月の神獣姫ルナ、太陽の神獣姫ソル、地の神獣姫テラ、星の神獣姫アリス&エリス。
五柱の美しき女神を従わせるため、濃厚なエッチを交わし続けた日々。
冒険者イヴァンの長く淫らな旅にも、ついに終わりの時が来た。
イヴァンの宿願──亡き妻子を蘇らせるという願いを叶えるため、
ついに「永遠の契約」の儀式が始まる。そして新しい「家族」が……
獣耳もふもふファンタジー、感動と興奮の最終巻! 書き下ろし後日譚収録!
第一話:最後の契約
第二話:エリスの逃走
第三話:大切な場所
第四話:呪縛の快感[テラ]
第五話:みんなで野宿
第六話:押し込めた気持ち[ルナ]
第七話:神獣姫の選び方
第八話:寝静まる中で[ソル]
第九話:大部屋での騒動
第十話:双子の誘い
第十一話:屋根の上での情事[アリス&エリス]
第十二話:荷馬車の上で
第十三話:長旅の疲れ
第十四話:いつもと違う態度[ルナ]
第十五話:部屋割り1
第十六話:部屋割り2
第十七話:旅の続き
第十八話:日課となった行為[ルナ]
第十九話:女神の気まぐれ
第二十話:永遠の契約
最終話:神獣姫とともに
後日談:永遠の花嫁
本編の一部を立読み
第一話:最後の契約
今日もマツェク家での一番の早起きは、星の神獣姫の片割れアリスだった。
「んん……」
大きく伸びをしてから、妹を起こさないようにベッドから忍び出る。
身だしなみを整えて、着替えを済ませてから、部屋を出るとバルコニーへ向かった。
一歩外に出ると、頭上にからりと乾いた空が広がる。今日はよく晴れていた。
(お洗濯物が乾きやすそう……)
そんな、世俗的なことを考えるようになったのはイヴァンの元に来てからだ。
アリスだけではない。他の神獣姫も、古からは考えられないくらい平凡で牧歌的な日常を送っているように見える。でも、それが幸せと感じる。
きっと、そう思っているのはアリスだけではない。
役割や階位は違っても、同じ創世の女神同士。なんとなくわかるのだ。
「今日もチョウチョさんが踊ってる。鳥さんがお空を泳いでる」
自然、にへっと顔が緩む。
「……ふふ」
今日のアリスは普段よりいっそう上機嫌だった。
昨夜、破瓜したせいではない。否──それもあるかもしれないけれども。
「マスターと永続契約できちゃった……」
唇に手を伸ばすと、そっと形を辿る。
まさかエリスが許可するとは思わなかったのだ。本当はずっと、契約していいと思っていた。でも、そんなことを少しでも考えるとエリスが激怒すると思っていた。だから気持ちにも上らないようにと必死に押さえ込んでいたのに。
(エリスは変わったの。マスターが変えてくれた)
そう思っていたら、「おはよう」と背に声が掛かる。
振り返らなくてもわかった。イヴァンだ。
「マスター、おはようございます」
振り返ると、はにかんで挨拶を返す。
イヴァンが笑った。
「いつもより機嫌がよさそうだな」
指摘されたことにびっくりして目を瞬く。でも、少しも嫌じゃない。
「マスターは、すごいの。私たちのこと、なんでもわかるんだね」
「え? ……い、いや、それほどまでは──」
彼は困ったように頬を掻いたあと、照れ笑いを見せる。
「……まあ、しいて言えばよく見ているからだろうか? おまえたちも、だいたい素直だしな。見ていれば、わかりやすい」
「ん……」
アリスは小さく頷いた。
「私も……見ていればわかるの。マスターはみんなのこと大事にしてくれてるの。だから私もエリスも、心を開いたの。特にエリスは……人間にキスするなんて、思ってもみなかったの」
「エリスか。たしかに最初の頃なんか、特に人間不信が強いように見えた」
「うん。あのね、エリスは──」
アリスは一瞬、言おうか言うまいか悩んだ。
でも、すぐに言ってもいいよね。と判断する。
(マスターだもん。エリスも許してくれるよね)
そんなふうに思えたから、口を開く。
「……何度も裏切られたの。星の神獣姫は、創世の女神の中でも弱くて小さな女神だから。人間から、ないがしろにされやすかった。お願いを頑張って叶えても、感謝してくれるのは刹那だけ。祠を建てては壊されて、転々としてきたの。私たちは、そういう女神だったから」
「……そうだったのか」
目を瞬くイヴァンに、「うん」と頷く。
「でも、そうされても、しかたなかったの。私たち星の神獣姫は、月の神獣姫のように月明かりを操ったり、夜を引き延ばしたり、重力を操作したりできない。太陽の神獣姫のように、炎を操ったり、日差しや昼を扱ったりすることもできない。地の神獣姫のように、草木や地面を操ることもできないの。私たちにできることは、星のひとつを瞬かせることと、死者の魂を引き寄せることだけなの。できることなんて、ほとんどないの。だから……」
自嘲するアリスだったが、イヴァンがぎゅっと手を握りしめてきた。
「ふえ……」
戸惑うアリスの目をジッと見つめて、彼が言う。
「そんなことはない」
「えっ……」
「いい神力じゃないか。おまえたちにしかない力だ。他に代わりうるものがない力じゃないか?」
「そ、それは」
アリスはドキドキする。
まさか、そう言ってもらえるだなんて思ってもみなかった。
しかし彼は真剣な目をしている。
「だからこそ俺はおまえたちを欲したんだ」
そう言ってイヴァンが微笑む。
「だからこそ……?」
戸惑い、目を瞬いた。
そのとき気が付いたのだ。
彼の本当の目的が別にあるということに。
(もしかしてマスターは、本当は、神獣姫のハーレムを作りたかったわけじゃない……?)
キョトンとしていると。
「とうとう、星の神獣姫との契約も終わったのですね?」
そう声を掛けてくる者があった。
地の神獣姫テラだ。
彼女はバルコニーに出てくると、いつものように優しそうに、にこりと柔らかく微笑む。
「お待ちしていました、イヴァンさま。ずっと……待っていました」
「ああ……そうだったな、テラ」
イヴァンは振り返る。
「星の神獣姫との契約も済ませること。そうして覚悟を示すこと。それが、おまえとの契約だったな」
「はい。そしていま、それが履行されました」
そう話すテラのもとへイヴァンが歩み寄る。
ふたりの姿を、アリスはキョトンと見守った。
(女神の契約……? そういえば、マスターはテラお姉様とだけは服従の契約ではなくて、女神の契約を交わしていたんだよね)
その契約の内容がなんなのか、一度も聞いたことがなかったことを思い出す。
(テラお姉様との契約は、|星の神獣姫《わたしたち》との契約だったということ……?)
戸惑うアリスが見守る前で、テラはイヴァンを見つめて、嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、ついに私はそなたの物になることができるのですね。そなたは、私の呪縛を解いてくださいました」
「……呪縛、か。これがおまえの役に立つことなのかは、わからないが……」
「いいのです。私はもう、女神として生きることに疲れておりましたから」
そうして、テラが身を乗り出して顔を寄せ、イヴァンの唇を塞ぐ。
しばらくはそうしてキスを交わしていた。
ふっと彼の首筋にあったテラの紋章が消えるのを見て、アリスは気が付いた。
(そっか……テラお姉様も、本当はマスターと服従の契約をしたかったんだ。ずっと一緒にいたかったんだ)
でも、彼はあくまでも人間だ。
絶対の服従を誓ったところで、彼がその肉体を失ってしまえば魂まで留めることはできない。
(ううん……私なら追尾できる。マスターがたとえ死んだとしても)
ただ、それをやって正解なのかはわからない。
結論は、彼が死ぬそのときまでは取っておいていいとも思う。
でも、唇を離したときに、テラがどこか寂しそうな表情をしたことで、なんとなく悟ってしまったのだ。
嫌なかんじがした。
(……私たちは、本当にマスターと一緒にいられるの?)
気になって、じっとテラのことを見てしまっていた。
目が合うと、彼女は少し照れたように微笑する。
「アリス」
テラに声を掛けられた。
「居間へ行きませんか。少し早いですがエリスも起こしましょう。いま、ここに、すべてが揃いました。私たち五柱の神獣姫が。その意味を星の神獣姫にも打ち明けねばなりません。違いますか、イヴァンさま?」
そうやって地の神獣姫に聞かれたイヴァンが、静かに頷く。
「そう……だな」
しかし、彼もどこか悩んだような表情をしていた。
アリスはますます不安になる。
(……どういうこと?)
顔に出ていたのか、振り返ったイヴァンが側へ来て、ぽんと頭を撫でた。
「戻ろうか」
一言そう言われて、アリスは頷くしかなかった。
第二話:エリスの逃走
イヴァンの、ただひとつの願い事。
それは素朴で、しかし世界の|理《ことわり》を超えるものだった。
「……じゃあ、つまりマスターがボクたちを懐柔したのは、ボクたちが裏切らないため? 大きな力を使わせるのを逆らわないようにするために……?」
居間の食卓を囲んで、話を聞き終えたエリスは蒼白になっていた。
そうして、ギュッと拳を握りしめる。
「……やっぱり、信じるべきじゃなかった。人間なんか。結局は利己的な生き物なんだ!」
エリスは席を立つと、部屋を飛び出す。
慌てて姉が立ち上がった。
「エリス!?」
追いかけようとしたアリスの首輪がいきなり、バリンと爆ぜて跡形もなく消し飛んだ。
「ひゃう!?」
びっくりして、尻餅をつく小さな神獣姫にイヴァンはギョッとする。
「アリス、大丈夫か!?」
急いで駆け寄ると、彼女は呆気に取られた顔をして、なにもなくなった首に手を触れた。
じわじわと目に涙を浮かべる。
「ああ……マスター、どうしよう。エリスが首輪を外しちゃった」
困惑顔を向けられる。
「ああ、そうみたいだな」
イヴァンはしゃがみ込むと、アリスの首筋に手を触れて怪我がないことをたしかめた。
「……よかった。首輪が急に割れてびっくりしたが、怪我はしてないみたいだな」
「う、うん。でも、エリスが。勝手にどこかへ行っちゃった……」
「平気よ。人間が施す弱い服従の呪縛がなくたって。それよりもずっと強い力を持っている、女神からの服従の契約は履行済みなんだから」
そう話し掛けてきたのは、太陽の神獣姫ソルだ。
彼女は歩み寄ってくると腕組みをして、ジロッとイヴァンを睨む。
「……この場合、ダメなのはご主人さまのほう。せっかくの女神の服従があったって、キミがきちんと制約を施さずに自由意志を尊重するから、こんなことになるのよ」
ため息をこぼす猫耳の神獣姫に、イヴァンは苦笑を漏らすしかない。
「ま、まあまあ……」
たしかに、これについては迂闊だったかもしれないと思った。なにもアリスを泣かせたかったわけではない。
(……それに、エリスのことも)
傷付けることは本望ではなかった。
他の神獣姫のように、真の望みを伝えても、彼女たちもまた納得してくれるだろうと思ったのに。まさか飛び出してしまうとは思ってもみなかった。
(利己的……か)
叫ばれた言葉が胸に刺さる。
ぼうっとしていたら、見かねた様子でソルがため息をこぼした。
それから、ツンと澄ました態度でアリスを見下ろす。
「アリス、いい加減に泣き止みなさい。どうせ遠くには行けないし、すぐにご主人さまが必要になって戻ってくるわよ。だいたい、片割れなんだから、居場所だってわかるでしょ?」
「う、うん。でも……」
アリスは座り込んだまま嗚咽を漏らす。
「エリス、ちっとも話を聞いてくれないの。さっきから話し掛けてるのに。少しも聞いてくれない。胸が痛い……息苦しい」
ぎゅっと自身の胸を押さえるアリスの姿に、一同は沈黙する。
そんな中、すっくと席を立ったのはルナだった。
「……わかった。アリスはここで、主と一緒に待っていればいい。私が探しに行こうではないか」
彼女はアリスに向かって微笑みかけたあと、すたすたと部屋を出て行こうとする。
「あてはあるの?」
問いかけたソルをルナが振り返る。
その目は自信に満ちていた。
「無論。この私を誰だと心得ている?」
「それは、月の──」
「私こそが主の筆頭ペットなのだ。主のよさは、この私が一番よくわかっているに決まっているではないか。それこそ主以上にな。なに、安堵して待つがよい。この私が主の素晴らしさを、こんこんと説いてくるのだ!」
えへんと胸を張って尾を振るルナの態度に、ソルが呆れた目を向けた。
「そ、そういう意味……?」
「他にどういう意味があるのだ?」
怪訝そうな顔をするルナに対し、ソルが深いため息をつく。
「いいわ、なにも言わない。行ってらっしゃいよ、任せるから。ご主人さまも、それでいいわよね?」
「ああ、構わないが……」
イヴァンは苦笑するしかなかった。
色々と不安にはなるが、ルナなら少なくとも、エリスを傷付けるような心配はないだろうと思えはする。
(俺が行っても、人間不信のエリスが聞いてくれるかわからない。なら、同じ神獣姫のほうがいいか……)
そのように判断し、「任せたぞ」と告げるのだった。
「うむ、任せておけ!」
ルナが張り切って尾をさらに大きく振る。彼女は頼られることが嬉しいのだろう。
「それでは、私はふたりがいつでも帰ってきてすぐに美味しいご飯が食べられるように、食事の支度をしておきますね」
朗らかにテラが言った。
「ああ、そうだな」
イヴァンは目を細める。
ふと見るとソルがアリスを慰めていた。
「まったく。泣くんじゃないわよ。キミたちは双子なんだから。アリスがここにいるってことは、エリスも戻ってくるわ。そうでしょう?」
「う、うん……」
小さく頷き、涙を拭う星の神獣姫を見て、ソルがどこか安堵したように胸を撫で下ろす。
彼女はツンケンしているように見えて、仲間が悲しんでいることを心配はするのだ。
(……みんな、いい子だよな)
イヴァンはしみじみと思う。
(神獣姫というのは、古文書でもなければ壁画でもないんだ)
ずっと考えていた。
(知性も感情もあって、人間臭くもある。一見、獣人にすら見える。ただ優れた力と、神としての特性と、尽きない寿命がある以外は、俺たちとなにも変わらないんだ)
最初は、神獣姫のことを生き物として捉えていなかった。
イヴァンにとって、ただの神話であり伝説であり手段でしかなかった。
しかし──。
(元の暮らし。元の家族。俺はずっとそれを求めてきたが……──)
イヴァンには考えていることがあった。
そして飛び出して行ってしまったエリスを見たとき、あらためてその考えが深まった。
「……ここにも、俺の家族があるんだよな……」
ぼそりとつぶやく。
「……え、なにか言った?」
聞き返したのは、耳のいいソルだった。
「いや、なんでもない」
イヴァンはそう答えて、あらためて考え込むのだった。
*
エリスは、あてもなく町を歩く。
そうして気が付くと、町外れにある小高い丘までやって来ていた。
「……いい風だ」
風に撫でられながら、目を細めて町の景色をぼんやりと眺める。
かつて生きていた時代とは一変した町並み、文化、文明。目覚めたばかりの頃は見ず知らずの土地に投げ出された気分だったが、そろそろ慣れていた。
(マスターのおかげなんだ)
(そうだよ。わかっているよね?)
(……わかっている。ボクたちの真っ暗だった世界に、再び光を運んできてくれた人)
(だったら、戻ってきてよ)
(いやだよ、戻らない。だって──)
(……納得したくないよ、本当は)
(そうでしょう? ボクだって、納得したくないよ)
エリスは目を閉じる。
なぜ、他の神獣姫はなにも言わないの?
そう思いながら、翼を広げてそっとあおぐ。
このまま飛んで行ってしまったらいいのではないかと、そんな考えが頭をもたげるせいだ。
「エリス、ここにいたのか」
背後に掛かった声は、予想だにしていなかったものだった。
「ひぁう!?」
ビクッとして振り返る。
恐れ多いという感情が真っ先に襲った。
しかし、目の前に立つ彼女は間違いなく──。
「ルナ……お姉様……?」
ポカンとする。
まさか、偉大な月の神獣姫が、小さくて弱い星の神獣姫なんかのために、直々に来るだなんて思ってもみなかったからだ。
ふたりのあいだを風が吹き抜ける。
主人を足蹴にするような態度を取ったから、怒られてしまうのかと一瞬思って身をすくめるが、純白の神獣姫は、穏やかに微笑んでいた。
「主の願いを聞いて、悲しい気持ちが抑えられなかったか?」
ずばり聞かれたことは、まさにエリスの中でくすぶっていたもの。
やがて、こくりと小さく頷いた。