元にはスマホの画面が光っている。
 梨穂の視線に気づいていないのか、沙耶香は村人達を無視してふいと立ち上がり、縁側の方へと移動した。電波が悪いらしく、ふりふりと可愛らしい仕草で外に向けてスマホを振っている。
「おおーう。こりゃあ、驚いた! 美女が二人もいるじゃないかっ」
 突然、広間の入り口からひときわ目立つ大声が響いた。村人達の大きいだけのダミ声とは全く違う、役者のような良く通るテナーボイスである。
「やあやあ、庄田村長がようやくおいでなすった」
 村人達が口々に言い、立ち上がって出迎えた相手は、派手な緑のアロハシャツを着た初老の男だった。村人達と同じく日焼けして真っ黒ではあるものの、一目で農民ではないと分かる風貌である。
 黒々とした濃い毛髪はオールバックにまとめられ、皺の寄った額は黒光りしている。筋骨隆々とした腕には、趣味の悪い金色の高級時計が光っていた。
「ああ、善嗣君。遅くなってすまんかった。婦人会の奴らがうるさくてね」
「相変わらず忙しそうだな、庄田さんは。顔を出してくれるだけで嬉しいよ」
 善嗣は村長──庄田の肩を抱くようにしながら、ビールのコップを手渡した。
「それで、これが兄貴の愚妻の梨穂。三十八歳未亡人。あとそこにいるのが姪っ子の沙耶香。ピアノ好きの女学生だそうだ」
 義弟の紹介に不快な物を感じたが、梨穂は村長に向かって頭を下げた。
「宮本梨穂です。はじめまして」
 この家のお嫁さんじゃありませんよ、と暗に伝えるつもりで苗字も名乗る。
「ああー、あんたが梨穂さんか。なるほど、美しいなあ。よろしく、よろしく」
 庄田は愛想良く笑うだけで、梨穂の主張が伝わったのかは分からなかった。
「さて、どうだい、善嗣君。例の物はセットしたかい」
「ああ、ばっちりだ……」
(例の物……?)
 義弟と村長が意味深に言葉を交わすのが聞こえ、梨穂は二人の視線の先を見る。
 すると、掌に突然冷たいコップを握らされた。先ほどまで梨穂の服を触っていたハゲ頭の男が、へへっと愛想笑いを浮かべている。
「まあ、奥さん。飲んで、飲んで」
「いえ、お酒はあんまり……」
「いいじゃねえか、梨穂さん。飲め飲め」
 善嗣まで加わって、酒を飲むように勧めてくる。そんな問答をしている間に、村長はさっさと立ち上がり、今度は沙耶香の方に歩いて行った。
「おう、こりゃあ、可愛いお嬢ちゃんだ! こっちにおいで。おじさんと飲もう」
 村長は床の間の前の上座の席にどかりとあぐらをかいて、気さくに沙耶香を呼んだ。
「わっ、びっくりしたぁ。ダメですよ、わたし、飲みませんよ」
 あくまでもマイペースな娘の態度に、梨穂はハラハラする。しかしたしなめようにも、善嗣とハゲ頭の村人に酒を勧められて身動きがとれず、見守るしかなかった。
「ははは、びっくりしたか、そうか。東京から来た割には元気がいいな、このお嬢ちゃんは……あ、シヅちゃん、酒は要らないよ。今日はとっておきの地酒を持ってきたからね。ありがとう」
 料理と酒を配膳しに来たシヅに村長は片手を挙げて礼を言った。
(あら……村長さんは案外きちんとしていらっしゃるのね)
 これだけ長時間宴会をしていて、シヅに礼を言った男が一人もいないというのもどうかと思うが、村長のことを少し見直した梨穂である。
「さあ、沙耶香お嬢ちゃんはおじさんのお膝の上に……」
「え? なんですか、それ……。いやですよ、そんなの」
 前言撤回である。早速、沙耶香にセクハラまがいの提案をして、即座に却下されていた。
「おお、やっぱり東京の子はキッパリしてるなあ」
「……東京とか田舎とか、関係ないと思いますよ。それにわたし、お嬢ちゃんじゃないです。子供じゃないです」
 沙耶香が可愛らしく口を尖らせると、庄田を含む男達は可愛い赤子を見守るように目尻を下げてウンウンと頷いている。
 しかし、娘がまんざらでもない様子なのは見ていて分かる。ざっくばらんな雰囲気の庄田村長は、今まで娘の周りにはいなかったタイプだ。マイペースでのんびりしている沙耶香には、新鮮でちょうど良い話し相手になるかもしれない。
(いい気分転換になると良いけれど……)
 梨穂が娘を案じて物思いに耽っていると、手元のコップが急に重くなった。
「梨穂さん、飲んで飲んで」
 見れば、義弟が再びビールを注いでいる。
「あ、いえ、本当に……お酒に強くないんです。これ以上は、ちょっと」
「まあまあまあ」
 ハゲ頭の腕が伸びてきて、コップを無理矢理梨穂の口元に運んだ。梨穂は、困ります、と口の中で言ったが娘のようにはっきりと拒絶することはできない。
 仕方なく、こくりこくりと白い喉を鳴らして、黄色く苦い液体を飲み干した。
「梨穂さん、三十八歳なんだって? 随分若い時に子供を作ったんだなあ」
 と、ハゲ頭が言うと、梨穂が口を開く前に善嗣が話を受けた。
「そうなんですよ。恥ずかしい話、孕んだのはハタチそこそこでね。学生の分際で大学の先生だった兄貴と生でヤりまくって、結果妊娠ですよ。東京ってのは、性が乱れてますなあ」
「そんな……ヘンな言い方をしないでください」
 梨穂は抗議の声を上げる。夫の良隆とのなれそめをそんな風に言われるのは我慢ならない。
 しかし、ハゲ頭は梨穂の否定の言葉を聞いて嬉しそうに笑った。
「いやはや、さもありなん。こういう大人しそうな美人は、性欲が旺盛だからねえ。あんた、良隆君のことを誘ったんじゃないの、このデカいおっぱいで」
「きゃあっ」
 梨穂は叫んだ。ハゲ頭が、喋りながらブラウスのバストにタッチしたのだ。薄い布地に包まれた膨らみは確かに人より大きい物だが、こんなに露骨に男から触られたのは初めてである。
 梨穂は男の手を払うと、胸元を腕で隠した。
「や、やめてください……セクハラですよ」
 乾いた唇でかろうじてそう言うと、泣きそうになりながらも相手を睨みつけた。
 ハゲ頭は、しばらく未亡人のそんな様子をじろじろと無遠慮に眺めてから、フンと鼻を鳴らす。
「……けっ。きゃあ、って言うことはないだろうに。場の雰囲気ってもんがあるんだよ。どうなってるんだか」
 吐き捨てるように言われたのが、ショックだった。梨穂が俯いて、思わず謝罪の言葉を口にしようとした、その時である。
「おいおい。いいのかい、そんなに飲んで!」
 男達の間からひときわ大きな声が上がり、梨穂ははっと顔を上げた。
 見れば、床の間の目の前で、村人が立ち上がって娘を囲んでいる。沙耶香はその中心で、高々と濁った液体の入ったグラスを掲げると、一気に飲み干してみせた。
 おおー、と野太い歓声が上がる。
(あれは……何?)
 梨穂が目をこらすと、どうもグラスの中身は酒精の類いのようである。娘の顔色がおかしい。耳の辺りが赤を通り越して、紫がかっている。
「ちょっと、何してるのっ!」
 思わず声を上げ、梨穂は腰を浮かせた。しかし、その手をぐいと後ろに引っ張る者がいる。振り向くと、義弟の善嗣がでっぷりとたるんだ頬をニヤニヤと歪ませながら、まあまあ、と言うように首を振っている。
「場の空気、ってものがあるんだよ。梨穂さん」
「そんな……」
 梨穂が青ざめている間にも、沙耶香はさらに酒をあおった。まるで、悪魔かなにかに唆されたように。
(沙耶香、一体どうして……っ)
「いいんです。私、もう子供じゃありませんから」
「おお、いい飲みっぷりだな、嬢ちゃん。どれ、記念撮影だ」
 村長の庄田が沙耶香の深緑色のワンピースの肩に手を回した。いつの間にか、沙耶香は巨大な大根を抱えるように持たされている。
(ちょっと、何なの、あの大根は……!)
 梨穂は形の良い唇をあんぐりと開いて呆然とした。娘がほっそりした白い右手に抱えているのは、あろうことか、太く立派な根に、先端に巨大な傘を被ったような──卑猥極まる男根の形状なのである。
「こういう形の悪い大根は売り物にならないってんで、廃棄されてしまうんだよ。味は一級品なのになあ。こういったものも、村の方で利用していきたいと考えているんだ。今流行りの〝エスデージーズ〟ってやつだな」
 村長は訛った発音で誇らしげに言い、大根を持つ沙耶香に向かってスマホを構えた。
「お嬢ちゃんに宣伝してもらおう。村の公式〝いんすた〟に上げてもいいかな? 役場の若い連中に、良い写真があったら撮ってくるよう言われているんだ」
「えー、いいですよ。村の公式アカウントとかあるんですかぁ」
 男達が卑猥な笑いを浮かべているのにも気づかない様子で、沙耶香は平気な顔をしてその白男根に頬をすり寄せる。それからアイドルのように可愛らしく微笑んでVサインをした。
「はい、チーズ!」
 男達がスマートフォンを構えて、娘に向けてシャッターを切り始めた。
「ははは。いいぞ。もっと顔を大根に近づけて……キスしてみるんだっ」
 村長の庄田の下品な要求に応じて、沙耶香は卑猥な野菜に朱色の唇を寄せる。
(キスまでする必要があるの? 村のSNSの写真に使うだけなら、どうして周りの人達まで撮影しているのよっ)
 梨穂が戸惑っている内に、娘と巨大大根とのツーショット写真が男達のスマホに収められていく。この後、どんな風に出回り、それを見た男達がどんな風に使うのか──娘はきっと、考えていないだろう。
「いいぞぉ。じゃあ、今度は大根の先っぽを美味しそうに咥えてみよう!」
 村長の庄田が、あくまでも爽やかな口調で沙耶香に指示をする。
「……やめなさいっ!」
 梨穂はとうとう、場にそぐわないほど大きな声で叫んだ。
 一瞬、場がしんと静まったが、沙耶香はチラリとこちらに視線を遣った後、ピンク色の唇を大きく開いて、ぱくりと疑似男根の先端を唇で食んだ。男達はすぐに写真撮影に戻る。
 娘は明らかに、梨穂に対して反抗しているのだった。どうして急にそんな振る舞いをし始めたのかは分からないが、母親としてこれ以上黙って見ている訳にはいかない。
「ちょっと、やめてください! 私の娘に変なことさせないで!」
 梨穂は必死に男達の輪の中に身体を滑り込ませた。誰かのごつい手がスルリとヒップを撫で上げ、二の腕を掴まれる。胸の膨らみに手が伸びてきた。が、そんなことを気にしていられない。
 卑猥な形の大根を娘の手からもぎ取ると、梨穂は沙耶香を怒鳴りつけた。
「沙耶香っ。一体どうしたのよっ。いい加減にしなさいっ」
「いやっ。放っておいてよ! いつまでも子供扱いしないでっ!」
 沙耶香は梨穂の手から逃れようと華奢な肩をひねる。
 娘の荒い呼気から酒の臭いがして、梨穂はめまいを感じた。どれほど酒を飲まされたのか、いつもは澄んで可愛らしい目が、今は据わって真っ赤に血走っている。
(ビールの臭いじゃないわ。一体何なの?)
 戸惑う梨穂の手を振り払い、沙耶香は男達が支えようとする腕も振り払う。
「もう、お母さんなんか──」
 急に、娘の瞳がふうっと小さくなった。同時にろれつが怪しくなる。
 そこからは、スローモーションのように見えた。
 柔らかなボブヘアがぐらりと揺れて崩れ落ちる。細い腕が空中を泳ぐようにかき、村人達が声を上げた。
 梨穂が娘の名を思わず叫び、手を伸ばした、その瞬間である。
 白いロングスカートの裾が、ぎゅうっと絞られるように掴まれた。アッと声を上げた梨穂は、尻が心許なく風に晒されるのを感じる。
 何者かがスカートをまくり上げパンティの尻をぬめりと摩り上げたのである。
「ひいっ」
 その手の気味の悪い熱さに、母親は声を上げて振り向いた。
 村人達の、見分けが付かないほど黒く焼けた顔、顔、顔。いくつもの同じような顔が、梨穂のパンティを凝視していた。
 ふわりとスカートが下ろされる。まくり上げた犯人の顔は見えなかった。
「な……なんなの……っ」
 ──ごんっ。
 鈍い音が響いたのは、その時だった。娘の姿が見えなくなっている。
「あっ……沙耶香っ」
 梨穂が叫んで駆け寄ると、沙耶香は床の間に躓いたようだった。
 うつ伏せに倒れている身体を起こしてやると、どうやら額を打ったらしく、小さな赤いあざが出来ていた。しかし、それ以外に外傷はなく、深い呼吸音が聞こえる。眠っているだけのようだ。
(良かった、大きな怪我が無くて……)
 梨穂がほっと胸をなで下ろしている後ろで善嗣が、ああ、と声を上げた。
「おい、嘘だろっ。どうするんだよ……すまねぇ、村長。大事な掛け軸がっ」
 梨穂はその言葉に、ちらりと床の間を見た。鶏の掛け軸が派手に横に真っ二つに切り裂かれている。鮮やかな紅のトサカから上の部分だけが、壁からぶら下がっていた。
(あ……あれを、まさか、転んだ拍子に沙耶香が?)
 梨穂は内心でドキリとした。
 しかし、今はその娘が泥酔して意識を失っているのだ。口の端から、酸っぱい臭いの胃液がつうっと垂れている。
「……ああ、沙耶香。しっかりして」
 そこに騒ぎを聞きつけたシヅが割烹着の袖をまくりながらやってきた。
「まあ、大変……。梨穂さん、心配なさらないで。万が一吐いてしまったら、喉が詰まらないようにだけ気をつけておいてください。大丈夫ですからね。今、枕と拭くものを持ってきますから」
 いつになくしっかりした声で梨穂を安心させるように言い、素早く台所に戻っていく。
「ありがとう、シヅさん」
 年下ではあるものの、義母のなんという頼もしさだろう。
 それに比べて、村の男達は──。酒を飲ませた女学生が倒れているというのに、ニヤニヤと笑いながら、あるいはスケベな笑みを浮かべながら、寝そべっている沙耶香の胸や下腹部をじろじろと眺めているだけだ。
「ねえ、もう……いい加減にしてくださいっ。私の娘をジロジロ見ないでっ」
 梨穂はたまらず男達をにらみつけると、宴会場にしらけた空気が漂い始めた。

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