「妻を抱いてほしい」独身の俺に大学時代の同期から依頼が来た。
淑やかでどことなく陰のある美貌、成熟した色気を隠しきれない人妻・橋爪優羽。
初めはぎこちない関係だったが、逢瀬を重ねるうちにほどけていく人妻の心。
倫理観と淫欲で揺れる俺が味わう、焦らし手コキ、騎乗位素股……
28歳のとろける美肉で奉仕され、ついに一線を越える昼下がりが訪れて──
Web発、至高の寝取り官能小説。特別書き下ろし後日譚付き。
人妻と
一回目 人妻のバスタオル姿
二回目 人妻の秘め事
三回目 人妻のオナニー撮影
四回目 人妻の手コキ奉仕
五回目 人妻の騎乗位素股
六回目 人妻の種乞い
愛妻と
人妻だった愛妻との子作り
本編の一部を立読み
人妻と
今日の休みは早く目が覚めた。その勢いで朝食、掃除に洗濯まで済ませてひと息入れたのが五分ほど前。お供にと淹れたコーヒーも上出来で、それを傾けつつ昼からの予定を考えるのは気分が良かった。まだ半分しか経っていないが、もう充実した休みを過ごした気がする。
だがそんな気分は、今ちょうど台無しになってしまった。
『妻を抱いてほしい』
たったこの一通で、綺麗さっぱり。
スマホに表示された目を疑う文字列、その送り主は大学時代の友人だった。橋爪 勇斗。同じゼミにいた仲で、よくモテる男だったのを覚えている。距離感自体は近すぎず遠すぎない。就職先が似たような地域だったから、卒業からそれなりに経った今連絡が来ても驚きはしないが……いきなりパートナーがいるか聞いてきたかと思えば、まさかこんな話を持ちかけてくるとは思わなかった。さすがにこの話題をメッセージアプリでだらだら続ける気にはなれず、通話のボタンを叩く。
「もしもし?」
「もしもしじゃないだろ。なんだよこれ」
「……まぁ、そのままの意味だ」
返ってきたのはどこか気まずそうな、躊躇っているような、そんな声だった。明るく社交的だった彼とは思えないほど歯切れが悪い。俺に連絡をするために、それなりの時間をかけたことだけは分かる。
「そんなこと言われてもな……」
いわゆる寝取らせ、というやつなのか。自分の恋人を別の相手に抱かせるプレイ。人の好みにとやかく言う気はないが……そんなことをして愛を確かめられるのかは疑わしい。それに、いざ頼まれる側になると返答にも困る。素直に役得だと喜べないのだ。そう思う自分が確かにいる反面、面倒事に巻き込まれるのが嫌でもあった。
「……正直疑ってるよ。ハメられたりは勘弁だ」
「言いたいことは分かるけど、安心してくれ。そんなつもりは絶対にないから。……なんだったら録音してくれてもいい」
ここまで言うなら話くらいは聞いてもいいかもしれない。打ち明けるのにも相当思い切ったんだろうし、適当に流すのは悪い気がする。受けるにせよ断るにせよ、話を聞いてからでも遅くはない。
……なんて言うと、言い訳がましいか。
「ちょっと待っててくれ。すぐかけ直す」
録音なんて言われてもやり方は分からず、ひとまず電話を切る。どこかの誰かの知恵を借りて用意を進める間も、感じたことのない妙な気分を味わっていた。寝取らせなんてものが本当に存在することへの驚きだとか、人妻を抱くかもしれないことへの動揺だとか。感情がとにかく複雑に絡んで、どうにも名前をつけられそうにない。
「悪い、待たせた」
「あぁ。それで──」
ただひとつ確かなのは、もう穏やかな休みを過ごせないということだった。
一回目 人妻のバスタオル姿
結果から言えば、俺は寝取らせを引き受けることにした。夫婦仲を深める手伝いをするため、恥を忍んで秘密を打ち明けてくれた相手に報いるため……いや、どう言い繕っても自己弁護にしかならないだろう。結局のところ、人妻を抱くと決めただけ。
その中で、ひとつだけルールが決められていた。それは写真を撮ることで、早い話が寝取らせの証拠というわけだ。それ以外の指定はないが、だからといって、たとえば避妊をしないなんてことは許されないだろう。当然そんなつもりはないし、他に危ない真似をする趣味もない。写真を撮るのは奥さんにも伝わっているらしいから、俺が覚えておくべきことはほとんどなかった。そして、肝心の日取りが俺の次の休み──つまりは今日だ。夜までには帰してくれということで、平日の昼間から待ち合わせ場所に車を走らせている。
「ふぅっ……」
晴れ渡った青空を眺めながら、小さく息を吐いてみる。憂鬱から出たものじゃなく、緊張をごまかすための無駄な努力だ。これから初めて会う女性とセックスする。それも人妻、本来なら絶対に手を出してはいけないはずの相手と。そう考えれば、何度息を吐き出しても気分は落ち着かなかった。
ただ、この緊張が今回の相手に選ばれた理由でもあるのかもしれない。依頼主に言わせれば「女癖が悪くなさそうだから」。この話に乗るような奴の女癖がいいと言えるのかはさておき、色恋の経験が少ないのは自覚している。それが決め手になるのは正直よく分からないが……そんなことを言い出せば、妻を他の男に抱かせる行為だって分からない。だから深く考えなくていいだろう。一度、ただ一度イイ思いをして、それで終わりにすればいい。
「っと、ここか」
たどり着いたのは、とあるコンビニ。昼食を買いに来る人が多いのか、駐車場はそれなりに埋まっていた。入り口間近のスペースは車椅子の表示もお構いなしで、店内も賑わっているらしい。とはいえ目的が違うから、賑わいからは遠い場所にあたりをつける。
と、その近くにひとりの女性が立っていた。
「……あの人か」
ひと目で分かった。両手はからっぽで、かといって店に入るわけでも帰るわけでもない。なによりその表情が答えだろう。澄んだ空模様とは正反対に重たい。外套のネイビー、ロングスカートのブラウンも、その色味以上に重たく見えてしまうような。車を寄せていけば、彼女から滲む雰囲気は更に曇った。
「橋爪優羽《はしづめゆう》さん、ですか?」
「……はい」
やはり間違っていなかったらしい。彼女が待ち合わせの相手であり、そして、今日セックスする女性。前もって写真を見せられていたから分かってはいたが、それと寸分違わぬ美女だった。
ひと言で表すなら、お淑やかな黒髪美人で間違いない。艶のあるミディアムロング、分けられた前髪から覗く穏やかな美貌は、どう頑張っても人目を引く。見るからに順風満帆で、何ひとつ不自由なく見える女だ。だがこうして見ると、幸が薄いというか陰が濃いというか……もう少し幸せな生き方ができたようにも見える。瞳は垂れてトゲがない。ふっくらした唇は強い言葉を吐くのに慣れていなさそうで、本音を呑み込んで笑みを作る様が簡単に想像できた。どうして寝取らせを受け入れたのか、この顔を見れば誰だって言い当てられるだろう。
「はじめまして、水本《みずもと》です。乗ってください」
返事もなく後部座席がひとつ埋まる。走り出す前から空気が重い。俺から言えることは見当たらず、優羽さんが何かを言うこともないだろう。今はただ目的地に向かうしかなく、お互い無言のまま駐車場を後にした。
「…………」
これから向かうのは俺の家だ。場所は選んでいいと言われていたが、正直どこにすればいいのかは分からなかった。好きでもない男とのセックスである以上、優羽さんの気分は変わらないだろう。結局はこの辺りにそういうホテルがないという理由で、彼女を家に上げることにした。
「……………………」
こんな時に限って、待っているのは赤、赤、赤。
話すことなんてないのに、話せと言わんばかりに時間が引き延ばされる。だからといって会話を切り出す気にはなれず、優羽さんを迎える準備ができているかを思い返していた。爪は切った。部屋は片付けた。体は見せられる程度には綺麗にして、シーツも新しいものに変えておいた。ゴムも買った。久しぶりに。全て、後ろで座っている女を抱くための準備だ。
そう思うとますますバックミラーを見辛くなるが、幸い視線がぶつかることはなかった。優羽さんは外でも見ているんだろう。俺は気まずいくらいで済んでいるが、彼女はその程度じゃ済まない。まともに会話すらしていない、会って数分の男に抱かれるために座っている。どっちが得なのかで言えば間違いなく俺で、だからうかつな言葉はかけられなかった。
それでもなんとか、ようやく家にたどり着く。
「着きました」
これから登る階段は三階分。裏を返せば、人妻を抱くまであとそれだけの時間しかない。心が逸る。足音が大きく聞こえる。後ろで響く音はすっかり呑み込まれて、優羽さんが逃げ帰ったような気すらした。むしろその方が楽だろう。何も起きない方がいいのは間違いないし、この話を拒まなかった小悪党にはお似合いの結末だ。そう思っていたが、部屋に入るその瞬間まで後ろにはひとりの女性がいて──
「どうぞ、上がってください」
結局、俺は人妻を連れ込んでしまった。それも偶然とはほど遠い。あくまでセックスを前提にして、自分の家に招き入れた。彼女もそうと分かって靴を脱いだ。首筋を伝っていくこの冷たさが、本当の背徳感というものなんだろう。
「シャワー浴びますか?」
「……いえ、済ませてきましたので」
この言葉もそうだ。肌を許すための、股を開くための準備をしてきたと、優羽さんはそう言っている。それも、初めて会ったばかりの男に対して。消え入るようなその声で、早くも下半身に熱が集まっていく。
「俺もです」
お互いおしゃべりをしに来たわけじゃないことは分かっているから、それ以上の会話はなかった。手荷物とコートを置いて、あとはベッドに向かうだけ。なんとか顔は逸らして、コートの中身だけは凝視しないようにした。どうせ数分もすれば隅々まで見られるんだから、寝室に入ってからでも遅くはない。
「あ、あの……」
「はい?」
「タオルを貸していただけませんか……? 脱いでいるところを見られるのは、その…………恥ずかしいので……」
この要望に応えるのもそうだ。この状況で不安なのは間違いなく優羽さんだから、彼女のことは最大限尊重するべきだろう。「分かりました」とだけ返して、バスタオルを取りに行く。ただ所詮は紳士ぶっているにすぎず、下着の中はすっかり窮屈だから呆れてしまう。
「どうぞ」
「……ありがとうございます」
「いえ。先に行ってますから」
先に寝室へ向かって、下着以外を脱ぎ捨てた。ここまでの振る舞いはきっと及第点──そんなものがあればの話だが──だ。とはいえ彼女がここに来れば、その瞬間に化けの皮が剥がれてしまってもおかしくない。指輪をしていたのに興奮した。不安げな瞳に興奮した。これから裸まで見せられるとしたら、理性的でいられる理由なんてどこにもない。
あぁでも、変に紳士的に手を出すのも場違いだろうか。裸を見られて嬉しがるはずはないし、褒められて喜ぶとも思えない。もしかしてムードなんて気にするだけ逆効果で、黙って動いてさっさと出せばいいのか……いや、それもやっぱり気が引ける。気が引ける、なんて、それも自己満足で──
「っと……」
小さなノック音で、思考に大きな穴が空いた。それを塞ぐ時間もなくドアが開く。そうなれば当然、バスタオル姿の優羽さんが入ってくるわけで。
「はぁっ……」
そう息を吐いたのは、優羽さんなのか俺なのか。
胸元こそ手で隠されているが、その程度でごまかせる膨らみ方じゃない。豊かで分厚くて、タオルを渡す枚数を間違えたのかとすら思ってしまう。裾からはみ出している下半身もそうだ。太ももだけでもむっちりと肉感が濃く、これだけ厚くないと支えられない腰周りだと思えばたまらない。きっとあの余裕があるスカートでも主張しすぎて、望まない視線を集めてばかりいたんだろう。それでいて太っているようには見えない。旦那に押し切られた彼女自身とは違って、どこまでも主張の強いプロポーションだった。
この裸が、今は俺だけのモノ。そう思えば、視線は思い通りに動かない。これからどんなにイイ女を抱けるのか、何度も何度も品定めしたがる。どれだけ見直しても幸せなものは幸せだから、どうしても目を離せない。胸元からつま先まで這って、恐ろしく整った顔に戻り、それからまた胸元へ。
「お待たせ、しました……っ」
おずおずと隣に座ってくる優羽さんに向けて、俺は何を言えばいいのか。綺麗。可愛い。興奮する。エロい。いくらでも浮かんでくるが、俺から伝えても意味がないのは分かっている。それなら「奥さんも楽しまないと損だ」なんてお決まりの文句でも言えばいいのか。ありえない。彼女はそれができない顔で固まっているんだから。
だから、できる限りそっと肩に触れて──
「──ッ、いやぁっ!!」
その瞬間、思いっ切り突き飛ばされた。
ちゃんと大きい声も出せるんだなとか、意外と力が強いんだなとか、最初に浮かんだのはそんなこと。その後見上げる形で優羽さんと目が合って、ベッドから転げ落ちたのを理解した。顔色が悪いのは気のせいじゃないだろう。あんなに汗をかくほど部屋は暑くない。自分の身を抱くように巻かれた腕も、心の底から俺を拒んでいるからこそ。
……それはまあ、無理もない。
「はっ……はぁっ……」
この距離が、そのまま優羽さんとの隔たりだ。他の男に抱かれるのが嫌で嫌で仕方ないから、今も泣きそうな顔で俺を見下ろしている。それでもどこか罪悪感が見えるのは彼女の優しさ、もしかすると俺を逆上させることへの不安かもしれない。だったらまずは安心させるべきだ。してもらえるかは別として。
「……いいですよ」
「え……?」
「やめましょうってことです。連れ込んだ後で言うのもなんですけど……まぁ、嫌なのはさすがに分かりますから」
言うだけ言って背を向けたから、優羽さんの反応は分からない。その方が安心してもらえるだろうし、俺は俺で、あの裸をこれ以上見ていたくなかった。誰もが羨むような美人とただでセックスできるチャンスを自分から投げ捨てたのだ。手放した魚の大きさから目を逸らすには、これが一番手っ取り早い。
服だけ拾って寝室から出る。まだ温かいままなのは、これからもう一度着直すのに都合がよかった。彼女を迎えに行った時の格好に逆戻りして、財布と車のキーを手に取る。
「あのっ私、水本さんに失礼を──」
「いいんです」
あぁもう、やめてくれ。これ以上話しかけてくるな。自分がどれだけエロい女なのか分かっていないのか。そんな格好で、逃げ場もないくせに、俺が心変わりしたらどうする気だ、なぁ。
「写真だけお願いしますね。適当にごまかせそうなのを」
汚い本音は全部呑み込んで、どうにか笑顔を作ってみる。
頼まれていた写真は優羽さんに撮ってもらえばいい。どんな写真かまでは指定されなかったから、俺が話を合わせればなんとかなるはず。知らない男の家が背景になっていれば、あとは彼女が服を脱ぐ程度でも十分いい写真になるだろう。この手の人間のツボなんて知らないが、お気に召さなかったところで文句を言われる筋合いもない。
「シャワーとか、冷蔵庫の中身とかも、好きに使ってください。帰ってきたら送ります」
まだ何か言いたげな優羽さんを無視して外へ。留守中に悪さができる人とは思えないし、万にひとつ何かあっても誰の仕業なのかは分かる。気分転換がてら、どこか適当にふらつくことにしよう。
「…………はぁ」
……とはいえ、この気分を入れ換えるのは骨が折れそうだが。
二回目 人妻の秘め事
人生初の寝取らせは、やり過ごすという奇妙な結果に終わった。とはいえ大成功で間違いない。「ありがとうございました」と車を降りていく優羽さんの声はほぐれていたし、そもそも、感謝の言葉を聞けたのが異常なくらいだろう。全員が何も失わずに終わったのだ。それからは帰り道に夕食を買って、いつも通りの穏やかな休みに戻ることができた。
と、そうやって無事に終わるはずだったのだが。
「っと……」
一週間後の今日、俺はまたあのコンビニに向かっていた。前回と同じ時間、同じ目的で。あの写真に──どんな写真なのかは知らないが──不満を言われることはなかったが、それでかえって調子づかせてしまったのかもしれない。数日してすぐに連絡が来て、今日という日を埋められたわけだ。じゃあどうして断らなかったのか、という話だが、重要なのは優羽さんも二度目の寝取らせに同意したという事実。何か期待していることがあるんだろう。そして俺が引き受けたのも、きっと彼女と同じことを考えているから。
つまるところ、今日も行為を装えばいい。
「……はは」
思わず笑ってしまう。送り返した後の優羽さんは、架空のセックスをダシにして旦那と盛り上がったんだろう。今日か明日にも同じことが起きる。それを羨む権利なんてないが、男である以上は複雑だった。
それなら次は、じゃあどうして手を出さないのか、という話。もちろんそれが最善の形だからだ。優羽さんは身を汚さずに夫婦仲を保てる。俺は……女優顔負けの美人と過ごせるくらいか。それともうひとつ、彼女を汚せる可能性を握っていたいのも理由だった。誓って無理強いするつもりはないが、もし拒まれないなら手を出すと言い切れる。要するに親切心と下心が混ぜこぜで、そんな自分が滑稽だったのかもしれない。
「橋爪さん」
車を停めて、駐車場の隅にいた優羽さんを呼ぶ。
今はまだどんな目に遭ってもおかしくないから、伏し目がちで表情は硬い。服装も前と似たようなものだ。トップスのベージュで、スカートのブラウンで、脚の先まで念入りに肌を包んでいる。季節以上に気にしていることがありそうな、そんなコーディネート。それでも当たり前に目を奪われるから、つくづく苦労が絶えない人だと思う。
「お待たせしました。行きましょうか」
できることなら待ちたくなかっただろう、行きたくなかっただろう。黙って頷くのが痛々しい。それでも自分から「今日は何もしません」と言えないあたり、くだらない人間なのを自覚させられた。車を走らせていけば、最初の曲がり角ですぐさま赤を突きつけられる。補習とでも言わんばかりの、汚れた内心を見つめさせられる時間。もちろん会話なんて逃げ道はない。
「あの、今日は……」
幸か不幸か、優羽さんがそう切り出してくれた。何を知っているわけでもないが、そこで言い淀んでしまうのは彼女らしい。とはいえ、何が言いたいのかは嫌というほど伝わっているわけで。
「分かってますよ。だから気楽に……っていうのは難しいかもしれませんけど、ちょっとは楽にしてくれたら嬉しいです」
バックミラー越しの表情が目に見えて和む。
雄としての自分が舌打ちをする裏で、男としての自分はスムーズに言葉を並べていた。どちらも確かな本音だからだ。優羽さんを抱かずに済むならそれに越したことはない。それは当然。だが、抱けないことを残念がる自分も否定できない。
「でしたら、代わりに何かお手伝いさせていただけませんか?」
「手伝いですか?」
「はい。お掃除でも、お洗濯でも、その……そういったこと以外でしたら、きっとお役に立てると思います」
人妻に家事をさせるのも、それはそれでなんとなく悪いような……いや、敏感になりすぎているだけか。家政婦みたいなものだろう。優羽さんの引け目を除いておくのも大切な気がするし、ここは素直に何か頼んでおくのがいい。
「はは、それなら考えておきますね」
その返事を最後に、会話は途切れる。ただ優羽さんから話しかけてくれたこと、今日は安全だと分かってもらえたこともあって、沈黙はもう苦にならなかった。信号に何度引っかかっても気にならないし、バックミラーにも気楽に目を向けられる。彼女にとっても同じなら嬉しい。手放しで気を緩めるのはまだ難しいにしても、前よりはマシな気分でいられるだろう。そんなことを考えながら走っていれば、もう頻繁に世話になるコンビニの手前。家にも早々とたどり着いて、優羽さんと一緒に車から降りた。
「お邪魔します」
「えぇ、狭いところですけど」
誰かを家に招く時の何気ないやり取りも、なぜか嬉しく思える。そういえば階段を上がる時間もあっという間だった。逆にこれからひとりで過ごす時間は、もしかすると長く感じるかもしれない。
これからは、優羽さんに寝取らせの証拠を偽装してもらう時間だ。彼女もそれなりの格好になるから、俺が家にいるわけにはいかない。外をふらつきながら、頼みごとをひとつ考えることにしよう。
「じゃあ出てきますね。一時間くらいあれば大丈夫ですか?」
声をかけると、優羽さんがあっと声を上げた。
「どうかしました?」
「その…………あの人が、今日は水本さんに撮ってもらえ、と……」
「……なるほど」
おそらく忘れていたんだろう。今日が安全だと分かったから、その時点で頭から抜け落ちてしまっていたんだと思う。意外とうっかりしているところが……なんて、今はどうでもいい。どうして要求が増えているんだ。
とはいえ、あいつの頭の中にいる俺と優羽さんはセックスまで済ませている。裸を撮る以上のことをした後だから、突飛な要求とも言えない。前回どんな写真を送ったにせよ、カメラに写る優羽さんは裸、あるいは裸に近い格好のはず。それを俺が撮ろうとすれば、彼女のあられもない姿を見てしまうことになる。
「……あ」
ふと思い立って、靴を脱ぐ。
あった。あれだ、三脚。
たしかスマートフォンを固定するのにも使えたはずだ。ひとまずは優羽さんがカメラを持っていなければ、あとは言い訳がきく範囲に収まる。最近は出番もなく適当に立てかけていたが、まさかこんなところで役に立ってくれるなんて。
「使ってください。多分なんとかなります」
「ありがとうございますっ……!」
三脚を受け取った優羽さんは、心底ほっとしたような表情に変わった。その喜びっぷりの理由は……俺への拒絶の裏返しだから、どうにもやるせない。その汚い思いが育ちきる前に、靴に足を突っ込む。
「それじゃ、また後で」
「はい。本当に、ありがとうございました」
最後はご丁寧に見送られて、家を出ていった。
それからは、気の向くまま車を走らせた。ボディやタイヤに手を入れたりするほどじゃないが、車の運転そのものは楽しいと思える。平日の昼ということもあって空き気味の道をあてもなく進み、その間に優羽さんへの頼みごとを考えていた。最終的に思いついたのは、夕食を作ってもらうこと。掃除は普段から──特にここ最近は女性を迎える機会があるから──やっているし、洗濯物も溜まっていない。ただでさえ落ち着かない休みだったから、いつもより美味しい夕食で終えたかった。普段は寄ることもない、帰り道で見かけただけのスーパーで材料を買って、そのまま家に戻る。
「戻りました」
と、帰ってくるなり洗濯機の音がした。気を利かせてくれたんだろうか。そうだとすると、さほど溜め込んでいないのが幸いだった。もし数日分の山を見かねて洗った、なんて言われたら、申し訳ない上に恥ずかしくなってしまう。
「橋爪さん?」
「は、はいっ! なんでしょう……?」
音のする方を覗いてみると、どういうわけか優羽さんは慌てていた。頬はほんのり赤く、汗もかいているような。カゴの中身は主に肌着で、まだ開かれていないネットは……シーツだ。これを見る限り、彼女がこんな風になっている理由は分からなかった。とはいえ、そう深く考えなくてもいいだろう。頼んでいないことまでしてくれているんだから、お礼だけ伝えておけばいい。
「すいません、わざわざ」
「い、いえ……水本さんには親切にしていただいていますから……」
「こちらこそ、ありがとうございます。お茶でも淹れておきますね」
二人分のお湯を沸かして、待っている間には買ってきたものを冷蔵庫へ。
……そういえば、シーツ、この間替えたばかりじゃないか? それこそ優羽さんとセックスするための準備で、だ。手を動かしながら考えてみても、やはりもう一度洗おうと思っていた記憶はない。汚した記憶もなくて当たり前。それとも、俺よりずっと家事に慣れている彼女には違って見えるんだろうか。そうこうしている間に買い物袋は空になって、ケトルからも音が鳴る。結局分からずじまいだから、直接聞いてみることにした。
「そんなに汚れてました? シーツ」
「あっいえ! っその……えぇ、と…………」
もしかして。
言い淀む様子で察しがついてしまった。
というより、もう少し考えれば分かることだったかもしれない。少し前まで、優羽さんは旦那に見せるための「そういう」写真を撮っていたのだ。ジュースをこぼしたとか、お菓子をばらまいたとか、そんな子供じみた汚れ方はしない。それに数分前の、今思えばいかがわしい頬の赤み。あんな顔の女がシーツを汚すとしたら──
「いやっ、今のなしで! 大丈夫です!!」
この言葉が、おそらく今日一番の失敗。白状してしまったようなものだった。人が家を空けている間にシーツを汚したんですねと、オナニーでもしていたんですねと、そう言ってしまったようなもの。もちろん言葉はその通りに受け取ってもらえない。大丈夫と言ったのに、優羽さんは耳まで真っ赤になってしまっている。
「…………お恥ずかしい、です……っ」
濡れたシャツを両手で握ったままの彼女から逃げるように、俺はお茶汲みに走るのだった。