美醜逆転世界に転生し、大貴族令嬢・エリカの婚約者になったカイ。
そんな仲睦まじい二人を悔しげに陰から見る、秘密警察副長官・ルリ。
幼馴染のカイと疎遠になっていた間に、大好きな彼を奪われてしまった!
軍学校に通うカイの特別教師に赴任したルリは、猛アピールを開始!
想いのあまり、権力と魔術を振りかざしてまでカイにヤンデレ密着。
そして突如、帝都のテロ計画に巻き込まれた二人。愛の試練が始まる……
愛と魔法が飛び交う軍学校での恋愛ノベル、帝都騒乱の第2巻! 特典SS付き!
第二章 過保護な監視者
1話 秘密警察
2話 尋問その1
3話 尋問その2
4話 急な遠出
5話 気まずいお茶会を経て
6話 彼女との距離感
7話 ルリ姉の個人指導
8話 ルリの決意
9話 疑惑
10話 潜入捜査
11話 裏切りの誘い
12話 心の世界
13話 疾走
14話 ドラゴン退治
15話 話し合い
16話 新居訪問その1
17話 新居訪問その2
18話 亀裂
間章 淑女のための辱め
1話 苛立つエリカ
2話 不可解な願い
3話 離縁と渇望
4話 彼女のための辱め
5話 庭園での会談
電子書籍限定ストーリー 学内スキマ時間エッチ
本編の一部を立読み
第二章 過保護な監視者
1話 秘密警察
帝都、宮城の執務室にて。
物憂げなため息をつくカナデの手元には、一枚の手紙があった。
書面の送り主の名は、東堂|幸子《サチコ》。
カナデの思い人である東堂|海《カイ》の妹にして、現東堂家の暫定的な当主だ。
送信元の住所を見る限り、幸子は帝国魔術アカデミーで研究学生か何かをしているらしい。
――――――
|謹啓《きんけい》
|東九条《ヒガシクジョウ》 親王殿下
このような突然のお手紙をお送りするご無礼を、どうかお許しください。
ただ、どうしても愚兄の件で殿下のご助力を乞いたく、この|玉簡《ぎょっかん》をお送りさせていただきました。
お恥ずかしい話ですが我が東堂家は、当主である母の死後、これまで溜まりに溜まっていた債務弁済の重圧が一気に訪れることになりました。
東堂の家と私達、姉弟を守るため、兄、海は名前も明かせないような家に資金援助を乞う見返りに〝婿入り〟をするという道を選びました。
(兄は婿入りのために旅立つその日を迎えても、婿入りのことを妹である私にすら(!)直接は教えてくれませんでした。実際、私が兄が入り婿になることを知ったのは、彼の出立後に、仲介の商人が送ってきていた契約書類を漁る中でのことでした)
しかし、兄からは婿入りした後、全く音沙汰がございませんでした。
何度か近況を尋ねる電報をこちらから打ちましたが、兄からは何かを誤魔化すような簡便な返信しかもらえず、不安と焦燥が日に増しております。
親王殿下、『帝国』全土に光り輝くそのお力で、兄の|婚家《こんか》について調べるような手立てはございませんでしょうか。
また、もし兄が何らかの問題に巻き込まれているとわかった場合、なんとか兄の窮状をお救いいただけないでしょうか。
軍学校でも兄に目をかけていただいているという、殿下だけが頼りで御座います。
突然のお願い、重ね重ねお許しください。
親王殿下のご助力のほど、どうか何卒よろしくお願い申し上げます。
敬具
東堂 幸子
――――――
「どうしてカイは僕に相談の一つもしてくれなかったんだろう……。僕のことを信用してくれていなかったのかな」
カナデは思わず手元の手紙を強くクシャッと握りしめてしまう。
普段の冷静な彼女には似合わない態度だ。
しかしすぐに思い直す。
カイは男性でありながらある種、|女性的《・・・》な美徳を持ち合わせていた。
そんな彼のことだ。自分や家族にも心配をかけたくないと気を遣ったのだろう。
(カイは別に悪くない。彼のことを本当に心配していたのなら、僕自身が彼に黙って動くべきだった)
カナデは手紙を机に仕舞い込むと、本日何度目かのため息をつきながら、これからのことに思いを巡らせていた。
そんな彼女の憂鬱な思考を断ち切るように、執務室に備え付けの内線電話のベルが明るくジリジリと鳴り始めた。
「殿下、|鷲峰《ワシミネ》様がお越しになられました。お通しして問題ないでしょうか」
「うん、問題ないよ。通してあげて」
しばらく間を置いてから、ブロンズ製の大きなドアを丁寧にノックする音が響く。
「どうぞ」
「失礼します」
部屋に入ってくるルリの姿を見て、カナデは思わず自分のことを棚に上げて、改めて彼女の|容姿《・・》に同情してしまった。
彼女の樽のように大きな胸は、その顔の小ささを余計に目立たせているように見える。
艶やかな長い暗い紫髪に、静かな情熱を秘めた大きな赤い瞳のコントラストは、|この美醜逆転世界《・・・・・・・・》の基準に照らして言えば、悪魔的な醜さを演出していた。
「はるばる南方からお疲れ様、ルリ。飲み物はアイスティーでいいかな?」
「殿下、どうかお気遣いなく。今日は軍学校の研究員のポストを用意してくださった件のお礼で参っただけですので」
カナデは、宮仕えの女性にルリ好みの冷たい紅茶を出すように指示を出しつつ、部屋の中央に置かれた向かい合わせの革張りの黒いソファへと移る。
「とりあえず、立ったままじゃなんだし、ルリもかけてよ」
「はっ。お言葉に甘えて」
ルリは『理想的な帝国臣民』を絵に描いたようなキビキビとした振る舞いで、長椅子へと浅く腰掛けた。
カランカランと氷がグラスに当たる、耳に心地よい涼し気な音が聞こえる。
冷えたお茶をローデスクに並べ終えると、宮女は退出の挨拶と共に丁寧にドアを閉めた。
「ふぅ、これでようやっと腰をすえて話せるわね、カナデ」
「ふふっ、君は本当にわかりやすいなぁ」
ドアがガチャリっと閉まった途端に、ルリは先程までの『忠君愛国の士』といった真面目な面構えを崩して、リラックスした面持ちでソファに深々と腰をかけて、足を組み始めた。
長年の友人のわかりやすい切り替えにカナデは、はしたなくも吹き出してしまいそうになってしまう。
まったく……この友人は、いつも塞ぎがちな自分を明るくしてくれる。
昼下がりの太陽が部屋の窓から差し込み、ルリの襟に付けた保安局の秘密警察に所属していることを表す『帝国の目』をあしらった金色のバッジが反射でキラリと光った。
「そういえば、ルリが軍から内務省の保安局に移ってから、どのくらいになるんだっけ?」
「西方大陸での『事変』が一年半ほど前だから、ちょうど移籍から一年になるわね」
「そうか、まだたった一年……。そんな短い期間で保安局の『副長官』にまで上り詰めて、ほとんどイチから秘密警察組織を作り上げるなんて……。流石は『鷲峰の前に鷲峰なく、鷲峰の後に鷲峰なし』と軍学校でも言われていただけのことはあるね」
「私を褒めても何も出ないわよ。カナデ。それに帝族である貴女の力添えがなければ、元々は准男爵家の出身にすぎなかった私が、この立場になることもなかったわけだし」
そう言ってカラカラと笑うルリの顔は、満更でもなさそうだった。
カナデはルリの才能だけでなく、そういった飾り気のない率直なところも含めて気に入っていた。
だからこそ、|准男爵《バロネット》という貴族というよりは平民に近い階級の彼女が、組織内を縦横無尽に動けるように陰に陽にこれまで働きかけを行ってきたのだ。
ルリはカナデの期待に応えるように、軍に入ってからも活躍を続け、遂には西方大陸で『事変』を起こすことで親帝国的な一つの独立国家を作り上げるまでに至った。
逆にその派手すぎる〝活躍〟を妬んだ貴族達から、独断専行がすぎると問題視され内務省の閑職に追いやられていたのだが、それすらもルリは跳ね除けて今の地位に就いている。
「それで、ルリの軍学校にはいつからの赴任を考えているの? 来月の頭とかからかな?」
「明日からにしようと思っているわ」
「え、明日? 随分、早いんだね」
「善は急げよ。軍学校内に『連合王国』の内通者がいる可能性が出てきた以上、一日でも早く私が抑えに入らないと。|彼《・》のことも心配だしね」
この旧友の判断と処理の速さには、いつも驚かされてばかりだが、カイが関係していることとなると、さらにそれが加速されるのだなとカナデは苦笑いしてしまう。
カナデがカイを思う気持ちも本物だが、ルリのそれもそれに負けず劣らずのものだ。
「カイ君と殿下を裏切ることは絶対しません」というルリの言葉以上に信用できるものは世の中にそうそうないだろう。
彼女ならば、|彼《カイ》について任せて問題ない。
カナデは東堂幸子から預かっていた書面を見せながら、これからのことについてルリに相談することにする。
「ふむ、なるほど。なら、早速聞いてみるとしよう」
「え? 聞いてみるっていうのは?」
「彼に、カイ君に、直接聞けばいい」
ルリの朗らかな笑顔の裏にある何とも言い難い感情の渦を感じて、カナデはこれからルリが振るうであろう剛腕ぶりに若干の不安感を抱えるのだった。
◆◆◆◆
春、桜と恋の季節。
軍学校の中庭にも、桜が満開に咲き誇っていて、見るものの心をウキウキとさせてくれる。
そんな桃色の景色の中、「これからエリカと放課後デートと洒落込もう!」とルンルン気分だった俺だが、今は深く暗い海溝に突き落とされたような心細い気持ちでいる。
(はぁ、どうしてこうなったんだ。俺、何か政府に目をつけられるようなやばいこと、最近したかな……)
俺の両脇には、特徴的な灰色の制服を着込んだ女が二人。
彼女達は『帝国』が誇る内務省・保安局の武装秘密警察、略称『武装秘』の職員だ。
つい五分ほど前に、学長室に呼び出された先で待ち構えていた彼女達から『任意』での同行を求められた俺は、今こうしてトボトボと付き従っているわけだ。
武装秘は、ほんの一年前ほどに急ごしらえで作られた組織にすぎない。
しかし『帝国の敵』として見なされた人物に対するその取り締まりの苛烈さから、今では国外のスパイのみならず、国内の閥族からも恐れられている存在なのだ。
実際、俺の両脇にいる秘密警察の職員が、軍用の黒塗りの魔導杖をがちゃつかせながら歩いているのを学内の軍学生達は怯えた表情で見つめていた。
(コイツらに目をつけられたが最後、思想教育施設に送られて、『指導』という名の拷問を受けて廃人になった人は数知れず、ってウワサ話も聞くけど。俺もまさか……)
心臓がバクバクとなり始める。
これからのことを考えると、どうしても嫌な想像ばかりが頭に巡ってくる。
唯一の救いは、先導する武装秘の職員達の物腰が意外にも柔らかなことだった。
「東堂さん、こちらにどうぞ。保安局はここから二十分ほどかかりますが、お手洗い等はよろしいですか?」
眼鏡を掛けたオカッパ頭の丸井という女は、荒っぽいことで知られる武装秘の職員とは思えないほどに紳士的(いや|この世界《・・・・》でいえば淑女的か)な態度で、俺を車へと案内した。
彼女の運転は、その穏やかな態度と同様に丁寧だった。
しばらくして、車は郊外にある三階建ての石造りの建物へと到着した。
灰色の建物の壁はやけに圧迫感があり、俺の不安を余計に募らせるものだった。
俺は職員に連れられて、建物の最上階にある殺風景な部屋に通される。
部屋の中には、金属製の机と粗末なパイプ椅子、それに小ぶりなカメラが一つ。
俺はそこでしばらく待つようにと指示をされ、大人しく椅子に身を収めることにした。
あぁ、俺はこれから一体どんな目にあうんだ。正直怖くて仕方がない……。
この部屋には窓もないし、すごい圧迫感だな。余計に不安になってくる……。
それにこの椅子、やけに固い……落ち着かな……。
「お待たせしたね、カイ君」
「ヒッ! ……ってルリ姉! なんでここに?!」
金属製のドアが勢い良く開かれた音に思わずビビってしまって椅子から跳ね上がると、眼の前には美しく長い紫髪が特徴的な蠱惑的な美女が一人。
最後に直接会ったのは半年程前のことだったが、忘れもしない。
幼い頃からなにかとよく俺の面倒を見てくれていた二つ年上の近所のお姉さん。
ルリ姉こと鷲峰|瑠璃《ルリ》が急に飛び上がった俺に驚いた顔で、そこに立っていた。
2話 尋問その1
「ってルリ|姉《ねぇ》! なんでここに?!」
「カイ君、久しぶり。うふふ、今でも私のこと『ルリ姉』って呼んでくれるんだね。お姉ちゃん、嬉しいな」
俺の眼の前には、バイオレットカラーの長く美しい髪の爆乳美女がイタズラっぽい笑みを浮かべて腕組みをしながら立っていた。
彼女の名は鷲峰瑠璃。
帝国軍で彼女の名を知らぬ者はいないというほどの天才的な軍略家。
最近は出向先の中央の官庁でもバリバリ活躍しているらしいと風の噂で聞いていた。
ただ実際のところ、俺は、彼女がどんな仕事を内務省でしているのか詳しいことは何も知らなかった。
今、この瞬間までは。
(あの灰色の制服を見る限り、ルリもここの職員をやってるってことか……)
私的な手紙の内容にも検閲が入るような、秘匿性の高い重要な仕事に就くことになったとは、最後に会った時(確か半年ほど前だったか)にもルリからコッソリと聞かされてはいたが……。
まさか、秘密警察の職員をやっていたとはな。
彼女の身につけている灰色の制服と黄金の目をあしらったバッジは、間違いなく保安局の官給品だろう。
俺にとって、ルリは幼い頃からなにかとよく面倒を見てくれていた近所に住んでいる二つ年上の可愛い女の子にすぎないわけだが、油断は禁物だ。
武装秘は親しい間柄の人間を使った搦め手を得意とする。
俺の心の中の天秤は、幼い頃からの顔馴染みであるルリ個人への「親しみ」と秘密警察組織への「不信感、警戒感」とで危ういバランスを取っていた。
俺個人としてはルリのことを全面的に信用したいのだが、あの泣く子も黙る武装秘が絡んでいるとなると、ここは慎重な発言をすることが求められるだろう。
俺がどういう嫌疑でここに連れてこられたのか? ルリが武装秘だとして、なぜここの尋問室にいるのか?
まずは、そのことをしっかり確かめないと。
現状を確認するべく、俺は慎重に言葉を選びながら彼女がなぜここにいるのかを尋ねることにした。
「あの、ルリね……鷲峰さんは、なんでここに?」
「えー。ルリ姉でいいって。というかルリ姉って呼んでね、お願い、カイ君♡」
ルリは片目を閉じて、ウィンクしながら両手を組んでお願い! っとキュートなポーズを取ってくる。
「えーと、じゃあルリ……姉はどうしてここに? 内務省に移ったとは聞いてたけど、まさか武装秘にいるとは思わなくてさ、驚いちゃったよ」
「実はね、私。ここの保安局の『副長官』をやっているの。その関係で秘密警察の方も私が管轄していてね」
「え? 副長官? だってルリ姉、俺より二つ年上なだけじゃ……」
「まぁね~。お姉ちゃん、天才だから出世も早いのだ。えっへん。褒めていいぞ~カイ君~」
「ええっと、アハハ……」
戸惑う俺をからかうように、彼女は腰に手を当てて鼻を高くするポーズを取る。
そんな彼女のわざとらしい子供のように無邪気な振る舞いに、自然と俺の警戒心は徐々に溶かされていった。
緊張の糸が解れたことで、今度は徐々に彼女のことをじっくりと観察する余裕も生まれてくる。
(改めてだけど、やっぱりルリって本当にエロ可愛いって言葉が似合う子だよなぁ。ってやべぇ、股間がムクムクしてくるのが止まらねぇ。気づかれないように姿勢を変えないと……)
彼女と初めて出会ったのは、俺が十歳の頃。
まだ十二歳という幼女と少女の境界にいたルリは、当時から既に可愛らしさの中に、男である俺をたぶらかすような危険な色香を漂わせていた。
前世の記憶を取り戻し、精神年齢的にはとっくに成人を迎えていた俺だが、彼女の美幼女っぷりには正直、何度も見惚れてしまっていた。
言っておくが、俺は断じてロリコンではない……と思う……たぶん。
当時から男の獣欲をくすぐるような容姿だったルリだが、成長した彼女はむせ返るような色気に溢れたお姉さんになった。
というか改めて対面して思うが、特に胸のあたりの成長が著しいな。
半年前と比べてもまた大きくなってる。
Oカップのエリカよりひと回り以上大きい。Pカップくらいあるだろうか。
……何というかもう「全身がセックス」としか言いようがない程のエロさだな。
俺がそんな激しく頭の悪い表現を思い浮かべているとは露知らず。
ルリは「この部屋、窓が無くて風通しが悪いからか、やけに暑いわねー」と俺の眼の前で灰色の制服の銀ボタンを外して、襟元をパタパタと動かして扇ぎ始めた。
彼女が襟を揺らすたびに、ルリのそのたわわな爆乳はバケツプリンのように、ぷるりん♡ぷるりん♡と揺れまくり、俺はそれに釘付けになってしまう。
(あぁ~、今スグにひん剥いて無理矢理にこの胸を舐めしゃぶってやりてぇ)
「あ、ごめんなさい、ちょっと暑くて……って、あら? どうしたのかな。カイくん?」
「ゴクリ……。え? あ、いや、俺も暑くて。へへへ……」
俺が血走った目で胸を凝視していると、ルリはそれに気づいたのか小悪魔っぽく微笑みながら問いかけてきた。
慌てて目を逸らし、適当にはぐらかしながら、口に溢れていた涎を飲み込んだ。
俺の出したゴクリという嚥下音がやけに大きく部屋に響いたように思えた。
その音が聞こえたのか聞こえていないのか、わからないが……。
ルリは悪戯っぽい笑みを浮かべ、両手で自分のおっぱいを持ち上げるようにして寄せ上げながら、俺の顔を見つめてきた。
まるで「自分自身が美人だとわかっている」ような、「色気にあてられて俺がおかしくなっているのがわかっている」ような、そんな挑発的な女豹のような態度。
いや、そんなことはあり得ないことだ。
俺の前世での価値観的には「傾国の美女」なルリだが、|この世界《・・・・》では間違いなく不美人な扱いなわけで。
俺が自分の逆転した美醜観について伝えたことがあるのは、この間の病室で婚約者のエリカに打ち明けたのが最初なわけだし。
恥ずかしさと混乱が相まって、俺が押し黙っていると、ルリはまた優しげな表情に変わって「喉が渇いたでしょう」と言って部屋の内線を通して飲み物を注文してくれた。
「飲み物が来るのに二、三分かかりそうだから、先に少し話しちゃおうか」
ルリはそう言って、俺の前に置いてあるパイプ椅子に腰掛けた。
大きくて柔らかそうな尻肉が、むにゅりと固い丸椅子の座板に広がる。
ほんと、なんでもないような立ち居振る舞いの一つ一つがエロいな~……っとそんなことより。
「あーうん。それで、俺がここの武装秘に呼び出された理由って、何なのかな? 特に身に覚えとかなくって」
冷静さをなんとか取り戻した俺は、改めて彼女がなぜここにいるのか聞いてみることにした。
「え? もしかして丸井の方からは何も聞いてない?」
「マルイ?」
「あのオカッパ頭で丸メガネの子。ここまで車、運転してたでしょ」
「あぁ~、あの人か。いや、別に何も聞いてなかったな。ただ学長室に行ったら、その丸井さん? ともう一人、武装秘の人が居て。『ご同行願います』って」
「えぇー! そうなの? だからカイ君、さっきからなんだが緊張した感じでぎこちなかったのか。ごめんね、怖がらせちゃって。カイ君自身を何か取調べしようなんてことはないから」
「ふぅ、それはよかった。どういう容疑で連れて来られたんだろうって緊張したよ」
「ふふ、安心して。カイ君を傷つけるような真似は私の目の黒いうちは絶対に許さないから。今日、カイ君にお話を聞きたかったのはね、先日の演習旅行の際の列車ジャック事件『紅の狼』について。それと東堂の家で債務の件で……」
彼女が話を終えるより前に、部屋の壁に設置されていたブザーがブーッと鳴り響いた。
「あ、飲み物が届いたみたい。ちょっと待っててね」
職員が持ってきたトレイを受け取ると、ルリはまた席についてそのトレイに載ったグラスの水を俺へと勧めた。
「ここの建物の中、乾燥してるし、喉、渇いたでしょう。どうぞ」
「ありがとう、いただくよ。あれ、グラス一つしかないけど、ルリ姉はいいの?」
「うん、私はいいの。後でカイ君に直接、飲ませてもらうから」
「え? それってどういう……」
俺の眼の前に座る彼女がグイッと身を乗り出し、瞳を真っ直ぐ見つめながら手を握ってきた。
女の手のひらはすべすべとした肌触りで、少しひんやりとしていて触れているだけでとても気持ちがいい。
この時点で、俺は完全に油断していたのだと思う。
ここが武装秘密警察の尋問室だとしても、あのルリ姉が俺に酷いことをするはずなんてないだろう、と心のどこかで安心していたんだろう。
だから俺は気づかなかったんだ。
彼女に〈幻覚の魔術〉をかけられ始めていたことに。
(あぁ~なんだが気持ちがよくて頭までぼんやりしてきたな~。このまま眠ってしまいたいくらい……)
腕から昇ってくる優しい催眠電流によって俺の脳はゆっくりと意識を手放してしまった。
意識を失う直前に目に映ったルリの顔には、慈愛と狂喜の混じったような不思議な感情が表れているように俺には思えた。
◆◆◆◆
「よし、上手くかかったみたいね」
ルリはカイの眼の前で、パチンッパチンッと何度か親指を鳴らして反応が無いことを確認すると、満足そうに頷いて席を立った。
「部屋の鍵は閉まってるし、カメラ撮影の様子も問題なし、と」
ドアの施錠や機材の状態を念の為、再確認したルリはクルリと軽やかに振り向くと、鼻歌交じりにカイへと近づき、自分の体を彼へとしな垂れかからせた。
「カイ君♡この半年、本当に直接会いたくて会いたくて、仕方なかったわ♡」
目がハートマークになっているルリが、鼻先がぶつかるほどの距離まで顔を近づけているというのに、カイはまばたきをする以外の動きを全く見せない。
無生物的な彼のその振る舞いは、マネキンのようだった。
「じゃあ久しぶりに、|アレ《・・》聞いちゃおうかなぁ~。カイ君の女の子の好み……カイ君、正直に答えて欲しいんだけど、カイ君はどんな女の子が好みなのかな? お姉ちゃんに教えてくれる?」
ルリが楽しげに「問いかけ」をすると、カイは意識を眠らせたまま、普段見せることのない自分の本心を語り始めた。
「……はい、俺はルリ姉みたいに肌が透き通っていて、胸が大きくてお腹の凹んだグラマラスな女の子が……好きです」
「ルリ姉みたいな」というカイの言葉を聞いただけで、既にルリは軽い絶頂を何度か覚えていた。
お腹の下あたりがうずいて、ぷしゅ♡ぷしゅ♡とバルトリン腺から発情液が溢れてきている。
ルリは、さらなる精神的快楽を求めて質問を続ける。
「うん♡うん♡じゃあ私個人のことは女の子として、どう思ってくれてるのかな?」
「……ルリ姉のことは小さな頃から女の子として好きでした。……見た目も可愛いし、俺に優しくしてくれるし、頭もよくて……ずっと憧れでした……」
彼の|答え《・・》を聞いたルリは、あまりの精神的悦楽に歯を食いしばりながら「ピギィっ♡」とメスブタの求愛のような情けない声を上げてしまっていた。
カイからどういう答えが返ってくるのかというのは、これまで何度もカイを〈幻覚の魔術〉で催眠状態にして本心をさらけ出させてきたルリにとっては、分かり切っていることだった。
なんならカイのその答えを録音し、夜寝る前にレコードが擦り切れるほどにルリは聞き直していたくらいなのだ。
だがレコーダーを通して何度となく聞き直したその「答え」は、カイの低い声帯を通して直接、耳に入れるとまた格別の味わいがあるものだ、とルリは思っていた。
カイが自分のことを本心から女として見てくれている。好いてくれている。
そのことだけで、これまでの人生、どれだけ大変なことがあっても乗り越えてこられた。
そもそも、十二歳で飛び級をして入った帝国魔術アカデミーで既に優れた論文を何本も書いていたルリが、アカデミックな世界で約束されたキャリアを全て捨てて、軍学校に転入したのも、カイを将来的に婿にするための布石としてのことだった。
「あぁ~~本当にカイ君みたいな美少年がブス専で、しかもこんな私みたいな性悪女の中身まで好きでいてくれたなんて~~♡もう、最高すぎる♡食べちゃいたいくらいに好き♡」
ルリは氾濫した川のように溢れ出る喜びに脳がおかしくなりそうになり、なんとか理性を取り戻すために歯を食いしばりながらグルングルンと頭を振った。
そのたびに彼女のサラサラとした美しい紫髪が優雅に揺れ動く。
一方のカイといえば〈幻覚の魔術〉にかかっている影響で、相変わらず目に光が宿っておらず死んだ魚のようにピクリとも動かない。
はたから見ればシュール極まりない光景であった。
「ふぅ、ふぅ……♡もう耐えられない……少しだけ……少しだけでいいから……カイ君成分を直接摂取させて♡」
カイより僅かに身長が高いモデル体型な彼女は、プチプチと急いで自分の胸元のボタンを外して、彼の顔を自分のそのデカパイへと埋めさせた。
「あぁ~~♡もう、これだけでまたイッちゃいそう♡」
さっきまで食い入るように見ていた胸の膨らみへとダイブさせてもらっているというのに、カイの目は虚ろなまま。
ルリはカイが無反応なのをいいことに、自分の湧き上がるような欲望を発散させるために、股間を思い切り彼の太ももへと、ぐい♡ぐい♡と擦り付け始めた。
「カイ君の足、たくましくて気持ちいい♡これ、癖になっちゃいそう♡」
まさに為すがまま、といった様。
「カイ君、お姉ちゃんのおっぱい、舐めて。赤ちゃんみたいにおっぱいのミルク吸い出して」
「……はい」
ぺちゃ、ぺちゃ……ちゅぱちゅぱ……ちゅぱ……
「うん♡いぃ……カイ君……とっても気持ちいいよ……♡」
部屋の中に淫らな液体音が響き渡る。
ルリの瑞々しい果実のような乳首から溢れるおっぱいミルクは芳醇な味わいで、催眠状態のカイも本能的に思わず吸い付くように舐め出してしまうほどだった。
ルリは胸のあたりから来るむず痒い快楽と、必死にミルクを吸い出すカイに対する母性から来る幸福感で頭を染め上げつつも、いよいよ本題について聞き出しをせねばと決心を固め始めていた。
今日の本題――つまり、借金のために婿入りをしたというのは本当なのか、その家でカイは酷い目にあっていないのか。
ルリは早く聞き出しをせねばという焦燥感を覚えつつも同時に、真相を聞くのが怖いという矛盾した気持ちに取り憑かれていた。
(私の知らないうちに誰かが、彼を傷つけたり、無理矢理に|手篭《てご》めにしていたかもしれない……そう考えるだけで怖い……)
ルリ自身が彼が知らないうちに手篭めにしているということは置いておいて。
彼女がカイを思う気持ちは(歪んではいるものの)本物だったのだ。