「気高い神獣姫のこの私が、こ、交尾など卑しいことをするわけがない!」
冒険者イヴァンが召喚した月の女神・ルナは、今はただの少女だった。
無垢な女神がかつての力を取り戻す方法は、契約者とのセックスだけ!?
誇り高く反抗するも、ひとりでお風呂すら入れないポンコツ女神で、
洗体されるうちにイク悦びを知り、身も心も委ねるようになって……
恥ずかしがる獣娘をしつける旅へ──ケモミミ調教ファンタジー開幕!
プロローグ:神獣姫が眠る場所
第一話:神獣姫との契約
第二話:欲しているのは力
第三話:初めての入浴
第四話:初めての快感[ルナ]
第五話:人並みの格好に
第六話:神獣姫はなにもできない
第七話:今夜も浴室で[ルナ]
第八話:依頼斡旋所
第九話:神獣姫の強さ
第十話:さらに言い聞かせる
第十一話:謝罪とともに[ルナ]
第十二話:次なる目的
第十三話:再三の屈服
第十四話:心地いい屈服[ルナ]
第十五話:退屈なルナ
第十六話:快感のための行為[ルナ]
第十七話:次の町へ
第十八話:交尾への渇望[ルナ]
第十九話:ご褒美と命令
第二十話:弄ばれる悦び[ルナ]
第二十一話:父のような顔
第二十二話:ご褒美の時間・上[ルナ]
第二十三話:ご褒美の時間・下[ルナ]
第二十四話:神獣姫としての葛藤
第二十五話:服従のキス[ルナ]
書き下ろしSS:月の国の守護女神
本編の一部を立読み
プロローグ:神獣姫が眠る場所
創世期――。
世界を創り上げた『神獣姫』と呼ばれる数多の女神たちがいた。
彼女たちは森羅万象を創り、自然物と生命の中間たる魔物を創り、最後に、純然たる生命として、人と獣、その中間である獣人たちを創った。
創世のあとも、この世界に生きる諸々を見守り、加護を与える存在となった。
しかし、長らくの時とともに信仰は廃れ、存在が忘れられ、伝説は風化していき――。
いまや神獣姫のほとんどが、古文書の中でのみ存在を確認されるに留まっている。
誰もが創世の時代を忘れた時代において。
神獣姫は非力で、無力で、意味のない存在だった。
そして、ここにもまた、一柱の忘れられた神獣姫がいる。
アンドルシュと呼ばれる森の奥深くには、朽ちた古の神殿があった。
かつて月の創造主と崇められた聖なる姫は、そこで悠久にまどろんでいた。
『彼』がここを訪ねるまでは、ずっとまどろみ続けていたのだ。
長い長い夢の果て。誰のものともわからない聞き慣れない男の声が、子守歌のように聞こえてきた。それは重いまどろみを払う旋律だった。
ゆうに二万年ぶりに聞く人の声と、外の世界の眩しさに、聖なる姫は目を開く。
碧い眼で、『彼』を見た。
第一話:神獣姫との契約
それは純白だった。
悠久とも呼べる時にさらされてなお、純潔な色を保っていた。
「――これが」
イヴァン・マツェクは手に取った。その、真っ白い|象徴《トーテム》を。
古びた神殿の奥にある、かろうじて原形を留めていた朽ちた石祭壇に安置されていたそれ。一見、狼を形取った小さな石飾りにしか見えない。しかし色、形、材質――どれを取っても確信を抱くに足る。
「やっと見つけた……! これが本物の……『月のトーテム』……!」
イヴァンはいま、感無量によって打ち震えていた。
長らく探していた物がようやく見つかった。
これまで、何度偽物を掴まされかけ、偽の情報に踊らされ、騙されて金品を奪われて、危ない目に遭ってきたことか。
「くうっ――」
込み上げるものを拭い取るために、ぐしゃぐしゃと荒っぽく目元を拭った。
「待て、俺。ここで感動するのはまだ早い。まだ一つ目だ。まだ、月の神獣姫だけ――。それに、契約だって済ませていない」
イヴァンは背負っていたリュックをいそいそと地べたの石畳に置くと、中から木炭と、古ぼけた本を取り出す。
そうしてばっとページをめくり、木炭を地面に押し付けると、力強く走らせた。
イヴァン・マツェクは今年で二十八歳になる。中年に片足を突っ込みかけているいい歳の大人なのに、見つけた古代神殿の床に落書きをする。なんとも後ろめたい。
(くっ……許せよ。古代神殿……!)
罪悪感がキリキリと胃を締め付けた。なにしろ、いまは冒険者なんて風来坊をやっているが、元はこれでも考古学を専攻していた研究者。日夜国立の研究所で、古文書ばかりを紐解いていたっけ。
だから神聖な遺跡に落書きする行為に対する罪の意識もひとしおである。
とはいえ、そのときの知識が、まさかいま役に立つとは――。
(いや……役に立つのだろうか? あるいは、これは古代人が残したおとぎ話なのかもしれない)
イヴァンは手を止めて立ち上がる。
朽ちた祭壇しか残っていない、吹きさらしの神殿の石畳には、木炭で描いた巨大な魔法陣があった。
その中間部分にトーテムを置くと、魔法陣の前に立つ。
ぺらりと古文書のページをめくった。
(いずれにせよ、あとは――これに縋るしかない……! 俺がしてきたことは意味があったのか、あるいは徒労だったのか。これで結果が出るんだ……)
イヴァンは書に書かれた古代文字を読み上げていく。
蛇がのたくったような長い長い言葉の羅列。いまや聞き取れる人はおろか、完全に意味を解する人はまずいない。
イヴァンも例外ではなく、この呪文に関しては、声に出して読むことはできても、意味は五割程度しか紐解けていなかった。
しかし、それがどうしたのか。いま必要なことは、書にしたためられた意味ではない。
必要なのは――。
(……効能)
にわかに白く輝き始めた魔法陣を、ジッと見つめる。
(古代人は……――)
イヴァンは、書の続きを読み上げていく。
やがて魔法陣の中心に形作られる白銀の光の塊を目に映しながら。
(古代人は、真実を書いていた――!)
興奮に値する現象がいま、起きていた。
魔法陣から放たれる白い輝きが中心に集まっていって、トーテムを覆い隠してしまう。
その光の集約が膨らんでいったかと思うと、うずくまる女のシルエットを取ったのだ。
「……っ」
訝しげに眉をひそめつつ、ゆっくりと立ち上がる、その女性。
純白の色をしていた。
ミルクを溶かし込んだように白くみずみずしい肌は、白いロングドレスのようなローブをまとっている。
白銀の、腰まで伸びた豊かな髪が風でサラサラとたなびき、太陽光を反射してキラキラと輝いている。
眉目は整っていて、パタリと動いたのは、頭から生えた白銀の犬の耳。尾がふわりと揺れる。
しかし獣人にはこのような毛色はない。
それは紛れもない――神獣姫たる証。
唯一、瞳の色だけは抜けるように澄み渡った青。
その、凜とした印象の澄んだサファイアブルーの瞳を見た瞬間、目が離せなくなった。
(……なんて、きれいなんだ)
彼女こそ月の神獣姫が具現化した姿。淡く輝いてすら見える、その姿。
イヴァンはこれまで生きてきて、彼女ほどに美しい女性を見たことがなかった。
神獣姫の青い瞳が、ジッとイヴァンを見つめる。
「……この私を目覚めさせたのは、貴様か?」
紡がれた声まで聞き惚れそうなくらい美しかった。
(これが……伝説に聞く神獣姫なのか)
怖じ気づきそうになるが、息を呑み、やっとの思いで口を開く。
神獣姫を無理に呼び出した者は、その強大な力によって、むごたらしく殺されると聞く。しかし、いま相手は呪縛のための魔法陣の檻の中。話す時間くらいは稼げるはずだ。
「そ、そうだ。この俺――イヴァン・マツェクがおまえを呼び出した」
怒れる姫を前にして、決してひるんではいけない。隙を見せてはいけない。
よってイヴァンは虚勢を支えに、堂々たる態度で告げる。
「俺の要求を呑んでほしい。俺と『契約』をして、望みを叶えてくれ! そのためには、どんな物でも捧げる覚悟があるつもりだ!」
「……捧げる?」
その、純白の神獣姫は薄く笑った。
「小さく脆弱な人間。貴様に、一体なにが捧げられるというのだ」
「……俺の魂だ」
そうキッパリと告げた。
「魂?」
鼻で笑う姫を、真っ直ぐ睨む。
「魂をくれてやる。だから……! どうか、俺の望みを聞いてはくれないか?」
「つまりそれは、私の眷属になるとでも?」
「そうだ」
「脆弱な人間の、その、ちっぽけな魂に、どれほどの価値があるのだ?」
「そ、それは……」
イヴァンは言葉をなくす。
魂とは、人間が神獣姫に捧げることができる一番の供物だと聞いていたのに。
(……契約は失敗か……?)
その瞬間、神は獣となって人を屠るだろう。
イヴァンは死を覚悟した。
だが――。
「……なあ、答えてみろ。貴様の魂に、どれだけの価値があるか」
純白の姫は、神の形を保ったまま。繰り返し聞いてきた。
(……うん?)
違和感を覚えながらも、答える。
「それは……わからない。俺の魂の価値を決めるのは、おまえではないのか?」
「そうか。なら、答えてやろう。無価値であると」
彼女は忌ま忌ましげにキッパリと吐き捨てた。
つまり、契約は失敗。失敗したはずなのだ。
「よって私には貴様の願いを叶えることはできない。叶える気もない。この契約は無効だ」
「ああ――そうか」
イヴァンはようやくピンときた。
「おまえ……俺を屠ることができないのか?」
「っ――」
ピクリと彼女の耳が揺れる。
青い目がほのかに怒りの炎を宿してイヴァンを見据える。
「……さて――どうか? 試してみるか?」
「つまり――」
イヴァンは古文書のページをまためくると、彼女に手のひらを向けた。
「いまのおまえなら、俺の眷属にでも……できる……とか?」
カマを掛けたつもりだ。
どうせ破綻した契約。いずれにせよ命はない。だったら――ひとつの賭けに出た。
「っ――創世神に名を連ねる、神獣姫のこの私を眷属にする……だと?」
純白の姫がついに牙をむく。
「ほざけ! たかが人間の分際で、貴様になにができるというのだッ!!」
「しかし……俺は知っているぞ? 信仰をなくした神獣姫は、その力をも失う。つまり、月の神獣姫。おまえは……」
「っ――う、うるさい。黙れっ――」
「今のおまえは!」
焦りを滲ませる姫に向かって、イヴァンは叫んだ。
「このちっぽけな魔法陣の檻すら壊せない、弱く儚い神でしかないんじゃないのか!?」
「貴様ぁっ、言わせておけばっ……!!」
ついに、怒りをむき出しにした姫が飛び掛かろうとする。しかし、なにか見えない壁に阻まれるように、はじき返されて魔法陣の中心へと倒れ込んだ。
「っ――く、うっ……」
神獣姫は歯噛みする。
神との契約の儀式は、弱味を先に見せてしまった者が敗北する。
つまり――この瞬間、彼女は負けたのだ。
イヴァンは素早く、つぎの古代の呪文を唱えた。
「っ……き、貴様ぁ……!」
忌ま忌ましげな青い瞳に睨まれながら。
イヴァンは呪文の最後の一句を叫び上げる。
「――――!!」
現代人には聞き取れない、摩訶不思議な旋律を。
次の瞬間、神獣姫の体がビクンと跳ねた。
「ぐっ――あ。あああぁぁぁっ――!」
首を掴むように指を立てて、彼女はもがき苦しむ。
その姿をイヴァンはしばらくのあいだ、固唾を呑みながらジッと見つめた。
やがてうずくまった姿勢で、肩を上下させる姫の細い首には、金属製の首輪がしっかりと取り付けられていたのだ。
「っ――あ、あ……」
自らの運命を悟り、茫然自失になって、ぺたりと床に座り込んでいる月の神獣姫の姿。
「契約は――成立したのか」
イヴァンは、ホッと胸を撫で下ろす。
しかし、心臓はいまだバクバクと跳ねていた。
(まあ、当初の予定とは違うが――)
「創世の月の神獣姫。おまえは今この瞬間から、俺の眷属……俺の配下だ」
イヴァンは、きっぱりとそう告げるのだった。
第二話:欲しているのは力
いくら眷属の証たる『服従の首輪』が取り付けられているからといって、魔法陣を消すときは緊張した。
いまは落胆したように肩を落とし、黙り込んでいる月の神獣姫だが、いつ飛び掛かってきて、襲われても不思議ではない。イヴァンは腰のベルトに吊したショートソードの位置を確認しつつ、警戒心を緩めなかった。
そのまま本と木炭をリュックにしまい込み、背負い、魔法陣を靴底でこすって消す。
やっと魔法陣の檻から抜け出せるようになった神獣姫が、ぺたぺたと歩み寄る。石畳を踏みしめる無垢な素足は、色白でか弱く見えて、痛くはないのかと気になった。
「痛いところは?」
「……ない」
意外にも、おとなしい態度で彼女は答えた。
怒っていたところを無理に眷属化したので、もっと反抗的な目を向けられるかと思ったのだが。
従属させてからは、なんとも拍子抜けする態度だ。恐らくは、へたに逆らって強制力を使われることを警戒しているのだろう。
イヴァンは彼女を促して神殿をあとにする。
神獣姫は後ろをついてきた。否、ついてこざるを得ないのだ。契約を交わした相手とは、自らの意思で離れることができなくなる。
「それにしても、貴様は――いいや。……あなたは、なぜ私と契約を結ぶために、わざわざここへ赴いた?」
森林の道なき道を歩きながら、神獣姫が尋ねてきた。
「おまえの力が必要だったからだ。いや……おまえじゃ不便だな。創世の月の神獣姫、名前はないのか?」
「ある。ルナだ」
「そうか。なら、そう呼ばせてもらう。俺のことは――」
「……|主《あるじ》。それでかまわないか?」
「素直なんだな?」
驚くイヴァンに、彼女は不満顔ながら頷いた。
「わきまえてはいるからな。しかし、この私が、わざわざ主と呼んでやることは光栄に思うべきだ」
「わかっている」と苦笑して頷く。
内心、女神だけあって、だいぶ高慢なんだなとは思った。
そんな彼女を連れて向かった先は、森林を出た先にあるへんぴな町だ。
左手に農園が広がる『カシュカの町』と呼ばれるそこは、木と石で組まれた三角屋根の家屋が並ぶ。
イヴァンは、その中にある宿に入ると、すでに借りてある一室に彼女を招き入れた。
「……ここは?」
きょろきょろとあたりを見回すルナにとって、目に映る物すべてが珍しい様子だった。
ベッド、タンス、椅子、机、窓のサッシや扉の一枚に至るまで、物珍しげにジッと見つめている。
「俺が借りてる宿の部屋だよ。それより、なんでも珍しそうに見るんだな?」
「当然だ。私が眠りについたのは二万年も昔。その頃の人間には、このような文明など、なかった」
「そうか。だったら、ひとつひとつ説明がいるだろうか?」
イヴァンはルナに、この場所にあるもののすべての名前と用途を教えていく。
彼女は、丸い大粒の瞳をさらにまん丸くさせながら、しばらくは感心した様子で聞いていた。
思いのほか無邪気な態度だ。召喚したときに見た敵対的な態度とのギャップが大きくて内心戸惑う。
(もしかしたら、こっちが素なのかもしれないな……)
そんなふうに思いつつ次々と説明をしてやっていたら、やがて。
「……ちょっと待て」と、押し止められる。
彼女が怪訝そうな目を向けてくる。
「主はなぜ、私に物事を教えている? なんのために私と契約をしたのだ。私の力が必要だと言っていたな。しかし、見ただろう? かつてならまだしも、今の私には、なんの力もない。できることなど、ただの人と変わらない。……まさか、使用人が欲しかったなどとは言わないよな?」
「もちろん。創世の月の神獣姫の、神としての力が必要だ」
「契約を交わしたばかりでなんだが、今の私にはなにないぞ」
「わかっている」
「わかっているなら、なぜ?」
疑問を次々に向けてくるルナの前で、イヴァンは床に置いていたリュックを開いた。
中から一冊の古文書を取り出して、パラパラとめくる。
「たとえおまえに力がなかったとしても望みがあった。この中に書いてあるんだ」
「なにをだ?」
「おまえに力を取り戻させる方法だ」
めくる手をピタリと止める。
「あった。これだ」
指で文字をなぞりながら、中に書かれている文を丁寧に読み上げた。
「神力の漏洩の防止弁である信仰を失い、力をなくした神獣姫。しかし彼女の身に神力を取り戻す方法は存在する。すなわち契約者が精気を注ぎ込む。受け取る器が仕上がっていれば、よりよく受け取られる」
「……はあ?」
当惑するルナに、「つまり――」と読み終えた本をパタリと閉じる。
「今後、おまえは俺とセックスをすればいいということだ。わかったな?」
じっと、その青い目を見る。
「――はあっ!?」
彼女の色白だった顔色が赤く染まった。
「なっ。なななっ――!?」
わなわなと震えるルナ。
思った以上の動揺っぷりに、イヴァンは首をかしげた。
「……まさか、おまえ処女だったりする?」
「あ、ああ、当たり前だろうがっっ!?」
彼女はぴしゃりと叫ぶ。
「私は創世の月の神獣姫だぞ!? 気高く誇り高いこの私が、こ、ここ、交尾などという人間の浅ましく卑しい行動にうつつを抜かすわけがないっ!!」
「……あれ? その交尾をする生き物を創ったのだって神獣姫だろ?」
「あれは私ではない!」
叫ぶルナは泣きそうな顔をしている。
思った以上の純情っぷりに、意外とかわいいところがあるんだなと心証を改めた。
「それもそうか。人間を創ったのは、創世の人の神獣姫のウィルだったな」
「そうだ! ……って、主はウィルの名は知っているのか? 私の名は知らなかったのに?」
「ああ。神獣姫ウィル――いまでも信仰されていて、大都市とかだったら神殿が建っているほどだ」
「な、なんと。羨ましい……」
腕組みをして、深刻な顔で唸るルナ。
「私とて信仰が残ってさえいたら、力を失うようなことにはならなかった。今のような状況になど――」
「……だから」
イヴァンは彼女を見据える。
「力がないのはおまえだって嫌なんだろ? そっちだって精気を蓄えたら、力を取り戻せるんだ。いい取り引きだとは思わないのか?」
「……んっ?」
ぴくりと彼女の耳が動く。
そんな彼女にあらためて言い聞かせた。
「セックスするのは、なにも俺の欲望のためじゃない。おまえの神力を戻すためのことだと俺は言ってるんだ」
といっても――ルナほどに整った外見の女性なら、どうしても欲望が混ざってしまいはするが。
しかしイヴァンの主な目的は、そちらではない。
(俺が必要なのは、あくまでも――こいつの神力だ。余計な感情なんて入れなくていい)
「…………」
ルナはじっと黙り込み、うつむくようになっていた。
彼女なりになにかを考えているのだろう。
イヴァンは、それをゆっくりと待つ。彼女は頷くだろう。そんな確信があった。
なにしろ――。
(神力を取り戻せるってことは、俺の支配下を抜けられる可能性が出てくるってことでもあるからな。なにせ、なんの訓練もしていない人間との契約だ。相手は創世の神獣姫ほどの神。そこにほころびが作れることくらい、簡単に気が付くだろうし……)
これは、反逆されたくなければ、普通ならば絶対にしてはいけない危険な行為でもあるというわけだ。だが、イヴァンにとってはどうでもいい。元より彼女の神力のために魂を譲ろうとすら思っていたくらいなのだから。
「わ……わかった」
そして、案の定ルナは頷いた。
うつむいていた顔を上げる。青く透き通った目が真っ直ぐイヴァンを見返した。
しかし、その表情はどこか緊張した様子を覗かせていて、ソワソワとしている。尻尾もゆるやかに下がっていた。
「……あなたと……その。事をなせば、私の神力が戻せる。ほ、本当なんだな……?」
「それが嘘か誠なのかくらい、なんとなくわかっているんじゃ?」
「……それは――そうだが」
ルナはコクッと頷く。
「人間と交尾などと……むむむ。不本意ではあるが……」
彼女はため息をついた。
「今の私はあなたの眷属。しゃくではあるが……神力の復旧があなたの望みと言うならば、私にはそれを叶える義務があるし……」
彼女の頬は真っ赤に染まっている。
「……|それ《・・》については、悪くない取り引きだ」
「よし。成立したな」
そう言うなり、イヴァンがぴっと指差したのは、部屋の奥へ続く一枚のドア。
「だったら、あの先に浴室があるから。身を清めてこい」
「……へっ?」
動揺するように、耳をぱたぱたと動かすルナ。
「み、身を清めるとな……?」
「そうだ。それとも、そのままシたいのか?」
「えええっ……。さ、早速!? ……いきなり? 主は、この私になんの心の準備もさせてはくれないと……!?」
みるみるうちに頬を真っ赤に染めるルナが、なにやら身を乗り出して、涙目で抗議をしてきた。
同意を取り付けたはずなのに、まさかここまで動揺されるとは思ってもみなかった。
うっかり、少したじろいでしまう。
「……こ、心の準備が必要なら、身を清めながらでもやればいいだろ?」
「くっ……そんな短時間でできるかぁっ!」
「だったら、どれくらいの期間が必要なんだよ……?」
「せめて一〇〇年……いや、一〇〇〇年……?」
「却下だ! 俺の寿命が尽きるほうが早いじゃないか!」
イヴァンは彼女の背をぐいと押した。
「ひぅ!? 私に触るなぁ!」
びくんと過敏に反応したルナの尾が、ピーンと立っている。
「主はひどいっ。主は残忍だあっ」
そんな涙ながらの訴えを聞きながら、彼女を浴室に押し込んだ。
ドア越しに、ブツブツと恨み節が聞こえてくるが、しばらくしてそれも止む。
今度は逆になにも聞こえなくなってしまったから、イヴァンはハラハラとした。
(だ、大丈夫だろうか……?)
ごくりと息を呑み、慌てて首を横に振る。
(って……お、俺は、なにを心配してるんだ。冷淡に振る舞うんだって決めてるだろ?)
こんなことでは目的も達成できないではないか。と、決意を改める。
いや、とはいえ、まさか神獣姫があれほどに人間らしい感情を持っているとは思ってもみなかった。古文書からはそのあたり、なにも伝わってこなかったので、こうして現物を目の当たりにして内心では戸惑っている。
そのとき、カチャッとドアが薄く開いて、隙間からルナの頭がひょこんと覗いたため、ドキッとした。
「な、なんだ……?」
見ると、困り顔になった青い瞳がチラチラと窺い見てきている。
「うう……主。そのう……」
しどろもどろ話すルナの耳がしょんぼりと垂れている。
「へ、へんな器具ばかりがあって、よくわからない……。どうすればいいのだ?」
「ああ……」
イヴァンは納得して頷いた。
(そういえば、二万年ぶりだと言ってたか……そりゃ、人間の作る器具には見覚えがないよな……)
仕方ない、と決心する。
「……一緒に入るか」
「ひぁう!?」
びくーん! とルナが緊張して毛を逆立てているが、(恨むなよ)と内心思いながらドアを開けた。