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放課後インスタントセックス 3

第三話 激しくしないで

 

 風香さんとの待ち合わせは、ホテルのラウンジだった。
 ホテルにつくと、入口ちかくにすわっていた風香さんが一人掛け用のソファから立ちあがった。紺色のワンピース姿。身長が高く、足もすごく長い。現役のモデルだと言われても疑わないプロポーションで、切れ長の目に、赤い口紅がよく似合う唇をしていた。化粧は薄いが、彫りが深いために輪郭がはっきりしていて、黒目がち。見つめられるとそのまま吸いこまれてしまいそう。
 軽く手をあげて僕がちかづくと、風香さんはにっこり笑った。
「せいくん、久しぶり……」
 僕が一人暮らしをはじめてから、会うのは二度目だった。一度目は入学式のときで、それから風香さんとは会っていない。
「……急に呼び出して、ごめんね」
 エレベーターに乗ると、風香さんが言った。急でもなかった。一週間前には連絡をもらっている。
 ホテルは県内有数の高級ホテルだった。
「で、話ってなに?」
「まあまあ……とりあえず、美味しいもの食べよう」
 ホテルの最上階にある中華レストランに入った。混んではいたが、予約をしていたようで、すんなり窓側にすわれた。
 風香さんはお酒を飲まないので、僕と一緒にウーロン茶を頼んだ。いくつか料理も頼み、メニューをウエイターに返す。窓からは、街を一望することができた。
「……元気してる?」
「してるよ」
「彼女はできた?」
「いや……そういうのは、全然」
 頭の中に南川の顔が浮かぶ。しかし彼女ではない。ましてや友達とも言えない関係だ。毎日のように会ってはいるものの、お互いのことはあまり知らない。学園での南川はみんなの中心で、太陽のような存在。一方、僕は教室の隅で参考書をひろげているイシ勉。勉強はできるが、それ以外はまったく冴えない男だ。
「学園は、楽しい?」
「……それなりに、うん。楽しいよ」
「ならよかった」
 風香さんが質問をする。僕はそれに必要最低限の言葉数で答えた。
 料理が運ばれてきたので、会話を中断して二人とも箸を掴んだ。かちゃかちゃ、と料理を食べる音だけがする。風香さんは食べ方が、上品だった、口元が色っぽく、食べられる海老に嫉妬しそうだ。
「それで……話って?」
 僕から質問をすると、上目でこちらを見つめながら風香さんがうなずいた。
「あのさ……ちゃんと食べてる?」
「え?」
 照れたように頬を赤くすると、風香さんが言った。
「だって、せいくんに渡してるお金、ほとんど減ってないんだもん」
「そんなこと」
「あるよ……アルバイトとかしてない?」
「してないけど……」
 実際、一ヶ月では使いきれない生活費がふりこまれている。僕は最低限しか手をつけず、残った分は返すつもりだった。もちろん、口座は風香さんも確認できるようになっていた。
「ちゃんと、青春してほしいな……」
 風香さんは、どこか寂し気な表情で僕を見た。どうやら僕が風香さんに気を使って遊ばないと思っているらしい。たしかにそうなのだが、そもそも僕には友人がいないから、遊ぶようなことがない。
 ね? と、風香さんがちょっとだけ口角をあげた。どの方向から見ても、いまの風香さんは美しいだろう。姿勢よく、胸も大きい。紺色のドレスがよく似合っていた。
「そんなことなら、メッセージでも電話でもいいのに……」
「いいからいいから。わたしも仕事以外でこうやって食事をするの久しぶりなんだから」
 とくに深刻な理由でなかったため、僕の気持ちもゆるんだ。先刻よりも口数を多くして、学園のことなどを話した。うれしそうに風香さんは相槌を打って、きいてくれた。

 食事のあとは、風香さんと二人、ラウンジでコーヒーを飲んだ。それも飲み終わると、タクシーで家のちかくまで送ってもらった。
 風香さんは一度タクシーからおりると、僕のことを抱きしめた。
「ちょ、風香さん?」
「親の愛ってやつだよ、なにかあったら連絡してね」
「するから、ちょ、離れて」
「これが反抗期か」
 そんな冗談を言うと、風香さんは待たせていたタクシーに乗りこんだ。
「じゃあ、また。ちかいうちにね」
 タクシーが走り去っていくのを僕は見送った。
 けっこう遅い時間になってしまった。僕は欠伸をしながらアパートへと入った。五階までエレベーターであがり、廊下に足を踏み出す。そこで僕の部屋の前に人がいるのを発見して、次の一歩を踏み出すのをやめた。
「誰、いまの?」
 南川だ。じっとこっちを見ている。どうやら風香さんとのことを見られていたらしい。
 僕は部屋の前まで行き、鍵をあけた。当然のように、南川が部屋に入ってくる。
「ねえ、誰なのさ?」
「親だよ」
「嘘だね! あれが親なら、石野は何歳のときの子どもだよ!」
 喚く南川を無視して、僕は洗面所で手を洗った。交代で南川も手を洗う。
「てか、もうゴールデンウィークは来ないんじゃなかったのか?」
「そう固いことは言いなさんなって……すこしでも離れると心が苦しいんだよぉ」
「で?」
「冗談が通じないやつめ」
 言いながら、南川が本棚のほうへとむかった。そこには僕の参考書が並んでいるが、南川が持ってきた文庫本も多い。
「途中のやつ、忘れちゃって……続きが気になって」
「連絡くれればよかったのに」
「したよ! どうせ、スマホの電池が切れてるんでしょ? あ、あった」
 文庫本を見つけた南川はそのままベッドでうつ伏せに倒れこんだ。白いシャツに、黄緑色のスカートという姿だ。
 スマホを確認すると、南川が言うように電池が切れていた。充電器にスマホを繋げて電源を入れると、南川からメッセージが送られてきていた。
>本、忘れた
>とり行く
 いまさらだが、僕はそれに返事をした。
>泊まってくのか?
 南川のスマホがカバンの中で鳴った。文庫本から顔をあげた南川が僕のほうを見る。
「スマホを、とってくださいまし」
「……はい」
 素直に僕はスマホを渡してあげた。
 僕からのメッセージを読んだのち、南川はスマホをベッドに置くと、ふたたび文庫本に視線をもどした。
「そのつもりだけど……」
 メッセージで返事をしないあたりノリが悪い。珍しいことだが、機嫌がよくない。
「ごめん」
「べつにいいよ。連絡とり合う友達がいないかわいそうな石野だからね」
「なんか怒ってる?」
「べつに……」
 足をパタパタとさせて、文庫本から目を離さない南川。
 僕は南川にちかづくと、尻を撫でた。
「あの人は、本当に親なんだ」
「興味ない……」
 やっぱり風香さんとのことで思うことがあるらしい。僕は黙ったまま本を読む南川に事情をぽつぽつと話した。とくに相槌もなかったが、耳は傾けてくれているらしい。
「だから、血の繋がりはないけど、すごくよくしてもらってる……」
「マジで親だったんだ……」
 顔を文庫本からあげると、南川が言った。
「なら、いいけど……ねえ、恋人ができたときは、うちに一番に言ってよ?」
「なんで?」
「そりゃ、恋人さんに、あらぬ誤解を招く可能性があるから」
「その心配はないよ……僕に恋人ができる可能性はほとんどない」
 僕は南川のスカートをめくった。ショーツに指をかけると、ゆっくりと脱がしにかかる。南川が腰をあげて、脱がしやすいようにしてくれる。
「そりゃそうか……石野と付き合う人って想像できないや」
 想像通りと言えばいいのか、南川は準備万端だった。
「石野、本読みたいから、あんま激しくしないで……」
 わかった、と言いながら僕は自分のズボンとパンツをおろした。とっくに勃起している肉棒を露出させると、南川の上へとのった。まるまるとしているが引き締まった南川のお尻。そして、濡れそぼり、肉棒の挿入を心待ちにしている秘部。
 ベッドに手をつき、腰をおろすと一発で南川の膣へと肉棒が埋まった。

 腰が南川の尻に触れるたびに気持ちがよかった。
 僕はうつ伏せに寝ている南川の上にのり、肉棒を挿入している。あまり深くは突けないが、柔らかい南川の尻を堪能できた。
「んッ、んッ……んッ」
 激しくしないで。そう南川に言われた通り、僕は腰の動きをゆっくり緩慢なものにした。しかしそれが逆に南川へと快感をもたらしているらしい。
 南川は文庫本をひらき、読んでいる格好はしているが、実際には顔を俯かせて声を必死で我慢していた。んッ、んッ、とくぐもった喘ぎ声がきこえている。膣からは多量の愛液が溢れ出す。元々濡れやすい体質ではあるが、それだけが理由ではない。丁寧な腰の動きに快感が助長されているようだ。
「あッ、んッ、ちょ……読めないッ。んッあ……石野ッッ」
「激しくはしてないだろ」
「そうッ、んッ、だけど……なんか、んッ。じれったい……あッ」
 僕は一定のリズムで腰をうごかしつづけた。すでに射精へのカウントダウンははじまっていたが、力んで我慢する。
「んッ、あッ……読めないって……んッ、あッ」
 腰をふりながら、僕はしっかりと確認していた。南川が手にしている文庫本は、だいぶ前に読み終わっているものだ。実際、本棚の中でもだいぶ奥のほうにあった。
「んッ、んあッ……イクッ、あッッ……石野、激しく……ねぇ、激しくして」
 本から視線を外し、南川が横をむいて懇願してきた。体をぴんと伸ばし、ベッドの上で僕に犯される同級生。気持ちよさそうに目を細めて、艶のある声を発する。
「んッ、あッッ……ああッ、ん。やッ、あッ」
 僕は射精にむけて腰の動きを速めた。腕を突っ張った状態で、腰だけをうごかしているため額に汗が滲み、息も荒くなっていく。
「ああッッ、くるッ。んんッッ。すぐイクッ、あああッ……気持ちいいッ、ああんッ。んあッ、あッ、清明ッッ、清明ッ、んんんあッ――」
「雫ッ!」
 僕は南川の下の名前を叫びながら、一番奥へと肉棒を打ちつけた。んんんんんなッッ、と南川が体を収縮させて果てる。どびゅっどびゅっ。僕も濃厚な精液を子宮の中へと放つ。
「はぁ……うぅ……朝もしたのに、すごい、出てる……」
 南川が呼吸を整えながらつぶやいた。
「これ、ピル飲んでても、妊娠すんじゃないの?」
「……かもな」
 言いながら、僕は肉棒を南川から引き抜いた。たらぁ、と膣口から白濁液が流れ出て、シーツに垂れた。
「赤ちゃんできたら、どうする? 結婚する?」
 うつ伏せのまま、南川が真剣とも冗談ともつかない口調できいてきた。
 僕はティッシュに手を伸ばしながら、答えた。
「南川が望むカタチで、僕が責任をとる」
「……なにそれ」
 ゆるゆると起き出すと、南川が僕からティッシュを奪った。
「しないよ結婚なんて! もう……激しくしないって言ったのに……」
「外、行かないか?」
「え? いまから?」
 僕の誘いに、股間をティッシュで拭いていた南川が眉をよせた。ショーツを穿き直し、スカートを整えてからきいてくる。
「もしかして、走るの?」
「いや……今日は、走らない。散歩だな」
「なんで?」
「南川が、今日ここに来た本当の理由を知りたい」
 はぁ? と、口をあけると南川が顎を突き出した。
「なにそれ? 本をとりに来たんだって! 石野が帰ってくるのが遅いから、泊まるだけで……」
「いいから、散歩に行こう」
 言って、僕は南川の手を引っ張った。ちょっとなんでよ、バカじゃん、と南川は文句を言ったが結局、外に出た。

 東方公園にむかって暗い通りを歩いていく。
 時間は二三時をすぎていた。しばらく黙って歩いてから、僕は質問した。
「……彼氏にふられたか?」
「違うし、てか、彼氏いないし」
 すげなく南川が答える。
「なら、親と喧嘩したか? それとも友達となんかあったか?」
「両親はいつも通り放任で、友達との関係も良好」
「じゃあ、なにがあった?」
 僕はもう一度、質問した。足を止めると、真っすぐに南川を見る。南川も僕のいる場所から数歩先で、足を止めた。ゆっくりとふりむき、僕を見た。
 しばらく見つめ合ったあとに、南川が溜息をついてから言った。
「石野に関係ない……」
「なら、話しても問題ない」
「え?」
「関係ないことなら、僕に話してもなにも起きないわけだ」
「なにも起きないなら、話す意味はなくない?」
 このまま無視をしてもいいのかもしれない。僕と南川は友達ではない。簡単にセックスをする知り合い。有り余った性欲を、解消している仲。一緒にいて気軽で、面倒なことにならないからこその関係。だけど、と僕は思う。だけど、放っておけない。
「……わかったよ」
 引きさがらないと見たらしく、南川は歩き出す。
 僕はその華奢な背中を黙って追いかけた。
「これきいても、うちへの印象は変わらないって約束できる?」
「……僕に関係ない話なんだから、できるに決まってる」
「はぁ……」
 大きく溜息をつくと、南川が歩みを進めたまま切り出した。
「おばあちゃんが、死にそうなんだって……」

(次回更新 12月30日(月))